2020/08/06 のログ
ご案内:「第三教室棟 保健室」に水無月 沙羅さんが現れました。
ご案内:「第三教室棟 保健室」にビシュクさんが現れました。
水無月 沙羅 > 「おじゃましまぁす……。」

普段は来ることもない、というか生来まるで縁のなかった場所。
保健室。
怪我はまずする事は無かったし、病気もほとんど重症化する事は無かった。
それでもここに来たのにはいろいろ悩みがあるからだが。
さて、この悩み、普通の人にもあるのか、それとも不死者特有の悩みかどうかがわからないのだ。

少なくとも沙羅にとっては、だが。

ビシュク > 「はーい、いらっしゃい♪」

そうやって艶美な…それでいて親しみたっぷりに沙羅を迎え入れたのは、最近この学園の保険医として就任したばかりだという、嵋祝(びしゅく)先生である。

「ご用事は何かしらー?どこか怪我した?それとも体調悪い?それとも、お悩み相談かなー?」
しかし、この狐教師。容姿は飛び抜けて美人といって差し支えないのに、ノリが軽い。とっても軽い。思わず肩の力が抜けてしまうほどに。

水無月 沙羅 > 「え、あ、はい。 悩みっていえば、悩み……ですかね?」

少しだけたじろぐ。 別に今更なれなれしくされるのが苦手とかそういうわけではない。
得意ではないけれど慣れたつもり。
脱力して思い出しては呆れる程度にはそういう知り合いも増えた。
それでもなんというか、この人は別の意味でヤバいなと思った。
たぶん本屋の奥の方にある黒いのれんの奥においてあるやつ。

そう言う雰囲気。

「えっと、ここって保健室でいいんですよね。 他の生徒とか、来ませんか?」

まぁ、此処に居るという事は保険医なんだろう。
覚悟を決めていざ。
なんの覚悟なの?

ビシュク > 「あらあら?探し人かしら?今日のところは怪我人や体調不良の子とかは来てないわねぇ。」
そういって、ほっそりした指先を艶やかな唇に当てる仕草も、同性が見てもふわっと色香漂うようで、少女の直感的に、『ヤバい』というのは間違ってないように思える。

「お友達が怪我や熱中症で倒れたりしたのかしら?」

沙羅の心中を知ってか知らずか、優しい声色で問うてくる狐びと。確かに今日ぐらいの暑さだったら、部活動などの最中で倒れてもおかしくはないだろう。

水無月 沙羅 > 「いいえ? そういう事じゃないです。 ただなんというか。」

キョロキョロと保健室内を見渡して、誰もいないのを確認する。
言った通りけが人も体調不良者もいないようだ。

「単純に、人に聞かれるの恥ずかったりするものもあるので……特に男子とかは。
 あ、こういうの、異邦人の方にもわかります……よね?」

時々、異邦人には常識が通用しない事があるというのを痛感しているからこその確認。
保険医なら当たり前のように分かってもらえるとは、思ってはいるが。
心配なものは心配なのだ。

ビシュク > 「…………ん、それじゃヒミツのお話、ね♪」

にっこり、女の子がナイショのお話するのを察して…保健室の入り口へカツカツと歩み寄り、かちゃんっ。
鍵をかけた上で『保険医外出中』の札を下げる。コイツ…

「自慢にはならないけど、相談も色々受けているし、この世界の子達の感性はちゃんと理解しているつもりよ。
だから、安心して相談してちょうだいな。他言もしないから、ね♪」
人差し指を朱唇に当て、茶目っ気たっぷりにウィンクする。
新米?教諭ではあるが、妙な安心感がある…

水無月 沙羅 > 「ありがとうございます……。」

察してもらえるのはうれしいが、さてそこまでする必要はあったかなと首をかしげる。
鍵をかけられると不穏な気配に感じてしまうのは私だけだろうか。
ウィンクが妙な安心感を感じさせるのも……ひょっとしてそういう魔術?

「えっと、じゃぁ、短刀直入に申し上げるんですけど。」

大きく深呼吸をしながら、若干の緊張を吐き出して。

水無月 沙羅 >  
 

「……生理が来ないんです。」
 
小さな声で吐き出した。

ビシュク > 「……えーとね?いろいろ誤解されることも多いけど、おねーさん…センセーはちゃーんと相談に乗るから大丈夫よー?」

ほんのり汗たらーしながら笑顔のままで、ちょっと居住まいを正す狐教師。フランクすぎるのも考え物だ。

「うんうん。なんでも話して。

あら。…こっちからも単刀直入に聞くのだけれど、何日遅れてるのかしら?
ストレスや体調不良…いろいろと原因は考えられるけど。」
しかし、その言葉を聞けば真面目に応対し、顎に指をあてて。『そういうこと』をしたという質問は、多感な時期の少女には最後にするつもりである。

水無月 沙羅 > 「それが結構バラバラで、一か月来ないときもあれば3か月来ないときもあって、逆にすごい頻度で来るのに痛みもすごかったりとか。
 生理不順……っていうんですよね。
 一応授業で薄っすらと聞いたことはあるんですけど……。」

少女にしてみれば結構な一大事。
来ないのも問題だが来るのもしんどい。
こんなの無くなればいいと思うときもあるがそれはそれ。
全くなくなってしまえば未来も変わりかねないわけで。

想い人が居るなら尚更に。

ビシュク > 「ふむ、ふむ。そこまで波があるなら」

『そういうこと』じゃないわよね。
と、一人口の中で呟き。

「…確かこの世界の…『異能』よね。
差し支えなければ、貴女の…お名前は何て言うのかしら?
異能の内訳を教えてもらえれば助けになるかもしれないわ。
もしかしたらそれに由来することかもしれないしね?

…と、名前を聞いておいて私が名乗らないのも何ね。私はビシュク。改めてよろしくね?」

一つ一つ分析を重ねていき、悩める少女に問う。
保健室の表札には『嵋祝』と見慣れない感じが書記されており、正直読みにくい。なので、こうやって改めて名乗ることも多いのだった。

水無月 沙羅 > 「ビシュク先生、ですね。
 えっと、名前は水無月沙羅です。
 内訳……ですか。 なかなか難しいですね。
 あんまり関係ないとはお思いますけど。」

こくり、と頷いて自らの異能の力を説明する。
痛みを返す『アヴェスター』、そして即死すらなかったことにする『不死なる物』。
どちらも随分長い付き合いだ。
物のついでと、自分の使っている魔術についても説明する。
身体強化に関していえば『不死なる物』が無ければ使い物にならない密接な関係にあるからだ。

ビシュク > 「沙羅ちゃん、ね。よろしく♪
…その体質だと、ままならないことも多かったでしょうね。」
ともすれば、相手を傷つけそうな刀のような美貌をふんわり和らげ微笑み。
緊張と……その体質によって少なからず労苦があっただろうことを労る。

「痛みや精神苦痛の反射に、生死すら無にする異能…それに魔術に於いては身体強化に治癒、魔力視………ね。」
その内訳を聞くと、少しの間黙し、考慮の海に船を漕ぐ。
…そうしている横顔は、学者然とも感じるほど、真剣である。

「……沙羅ちゃん、少し上着を捲ってもらっていい?
沙羅ちゃんが大丈夫ならだけど、沙羅ちゃんの身体を私の術で探ってみようと思うの。魔術的な触診、ね。」

一つ推論が出たのか、顔を上げて。待っていた少女に問い申し出る。

水無月 沙羅 > 「まぁ、そうですね……他の人よりは多く苦労したとは思います。」

わざわざ否定する必要もないので肯定する。
おそらくここ二か月ほどの自分の境遇を言えば絶句するレベルである事は沙羅にだってわかる。

何やら考えている様子のビシュクと名乗った保険医の反応を待っていた。

「魔術的な触診……ですか? 魔力の流れ程度なら自分でも確認はできますけど。
 プロではないですからね……わかりました。」

制服の上着をまくり上げる。
風紀委員の活動をするにあたって鍛え上げられてる上半身は、筋肉質だが女性らしいフォルムを保っている。
十代半ばの少女だからこそ、筋肉組織が露骨に見えるようなこともなく、スレンダーに見える程度。
きめ細かい肌はやはり若さを彷彿押させるだろうか。

ビシュク > 「ふふ。その手の術式に関しては常世島一…いいえ、世界一かもしれないわよー♪」
にこにこと、冗談めかしておどけて、眼鏡をクイクイ。

「うぅん、やっぱり若いっていいわねぇ…
っと、いけないいけない。それじゃあ始めるわね…」
沙羅が上着を捲り上げれば、そのすらりとした鳩尾に中・薬・人差の三指をあてがい。…ぽぉ、っと淡い蒼の光が立ち上る。空の蒼とも、海の蒼とも、自然に観る蒼ではない不思議な色合いだ。

…その触診を進めていくうちに、より表情が真剣なものになり。
「沙羅ちゃん。大怪我したり、その死すら偽る異能が使われる事はあったかしら?最近でなくても良いわ、過去に遡って思い出せる分、教えてくれるといいの。」
沙羅の生理の内実について何かしら思い至る事があるのか、触診を続けながら腹部を見つめている。

「………んー、すべすべ。ほんと羨ましい…」
……………んん??

水無月 沙羅 > 「世界一……ですか? それは頼もしいですね。 本当ならですけど。」

くすりと笑う。 冗談でもそこまで言い切るなら安心感もある。

「ん? あぁ、はい?」

若さ、はて。 何の話だろう、回復力とかそういう?
しかし不思議な色界の光をしている。
蒼は蒼だが、少なくとも自然光ではない魔力由来の淡い揺らめき。
ともすれば焔と言えなくもない。

「まぁ。 何度もあります。 直近で言うなら……四から五回ぐらい。
 一回は違反部活摘発の際に銃撃でハチの巣に。
 二回目は拳銃の弾丸を脳に受けて。
 三回目は治癒魔術の暴走での肉体を爆破して。
 四回目は……とある人の異能で、その砲弾を身に受けて。
 ビルを破壊する砲弾で貫かれるのはあれが初めてでしたね。」
 
苦笑いする様にここ二か月ほどで大きな怪我、というよりは死んだ記憶を掘り返す。
大怪我というならば身体強化の魔術は結構な回数を行使していることも伝えるだろう。
常人ならば、この時点で信じられないような顔をするだろうか。
こうして自分が普通に会話で来ていることを。
自分でも少しおかしいと思ってはいる。

いつか誰かが言っていた、『壊れている』、というのはおそらく現在進行形なのだ。

「あの、何してるんですか?」

なんというか、視線が、卑猥な気がする。

水無月 沙羅 > 「あ、雷撃の魔法で何度も死と再生と繰り返したこともありましたね。
 丁度治癒魔術で自分を爆破した時と同じ時でしたが、アレは控えめに言って地獄でした。」
 
うげぇっという風に冗談めかして言ってのける。
普通の感性では決してありえない。

ビシュク > 「ふふっ大風呂敷広げちゃったからにはがんばらないとねー♪」

くすりと笑う沙羅の顔を見上げ、耳をぴこんっ。

「直近で、というのなら…成程、ね。
二桁じゃ足りないくらい、『死んで』そうね…
危険な島…風紀委員の子は特に無茶をするとは聞いたけど、思っていた以上のようね。」

はぁ…と指先を額に当てて、沈鬱な溜息。

とん・とん・とんっと額に指をノックすると。

「ああ、これは若さの発露のおすそ分けをね?
…ってこんな冗談言ってる場合じゃないわね。」
中途までは場に似つかわしくない冗談をかましていた銀狐だが、重ねられる沙羅の言葉には眼差しを細めて。

「無茶は若さの特権…っていっても、ちょっと危険すぎねぇ…
そう、沙羅ちゃん。とても若いのよ、貴女の肌。
というか、身体の構造と言うべきかしら。
…沙羅ちゃん、今何歳だったっけ?」

先刻までおどけていた空気は掻き消えて。
…目の前には、ヒトの想像も出来ないほどに幾多の生と死を見届けてきただろう空気を纏う長命種の紅眼。

水無月 沙羅 > 「まぁ。 そうですね。
 ビシュク先生だから言いますけど、小さい頃は能力向上のために。
 生きたまま解剖、とかされてましたから。
 4桁は軽く超えてるんじゃないですか?」

もう、乗り越えた過去を思い出して肩をすくめる。
未だに思い出すと、薬で押さえている狂気が薄っすらを顔を覗かせてくる。

「若さの発露……?」

首をかしげる、時々彼女はどうも不思議なことを言う。

「若い……ですか? 女性にしてみればいいことだと思いますけど。
 身体構造……? えっと、満16歳になります。」

言っていることがよくわからなくて、もう一度首を傾げた。
しかし彼女の質問には悪ふざけは感じない、どちらかと言えば、深刻さすら。
おそらく自分達と価値観の異なる、異種族だからこそ分かることもあるのだろう。

ビシュク > 「4桁。
……全く、ヒトは輝かしい軌跡を残したと思えば、そういうこともするのだから…。」

更に深く、深くため息。
元来であれば輝く笑みに満ちていただろう目の前の少女が、平然と自分の死についてつらつらと語る狂気を目の当たりにすれば、猶更である。

「端的に言えば…

沙羅ちゃんの身体を構築する皮膚、内臓、血管、骨格。主たる組織は、多少幼くても16歳として遜色ないもので構築されてるの。」

そう言って、沙羅の目の前で健康診断などで使われているのだろうホワイトボードをがらがらと引き出し、簡易な人体図を手早く書き入れていく狐教諭。
かつ、かつ、かつっと簡易かつ分かりやすい略図が描かれ、主たる血管を流し書くと。

「…問題は、所々に10代前半…箇所によってはそれにすら満ちてないパーツが使われている事ね。」

かつんっっっ。
嫌に響くペンの音が、沙羅の血管に巨大なバツを穿ち。
箇所によっては『十代未満』と書かれる。

『…このせんせいは、なにをいってるんだろう?』

おもわず現実味の無い話に、小首を傾げてしまうかもしれない。

水無月 沙羅 > 「……? はぁ。16歳ですからまぁそれは当然でしょう。」

沙羅も人間であるから当然と言えば当然だ。
しかし、それでは終われないのがこの異能の恐ろしさだった。
誰も気が付かなかった致命的な副作用。

「……損傷した部分の巻き戻りによって、修復された部分だけが過去の自分に置き換わってるという事は、繰り返すたびに進んだ時間と巻き戻った時間の際は深くなっていく。

だから、損傷の多い場所ほど、成長が遅れている、そう言いたいんですね?」

自分の異能を省みる、局部的な時間操作とはつまりそういう事だ。
仮に自分の肉体の一部が年齢に合っていないというなら、それ以外には考えられないだろう。

思いがけない自分の肉体の、危機に直面し、冷や汗が流れる。

ビシュク > 「そうね、本来なら何もおかしくはないことなのだけど…」
言葉を一度止めて。

「そうね、沙羅ちゃんは『不死』と銘打った異能は、過去からの『引き寄せ』に見えたわ。
それを繰り返せば、引き寄せられないパーツの欠損も出てくる。即ち、不整合。」

先刻までの凪めいた瞳から、少しずつ…しかし、強烈に揺らぎ始める沙羅の様子を、努めて平静に見守る教諭。

「正解。生理が遅れてる、なんて問題じゃないの。沙羅ちゃん、貴女はいつ心臓発作が起こってもおかしくない身体になっているわ。
推論でしかないけど…異能による整合性が取れている間に、次の『死』を迎えているからかもしれない。」

…つまり、平穏な日々を送っても、今までのような日々を送っても、未来は――――

沙羅の目の前が、どんよりと沈み―――地面が、無くなったかのようにも思える言葉。

水無月 沙羅 > 「あはは……そっか。 そうなんですね。」

彼女はくすりと笑う。 どこか嬉しそうに。

水無月 沙羅 >  

「私、死ねるんだ。」
 

ビシュク > ――――――ぱぁんっっっっっ。
ビシュク > 「―――ふざけたことを言わないで。」

…最初に、飄々とした気配を感じた艶美な妖狐の顔は、今は掻き消えて。
短くも輝く生き様を結ぶヒトが、さも嬉しそうに『死ねるんだ』などと戯ければ、その頬を打ち据える。

その赤瞳に揺蕩うのは、激憤と…それを塗り潰す寂寥、悲哀。

「今までいくら死んだから死ななかったからって、今度はあっさり生を手放して『死ねるんだ』?

貴女の生は、そんな簡単に手放せるほどに軽く、安っぽいものだったのね。いいわ、それなら死になさい。
輩も、大事な思い出も、居るならば伴侶すら打ち捨てて、世界を亡き者にするといいわ。」

じんじんと疼く、頬を打った平手よりも痛む言葉。
けれど、その言葉は本音などではなく…諦観交じりにつぶやいた少女を激憤させるため。

水無月 沙羅 > 「……痛いじゃないですか。 ビシュク先生。」

腫れた頬に手を当てる、然しその痛みすらも残酷なほど緻密な異能によって修復される。
また、時間が巻き戻る、痛みすらリセットされてゆく。

見つめ返す眼差しは、怒っているわけでもない。
何かを諦めたわけでもない。
唐突に、『感情が抜け落ちたようで』。

「……大丈夫ですよ先生。 私はまだまだ死にません。
 死んでもなお生き続けます。
 また巻き戻って、永遠に。
 内臓不全による死と再生とループによって死ぬことはあり得ません。
 データが残っている限りロードされ続けます。
 えぇ、時間はゆっくりとそれぞれが分離して行くけれど。」

「だから、まだ。 死にませんよ。 死ねません。
 死にたくたって死ねないんです。
 あぁ、でもそうですね。
 
 死ぬの、怖かったんですよ。 これでもね。」

怖いからこそ狂っていた。
自分の死も、誰かの死も、恐ろしくない筈はないけれど。

「でもね、死って救いだと思いませんか。」

その瞳は、余りにも悲しく、闇の底が見えない。

「……まだ、死にません。 あの人が、神代理央が死ぬまでは。
 だから安心してください。
 私がすべての思い出を捨て去るとしたら。」

「あの人を助ける時だけです。」

今怖いのは、それだけとでもいうように。

「あの人と、老いて死ねるなら、それも幸せでしょう?」

たった16の少女がそう語るのだ。

ビシュク > 「…………外道。」

沙羅に宛てた言葉ではない、呟き。
遠く遠く、感情が欠落した少女を非人道に『実験』した外道(モノ)へ。宛てた呪いの言葉。

「……ふぅ。」

ルビーのような瞳から、光の抜け落ちた沙羅の前で、激憤を抜くように吐息。

「―――――治せると言ったら。」




『このひとは いまなにを?』



「老いて死ぬだけじゃない。
その神代理央の子を宿せるとしたら、貴女はどうするの。」


『なにを   いって   る   の?』


凪いだ夕焼けの大海のように、沙羅を見据える瞳。
……その視線には、悪辣極まりない冗談や嘘を言っているようには見えず。

水無月 沙羅 > 「……それは」

瞳が黄金色に輝く、少しだけ、気温が上がったような既視感を感じる。
沙羅の額からはうっすらと汗が流れている。

「現状では不可能です。 水無月沙羅の肉体は常に置換され続けます。
 仮に内臓機能を戻すための移植手術をするとしても、切開することすらできないでしょう。
 その度再生を繰り返し、貴方の言う整合性が失われてゆく。
 不可能です。 不可能ですが。」

「可能なら、そうですね。」

「水無月沙羅はきっとそれを望むんでしょう。」

熱にうなされたように、少女は言葉を発した。
黄金の瞳はすぐに消え失せる。

幸せになりたくない筈はないのだ。

ビシュク > 「出来る。」

瞬断。

「私ならば。」

重ねて。不可能と即断した沙羅を切り捨て、真紅の瞳で傲然なまでに見据える。

「……でも、約束して欲しいことがあるの。」

『異能』の気配を一瞬漂わせた少女の前に屈み…
先刻痛烈に張った頬を、撫でて。

「今日からでいいわ。『死』と、親しまないで。『生』に、向き合って。命を、大事にして。
……貴女の見てきた世界は…捨てたものじゃないでしょう?」

狐の眼は、ヒトを見つめる。
生きることを望む少女を。
高鳴る恋を覚えて間もない、女の子を。

水無月 沙羅 > 「貴方は誤解しています、先生。」

失った感情はゆっくり沙羅の瞳に戻ってゆく。
まるで機械に思考能力を植え付ける様に。
少女然とした表情へ変わってゆく。

「私は、死に親しんでいるわけではありません。」

「教えてくれた人が居るだけです。」

「『死を畏れ、死を想え。安寧の揺り籠は死と共にある』I

「死を畏れて、死を想え、死があるからこそ生は輝くから。
 蔑ろにはしてはいけない。」

「少しだけ、考え方が違うだけ。 だから、私はどちらも損なうつもりはありませんよ。」

それは誰かからの受け売りで。

彼女が手に入れたくても手に入れられなかった『死』の尊さを説く言葉。

それは、彼女の根源ともいえる宗教観。

「これ、死と親しくしてるっていうんですかね。」

と苦笑いする。

彼女は確かに言ったのだ、『死は怖い』と。
だから、死と親しくしていたつもりなどなかった。

ただ、それが必要だから手を取っただけ。
 

ビシュク > 「―――そこ、私が勘違いしてたわね。ごめんね。」

少女らしい感情をゆっくりと取り戻す沙羅に、微かに微笑み、既に治癒済みの叩いた頬を指先で撫でて。

「『死を忘れる事勿れ』…捉え方は様々だけど、沙羅ちゃんのような捉え方の子ばかりだといいのだけど。…異能の事もあって、ちょっと貴女は近づきすぎちゃってたみたい。…痛かったでしょ、こっちもごめんね。」

身体に傷は残らなくても、言葉で心に傷をつくことを知っている存在(もの)の言葉。…そう気づけば、目の前で長耳を少ししょんぼりさせる狐人が異世界種ではなく、とても身近に感じられるような気がする。

「…方法を話しましょっか。
沙羅ちゃん、貴女の成長がチグハグになっている臓器や血管などを成長させていく。それが私式の手術よ。」

ぱっと聞いただけでは理解に至らない方法。
各々の臓器が成長を違えていれば、それをそろえればいい、というのだろうか?

水無月 沙羅 > 「かまいません、メメントモリに近いって言われてるこの考え方は。
 現代でもよく勘違いしている人が多いです。
 死は崇高なものだから、死んだってかまわない。
 本当はそうじゃないのに。」

誰かが教えた考えは、理解されにくいものだ。
死というモノを人間は恐れるから。
誤解しがちになってしまう。

「確かに私は、能力上死に近づきすぎていると思います、それを代償にできるから。
 でも、本当はすっごく怖いんです。
 だから。」

「それが可能だというのならば、お願いします。
 少しでも、『人間』らしく生きられるようにしてもらえますか。」

それが、彼女の本音だった。
誰よりも人間らしい、誰よりも人間に近づきたい少女の本音。
誰にも打ち明けられなかった本当の言葉。

理解していても、拒絶していた真実を受け入れる。
恐ろしいまでに、『常人』と異なっているという事を受け入れる。

そうしなければ、沙羅は沙羅でいられなかった。 

ビシュク > 「ほんとに…頭がいいのねぇ、沙羅ちゃんは。
頭が良すぎて、ちょっと考えすぎちゃうことも、多そうね。たまには肩の力を抜いていきなさいな?」
苦笑し、子犬めいた黒髪を撫でる。
最近、沙羅は撫でられてばかりかもしれない。
近くは、太陽のような手にも。

「望むにしても望まざるにしても、異能は発動するから…いつの間にか、心を麻痺させなきゃいけなくなってたのでしょうね。
ええ、とびっきり『人間』らしくしてあげる。」

艶美な…それでいて、お人よしの狐の微笑みで、その望みに応えて。

「ただ、施術をするのは数か所ずつ。今損壊していない『16歳の部位』に、年齢差の著しくチグハグな部位から身体を近づけていくわ。
9歳の血管があればそこの年齢差を縮めて、12歳の内臓があれば、そこも縮めていく…

長期的な手術になると思う。
その最中に、沙羅ちゃんはなるたけ『死なないで』欲しい。以前よりもチグハグさは治していけても、欠損した部位は再び施術しなきゃいけないし。

……それに、出来るだけ五体満足で、産みたいでしょ?
好きな人の子供を…ね?」

沙羅の頭を抱き、ゆったり撫でながら笑い交じりで囁く妖狐の声は、ヒトを見守る慈愛に満ちていて…とても、優しいおせっかいなのだった。

水無月 沙羅 > 「……作られた人間ですから、私は。」

自嘲したように少しだけ笑って、おとなしく撫でられる。
本来人懐っこいであろう性格も、きっと歪んでしまっている。
優しさが怖かった自分。
目を逸らしていた真実がどんどん浮き彫りになる。
今は未だ、ここまでにしておこう。
うずく瞳を抑える様に、目を閉じた。

「死なないように……ですか。 なるべく、えぇ、なるべくそうします。
 でも、私がそうしなければならないと思ったら、躊躇いません。
 だって、力ある者には責任が伴うから。
 か弱いあの人を守るためにも、今は未だ。」

絶対の約束はできないと、首を振る。 それでも努力はしよう。
自分に手を貸してくれる人の言葉は信じたいから。

「……あの、本当に恥ずかしいので、子供のことはそれぐらいに。」

何度もそうまで言われると、いつぞやの夜を思い出して耳まで真っ赤になる。
リソースを切り捨てて感情に充てるならば当然のように恥じらいも出る。

そもそも、16歳未満の精神なのだから余計に。

少女は少女らしく、顔を隠して恥じらうのだ。

ビシュク > 「今の貴女は、どこにでもいる女の子だけど。
ただ、ちょっと好意を受け慣れてないだけの…ほらほら、そう自嘲しなーい。」

自嘲の笑みを浮かべる沙羅を、むぎゅっっと赤セーターの胸元に抱き寄せる狐教師…埋まる…もにもに…むっちり…いいにおい。

「ええ、だから『なるたけ』と言ったの。今話しただけだけど…沙羅ちゃん、そういう性格だもの。」
そう言われると思った、と言わんばかりに苦笑して。

「じゃあ、死ぬって思うことでも、可能なら出来るだけ死にかけることにして、ね?」
とんでもない事を言う保険教諭である。沙羅を信頼してこその発言でもあるのだが…

「…………ん、ん、んー♪♪
沙羅ちゃん、かっわいいーっっ♪♪
ふふー、オッケーオッケー。
おねーさんがしーっかり頑張ってあげるからねー♪♪」

年相応に…それ以上に初心な反応で恥じらう沙羅を眺め、にこー…ころっと上機嫌になった妖狐がしっぽをふりふり、耳ぴこーん。保健室に入った直後の人懐っこい駄狐っぷりを見せる。

……もっとも、それはあくまで一面でしかないのは、今の沙羅には分かってはいるけれど…

ご案内:「第三教室棟 保健室」から水無月 沙羅さんが去りました。
ご案内:「第三教室棟 保健室」からビシュクさんが去りました。