2021/03/14 のログ
ご案内:「落第街 路地裏」に黛 薫さんが現れました。
■黛 薫 >
──視線を、感じた。
突き刺すような痛みを生じる、悪意の視線を。
想定していなかったといえば嘘になる。
その日を生きるだけで精一杯な掃き溜めの街では
どうせ噂なぞすぐに立消えになるだろう、という
経験則からの楽観は外れたようだ。
予定のルートを変更して、人通りの多い道へ。
多くはないが、悪意混じりの視線はちらほらと
自分に向く。自分の存在が認知されている、と
いうよりは、対峙した相手が有名過ぎたからか。
とはいえそれらの視線はわざわざ追いかけては
こないし、行き場のない苛立ちをぶつけてくる
だけで、わざわざ因縁を付けてくることもない。
追いかけてくるのは、最初に感じた視線だけ。
今度は視線を振り切るように人気のない路地へ。
悪意の視線は未だしつこく自分を追いかけてくる。
突き刺すほどの悪意はひとつだけで、残りはもっと
曖昧な……恐らくは何でも良いから不満の捌け口を
探しているような視線だ。
■黛 薫 >
いくつか路地を経由して、駄目元で振り切れないか
試してみる。残念ながらうまくいかず、何処までも
悪意の視線は追いかけてくる。
いっそのこと歓楽街まで逃げようかとも考えたが、
此方の意図に気付けば相手はすぐに行動に移すはず。
歓楽街に抜ける道は人が多いし、さっきの視線を
思い返すに、わざと騒ぎを起こして助けてもらうと
いう手は取れなさそうだ。騒ぎに乗じて無関係な
人たちが手を出してくる可能性すらある。
仕方なく、人気のない路地の奥へ、奥へと進む。
声を上げても助けの来ない暗がりまで踏み込む。
出来るだけ相手には『ラッキー』だと思い込んで
もらえる方が良い。憂さ晴らしが目的なら、早々に
満足してもらえば命までは取られない……はず。
■黛 薫 >
滅多に人の立ち入らない路地裏の袋小路。
わざと自分から餌場に入り込み、好機を演出する。
当たってほしくはなかったが予想通り、背後から
複数の足音が聞こえた。……5人か、6人くらいか。
さも今気付いた、という風を装って振り向く。
煙草の箱を取り出したところだから一服のために
人のいない方に歩いてきた、と見えているはず。
改めて、相手の集団を確認する。
明確な悪意、敵意を持っているのは先頭の男性。
残りは……雇われといった風体でも無さそうだ。
不満を解消する絶好の機会に誘われた、とでも
見れば良いか。
(……あそこのスラムのヤツらは……いなぃな)
奇妙な安堵。少なくとも、平穏に暮らしていた人が
自分の所為で踏み外したということでは無さそうだ。
もっとも、だからといって状況は好転しないが。
ご案内:「落第街 路地裏」に【虚無】さんが現れました。
■【虚無】 >
人の通らない道。人通りに少ない道。幸か不幸かそこは獣の通り道。
この街にはびこるジェヴォーダンの獣。その通り道の一つであった。
近くの建物の上からそれを見かけて考える。自身は立場として組織に不利益となる行為。簡単に言ってしまえば私的な大量殺害は禁止されているし黒狼マスクが路地裏で大暴れとなれば間違いなく問題だろう。
ゆえに黒狼マスクを外し黒いただのマスク。隠密時にここの住人として行動する際の服装へと切り替える。
彼女の能力をもってすれば上から視線を感じてから男が降下するまでに数秒ラグがあったと感じるだろう。それをあえて静観していたと捕えるか準備していたと捕えるかは彼女次第だ。
「人の少ない路地に入るか……わざわざ襲われたい。だとか何か算段があるというならこのまま見なかったことにするが……どうするマスター?」
一応金を貰い何かあればサポートするという約束の相手。そして何より知り合い。そのまま見なかった事にはできずそう声をかける。立ち位置は集団の反対側。
集団を前にしているというのにその姿は恐れなど欠片もなくむしろ見えていないかの如く彼女へと語りかけていた。
■黛 薫 >
「……何すかね、あーたら」
大方予想はついているが、一応聞いてみる。
そして、返ってきた答えも概ね予想通りだった。
落第街に於ける物資の締め付け、それを主導する
風紀委員と親しげに話していたのが気に食わない。
それが彼らの主張だった。
(……直接見てたワケじゃねークセに)
側から見れば、違反学生が詰問されているとしか
見えなかっただろうに。処罰も受けず連行もされず
立ち去ることができたからといって裏切り者扱い
されるのは良い迷惑だ。
邂逅が1度ではなかったからか、それとも直近の
邂逅をそれなりの人数に見られたからだろうか。
己は後者が原因だと予想しているが、正しいかは
分からないし、分かっても状況は変わらない。
■黛 薫 >
さて、あとはわざと殴られて満足してもらえれば
被害は最低限で済む……と考えていたが。
「わぁお」
見覚えのある姿が降りてきたのを確認し、
戯けたような声を出す。最近はツイてないと
思っていたが……今日はそうではなさそうだ。
「算段は、まぁありましたケド?
痛い目に遭わずに済むならその方がイィっす。
……とりま、感謝させてもらぃますよ」
■【虚無】 >
「感謝か……つまりは参戦していい。ということだな」
理解すればバチバチと服に、自身に紫電を纏う。スッと重心を低く取り地面を踏みしめる。
そしてようやくというべきか集団を視界へと収めた。
「さて、そこの女は俺の雇い主でな……これが女の趣味じゃないとなれば無視はできない。だが面倒ごとも好きじゃない……今回の事を流して消えるか強制的に消されるか選べ」
こちらからは仕掛けない。ただただ静かに集団へと目線を向ける。何事もなく解決するならそれが1番望ましいからだ。
だが、仕掛けないだけ。目線はそうとは言えない。能力を介さなくてもわかるだろうか。
その目は人のそれではない。ただ黙ってみているだけだが周囲を威圧しビリビリとした圧力を放つ威圧の目線。
悪意の目ではない……その上、明らかに戦いに慣れた戦士などが見せる目つきだ。
■黛 薫 >
集団の大半は狼狽えて見えた。
彼らが求めていたのは一方的な暴力であり、
戦い慣れた相手を敵に回すことではない。
しかし、先頭に立っていた男性だけは違った。
明確な悪意、害意の言葉を吐き、改めて黛薫への
敵意を表した。曰く、彼女を叩きのめして風紀に
味方する者への見せしめにするのだ、と。
彼女は風紀に味方する側であり、落第街の平穏を
乱す者だと、稚気染みた陰謀論に染まった暴論を
振りかざして、立ちはだかる男へと殴りかかる。
■【虚無】 >
「なるほどそういうことか……最近よくある問題だな」
相手の暴論を素直に聞き入れる。実際今の街ではよく聞く話だ。
それから彼女へと視線を向ける。
「本当に面倒なのに絡まれたな。少し同情する。全滅させると仲間に伝える要員がいなくなるから……頭を殺すかどうか。それだけ決めておいてくれ」
とだけ言う。だが視線を感じ取れる彼女ならばその言葉に本音など全く混じっていないと認識できるだろう。
この状況下に至ってもなお……本気の殺意など見せてはいない。つまりは殺すかどうかというのはただの脅しである。
そうして殴り掛かってくる男へと目線を向ける。
能力の有無を確認、視認できず。武器の有無……素手だ。ナイフ位持てばいいのにと内心思ったが。端から弱い物いじめが目的だ。不要な長物だろう。
「まるで魔女狩りだなやっている事は……それで? 彼女が風紀の味方という根拠はあるのか? 更に言えばお前の仲間たちがそうではないという根拠は? ……何もないだろう。ただ憂さが晴らしたいだけ。素直にそういえばいいだろう臆病者が」
殴り掛かってくるのならその腕を合気道か何かのような要領でひねり上げながら投げにかかる。
腕を引くなら回避できる。投げられるのならそのまま綺麗に円を描くように腰からコンクリートへ叩きつけられる。
そして綺麗に命中するのなら……そのまま手首の骨を外すだろう。
■黛 薫 >
「……その辺は丸投げっす、任せますよ」
視線に殺意はない、端から殺す気などないのだろう。
意図を汲んで『殺すな』といえば逆上を招くし、
下手を踏めば今後も付きまとわれる可能性がある。
とはいえ、殺さないと分かっていても『殺せ』と
口にするのは嫌なので『任せる』とだけ伝える。
要するに『殺さなくて良い』なのだが。
少なくとも首謀者の男性は戦闘に関して全くの
素人では無さそうだ。敵対者の動きを読み取り、
咄嗟に投げられるのを回避する能力はあった。
無策で突っ込んでいたら勝負は付いていただろう。
計画に邪魔が入って逆上したのか、敵対者の言葉を
挑発と受け取ったのか、男は問われていないことまで
恨みを込めて全て吐き出した。
曰く、締め付けを主導する風紀委員特務広報部、
その首魁に仲間が殺された、と。そしてその場に
居合わせた少女──黛薫は怪我のひとつもなく
生き延びて、さらにその後日広報部のトップと
邂逅、処罰も連行もされずに立ち去った、と。
状況証拠としては十分だ、と男は主張する。
■【虚無】 >
「了解だ、こちらの好きにさせてもらう」
彼女らしい意見だと少しだけ笑ってしまう。まぁむしろ殺せと言われれば困ってしまう所でもあったので丁度良かったのだが。
「ああ、そうだ。間違っても人質にされるなよ。その”任せる”って命令聞けなくなる」
もしそうなれば流石に手加減して殺さないで無力化などしていられる状態ではなくなるため彼女にそう告げた。
回避されたのには少しだけ意外そうな顔をして。
「かわすか、ただの素人……と言うことではなさそうだな」
空振りした投げの腕をゆっくりと戻しながら笑う。
それから相手の言葉を聞く。だが溜息を吐き出した。
「言わんとすることは理解するが。それで仲間だと決めつけるのは傲慢が過ぎるだろう。俺は前にそいつに医薬品を渡している。もしお前の言う通り風紀の味方なら……そいつが医薬品すら手に入らないなんて事態にはならないはずだが」
まぁその切欠も綺麗な医薬品を巻いていてそれが切欠での騒動で怪我をしていたから。なのだから実を言うと否定しきれる根拠ではないのだが……まぁそれをわざわざいう必要はないだろう。
どちらにしても彼女が風紀の味方というのは色々と無理がある。そもそも風紀の仲間ならばあそこまで自身を追い込むように自傷行為を行う必要などないはずだから。
「それで? お前たちが違うという証拠は? 俺の目からすると……そうして自称この街の正義を名乗って騒動を増やしているだけにしか見えないのだが。そうして喜ぶのは誰なんだろうな。俺はバカだからわからんが」
そうして喜ぶのは風紀だろうと暗に告げる。騒動が起きればその解決を理由に風紀はこの街に介入できるのだから。
首を軽く左右に傾けると目を開く。
「まぁ問答していても陰謀論者には無駄か。まずは頭を冷やさせないとな」
金属で金属を打ち据えたような甲高い音。
刹那男の眼前に滑り込むようにマスクの男の姿が現れる。
チリチリという音と紫電を纏った拳は相手の鳩尾を狙い放たれる。
内臓を破壊しない程度に威力をセーブはしてあるが、それでも拒絶の力を込めたそれは通常の拳をはるかにしのぐ威力を持つ。鳩尾ならば……2日位は何も食べられなくなるかもしれない。
■黛 薫 >
男は何かしらの反論を口にしようとしたようだが、
言葉を紡ぐ前に拳を受けた。回避を試みようとする
動きはあったが……打点を逸らすのが精々。
臓器を揺らされ、崩れ落ちて嘔吐する首謀者の
有様を見て、寄せ集めの暴漢は散り散りになって
逃げていく。容易く決着はついた。
「……人質どころか、あーしに誰か近づく前に
終わってんじゃねーすか、身を守らなきゃって
緊張して損しましたよ、もぅ」
軽口を叩いてみせるが、少女の足は震えている。
貴方が助けに入らなかった場合、彼女は本当に
殴られるつもりでいたのだ。
騒ぎに乗じた乱入を避けるために路地裏に逃げる。
暴力のエスカレートを抑えるために憂さ晴らしで
殴られる覚悟を決める。
被害を低減することに、慣れ過ぎている。
命を守るための、弱者の『戦い方』だ。
■【虚無】 > 「……根性無しすぎたみたいだな。この頭が落ちたらイチかバチかでお前を人質にする可能性を考えていたのだが」
散り散りに逃げたのをわざわざ追撃はしない。実際これが仕事ならば全員を始末するのだが。
懸念としては今後今回の仕返しに彼女が襲われるという可能性だが……もし裏に大きな組織がいるならともかくそうではないならあまり考える必要はないかもしれない。
彼女と崩れ落ちた男との間。壁になるように立つが、彼女へと向けられる目線は厳しい物である。
「まぁ今回は怪我がなかったみたいで何よりだが……なぜこんな場所へ? 殴られるだけでは済まなかったかもしれないだろうが」
と少し厳しい口調で告げる。視線を感じるのなら確かに怒りの視線を感じるだろう。だが先ほどまでのいわば悪意による怒りではなく心配からくる怒りだが。
そして怒りを見せたのは……彼女の足を見てだ。もし算段が能力で撃退するという方法ならばふるえてなどいない。だが震えているということは算段はそういうことではないということだ。
仮に撃退するであっても失敗する可能性がある。むしろ高いくらいではないかと思い至っていた。
■黛 薫 >
「あーしも最初は人の多いところでやり過ごせたら
イィなって思ってたんですけぉ。コイツほど極端じゃ
ねーですが、似たような噂を聞いたのか、嫌な目で
見てくる人、そこそこいたんすよね。
痺れを切らしてそんな場所で襲われたら乗っかって
殴ってくるヤツがどれだけいたかも定かじゃねーし、
ならイィ気分で殴ってもらって、満足させた方が
生きて帰れる目があったろーな、って話っすよ。
……殴られるだけで済んだとは思ってねーですが、
必要経費っす。こーゆーの、初めてじゃねーし」
ひとつため息を溢して、煙草に火を付ける。
首謀者の目的は言葉通り『見せしめ』でしかなく、
他意はなかったようだが……取り巻きのうち数人は
痛め付けられて放置された身体で『お楽しみ』する
算段も立てていた、と視線から分かっている。
■【虚無】 >
「……」
話を聞く。それは正直否定できない。もし彼女の言う通りならば俺も殴らせろと乗っかってくる可能性も0ではなかった。
そしてそれを前提に考えて戦略……いや、少しでもダメージを少なくするのならばこれはたしかにベストと言えるかもしれない。
彼女が男だったなら死ぬまで殴るかもしれないが彼女は女だ……それ以外の目的で生かしておく可能性は0じゃない。
ふぅと息を吐き出すと目からは怒りの色は消えていた。
「すまない、少しだけ感情的になっていた」
自覚していたからこそそう謝罪をする。
それから少しだけ後ろへと視線を投げかけ地面を踏みしめる。拒絶の力を込めたそれは甲高い音と同時にコンクリートをたやすく蹴り砕く。そして失せろとまだ悶絶している相手にたいして無常に告げる。
それだけしてから彼女へと視線を再度向けた。
「だが、そこまでわかっているならなぜどこかに定住しない? あまり他人を見下すような物言いはしたくはないが……力が無い者が身を護るのに最適な方法はコミュニティに紛れ込む事だろう」
もちろんこの街でそれは難しいというのは理解している。だが彼女と話していてわかるのはバカではない。むしろかなり賢い。
彼女ならばどこかのコミュニティに入り込むなどたやすいはずだが。
■黛 薫 >
「……ま、最初はそれがイィと思ってましたよ。
人に頼らず生きられるほど、あーしは強くない」
煙草の紫煙を燻らせながら、目を逸らす。
異能『視線過敏』。視線を触覚として受け取り、
込められた感情次第では苦痛を、嫌悪を伴う力。
当然、気持ちの良い感覚ではなかったが……
これでも生まれてからずっと付き合ってきた力。
嫌々ながらも慣れていた……はずだった。
けれど、落第をきっかけに視線を集めて以来。
見下しと哀れみ、失望と嘲笑の視線に気が狂うほど
全身を撫で回されてから……何の感情も込められて
いない、触れるだけの視線さえもが怖くて堪らない。
知人を見つければ無意識に視線が惹かれるもの。
特定のコミュニティに属し、容姿を覚えられて、
視線を集める。たったそれだけすら苦痛になって
決まった集団への帰属が出来なくなった。
「……それが良いって分かっててしないってコトは、
出来ないか、したくねー理由がある、って話っす。
だから、この話はもうおしまぃにしてくれませんか」
せめて、こうして面と向かっていれば心の準備も
出来ようが……意識の外から飛んでくる視線には
きっといつまで経っても慣れることはない。
■【虚無】 >
言われ沈黙する。たしかにそうだろう。それ以外の生き方ができるのならしているはずだ。それは他ならぬ自分が何より理解している。
表向きいない存在でしかない自分は表に入る事は出来ない。それでも学校で、そして能力を使わず一人の人間として空を飛んだ時に思った。思ってしまったのだから。表で生きるという道を、そしてそれに伴う幸せな未来を。
それでも自分はこっちに帰って来た。誰よりもここでしか生きられないと自覚していたから。
でも、それでも……ここで踏み込まないわけにはいかなかった。自分は彼女のような、ここでも生きられないような存在を救うこと。それも自分たちの仕事なのだから。
「……終わりにしたい。だがそうだな……昔話を知っているか? 悪人が生前救った1匹の蜘蛛……そいつが地獄へと糸を垂らして救おうとしたという話だ。結局はその悪人は愚かにも暴れて地獄へと落ちていったが」
とだけ言ってから相手をまっすぐに見据える。
その目に悪意はない。むしろこの街の住人とは思えないほど済んでいるようなそんな目で彼女を見つめる。
「俺ならば……俺達ならば。何とかしてやれるかもしれない……といったら。お前はどうする? その悪人と同じく暴れて地獄へと落ちるか? それとも……俺達と同じ地獄の更に底へ向かうか」
そう告げる。彼女はこの街の生き方をよく知っている。
そして風紀にも睨まれていない。それはある種大きなアドバンテージともいえる……もちろん彼女を悪へと巻き込みたくないという思いはある。
だが、彼女はそうでもしなければいつか死んでしまうのではないか。そう思ってしまうのだ。
■黛 薫 >
……『視線』を探る。悪意も、害意も、嘘もない。
何とかする自信があるか、何とかしてやりたいと
考えている。彼の言葉を借りるなら、差し出された
手は自分を救い上げるための糸なのかもしれない。
寓話と異なるのは、糸の先が天上ではなく地の底に
繋がっているところか。光の当たる世界に連れ出す
救いではなく、地の底での生き方を教えてくれる、
生き延びるための助け。
「……あーたが本気で言ってんのは、分かります。
多分、見捨てもしないっしょ。あーしが手を取れば
手を貸す用意が、本当にあるんだと思ぃます」
声に滲むのは希望ではなく……諦観。
「でも、あーしは垂らされた糸を黙々と登ることは
出来ねーんですよね。手を離したいワケでも、糸を
切りてーワケでも、無いっす。勝手に、そうなる。
コントロール出来なぃんすよ、自分のコトなのに」
手を伸ばしてきたのは、裏側の住民だけではない。
表側の、風紀委員だってそうだ。それこそ広報部
くらい面の皮が厚ければ良いが……自分の所為で
責められたとか、嫌な思いをした委員なんてもう
数える気にもならない。
「あーたも切れる糸ならイィすけど。頑丈な縄とか、
そーゆーのはあーしに差し出さなぃでくださいな。
掴まずにいられるほど、あーしは強くねーですし?
切れなきゃ持ってるヤツまで引きずり落とされる。
あーしだって、もう嫌なんすよ、そんなの」
手を取らない、取れない?どちらも正確ではない。
彼女は……手を取らなくなった。取れなくなった。
深くは語らずとも、それだけは伝わるだろう。
■【虚無】 >
「引き摺り下ろされるか。さっきの発言聞いていなかったか? 俺が案内するのはこの街のさらに底の底……違反組織なんかより更に奥深く。いるかも定かじゃない幻想の世界だ」
その発言を聞いて笑いながらそう切り返す。
それから息を吐き出す。壁にもたれるようにする。その結果袋小路は開かれ道が出来る。ある意味こういう意思表示でもある。もし聞きたくないなら無視して進めという。
「……例えばだが、俺は表向き存在していない。生まれも育ちもどこかの組織。生まれてこの方殺し方以外の勉強なんてしてこなかった。だから自由になっても俺は他に行き場所なんてなかった。そして俺はこの街でちっぽけな正義感でどうしょうもない悪党をしているんだよ。人殺しっていうな」
利益の為、欲望の為。そんな形より余程性質の悪い正義を振りかざしての人殺し。それはどうしょうもない悪だ。
それでもそれで救われる人がいるのなら。そんな思いで戦い続けた恩人の思いを継いだのだ。
「別にお前がその糸を切ってしまうというのが能力なのか、それとも魔法なのか種族なのか……それはわからない。だがそんな闇でしか生きられず、場合によっては闇ですら生きられない存在。その為に俺達はいる」
行きたいならいけ。そういいながらも視線は彼女を見据える。
男が彼女に投げかけるのは糸? 縄? 否、むしろ捕まったが最後抜けるには死しかない。刃のついた鋼鉄の鎖。それを彼女へと伸ばす。
だが、それは届く寸前でひっこめた。
「まぁ、無理強いは出来ないさ……結局は悪党への道だ。無理して来いとは言えない。ただコミュニティに入れない理由を聞かせてほしかった。それだけさ……これは単純に俺の我儘だけどな」
引っ込めたその理由は。結局は悪党だから。
それを無理して来いとは言えなかった。
「それでも覚えておいてほしい。この街にはそんな闇の更に奥底にも何かがいるということを。その糸はそんな何か程度で断ち切れるほど軟い糸ではないということを。そして望むなら……お前はその闇に入る資格がある。この街を一人で生きてきたんだ。相当生き方が上手いということだろうからな。情報収集等は出来るだろう」
■黛 薫 >
「は、もっと深くで生きる覚悟キメられるんなら、
あーしだって今よか少しくらぃ重用されてたかもな。
ま、そーじゃねーからこんな危なっかしい方法でしか
身を守れなかったワケなんすけどね」
自分の連絡先をメモに走り書きして投げ渡す。
「情報収集、使い走り、メッセンジャー、あとは
ときどき腹の探り合いっすかね。そのくらいなら、
深入りしなくてイィなら承りますよ、ってな。
覚悟キマってねーから、出来るのはカネで繋がる
ビジネスライクな関係でご勘弁。
理由が知りてーなら、風紀か医者か……あ、いや、
医者は患者の情報は漏らせねーのか?まあイィか。
あとは仕事を外注せざるを得なぃくらいの大きさの
違反部活。その辺のヤツらはあーしの事情、ってか
異能のコトは知ってるんで、興味があるなら聞いて
来たらイィんじゃねーっすか」
理由が異能にあること、そして自分からは話したく
ないことを仄めかしながら、黛薫は路地を抜ける。
……彼女の異能については、調べればすぐに情報が
見つかるだろう。特に秘匿されてはいないのだから。
ご案内:「落第街 路地裏」から黛 薫さんが去りました。
■【虚無】 >
連絡先を受け取りそれを確認する。
嘘の連絡先と言うことはないだろうが。
「別に無理して探るつもりはない。お前が話したくなった時に話せばいい……俺が出来るのは糸を投げかけるだけだからな」
それ以上はするつもりはない。そもそも現実を知ったところで彼女が頷かなければ意味などどこにもないのだから。
そうして彼女を見送る。
「全く……こういう時風紀だったらと思えるよ」
それなら堂々と手を差し伸べられるのに。悪党である自分は彼女に対して糸……鎖を投げかけるしかなかったのだ。
本当に嫌な話だとボヤくと自身も歩き出す。その先はこの街の更に奥だった。
ご案内:「落第街 路地裏」から【虚無】さんが去りました。