2021/03/24 のログ
ご案内:「落第街 路地裏」に山本英治さんが現れました。
■山本英治 >
その日は警邏があった。
だから、遅れた。
彼女と………インファと名乗っていた少女との待ち合わせ場所に。
数ヶ月前に出会った女の子だった。
底抜けにお人好しで、そのせいでこの落第街に生まれた苦労を人一倍背負い込んで。
俺がたまたま彼女と話すキッカケを得て。
読み書きを教えたり、正規のルートで保護する段取りを進めていたとか。
そういう……
瓦礫山(ワーリーシャン)と呼ばれる、瓦礫や廃材が堆く積まれた場所。
ただ、ただ。雨が降っていた。
■山本英治 >
彼女は。
凡そ彼女に似合わない刃物を胸に突き立てられていた。
死んでいる。
周囲で三人のチンピラが騒いでいた。
インファの亡骸から血が流れている。
それは雨垂れに薄れて流れていった。
■インファ >
『私の名前、日本語でサクラって言うの?』
『ヤマモト、私……夢があるんだ』
『ね、ヤマモト! 春ってすごいんだよ、キレイな花があちこちに咲いてさ』
『でも……あの桜の木だけね、咲かないんだ。毎年だよ?』
■山本英治 >
終焉が、思い出として。彼女の声で脳裏に残響している。
終わってしまった。
終わらせたんだ。多分、あいつらが。
未来が死んだ時と、まるで同じだ。
ニーナを助けられなかった時と、多分同じだ。
両眼にウツロを宿したままフラフラとチンピラに近づいていく。
■終期麻薬中毒者 >
「クソッ、このガキ!! 血が出るまで噛みつきやがって!!」
「どけ、殺しちまったがまだあったけぇよ!!」
「死体を犯してやらぁ!!」
違う刃物を握って亡骸の服に手をかけて────
■山本英治 >
「どけ」
片手でクソ野郎の首根っこを掴んで大雑把に後方に投げ飛ばす。
インファの。
力を失った、弛緩した体と。
雨に打たれて、冷たくなった手と。
輝きをなくして、虚空を見る双眸と。
死んでいる、ということを示すそれらが。
ただただ、虚しい。
持っていたスプリングコートを亡骸に被せる。
「インファ。こんなところで寝てたら……風邪引いちまうぜ…?」
片手で彼女の瞳を閉じさせる。
薬がどうとか。
女に打って乱暴がどうとか。
そんな噂を聞いた。
多分、こいつらも真似したくなったんだろう。
───赦せるはずもない。
■終期麻薬中毒者 >
「なんだこの野郎ォ!! 上等かましてんじゃねぇぞ!!」
好き勝手がなり立てながらそれぞれが得物を構える。
その時、一人の男が気付く。
「おい、こいつ……風紀の山本じゃねぇか?」
最近、検挙率が下がって目立たなくなった。
そう……何らかの呪いを受けて異能非覚醒者(マンデイン)になった。
そんな噂がある。
殺してやる。
弱った風紀をぶっ殺してやる。
泡立った唾液を吐き捨てて山本に刃物を向けた。
■山本英治 >
「おい、ゴミども」
心意六合拳の構えを取る。
手を出す時には狼の心。
虎の残忍さを要求し。
各動作には全て恨みの意を込めて。
全て残酷の意を込めて打つ。
「殺しは再教育独房入りだ、長いぞ」
「と、言いたいところだが………二級学生相手の狼藉だ」
「多分、教育プログラムを半年も受ければ出られるだろう」
余罪が無ければな、と告げて。
「だから……テメーらは俺が裁く」
「後悔させてやる、ジャンキーども!!」
見せてやる。恨地無環の極致を。
■終期麻薬中毒者 >
「何が後悔だ風紀のクソが!!」
「必ず死なァす!!」
厚い刃物を振りかざして真正面から刺しにかかる。
■山本英治 >
根地無環。
それは天を引きずり下ろし、地をめくり上げるが如き絶招。
相手の内側に小さく踏み込み、刃物の間合いよりさらに前。
零距離(キル・ゾーン)に踏み込みながら肘を打ち上げる。
麻薬中毒者の顎を砕き、歯をその辺に散らしながら。
血走った目つきで残りの二人を見る。
インファの痛みはこんなものじゃない。
インファの無念はこの程度で終わらない。
殺してくれる。
ご案内:「落第街 路地裏」に虞淵さんが現れました。
■虞淵 >
砂利を踏みしめる音と共に、巨躯の男がその場に現れた
雨の中、喧嘩──否、殺し合いに興じる男達を眺めていた
その男の出現は、落第街に長く済む住人にとっては一種の事件か
そうでなくともその巨躯に有り余る圧倒的な存在感に視線を動きを止めるだろうか
「誰が揉めてンのかと思えば──」
雨の中で湿気った煙草を足元へ捨て、砂利を踏み音と共に踏み消して
「風紀委員。
こいつは知った顔だな。山本──とか言ったか」
直接の面識はない
ただ男の下には様々な情報が舞い込んでくる
その中でも、やたらと目立つヤツだった故に、憶えていた
「──あァ、邪魔しに来たわけじゃねえよ。見物だ。気にするな」
手を出すつもりはない、と宣言し、コートのかけられた女の亡骸を一瞥する
風紀の男が激昂している理由は推して知るべしといったところか
■山本英治 >
その場に現れた男は。
俺の長身からして見上げるほどのその巨躯は。
爛々と輝く血の緋を秘めた瞳は。
間違いない。
異能犯罪者(アート・クリミナル)ファイルNo.004981。
危険度S級、あの鉄火の支配者……神代先輩ともやりあった。
────虞淵。
「虞淵か……」
ブラックジャックを振りかざして殴りかかってきた男を。
勁打───拉錨断縄の志にて掌底をねじ込み。
鼻の骨を砕いて倒れ伏させる。
「じゃあ見物してってくれ………こいつらが再起不能になるところをよ」
逃げようとする最後の一人を一足飛びに距離を詰め、顔面を壁に叩きつける。
逃げようとする相手は引っ張ると力が均衡する。
だからこうして突き飛ばす。
雨が。雨が降っていた。
悲鳴の中で制裁が始まっていた。
■虞淵 >
「あァ、そうさせてもらうさ」
瓦礫の中に出っ張っていた波板の下、雨の掛からないドラム缶に腰を掛けて
男は本当に手も出さず、どちらの味方もせず、観戦するだけのつもりのようだった
──山本英治、であろう男は自分のことを把握しているらしかったが、こちらには興味すら示していない
余程に苛烈な怒りが、男を突き動かしているというのが容易に見てとれた
雨の音の中、悲鳴が連なる
やがて…否、それはすぐに静寂に変わるのだろう
「───……」
「お前、山本英治で合ってるンだろう?
使う武術系統も合致してるが…」
「随分情報と違うな」
組んだ足の上に頬杖をつき、男は獰猛なまでの殺意を振るう男…山本を眺めていた
■山本英治 >
「合っているとも」
血に濡れた両手を、さぞ汚いものを触ったという風に神経質そうに振って。
「お仕事熱心な風紀委員さんさ……」
最後に意識を失った男を爪先で蹴り起こす。
死なれても面倒だ。これくらいにしておいてやる。
「そういうアンタは随分と理知的だ」
「イメージと違う」
振り返った眼光が緋の双眸を捉える。
「神代先輩と随分と派手にやりあったらしいな……」
「先輩は俺の尊敬する漢だ、彼に怨恨なければ拳を振るう意味は無し」
拳? 振るう意味?
そんなの……たった今捨てたようだ。
自嘲気味に笑って。
■虞淵 >
「オイオイ、俺を無差別に暴れ回るような怪物だとでも思ってたのか?」
まぁあながち間違ってもいないのだが、相手はこれでも一応選ぶ
それも余程に飢えている時ならば兎も角、だ
ゆっくりと脚を降ろし、腰を上げる
「神代?ああ…アイツもまだこの辺りで派手にやってるらしいな。熱心なこったぜ。
──怨恨、ねえ」
どうだろうな、と
煙草に火をつけ、雨空を仰ぐ
「俺はアイツじゃねェからワカランが、俺はなかなか楽しく喧嘩できたつもりなんだがナ。
……お前はダメだな。今のお前と喧嘩してもビタイチ楽しくなさそうだ」
自嘲気味な笑みを浮かべる男、山本にそう言葉を投げつつ…視線を僅かに降ろした
「女が殺られたのか。──お前の女か?」
重く低い声で、問いかけた
■山本英治 >
「違ったのが意外でならない」
肩を竦めて苦笑して、ゆっくりと歩く。
猛獣と会話をしているようなプレッシャーすら感じる。
語り口が理路整然としているのがかえって恐ろしい。
「つれねぇな、凶拳」
雨雲を見上げて。
「いいや。危なっかしくてどこにでもいそうな」
「ただの女友達だったよ………」
この雨で桜は散るだろうか。
それとも。
何もかもが虚しい。
何故。何故、俺は。
・・ ・・
暴力ではなく拳法でこいつらを甚振った?
■虞淵 >
「まったく失礼なヤツだな、初対面だぜ?」
言いつつ、言葉とは裏腹にくつくつと笑う
「隣に居たやつが次の日には死体になってる。
別にココじゃ珍しいことでもねェが」
「むしろお前みたいなヤツに報復されて半殺しにされるほうが珍しいかもな」
一歩踏み出す
雨は降り止んでいないが、この程度ならまぁ煙草の火も消えないだろう
「『心』が欠けた六合拳の拳士とやりあったってしょうがねェだろ。勿体ねえ」
その大柄な肩を竦め、ただの女友達だと説明された、少女の遺骸を見下ろす
「…こっちもこっちで勿体ねェな。イイ女に育ったかもしれねェのに」
荒れ狂った男の顔を見れば…自問自答しているようだった
自分のとった行動が腑に落ちないのか、自身で理解できていないのか…
■山本英治 >
「お互い様だろ」
合衆国のダイムノベルにでも出てきそうな。
安っぽい会話。
それは何の慰めにも、弔いにもなってはいなかった。
「どいつもこいつも狂っていやがる……」
「いや」
「俺もか」
視線を下ろす。
命が失われた彼女は。
屈託なく笑うことはもう二度となくて。
「アンタが本気を出すと瓦礫山(ワーリーシャン)が更地になる」
「それは俺も彼女も望むところじゃあない」
イイ女に育ったかもしれない。
心の傷を背負いながらも、立派な一つの人格を形成したかもしれない。
いつか、彼女が誰かに恋をして。
インファと誰かの結婚式に俺が参加する未来もあったかもしれない。
「かもしれない、が………もう終わってしまった話だ」
何もかも終わってしまった。
失われた青色の季節は取り戻せない。
壊れたものは戻らない。
どうしてだろう。
俺はあの咲かない咲かないとインファが言っていたあの桜の木が。
今年は咲くという確信めいた予感を覚えていた。
■虞淵 >
「──ま、俺は狂ってるかもしれねェな」
「別に、顔を知ってるヤツが野垂れ死のうが憤ることもねェ。
報復や怒りに燃えることも、まぁねェだろう
名前も顔も知らねえ女が死んでても何も思わねえ
此処にいる大体の奴らがそうだとしたら、まァ…この街がイカレてんだろう」
怒り、我を忘れ報復に走る者とどちらが狂っているのかは、わからないが
「終わった話と言いつつ、その女が望まない、ってか」
紫煙を吐き捨てる
出会ってみた男は、情報で聞いたものといくらか違っていたが…
「──死体はどうすんだ。埋葬できるようなちゃんとした場所はここらにゃねェぞ」
共同墓地の名もなき墓標にいれることは出来るだろう、しかし──
■山本英治 >
「人類の善性とか、人が持つ輝きとか」
「そういうのさ……本で時々、読むよ」
「知識として確かめないとわからなくなる」
「落第街を警邏しているだけでわからなくなるんだ」
「ここに住むということの意味を少しだけ理解するよ」
それでも。この街の娼婦の子として生まれて。
ストリートチルドレンとして育って。
笑顔を持っていた彼女をこの街の住民は刺し殺した。
何もかもが茶番に思えた。
「ここらには埋めない」
「ただの感傷だがな」
通信機を取り出して。
「こちら山本英治、警邏の後に……ああ、そうだ」
「前に話してた女の子が殺されてて、ホシを現逮した」
「ちょっとやりすぎてしまってな……救急車を頼む」
通信機を切って。
「真理は矛盾だらけ」
「倫理は狂っていて」
「摂理は弱者の憐憫を許さない」
その言葉をどうしても言い切れなかった。
諦める言葉で。未来を手放す言葉で。
でも。
「もういい」
今日という日だけはという甘えが。
決定的なその言葉を口にさせた。
■虞淵 >
「──いいンじゃねェか。
お前とウェットだと嗤うヤツもいるだろうが」
「此処の住人程ドライならイイってワケでもないんだろ」
巨躯の男は、しばらくその少女の亡骸を見下ろしていたが、やがて踵を返し背を向ける
少女は…共同墓地に入るのだろうか
名もなき墓標に入るのは、その男の望むことなのかどうかはわからないが
風紀委員に連絡をとる男を横目に、フィルタまで吸いきった煙草を投げ捨てて
「──で、俺のコトは報告しなくてよかったのかい」
もういい、と諦めの言葉を口にする男を嗤うように
■山本英治 >
「慰めてくれたお礼ってヤツだよ、虞淵」
今の俺にも。今、駆けつけられる風紀の戦力にも。
こいつは止められない。
だが、それも建前だ。
今は……静かに目を瞑っていたい。
瞼の裏の闇を眺めていたい。
それだけだった。
「どこへなりと行け、次に見かけたら俺だって真面目に追うぞ」
髪をぐしぐしと触って水滴を飛ばした。
欠片も爽快感はなかった。
■虞淵 >
「オイやめろ、いつ俺が慰めたんだ殺すぞ」
うへぇ、といった顔をしつつ吐き捨てる
話を聞いてやっただけだ、と言葉を続けて
「──へいへい。
じゃあ次会うときまでにもうちょっとマシになっといてくれヨ。
風紀委員にヤりてえヤツは何人かいてお前はそのうちの一人だったんでな」
やれやれ、と
その手をやや気怠げにひらひらとさせながら、砂利を踏みしめ男はその場を後にする
レイチェル・ラムレイ…山本英治…
武勇を聞く、邂逅を願う名とはどうにも出会いが悪い
この男とも戦うことも実現するのかしないのか…
所詮世の中はタイミングと巡り合わせ、なるようになるか、と
新しい煙草を取り出し、火を点けた
ご案内:「落第街 路地裏」から虞淵さんが去りました。
■山本英治 >
「男のツンデレか、ミリも嬉しくねえ」
雨脚は強くなるばかり。
煙る街並みの片隅で。
ただ世界を呪った。
「わかったわかった………次な、次」
去っていく男の背を見て。
芋虫のように蠢く麻薬中毒者たちを見て。
最後に死んでいった女の遺体を見た。
美しくないな。
俺は遠くから聞こえてくる風紀の仲間たちの足音を聞きながら。
そう一人で考えていた。
ご案内:「落第街 路地裏」から山本英治さんが去りました。