2021/03/28 のログ
ご案内:「廃工場」に【虚無】さんが現れました。
【虚無】 >  
 カツン、カツン。廃工場の中足音だけが響く。
 締め上げの効果か、一時期流れた風紀委員からの捕虜奪還という報告か。おそらくは様々な要因があったのだろう。
 彼が足を運んだのはそんな要因によって発生したとある違反組織……否そんな上等な物ではない。

「この手の犯罪者の始末が1番面倒だ」

 ただの不良集団のアジト……だった場所だ。
 別に自身が破壊したわけではない。そして別に自身の襲撃が悟られたわけでもない。むしろ襲撃するつもりなどなかった。もしあまりにも大きくなるのなら話は別だが今の段階では攻撃対象とは言えない。
 では、なぜいないのか……単純明快。向こうが偶然移動しただけ。もしくは複数ある遊び場の内の一つというだけで別の遊び場へ移動したのか。違うだろう。おそらくは……汚くなったから捨てた。それだけだ
 広がるのは地獄。狂気の宴とはこのことだろう。あちこちに転がる死体。拷問の末か暴行の末か。服を剥かれた男や女。体液にまみれたまま踏みにじられ放置され腐りかけた死体も少なくない。

「……統率も何もない暴力集団。というのは攻撃の対象になりえるかどうか。か……個人的には踏みつぶしてやりたいが」

 瞳の奥には確かに怒りが燃える。だがそれを表には出さない。出してはいけないから。
 工場の中を歩き回る。ここを根城にしていた集団の情報と……可能ならば生き残りを見つける為に。

【虚無】 >  
 自身達は正義の味方にはあらず。理解している。
 自身達は秩序の守護者であって秩序そのものではない。理解している。
 だからこそこの街を揺るがすほどではない存在……たとえ凶悪であっても人を殺す”だけ”のこの集団は自分達からすれば何でもない相手ではあるのだろう。
 この街においてその”程度”の事は日常なのだから。
 でも、それでも……

「こいつらにとってはそれが全てだっただろうに」

 眼下の死体へと目を向ける。苦悶の顔を浮かべたその男は酷い拷問の末死んだのだろう。爪はなくあらぬ方向に腕や足が曲げられている。
 街にとっては殺す”だけ”しかしないその”程度”の悪であっても悪は悪だ。そして殺された本人にとってはどんな悪党より恐ろしく巨大な悪だったに違いないのだ。
 それでも自分達は動けない。1の悲鳴を糧とし10の命を救う。それが自分達の存在意義なのだから。

「辛いな本当に」

 目を伏せる。本来自分は向いていないのだろう。自分はこういう仕事をするにはどうしょうもなく……悪ではない。
 だけど正義では守れない存在がいる。それも同時に理解しているからこそ光と闇の間。黄昏で藻掻くしかないのだ。それがどうしょうもなく辛かった。
 こういう場を目の当たりにすれば猶更それは深く心に突き刺さってくる。

【虚無】 >  
 わずかな音が聞こえる。そちらへと向かうとフラフラと歩く少女がいた。歳は自分と変わらない位だろうか。さんざんいたぶられ辱められ……それでもまだ確かに生きていた。
 だが、生きていただけだ。

「……」

 もうその命の火は消えかかっている。もう病院まで連れていく時間は……残されてはいない。
 自身を見るその表情は、あきらめたような安堵するようなそんな表情だ。
 その表情は間違ってはいない。自分ならば彼女を楽にしてやれる。今受けている苦しみから、苦痛から解放してあげられる。
 倒れかかった彼女を受け止め。彼女を見下ろす。そしてゆっくりとマスクを外し虚無から奏詩へと変わる。

「ごめんな、もう少し。もう少しだけ早くたどり着いていれば助けてやれたかもしれないのに」

 詭弁だ。それにはここの組織を壊滅させなければいけなかったのだから。
 入りそうになる力をこらえる。彼女に最後の最後に痛みを与えたくはなかった。
 最後に人の温かさに触れたからだろうか。その少女は少しほほ笑んでいた。
 両目を覆うように。手を添える。

「……安心してくれ。もう痛みはなくなる。苦しくも……なくなるから」

 これは事実だ。これしか自分にはできない。
 拒絶の力は孤独の力……この力で他者は救えない。守れない。この力でできるのは自分を護る事。そして他者を傷つける事だけだ。
 拒絶の力を腕に込め、彼女の頭部を抱きしめるかのように抑える。それによって彼女の脳は揺さぶられ意識は消え去るそして。

「……ごめんな」

 そのまま一気にひねる。意識を飛ばした彼女には痛みなどなかっただろう。そして自身の手ごたえは確かに感じた。首の頸椎を破壊する感触を、彼女の命が消えるその感覚を。
 眠ったような表情の彼女の首の向きを治し。そっと地面へと横たえる。そして仮面をつけなおす。

「これくらいなら。許されるよな」

 その組織からの拝借品。タバコか薬か。それらを使う為であろうライターに火をともすとそれをごみ入れへと投げ込む。

「せめて、これ以上見世物にはならないように」

 元々乱雑に散らばった場所。火の手が回るのはすぐの事。廃工場そのものが大きな火葬場となり全てを火に包み込む。
 彼はその中を歩き外へと向かう。チラチラと目にともるその火はただ景色を映した火なのか。それとも怒りの火なのか。
 数日後、ここを仕切っていた組織は他の組織との抗争の果て勝手に壊滅したらしい。皮肉な事はその様はまさにここのようで、他の組織による圧倒的暴力によって無残に殺された。という事らしい。真相は闇の、その更に奥の奥へと沈み消えていった。

ご案内:「廃工場」から【虚無】さんが去りました。