2021/06/13 のログ
ご案内:「◆下水道(過激描写注意)」に藤白 真夜さんが現れました。
藤白 真夜 >  
ぴちゃ、ぴちゃ。
湿ったコンクリートの床を歩く音が静かに響く。

地下の、どことも知れぬ下水道。
降りてきた所はわかっていたけれど、歩くうちに同じような景色が続いてあっという間にどこだかわからなくなる。
水滴の滴る音と自らの足音以外に、物音は無い。
閉塞空間なのだから当たり前だが、嫌に音が響く。

……何も、好き好んでこんな場所に居るわけでは、ないのでした。
大雨の影響で活発化する水棲型の怪異を多少でも食い止められればと下った指令。
そのための、軽い魔除け兼哨戒役……それが、私の今の仕事。

「よいしょ……これで、よしっと」

怪異の嫌う薬草の香りが籠められた匂い袋と、注意喚起兼気持ち程度の結界を貼る御札を、下水道の壁にぺたり。
……いささか地味な仕事ですが、そういうのが大事なのです。きっと。

(……にしても、思っていたよりかはひどい環境では、ないような。
 そこまで匂うわけでも無いし……。ネズミとかが走ってるのを想像しちゃってたからかなあ……)

私たちの担当する区域はそこまで深かったり汚れているわけでもなく、想像していたものよりかは、清潔でした。
……とはいえ、饐えた臭いとじめじめした空気は避けられませんでしたけれど……。

(このところの雨で水魔が活性化しているとは聞いたけれど、この調子なら別になんともないかな?
 ……こんなところに近づく人が居るとも思えないけど、念の為浄水作用のある護符を放り込んでおしまいにできそう)

「……早く帰ってお風呂入りたいなぁ……」

なんて、気の抜けたことを言いながら、真っ白な雨合羽を着て歩く、私。
……実際のところ、こういう臭いの強い場所は私の臭いも誤魔化せて落ち着いたりもするのですが、これはちょっと話が別。
きっちりと仕事を終わらせようと、水路に足を近づけて。

護符を投げ入れようと、身をかがめた時。
――何かが、蠢いた、ような――。

藤白 真夜 >  
「……――?」

下水の流れに顔を近づけると、流石に少し臭いが強まります。
……とはいえ、雨のせいか流れも強く。
きっと、跳ねる水の反射が目に入ったのだろう、そう断じて護符を投げ込むと――、

「……く、っ!?」

水中から飛び出す、粘ついた液体。
一瞬身を引くのが遅れれば顔に直撃していたであろうそれは、雨合羽のフード部分を掠り――、焼ける音とゴムの燃える臭いと、
強烈な酸の臭いが、漂った。
一も二もなく雨合羽を脱ぎ捨てれば、すでに襟首の部分にまでぶすぶすと黒い煙を上げ溶け落ちる、それ。

「えぇ……本当に居るんですね……。
 ……嫌だなぁ、ただの哨戒任務だって、言ってたのに……」

ごぽ、ごぽり。
粘つくような水音とともに、水路から不定形の何かが浮かび上がってくる。
微かに濁った、半透明の粘体。俗にスライムやウーズと言われる、なにか。
護符に反応したのか、それが何匹も、水の底から這い出して来ているのだった。

――正直いって、不味いです。
スライムというと弱そうな響きに聞こえるけれど、実際は全く違う。
つまるところ、物理的な攻撃の通じ辛く酸や毒も持ちうる魔物の類。
結局のところ、神秘や魔術の行使出来ない私にとって相性は最悪と言えるのです。

藤白 真夜 >  
(……でも。
 やることは、変わらない。
 私が矢面に立つのが、一番なんだから)

ごぽごぽと水路から這い上がるスライム達を前に、内心とは裏腹に感情の消えた表情を浮かべる。
もちろん、その遅い動きを待つつもりもなく。
……何よりも。
怪異ならば、殺しても許されるモノ、だから。

「……断て」

音もなく私の周囲に広がる赤い霧が、瞬く間に凝固する。
歪に歪んだ刃のかたち、みっつ。
獣の爪のように並んだソレは、空を切る音をたててスライムの群れに肉薄すると――

ぐぢゃり、とスライムをねじ切った。

(……よし。やれます、ね。
 十分に距離を取っていれば、触れる心配も無い。
 ……いける……!)

内心の危機感からの開放に、油断せず緊張は途絶えずとも、
人知れず、口元に笑みを浮かべる私に――、

右腕を炎で焼くような激痛が走った。

藤白 真夜 >  
「く、ぁあああぁあッ!!……、こ、のッ……!」

肉の焼ける嫌な臭いとともに、右腕にへばりつくスライムを、自らの腕ごと血液を吹き上がらせ、引き剥がす。
はりつかれた腕は、赤く爛れて……目も当てられない。
傷口じゃなく、この失態に。
理由は単純。
倒したつもりのスライムが、千切れて吹き飛んできただけの、こと。
ただの自爆。
あろうことか、痛覚の遮断も怠ったまま……。
コレが腹や頭にあたっていたら、このまま死んでいたかもしれない。

「……、……。」

静かに、吐息を零す。
もはや痛みは私の中に無かった。
右腕は纏わりつくように血液で出来た赤い霧が包む。
時間を巻き戻すかのように、傷口は癒えていった。

もう慢心は無い、けれど……。

「くッ、」

飛びかかってくるスライムに、酸液を吹き上げてくるそれを、なんとか転がって避ける。
……目に見える七体に、私がさっき増やした三体。

……相性が、悪い。
私に取れる粘体に通じる攻撃方法は……、呪術を使えばできるかもしれないけれど、……やりたくない。
こんな汚れた場所で呼び出して何を要求されるかもわからないし、私がいやだ。
文字通り、死んだほうがマシだもの。

できることは、視認できるコアを潰すこと――だけれど。

(おかしい……コアが、小さすぎる……。あれだけ派手に切り刻めば当たると、思ったのに)

……自分が思っているよりも、厄介な代物だと、窮地に陥ってようやく気づく。
私の攻撃は、大振りだし、精度も自信が無い。
このままだと、――!

「――ぐ、ぅ……っ!」

躱せなかった。
スカートが軽く焼け焦げて、太ももに熱した鉄を焼き付けたような感覚が、襲う。