2021/07/25 のログ
ご案内:「落第街の廃屋」に川添 春香さんが現れました。
■川添 春香 >
殺戮の現場に。さも、当然であるかのように死神は現れる。
この街は………そういう場所だ。
中央で白と黒に分かたれた仮面を被り、女はゆっくりと歩いてくる。
「お前の仲間は────」
底冷えするような、老婆のようにしゃがれた。
異能で変質した醜い声であなたに語りかけるだろう。
「私の結界に捉えられた。本懐を遂げることはないだろう」
彼らを阻むように事前に髪の毛の結界を張り巡らせてある。
何故って?
今日という日の深夜に。
ここで惨劇が起きた。
そしてたくさんの加害者と被害者と犠牲者が出た。
後に風紀の内部リークで少し問題になる、そんな事件が。
すぐに誰からも忘れ去られた、未来の情報集積に少し残ってるだけの。
そんなモノガタリが。
だったら、私が変える。
未来を変えて見せる。
「お前の正義は。歪んでいる……らしい」
心の底に燃え上がる怒りを、猫でも触るように撫で付けて。
怜悧と冷徹の仮面で心を鎧(よろ)う。
■神代理央 >
廃屋に響くしゃがれた声色。
かつり、と革靴を鳴らして声の主に向き直る。
仮面を被り、長髪を棚引かせ、ラフな格好をした…女、だろうか?
老婆の様な声は、性別を直ぐに判断するには材料不足だ。
「おや、そうかね。ではそのまま出てこなければ良かったものを。
結界を張った儘粘っておけば、多少は時間稼ぎにもなっただろうに」
クツリ、と漏れ零す様な尊大な笑み。
パチリと指を鳴らせば、違反部活のボスを押し潰していた大楯の異形が、がちゃりがちゃり、と足音を響かせて少年を護る様に血と肉片塗れの盾を構えた。
「それでも私の前に姿を現したということは。私に何か用事があるのだろう?
貴様を倒せば解かれる…であろう結界を明かしてでも、私に何か用件が、語るべき言葉が。或いは、私の命が欲しいのだろう」
ぷは、と吐き出した紫煙の先で笑う。嗤う。
「………ほう、私の正義が歪んでいる、と?
確かに、この街の住民から見ればそうかも知れんな」
しかして。少女の言葉を否定する事は無かった。
そうだろうな、と言わんばかりに小さく肩を竦めるのみ。
■川添 春香 >
異形が立ちはだかれば、そこに惨劇の痕跡が見えた。
間に合わなかった。
惨劇は起きてしまった。
でも、まだ終わりじゃない。
まだ守るべきものはあるッ!!
「私の望みは時間稼ぎじゃあない」
「お前の敗走による風紀委員の撤退と女性の逃走までの時間稼ぎだ」
「私にとっての用は風紀の現場指揮者」
「お前のような気取った子供に興味などあるか」
「それとも自分に立場以上の価値が有るとでも?」
魔導書『非時香菓考』を取り出す。
これで足がつくことは絶対にない。
何故なら、田道間守命が常世の国において何を見たかを考察するこの魔導書は。
333篇の圧縮された術の全てが。
未来の魔術。調べようが、わかるはずがない。
それにしても、戮鬼は少年ッ!!
それこそが歪みであるなら!!
正してやるッ!!
「来い、戮鬼……来なければ…」
取り出した懐中時計を見る。
このタイミングで時計を見ること、それはブラフだ。
何らかの時限式の策を講じている、という。
相手に僅かでも焦りを誘発させなければ。
勝つも負けるもない、単純な戦闘能力で生活委員が風紀委員相手に10分と持たない。
私の戦闘スタイルは後の後。
相手の攻撃を正確に撃ち払い、反撃で仕留める。
あとは……パパ、勇気を。
この街で、常世で正義を示す勇気を!!
■神代理央 >
「…では、その望みは叶わない」
娼婦達の逃走は、まあ兎も角として。
己の敗走による風紀委員の撤退等、許す訳にはいかない。
落第街への暴力装置。違反部活に対する猟犬。
それら全ては、常に勝者であり続け絶対的な暴力を撒き散らす事によるモノ。
であれば、敗走等許されない。己の敗北は、風紀委員会という武威の敗北だ。
「立場以上の価値など無いさ。そもそも、立場が無ければ此処に立っている事も無い」
「とはいえ、怨嗟や怨恨の類でないのなら僥倖。一々、どの件だったかと思い出すのは面倒だからな」
懐中時計に視線を向けた相手に、僅かに視線を向ける。
時間を気にしているのか。或いは時間が経過する事による策があるのか。
出来れば、相手から先手を取って欲しかった、とは思う。専守防衛の方が、色々と面倒が無くて良い。
しかし、何方にせよ時間は相手の味方。策があろうがなかろうが、此方は無益な時間を過ごす訳にはいかない。
…それに何より、先手必勝は此方の好むところでもある。
半分程灰になった煙草を、地面に落として踏み付ける。
燻った紫煙が、二人の間に昇った瞬間――
「……Brennen!」
短く叫ぶと同時に、大楯の異形が主を護る様に前面に飛び出し――。
ほぼ同時に、轟音と爆音が廃屋を揺らすだろう。
"廃屋の外"に召喚された砲撃用の多脚の異形が、その無数の砲身全ての砲火を廃屋へと放った。先ずは小手調べ、と言わんばかり。
直ぐ直ぐ砲弾が降り注ぐ事は無い。粉塵が宙を舞い、崩れ落ちる瓦礫が相手に降り注ぐ…くらいのもの。
■川添 春香 >
来るッ! まずは崩落による質量攻撃!!
右手にある本が自動的に頁を開かれる!!
左手を真上に向けて、詠唱!!
「216番目の記憶……」
「全てを求めた男は、触れたものが全て砂と成り果てるため終ぞ何一つ掴むことはなかった」
「構成粉砕(ディスインテグレータ)」
物質分解の術式、質量攻撃に対する方法としては上策!!
崩れ落ちる世界の真ん中で、重なる瓦礫が円筒状に切り抜かれるッ!!
「そちらは怨んでくれて構わん」
左手を前に向けると、ギンッと甲高い音と共に前方の瓦礫が消滅。
粉塵さえも前方だけ消え果てて。
少年に向けて遮るもののなくなった道をゆっくりと歩いていく。
「病院。墓場。お前が行く先は……どちらであっても退屈であろう」
殺す気なんて、ないくせに。
自分を嗤うと思考がクリアになっていく。
パパならこういう時にどうする?
パパなら………きっと、こうする!!
「44番目の記憶。罪深き少女は星に手を伸ばしたが───」
召喚ッ! 魔力のコントロールは針を通すつもりでやれ!!
相手は恐らく召喚火力型、手数で負けていては思弁さえも潰される!!
「その手を握り返したのは、角を持つ赤き悪魔だった」
「召喚陣・鬼戒魔」
忌むべき穢れ抱く鬼を複数体召喚ッ!!
彼の操るモノを抑え込みにかかれ、と心の中で命じる!!
「二度は言わん、本気で来い」
怒らせろ、そして策を弄せッ!!
小賢しい頭くらいしか、相手に勝つ芽はないんだぞ!!
■神代理央 >
「……成程、魔術師か。これは困った。私も魔術を使えはするが本職では無い。
異能と魔術の区別。魔力の有無くらいは分かるがな。魔術戦では、恐らく貴様に及ぶ事は無いだろう」
此方の初手に対する相手の反応を、じっと観察する様な視線。
瓦礫と粉塵の消失。怪異らしきモノの召喚。
基本的に異能の召喚が戦闘のメインを張る己としては、応用力と手数で一手劣るだろう。警戒心を、数段階引き上げる。
…そして、それを、隠さない。
寧ろ堂々とした体で、ゆっくりと此方へ歩いてくる相手へ告げるだろう。
其方が有利だと。魔術戦は、此方が不得手だと。
「……ところで、不思議に思わないか。異能や魔術は如何にも万能の力だと揶揄されるが、こと戦闘に使用するなら所詮はエネルギーのぶつけ合いでしかない」
召喚された鬼が、此方の大楯を封じる。
外の多脚の異形も、恐らく同様だろう。
此方の盤面は、これで自分だけだ。
「個人がその能力を持つ事は確かに脅威ではあるが。強大なエネルギーを生み出すだけなら。その叡智は人類は取得していた。
私達が生まれる遥か前に、既に核弾頭は実現しているのだからな。
一発で都市を焼き払う爆弾を大量生産するなど、いかな能力の持ち主とて難しいだろうよ」
「……であれば即ち。如何なる戦場においてもエネルギーの投射能力に長けた者が有利だとは思わないか?
質量、速度、その他諸々。何でも構わないが――」
「…私の異能は、こと質量と火力については多少自信があってね」
パチリ、と指を鳴らす。
己と相手の間に現れるのは、2体の多脚の異形。
背に生やした砲身は、無数の小さな砲身を円筒状に纏め上げた…ガトリング。或いは、CIWSと呼称される兵器。
キィン、と甲高い音と共に砲身が回転を始めて――
「……本気で来い、と言ったな。構わないとも。
その為には此処は些か手狭だ。少しばかり、拡張させて貰うぞ?」
壁も、柱も。鬼に封じられた自らの異形さえも巻き込んで。
轟音と共に、雨霰のように銃弾がばら撒かれる。
瓦礫を砕き、柱を抉り、射線上の全てを文字通り削り取りながら。
弾丸の雨が、少女に迫る。
■川添 春香 >
相手の魔術師か、という問いにオーバーな動きで肩を竦めて見せて。
「だったらどうする?」
切り札を伏せろ………
パパから受け継いだ異能……
狂悪鬼(ルナティック・トロウル)を最後の局面まで隠し通せ…!
「性質にも依るだろうな」
「炎の魔術であれば火の粉一つ、雷の魔術であれば電流一閃でダメージは発生する」
「が……水や氷で人を害するのは、なかなかに難しいものだ」
通じる、互角だ。
私の召喚した鬼は相手のクロガネと同等の力を有している!!
そして私は──その思い上がりと、杜撰の代償を支払う。
そういう未来が待っていた。
ガトリングガン!!
まさか、そこまでのパワーを!?
壁が、鬼が、異形が、建造物が!!
粉砕されて白煙に霞む!!
そして。
私は。
左腹部に、銃弾が掠った。
初速にして1,067m/s……30mm口径弾が、掠った人間はどうなるのか。
肉がほぼ吹き飛び、臓物を露にした状態で。
糸の切れた人形のように壁に凭れかかった。
仮面のまま。片手に魔導書を持ったまま。
生命の赤をただ破片が散乱する床に広げ続けていた。
■神代理央 >
「水も纏わりつけば酸素を奪い、質量を増やせば濁流となる。
氷は熱エネルギーを奪い、純粋な質量兵器としても活用出来る。
…そうやって、あらゆる術で、あらゆる物で、あらゆる方法で戦い続けてきたのが人間さ」
「今だってそうだ。御互い、力をぶつけ合う事でしか互いの目的を成し得ない。闘争の果ての勝者が、目的を達成する。
私は、そういうものが嫌いじゃないがね」
彼女の召喚した怪異は、完全に此方の異形を抑え込んでいた。
大楯は両腕が盾であるが故に決定打を与えられない。
外の多脚は、戦車に群がる歩兵の様な戦闘になっているのだろう。
距離を詰められた時点で、厳しいものがある。
…そこまでさせた上で、此方は弾幕という次の手を切った。
普段好む大口径の砲弾ではなく、ヒトを殺戮する為の巨大な弾丸をばら撒く砲身に切り替えたのは、対人戦を意識したものでもあったが…。
「…………あっけなかったな。それとも、現代兵器は魔術師をも殺す力を備えていたと言うべきなのかな」
砲身の駆動音が止まる。
白煙が晴れた先には…辛うじて姿形を残した敵の姿。
とはいえ、相手は魔術師。これで完全に戦闘能力が損なわれたかどうか、確証は持てない。
「………結界がどうこう、と言っていたな。彼方の結界とやらが解けていれば、此方側も問題無いだろう。
通信が繋がると良いが――」
異形に砲身を向けさせた儘、襟元につけられたバッジ型の通信機に手を伸ばす。
その一瞬。ほんの刹那ではあるが…少年の視線と意識は、彼女から外れた。
死んだかどうかは分からない。しかし、直ぐに動き出す事は無いだろう――そんな油断。或いは、この破壊を生み出した自身の力への慢心。
何方にせよ、何にせよ。『戦闘は終わった』との油断と隙を…間違いなく、彼女に晒す事になるだろう。
■川添 春香 >
「───奇遇だな、戮鬼」
相手の肩を掴んで、振り返らせ。
「私も火力には自信がある」
そのまま相手を右の拳で殴打した。
一撃……たった一撃。
浴びせるために、苦労した。
血を流しすぎて気分が悪い。
それでも。殴った。
パパは言ってた……お前の力は、許せないものに振るえと。
だから、殴った。
「相手の死を確認する前に仲間の心配か?」
空中に放り投げていた魔導書を右手で受け止め、
逆再生のように傷を塞ぐ。
異能、狂悪鬼のちょっとした応用。
「お優しいことだ……それとも、不死不滅は珍しいかね?」
これも嘘だ。私は不死でも不滅でもない。
血が流れれば死ぬ。
だけど……
私は惨劇を止めたい。
これ以上の犠牲を止めたい。
そのために私がバタフライエフェクトで消え果てても。
私は私の正義を信じる!!
「お前の手品は飽いたぞ……死ね」
右手の本が最後の頁を開く。
最終詠唱だ。あまり時間をかけて体力を消耗すれば、自分が逃げ切れなくなる。
使っていいのは魔力だけ。
だったら全力でやる。
「最後の記憶───」
多脚も、風紀委員も!!
全部、全部! 氷に鎖しておしまいだ!!
「船に載せられた狂女が船上で一言、『雪が見たい』と呟いた」
「ひとひらの雪が彼女の眼の下につき、溶けて流れた」
「導きの終焉(ブックエンド)────」
パパにとっても、私にとっても!!
この禁呪が奥の手ぇ!!
手のひらから氷の華が咲き、花が地面に落ちると同時に大規模凍結ッ!
避けなければ異形は氷彫、あんたは身動き一つ取れない!!
これがラストアクションだ!!
■神代理央 >
「――――っ!?」
予想外、と言うのは愚かだろう。
流石に死んだとは思っていなかった。しかし、戦闘を再開するには相応の時間が必要だと…思い込んでしまっていた。
右頬を貫く衝撃。口の中に鉄の味が拡がる。中を何処か切ったか。
「……戯言を!」
仲間の心配。不死不滅への油断。
一つ一つは、正答であり誤答だ。少なくとも、己にとっては。
先程、彼女が見ていた懐中時計。あれが時限式の魔術なら、倒れた後も彼方で何か起こる可能性がある…という危惧。
不死不滅。或いは再生能力。それらを持つ敵と戦った事もあるし、そういう能力者が此の島なら他にも居る事は容易に想像がつくこと。だから、死んだとは思っていなかった。唯…再生する迄の基準を、誤っただけだ。
それが、致命的であると気付いた時には既に手遅れ。
手遅れならばどうする。
撃っても死なない。ダメージが通っているかなぞ、見た目では判断がつかない。新しい異形を召喚している余裕は無い。
ならば、ならば――
「……術式省略。簡易発動、肉体強化。魔力投入量のリミッターを解除」
「手品は見飽きたか。なら、共に踊って貰おうか」
「生憎、私はダンスが不得手でな。不格好なのは、御容赦願おう」
彼女の最期の魔術を――避けは、しなかった。
元々、異形は鈍重。避けられる訳も無い。自分だけなら可能性は零ではなかっただろうが…逃げに一手使うのは、己の信条が許さない。
だから、急速に凍り付いていく己の躰を、肉体強化の魔術で強引に駆動させる。
強引に練り上げた魔力の膜が肉体を覆い、魔術で構成された疑似生体筋肉が常人を超える筋力を生む。
しかして、不完全な魔術は全てを覆すに至らない。動かす先から凍り付いていく。動けるのは、ほんの数歩だろうか。
それで構わない。此方が欲しかったのは、自らの異形へ手を伸ばせるだけの距離。
凍り付く異形の砲身を掴み、不完全な魔術で悲鳴を上げる筋肉を総動員して、その砲身を彼女に向けて。至近距離から、機関砲を――
「――Brennenッ!」
数度、銃声というには悍ましい金属音が響いた。
人に向けるには余りに巨大な機関砲は、肩を掴まれる程の至近距離に居た彼女に、放たれた。
とはいえ、放つ事が出来たのはほんの数発。完全に砲身が熱を持つ前に、彼女の魔術によって砲身は凍り付き――
「………ち、っ…やはり、魔術戦は、向かない、か…!」
最期の力を振り絞って、氷漬けになるのを防ぐ為に自らの躰を魔力の膜で覆う。
けれど、其処で肉体強化の術は打ち止め。また、無理な簡易発動で酷使した躰は其処かしこから血を流し、疑似筋肉で支えきれなかった肉体は悲鳴を上げている。
最期に放った機関砲。
それが文字通りの悪足掻き。最後の一矢。
それさえいなせば、少年から次の一手が襲い掛かる事は無い――
■川添 春香 >
「戯言と断じるなら……私を滅するのだな!!」
右の拳はこの場で肉片に変わった人たちへの手向け。
あとは……この戦いに終止符を打つためのリゾルート!!
凍りつく世界を前に、気力だけで立つ。
そして。
────肉体強化魔術ッ!!
逃げるわけじゃない、まさか!?
攻撃を!!
胴体を撃ち抜かれる。
一発はクリーンヒット、残りは異能で当たる部位を水に等しい軟化をさせて即死を防ぐ。
それでも。
こんなものを受けて生身が保つわけじゃない。
偽善の代償は高くついたなぁ、もう!!
グズグズの血霞と肉塊になった胴体のまま、凍てつく世界を見下ろす。
「頃合いだ」
異能を全開にして、肉を補いながら。
零れ落ちそうになる内臓の位置を整理しながら。
失血で朦朧とする意識を気迫で奮い立たせながら。
余裕を繕う。
「金の分は働いた……元々、この戦いに時間稼ぎ以上の意味はない」
「随分と痛みを伴ったが──なぁ? 風紀委員」
これも嘘。誰からもお金なんてもらってない。
……痛みの遮断は完璧にはできない。
それほどの攻撃だった。仮面の下で表情を歪める。
でも。
私は間違ってない。
間違ってないのに、弱みなんて見せられない。
「私は見ているぞ、風紀委員……」
「お前の杜撰を。お前の妥協を。お前の思い上がりを」
だから。
「次に間違えたら……命をいただくとしよう」
もう。
「拾った命をせいぜい大切にするがいい」
殺さないで。
祈る。そして……
自分と殺された人の血の匂いを、鋭敏に感じ取りながら。
その場を去っていった。
■神代理央 >
さて、此方はと言えば。
全身氷漬けだけは辛うじて防いだものの、衣服には霜が纏わりつき、痛んだ躰からは血がしたたり落ちる。
流れ出る傍から血が凍りついていく事によって止血になってはいるが、結局自らの血が鎖の様に動きを阻害する。
それでも尚、此方が生きているのならまだ戦うことが出来る。
己の油断と、敵の策。そして魔術の実力が生んだ危機であれば、素直に受け止めるしかない。
しかし、此処で退く訳にはいかない。
己は『鉄火の支配者』なのだ。
畏れられ、蔑まれ、憎悪され――だからこそ、倒れる訳にはいかない。
己が倒れれば、次は誰が憎まれるというのか。生み出されたヘイトの行先は、何処になるのか。
そもそも、こんな汚れ仕事。次に誰が――
だから、退かない。倒れても、血を流しても、凍てつく寒さに震えながらも。
明確な敵意と、闘争の焔を灯した瞳を向け続ける。
「……次に、間違えたら、だと?随分と思い上がる、ことだな。
では、貴様が絶対正しいという、のか……?」
「それ、を、誰が証明する。誰が、貴様の正しさを、証明する。
依頼主、か?幾ら積まれたか、知らんが。貴様の周囲は、貴様の考えに、賛同するものばかり、か?」
ぺっ、と咥内に溜まった血を吐き出しながら嗤う。
「…覚えて、おけ。此の世に、絶対正しい事など、無い。
だが、大多数に正しいと支持されるのなら、それが、正義だ」
「私が殺す相手は、大多数では無い。私の殺戮は、大多数から否定されない。
貴様の考えは、誰かに否定されたことが、ある…の、か?」
「……そうでない、のなら、正義を語るなどおこがましい。
貴様の、行為は、結局…次の憎悪と破壊を、繋げているだけ…だよ」
息も絶え絶えに紡いだ言葉は、最後迄届いただろうか。
…まあ、届いていようが届いていまいが関係無い。
彼方だって、正義論を此方と語る時間など無い筈だし。
だから、立ち去る相手を忌々し気に見送りながら…もう一度、通信機に手を伸ばすのだ。
聞こえてくる、娼館への突入作戦失敗の報告を聞き届けて…血の味を飲み込んで、舌打ちして。
痛む身体を引き摺る様に、よろよろと此の場を後にするのだろう――。
ご案内:「落第街の廃屋」から川添 春香さんが去りました。
ご案内:「落第街の廃屋」から神代理央さんが去りました。