2021/11/20 のログ
ご案内:「◆あかいうみのゆめ(過激描写注意)」に藤白 真夜さんが現れました。
藤白 真夜 >  
 温かい何かに、漂っていた。
 ぷかぷかと浮いているような。
 心地よいベッドに沈み込むように微睡むような、きもち。
 意識は遠く、離れている。
 身体は酷く、安らいでいる。

 たゆたうその海は、温かった。
 辺りは暗く、茫洋として何と知れることもない。
 ただただ、暗く、暖かく、安らげる、闇。

 私の身体を載せたその水面は、音もなく私の髪を波打たせた。
 心地良い。
 なぜか、誰かに髪を梳いてもらうところを妄想した。一度もそんな経験は無いけど、こんなふうに感じるのかもしれない。

 水面に身体を預けると、揺らぐように私を受け止めて。私の身体の輪郭を浮かび上がらせた。
 寝返りを打つように身動ぎをすると、優しく抱きとめるようにカタチを変えた。

 ……心地良い。
 こんなに、安らいだ気持ちになれるのは、いつぶりだろう。
 何も、考えることが無くて。何も、焦ることが無くて。
 あの罪悪感の重みから解き放たれたように自由で。
 まるで、温かな夜の海に浮かぶよう。

 いつまでも闇と眠りに、安らいで目を閉じていようと、思ったけれど。
 どこか、にぎやかな雰囲気を感じる。
 心地よい眠りの、鼻先に朝食の香りを感じるようにして、目を開く。

藤白 真夜 >  
 目を開けても、世界はそう変わらなかった。
 暗く、静かで。
 光も、音も、何もない……広い海。
 
 ただ、空が見えた。

 温かい海にたゆたう私は、空を見上げている。
 空も、やはり暗かった。夜であり、夕方のような、暗くて、でも明るくて、混ざり合う黒い光。
 そこに、何かが浮かんでいる。
 いくつも、いくつも。
 まるで、星々のように。

 その星は、よく見えなかった。
 美しく白く輝くもの。
 苦々しく黒く瞬くもの。
 その二つが折り重なって、数多の星空を描いていた。

 空は高く、遠い。
 私には、あまりよく見えなかった。
 目を細めて、やっと……何かを感じ取れる。
 
 あの、白い星。
 
 それは、結婚式だった。
 目のピントを合わせるように、目を凝らしてやっと。
 結婚式の記憶が、私の中に在った。
 
 笑顔、笑顔、笑顔。
 拍手、幸福、祝福。

 それは、記憶だった。

 いくつもの記憶が、私のソラに浮かんでいる。
 白い星は、良い記憶。黒い星は、苦い記憶。
 生誕。入学式。発表会。結婚式。日常。日常。幸福。
 死。挫折。悲しみ。お葬式。非日常。非日常。絶望。

 ……そう言えば。
 ひとは、眠るときに記憶を整理するのだという。
 その経験が、夢として人間の意識に現れるのだと。
 じゃあ、もしかしたらこれも、夢なのかもしれない。

藤白 真夜 >  
「ねえ、アレ。
 ……覚えてる?」

藤白 真夜 >  
 気づいたら、私の隣にも誰かがいた。
 そこは酷く昏く、おぼろげで、よく見えない。
 
 彼女の指先は、ある星を指していた。

 私もその星を見つめようとしたけれど、……目がぼやけてしまった。
 暗く、曖昧で、虚ろな、黒い星。

 私はどこか申し訳無さそうに、首を振った。

藤白 真夜 >  
「そっか。
 アレね、最初のヤツ。“私達”の。
 ああ――何度見ても、きれい。
 楽しかったなあ……」

藤白 真夜 >  
 ……彼女のいうことが、わからない。
 いい人ぶる私は、お話が出来ないことが申し訳なくて。
 覚えていないことが、カタチの上でだけ謝らなくていけないと思っていて。
 
 なぜなら、隣の彼女の声は楽しげに弾んでいた。
 とても、美しいものを見たのだと。陶酔するかのように――甘く、酔い痴れた声で。

 だからこそ、私は、――それが、許せないのだ。
 
 義憤めいた、復讐めいた、私の中の怒りは、しかし、私を動かせなかった。
 身体は、安らいだまま……何一つ、動こうとはしない。
 ぷかぷかとたゆたうだけ。無力な、海月のように。

藤白 真夜 >  
「最初は、よくわからなかったよね。
 確か、包丁で指を切ったんだ。
 ……転んだんだっけ?ま、どうでもいいけど。

 そのあと、■と■の脚が飛んでたでしょ?」

藤白 真夜 >  
 やめて――!
 何も、わからない。
 私のナカは、酷く慌てて、嫌で、厭で。
 聞きたくない。忘れている。アレを止めて――

 そう思っている、はずなのに。
 ずっと、私の心は安らいだまま。
 暴れまわるような思考は、心になんの影響ももたらさなかった。

藤白 真夜 >  
「あのときのコト、ずーっと覚えてるの。
 すごかったわ……。生まれて、出会って、連れ添って、口付けをして、幸せ、幸せ、幸せ――。
 その全部が、私のモノだったもの……!
 そのナカに、私の顔があるの。小さくて、愛おしくて。
 そして、その幸せの終わりと、絶望。
 ああッ……!全部、全部私のだったのよ、真夜!」

藤白 真夜 >  
 女の声は昂ぶっていた。おそらく、悦びすら伴って。
 私は、それが酷く……恥ずかしかった。
 怒りや絶望すら通り越す、恥辱。

 私のカラダは、もう動かない。
 私は、夢/現実にようやく気づいた。
 
 私は、遅すぎた。

 手段なんて、選んでる余裕が無かったんだ。

藤白 真夜 >  
「……ふふ、ようやく気づいたの?相変わらず、寝起きは弱いのね。ずーっと起きてるクセに。
 術の出来は悪いのに、枷をかけるのだけは異様に巧いし。
 そんなに、わたしのこと――キライ?」

藤白 真夜 >  
 女が、私のカラダを覗き込む。
 影と重なり合うようなそれは。
 私と、同じ顔をしていた。
 
 なにかがおちる音を聞いた気がする。
 ぽたぽた。
 紅い雫が、女から私に堕ちる。
 
「……あ、……ぅ、……」

 あなたは?ここは?
 問いかける言葉さえ、私のカラダには許されない。

藤白 真夜 >  
「だからぁ。血、使いすぎたんだってば。
 んもー、当たり前でしょ?補充もせずに、あんな焼けっぱなしになって。
 ああいう時は一回死んで撤退って教わったじゃない。作り直したほうが楽なんだから。
 大体、あんな目の前で寝てる男の血も摂らないし。起こさずにヤる方法教えたでしょ?
 ……あー。
 でも、あの薫りのおチビちゃんをスルーしたのは褒めてあげる。
 あれ地雷だからね」

藤白 真夜 >  
 降り注ぐ言葉に、酷く――腹が立った。
 怒るのは、久しぶりだった。
 私に、怒る権利は無い。
 私は、遠い場所に居る。低い場所とも言える。
 だから、私はまず昇らなくてはならない。
 その前に、怒ったり絶望したりする権利は無いんだ。

 でも、目の前のコレは違う。
 コレにだけは、私は怒りを覚える権利がある。

「わた、しの、――、侮辱、しな、いで……、」

 震える声で、いうことを効かないカラダを、無理矢理動かす。
 何かがちぎれた気がする。

藤白 真夜 >  
「――。
 ま、いいけどね。
 真夜がやらないなら私がやるだけだし。
 ね、もう解ってるんでしょ?
 はやく替わろうよ。
 あー、でもぉ、その前にぃ~……」

藤白 真夜 >  
 目の前の女が、てのひらを翳す。

 ぐしゃり。
 
 音がして、私の首元に短剣が刺さった。

 痛みは無い。
 ただ、脈打つように寝たままのカラダが跳ねた。

「ごふ、――ぅ、……ッ」

 ごぷり。
 堪えきれなかったようにくちびるの端から血がこぼれた。

 声は無く。
 私はそれを当然のモノとして見つめながら。

 目の前の女の首を掻ききるように、異能で血の刃を作り上げた。

 女の細い頸から、血飛沫が上がる。
 私の首は、赤い海に血を零す。

 赤く染まる、海のナカで、――

藤白 真夜 >  
「……あははははッ!
 なぁんだ、やっぱり覚えてるじゃない?
 ここでだけは殺し合う、でしょ?
 私から権利を奪ってるんだから、真夜。
 ――アナタだけは、私が殺すわ」

藤白 真夜 >  
 女は、血飛沫を上げながら、笑い出した。
 それも当然だ。
 “私”を斬っても、すぐ繋がる。
 切断は最も低コストな損傷だった。

 藤白真夜を殺すのならば。
 壊すのではなく、縫い止めなくてはならない。
 目の前の女がやったように。

 女は私に跨り、私を覗き込み、私に笑顔を見せつけたまま。

 私のナカを、何本もの刀で串刺しにした。

藤白 真夜 >  
 馬乗りになったまま、何度も刃を作り上げる。
 “私”なのだからコレほど便利はコトはない。
 切り裂いて、また刃にして、また切り裂いて。
 傷つければ傷つけるほど、また傷つけるための刃が出来上がる。

 飛び跳ねる血を血で洗い、何度も繰り返す。
 血を舐め取り、血飛沫が私を呑み込み。
 その都度、“真夜”の感情が私の中に入っていった。
 喜びはほとんど無い。
 この女の感情は大半が、罪悪感で出来上がっていた。
 焦燥感。悔悟。慚愧。絶望。

 そしてそれらが全て、真っ当な自分への贖罪へ走り続ける……希望という名の燃料として出来上がっている。

 それが、この女のナカミだった。

藤白 真夜 >  
「か、……はッ……」

 馬乗りになった女に手を伸ばす。
 いや、伸びてすらいない。
 ただ、頭の中でそう思い描きながら、異能の手を伸ばす。

 獣の爪のような禍々しい血の刃が出来上がり、それを目前の女の首をねじ切る。
 ――そう意識したところで、獣の爪が私自らの首を掻ききった。