2022/01/02 のログ
ご案内:「◆ゆめのなか(鬱、過激描写注意)1」に『少女』さんが現れました。
『少女』 >  
 ――ものすごく、気分が悪かった。
 頭の中が割れそうなくらいの、激情。
 およそあらゆる負の感情の奔流。
 それは、後悔だ。
 それは、慚愧だ。
 それは、恥辱だ。
 それは、……憤怒であり、義憤でもあった。
 そして――自らに今直ぐに死ぬべきだ、と。

 その感情で、私はすぐに気づいた。
 これは夢。
 自慢ではない、でも……負の感情はそこそこ持っているつもりだったんですけど……今の私に、そんな強い感情は残っていない。
 だから、これは昔の私。
 もっと小さくて、……この島に来る途中の、わたし。

 だから、10歳かそのあたりだっただろうか。

 当時の私は――最悪だったから。

『少女』 >  
 “一番最初”のことはもう覚えていない。
 ただ、私は鎖に繋がれていた。
 小さな、けど頑丈な独房。鎖に繋がれて、異能を抑える首輪をまかれて――それでも、全く意味が無かった。
 
 私はとにかく、暴れた。
 捕まえる前も、捕まった時も、捕まった後も。

 幸い、暴れる意味は、捕まる前と後で変わっていた。
 ただひたすら、■■を求めていた私は、それをちゃんと覚えていた。
 
 許せない。
 あんなことをした人間が――自分が、許せない。
 あんなことをした人間は――今すぐ、死ぬべきだと。

 私をこの島に連れてきた人たちを巻き込まなかったのは、奇跡だったのか――あるいは、誰かを傷付けることを病的に恐れたせいかもしれない。
 ただただ――私は、自らを責め続けた。
 それこそが、償いだと思っていたから。

 鎖に繋がれ、異能を制御され、それでも。
 私は、自らの異能で、自らを■し続けた。

 幸い、私は私を■しやすかった。
 なにせ、斬って刺して抉って、その端からまた■すための道具が湧き出るのだから。

 当時の私は、最悪だった。
 幼い自己愛や憐憫を、私は飛び越えていた。
 ――こんなことをしでかした人間は今直ぐ死ぬべきだ。
 その義憤と正義と責任に、私は自死を以って目覚めていた。

『少女』 >  
 でも。
 私は、死ねなかった。
 最初の一週間は、ひたすらぐちゃぐちゃにした。
 それは、何の意味も無かった。
 死にはしたかもしれない。
 けど、気づけば目覚めている。
 自らの罪への罰になったかもしれない。
 けど、死が虚ろになった私に痛みは何の意味も与えなかった。
 すぐに痛みは麻痺して……あるいは――異能が麻痺させていた。

 自らを疎む私は、日々差し出される食事もすべて無視した。
 そこになんの意味も感じなかったし、――私はおぞましいまでに満腹だった。
 2,3ヶ月は食事を摂った記憶がない。
 何故かを思う度――やはり、私は死ぬべきだと結論づけた。

 刀で。それは美しさすらある殺しの形。
 鎌で。それは死をもたらすモノのもつ形。
 剣で。それは処刑人の持つべき形。
 爪で。それは原初の暴力の形。

 あらゆる形を取り、私は私を■し続けた。
 皮肉なことに、重ねれば重ねるほど、私は■すのも“戻る”のも、巧くなっていた。

『少女』 >  
 延々と■に続けたころ。
 誰かが、私の房に入ってきた。
 
 私は自分以外の人間を感じると、ぱたりと動くのをやめた。
 巻き込んでは困るからだ。
 何ひとつ見た記憶も無い。
 私の眼にはおぞましい己が存在しているという現実しか映っていなかったから、他のことなどどうでもよかった。

 しかし、そのひとは私に手を翳した。
 
 ――なんだか、ぼんやりした。
 あとから解ることだけど、それが“先生”との出会いだった。
 あの人は何一つ言わず、私に異能を揮った。
 私の記憶はぼやけ、霞んだ。
 ひとの記憶や頭に、ぼんやりとしたヴェールをかけたのだ。

 それはただの記憶操作のようでいて――実際そうだったのだけど――私には違った。

 眼を開けば、意識を向ければ、自身という罪深いおぞましい化け物が目に映る私にとって。
 現実というモノをぼやけさせる、優しい帳を降ろしてくれたのだ。

 それ以降、私は落ち着いた。
 ――そして、実験が始まった。

『少女』 >  
 結局のところ。
 私の自死は、むしろ都合の良いことだった。

 まず、実験に耐えうる下地と頑強な生命を作る必要があったから。
 自ら死に続け、そこから蘇るそれは、格好の“訓練”でもあった。
 自らの死とそこからの再生は、私の異能にとって負荷であり、……そしてそれに慣れてしまった。

 だから、実験はすぐに始まった。
 色んなモノを投与された気がする。
 それは薬で、それは血で、それはよくわからない遺物で、それはよくわからない何かの臓物だった。

 ――そして、それはすべて失敗した。

 呪われた私の血を解呪しようと注がれたあらゆる聖なる物も。
 私自身を重ね強く在ろうとさせる呪われた物も。
 麻酔も、異能強化薬も、精神高揚剤も、聖女の血も、人魚の血も、悪魔の血も、屍人の面も、猿の手も、湧き出る血の聖杯も、銀翼龍の火袋も、金獅子の心臓も。
 解呪効果も、強化効果も期待されたそれらは。
 ただ、私が呑み干すだけの結果に終わった。

 順番が逆だった。
 呪いが解けず、まず実験に耐えうる強度を得ようとした“ソレ”は。
 すでに、生と死を喰らいおぞましく膨れ上がっていた。

『少女』 >  
 実験は留まるどころか、むしろ進んでいた。
 ただ、想定外がそこにあっただけなのだから。
 むしろ都合がよかったのかもしれない。最初の、“均す”段階が飛ばせるのだから。
 組織側は戦慄すると同時に興奮もしていた。
 これは紛れもなく逸材であり、なんとしても形にしなくてはならないのだと。

 一方で、私はといえば……一番平和な頃だったかもしれない。
 かけられた記憶操作の異能のおかげで、私はぼんやりしていたけど、だからこそ穏やかになった。

 友達が出来た。
 
 実験房にいれられたモノたちは、様々だった。
 羽の生えた猫。
 銀色のなめらか肌を持つ小さな龍。
 よくわからない小さなうさぎのような生き物。
 金色に輝く――けれど今にも死に絶えそうな美しい獅子。
 肌のところどころが黒曜石のようになった少年に。
 金色の髪を持つ、優しげな女。

 それは憐れみからだったのか、そういう精神性だったのかはわからないが。
 私は癒やしの血を持つという女と、すぐ友達になった。
 お姉さんと呼んでいたのは覚えている。
 でも、……名前は思い出せない。

 お姉さんや、年の近い少年。……動物にはついぞ近づけなかったけれど。
 私は、その環境に緩やかな綻びを感じながら、それでも。
 友達と笑い合いながら、自らの異能を鍛える日々が続いた。
 確か、お姉さんに血を薔薇のカタチにすればと提案を受けたのだったか――。
 その異能の鍛錬は、未だに覚えているくらい。

『少女』 >  
 その女の血は、命に満ちあふれている。
 巧く扱えば、不老不死も適うかもしれない。
 だがそんなものはどうでもいい。
 死者の蘇生こそが―― 

 それが、部活の出した結論だった。
 
 その女の血は、致命的に呪われている。
 巧く扱っても、劇毒になる。
 これがどうにもならない。
 呪いさえ解ければ。

 それが、部活の出した結論だった。

 アプローチの方法はすぐに出た。
 外的要因を加え強化、浄化する。
 アプロ―チは結果はすぐに出た。
 失敗。

 解呪案はまだ魔術的儀式的アプローチが残っていたが、まだ準備が足りなかった。
 あの奇跡も呪いも、どちらも異能に依るもの。
 ならば、異能を強化しよう。
 無理にでも、セカンドステージやサードステージに移行させる。
 そうすれば、改善されるかもしれない。
 組織はそう結論し、
 その結果が、私の異能強化訓練だった。

『少女』 >  
 異能の強化、セカンドステージへの開眼に必要とされるものは何であったか。
 たゆまぬ訓練はもうこなした。未だに、ずっと。
 だからこそ、……物理的、精神的な窮地に、私は放り込まれた。

 目の前に、おぞましい化け物がいる。
 金色であったはずのカラダが、赤と金に塗れ蠢く獅子であったはずのなにかが。
 11歳かそこらの少女の、数倍の体積を以って。
 私はすぐに食い散らかされて――
 そして、立ち上がった。

 私はすでに、死に慣れていた。 
 戦闘の強弱、という意味での勝負ごとには、まだ経験が足りなかった。
 しかし――
 生命の強弱、という意味で、私は絶対的な強者だった。
 幾度殺されても立ち上がる私に、命を賭けた闘いはあまりにも無意味だった。
 私は、与えられる試練をことごとく食い潰した。

 私に知る由など無かったけれど。
 私は、思っていたより高く評価されていたのだ。
 ……他の実験など、使い捨てて良いと思わせるほどに。

 物理的に意味が無いのなら。
 精神的な窮地を与えれば良い。

 私の前に立ったソレは――、

 ■■。
 ■が、■■■。

 ――――――――――――――――――――。


 名前が、思い出せない。
 ……ああ、私は、記憶力が悪いから。きっと、ヴェールをかけてしまった。自分にだけ、優しい帳を。

『少女』 >  
 それから。
 私はまた、最悪の状態に戻っていた。
 私に、死は意味が無い。
 だから私は、延々と自分を傷付けていた。

 こんなモノが無傷で居ていいはずがない。こんなモノが存在していいはずがない。こんなモノは酷く扱われるべきだ。罰を受けるべきだ。罰を――

 随分と寂しくなった“独房”は、血で溢れていた。
 私のカラダの中から突き上げる剣の切っ先が、刀の刃が、獣の爪が。
 私のカラダを傷付け、血を吹き上げ、……そして見る間に傷が埋まっていく。その繰り返し。

 一度かけられたヴェールの上からまたおぞましい現実に舞い戻った私の意識は、やはり……こんな自分の居る意味など無く。何故死ねないのか、痛みの意味さえあれば、私の意味は湧き上がるのか。
 カラダに齎される痛みは、生のカタチを浮き上がらせるはずだった。
 けど、私に取って痛みは意味が無い。
 だから、それもやはり意味がなかった。
 ……意味が無くとも痛みや新しい死を求める悪癖は、今も少し残ってはいたけれど……。

 ぱしゃり。
 なにかが落ちる音がした。

 血に満ちた独房に、男が踏み込んでいた。
 それは、珍しいコトだった。
 あの“実験”を見ていた人間なら、私の血に触れることは死を意味すると解っていたから。
 誰も近づかない独房に、けれど。

■■ ■ >  
『やあ。
 生きてるかい?』

『少女』 >  
 何処かで聞いたような挨拶を聞いた。
 
 一瞬。
 虚ろな光の無い瞳が、その男を見つめた。
 物珍しさもあったかもしれない。……あるいは、薄いヴェールの向こう側に男を一度見ていたからか。
 
 それが、私の自覚したはじめての“先生”との出会いだった。
 誰ひとり訪れない独房に初めて訪れた先生は、しかし。
 私にとってはやはり興味が無かった。
 独房に恐れず踏み込んでくるそれは、私の心を開きそうでいて、しかし。

■■ ■ >  
『キミの精神構造に興味があってね。
 他の連中と来たらキミの体にしか興味が無い。
 私は、これほどになっても不満一つ漏らさず我々の言うことを聞いてくれるその精神性のほうが気になるんだ、■■』

『少女』 >  
 私の名前を間違えていたから。
 すぐにわかることだったけれど、このひとは完璧主義者だった。
 誤字や脱字が許せないタイプの人間だった。
 だから、人の名前を間違うなんてそれこそ、どうでもいいと見ていたのか、――

 不満は、ありません。
 わたしに、そんな資格はありません。
 ……ただ、罪を償いたいだけ。
 だから、罰を受ける。
 わたしに取って、意味があるのは……罰だけ。

 答えながら……結局、すぐに私は目をそらした。
 独房の血の海におこる小さなさざなみを見つめていた。……どうせ、すぐに収まるそれを。
 そのまま、再び私にとっての“罰”を再開した。
 二の腕に、異能の力で振り下ろされる短剣。
 ぐしゃりと突き刺さるソレに、

『少女』 >  
『――え?』

 男の手が、巻き込まれていた。
 ……いや、私を庇うように、短剣ごと男の手が貫かれている。
 
 貫かれた二つの肉が、混ざり合う。赤い血潮と紅い水が一つになって――
 それは――飽きるほど飲まされた血の味と同じで。
 でも、決定的に何かが違っていた。

■■ ■ >  
『意味の無いことは、止めなさい』

 男はまっすぐに、私を見つめて言った。
 そこに恐れや好奇心は、無い。実験体を見る目ですら、なかった。
 
『ココに居る人間は、皆虚ろだ。
 こんな少女を弄くり回しても誰も気にも咎めない。私もね』

 男の瞳には、光が無かった。私に似ている。なのに――

『だが。……だが、意味を忘れていない。
 これだけのことを、罪を重ねてなお。
 自分達の求めた意味を、悲願を、忘れていないんだ』

 まっすぐに。
 熱すら浮かべて、私を見つめている。
 その熱は、私には無いものだった。

『キミは、私達の悲願だ。
 キミが、私達の願いに届く導だ。
 キミこそが、私達の意味なんだ。
 
 だから。
 ……意味の無いことは、キミにはしてほしくないんだよ』

 その目に、光は無い。
 けれど。
 闇の中にあってなお、ソラに輝く星を探すように――いいや。
 深淵の底にある黒い扉を探すような、狂気にも近い意志のある瞳。
 男の灰色の瞳は、静かに燃え立っていたのだ。

『少女』 >  
 空っぽな私にとって。
 生きる意味は、罰を受けることだった。
 私は、許されない。許されては、ならない。だから罰を。
 そう思えば、境遇や試練はいくらでも受け入れられた。
 むしろ、痛ければ痛いほど、辛ければ辛いほど良い。
 意味がなくても良い。ただ、罰になれば。

 ……けど。
 男のその瞳と言葉は……私に、意味を与えた。
 その言葉こそが、私の中に刻まれた。
 私に、意味を定義した。

 最初に聞かされた話を思い出した。
 私達は、薬を作っている。
 誰かを救うための、薬。
 キミには、その手伝いがしてほしいのだ、と。

 私の中に、意味が生まれた。
 この人たちの意味になることが――彼らの手伝いを、薬の材料として、名も知らぬ誰かを救うことが、私の意味だ。
 そのために、私はこの呪われた血を浄化する。

 贖罪こそが、私に科せられた罰であり――光だ。
 それだけが、私の生きる意味だ。
 それまでは、絶望することなく――絶対に、死ぬことも無い。

 私は、その言葉と灰色の瞳に、誓いを捧げた。
 有る種、敬愛にも似た……何かを伴って。

『少女』 >   
 実験は続いた。
 物理的にも精神的に負荷を加えても変化の無かった異能に対しては一端置き、魔術的、儀式的アプローチを取ることになった。
 
 それは、気持ち悪かった。
 魔法陣の上に置かれ、いくつも妙な液体や遺物を並べたり、触れたり、刺したり。
 聞いたことも無い言葉の呪文を並べ立て、自らも唱え、血を捧げたり。
 妙な薬を塗りたくり、変なお経のような呪文を唱え、延々とトランス状態だとかお香を炊いて祈り続ける、修行めいた実験。
 ひたすら血を流し魔法陣を書き上げ続ける実験。
 生理的嫌悪感や、魔力的な体の消耗すら感じる、それらに。
 
 しかし、私は何一つ苦ではなくなっていた。
 心の奥底に、誓いと意味がある。
 それだけで、どんな行いにも耐えられる気がしていた。

 そしてしばらくして。
 私の血液から、紅い宝石が溢れ落ちた。

 組織は狂喜乱舞した。
 それは、儀式的アプローチから異能の開花に繋がったのだと。
 もはやカタチとして整ってすらいる。これを飲むだけでも実現する、と。

 ……しかし、結局のところ、解呪は成らなかった。  
 それすら気にせず、ある違反部活は狂気のまま実験を重ねた。

『少女』 >  
 儀式的なアプローチで一定の成功を見られた以上、今後の方針は同じ路線で固まった。
 つまり儀式的、宗教的なアプローチの繰り返し。

 私は独房から移り、なんだかすごく豪華な金の敷き詰められた部屋だったり。
 薄く暗がりの石で出来た牢屋のような場所だったり。
 真っ黒に塗られた畳と襖で区切られた黒い部屋だったり。

 とにかく、色んな場所で、色んな儀式を受けた。
 部活の人がみんな総出で、私を拝み祈りを捧げるのを見た。
 頭にろうそくを巻いたお婆さんが、私に変な呪文を唱えながら拝み続けるのを見た。
 全身を真っ黒に塗った人と■■■■し続けて。
 真っ白に着飾り桃と林檎を食べつづけた。

 まるで神か、……邪神のよう。
 そう、思った。

 しばらくして。

 部活は、内部から瓦解した。
 当たり前だった。
 元より、科学や異能を旨とする人たちが、宗教的要素に耐えられるはずもなかった。
 それが、狂気によってなのか――歪んだ信仰によってなのかは、わからなかったけれど。

『少女』 >  
 辺りで、罵声が響いている。
 
 御子にあんな真似をするとは何事だ。
 何が御子だ、あれは悪魔の娘だ、生贄と■■を捧げなくては――

 銃声が響いた。

 しばらく、実験も行われていない。
 ……もしかしたら、ダメなのかもしれない。
 人は意味を求めると、先生は言った。
 意味さえあれば、人は走り続けられると――。
 でも、走り続ける熱意はあっても、その方向を誤ったら、……意味が、無い。

 それでも、私は落ち着いていた。
 飾り立てられ、崇められ、それでも。
 ただ静かに、空いた時間は手元で血の薔薇を作って異能の訓練を重ねていた。

 辺りの喧騒が、一時静かになった。
 白い霧が辺りに漂っている。
 ……“先生”の、異能だ。

■■ ■ >  
 やあ、生きてるかな?
 待たせたね。早く逃げよう。
 ココはもうダメだ。……やっぱり、心の弱い連中だった。
 ……当たり前だな。死者の蘇生なんてモノを求めるくらいだ……。ただ、その失われた夢が余りに大きくて、……大切だっただけの。
 だから言ったんだよ。我々は神は居るし信じるが宗教は信じないと――、いや、もう意味が無いか。
 
 行こう。■■、外に出よう。
 なに、まだ間に合うとも。学校への編入手続きは元から出来ていたからね。
 理由あって名字は変わってしまうが――、皆で考えたんだ。
 だというのに、皆私欲が丸出しでね。私達の求めるモノをもじって、元あるものから逆にして。
 “藤白”にしようと――、

『少女』 >  
 辺りの人間が、先生の異能で倒れていく。
 アレは出力を高めると、記憶どころか意識まで喪失させるモノだ。

 先生は私の軛を外し、学園の編入用のファイルを手に私を連れ出そうとして――、
 銃声が聞こえた。
 私に、血を与えるような、出血。
 目の前で先生の胸に穴が空いて。そこから紅いモノが吹き出していた。
 何も言わず、倒れ込む先生。
 背後には、銃を構えた神学者だった人たちが笑っていた。
 させるものかと。アレは私たちのだと。

『――せんせい?』

 先生は、答えない。ごふ、と血を吐くだけの。

 ……私は、面を上げた。
 ――アレに、意味はあるのか?
 自ら問うたその答えに、……目の前が、真っ赤に染まった。

 ―――――――――――――。

『少女』 >  
 気付くと、目の前には誰も居なくなっていた。
 ……ああ。やっと静かになった。
 ただ、足元で先生が倒れこんでいて。
 私は、先生を抱き起こした。
 
 胸元から血が止まらない。
 ……私には、どうすればいいかわからなかった。
 死に慣れた私は、どくどくと血が溢れるそれがどういう状況なのかすらわからなかった。
 
 ……解ったところで、私にはどうしようもできなかった。
 度重なる実験と儀式の中で私に宿った幻想の悪魔達に、傷は治せるモノもいた。
 けど、私が本当に治ってほしいと思ったものには、その治癒は届かなくなる。

 ……ああ。
 私に、治癒の魔術が使えれば。
 この人を救えたのだろうか?

■■ ■ >  
『……ごほッ。
 ■■?……戻ったの、か……?
 そう、か――。
 ああ、我々は、とんでもない愚か者だ……。気付くのが、あまりに遅すぎた。……そう、だったか――。』

 先生は、血を吐きながら何かに、強く納得していた。
 ……ずっと悩み続けた問題の、読み落としに気づいたかのように。

『そうか、そうか――。
 キミは、……血液操作などという、異能では、無かったんだ、な――』

 先生が言葉を喋る度、血が吹き出る。
 何を言ってるかわからなかった。
 ただ、生き永らえて欲しいと思う私の願いと引き換えに、先生は取り憑かれたかのように喋っていた。
 ――それが、今生きていることなどより、よほど意味がある命題かのように。

『いき、なさい……。外、へ。
 キミは、……ひとを、識る、べきだ……。
 キミだけでは、……“キミ”を、見つけられない。
 その、らせんに、……祝福を。……意味が、宿る、ように――』

『少女』 >  
 ……目の前で、命が喪われていく。
 私に、意味を与えた人たちが。
 散っていった人たちは、もう戻ってこないだろう。
 “私”は、それだけのことをした。
 不死を追い求めたこの部活は、死ぬ。
 
 ……“先生”が。皆が。
 追い求めた意味が、消えてしまう。
 ■■■が、あの少年が、あの美しく愛らしい生き物達が。
 村の人たちが、……たった今消えた人たちが。

 何の意味もなく、消えてしまう。

 それが、死だった。

 目の前で死にゆく先生を見て、私はようやく気づいた。
 私は、死が恐ろしいことに。

「……いや」

 先生を抱く。その目は、やっぱり虚ろなままだった。

「……そんなのは、いや……!
 せんせいを置いていきるのなんて、いや……、
 死ぬのなんて、いや……っ!」

 虚ろな先生の目を、やはり死んだ瞳の私が見つめる。
 今度は、私の側にこそ――熱く冷たく燃える、光の無い炎を湛えて。 

 白く、霧が立ち込めだした。
 私の中から。
 先生を抱いたまま、音もなく溢れた血溜まりが、白く翳る。
 黒い意識の中、白く翳った昏い光が溢れ――一面をぼんやりと包み込む。
 境界を曖昧にし、光と影は灰色に似てしかし、白でもあり黒でもある、世界。
 曖昧にすべてを包み込むそれは、優しい夜の帳に似て――、

 しかし。
 それは、灰色の霧に上書きされた。
 曖昧な光は、明瞭で透明な白に書き換えられていく。

■■ ■ >  
「……愚か者。
 教えたはずだよ。意味のないことはするな、と。――ごほッ。
 いいかい、失われたモノを追い求めることに、意味は無い。
 私に――失われゆくモノに意味を与えようとするのではなく、今在るモノに意味を求めなさい。
 死に、意味など無い。……生にこそ、意味があるのだから」

 異能の上書き。
 忘却の異能は、かつて無い力強さで、辺りを――自らとともに、娘を包み込んでいた。優しく、ヴェールをかけるように。
 
「まったく。キミは物覚えが良いクセに、努力の方向を間違えてばかりだ。
 ――まったく、我々そっくりだ。

 ……キミの間違えは、私が持っていく。思い出すなよ、頼む……から。これは、ごほ、……二度と、出来ない、ものだ」

 自らの存在と、命を籠めた異能は、自分でも驚くほどに広まった。
 これなら、……過去改変とは行かずとも、……この娘に、新しい未来を作り出せるかもしれない。この失敗を、帳消しにできるかもしれない。

「……キミは、キミが、……正しいと思ったことを、やりなさい。
 罪と罰など、本来、……カタチにすらならない、意味の上でしか、存在しないモノ、なのだから――。

 ……ああ、まったく、……。
 キミは、名前と顔しか、似なかった、な、■■……こんな、頑固で、愚かな――」

 一時。
 ああ、それこそ死の淵で見る走馬燈か。
 重ねるにはあまりに幼い――中学生ほどの年の娘を見る。
 そこに在ったのは、――名前だけが似た、或る女の顔――

■■ ■ >  

   ――すまない、真宵
              」

『少女』 >   
 先生が、逝った。
 最後まで、……私の名前を呼び間違えたまま。
 
 私の意識も、消えつつあった。それは、先生の全力の異能の結果。
 真っ白に溶けるように眠りに就く中。

 私は、先生のお顔を見つめていた。
 ――ああ。ようやく、気づいた。
 それは、誰かの名前だ。名前を間違えるはずの無い人間の、過ち。あるいは、先生もどこか壊れていたのか。
 ずっと、私を通して誰かを見つめていた、誰かの。
 だって。
 今の先生は、私を見ていない。
 その誰かを見つめる先生の顔は――

 とても、安らいでいたから。

 ……そんな顔、私の前ではしてくれませんでしたね。

 消えゆく意識。
 薄れゆく記憶。
 真っ白に塗りつぶされていく意識は、覚醒のそれに似ていた。
 目覚めの前の、最期の夢の中で。私は気づいていた。
 そんな先生を見て、珍しく胸中で不満が沸き起こる事実に。
  
 ――ああ。
 ……あれは、きっと。
 幼心によくある、敬愛を取り違えただけの、
 ……私の初めての恋で。
 初めての、失恋だったんだなぁ……。

『少女』 >  
 目が覚めた。

 ……とても、大事なものを見つめた気がする。
 でも思い返そうとしても、思い返せない。
 思い出そうとしても、思い出せない。
 夢とは、そういうものであったから。

 体を起こすと、文庫本が音を立てて落ちた。
 ……どこかで見たような気がするそれは、やっぱり気の所為だった。
 眠気を呼ぶために寝ながら読んだのだろう。
 
 タイトルは、『忘却』
 ……著者は、『灰河 悟』

 
 なぜか、有り得ないモノを一度見たような気が、して。

(……“先生”、本なんて書いてたんだ。
 色々、気難しそうなコト考えてたもんね)

 また、有り得ない納得をした。
 
 何もなかったかのように、本棚にしまい込む。
 私が目を背けた瞬間に、その本は掻き消えた。
 ――それは、空白として、忘却として、あの図書館に捧げたモノであったから。

『少女』 >  
 ……夢を見た気がする。
 起きたらもう既に、その内容は霞んでいた。
 
 もしかしたら、初夢だったような――聖夜に夢見た何かだったかも、しれない。あるいはただの、失われた記憶の帳尻合わせだったのかも、しれなかったが。

 どこか。
 どこか、“惜しい”気持ちがあった。

 幻のような、夢の中で見るそれは。
 もう、二度と思い返すことは無い。
 その別れを惜しむような、気持ち。
 ……だから、別離の想いをこめて。
 
「……こっちで、いいかな」

 赤と黒のマフラーが大切に眠るクローゼット。
 飾り気の無いセーラー服が並ぶそこから、黒いモノを取り出した。

 身に纏う。

 黒い色のそれは、……なにかを悼むモノだったかもしれない。あるいはただ、夜闇に紛れ込みやすいように。
 ただ。

 夢は、夜に見るものだ。
 白く翳る現の中で、私の夢は真っ白にかき消された。
 ならばせめて。

 夜に似た黒い姿でこそ、私が纏う色にはふさわしいと、思ったのだ。

ご案内:「◆ゆめのなか(鬱、過激描写注意)1」から『少女』さんが去りました。