2022/01/16 のログ
ご案内:「◆落第街 閉鎖区画(過激描写注意)1」に藤白 真夜さんが現れました。
藤白 真夜 >  
「はッ……はッ……」
 
 走る。規則的に続く呼気の音とは裏腹に、もはや封鎖区域と化した落第街を走る女の顔には汗一つ無い。
 もはや肉体的な疲労とは無縁の身。無理な異能の行使か“命数”が削れるようなことでも無ければ疲れなど感じはしない。それはただ肺から漏れる空気を逃すだけの音だ。
 しかし、いくら疲れ知らずに走れるとはいえ、その後を追う“犠牲者”の、植物に強化され人体を無視し歪に動く肉体は、人間離れした脚力を見せた。
 それはじきに黒いセーラー服の女に追いつきその瞬間――
 
 ――寄生体の伸ばされた腕に紅い閃光が走った。
 それは、刀だ。
 いつの間にか女の身体から溢れた赤い霧が形を成し、空に浮かぶ刀になって寄生体の肘から先を切り落としていた。
 
「……っ、しっつこいなぁ……!」

 しかし、切り落とした腕は即座に切り口から“生える”植物の根のようなモノで置き換えられる。
 ……斬られても治るあたり親近感を覚えなくも無いけど。

「“そういうの”の相手は慣れてんだか、らっ!」

 走りながら背後へ向け腕をふるう。
 いつのまにか手のひらにできていた傷口から、赤い飛沫が奔った。血だ。
 何も気にせずこちらに向けて肉薄する物言わぬ寄生体。

(……全個体がそうとも限らないけど……喋ったりして思考が残ってるかと思いきや、肉体の行動は半ば自動的。
 “動く植物”とでも言えばいい? まあ、いい。つまり搦め手が佳く効くってコト)

 寄生体が血の膜を抜けて突貫してくる瞬間。
 宙に浮き上がった血がごぼり、と溢れ――、

「穿て」

 赤い血しぶきが上がる。
 ――寄生体の四肢が、赤い槍に貫かれ地面に縫い留められていた。

藤白 真夜 >  
「はふーっ……。
 ……めんどくさ……」

 追い掛けてくる寄生体に手当たり次第に槍をブン投げつつ逃げ続けることしばらく。
 疲れは無いとはいえ流石にげんなり。

「はあ。
 コレなら呑み放題の殺し放題でしょ、なんて思った私が甘かったー……」

 最初に封鎖区画に入った理由と言えば、ただの面白いモノ見たさでしかなかった。
 ……まあ、真夜も何があるか見てこいと言われてたからコレはこれで丁度いいかもしれない。
 いざ中に入ってみれば、どこぞで見たような赤黒い花に何が起きたかは大体わかった。
 おじさんがコレを見て何を思うのかを考えるとむずっとした気持ちになったけど、わかんないものはどうでもいい。
 
 私達に必要なモノは、“生命そのもの”だ。
 それは血であり、温もりであり、死でもある。
 生き血が一番だけれど、血の染み付いた死地を歩き回るだけでも構わない。皮肉なことに、死体からですら私は命を吸い上げることが出来る。めっっっちゃ不味いし効率も悪いんだけどね。
 こういうお祭り騒ぎは私にとっては都合が良い。あまり大規模すぎると入りこむ隙間すら無くなってしまうけど。
 ゾンビめいた植物寄生人間がうろつく場所と解れば、私は喜び勇んで飛び込んでいった。
 コレなら、殺しを絶対忌避する“同居人”の禁忌をごまかせると思ったのだ、が……。

「はぁ~~~……。
 まさかココまで頭堅いなんてね。
 あんなのもう殺すしか無いでしょ……」

 『たすけて』と口では言いながら身体で襲いかかってくる寄生体を相手に、異能の刃はその首を切り落とす寸前でひとりでに止まった。
 花の根に絡め取られ尽きる他無い命ですら、“真夜”は殺すのを嫌がっていた。
 私は上位人格ではあるが、その制止に抗う力は私には無い。肉体の支配権はあっちにある。
 おかげさまで、殺しはせずに寄生体を適度に足止めしながら逃げ回る羽目になったんだけど。

藤白 真夜 >  
 一方で、私の中の神経質な線引は“まだ間に合う”寄生体にも敏感に反応していた。
 ……むしろ、そのまだ間に合う何かを助けるために、真夜は何も殺そうとしていなかったのかもしれない。
 もちろん、私にも真夜の中にもこの花々に対する知識なんて無い。
 それでも、命への嗅覚のような何かが……まだ生きようとしている人間自身の生命のようなモノを捉えられたのかもしれない。
 事実、ココに来るまで二人ほど、助けることは出来た。……種のついた肉をえぐり取っただけなんだけど。おかげでお礼を言われるどころか悲鳴上げて逃げられたから、その後どうなったか知らないけどね。

 だから、何かから逃げてきたかのように目の前に飛び出してきた女にも、反応した。
 “コレ”は、まだ間に合うと。

『た、たすけて……ッ!』

 女が駆け込んでくる。
 ……その背後に複数の寄生体を連れたまま。

「ちょっ――……いや、落ち着きなさい。
 アナタ、種に触れなかった? いや、左腕ね。そこ、見せて。ちょっと痛いけど、我慢して」

 まず、この女だ。
 左腕の中程が微かに赤黒く腫れている。まず、コレを抉って切り落とす。
 見たところ種に触れたばかり、これならまだ間に合うはず。

『痛ッ、……――危ないっ!』

 女の注意の声にも気を留めず、自らの処置に余裕ぶって満足げに微笑む。
 血の味を確かめる暇もなく、背後から寄生体が襲いかかる――が、その腕は赤い槍に貫かれていた。

藤白 真夜 >  
「……はあ。ほんっと、割りに合わないわ……。
 ちょっと、アナタ。私が時間稼ぐからさっさと逃げ――」

 その言葉は最後まで続かずに。
 その喉元は助けたはずの女の腕に掴まれていた。

「――ぐッ、……!」

 助けを求めていた女の顔はいまや憤怒に歪み、暴力に酔いしれていた。
 私と大差無い細腕で軽々と私を持ち上げ、万力のように首をしめつけたまま。
 ……切除が間に合わなかった? いや、明らかに種が蒔かれてから時間は経っていなかったはず。
 ……私の考えに科学的な根拠は無い。私の命への勘が外れただけというのも十分有り得る。でも――、

 目の前で暴力的な愉悦に歪んだ笑みを浮かべる女の瞳から、眼球がボロリと落ちて。
 その真っ黒な眼窩から――赤黒い花がずるりと這い出た。

(……何かの要因で成長が早まるのか、……そもそも成長が早いタイプがいる……?)

 女を助けられなかった、なんて感傷は私の中に無い。
 でも、確かに。眠っているはずの私の……もう一つの心が軋むのを感じる。

 ……ああ……本当におバカね。 
 最初から見捨てることと、助けようとして救えなかったこと。
 何の理由も無くひとを殺すことと、憐れみと尊厳のためにひとを殺すこと。
 その二つの意味は、全く違うというのに。

 ――そして、私の目の前で赤黒い花の種が弾けた。

藤白 真夜 >  
「……っ、く……」

 直撃は避けていた。
 特に、あの寄生能力を頭に喰らうのは絶対に避けたかった。
 私を掴んだ女の腕は、刀で切り落とした。しかし、爆ぜる種までは落としきれない。
 なんとか手で防いだものの、そこは当然生身で。
 べちゃり、と掌にへばりついた種は――またたく間に、私の身体に根を下ろした。
 ――その瞬間。

 目の前が、真っ赤に染まった。

「あッ、!? う、あぁああぁぁぁああ゛ッ……!」

 私は、実は感情というものには疎い。
 今の私は一つだけ例外はあるけど何を感じてもそんなに心が揺れ動かないので、ただただ面白いものを追い掛けていただけ。 
 だからこそ、この“後付け”される暴力的な感情は、私を強く揺さぶった。みっともない声が出るくらいに。

 それは、暴力。
 それは、快感。
 それは――殺意。
 
 あらゆる『闘争』の意志が、私の中に芽生えていた。それこそ、種から命が吹き込まれるかのように。
 だが、それは――

「愚か、者が……!
 そんなもの、ずっと感じっぱなしなのよ――!!」

 溢れ出る殺意。
 それは、私の常態と変わらぬものだった。
 元来、私の中にはそれしかない。殺しこそが喜びであり、悲しみでもある。
 真夜に枷をかけられたソレを無理矢理呼び起こされたところで、私にはソレに抗える一縷にして唯一の意味がある。
 ならば、やることは一つしかない。

 何かに、祈るように――両手を差し出した。
 そして。
 私の中で荒れ狂う殺意ごと。
 その両腕を、斬り落とした。

藤白 真夜 >  
 断頭台めいた赤い刃が種の着いた私の両手を切り落とす。
 間に合ったのか、私の抵抗の意味があったのかは、わからない。
 ただ、それだけで私の中の支配されるような感覚は消えていた。

 斬り落としたはずの両手は、すでに赤い血で置換されていた。
 ……治りが遅い。
 今回は“使い”すぎた?いや、そんなことは無い。たかだか異能の戦闘行使程度では足りない。
 種を享けた影響?いや、断じて違う。私は植物とは相性が悪かった。だから黄金の林檎なんて名前は改められた。
 なぜならば――、

「思えば。
 死体に咲く赤黒い花。命に根付き寄生するモノ」

 目前の寄生された女が、斬られた腕を再生させながら立ち上がる。
 槍に縫い留められていた寄生体の群れが、槍を引き抜きこちらを目指している。

「――わたしたち。
 随分と、似たもの同士だとは思わなくて?」

 切り落とした腕の体積からは考えられない量の血が溢れ出す。
 辺りの薄汚れた路面が、赤く染まっていく。群れた犠牲者達の足許を、覆うように。
 蔓延る赤黒い花と対比するかのような、赤い血の池が。
 
「アナタたちを生命と呼んでいいものかしら。
 ……でも、お前達は手を伸ばした。ヒトに……あろうことか、私に。
 ならば――どちらが生命として上か、決めるだけのこと。そうでしょう?」

 未だ手は赤い血のまま。癒えることなく、足許に血溜まりを作り続ける。
 ぽちゃり。なにかが落ちる音がした。
 本能が、生存よりも殺害を優先した結果がどうでもいい箇所の治癒の遅れだった。

 一瞬とはいえ、闘争の意志に私は触れた。
 一時の明滅。赤く染まる意識。
 ――抗い難き甘美なる殺意。

 それは、何よりも決定的なモノを“私たち”に齎した。
 ――“危機感”。
 
 死に倦んだ私達にとって、命の危機は少ない。植物ゾンビに群がられたところで危ないと思えないのだ。
 だが。
 ……名も知らぬ赤い花に、自我を取って替わられるとあっては話が別だ。
 それは、私達にとって久しく感じる驚異であり――

「悦びなさい。
 お前達は、――手ずから殺す価値がある」

 瞳が真紅に瞬く。
 “真夜”が頷いた。
 コレは、殺して良いと。
 殺さなくてはならないと。
 原初の生存競争に比する相手だと認めていた。

藤白 真夜 >  
 応えるかのように傍らの女が根で編み上げられた両腕を振り上げ襲いかかり――次の瞬間、足許から湧き上がる鎌の刃に身体を縦に両断された。
 
 コイツは最早どうでもいい。一瞥すらせずに殺到する寄生体をみやった。 
 連中の問題は、種だ。あの種だけが唯一、私を蝕み得る。それを吐いた者はどうでもいい。

 生存者“だった”女が引き連れてきた寄生体は10体前後。近距離でマトモにやりあうにはいつ破裂させてくるか読めない種を考慮すれば厳しい数。
 ……が。もう既に、遅すぎる。

 足許に切り落とされた私の両手から、おびただしい量の血が溢れ出ている。
 私の戦闘は、命のやりとりなんてものには重きをおかない。
 私の本懐は、領域を広げる闘いだ。
 血に満ちた場所は、私のモノだ。
 領域を広げる時間が在った以上――領域内で私に敗北は無い。

 複数の寄生体が何も考えず血の海に足を踏み入れ――その足がずぶりと血に沈む。
 そんな深さなどどこにも無いはずなのに。
 どこにも無い場所に、血の海の境界は繋がっている。
 幽世に引き込む亡者の手めいて、血の沼が寄生体の足に絡みついた。
 血の沼に嵌った寄生体、凡そ10体。
 元から、近づかせさえしなければどうとでもなる相手。

 哀れなる命に、手を翳した。
 未だ血に濡れた――処刑人の手を。

「いずこかに在らん慈悲よ。
 願わくば――死を以って救う傲慢を赦したまえ」

 寄生体を取り囲むように、二本の鎌が浮き上がる。
 それは、あたかも現世との縁を断ち切る鋏めいて刃を重ね――

「餞よ。
 椿のように堕ちなさい――!」

 音もなく。
 並んだ寄生体の首を全て撥ね飛ばした。
 ぼとり、と。椿のように……血の池に首を堕とした。

藤白 真夜 >  
 封鎖区画の一角。
 血の臭いが色濃く満ちるそこに、動くものの姿はなかった。
 ただ、黒い女が血溜まりの側に座っているだけ。

「あ~……めんどくさ~い……。
 スイカの種とかもこんなカンジなのかなー……」

 何をしているのかといえば、“事後処理”だった。
 文字通り辺り一帯が血の海に染まり、首の無い寄生体の物言わぬ本当の死骸が沈み込んでいる。
 ……ようするに、死体を飲み干しているだけ。
 だが、この種はとにかくひどい。
 不味いどころか、私の血に触れるだけで暴力的な感情が注ぎ込まれるような錯覚がある。
 生体にしか反応しないように出来ているんだろうけど、私の血があまりに生体めいていて勝手に反応しちゃってるんだと思う。たぶん。知らないケド。
 だから、種に触れそうになっては血を手放しては、ちまちまと死体を処理しているだけ。
 それはひどく面倒くさく、しかも効率も悪かった。
 死体は元から効率が悪い。こいつらの血、生き血ってカンジしなかったし。
 血を手放すのは私に取って意味が重く、それだけでもちょっと命数が減る。
 自分の血なんていくらでも増やせるけど、自ら手放し減らすのは意味が違うの。
 元から私は命数の補充のつもりで来たのに、下手をすれば“赤字”だ。

「……ホント。
 ……つまらない死に方したね、アナタたち」

 死体の数々を眺めながら零す言葉は、普段どおりに興味が無さそうに。
 ……しかし、表情はどこか悼むように見下ろしていた。

藤白 真夜 >  
 私に、死者の想念を巧く読み取るような能力は無い。探偵じゃあるまいしね。
 血に触れられれば……死の直前に、それらの抱いていた感情がかすかに伝わる程度のもの。きっと精度もごく低い。 
 だから、私に伝わるものは一つだけだ。

 ……それは、怒り。憤怒。激情。
 塗り潰すような、“闘争”の意志。

「……思うんだけどね。
 死とは、美しく在るべきなの。
 いや、逆かな。
 命が美しいのだから、死も自然とそうなるのよ。わかる?」

 誰にも届かない言葉を、紡ぐ。

「私たちにとって死って……憧れで、綺麗なモノなの。
 私から見れば額にいれて飾りたいくらいにね。
 だってそうでしょ? どうあれ其処が人間っていう命のゴールなんだもの。
 綺麗じゃないとそんなの嘘じゃない?」

 墓碑に語りかけるような――というにはあまりに情動が無かった。

「死そのものは無意味でも良い。
 でも、そこに至る路こそが生の意味でしょ?
 だから、死だけを求めるのは意味が無くて。……これは受け売りだけど。
 死を直接求めるのでない限り……無意味な死なんてほとんどない。無意味な命が無いように。
 その最期が、無意味でも良い。それって、悲劇的な最期って意味だからね。
 悲劇ほど人の涙を誘うものってないでしょ?
 最期に抱くものが怒りでも良い。
 人間の最期の瞬間にまで抱えていける感情が、無意味なわけがないんだから」

 でも。
 独り言というには、あまりに感情に満ちていた。

「……アナタたちのは、違う。
 その怒りは、植え付けられたものだわ。
 私は死を芸術として見てる。愛でるものとしてね。
 ……アナタたちの有りようは――その芸術に、赤いペンキを塗りたくられたようなものなのよ」

 怒りというには熱量が足りない。
 憐れみというには情動が足りない。
 ただ……その死に、無常を感じていた。

藤白 真夜 >  
 ごぽり、と音を立てて血の海が死体を呑み込む。
 いくつか赤い煙が立ち上がり、そこには種が避けられたかのように残っていた。

「……うーん。ぎりぎり黒字かなー……。
 ま、いっか」

 女が立ち上がる。うん、と伸びをひとつ。

「歓びなさいよね、アナタたち。
 私、人を殺すのなんて久しぶりだったんだからさ」

 酷薄に見下ろしながら……うれしそうに。血のように赤いくちびるをぺろりと舐めた。
 殺しを悦ぶ私も。殺しを忌避する真夜も。
 その殺しを、一つの命として受け止めていた。慈悲からくる行為であれ、それは殺しに変わりないのだと。
 どれだけ歪に見えても、それは命だ。
 私は、この命をそう定義した。地獄めいた花園を手折ることを、そう受け取った。
 どれだけ無意味に見えても、その死に意味はあった。
 ――久しぶりの殺し相手として私の慰みになったんだもの。

 女が立ち去る後には、赤黒い花は咲いていない。
 上塗りするように、血のような赤い薔薇が遺っていた。

ご案内:「◆落第街 閉鎖区画(過激描写注意)1」から藤白 真夜さんが去りました。