2022/02/04 のログ
ご案内:「◆落第街 閉鎖区画(過激描写注意)」にノアさんが現れました。
■ノア >
「こういうの、地獄絵図ってんだろうな……」
言ってる間に、赤外線式のプラスチック爆弾が爆ぜた音が聴こえた。
隔離区域の入口からここまで静かに尚且つ慎重に道を選んできた。
それでも迂回できない箇所に居た寄生体の始末は避けられない。
「確かに叩き割ったはずなんだが、ちっとずつ”変わって”来てんのかもな」
頭蓋の先、脳幹ごとククリで叩き切った手応えはあった。
しかし、事実として倒れ伏した個体はもがき、血を吐きながら劈くような悲鳴を上げた。
仲間を呼ぶような、怨嗟の叫び。
そこから先は文字通りの地獄だった。
やって来たのはどっから湧いて来たってくらいの寄生体の群れ。
細道に誘いこんではショットガンで頭を弾き、小部屋に逃げ込んでは入口ごと焼夷榴弾で焼き払う。
小一時間程は経っただろうか、命からがら走って殺して隠れて焼いて。
祈る暇すら与えられずに、命の花を手折り続けた。
「おちおち休憩もしてらんねぇ」
特殊弾薬を装填したガバメントを構えたまま、音の発生源を確認しに向かう。
標的はベチャリ、ベチャリと音を立てて這いずっていた。
腰から下を失って尚、こちらを睨みつける血走った目。
それでいて口から漏らす言葉は痛いだの助けてだのってんだからタチが悪い。
■ノア >
いつだっけな。
グチャグチャになって染みだけを残したような現場で上司が問うてきた事があった。
『人は頭蓋を踏み砕く事ができるか否か』
当時は趣味の悪い質問はよしてくれと、苦虫を噛み潰したような顔で言ったっけか。
今ならもうちっと答えが変わる。クソッタレな話で答えはイエスだ。
伸ばされた腕をククリで撥ねて、無防備になった頭を踏みつぶす。
パキンと、乾いた音に混じってジャムでも撒いたような音。
アナログの体重計に思いっきり片足で力かけりゃ分かるけど、人間の脚力ってのは案外馬鹿になんねぇ。
理屈だけならだれでも出来ちまう。
ただ、大概の人間にはできない。
銃で人の命を奪う事が容易にできる一方で、そのトリガーを引く一線を越えられる人間はそう多く無い。
「マジで、趣味の悪い質問だよ」
一線を越えられるようになったという事実を、嫌と言うほどに突きつけられるだけだ。
■ノア >
区画の閉鎖から、結構な日数が経った。
殺しても燃やしても感染体の数はまるで減る様子も無く、
一方で見かける生存者や義勇軍の姿は減ってきていた。
じきに大規模な行動があって中の物が文字通り"一掃"されてもおかしくは無い。
もう、時間はあまり残されていないのだ。
「ただの人探しな……」
依頼されたのは、行方不明の少年の捜索。
最悪続行困難で蹴っても構わないような、はした金の日銭稼ぎのつもりだった。
ただ調べて、捜している内に酷く執着している自分に気が付いていた。
「彼女の失せ物捜しをこんなスラムでやるなんて、泣かせる話だよなぁ」
そんでてめぇが行方知れずってんだから世話ねぇ。
ご案内:「◆落第街 閉鎖区画(過激描写注意)」にフィーナさんが現れました。
■フィーナ > 「…この任務、意味あるのかなぁ」
ふよふよと、周囲を警戒しながら空中に浮きながら進む人影。
小さい影に対して大きな杖。姿が見えれば、まず全身に張り巡らされた刺青と、服にへばりついた血痕が目につくだろう。
「こんな状況で、生存者…ねぇ」
■ノア >
「……ッ!!」
1人で感染体を相手し続けたせいか、張り詰めた精神がそうさせたのか。
咄嗟に視界に映った人影に銃口を向けてから、その振る舞いと姿の異様さに手を降ろす。
エルフと呼ばれる種族の特徴に、全身に刻まれた刺青。
小さき少女のスケールの中に、感染体とは別種の恐ろしさのような物を感じて。
この区画に入って初めて、張り詰めていた敵意という物を懐に収めた。
あれとやりあっても、死ぬだけだ。
たかだか武装しただけのヒトが、敵う相手では無い。
そもそも、恐らくやりあう理由がお互いに無い。
■フィーナ > 「…………っと、あー…義勇軍の方、ですかね?」
こちらに向かってこない、ということもあって、あまり警戒せずに近づく。
「一人だと、危ないですよ」
自分も一人だと言うのに、相手が孤立している事を心配する。
「この辺りに潜んでる敵はいなさそうですが…万が一もありえますので。此処に居る敵は厄介なのが多いですし」
■ノア >
「義勇――あー、いや。別件だ。そんな御大層なもんじゃない。
ただの失せ物捜しだ。命がけのな」
ふわふわと浮いたままに警戒無く降りてくる相手を見やり、
ククリに付いた血を振り落してガバメントと一緒にベルトに戻す。
「危ない、なんてのはあんだけ長い誓約書にサインした時点で何人で入ろうが変わんねぇさ。
それに一人の方が都合が良い事もあるんだな、これが」
仕舞った銃の代わりに指先を少女に向けて。
「騒がなけりゃ変に大群に囲まれることも無いし、
逃げるも隠れるもその場その場で自己判断。
感染でもしたらそん時ゃ自分の力不足って割り切って頭吹き飛ばせるだろ?
連れ立って入って見ろよ、感染した仲間撃ち殺す羽目んなるぜ」
1人で周囲を警戒していた少女から自分の孤立を指摘されて、小さく笑う。
どうなるか、なんてわざわざ口に出したがそんな事はとっくに知ってそうではあった。
「潜んでる、というか潜んでた奴らは今しがた根こそぎ焼いて回ったばっかだしな……
脳幹砕けば止まるだとか燃やせば、なんて聞いてた話も偶に"例外"出てきてっし。
アンタこそ一人でどうした」
意趣返しってわけでも無いが、一人は危ないぞとそっくりそのままに。
■フィーナ > 「…あぁ、たしかに一人のほうが気楽ではありますね。仲間を撃たずに済むのは確かにそうです」
実際、フィーナが最初にしたことだ。
救護へ向かった味方が手遅れで。味方を殺すことを厭ったことで、部隊は潰走した。
「相手は人型だけじゃありませんからね。鼻の効く犬に空から来る鳥。下手をすれば怪異に寄生する可能性だってあります。私は…まぁ、使い走りですよ。救護という名目の情報収集、陽動、その他諸々。」
事実として…フィーナが救助活動を行った例はない。彼女は植物に寄生された時点で敵と断じており…また、敵の特性から動くモノに対して距離を取るようにしていた。
つまり、生存者らしき反応があっても、無視しているのだ。
「私は、万が一の為の手段は持ってきているので。万が一生存者を見つけたときの手段も。必要なら、帰還の手伝いはしますよ?」
■ノア >
「仲間と連れ立って仲良しこよしで死地に突っ込むより、
生きて帰った時に顔見せてやりてぇ相手作る方がよっぽど生きて帰れるもんだ」
確かにそう、実感を伴う言葉におおよその経緯を察して。
「怪異に……? まぁ可能性としてはゼロじゃないのか。
動物植物問わず生きてりゃなんでもありって具合だしな。
しかし救護ねぇ。もうそんな対象残っちゃいねぇだろうに」
怪異となると厄介な話。犬猫蹴っ飛ばすのと鳥撃ち落とすのとは訳が違う。
装備を用意したと言っても除草剤としてのレベル。
バケモノを殺すなら、相応の装備がいる。
「正直、俺としてはもう動いてりゃ全部先手取って撃つくらいには感覚が死んで来てるんだが。
……あぁ、もしかして俺もその"生存者"ん中に数えてくれてたりする?
手立てはあるとはいえ安全に帰れるってのは魅力なんだが」
まだ未探索の場所で言えば中央に位置するバザールの通り。
次にそこを探って何も無けりゃ、時間切れ。
とはいえそこは最後の最後まで後回しにした場所でもある。
あそこはシンプルに逃げる場所が無い。そこに居たとしたら、そん時は遺体の確認くらいしかできないだろう。
「見た感じ魔術師って奴か。
万が一なんてのは俺たちただの人間は自決用の火薬くらいしか無いもんでな」
■フィーナ > 「安全に帰る方法ならありますよ。寄生でもされなければ安全に帰れます」
スクロールを一枚取り出して。
空間転移の魔術。
対象を指定の座標まで送り届けてくれる魔術だ。
此処に入る際に脱出地点とリンクさせている。脱出地点が駄目になっていない限りは安全に脱出できるということだ。
「対象が『完全にいなくなった』っていう情報が欲しいんでしょうね。そうすれば遠慮する必要がなくなりますから」
救護対象がいなくなれば、もうそこには敵しかいないということになる。焦土作戦が可能になる、ということだ。
「まぁ、見ての通りです。私達も寄生されたら自決ぐらいしか手段は無いので…まぁ、同じようなものです。何か用があるならそれが終わってから脱出します?」
■ノア >
「安全って事ぁそれ使うのになんか供物が必要だったりって訳じゃねぇよな……?
片道1時間、生きるか死ぬかの道中全部すっ飛ばせるってのはありがてぇから乗っからせて貰いたいとこだが」
魔術ってのに詳しくは無いが、大概人知を超えた物のように思える。
実際、理屈で理解するには脳の作りが違うんだろう。
浮いてる少女を見た時から分かっていた事だし、今更な話ではあるか。
「完全に、ね。ジワジワ入る奴減ってきてんのもそういう訳か。
頼まれて入ってる奴なんざもう一握りだろ。
アンタみたいな奴を除いたら未だに潜ってるのなんざ物好きばっかだ」
誓約書にサインなんかして入っちゃいるが、身元の怪しい俺みたいな奴なら一緒くたにして燃やしたところで
困りゃしないって所かもな。
「んや、さすがに日も暮れた中ずっと這いまわるつもりも無いさ。
どうせ一回は帰るつもりだったしな。その脱出手段とやら乗っからせてもらうよ」
得体のしれない物と言った先入観は除けないが、効果の保証が無い物をこうも明け透けに見せたりはしないだろう。
「俺はノア、歓楽街で探偵やってる。……つってもメインは落第街の方だが。
失せ物だとか人探しとかなら、マトモな場所なら二日もありゃ返せるさ」
名刺を取り出して手渡し――いや凄ぇ血で汚れてんな。替えもねぇ。
まぁ連絡先くらいは分かるか。汚く思ったら向こうの側で捨てるだろう。
その後、特段の事故が無ければスクロールに相乗りする形で閉鎖区画を去るだろう。
■フィーナ > 「大丈夫です。これの発動に必要なのは魔力だけなので。詳しい理論については…1から説明するとなると数ヶ月必要になっちゃうので省略しますね。
ノア、ですか。私はフィーナ。フィーナ・マギ・ルミナスと申します。名刺は無いので…申し訳ないです」
スクロールに魔力を込める。魔法陣が浮かび上がってくる。瞬く間に二人を包み込んでいく。
「誓約書も、焦土作戦をする為のものだと思ってますけどね。『何が起こっても自己責任』になるので」
巻き込まれたところで自己責任、焦土した側に責任は無い、ということになる。
契約書に書いた以上、もはや無法地帯と言っても良い。
「動かないでくださいね。動いたら…死ぬかもしれないので」
多少脅しつつ、術式を発動させる。引っ張られるような感覚がした後、脱出地点へと降り立っているだろう。
ご案内:「◆落第街 閉鎖区画(過激描写注意)」からノアさんが去りました。
ご案内:「◆落第街 閉鎖区画(過激描写注意)」からフィーナさんが去りました。
ご案内:「落第街 閉鎖区画」に清水千里さんが現れました。
■清水千里 > 《本部、こちらラズウェルだ。フェーズライン・エコーに到達した。アテナと共にオブジェクト・アルファに向かっている》
《了解だラズウェル、既に実行許可は承認されている。フェーズライン・ネプチューンに到達後連絡せよ、アウト》
『行くぞ』
公安のエージェントにして清水の監視役『ハロルド・ラズウェル』と共に、
彼の合図で私は建物に繋がる地下ダクトの扉を開けた。
『――上部構造に敵影無し。さあ、手を伸ばせ』
先に彼が登り、手を引いて引き上げてもらう。
仮にも特殊部隊上がりの彼と違って私の肉体はただの高校生、純粋な身体能力は低い。
「これは、ずいぶんひどくやられてるわね」
私たちは感染者と義勇軍の人目を避け、閉鎖区画を隔てるフェンスのすぐ近くから地下下水道を経由し、
閉鎖区画の中心付近に侵入していた。
かつてはアパートであったらしきその建物は未だその形を保ってはいたが、人の手を離れた家具類はほこりをかぶり、
ところどころにおそらく人間のものであるだろう、付着してから時間の経った血痕や、
武器や魔術を行使したらしい、複数の人間が争った跡が残っていた。
『ここからオブジェクト・アルファまではどれぐらいだ?』
「直線距離三百メートル。道路の向かい側、対角線にある黄色い建物の三階」
『つまり、あの道を横断しないといけないわけだ』
エージェント・ラズウェルが監視対象である私と共に、
わざわざ危険な閉鎖区画に侵入したのには理由がある。
オブジェクト・アルファと呼ばれる、ひときわ重要な遺物を回収するためだ。
この遺物は扱いが難しく、風紀や公安の作戦部隊には扱えない、
――否、扱わせてはならない。
『どちらにせよ、まずはこの建物を制圧すべきだな』
私は彼の言葉に首肯する。
■清水千里 > エージェント・ラズウェルは静かに扉を少し開け、外の様子をうかがう。
『待て』と、彼は私を制止した。『感染者だ』
「数は?」
『5体。正面に2体、右奥に2体、それからこの裏に1体』
「右を処理するわ」
『脳幹を狙え、胴体には効果がない』
「いつでも」
『行くぞ、3、2、1……今だ』
彼が扉を蹴破り、私たちは一斉に突入する。
私は右側の少し離れた場所に不気味に佇む感染者を目視すると、
構えた拳銃を手に、デザート・イーグルの40口径ホローポイント弾を2発ずつ、
彼らの頭に素早く撃ち込む。
脳幹を強力なエネルギーで落ち潰され、
彼等の身体は糸が切れたように地面に崩れ落ちた。
『遅いぞ、イシアン』
私の処理がそこまで遅れたわけではないと思ったが、既にラズウェルは他の3体を制圧していた。
さすがに元軍人の反射速度は私とは違う。
「肉体が追い付かないのよ」
『だろうな』
分かっているなら、いちいち嫌味を言わないでほしいものだ。
彼にとっては命を預ける相手が脆弱な肉体を持つ私であるのだから、仕方ないのかもしれないが。
『ほかの部屋も制圧するぞ』
そう奥に進むラズウェルに、私も追従する。
ちらと彼が片づけた、扉の裏に転がる感染者の頭を見ると、
彼は殴り打つけられて床に仰向けに倒れた後、脳幹に弾を撃ち込まれたようだった。
撃ちもらし、無駄な動作のないことがうかがえる。
「相手したくないわね……」
■清水千里 > 幸い、目立ったトラブルもなく私たちは三階建ての建物を制圧した。
ラズウェル――彼はさすがに《デルタ・グリーン》の隊員なだけはある。
非公的組織とはいえ、米国政府とも一応の繋がりがある彼らは、その少数精鋭の特徴を反映するかのように、
人類や怪異を相手にした敵の種類を問わない戦闘技術から魔術・異能の知識に至るまで、
各隊員が類まれな技術を持っている。その能力は世界中の同様の組織と比較しても類を見ない。
『1階のリビングに感染者が集中していたようだな』
電気の通っていたこの建物内部と違って、外は闇に包まれていた。
時計の針はもう遅くを指していて、こんな時間にわざわざ視界の不利をこうむって活動するような愚は、
強者が集まる常世の義勇軍は決して犯さないだろう。そんな愚か者は私たちだけで十分だ。
従って、至ってシンプルな状況だ。閉鎖区画が設置されて今日で3週間、生存者の望みが絶望的な以上、
ここにいるのは皆敵だ。
私たちは三階から目標の建物を確認する。
事前情報通り内部の電気システムは途絶えているようで、暗視装置付きの望遠鏡でさえ中の様子を確認するのに苦労する。
目標の建物の三階には、何かの要因によって引き起こされたのであろう爆発があったと思しき大穴が開いており、
そのせいか建物全体の力学的構造が若干不安定になっているようだった。
「これからどうやってあの建物へ?
まさか、無策に道路を横断するつもりじゃないでしょう」
『無論、そんなことはしない』
「では、どうするの?」
『作戦通りだ、準備しろ』
このやりとりもまた、精神的安定をもたらすための”芝居”の一つだ。
これからやることを明確にし、余裕を持ち、躊躇ったり、立ち止まったりしないように。
都市戦闘、閉所戦闘においては、その一瞬の気のゆるみが文字通り命取りになる。
私は背中に掛けたクロスボウを手元で確認する。動作機構に問題はない。
このクロスボウが普通のクロスボウと違うとしたら、先端から長い炭素繊維製のジップ・ラインが伸びていることだ。
もっと高度な素材でも作れるのだが、ラインを回収する余裕があるか分からない以上、
超技術の素材を人類にサルベージされるリスクを考えなければならない。
そうして私がクロスボウの準備をしている間、ラズウェルは音が経たないよう、
細心の注意を払って建物を狙うのにちょうどよい位置の窓ガラスを完全に破壊した。
『三階を狙えるか?』
「もちろん」
私はクロスボウの狙いを定め、大穴に向かって引き金を引いた。
■清水千里 > イース人のささやかな”コツ”によって出力を強化されたクロスボウは、ジップ・ライン付きのボルトを
三百メートルという長大な距離を飛翔して、”大穴”の奥の頑丈な壁にしっかりと固定させた。
私はクロスボウ側のラインをこちら側に固定する。
「ライン設置完了」
『よし――翔ぶ準備はいいか?』
ラズウェルは口角を上げ軽口を叩く。
かの建物との高さがほとんど変わらないため、電動式のモーターを備えたロック機構をラインに取り付け、
夜の闇に紛れて地上15メートルを移動するというわけだ。
『先行する、ついてこいイシアン。暗視装置を忘れるなよ』
一足先に、彼が空中に飛び出す。四つ目の暗視装置を装着して、私も後に続いた。
秒速十メートルほどの高速で移動するようモーターは既定の速さで回っており、
ラインの終端に近づいたと感じたら手動で回転数を逆向きに調節してブレーキをかけなければならない。
……時速36キロメートルで目標建物のコンクリート壁に激突したいなら話は別だが。
空から見る地上の道路には数十体の感染者が徘徊しており、まばらに犬や植物の寄生体の姿も見える。
あそこを強行突破するのはどう考えても賢いとはいえない。
安全地帯が元居た建物しかない以上、包囲されたら逃げ場がないのだ。
――おっと、忘れないうちに、ブレーキを掛ける。
大穴の空いた三階の床に無事に着地し、ワイヤーからロックを外した。
『オールクリア。死体に気を付けろ』
見ると、2体の元感染者が床に転がっていた。
横風やロープのたるみの影響があるにもかかわらず、ラインで移動しながら敵を射殺するとは。
「素早いわね」
『当然だ』
《デルタ・グリーン》はもともと連邦政府の公的機関だった。
1928年、マサチューセッツ州インスマスにおいて戦略情報局(OSS)と海兵隊が共同で行った住民の一斉検挙作戦を契機に、
連邦政府は近代文明社会に隠された超常的な存在を認知し、この対処に当たるため設立されたのだったが、
第二次世界大戦時にはドイツの秘密機関《カロテキア》がこの存在を戦争に利用しようとしたことで彼らは死闘を演じ、
1947年にニューメキシコ州ロズウェル近郊で発生した事件にも彼らは関与した。
だが《デルタ・グリーン》はもっぱら異星人の技術に興味はなく、彼らは米国市民の防衛と祖国の保全、情報収集を専門として
主に南米や東南アジアにおいて特殊部隊による武力を用いた危険組織の掃討に注力することを繰り返し、
もう一方の役割は現在も公的に存在する連邦政府の公的組織、《マジェスティック12》に委ねられた。
しかしどの様な組織にも機能不全はあるもので、1969年、組織力を弱体化させた《デルタ・グリーン》は
カンボジアでのとある作戦において300名の殉職者を出す大失態を演じ、これが原因で組織は廃止されたのである。
以降、《デルタ・グリーン》は紆余曲折あって組織としての力を取り戻しながらも、未だ公的機関の地位に復帰してはいない。
それはすなわち、どれだけ彼らが血を流しても、世界が彼らに感謝することはない、ということを意味する。
それどころかその活動の非合法性が故に、マスメディアや――時には連邦政府に対してでさえ、
自分たちの活動を隠蔽することを強いられるのだ。
――以前、彼に聞いたことがあった。自分たちの評価について、考えたことはあるのかと。
彼がその時困惑したような顔を浮かべたのを、清水は覚えている。
『そんなこと、考えたこともなかったよ』
他者に評価されなくとも、彼ら自身が彼らの信じる誇りを持っている。
その誇りを胸に、《大変容》前から現在に至るまで、文明社会の裏でその平穏を守るために戦ってきたのだ。
■清水千里 > 『それで、目的のオブジェクトはどこにあるんだ?』
「この扉の奥よ」
『気を付けろ、奥から感染者の気配がする』
この建物の一角からは、明らかに不穏な《遺物》の気配がある。
間違いなく危険な代物、ここに来た目的に違いないだろう。
『少し待て』
彼は魔術を詠唱した――《生命の察知》か。
特定の範囲にいる生命の数とその種別を判別できる魔術だ。
『中に相当数いるぞ、おそらく8体。植物種もいる』
「突入して左側を。私は右をやる」
『行くぞ、今だ!』
彼がドアを蹴破り、私が中に続こうと。
まずい。
そう思ったのは一瞬のことだ。
私は彼の首根っこを掴んで、強引に引き戻す。
彼はバランスを崩して転倒し――扉を開けた瞬間、まるで待ち構えていたかのように、
そこに”種”が殺到した。
「《被害をそらす》!」
反射的に私は手を伸ばす。
ラズウェルに襲い掛かろうとしていた種はまるで自分の意志を持つかのように、その軌道を脇にずらした。
「大丈夫か、ラズウェル!」
私は扉も閉めないまま、彼をひきずって後退する。
『――イシアン? ああ、大丈夫だ、おかげさまで……尻を打った程度さ』
そして、彼の無事に安堵した。
「クソったれ、こんなところで倒れるんじゃないわよ!」
■清水千里 > 私は扉に注意を傾ける。感染者に気付かれた。
扉の中から、邪悪な気配が漂ってくる。部屋の中で何かが蠢いているのだ。
『イシアンが魔術を使うなんてな……感謝するよ』
「とっさのことだったから、つい仕方なくよ。――それより、どうやって制圧するか考えて」
ラズウェルも体勢を立て直した。だが、もはや奇襲効果はないだろう。
どうにかして内部に侵入しなければならないのだが……
『モロトフでも投げ込むか?』
「冗談でしょう、蒸し焼きになる気?」
可燃物はそこら中にある。カーペット、カーテン、それに乾燥して燃えやすそうな年季の入ったおんぼろ家具。
おまけに夜に火事となれば目立つ。感染者だけでなく風紀、公安委員の余計な注意も引きかねない。
『なら、どうする?』
私は自分の知性をフル回転させる。扉の先には少なくとも八体の寄生体が待ち構えており、
何も考えず突貫すれば致命的なダメージを負いかねない。
「攻撃魔術は使わない」
『だろうな』
単に私の信条の問題ではない。攻撃系魔術はめくらうちするものではないのだ。
対象を判別してからでないと、思わぬ結果を引き起こす危険がある。
「だから――技術で応戦する」
私は懐に仕舞っておいたサイコロ状の銀色装置を手に握る。
『それは?』
「《携帯用停滞キューブ》よ」
あまり使いたくないが、時間がない。
さっき見た部屋の広さから言って設定は――これで十分だろう。
「投擲したら、合図に合わせて突入を」
『信じるさ』
私はサイコロを扉に反射させるようにして、部屋に投げ込む。
「《無欠の投擲》」
物理的に不自然な軌道を描いて、感染者の中心にキューブは落下した。
■清水千里 > 「今!」
ラズウェルを先頭に、私たちは再び突入する。
「中心部の敵は放置、周囲の敵を撃って!」
部屋の中心には4体の植物種が鎮座していた。
しかし何か様子がおかしい――まるでそこだけ”時間が止まった”かのように、
植物種たちは先ほどと打って変わって極めて鈍い反応しか返さない。
ラズウェルと私は部屋の中にいた4体――人間種の感染者を素早く掃討する。
『クリア――で、いいのか?』
部屋の中に動きはなくなった、様子のおかしい植物種たちを除いては。
《本部、こちらラズウェルだ。フェーズライン・ネプチューン。オブジェクト・アルファを確保した。これより離脱する》
《了解した、ラズウェル。帰還ルートの安全は確認済みだ。プロトコル・オーウェルを実行後、速やかに回収地点に向かえ》
危険な遺物を確保した私たちは、植物種の目の前にいた。
「回収完了したわ」
『それより、教えてくれないか。これはいったいどうなってるんだ?』
「停滞キューブのこと?」
『そうだ。まるで――』
「”時が止まってる”? まあ、半分当たってるわ」
ラズウェルは少し驚いたようだった。
「《デルタ・グリーン》の隊員でも知らないことはあるものね」
『本当に時間が止まってるのか?』
「いいえ、まさか」
携帯型遅滞キューブは、周囲数メートルの任意の範囲の時間を”遅延”させる。
最大でこの効果範囲の中における一秒は、外界の時間の1万年に値するのだ。
外界から見れば「時が止まった」ように見えるのは無理もない。
こうすれば、十分な準備時間を持って掃討の準備を行える。
『イシアンの技術は恐ろしいな』
「さあ、手早く片付けましょう。キューブをここに置いて帰るわけにはいかないからね」
■清水千里 > 植物種を殲滅したのち、潜入の痕跡を回収しつつ、私たちは回収地点に向かっていた。
『今回は君に助けられたな』
「何、いきなり」
『命を救われたんだ、感謝するのは当然だろう』
「気にしなくてかまわないわ、魔術を使うのだって、自分が好きでやったことだもの」
イシアンは魔術を使わない。普通は、だが。
命の危険に晒されれば、使わざるを得ないのだ。
「貴方がこの仕事をやる理由と同じ――誰かがやらなければならない、だからやる、それだけ」
『まったく……』
公安委員会はその業務の性質上、内部部局同士での秘密主義が強い。逆に言えば、それぞれの部局がある程度部門責任者の自由な裁量で動けるということだ。
今回安全を確保する監視対象であるはずの清水が危険地域に潜入できたのは、いかに遺物の重要度が高かったとはいえ、公安委員としてのラズウェルの協力なしには考えられない。
彼は市民の安全のためなら危険を顧みず、名誉も求めない、たとえ個人の名声が汚辱に塗れても。それが《デルタ・グリーン》の使命だからだ。
清水はそんな彼を愛している。
《本部、回収地点に到着した。迎えをさっさとよこしてくれ》
《了解、待機せよ》
『イシアン』
何度聞いたか分からない彼の呼びかけに、清水は答える。
『ゆっくり休め。いかに精神が頑強でも、君の肉体は脆弱なままだ』
清水は彼に微笑した。
「感謝するわ、エージェント・ラズウェル。神の祝福の在りますように!」
夜の帳はもう、明けかけていた。
ご案内:「落第街 閉鎖区画」から清水千里さんが去りました。
ご案内:「◆特殊Free(過激描写注意)落第街 閉鎖区画 前線基地」にフィーナさんが現れました。
ご案内:「◆特殊Free(過激描写注意)落第街 閉鎖区画 前線基地」に清水千里さんが現れました。
■フィーナ > 「………」
閉鎖区画から戻り、前線基地及び検問所となっている此処で、フィーナは担当の風紀委員に本日の収穫を渡す。
それは、ドックタグから学生証、腕章など。身分の分かるものなら何でも。
中にはちぎられた指もその中に入っていた。
毎度の如く嫌な雰囲気を出されるが、仕方ない。こっちだって好きでやっている訳ではない。死亡報告など一番気が滅入る仕事なのだ。
生きているうちに助けられるのならそうしたいが、それで自分の身を危険に晒しては元も子もない。
最悪なのは本人の意識があったとしても手遅れの場合があるということだ。目の前の風紀委員は自分と同じことが出来るだろうか?
いくつかの手続きを終え、休憩用に置かれたパイプ椅子へ腰掛ける。
束の間の休息。呼び出しがあれば行かねばならない。
■清水千里 > フィーナを見やるようにして、清水は哨戒拠点内に設置されたヘスコ防壁に腰かけていた。
彼女は銀色の箱を傍らに持ち、ウイダインゼリーとチョコバーをかじりながら、
クリップボードに留めた紙の書類に、黒い万年筆で文字を書きこんでいる。
彼女に近づく風紀委員はほとんどおらず、いても身体検査や書類の確認にとどまる。
目を凝らせば少し遠くに公安委員と思しき男の集団が彼女を監視していることが分かるだろう。
フィーナが銀色の箱に意識を集中させれば――いや、もしかしたらその必要すらないかもしれないが、
箱の中からは禍々しい瘴気と、その場所に不自然なほど偏在する魔力の塊を感じることができるだろう。
「あー、疲れた……」
■フィーナ > 「………はぁ」
不穏な瘴気と魔力に勘付き、椅子から立ち上がる………否、浮かび上がる。
低空で姿勢を維持したまま、その瘴気と魔力の源…清水千里の元へと近づく。
「…その箱、持ち込んだものです?」
念の為、聞いておく。魔力を用いて行ったアクティブソナーで周囲の状況は確認してはいるが…どうにも彼女に近づく人間は少なかった。
監視しているような素振りの人間は居るが、遠巻きにしか見ていない。この箱に気付いていないのか、もしくは気付いていて見逃しているのか。果たして、どちらなのだろうか。
フィーナの容姿は、白髪に長いエルフの耳。そして…以前会ったフィールと瓜二つの顔。その表面に全身に渡る刺青。知見のある者ならそれが魔術刻印、それも禁術である『生命力転換』の術式が込められていることが分かるだろう。
その身を包むドレスは、酷く血に汚れている。
■清水千里 > 「……ん?」
少女の血に濡れたドレスを見て清水が驚くことはなかったが(ここは前線基地である)、
まさか目の前に”飛んで”くるとは思っていなかった清水は、少し当惑した様子だった。
「魔術師の方ですか?」
フィーナの身体の魔術刻印を見て――無論、彼女はそれが《生命力転換》の魔術だと気付いているが、
あいにくそういう人間は記憶の中では珍しくはない。
「これは失礼。この箱のことで、ご気分を悪くされましたか?
一応できる限りの封鎖はしてるんですが、どうしても仮留めなのでこうなってしまうんですよ」
と、フィールに向かって笑いかける。
「これはちょっとした遺物でしてね」
■フィーナ > 「…まぁ、そんなところです。仮留め…ということは、持ち出したモノ、ですか?」
不躾ではあるものの、魔力を通して探査をかけようとする。
瘴気の混じるそれは、単なる遺物とは思えなくて。
「風紀委員…もしくは公安の方です?それとも…………」
少しだけ、考え込む。この者は遺物と言っていた。それを扱う部署となれば………
「………祭祀局…もしくは図書委員の方です?」
祭祀局、もしくは図書委員…その中でも禁書等を扱う者であれば風紀に依頼されて持ち出した、という可能性も有り得る。
もし、そうでないならば。無許可の持ち出しの可能性がある。周囲の風紀や公安が気付いていない訳が無いのだが…万が一、ということもあり得るので。
■清水千里 > 「初めまして、図書委員会連絡室の清水千里です」
図書委員、というフィーナの推測に「その通り」とでも言わんかのように、
清水は満足げな表情を浮かべ、彼女に握手を求める。
「持ち出し――と、本来は、そう言いたいところなんですが。
あいにくこれは我々の失態でしてね。この遺物の移送中にチームが襲撃を受けまして。
犯人の目星はだいたいついていたのですが、奪還しようとしたら、
それが持ち込まれた落第街はこのありさま。この遺物が発する瘴気と魔力のせいで、
周囲には寄生体がウヨウヨ集まり、これまで近づくことすらできなかった。
それで今日ようやく奪還したと、そういうわけです」
と、苦い表情を浮かべながら。
「この遺物自体は危険じゃないのですよ、呪文を詠唱しないと効果がありませんからね。
しかしまあ、貴女もお感じになった通り、こういう代物ですから」
■フィーナ > 「…申し遅れました。フィーナ。フィーナ・マギ・ルミナスと申します」
握手に応える。握る手の肉付きは悪くはないが…奇妙な違和感をおぼえるかもしれない。
フィーナは全身不随であり、その身体能力を魔術にて補っている。
つまり、この握手の行動も、魔術にて操作している。筋肉が動かしているわけではないのだ。
「…成程。それは…災難でしたね。風紀との話し合いも難航したんじゃないです?」
基本的にこの閉鎖区画からの物品の持ち出しは厳禁だ。中で起きているバイオハザードを考えればさもありなん、と言ったところだが。
「とはいえ、襲撃されたとなると…しばらくは厳重に保管…ないしは破壊も検討しなくてはならないのでは?
目的を持って襲撃された…となれば、その危険性は十二分に危惧されるわけですから」
■清水千里 > 「フィーナさん! ああ、今思い出しましたよ、あなたに容貌のよく似た、
フィールと言う”少年”のことを。
――あなたの身体にあるような魔術刻印はありませんでしたがね、
もしやお知り合いですか?」
と、彼女は握手を交わす。”少年”と云うのは言葉の便宜上のことだが。
「もっとも、彼はどうやらあなたと違って魔術というものに触れた経験があまりなかったようですけどね」
と、《トートの詠唱》を贈った過去の経験を思い出し。
「まあ、これは重要な物品ですからね。
ただでさえ『閉鎖区画』に指定されている地域にこんな遺物が存在するなんてことは、
風紀の方にとっても頭の痛いことだったのでしょう。
なにせクロス・テストなんて大博物館の遺物管理員でもめったに許可されませんのに、
それが全く制御できない状況で行われているなんて、あまりに危険ですから」
「――まあ、貴女の言うとおり、これは破棄したほうがいいかもしれない。
破壊というのはちょっとできないんですがね。
しかしさらにお恥ずかしい話、遺物の取り扱い、収容するか無力化するかというのは、
私の一存では決められない問題なんですよ」
暗に、『政治の問題』ですからね、と示す。
■フィーナ > 「………あー、そうですね。まぁ…姉妹みたいなもの、とでも思っておいてください」
苦虫を噛み潰したかのような顔に。
よもや『母親』ですとは言えないし、いい思い出があるとは言えない。
むしろ悪い思い出が一杯であった。
「難しい問題ですよね。扱い方によっては益を齎すかもしれないし、場合によっては世界を破滅させるかもしれない力を秘めているかもしれない。
得体の知れない代物を扱う方々の気苦労は察するに余りありますよ」
ともすれば世界の破滅に加担しかねない、かといって無闇に破棄や破壊も出来ない。本当に難しい問題なのだ。
「…にしても、その魔力も瘴気も漏れているのはどうにかしたいですね。『闘争の種子』だけならまだしも、怪異まで寄って来かねませんから」
■清水千里 > 「なるほど?」
と、フィールの話には、深くは踏み込まない。
フィーナの顔を見るに、あまり人には言えない事情なのだろう。
いくら知的好奇心があるとはいっても、下世話なゴシップが好きなわけではないのだ。
「『世界を破滅』・・・・・・面白いことをおっしゃいますね?
この遺物にそんな力があると思いますか?」
結論から言おう。”ある”。
それどころか、清水はこの遺物がどのような性質のものか、おそらく一番よく知っている。
この遺物は見た目は球体であるが、その極めて特異な点は、
それが『現実的にあり得ないほど数学的に完全な球』であるということだ。
恐らくこの遺物が狂信者たちに利用されれば、凄惨な事件が発生するに違いなく、
ひょっとしたらそれは冗談抜きで『世界を破滅』させかねない。
それを、答えを知っている清水がフィールに尋ねたのは、
単に彼女のちょっとした好奇心がくすぐられたからだ。
「ああ、漏れてるのはごめんなさいね。回収チームが来るまでここで待機しろと言われてるんですよ。
まさかこれを持って常世渋谷なんかをうっかり歩き回った日には、大変ですからね」
■フィーナ > 「私はそれがどんなものかは知りませんし、正直いえば知りたくもありません。ですが…どんなものでも世界を破滅させうる力は秘めてるものです。
『偏り』が生まれればそれだけ軋轢が産まれます。それが大きくなればなるほど、破滅へと近づくんです」
まるで、それを見てきたかのように語る。
フィーナが見てきたのは、感情だ。負の感情を糧とする生物がいて。正の感情を扱う自分達は破滅へと追いやられていた。
そんな最中、この世界へ転がり込んだのだが。
「どんなものであれ、偏れば脅威となるんです。力然り、必需品然り、感情然り…果ては水や空気でさえも。」
力が偏れば大戦へ、必需品が偏れば奪い合い、感情が偏れば悲劇が生まれる。水が偏れば水害が起き、空気が偏れば天候が牙を剥く。
破滅は、意外と隣り合わせにあるものなのだ。
「あぁ…渋谷の辺りも力の流れがおかしいですからね。あの辺りも何かしら起こってそうなんですよね。確か裏常世渋谷…とかいう場所があるんでしたっけ?」
■清水千里 > 「『偏り』! そう、まさしく偏りなんですよ。
世界を破滅させるものはそれ以外にあり得ません。
しかし世界というのは、時折理不尽なまでに『偏り』を要求するものですからね」
人間の感情、生活上の思想、大国間の軍事均衡、あるいは数学的に完全な乱数や生命の存在そのものでさえ、
『偏り』なしには存在しない。
「世界の平穏と破滅というのは実に不思議なもので、
ときとしてそのふたつには紙一重のちがいしかないのだということを、私はよく思いますよ。
――もっとも、貴女は同意されないかもしれないが、それが分かったところで、
やはり私たちは『偏り』から逃れられないのだということは、あるいは救いかもしれませんがね」
「ええ、そうですね。裏常世渋谷は、この時期は特に異常が激しいんですよ。
私も何度か行き来して情報を収集してるんですが、まだ詳しいことは調査中、というところです」
■フィーナ > 「まぁ、偏りのない世界というのは退屈極まりない………というか、生命の存在すら許されない世界になってしまいますからねぇ。偏りが生まれるのは必然です」
世界は様々な力によって偏りが産まれ、宇宙が産まれ、星が産まれ、生命が産まれた。その偏りを戻してしまえば、それは『無』という世界への逆行を意味する。
「偏りがあるからこそ、私達は平穏を希求出来るんです。偏りのない世界は、平穏も破滅もなにもない世界と同義ですから」
現状、この世界は…この地球は、豊かだ。宇宙のように空気が無いなんてこともなく、重力によって様々な物質が此処にある。
生物が活動するための物質が此処に偏っていると言っても良い。
だが、それを普遍にしてしまえば…間違いなく生命の維持は不可能になり、破滅することになる。
「偏りが無くなる…というのも、破滅の一つ、ですね。」
それは、淘汰とも言う。それが『無くなって』しまえば、偏りは無くなるのだから。
「私はあの辺りは余り行かないんですが…何か耳寄りの情報があれば聞きたいですね。現状、此処から離れられないですし」
フィーナは今契約に縛られており、此処から離れることが出来ない。
満了すれば二級学生や違反学生が喉から手が出るほど欲しがる『学生証』を入手出来るので、已む無くだが。
■清水千里 > 「ええ」と清水は言った。
「『偏り』がなければ、愛もないんです。
世の中に理不尽がなければ、人は愛するという行為が
どんなものであるのかさえ分からなくなってしまうでしょう。
全てが満たされたエデンの園は我々の理想かもしれないが、
実際にそんな世界が訪れれば、人は生きることにすら満足して、
喜んで死を選ぶでしょうし、善く生きるために悩むこともなくなります。
私はそんな世界に興味はありません。そこにはつながりも何もない。
人のつながりのないところには、知識は生みだされませんから。
どれだけ物質的に充足していようが、人は悩みます。
それは人を愛したいという願いからでもあるし、善く生きたいという願いでもある。
それが人に、ほとんど理屈抜きの献身を行わせるんです。
その姿が美しい、なんていう醜悪なことを言うつもりはありませんが、
私もあいにく有限の存在、そういう姿を愛します」
と、清水は笑った。
「おやフィーナさん、ここから離れられないとは?
何か義勇軍で、そういう契約でも結んでいるんですか?」
■フィーナ > 「えぇ。初動で生き残った事で目を付けられましてね。二級学生だったこともあって単独で色々やらされてるんですよ。名ばかりの救護から陽動まで、色々ね。まぁ、学生証が貰えるんで多少は仕方ありませんよ。人を殺して貰える権利を剥奪されてた身からすれば、ね」
勿論、箝口令も兼ねてのことだとはフィーナは知っている。恐らくは行われるであろう焦土作戦の合間に『消される』可能性だって加味している。
フィーナは風紀を、公安を。ひいては学園すら信用していない。
「限りがあるからこそ、人は行動出来るんです。限りが無くなってしまえば、やる『理由』が無くなってしまいますから」
様々な物には限りがある。時間にしろ、物にしろ、寿命にしろ。
それに追われるからこそ、人は動ける。不足するからこそ、人は得るために働くのだ。
■清水千里 > 「しかしあなたも、もちろん私も、『限りがある』というには、ずいぶん長いこと生きているかもしれませんがね!」と、清水は笑う。
「それは大変でしたね――初動で生き残った、ということは、異世界から?」
どう見たって地球人には見えないので、いまさらと言えば今更だ。
「貴方は魔術にお詳しいようですしね」
死者が見えないことが必要な人間にとっては、使いやすい存在なのだろう。委員会も正規学生の殉職は嫌う。
だからこそ《駒》と《プレイヤー》を気取った一方的な関係性は、学園に溢れているのだ。
■フィーナ > 「あぁ、いえ。この騒動が起こってからの初動です。まぁ、異世界から来た…というのは否定しませんが。
大惨事でしたよ。救援に駆けつけた一団が潰走したんですから」
遠くを見るような目で。味方を撃つことはいつになっても慣れない。
「なんにせよ、此処の騒動は早く終わったほうが良いですし…そのために動いてるんです。限りがあるのは寿命だけではありませんよ?」
■清水千里 > 「ええ、私も行きましたが――本当に大変でした。もう少しで『種』の直撃を受けていたかもしれません」
と、清水はフィーナの心を労わるかのように、優しい声で言う
「フィーネさん、しかしあなたの身に何があったとしても――
私の見る限り、あなたはあなたにできることをなされたはずですよ。少なくとも私はそう信じられます。
たとえ今はそれを苦々しく思ったとしても、あなたがそのことで咎を負う必要はなにもないんです。
それどころか、あなたの心があなたに課したその節度ある振る舞いが、
将来あなたにとっての祝福とさえなるかもしれないんですからね」
「こういうことを言うのは、お節介かもしれませんが」と、少し顔を赤らめ笑いながら。
■フィーナ > 「…ご助言、ありがとうございます。もう、行かなくては」
気づけば長話いていた。遠くで自分を呼ぶ風紀委員の声が聞こえる。
また救援要請だそうだ。多分もう死んでるかな、と思いながら。
「有意義な時間でした。お気をつけて」
浮き上がって、戦場へと向かう。
何もなければ、このまま去っていくだろう。