2022/04/11 のログ
ご案内:「◆特殊Free(過激描写注意)1」にノアさんが現れました。
ノア > 「出口はもう間に合わねぇ!
 無事な奴からさっさと研究区画に逃げ込んでそこの隔離部屋に籠ってろ!」

時刻は24時の峠をとっくに過ぎ去り、26時まで半刻と言ったところ。
そんな月の無い夜更けに広がる地獄絵図の中で、男は吠えていた。
逃げ込む先が安全であるという保証など無いが少なくとも”掃除”した後だ。ここよりはマシだろう。
背を向けて見送るのは収容区画に取り残されていた数名の"素材"候補たち。
紅龍の脱出を確認した時点で真っ直ぐに1人で脱出を目指せば間に合ったのだが、
割れかけたアクリルガラスの奥の彼らと目が合ってしまったのが運の尽きだった。
いっそ子供の1人でも転がして囮にでもしてしまえば幾らか安全に離脱できたというのに、
理性よりももっと先の、深く根ざした何かがそれを拒んでいた。

ピンを抜いた手榴弾を迫る実験体の一団の中に投げ入れる。
数瞬の後、腹の奥まで響くような破裂音と共に腕が、足が、隠れていた遮蔽にまで飛んで来た。
それでも、実験体は止まらない。胴と脚が離れても尚動く実験体の頭を念入りに撃ち抜いて確実に仕留めていく。
一通りの始末を終えて、再装填しながら確認すると残ったのは44マグナム弾を詰めたマガジンが二本と特殊弾薬が数発。
散弾なんざとっくに品切れで、手榴弾も今しがた放った物が最後の1つ。
自決用に残していた物すら使って、ようやく息をつけるだけの静けさが訪れた。

コンクリートの冷たい感覚に背を預けて浅く息を吐き、一枚のメモを見やる。

【26時を目途にこの施設を完全焼却します。
 死にたくなければ――】

「……何が超絶美少女ロリだよ、あのひねくれチビ」

乾いた笑いと共に時計を見やるが、リミットまでもう時間も無い。
それこそ立ち止まってる時間すらも惜しんで隔離部屋を目指すべきなのだが、身体が思うように動かない。
走って、撃って、逃げては撃って。短時間で幾度となくスプリントを行った膝から力が抜けてそのまま地面に座り込む。
5分だけ休んで――そんな甘えた事が脳裏をよぎった刹那、音が聴こえた。
ペタリ、という足音。気の抜けるような音に反してそれが伴うプレッシャーは異質だった。
2メートルはあろうかという巨躯を揺らし、緩慢な動作で歩む出で立ちは人のソレ。
それでいて明らかな知性を保った顔つきに備わった眼は、闘争心に狂っていた。

ノア > 「煙草の一本くらい吸わせてくれ……っつーのっ!」

こちらのぼやきを聞いてか否か、ゆるりとした動作から豹変して肉食獣のように急接近してくる男に、
跳ね起きながら銃口を向ける。
紅龍からの貰い物の四四型対人自動小銃、ピストルと呼ぶのもどうかと言うそれ。
一発ずつですら反動の制御に難儀する代物を、フルオートでばら撒く。
こんな出鱈目な撃ち方に有効射程もクソも無いが、此方に向かってくるデカい的に外すわけも無い。

「っ!?」

吶喊してくる男の剥き出しの肌に向けて放たれたマグナム弾は確かにその肌を捉えた――はずだった。
10数発の鉛の弾は肌を穿つどころか、鋼に弾かれたような甲高い音を立てて灰色の廊下に飛び散る。
魔術の類では無い。宿主の持っていた異能の類か。
気が付いた時には、その巨躯に吹き飛ばされて身体は宙を舞っていた。

壁に叩きつけられた拍子に肺の中の空気が吐き出され、脳がチカチカとフラッシュバックするが意識だけは手放さない。
背骨は生きてる、首も無事。肋骨が何本かイッたか?

「……クソッ」

他の実験体と違って、愉快そうにいたぶる事を楽しむような歩調で歩み寄ってくる実験体。――コイツ、笑ってやがる。
四四型が通らない上に散弾も尽きている。手榴弾の類も品切れと来た。
唯一通るとすれば――.950trickStar。
たった一発だけの複製品だが、着弾点を空間ごと抉り取るこの特殊弾薬なら表皮が如何な硬度を持っていようと問題ない。
手持ちの武器の中で大口径のライフル弾であるトリックスターを放てるのは、後装式の中折れ拳銃の改造品。
保護ケースからトリックスターを取り出し、装填した後に照準を定めて発射する。
その為には最速で行ったとて10秒近い猶予が必要だが、それを許してくれる相手でも無いだろう。

ノア > (……やるしかねぇわな)

幸い、有難い事に相手は人型。人の形を留めぬ変異体ならいざ知らず、これなら”異能”が通じる。
目を見開いて、巨躯を金色の両眼に写しながら、取り出したのは『イドゥンの憐れみ』を詰めた小瓶。
『出血を伴う外傷が無い時は絶対に使わないでください』そんな注意事項に反するが、林檎味の中身を一気に飲み込む。
身体の内こそボロボロながら目立った外傷の無いとはいえ順番が入れ替わるが”今からできる”。

瞳の色が銀に変わり、視界から色が消え失せる。
モノクロの世界で巨躯を眼前に捉えて四四型を構え直す。
コイツが吐き出すマグナム弾は相手に通用しない。
それが相手も分かっているせいか、変わり映えしない此方の武器に興覚めしたとでも言わんばかり。
それでも人に向けるには本来過剰な火力の代物なのだ。

人殺しにのみ向け得る硬度や防御と言った物を無視して眼前の敵を穿つ理外の一撃。
対価は与えるダメージと同様の物を自分も受ける必要がある事。
自分が即死できるだけの火力を向ければ、相手も確実に死ぬ。そういう異能。

「まぁ、死ぬ気はねぇんだけど」

引き金を二度引く。それと同時に己と実験体の腹に小さく孔が空き、遅れて訪れた衝撃にお互い膝をつく。
二ヤ付いた実験体の表情が驚愕に変ずる。が、俺自身が生きている限りは向こうも死にはしない。
こうしている間にも種子が傷を塞ぎつつあるだろう。だが、それは憐れみを使った俺も同じ。
訪れると知っていた痛み。それを噛み殺して耐え抜いた隙にトリックスターを装填する。

「じゃあなバケモノ。アンタがちゃんと人殺しで良かったよ」

そうでなければ、異能がそもそも発動すらしてくれないもんでな。
痛みに瞳を閉じた瞬間に異能は既に途切れ、息も絶え絶えになりながらも立ち上がり、
体勢を立て直した実験体に向けて改造しつくしたアンティーク拳銃の撃鉄を落とす。
小型武器には不釣り合いな爆音と共にライフル弾を弾き出し、着弾点である顎を中心に空間ごと頭が”消し飛ぶ”。
……実際に使うのは初めてだが聞いていた以上にとんでもねぇ代物だな、トリックスター。
そりゃ装填したまま持ち歩くなと念を押される訳だ。

ノア > 「……」

こんな事二度とやりたくねぇ。
吐き出そうとした愚痴は既に口から洩れる事も無い。
既に腹の傷は塞がっているが、立ち上がるだけの体力が維持できない。
完全に動きを止めた実験体を見やり、時計に目を移す。
5分の休憩どころじゃ無くなっちまった。寧ろリミットまでの時間が5分ちょっとって所か。

(何やってんだろな……)

研究区画を目指して芋虫のように這いつくばって進む。
銃も取り落とした。腰のククリ以外に武器も残っていないし、それをマトモに震える状態でも無い。
今他の実験体に出逢えばそのまま取り込まれて終わる。
後は自分の天運に任せるばかり。

「……あ?」

最早四肢の感覚などマトモに知覚できなくなっていたが、左腕に違和感があった。
縫い留められるような、何かを刺されるような。
気だるい身体で腕を見やれば手首には巻き付いた植物の蔓。
それは動きを止めたはずの実験体の頭部があった場所から伸びていた。

「しつっけぇんだよ……」

まだ動く右手でククリを握り蔓を断とうとして気づく。
針で刺したような感覚、それは奥へ奥へと根を張るように蠢く。
恐らくは闘争の種子を植え付けるための最後っ屁、だが既に抗体は打ってある。
にも拘らず訪れる己の意思に何かが介入してくるような吐き気を催すような感覚。
抗体は寄生しようとした寄生体を自壊させる……だったか。

「おいおい……抗体効いてねぇんじゃねぇのか……?」

特殊な変異を遂げた実験体の種子の生への執着。
それが抗体の効能を上回る可能性は十分にあった。

「……ははっ」

――植えられた種ごと、腕を斬り落とすしかねぇか。
力がまともに入らない事が災いして何度も己にククリを降り下ろす羽目になるが、
アドレナリンのかき消しきれない痛みを飲み込み気力を尽くして骨ごと断ち切る。
さすがに断ち切った腕は憐れみの効力でも戻る事は無いだろう。

しかし、流した血が多すぎたのか元より限界を迎えていたのか。
再び進もうとした身体からは力が抜け、崩れ落ち、意識すら保てなくなる。


時刻は26時、研究区画の通路には伏せたまま血に塗れ、微動だにする事の無い黒いコートの男の姿。
それは身体は幾人かの手に引きずられて研究区画の奥、隔離部屋へと運ばれていく――――

ご案内:「◆特殊Free(過激描写注意)1」からノアさんが去りました。