2022/08/18 のログ
ご案内:「???」に傀儡女の柰さんが現れました。
傀儡女の柰 >  
怨嗟を唱え続ける鬼が去った、その後に横たわる静寂の中。
黄泉へと誘う誘い口の如く冷たく広がる宵闇に響く、女の声があった。


「灯火の もとに夜な夜な 来たれ『鬼』――」


加えて。
さらり、と。
穏やかで生ぬるい風の中で衣が擦れる音に続けて
妖しくも美しい音が一つ響く。

――弁。

僅かに緩められた艶やかな唇が月光に照らされ、鮮やかに煌めく。
唇からちら、と覗くのは魔性の証――鬼の牙。

傀儡女の柰 >  
「――我が秘め唄の 限りきかせむ」

鏡と見紛う桃源の薄紅川――桃色の絹糸の如き髪が、
少女の姿をした化生の目元に深い影を落とす。

そうしてそれが言葉を紡ぎ、琵琶を弾くその度に。
ゆらりゆらりと揺れては、
柔らかな頬と白い首にすう、とかかるのだ。

灰色に囲まれた燻った世界の中で異彩を放つそれは、
何処までも艶めかしい。
それは、まさに彼女が奏でる琵琶の音にも通ずるものがあった。




――弁。 
 

 

傀儡女の柰 >  
化生が唄い、琵琶を弾くその度に、周囲の影が揺れる。
そうして、
犇めく虫の群れの如くぎちぎち、ざわりざわりと音を立てて蠢くのだ。

それを見下ろすは、化生の顔。
双眸は、透き通った海の如き青。
深く、どこまでも青く。
神秘的で、何処か底知れぬ恐ろしさを湛えた――
――暗澹たる妖の輝きが其処に在る。


「――人臭き 人に聞かする 唄ならず」


袖口から顔を出す化生の白い細腕は琵琶を弾き、響かせる。

琵琶を時に優しく、時に激しく愛撫し――奏でるは、異界の音。

門外不出の外道の奏法。

加えて、聴く者の耳の中を隅々まで擽り、
脳の奥深くまでそろりそろりと撫でつけるのような、
静謐で深い唄声。

完全に調和したそれらの音が奏でるのは、
今まさに転がり落ちていく『鬼』への秘め唄。

傀儡女の柰 >  
「――『鬼』の夜ふけて来ばつげもせむ」


化生の心は、感喜に溢れている。

化生の心は、喜悦に染められる。

化生の心は、悦楽に溺れている。

化生の心は、楽欲に走っている。

化生の心は、欲情に満ちている。

化生の心は、情感に濡れている。


化生の心は、めまぐるしく廻る。


喜から悦へ、楽から欲へ、そして情は感に変ずる。

廻る色の中で、化生の魂は艶めかしく昂ぶる。震える。
そうして、弾かれる琵琶の音はより激しさを増していき――。

傀儡女の柰 >  
「――ただひとの 耳にはいらじ天地の こころを妙に洩らす我が唄」

――弁。

そうして最後の音が弾かれた。
化生は、満足気に『鬼』の去った後を視線で追う。


「思わず昂ぶっちまウ、良い魂だネ……こわいこわぁい鬼さんヤァ」

くつくつ、すくすくす、と。
化生は妖しく笑う。嗤う。

それは、『鬼』を嘲笑うかのように。
それは、『鬼』を愛するかのように。

「鬼の形代――いヤ、あれはもう鬼サ、ネ。
 鬼以外の何だと言うのかネ」

夜闇の中、もう一匹の鬼は。
白き月を見上げながら優しく、くどいほどに甘く微笑む。

「楽しみダ、ネ。
 どんなに艶めかしく、靉靆たる黒の音を紡いでくれるのカ――」


衣の擦れる音、数度。

続く、淫靡な吐息。 
 

 

傀儡女の柰 >  
暫しの間を置いて。

傀儡女は、琵琶を抱え直した。

まるで初夜に愛しい人を抱きしめるように。

「――このまま熟すようなラ、
 食いに行くことがあるかもしれなイ、ネェ。
 このまま熟すのなラ、ネ」

さてどうなるかどうなるかと、小さく口から漏らしながら。
長い袖で口元を覆い隠し、
一つ笑みを残したかと思えば、月の光が雲に覆い隠される。 
 
 

傀儡女の柰 >  
 
 
 
 
 
――そうして鬼の姿は、横たわる闇の内に、こつ然と消えていたのである。 
 
 
   
 

ご案内:「???」から傀儡女の柰さんが去りました。