2022/11/06 のログ
ご案内:「慈雨の港、沛然と成りて」に紫陽花 剱菊さんが現れました。
紫陽花 剱菊 >  
しとり、しとり。
肌を滴る冷たき甘雨。
凍てつく肌よりも其の心冷たく、宵闇の水平線を射抜く黒。
冬の寒風に揺れる艶黒糸が細かに揺れ、白い吐息は雨模様に消えていく。
公安が刃、紫陽花 剱菊。甘雨の彼方より現れし人影を唯見据える。
黒服に身を包んだ二人の男。此れを引き連れたるは七尺を悠に超えし大男。
外の世界より参じた此の偉丈夫の名は、ラオヴァ。
遥か水平の国より、裏社会にて名を馳せる悪人成。
半身曝け出す一張羅。視線のみで羅刹の如き圧を持つ。

「────入島者ではあるまい、去れ」

警告。凛とした一声が雨模様に広がる。
公安の目を用いて、不法入島者足る犯罪者の足止め。
剱菊は課された命により、此の場で待ち構えていた。
斯様、此の学園は外の犯罪者の"しのぎ"として使われる事も有り
故に島民に被害が及ぶ前に対処するは必然。
此の場で聞き入れるので有れば、彼等を見逃すのも吝かでは無い。
互いの間に、暫し雨音のみがさんざめく。

紫陽花 剱菊 >  
数刻、答えは早くも示される。
雨音を弾いた破裂音と火花牡丹が咲き誇る。
左右の男から放たれた黒鉄の弾丸。
彼等は無法故に礼節も無く、純然たる暴力で成り上がった。
全てを捻じ伏せて伸し上がった以上、剱菊の礼もまた無礼で返すのは必然。

但し、斯様な手段が通ずるので有ればの話。

「──────。」

黒鉄、雨風裂きても剱菊を貫く事無し。
其の目前にて丹色の火花を散らし、金切り音をしとどに響かせた。
即座に手元に作り出し銀刃の小刀。
如何に夜天、雨模様視界が悪かろうと、戰場で生きし剱菊にとって
無作法に放たれた矢も弾丸も相違無し。双眸見切れば、弾く事も造作無い。
知らぬ兵器で有ればかくも、既に鉄火の支配者にて今世の兵器にも慣れた。
此処彼処と蜘蛛の子を散らす凶弾は、地を、空を裂き
左右の男二人の頭部に猩々緋を咲かせ、命を花弁を散らす。
雷鳴の如しせつな、僅かに煙をたなびかせ赤熱した小刀を振り払い、切っ先を向けた。

『……面白ェ』

凶刃一瞥、ラオヴァもまた死線を潜りし猛者で有る。
連れの返り血を雨ざらしが洗い流し、軈て沛然と驟雨が互いの辺りを払い────。

紫陽花 剱菊 >  
爆音、鼓膜を揺らす。
白煙が驟雨を覆い尽くし、剱菊の視界を覆い尽くした。
刹那、瞬く間に砂塵の如く熱風が眉を焦がす。
焦熱地獄然も思わせん熱量だが、剱菊は居住まいを崩す事は無い。
瞳孔見開きし黒の双眸は、さながら猛禽。
行住坐臥。戦場を常とする戦人にとって、斯様な事は臆する事も無く

白煙裂き、目前に広がるのは赤熱の波。
文字通りの熱波が泥土と成りて目前に迫り上がる其れは"溶岩"。
曰く、『溶岩を操る異能』と音に聞く。灼熱焦土の権化。
熱とは得てして人を動かし、狂気に滾らせる。

小刀を捨て、既に諸手が握りし銀刃の打刀。
紫電、双腕迸り稲光。雷鳴罅ぜし迅雷の一閃。
紫紺の軌道が赤熱の波を真っ二つに割り、視界を覆い尽くす金赤の肉。

『面白ェ!テメェは簡単に死んでくれんなよ!?』

狂瀾怒濤。
みやびやかな水浅葱は一入狂気に揺れる。
狂犬、花笑みさえ慄く口が割けんばかりの笑みを貼り付け
赤熱化した剛腕が白煙棚びかせ剱菊の一直線。

紫陽花 剱菊 >  
熱波身を焦がし、悪臭が鼻を衝く。
然りとて臆する事も無く、旦夕に迫るが如し、紙一重。
僅かに身を捩り雨粒と共に舞い、更にもう一閃紫紺が稲光。
赤熱の剛腕が真っ二つと成るも、熱に耐えきれず銀刃もまた蕩けて宙を舞う。
然れど、狂犬の笑みは消えない。

『両腕斬ったぐれぇでなんだよオラァッ!!』

どろりと濡れそぼった地を焼く剛腕。
刹那、比喩無く"地を生える剛腕"が剱菊の背を取った。
斬られた両腕さえ既に己の赤熱として自在に操り
正面から迫るのは赤熱化した丸太の如し剛脚。

『もらったァッ!!』

「──────……。」

生半な力では無い。
成る程、と感銘を胸中に受けた。
悪鬼羅刹では有るが暴力のみで成り上がり
幾許の悪行さえ成し遂げる熱量。不死身の赤熱が其れを成した。
名にしおうのは、ある種の必然。人の手では斬れぬ。
頂門の一針、見事に虚を突いた一撃では有る。
絶体絶命とは此の事であろう。

──────……然るに、其れは斬れなければ、だ。

曇天、雷鳴木霊した刹那、剱菊の隻手が竹刀袋を捉えた。

紫陽花 剱菊 >  
雷鳴轟き、宵闇を照らす稲光。
驟雨を撒き散らし、刹那の数刻が止まったような錯覚。
双眸見開きしラオヴァの巨躯は赤熱と共に停止。
狂犬の笑みを貼り付けたまま、雨音紛れた鍔の音。
納刀を皮切り、赤熱と猩々緋を咲き乱れ、驟雨に広がる紅の花畑。
唯一振り、唯一剱菊が持ちし一刀。如何に赤熱の肉体で有ろうと
神雷の刃を阻む事能わず。自らの死さえ認識できぬ肉片を見下ろし、一息。
雨風舞う竹刀袋がはらりと手に落ち、鉄紺の鞘がするりと呑まれる。
焼けた肌を包み隠す鮮血も、軈ては驟雨が剥がしていく。
唯一無二である刃を抜かざるを得ない猛者で有ったに違いない。

「羅刹と堕ちねば、或いは……」

斯様、感慨に耽るのも然もありなん。
画して、脅威は此処にしめやかに散った。
しとしとと雨音は慎ましさを取り戻していく。

「……尤も、私如きに斬られるようでは、此処で為せるとは思えんがな」

因果応報。
力のみの覇道は、力によって下される。
幾許も経験したことだ。竹刀袋を背負い直し、剱菊は踵を返す。


天道登りし頃には、何も残らぬ。
影法師のみが、其れを知る。

ご案内:「慈雨の港、沛然と成りて」から紫陽花 剱菊さんが去りました。