2020/07/21 のログ
ご案内:「特殊領域 第二円」に羽月 柊さんが現れました。
胡蝶の夢 > 蝶は飛ぶ。
(http://guest-land.sakura.ne.jp/cgi-bin/uploda/src/aca1813.html)

羽月 柊 >  
走る、奔る。黒髪の後を追いかけて。
手は届かない。

いつの間にか暗闇を抜けていた。

不意に足がビシャリと水を跳ねさせる。天からは水が降り注ぐ。
雨だ……雨が、降っている。


「………っ!!」


――あの日も、暑い夏の日だった。


「……そんな…ここは――。」


――理想は消え、夢は、潰える。

羽月 柊 >  
黒髪のソレを見失った柊が辿り着いたのは、瓦礫の山だった。
かつて柊と香澄の研究所があった場所。



――見たくない。

残酷に、足は意識に反して歩を進める。

――見たくない!

足元の瓦礫の欠片を蹴飛ばす。

――嫌だ!

指をパチンと鳴らして、灯を付ける。

――やめろ!!!

羽月 柊 >  
 そうして、足がいずれ、踏みつけるのは、
 柔らかいぐにゃりとした感覚。

 雨でも全てを流しきれない、

  アカイ

  アカイ イロ

羽月 柊 >  
 
「ァ、あぁぁァあアァああウァぁァアア!!!!!」



錯乱した叫び声が柊の口から溢れる。
そこは地獄だった。

おびただしい数の小竜たちの死体が転がる。
踏みつけたのは、皆香澄の方に懐いていた子ばかりだった。

 誰がこんなことを?

 何故だ、香澄は、香澄は無事なのか?

小竜たちの死骸をどうにか踏みつぶさないように避けながら、
だが一部は、どうしても踏み越えざるを得ず、
その小さな体躯に体重を乗せれば、か細い骨が砕ける鈍い音が足から伝わった。

「―――~~~ッ」

何度も心で懺悔を繰り返しながら、
崩れずに残っていた建物へ進んでいく。

羽月 柊 >  
白衣がアカで汚れる。

だが構っていられない。


「香澄ッ!!!?」

無事でいてくれと建物に入れば、
眼に飛び込んで来るのは、信じがたい光景だった。

その建物は、香澄の私室だったはずだ。

その中でも、収納スペースだったはずの場所。

だがそこにあったのは、積み上げられた死骸の山と、
そこから抜き取られた内臓、壁にびっしりと竜の血で書かれた魔法陣、構築式。

鳥籠の中で暴れる鴉に似た何か。


その死骸の中央で

香澄が、不気味に笑っていた。

羽月 柊 >  
「香澄、無事、で……?」

安堵も束の間だ。彼女の手には儀式用と思しきナイフ。
身体は返り血でその瞳よりも赤い。

『あァ、柊………。』

柊に気付いて、ゆらりと香澄がこちらに向き直る。
灯の魔術に照らされて、彼女のもう一方の手には……セイルの尾が握られていた。

よくよく見れば、死骸の山の天辺にいるのは、フェリアだ。

どちらもぐったりとしている。まだ他の個体のように内臓は抉られてはいないが…。


「何、を、しているんだ……。」

そう、聞かざるを、得なかった。

羽月 柊 >  
『ふふ、強い竜を作ってるノ。』

その赤い瞳は爛々と輝いているのに、正気の光を灯してはいなかった。
強い竜と言われても、柊には疑問しか頭に浮かばない。

何を言っているんだ、香澄。

『今ね、"やり直し"してるの。
 一回目はね、失敗して"鴉"が出来ちゃったから。』

どうして笑っているんだ。

『ちょっと暴れたカラ、家壊れちゃった、ケド。』

『強い竜が出来たらネ、偉い人がお金ヲ出してくれルって言ったノ。』
 そうすれバ、モット竜が飼育できるじゃなイ?』

香澄は笑う、笑っている。
血の匂いの吐き気さえも掻き消すぐらい、
雨と血に濡れた身体も気にならないぐらいに、

まるで、別人のように思えた。

「何を、言ってるんだ……このまま少しずつ……やって、いけ、ば。」

自分が何を言っているのかよくわからない。

『それじャ駄目なの!! もっと認めてもらワナきゃ!!!』

そう叫ぶ彼女が何を言っているのかも分からない。

彼女はまた、ナイフを振り上げた。

この研究所最初の、双子に、それを突き立てようと。

羽月 柊 >  
 
 
「やめろ――ッ!!!」
 
 
 
思わずそう叫んで、手を伸ばした。

胡蝶の夢 >  
――だが柊が香澄に触れた瞬間、彼女は数多の蝶となり散った。

驚くより先に、足元の感覚があやふやになる。
赤色は、瞬く黒に塗りつぶされていく。

羽月 柊 >  
意識が胡乱だ。

自分の身体の感覚を掴み、黒の中でたたらを踏むと、
視界の端に、紫髪が見えた。

理想の世界で白昼夢のようだった感覚が、戻って来る。


目の前で散った蝶が集まり、茶髪茶眼の、かつての自分を形成する。

『……全て夢だと思いたかった。』

そう自分が喋る。

『どこで違えてしまったんだ。』


「……今でも、分からないとも。」

苦々しく、自分に答える。

今でも苦しんでいる。

胡蝶の夢 >   
"――そっか、あなたにとっては、過去であっても、まだ『終わっていない』のね"

不意に声が、聞こえた。
……そうだ、これは自分の過去だ。

胡蝶の夢 >  
そう頭に過った瞬間、まばらに声が聞こえてくる。

"これは終わり───じゃないでしょう!"

"納得もしたつもりだし、飲み込んだつもりではいるんですよ"

"割り切り。割り切りか。さてな、そのようなもの、ヨキには不要だ"


否定も肯定もまぜこぜに、手を伸ばすように。


"世は貴様らの愚かさも愛そう! 愛した上で、正すのじゃ。支配者とはそういうものじゃからな"

"勉強になりました。……是非、『また』"

"欲の獣にご注意ください"

"まぁ、そいつが何かしでかしたら俺も手を貸してやる。暇潰しにはなりそうだ"

"希望を捨てぬ事、抱き続ける事は立派な事ですし、そうあるべきだと思います"

"無茶しなきゃ『願い』に手が届かないのなら、私はいくらでも無茶しますから"


言葉が雪のように降り積もる。

"自らの死を、おそれはしないのか"

羽月 柊 >   
「……これをまだ、過去には出来ない。」

そう呟く。

眼前に突き付けられた絶望を、過去であるそれをまだ己は過去とは思えない。
それこそそうだ、理沙と同じく、納得して飲み込んだ"つもり"をしているだけだ。

だからこそ今、再現され苦しむ。

かといって英治のように足掻くことも出来ず、
シュルヴェステルのように悩むには時間が経ちすぎた。


ただ、それでも。

「それでも俺は、止まっている訳にはいかない。」

目の前にいる過去の自分は、今の自分を哀れに見ているかもしれない。
傷を抱えてでも、血を流し続けてでも、歩き続ける自分を。

だが、その歩みの上で出逢った縁がある。
どんな出逢いであれ、それは一度きりの出逢いでなく、『また』と言ってくれるモノも居るのだ。

羽月 柊 >   
「……だから、今は、さよならだ。」

きっとまたいつか思いだす。また苦しむ。
そう分かっていたとしても、再び柊は過去を胸に秘め、歩むと口にする。


その言葉と共に、目の前の自分が再び蝶となって散っていく。


散った蝶の一匹が、ひらひらと、柊に近寄って来る。

胡蝶の夢 > その蝶が柊に触れる。


 『おかえり、お父さん。』


テキ
息子の声と共に。
そうして、柊の意識は途切れた――。

ご案内:「特殊領域 第二円」から羽月 柊さんが去りました。
ご案内:「特殊領域 第三円」に羽月 柊さんが現れました。
ご案内:「特殊領域 第三円」に山本 英治さんが現れました。
羽月 柊 >  
意識が、浮上する。

「う…、く………。」


土の匂いがする。

――今までの光景はなんだったんだ?

そう問うより先に、自分へ向けられる"殺意"に似た気配に、重い瞼を開ける。


上肢を起こす。
光の柱に触れる前の姿に戻っている。
あんなにも塗れた血の匂いは自分からしない。白衣も着ていない。
……昔の姿の自分はもうどこにもいない。

ここにいるのは、過去を飲み込んだ、自分。

だが、傍らに彼の小竜は居なかった。

山本 英治 >  
俺は、なんだ。どこにいる?
頭に良いモン喰らったような、脳震盪にも似た感覚に頭を振る。
痛みはない。土と錆の香りがする。
俺はあの“穴”を調査していたはずだ……

ということは、ここは……あの異常現象の真っ只中、というわけか。

「ぐ………」

顔を起こすと、羽月さんがいた。
あれ? ここって入ったら一人になるんじゃなかったっけ?

「どうも、羽月さん。挨拶をしている暇がなさそうなのが残念です」

ゆっくり立ち上がって構えを取る。
周囲には、殺気。どうにも居心地が良くない。

「フィールドワークですか?」

我ながら諧謔のセンスがない。

羽月 柊 >  
「…何故、君がここに……。」

己の近くに不意に現れた人間に、まだ胡乱な頭で問いかける。
瞬きを繰り返す。これも見せられている"何か"なのか。

柊には、この場所についての情報が無い。


 
 『ゴロジデグレ』



「……っ!?」

言葉にならない言葉が響き、ナニカが飛んでくる。

柊は咄嗟に自分が伏していた場所から飛び起き、よろめきながらも数歩後退した。
その拍子に樹に背をぶつけ、揺れ落ちる葉が、此処が森の中だと告げる。

元の黄泉の穴ではなかった。



土埃を上げながら、自分が居た場所に飛んできたそれを桃眼で睨む。

人間の足が多量に生え、足の一片からは一対の翼。
一体どういう構造で飛んでいるかも分からない。
その足の節々に眼玉や口が不規則に並び、ギョロギョロと目まぐるしく動く。

ただ、言語がそれしか無いのかと言わんばかりに『コロシテクレ』と喚いていた。


「フィールドワークで済むなら良かったんだが……。」


男はいつの日か逢った黒の軽装でも、白衣でも無かった。
闇を映したような真黒のスーツを着こんでいた。



「………、"ロア"、覚えていろ……帰ったら…。」

――この場所を紹介した己の知人に、恨み言を呟く。

山本 英治 >  
「次元の裂け目みてーなところを調査してたら?」

手短に答える。
周囲にあるのは殺気だけじゃない。
悲壮なまでの負の感情。
戦場に行ったことはないが、こんな感情が渦巻いているに違いない。

「イカした格好していますね……確かにフィールドワークじゃ」

飛び込んできた、足を無数に生やしたニンゲンのようなものに。
横拳。
下からすくい上げるように打つ心意六合拳の拳打。

手を出す時には狼の心。
虎の残忍さを要求し。
各動作には全て恨みの意を込めて。
全て残酷の意を込めて打つ。

その教えの通り、殺意を込めてナニカを打った。

「なさそうだ!!」

その結果、相手の足が数本。千切れて吹き飛んだ。
おい、そんなに強く打ったつもりはないぜ?

『ギャアアアアアアアアアアアアアアァァ!!』
『イダイ!! イダイ!! アカイ血、アッガー!!』

耳を劈く絶叫に顔を顰める。
そして理解する。こいつもまた、被害者なのだと。

「ロア? 誰ですか」

手についた血を払って羽月さんの前に立つ。
目の前の存在を楽にしてやらなければならない。
その意思を、瞳に湛えて。

周囲から現れるは。
お互いの腰があった辺りで上半身同士が縫い付けられた怪物。
頭が二つある女性のように見えるもの。
キリンのように長い手足を振り回しながら半狂乱で突っ込んでくる老人。

その声が、心を抉る。

羽月 柊 >  
「…知り合いだ、黄泉の穴に"面白いモノ"があるだの、…ッ」

右耳の髪に隻手で触れ、ピアスがあるのを確認すると内心安堵する。

同時に、響き渡る命であったはずのナニカが英治によって消し飛ぶ音から僅かに聴覚を庇った。


突っ込んで来た老人に向かって手を突き出す。
無意識だったが、どうやらセイルとフェリアは居ないものの、
手にある装飾品の類だけは無事らしい。

『無を産め、我らを取り巻け、その身が触れるは茨!』

進行方向に真空状態の場所を産み出し、カマイタチのように切り刻もうとする。
だがしかし、それは僅かに長い手足に裂傷を作るだけで、
まるでその老人は傷みを感じていないかのように勢いは止まらず。

「ちぃ、『遮れ硝子、この先は何人たりとも入り得ぬ!』」

舌打ちして言霊を変え、眼前に迫る老人の前に透明な壁を産み出した!
完全に勢いだけで突進していたソレは真正面から壁にぶつかり、
鈍い音を立てて口から血を溢れさせ地に伏す。

グロテスクなどと言ってられない。

相手の突進力があったからどうにかなったものの、他をどうする?


「…っ"山本"! 俺はあまり戦力にならん!」

まさか初めて相手の名を口にするのがこんな状況になるとは。

しかし男は苦い顔でそう叫ぶしかなかった。
小竜たちが己の攻撃魔術の要。いなければ使えるのは防御魔術とささやかなモノだけだ。
戦力を期待されるよりも言い切ってしまう方がマシだ。

山本 英治 >  
「その知り合いへは直接、文句を言わなきゃなりませんね」

暗に無事に帰す、と宣言しながら。
中段突き、崩拳を頭が二つある女性の胴体に強打。
相手の腹が破れて、赤黒い内臓がどちゃどちゃと溢れてきた。

次の瞬間、相手の振り上げた拳を受け流し、同時に相手の膝を蹴る。
刮地風。地面を削るように吹く風、という意味の技だ。
相手の拳を防御された瞬間に左脚で相手の脛を蹴りつける。
硬打の応用技。

骨が砕ける鈍い音を聞きながら虎撲手で相手の頭を二つ同時に撃ち抜く。

「オーケー、自分の身を守ってください!!」

胴体で縫い付けられ、お互いの両手で犬のように這いながら襲いかかってくる怪物に。
全力の蹴足を振り抜く。

相手の体を中心から貫いて轟断すると、二人分の頭を踏み砕いた。

「アタッカーは俺が!!」

背中に口が無数にあり、それぞれの口が嘔吐のように呻くと目玉を吐き出している子供。
全身から老若男女の指を生やして襲いかかってくる偉丈夫。
掌から掌が、足裏から足が次々と生えている異形。

それぞれが口々に語る。
痛いと。殺してくれと。楽にしてと。

「出口とかご存知で!?」

血と臓物に塗れながら、殺し技で対処していく。
精神が苦しい。今は考えるな………羽月さんを守るんだ。

羽月 柊 >  
「防御魔術は使える! 応用の類ならなんとかなるが…っ!」

英治に八本の足でブリッジ状に走っていく異形に向かって言霊を紡ぎ、
足に樹々の蔦を絡めさせ動きを封じ、そこを彼に叩かせる。

飛んでくる無数の手だけで構成された鳥に障壁を作る。

基本的に突進等の安直な行動をしてくる類は、勢いを利用すれば簡単に潰れる。
普通の人間だって自動ドアにぶつかれば死ぬのだから。

歯をまるで弾丸のように飛ばしてくる輩から自分たちを護る。

僅かな怪我ぐらいなら、柊は言霊で治してくれるだろう。
とはいえ、《オーバータイラント》の能力なら、怪我の治癒は早いだろうが…。


「出口なんぞ分からん! だが、いくら人間素体が脆いとはいえ…!」

自分も返り血を浴びる。
先程見たばかりの絶望が頭を掠める。思わず頭を振った。

これは違う。

「このままでは、君も俺も消耗戦だ……!」

苦々しく言葉を吐き出す。
普段の淡白なトーンは無く、焦りが音に乗る。

そう話すうちにも、異形の犠牲者は次々に現れる。

小さいモノは手だけで這いより、大きなモノは複数の人間の部位が無理矢理合わされている。
臓物を引きずり、血を吐き散らし、眼から舌を触手のように無数に生やす。

時折人間の姿のモノもいるのに、顔に無数の穴が空いていたりするのだ。

山本 英治 >  
「ディフェンスは任せた!!」

時に地面に相手の頭を押し付けて轢き潰し。
時に拳打や蹴足で貫く。
しかし、殺し技で命を奪うことの。なんと息苦しい。

「だよな、俺もわかんねー!!」

出口はわからない、なら戦い続けるしかない。
その時。黒い波が彼方から現れた。

それは犬や猫や、なんらかの動物や。
人間の手足を使って、無理やり蜘蛛の形に形成された。
人間のツギハギ。スパイダーキメラとでも形容すべき、異形の群れ。

「くっそぉ!! 数が多すぎんだろ!!」
「羽月さん、ここからは異能を使って戦う!! 絶対に巻き込まれないでくれ!!」

オーバータイラント、発動。
異能侵食率は三割程度の出力に抑える。
セカンドヘヴンは消耗が激しいので使えない。

「ぶっ潰れろォォォォォォォ!!!」

腕を振り下ろす。無造作に蹴る。
オーバータイラントを使った時、戦闘スタイルは拳法から暴力となる。
蜘蛛の形に形成された人々の悲鳴と絶叫を聞きながら。
俺は群がってくる彼ら/彼女らにトドメを刺し続けた。

しかし、キリがない。

そして、後方から飛びかかってくるスパイダーキメラに。
俺は気付くのが遅れた。

死ぬ。その瞬間、相手の腹に開いた大きな口。
回転ノコギリの刃を内側に並べたような歯列に気付いたんだ。

羽月 柊 >  
相手に背を預けて戦うしかない。

大波のように迫る異形たちに、残された装飾品の魔力を込める。
空気中の魔力を操るだけでは彼らに対処しきれない!

一個一個ブーストをかけて使う術は、
"何も能力を持たぬ"自分には、負担は大きい。
だが、愚痴も弱音も言っていられない。

「異能? っ!!」

英治へ返事を返そうとした次の瞬きには、彼は暴力そのものへと姿を変えていた。

巻き起こる余波に、思わず障壁で自分を護る方へとシフトする。



だが、男は気付いた。
消し飛んだ血だまりの中に残るソレに。

「――っ山本!」

英治に飛び掛かるそれに、言霊を紡ぐ時間は無かった。

スローモーションに見えた。


自分は、何を思ったか地面を蹴っていた。

胡蝶の夢 >  
 
何もかもが遅く見える世界で、

二人の間を、蝶が飛んだ。

羽月 柊 >  
――――…。

何が起きたのか一瞬、誰にも理解は出来なかった。

体当たりのつもりだった。



だが実際に起きたのは、柊の振った腕がスパイダーキメラの手足を千切れ飛ばし、
英治の目の前で男が真っ赤に染まった事実だった。

桃眼が揺らぐ。

なんだこれは。


「っ、………無事、か?」

そう声をかけるのが、精一杯だった。

山本 英治 >  
「ぶ、無事だが……羽月さん、今のは」

今の挙動、間違いない。
何度も見てきた異能だ、はっきりと理解できる。

オーバータイラントだ。

身体強化系の異能、その暴力を振るって見せたんだ。
羽月さんが……?
同じ異能、いや違う……何か違和感がある。

赤く染まった彼にかける次の言葉を悩んでいた時。

地面が揺れた。

「な、なんだ!?」

視界の向こう側に。それは突如現れた。
体を起こしたのだ。それは巨大だった。
こちらを見ている。それは赤子だった。

巨大な赤ん坊。
剣竜のような背骨がこちらから見える。
乳白色の闇としか形容しようのない肌が、こちらに向けて動き出した。

「おい、嘘だろ……!!」

その赤子は、下半身が肉塊だった。
恐らく、キメラの極北となるとこうなるのだろう。

這いつくばりながらこちらに迫ってくる。

「逃げるぞ、羽月さん!!」

叫びながら赤子とは反対の方角に走る。

「小さい頃、よくこんな悪夢に魘されたもんだぜ!!」

破滅が来る。彼か、彼女かはわからないが。
死を与えることは、今は出来そうにない。

羽月 柊 >  
「俺には何がなんだか、わからん……。
 ただ、とりあえず矛である君が無事なら、まだ多少は。」

対する柊は全く理解が及ばない。

異能の暴力。身に覚えのない力。
今まで魔術の制御で苦心し無力を味わうことはあっても、
こんな力の権化のような状態になどなったことがない。

異能は専門ではない。

こんな状況では、普段振り回すはずの研究者の言葉など欠片も使いようがない。



だが、状況は決して待ってはくれないのだ。

「っ……ああ、全く、《大変容》の再現でもあるまいに…!」

赤子が泣く。

下半身の肉塊では、ヒトの成り損ないが、口々に合唱のように死を請い願う。



この場に留まっている時間は無かった。

目の前の化物を蹴散らし、英治が切り開く道の後に続く。


道中樹々に語り掛けるように言霊を散らす。

『大地に根差す翠よ、我らの道を示しておくれ、
 阻むモノには僅かばかりの子守歌を!』

奔る先、樹が二人を避けるように道を開く。


…これが最後の大きな魔力だ。

異形たちには逆に樹々や葉の根が邪魔をするように。

山本 英治 >  
「ああ、ありがとう羽月さん」

お礼を言いそびれることは、あってはならない。
どんな状況でも、絶対だ。

赤子の鳴き声は不快な音の波として人の生きる意思を削ぐ。

「モノのついでだ、これでも喰らえ!!」

足元の石を蹴り転がす。
無論、ただの石ではない。
深く埋まった岩塊だ。

爪先で掘り起こして蹴り飛ばす。
それを顔面に受けてなお、赤ん坊は無傷だった。

「そりゃないぜ」

一目散に逃げながら立ちはだかる異形を殆ど体当たりのようにブチ当たりながら蹴散らす。
オーバータイラントの状態なら、それだけで大型トラックの衝突に等しい。

羽月さんの魔力が木々を避けさせてくれる。
まるで森が味方になったみたいだ。
敵を阻むそれが引き倒されるのを見ながら。

「あっちだ、光の渦がある!!」

正面の牛の胴体に人の顔を持つ異形を右手側に無造作にぶん投げて。

「イチかバチか、飛び込むしかないだろうな!!」

羽月さんが来るのを光の渦の前で待つ。

「急いでくれ、早く早く早く!!」

異能が精神を侵食する。赤ん坊がすぐ目前まで迫っている。
そんな危機的状況で、俺は。

どうしてこの場所に、羽月さんと俺が同時に立っているのか。
そんなことを考えていた。