2020/09/03 のログ
ご案内:「夢」に日下 葵さんが現れました。
日下 葵 > 夏――。
冷房がよく効いた建物の中は快適だったが、
これからのことを考えると泣きたくてしょうがなかった。

この建物に、この島に、両親は居ない。
今私の両隣りにいるのは、白衣を羽織った先生と看護師のおばさんだった。

『アオイちゃん、今日も”検査”頑張ってね』

看護師のおばさんが私の手を引きながらそう語りかける。
私の名前はアオイではない。
ちょっと変わった読み方をする私の名前は、
学校に行っても、親戚の人に会ってもよく間違われた。

そのたびに「マモルです」と訂正をするのだが、
この看護師には訂正することはなかった。
正確には”もう”訂正することはなかった。>

日下 葵 > 「先生、今日も検査するの?」

『ああ、今日も検査だよ。マモルちゃんはいい子だから頑張れるね?』

私よりも半歩先、ゆったりとした足取りで歩く白衣の先生。
先生も看護師のおばさんも、私よりも背が大きくて見上げなければいけない。
そんな先生に質問を投げかけると、先生は無難な返事をした。

今日も検査がある。

その返答にうつむいて、これからのことを想像して涙が浮かぶ。

『頑張れるね?』

その言葉が頭と、胸の辺りを何度も往復して、
心臓をキュッと締め付けた。

夏の日差しが差し込んで白く反射する無機質な床は、
うつむいた私の目をギラギラと照らして、
浮かんだ涙で滲むそれは処置室の照明を彷彿とさせる>

日下 葵 > ――痛いのは嫌いだ。

苦しいし、誰も助けてくれない。
困ったときに助けてくれる母親は居ない。
危ない時に守ってくれる父親も居ない。
いるのは先生と看護師だけ。

「あの子も”検査”?」

ふと、窓の外に車いすに乗って散歩をする少年が見えた。
炎天下の中庭を、看護師に椅子を押されている。
あの子も私と同じように”検査”するのだろうか。

『あの子は検査はもう終わっているよ。
 今は治療中。もうすぐ退院できる』

先生がカルテに目を通しながら答える。

――あの子は痛いことされないんだ。

そんな羨望の眼差しを窓越しに送る。
そうこうしている間に、”検査”をする部屋についた。

ああ、ついてしまった。

泣きはしない。
でも泣きそうだ。
私はこんなにも泣きたくて、目じりに大粒の涙を浮かべているというのに、
先生は何一つ人らしい表情を浮かべてくれなかった。>

日下 葵 > ――暗転
日下 葵 > 『アオイちゃん、検査はもうないって』

秋――
朝食を済ませ、今日も検査だろうと。
この生活にも随分慣れた。
しかし看護師の言葉を聞いた時ばかりは、
驚きで間抜けな声と表情をしていたと思う。

『今までの検査でいろいろわかったからね。
 代わりにね、今日から”訓練”が始まるんだって。
 アオイちゃんがこれから便利に生活できるように、
 いろいろ練習したり、訓練したりするからね』

訓練?
りはびり、という奴だろうか。
しかし私は普通に歩けるし、身体に不自由はしていない。
学校には行けていないものの成績も普通だ。

何の訓練?

幼いながらに疑問はわいてくる。
そしてやって来たのはいつもの先生ではなかった。
この建物で見たことのない服装の人。
腕には何か腕章をつけているが、風という漢字しか読めない。
その人に連れられて、いつも”検査”をしている部屋についた>

日下 葵 > 「嫌だよッ
               やめてよッ
          痛いってばッ
 いぃぃぃぃやぁぁぁぁだぁぁぁぁッ
いたいいたいッ痛い痛い痛いいたいいたいいたいイタイッ」


どれくらい時間が経っただろう。
検査室には肉の焼ける匂いと、
拘束用の椅子に縛られた身体が暴れる音、
そして叫び声が響いていた。

時々スイッチを入れたり切ったりする音が聞こえるが、
そんなの気にならないくらいには悲惨な状況だった。

太ももに巻きつけられた電極は、
とっくの昔に肌に焼き付いてしまって光沢を失っていた。

『我慢しろ。痛みに慣れろ。
 マモル、お前が頑張れば将来救われる人が出てくるから――なっ!』

初めて私以外の声が聞こえた。
彼は語尾に力を入れると、両手に持った釘を振り下ろす。

「ッ!?
 ――――あ”あ”あ”あ”あ”ぁ”!」

刺さった。
太ももに深く深く刺さった釘に、彼は電極のクリップをつなぎなおした。
そして予告なく電源を入れる。
肌に巻き付けるのとは段違いの痛み。
今までの肌を焼くような鋭い痛みではなく、
筋肉が収縮する痛み、電流が流れることで感じる痛み、
肉を焼かれる熱さ、そんな痛みが下半身全体に走った> 

日下 葵 > 「ッ!?」

飛び起きた。
ひどく脈が速いのがわかる。

「今更10年も前のことを夢に見るなんて……参ったな……」

身体を起してベッドの縁に腰掛ける姿勢になる。
両手で顔を覆って深くため息を吐くと、立ち上がって冷蔵庫に向かった。
冷えたペットボトルの水をあけて飲み干すと、
汗でべたべたと張り付いたシャツやらショートパンツやらを脱ぎ捨てて、
そのままシャワーを浴びる。

「今日の警邏、ルート変えてもらうか……」

そんな声は水の音に溶けて流れていく。
今日のルート――病院の周囲には、どうしても気が進まなかった>

ご案内:「夢」から日下 葵さんが去りました。