2020/11/23 のログ
ご案内:「離断之章」に紫陽花 剱菊さんが現れました。
ご案内:「離断之章」に神代理央さんが現れました。
紫陽花 剱菊 >  
雨を逆しまに滝登り、月下紫紺に輝く月天夜空。
一刀、海の如し広がる雷鳴が瞬く間に星と月を落として見せた。
紫電、自在に操りたり、怒号を以て天を光らす。
是ぞ雷霆、乱世にて"雷神"と誹られし戦人の姿。
夜風が雲を攫ったにも関わらず、雨脚留まること知らず、鬼雨、滝の如く全てを濡らす。

「…………」

爆音が波紋を広げ、最早夜中の夜明けの兆しとも言える有様。
雷鳴囂々、一手進んだが、奇襲の一矢は失敗に終わる。
即座に小太刀を引き抜き、漆の大弓が腕を滑り、体にかかった。
翻し黒絃が雨を弾き、揺れる。

「(……厄介だな、やはりあれは……。)」

初戦においても、付随する"盾"は厄介であった。
一矢程度で在れば弾ける。小太刀の投擲も通らぬ鉄壁。
崩すのは容易では無いが、不可能では無い。
短き戦においても、其の観察力こそ賜物。
戦に勝つ事において、情報とは如何なる時代であろうと重要性は不変也。

────…然るに、だ。

「……よくよく口が回る。」

元より寡黙。戦において無駄口を叩かぬが故に、では無い。
まさしく、口舌川流れ。理央の放つ御言葉は"言い訳"か、或いは"願い"か。

……然るに、何方も聞き入る心算は無い。

一切合切、斬り伏せる。
いよいよ以て、鉄の軍勢が動き出す。
先程の出鱈目な砲撃とは違い、展開された軍隊から放たれる放火、業火。

「(動きが変わった……陣を変えて、刻を置き……来るか……!)」

鬼雨の隙間で、火花が爆ぜる。金が擦り切れ、雨音と消ゆ。
降りしきる鉄の雨は悉く小太刀で"斬り落とす"。
既に其の目、時雨に紛れる鉄すら捉えた。"天災"の二つ名は伊達では無く、"個"に"軍隊"が拮抗する。
然れど、戦の流れを変えるのは個でも武具でも無い。
其処に優位在らば、流れは必定、ゆるりと変わる。

「……っ」

血飛沫が、雨に紛れる。
弾が左肩を貫通した。痛みに僅かに顔を歪めるが、構う暇なぞ在りはしない。
少しでも気を配れば、次は頭に彼岸花が咲くであろう。
戦人で在る剱菊は、数の優位性を当然理解している。
初戦でも同じく、防戦と成りえる状況は此の通り多い。
然れど、"勝ち目の無い戦など仕掛け無い"。
水底より見開く、刃の瞳孔は軍隊の動きを、大将の動きを、戦の流れ全体を読む。

「──────……。」

空いている、其処に。
成ればこそ、やるべき正気は一つ。仕込みは"二つ"。
刻を待て。此の鉄雨は身を翻し、回避。
次いで飛び交う榴弾、違う。是は牽制。
下を潜り抜け、辺りを爆炎が囂々と炊き上がる。退路を断たれた。

「…………」

正面。"其処にいる"。
止めの砲弾、鉄の雨。
逃げ場は向こう見ず、一直線。"是で良い"。

「此処だ……!」

軍隊の動きを、戦術の流れを読んだ。
一切の容赦なく、そして理央に侮りは無い。
是を"避ける"と踏んで、次の控えも見える。故に、此処だ。

──────銀刀、紫電が迸る。

「……!」

紫紺の残光が飛び交う鉄弾と混じり合う。
文字通り雷霆、雷の如く刃が高速で動き、砲弾もろとも"弾いた"。

【雷鳴返し】

雷を以て、飛び道具への返し技也。
今度は其の稲妻に包まれた弾丸と砲弾を以て"面"として、理央へと返す。
同時に、脚に力を込め、空へと身を翻す。"面"を盾にし、理央の懐へと一直線。
小太刀を衣服の袖へと仕込み、打刀を引き抜き振りかざした。
"面"が処理されれば、頭上より一刀振り下ろす。
二段構えの術に、其のがら空きの懐を如何様にして護る──────。

神代理央 >  
元より、多言を弄するのは己の戦い方の一つでもある。
男の様に『個人』の肉体での武勇を持たない己。
基本的な戦い方は、異形による堅牢な陣地形成と、高密度の火力を投射するもの。即ち、術者であり指揮官である己には、言うなれば言を弄する余裕がある。というより、無くてはならない。
言葉も弄せぬ程に追い詰められているのは、既に負けている事も同義なのだから。

従って、寡黙に戦況を観察する男と同じく、此方も戦場を見渡す目を止める事能わず。
火力の集中。制圧力の口上。そして――それに対抗する、男。
通常の人間であれば。いや、人間など相手にならない。
並みの異能者、魔術師程度ならば文字通り火力で粉微塵に出来る程の砲弾を投射していても、其れは男には届かない。
掠る程度には健闘している様だが、それは致命傷には成り得ない。

「……相変わらず、此の世の物と思えぬ剣技よな。
此方の戦術を。戦略を。個人の武勇で押し通そう等と……!」

だが、彼の剣技と武術の能力は此方も知り得ている事。
故に、此の弾幕と砲火で彼を仕留めきれるとは露程も思ってはいない。
あくまで牽制。足止め。次の一手を打つ準備。
先程墜落し、スラムにて大爆発を起こした真円の異形。
あの異形も、所詮は己の異能によって吐き出される一種に過ぎない。
幾らでも、何度でも。己が持つ限り召喚出来る。物量と質量で押し潰せば――



「……弾き返して…っ…!」

紫電の刃が煌めく。
異形達の放った砲弾が、文字通り弾き返された。
次々と跳ね返された砲弾によって燃え上がる多脚の異形。吹き上がる爆炎。
しかし、それは問題では無い。問題なのは、此方に迫りくる砲弾の雨。

「……チッ…『肉体強化』――」

されど、砲弾のカウンター程度ならば。
かの怪異や異能殺しの攻撃すら耐え凌ぐ、防御力に特化した己の魔術。
その魔力を、防御力へと変換する魔術ならば対応出来る。カウンターを防いだ後、もう一度真円の異形を――

「―――……っ!?」

決して、油断していた訳でも、侮っていた訳でも無い。
大楯の異形が天空から舞い戻る迄の一瞬を、彼が見逃さなかっただけ。それだけの事。
"面"を防ぎきる事が出来ても、それを防いだ後消耗した魔力で、彼の刃を弾く事等――!

『深淵の落とし子』 >  
ずっと、匂いがしていた。
気配がしていた。
此の薄汚い街でずっと、探し求めているヒトの気配を感じていた。

突然、此の世界に産み落とされて、其の侭『親』を見失い。
あてどなく彷徨っている間に、次々と"兄妹"達は狩られていった。
ワタシも、散々に切り裂かれ、撃ち抜かれ、軋む固い躰を引き摺って、薄汚い下水道に辛うじて逃げおおせた。

それからは、生き残る事に必死だった。
偶に、その大きすぎる躰を隠しながら残骸の様な機械や、人間やら獣人やら、ヒトが怪異と呼ぶ良く分からない肉を喰らい続けた。
とても喰える様な代物では無いモノも、無理矢理取り込んで、生き永らえ続けた。

何の為に此処迄しているのか。
何の為に生き永らえなければならないのか。
ワタシには、良く分からなかった。

それでも、一つだけ確かな事がある。
様々なモノを喰らい、こうして考える事が出来る様になって。
それでもワタシの最奥にあるもの。



――もう一度、親に会いたい。ただ、それだけ。

『深淵の落とし子』 >  
 
 
『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
 
 
 

『深淵の落とし子』 >  
降りしきる五月雨が蒸発する程の火焔と、煌めく紫電がぶつかり合う戦場。
無数の異形を潜り抜け、少年に迫った男の刃。
その刃が、少年に振り下ろされようとした、その時。


地中から咆哮の様な金属音と共に、巨大な"ナニカ"が二人の間を遮る様に現れる。
獣とヒトと機械。様々なモノが入り混じった様なソレは、深海魚の様に不格好な口を大きく開いて。

まるで、海中から獲物に喰らい付く鮫の様に、男へと飛び掛かった。

紫陽花 剱菊 >  
"面"が弾かれようが関係無い。
爆ぜる鉄"面"の奥地に、雷神はいる。
雨水に濡れた銀刃が、月光煌めき振り下ろされ─────…否。

「(何か来る……!)」

雨音に紛れで、淀んだ気配が空に波紋を作る。
鉄の異形とは違う。是は……────下!

「……!」

泥を巻き上げ地中より出る鉄の異形。
魚人めいた鉄の者。其の異質さ、登場に驚きはした。
現れたるやはなりそこない。然れど、立ちふさがる間が悪い。
刃を躊躇することなど無い。多くを屠りし銀の残光が、なりそこないの体を滑る。
流麗、其の銅を真っ二つにし異形の返り血を浴びる事となるだろう。
淀んだ匂いが鼻腔を突くが、終わりはしない。
僅かに身を引き、柄を頬に添えるように構えれば雨を切り裂き突きが迫る。
異形の向こう側、理央の腹部目掛けて突き立てた切っ先だが、刹那と言えど"間"は出来た。
如何様にでも立ち直ることはできるだろう。

神代理央 >  
突然両者の間に現れた、巨大な異形。
しかして、ソレは男を食い破る事能わず、胴を一刀両断されて、息絶えた。
その出現に驚いたのは、此方も同じ事。
先程迄は、確かに異能による『思念』は繋がっていなかった。
しかし、両断された異形は、現れた瞬間確かに此方に訴えかけたのだ。
――ワタシは、アナたのシもベなのだ――と。

しかし、その正体に思いを馳せる間も、余裕も無い。
男は未だ攻勢の構えを緩めず、異形を両断した刃は己に迫ろうとしている。

だが、その"間"は、天空から親衛隊が舞い戻るに十分な時間であった。

「……押し潰せ!」

主に言われる迄も無く、大楯を大地に向けた二体の大楯の異形は、主に迫る男を押し潰そうと天空から重量を乗せて飛来する。
その質量と重量は、ヒト一人踏み潰す事など容易だろう。

その一方で、体勢を立て直すべく此方も異能を再度発動させる。
時間の余裕が無い為、発動と同時に己の傍に現れたのはテンプレート的な砲身を背負った多脚の異形。
狙いも何もつける事無く、眼前の男を主から遠ざける為に、遮二無二その砲身から砲弾を吐き出した。

紫陽花 剱菊 >  
空気が変わる。月明りが陰る。
上から迫る鉄塊、盾の鉄兵。
丸ごと押しつぶす心算なのは明白。
是だけではあるまい。やはり、と目前見えるは多脚の鉄兵。

「…………」

間に合わせと思うだろう。
だが、有効では在る。事実、数の有利は有効で在った。
迫る砲弾、銃弾を盾に迫り、此方が肉薄すれば切り離す。
互いに針孔の糸だ。一手、先に読み違えた方が終わる。
このまま優位のまま、此方の不利を許し続ければ、文字通り押しつぶされるが……。

「……逃さん……。」

────元より、無傷で済ます心算は無い。

咄嗟に構えを解き刀を投げ捨てた。
拍子に、左肩より血しぶきが柄へと塗される。
空を握る諸手に掴まれるは青碧に塗られし双槍。
鈍色の刃を天に向け、紫電が両腕に迸る。
力を込め、迫る大盾に稲妻が走る。紫電纏いし、双槍と共に
時雨滝を上るが如く伸びる、紫電の双頭。
迫る大盾の異形を、突き出す槍が貫いた。
貫いたといえど、破壊には至らず。
真正面から、力と力が拮抗する。
力の衝突。相まっては轟音が響き、剱菊の周囲の地が罅となった。

「……くっ……!」

腕の肉が軋み、足が曲がる。
皮膚がはち切れ、袖の裏、痛みと生暖かい血流が流れるのが分かる。

……構うものか……!

其れ等を鼓舞するかの如く、全身を稲光る紫電。
鈍く、空を切り、異形を突き刺した双槍を振り回し、跳んだ。
地を蹴り、低く、低く、知を駆けるが如く。
飛び来る砲弾は槍に突き刺した大盾で防ぎ、強行突破。
兵隊の能力を一点特化するので在れば、其れを利用し肉薄するのみ。
目前へと迫る、紫電の雷神。まさしく、金槌の如く、突き刺さった大盾を理央へと目掛けて振り下ろさん。

神代理央 >  
本来、アウトレンジで威力を発揮する異形の砲撃が、インファイトさながらの此の距離で有効打足り得る可能性があるのは何とも皮肉な事である。
とはいえ、今は男の一手を打ち払い、此方の一手を新たに打つ時間さえあれば何でも良かった。
あと一瞬、ほんの一瞬時間があれば、真円の異形を召喚する余裕が――

「……そんな余裕は、流石にくれないかっ…!」

しかして、男の一手は先ず刀を捨てたところから。
何事かと思う間も無い。その手に掴まれている双槍もさることながら、そもそも男が此の場面で無策に刀を投げ捨てる事など無い、とはよく理解している。

天空から飛来した大楯は、その重量と質量を武器に男の双槍と激突する。轟く雷鳴は、果たして自然の悪戯か男の武威によるものか。
その勢いもあって、男の槍に貫かれながら愚直に主の命に従って、残された生命力を振り絞る様に大楯は足掻く。
最早、一度受け止められた時点で押し潰す事は叶わない。
されど、せめて其の侭男を下敷きにせんと、大地を踏み締める男に、其の侭自らの巨体で圧し掛かろうと、軋む様な金属音と共に大楯は足掻く。

されど、その試みは男には届かない。
男の纏う紫電。そして、大楯は其の侭持ち上げられ――皮肉にも、其の侭彼を護る盾と化す。
砲弾を吐き出し続ける異形は、味方諸共吹き飛ばそうと砲撃を敢行する。しかし悲しいかな。大楯の持つ防御力と耐久力は、味方からの砲撃にも遺憾なく発揮され、男の身を護り続けた。


「………Gutsherrschaft、起動!構わぬ、全部寄越せェっ!」

迫る男。その勢いは、止まらない。
其れを防ぐ為に、発動する一つの魔術。
本来であれば、緻密な調整によって収奪対象を精査する己の魔術。
収奪と施し。奪い、与える欧州二千年の歴史が持つ傲慢の魔術。
それが、無作為に。無造作に発動した。
奪う為のエネルギーは、其処かしこに転がっている。燃え上がるスラム。爆炎。砲撃。そして――己の異形達。
その全てを、弱者から収奪する傲慢な支配者の様に、魔力として収奪する。流石に、対面する男の紫電を解析し、収奪する余裕はない。
自らの従僕と、自然現象によって発生するエネルギーを、己のモノとして吸収していく。

収奪した魔力を、強引に肉体強化の術式に流し込む。
極度に充填され、密度を増した魔力は術式から溢れ出し、男の纏う紫電と対極に在る様に、少年の躰は溢れる魔力によって白光に輝く。
その光は、少年の右腕に収束し――


「………せい、やあぁぁぁぁ!」


金槌の様に、双槍に大楯の異形を突きさして迫る男。
その"金槌"を、本当に文字通り、ぶん殴った。
収奪した魔力と、己の魔力を全て右腕と、その周囲の筋力に集中させた。魔力の膜と、疑似的な魔力の筋力が、尋常ならざる力を本来非力である少年に与える。

その代償は大きい。溢れ出した魔力は、少年の小綺麗な制服を焼き焦がす。過剰な負荷によって、右腕からは鮮血が噴き出る。
それでも構わない。本陣に迫られた以上、『キング』の駒は自ら前線に立たねばならないのだから。
『ルーク』も『ナイト』も『ビショップ』もいない。
それを遠ざけたのは――己自身なのだから。


そして、まるで大型トラックが正面から衝突した様な音と共に。
男の"金槌"と、少年の拳が――ぶつかり合う。

紫陽花 剱菊 >  
衝突する力と力。
細腕からは想像の使ない怪力が大盾とぶつかり合う。
衝撃が大気を揺らし、雨を弾き、突風が如く吹き抜け紙を、衣服を靡かせる。
拮抗しあう力と力。万力を込め柄を握りこめ、力を以て拳を押し返さんとする。

「……っ……!」

然れど、袖の裏で既に、異形を受け止めた事により負荷が強い。
押し負ける。拮抗してしまえば、わかること。
握る力が、腕が痺れる。雨に濡れた紺の衣にじんわりと赤黒い色が滲んだ。
だが……。

「──────!」

だが、"是で良い。此処しかあり得ぬ"。
わざわざ、無効が此方の土俵に入った。
恐らく、細かな手札は在れど、大まかな手札はいつぞやの『大道具』が忠告した"デウス"何某。
然るに、勝負を決めるには初めから此処しか、あり得ないのだ。
水底を切り裂く、黒の瞳孔が、血に染まった相貌を射抜く────。

「……いざ……!」

両手を伝わり、双槍に紫電、迸る。
先端の大盾目掛けて集中する紫電が、理央の拳と拮抗し宵闇を照らす。
刹那、轟音を立てて両者の間で爆炎が広がる事になる。
紫電を内部より、鉄兵へと流し込み、"過負荷"によりて自爆させたのだ。
理央はさておき、当然剱菊は無傷では済まぬ。
皮膚を焼かれ、息を吸えば肺も焼かれる羽目になる。

──────知るか、そんな事。

息を止め、垂直に、稲妻の如く落ちる。
先端の吹き飛んだ槍を捨て、次に現れたるは倭刀。
鈍色の湾曲した刃が二対、其の両手に握られる。
先ずは一手、爆炎をかき分け降り立つ雷霆が、交差させた刃にて其の胴体へと斬りかかる─────!

神代理央 >  
大楯と拳が衝突した刹那。
貧民の街に響き渡る衝突音。
剣客と、少年がぶつかり合う音とは思えぬ破砕音すら混じる様な音が、周囲に響き渡るだろうか。

されど、鉄塊に拳をぶつけ、じりじりと魔力を流し込む少年が感じるのは、奇妙な違和感。
押し勝てる、と言うべきだろうか。拮抗し、時間を稼げればと思っての一手。本来近距離戦闘を行わない自分が、此の距離で時を稼ぐ為の手段。
しかし、押している。確実に、此方がかける圧が強くなっている。
どうやら、今迄のダメージの蓄積は、男にそれなりに通用していたらしい。

――そこで、満足すべきだった。押し勝てているなら、どうにでもなる。力比べで優位に立てたのなら、引くタイミングすら此方の手にあった筈なのだ。
だが、欲を出してしまった。一歩前へ、出てしまった。
それは、尊敬にすら値する男へ。剣客へ。"友"へ。
純粋な力で、押し勝ててしまうのではないかと思ってしまった。そして、そうしようとしてしまった。
子どもらしい、単純で純粋な、我儘の様な、欲。

「……力比べで、俺に負ければ、世話はないっ……!」

力を籠める。一歩、前へ踏み出す。
紫電が奔る。拮抗する。それに対抗して、魔力を更に注ぎ込んで——

「………っ…!?」

突如、眼前で起こる大爆発。
それが、己の異形が内部から弾け飛んだのだと気付く事には、一瞬の間が必要だっただろう。
咄嗟に、行き場を失った魔力を防御へ回す。飛来する破片を弾き飛ばし、爆炎を魔力の膜で緩和する。
砲兵の指揮官であればこそ、爆炎への対処は慣れたもの。

そう。"爆炎"は問題無かった。男の方も、それが目的ではなかったのだろうし。


「このっ……!」


倭刀が、迫る。
二対の倭刀が、己の身を切り裂こうと、正しく雷鳴の速度で、迫る。

それに対抗する手札は、存外少ない。
元々、インファイトを続けるつもりは無かったのだ。此処は言うなれば、男の距離。男の間合い。肉体強化の魔力を両脚に回し、後方へと回避しなければならない。
距離を取り、再び此方の間合いを取り、再び鉄火の暴風を男に浴びせれば良いだけ。
それだけ、だけど。


「……そんなこと!お前に通用する訳も無いからっ…!」

けれど、退かない。
男の間合いに立った儘、残された魔力を全て防御へと回す。
胴体へ迫る二振りの刃は、先ず最初に魔力の膜へ激突する。
しかして、それで受け止めきれる筈も無し。
膜を切り裂いた刃は、其の侭己の身を――切り裂いた。
勢いが削がれ、肉体そのものも強化されていた、とはいえ。
とても無傷で収まる様なものではない。切り裂かれた躰から、鮮血が、迸る。

「…が、はっ………!」

激痛。鮮血。
戦い慣れぬ己の躰は、悲鳴を上げる。
それでも――

「……此の距離なら、逃がさ、ない…!」

先程召喚した異形が。
当初の異形の生き残りが。
その砲身を全て、二人に向けていた。

「……Brennen!」

嘗て、『ディープブルー』との戦いにおいて、取らなかった一手。
即ち、自爆覚悟の自らを巻き込んだ砲撃。
あの時は、頼りになる仲間がいた。己だけで、戦っている訳では無かった。

けれど、今は一人。互いに、自らの力だけでぶつかり合う戦場。
ならば、自らの命も差し出さなければ――有効打等、生まれようもないだろう。

紫陽花 剱菊 >  
雷霆、宵闇を駆ける。
最早此の目に捉えた以上、押し切るのみ。
如何なる手段を使おうが、理央の一手を、鉄兵を斬り崩さんとする手段は在った。
が、意外や意外。向こうから更に、押してくる。
土俵へ、"友"へと迫る。其れは人故に、か。
己の手で乗り越えねばならぬ、もの。剱菊も理解はする。然れど……─────。

「…………」

悲しきかな。多くの戦場を、否。乱世で生きた異邦人故に。
"剱菊にとって其れは好都合でしか無い"。
理解をしようとも、如何にして狡猾で、冷酷で、力を以て斬り伏せる。
乱世を駆け抜け、天災と謡われるには理由が在るのだ。
其の咲き誇る紫陽花は、冷淡。血を吸って、青く戦場に咲いていた。
顔色一つ変える事は無く、二対の刃が障壁を裂いた。
銅を裂いた鮮血を浴び、瞬きさえすることなく、血に染まりし表情に覇気迫る。
血と雨の飛沫が弾け、知に降り立つ雷神。双剣を構えた矢先……。

「……!」

砲身が、此方を向いた。
玉砕覚悟。本気だ。此の為に、敢えて……とは思うまい。
ならば、此方も一手仕る。開いた瞳孔が、紅く、朱く、血をこぼした茜色に染まっていく────。

「……参る。」

第二之刃。
構えた双刃が、空を裂き、雷と跳ねた。
辺りに爆ぜる爆音が虚を揺らす。
さながら、"舞"とも言うべきだろう。
降りしきる雨の中、濡れる黒絃を靡かせ流麗に刃が四方八方、舞い踊る。

剱菊の異能が其の二、『人刃一体』

茜に染まった視界に映せし障害が"生命"で無いので在れば、其の両手の刃は容易く断ち切る。
砲弾も、爆炎も、音さえも、目前で繰り広げられる剣舞が悉く断ち切らん。
完膚なきまで、放った一撃。"賭けた生命"でさえ無用とばかりに、微塵に潰す。
然るに、"生命"である理央には、此の斬撃は届かず、幽鬼の如く、斬撃は不思議とすり抜けるばかり。
そう、"此の目"では無理だ。

「……理央。」

目の前にして、大袈裟に動いて見せたのか。
敢えて、近接に固執した相手に"注目"させる為。
降りしきる小夜時雨。冷たい雨に、静かな声音。
舞の終わりに、空へと投げ捨てられた二対の倭刀。
直後、僅かに剱菊の人差し指が動く。

紫陽花 剱菊 >  
 
             「──────終わりだ。」
 
 

紫陽花 剱菊 >  
遠方から、乾いた音が空を裂く。
正体は、先に投げ捨てた打刀。
其れに塗された、剱菊の血。

【陰陽道】

異邦の魔術、乱世の知恵。
血液を媒体に奇蹟を起こす御業。
先の銃弾で空いた肩より飛び散り血液にて、既に術の仕込みは終わっていた。
仕込んだ術の効果は、『飛ぶ』のみ。
打刀が飛ぶだけの術。此の世界でも簡易なものだが、是で良い。
此の雨の中で、大量の血は"流れる"。
少量でも、効果を発揮する術で十分だ。
いわんや、第二之異能を発動してしまっては、視界に入る理央は斬れぬ。
故に、"お互いの視界の外"。即ち、死角で在る。
是ほどに拮抗し、派手に舞って見せた。十分だ。


────皮肉にも、理央が得意とする遠方よりて、其の気持ちさえ両断する様だ。


故に、"異邦人"で在る。茜色の瞳は憂いを帯び、同情し、"友"とさえ思って居よう。
其れですら、"躊躇無く"刃を向けれる。そう言う価値観なのだ。
互いの死角……理央の背部より、銀の刃が迫らん─────。

神代理央 >  
自爆覚悟の砲撃は、無常にも掻き消えた。
己に対して、ではない。その刃は、生命無きものを全て斬り払う。
まるで、踊る様に。舞踏の様に。男が舞い、砲弾が切り裂かれていく。
しかし、それでも。それはまだ、決死の一手が防がれただけ。
未だ己の肉体は此処に在り、未だ魔力は健在で。
まだ、異形達もそれなりの数が健在である。
戦力はある。手段はある。手札はまだある。
男は、此方の砲撃を処理する事に一手使った。であれば、此方のカウンターは容易。
まだ、終わりでは――


その時、短く告げられた"終わり"の言葉。
一体何を、と思う間は無い。男がそう言ったのなら、その為の"何か"がある筈なのだ。
だが、もう。そんな事は関係無い。元より、命を投げ出した一撃は放った後。
だから、振りかぶる。もう一度、残された魔力を全て右手に集めて。
もう一度、魔の力の籠った拳を、男に振るおうとして――


「………っ、が、はっ………!」


背中に感じる、熱い感触。
此れは――先程投げ捨てた刃、か。
理由は分からない。恐らく、彼の異能か魔術か。それだけしか、分からない。
貫かれる躰。零れ落ちる鮮血。先程切り裂かれた事も相まって、噴き出る朱は、不思議と少なく感じる。


「………っ、ぐ、あっ………!」


残された力を振り絞って、魔力が込められた儘の拳を、男に振るう。
唯、肉体の主に反比例して強化された拳を、男に振るうだけ。
もうそれは、最後の一手。この状況下で残されていた、己の唯一の手札だった。『鉄火の支配者』が振るう一撃が自らの拳とは、何という皮肉だろうか。

大楯の異形が残っていれば。或いは、ダメージを与える事に拘らず、新たに盾を召喚していれば。
一撃を与えようと、肉体強化の魔力を拳に集めなければ。
幾らでも、防ぐ手段はあった筈。男の死角からの一手を、防ぐ手立てはあった、筈。
それがこうして、己の背部に突き刺さるのは――偏に、拘ってしまったからだろう。
男の距離での戦闘に。互いの瞳の色と、五月雨に濡れる膚すら視認出来る程の距離で、男を倒そうとしてしまった、己の傲慢と我儘。
それが生み出した結末であれば――まあ、仕方のない事だ。

振るわれた拳が、男に届くかどうかは兎も角。
もう、それ以上の攻撃が、行われる事は無い。
当たろうが、当たるまいが。どちらにせよ、少年の躰は地に倒れ伏す。
終幕が、訪れ――

神代理央? >  

「戦いは終わらず。闘争は潰えず。千年帝国は未だ顕現せず」

「故に、終幕は訪れず。さあ、闘争を継続しよう」

「此の器を止めなければならないのだろう。であれば、その刃を振るうべきである。
其方の優位は揺るがない。故に、闘争は継続されるべきである」

「完全なる勝者になるのだ。勝利の栄光を掴み取るのだ。
闘争の勝者になる為には、先ず闘争を続けなければならないだろう」

「その為に――取り敢えず、此の器を立たせよう。
死体蹴りは、つまらぬだろう。その刃を、もう一度振るい、その優位を盤石なものにする事を、推奨する」


地に倒れ伏した少年から、奇妙な金属音と、ノイズ交じりの声。
それは、少年の声帯から発せられている様でもあり、虚空から響いているようでもあり。
鮮血と泥濘に沈み、五月雨が打つ少年の躰が、ゆっくりと起き上がろうとして――

神代理央 >  


「……黙れ…っ!」
 
 
 

神代理央 >  
「……此れは、俺の選択だ。此れは、俺の戦いだ。そして此れは、俺の結末だ!」


「それを妨げる事は、何であろうと許さない!
俺の選択と結末を、書き換える事など、断じて許さない!」


「俺は、誰かに、俺を委ねること、など――!」



一体、満身創痍の躰の何処にそれ程の力が残っていたのだろうか。
立ち上がり、ふらつく躰の儘、虚空へと、吠えた。
そして、力尽きたかの様に――どさり、とその場に座り込んだ。

神代理央? >  
 
 
「……つまらぬ。されど、もう器はもたぬ」

「此方が何をする迄も無く。その必要性も感じず」

「意志の力等という不明瞭な要素は、此れにて終演。
空の器の方が、システムの負荷が少なくて良い」


淡々と、機械的なノイズ交じりの言葉が告げた後。
金属音は止み、気配は掻き消え。
後に残ったのは、荒い呼吸の儘座り込む、鮮血と泥を雨に流すだけの少年だけ。

紫陽花 剱菊 >  
動じず、不動。瞬きさえ、せしめるのは決着が着いた事を理解している故に。
緋は再び、暗い水底へと沈んだ。奮った拳も、届きはしない。
其の戦略が間違いとは、思わない。おくびにも出さない。
そうまでして、己を認めた。故に、持てる手を出した迄。
決闘の作法等と、小綺麗な価値観は戦に非ず。
戦とは合理的で、非情で在る。故に、全力で在った。
一部の隙も無く、唯、理が此方に傾いたのみ。
最期の刃は抜かれずとも、全力で在ったとも。

「…………」

故に、微塵も油断は無い。
新たな打刀が、既に其の手に握られていた。
妙な異音と共に立ち上がる少年の体。デウス"何某"と見た。
両腕への負荷は大きい。既に手が、震えている。
力が入らなくなるのも時間の問題だ。其の前に、片を付ける──────。

……其の考えは、理央の一喝に消えた。

己の意思で選び、選択し、敗者として地に伏せた。
今は内底に眠る不可思議は追及しない。
月夜輝く、小夜時雨。此処に、決着は着いた。
異論を挟む、余地は無い。
後は唯、理央に問うのみ。

「……其方のしてきた事を、いわんや、私が糾弾する心算は無い。
 理央。其方は、多くに振り回された。変化の兆しを見失い、より良い先を見据える為に。」

「畢竟、我等は同じ。」

前に交わした言葉通り。
道は違えど、目指すものは同じ。
故に、何時かはこうして刃を交える事になった。
泰平の世。世の為に民を生かし、外道を斬るか。世の為に民も外道も焼き払うのか。
然るに唯、一つ問う。雨音の中でも、しかと聞こえる静音。

「──────歩み疲れたか?」

未だ、刃は此の手に在り。

神代理央 >  
地を打つ雨に濡れる金属製の異形と、二人の男。
スラムを燃やし尽くしていた火焔も、気付けば燻る黒煙と成り果てている。
その雨の中で。煙る様な五月雨の中で。
投げかけられた言葉に、億劫そうに顔を持ち上げる少年。
腹から突き出した刀が揺れる度に、奔る激痛に顔を顰めつつ。


「……いい、や…?疲れたり、なんか、しないよ。
おれ、は。多くの命をうばって、おおくの想いを踏み躙った。
それは、俺の意志で、俺のせんたく、だ。それに、疲れたか、などと」

ぐ、と片足を大地に立てて、ふらつく足で地を踏み締める。
ごほ、と吐き出した咳に、血が混じる。

「……だから、阿呆な事を、きくもの、じゃない。
こんな方法でも、こんなやり方でも。それでも、俺についてくるやつらが、いる。
おれがまもるべき、猟犬たちがいる」

血反吐を吐き、未だ傷口から鮮血を流しながら。
それでも少年は立ち上がる。
特務広報部のやり方の正統性を訴える事も無ければ、彼の言葉を否定する事も無い。
ただ、己が庇護に置く者が。手段はどうあれ、特務広報部によって仮初ではあっても"普通"の生活を表で送る様になった隊員達が。
彼等が居る限り、己は立ち続ける。
猟犬の主で、在り続ける。

「………だから、あいつらの為にも、おれは、強くならねばならない。
この島の、風紀をまもるために、無辜の民も、焼かねばならない。


立っているのがやっと。
それでも、もう一度地に倒れる事は無い。
よたり、とよろけ、ふらつきながらも――立ち続けている。

「………その、けっかが、こういうかたちでのおわり、というなら。
それはまあ、いささか、せいきゅうすぎたのかもしれないな。
だが、俺いがいの、だれが、これを出来たのか。
どちらにしろ、けっかは、あまりかわらなかったと…おもう…けど…」

少年の異能の一つ。『創造主への崇拝』
それは、異形の数に応じて微量ではあるが自らを再生し続けるモノ。
だが、此の状況においては単なる延命措置の様なものでしかない。
強いて言えば、此れが無ければもう死んでいた、くらいのもの。
おちおち死ぬ事も出来ないか、と苦笑い。


「……だから、おれはつかれてなんかいないよ。
つかれた、なんて。だれがそれを、うけいれてくれるもの、かよ」

最後にそう締め括って。
小さく、わらった。

紫陽花 剱菊 >  
傷の深さは与えた己が知っている。
超再生の類は用いていないはず。
其れでも尚、君臨するかの如く立ち、答えて見せた。
故に、刃は……。

「…………」

刃は、振るわれる事は無く、泡沫の如く夜風に攫われ消えていった。
袖に隠した小太刀も無い。"友"として、"公安"として、其れが答えなればこそ
此の先、刃は必要無し。然るに、真逆の答えで在れば、斬っていた。
是以上、責め苦は必要無く、時には斬る事が救いだと、剱菊は知っている。

「ならば……。」

故に。

「……しかと、咎は受けて貰おう。」

故に、告げる。
友で在るが故に、引導を渡さねばなるまい。
此の先は生き地獄やも知れない。
然れど、其れを他ならぬ理央が選んだ以上、己は其の義務が在る。

「其方"達"が今迄して来た事は、如何なる事情で在ろうと最早見過ごせぬ。
 風紀委員特務広告部の活動を一時停止。……取り潰しに成るかは、後程分かるだろう。」

確かに効果は在った。
だが、過ぎた毒は是以上見過ごせぬ。
其の"責任"は彼と、もう一人の"あの男"に背負わされる事に成るだろう。

「……暇だ。傷を癒す間に、居住まいを正しておくと良い。
 其方に未だ、"立つ"気位が残っているので在れば……如何に野良犬と言えど、救えるのは其方のみ……。」

下手打てば、飼い主の手を噛みつく様な輩と音に聞いた。
其れでも尚、"護る者"と理央は確かに申した。
君主たるべき言葉。なればこそ、今一度信じよう。
是非を問う必要も無し。彼が其の気兼ねを失わぬ限り、猟犬の誇りは消えぬはず。
手を翳せば、突き刺した刃も消えよう。失血死等と、する様子は無い。
是以上彼を、我が刃で貫いたままは忍びない。
漸く雨脚は穏やかに成った。小夜時雨、月明りはより眩く。

「其の傷では、まともに動けまい。……今度は、私も共に行こう。」

もし、一人で抱えれぬので在れば、今度は友としての責務を果たす。
誰かに任せる等と、無責任に宣わずに、己が成すべきを成すのみ。
立ち上がった理央の肩を担ぐ様、腕を回す。

「……故に、"此処迄だ"。是以上は、落ちてくるな。
 "彼女"も何れ、咎を受ける。如何なる者で在ろうと、成した事の責任は果たさねばなるまい。」

「其れこそ、余計な世話など無用と言う事だ。……かつて、彼女が、あかねが選んだように、だ。」

最終通達だ。
次こそは、本当に斬らねばならない。
其れが誓いであり、友としての責務。
然るに、事の経緯を知る以上、しかと其れを口にした。
真理を求めし者達。あの時、強引にでも島の外へ逃げ果せる事も出来たはずだ。
己も其れで、構わないと思ったが、彼女はそうはしなかった。
其れでも尚、虎視眈々と諦めぬ胆力。ある種の、気高さだ。
彼女は自分で選べたが、そうでないものもいるだろう。
例え、如何なる事情で在ろうと、だからこそ己の様に、裁く人間が必要と成るだろう。


──────然るに、何時しか己も、罰を受ける日が来るだろう。


「しかし、しかし、だ。」


ふむ、と一拍おいて。

「……其方、是で何度目か。いやはや、医者もいい加減呆れよう。」

どの口が言うのやら。
そんなとぼけた事を宣わリながら、幕は下りた。
後程公安の事後処理班が"処理"を迅速に行うはずだ。
己の役目は、是で終わりだ。言うべきは、告げた。


かくして、少年のしがらみを断てたか否かは、彼次第。


故に、離断之章。是にて、終幕────────。

神代理央 >  
「……咎、か。おれをばっするのは、かまわない、さ。
だが、しかし。りゅういする、ことだ。ちゅういしておく、ことだ。
このよは、せいぎのひーろーなんか、いない。
げきやくは……いずれかならず、ひつよう、に――」

再び、血反吐を吐き出した。
やはり、傷口が深い。此の侭では、異能の再生も追い付かないだろう。
我ながら良く喋れているものだと、思わなくもない。
こんな異能が無ければ、もっと口達者な部分を活かした事を、していたのだろうか。

「……ぬかせ、ばかもの。
おれは、まもることはできても、すくうことは、できないさ。
あいつらは、ちゃんと、自分のあし、で、たってもらわなければ、こまる」

連中も、己による救いなんて求めていないだろうさと。
青白くなりつつある貌で、薄く笑った。
己を置いて逃げ出した特務広報部の面々。
それで構わない。最後は、きちんと自分の意思で"生きる"判断を下して貰わなければならないのだから。

その為の"忠誠こそ我が名誉"という言葉。そんな狂信的な言葉を、馬鹿にするくらいでなければならない。
その為に、傲慢な支配者であり続けたのだから。

「………落ちてくるな、か。それは……そうさな。そうあれればいい。
そうおもってた、んだよ。こんかいだって、そう…。
………ふふ、久し振りに、おまえのくちから、ひのおかの名前をきいたな。かのじょは、げんきにしている、かな」

"特務広報部"は、本来は違う在り方を持つ組織であった。
それが歪んだのは。その理由は。今はもう、過去の事ではあるのだが。
そのしがらみについて、考える余裕も、今は無く。
それでも、しがらみを断ち切った者の名を聞けば。
痛みに顔を顰め乍ら、小さく笑ったのだった。
嘗て、恋愛相談なぞ受けたあの頃を、思い出しながら。




かくして、二人の戦いは終わりを告げた。
辛うじて立っているだけ、という有様の少年の肩を担ぐ男。
動く躰と傷口に、顔を顰めつつ、深々と溜息を吐き出した。
溜息と一緒に、血反吐も少々。

「……よけいな、おせわだ。わたしとて、すきこのんで入院している訳でもない。
あそこは、退屈なんだ。かといって、仕事をしていれば、おこられるし――」

余計なしがらみも怨嗟も無く。
先程まで死闘を繰り広げていた二人は、他愛のない話を続けながら、未だ降りやまぬ小雨の中、此の場所を立ち去っていくのだろう。
二人が去った少し後。降りやんだ雨の後。
穏やかな月光だけが、静寂に包まれる激闘の跡を、照らしているのだろう。
公安の事後処理犯が訪れる迄の間。厳かな迄の静寂と、破壊された異形達の残骸だけが、荒廃と貧困の街に、静かに眠っていた。


かくして、舞台の幕は下りる。
貧民の街を舞台にした二人の男の矜持のぶつかり合いは。
此れにて、閉幕相成った。

ご案内:「離断之章」から神代理央さんが去りました。
ご案内:「離断之章」から紫陽花 剱菊さんが去りました。