2021/04/09 のログ
ご案内:「落第街 路地裏」に黛 薫さんが現れました。
黛 薫 >  
ときどき、自分が2人いるような気分になる。

オカルトや二重人格、精神障害的な意味ではなく、
同じ人間の中に矛盾した思考、感覚が共存できる
事実への意外性、驚きに似た感情。

煙草を咥えたまま、早足で暗がりへと歩く少女は
平静を保って見えた──少なくとも、表面上は。

彼女自身、己が表面的な冷静さを繕えていることを
自覚しつつ、どうしてそんなことが可能なのかを
理解できていなかった。心の内から聞こえる悲鳴に
耳を傾けながら、無視もしていないのに平気な顔で
いられる自分が不気味にさえ思えた。

黙々と身体を操る心の中の自分は今、別の自分と
向き合っている。覗き込んでいるのは鏡だろうか、
それとも檻だろうか?同じ顔、同じ姿の『自分』と
いう人物像。異なるのは覗き込む自分が無感情で
あるのに対し、覗かれる自分は苦痛に喘ぎ、悲鳴を
上げ続けているという点。

黛 薫 >  
相反する矛盾した感情はどこから生じたのか。
今回に関しては、はっきりと自覚している。

ポケットにずしりと感じる重量、現実の質量にして
僅か数グラムに過ぎない、しかし精神的には投げて
捨ててしまいたいほどの重さを感じさせる袋入りの
錠剤……非合法の薬物。

精神の乖離を感じ始めたのは、先日応募したバイト
全ての申し込みに落選していたのを確認してから。
片方の自分は深く安堵して心穏やかでいられたのに
もう片方の自分は悲嘆に暮れて泣き出しそうだった。

自力で這い上がれない深さまでゴミ溜めに沈んで
ようやく分相応を感じて安心している自分と共に、
這い上がろうと足掻いても何処にも掴めるものが
ないと理解して絶望する自分がいた。

黛 薫 >  
バイトに受からなかったら薬物を買うという予定は
申し込む前から決めていたし、乖離した人格たちも
反対はしなかった。片や中毒的な快感への期待から、
片や諦観と自暴自棄から。

しかし実際に売人と会話を始めてから、目の前に
薬物を差し出されてから、また急に意見が割れた。
表の世界に憧れる自分が雑多な理由を引き合いに
出して、買うべきではないとごねだした。

遵法意識に良心、恐怖、離脱症状の感覚、金銭問題。
目を逸らしてきたそれらを引き摺り出して目の前に
晒し、もう片方の自分に思い留まるよう懇願した。

だが、もう片方の自分は聞き入れなかった。

その頃には感じた安堵はもう残っていなかったし
心も凪いでいて、耳を傾ける余裕はあったはずだ。
それなのに、全く心は動かなかった。

どちらも同じ『自分』なのに、薬物の服用に怯える
人格には一切の主導権がなかった。淡々と無感情に
代金を払う自分をもう1人の自分が泣き叫びながら
止めようとして……しかし、止められなかった。

黛 薫 >  
汚れた金と引き換えに違法の品を受け取った瞬間、
思い留まるために並べられた理由の数々は翻って
表の世界に未練を抱く自分を刺し殺した。

その苦悶の声、悲嘆と恐怖の悲鳴がまだ頭の中で
反響している。罪悪感に押し潰されそうな心臓は
壊れそうなほどに胸の内で暴れていた。

悪い夢を見て飛び起きた直後のような気持ち悪さ。
暗闇が怖くて、逃げ出したくて、それなのに足は
淡々と掃き溜めの奥深くへと進んでいく。

他ならぬ、自分の意思でそうしている。

乖離した『自分』は未だ統合できないまま。
呵責に殺されて啜り泣く無様な自分を見つめながら
暗闇へ向かう自分は、また奇妙な安堵を感じていた。

法に反する行いを恐れ、踏み止まろうとする自分。
己が傷付くのを見てそれが正しいと安堵する自分。
良心と名を付けるなら、どちらが適切だろう。

結局のところ、引き裂かれた自分に善悪も優劣も
ないのだと思う。対立することもあるし同じ方を
向くこともある。しかし心の中で解消しきれない
矛盾が生じたとき、砕けた心の欠片はそれぞれが
勝手に活動を始めて『自分』が分からなくなる。
どれもがどうしようもなく『自分』なのに、だ。

黛 薫 >  
バラバラに割れた心の断面に触れると痛むから、
今更どうにかしようなんて気持ちにはなれない。

ただ、こんな矛盾を抱えた自分はきっと不出来で
唾棄されるべき存在なのだろうとぼんやり感じる。
こんな薄汚い街にはお似合いのゴミ屑だ。

だがゴミを自称するのは自分を産み育ててくれた
両親や、復学を信じてくれた風紀委員に失礼では
ないだろうか、という不安もある。

自分を肯定するのに疲れ果てているのに、卑下に
走れば罪悪感に苛まれる。罪悪感を覚える程度に
良心が生きているのに掃き溜めが相応だと思って
いるから違反を繰り返す。

(……あーしって……何なんだろうな)

(何がしたいんだろ……したいこと、あんのかな)

己の心と向き合うたびに不整合を突き付けられる。
逃げればまた良心に追い詰められ、従えば社会に
適応出来ない現実にぶつかり、反抗すれば無力を
再認識する。倦んで疲れて、でも立ち止まるのは
嫌で、終わりにするのは怖い。

何処まで行っても苦しみから逃れられない。

黛 薫 >  
歩き続けて、やっとで人のいない路地に辿り着く。

薬物を服用するにしても場所は選ぶ必要がある。
組織の庇護か共同体での扶助を得られる立場なら
安全地帯で使えば良いが……所属を持たない者は
色々と悩まなければならない。

人がいる場所で薬物を使うのはどうぞ好きにして
くださいと身体を差し出すに等しく、しかし人が
いない場所で服用するのは万が一があった場合に
誰にも悲鳴が届かないことを意味する。

彼女の場合はいつも全ての手持ちを安全な場所に
預けてから人気のない場所を探して服用している。
単独行動の割に情報に通じているのも、リスクを
最低限に抑えるのが主目的と言って差し支えない。

本当はもっと安全な場所があるのではないか。
そもそも薬物を服用しなければリスクを飲み込む
必要自体発生しないのではないか。

怖がりな自分の囁きを黙殺してジャンク品の陰に
腰を下ろし、ポケットから錠剤を取り出した。

痛い目に遭うのは怖いのに、実のところリスクを
ゼロに近づける意欲は薄かった。それはきっと……
破滅願望と呼ぶにもささやかな自暴自棄。

崖から飛び降りるだけの勇気も度胸も無いから、
自業自得で齎される『最悪』を待ち望んでいる。

黛 薫 >  
手のひらに転がる錠剤を見ていると、痛いほどに
心臓が脈打つのが感じられる。期待でも高揚でも
なく……恐怖と嫌悪、罪悪感から。

どうしてこんなものにお金を使ってしまったのか。
中毒と言い訳するのは簡単だ。しかしそれだけでは
片付かないことくらい自分が一番良く理解している。

これがある限り、これに依存している限り……
自分に希望なんてないんだ、と諦めがつく。
失敗しても挫折しても、自分がクズなんだから
当たり前だった、当然の罰だと言い訳できる。

報われない努力に、取り返しのつかない不運。
不条理に見舞われなかった『ごく普通の人』に
理不尽な憎悪を抱かなくて済むから。

ぽつり、ぽつり。手のひらに涙が滴る。

まだキメてもいないのに今日は随分不安定だな、と
乖離した心の中の自分が囁く。涙の理由に気付いて
いるもう1人の自分の口を塞ぎながら笑っている。

黛 薫 >  
規定量の錠剤を舌の上に置き、溶けるまで待つ。

自分が法に反するゴミであることの証明。
一時的にでも苦痛を忘れられる非現実的な多幸感。
矛盾に引き裂かれた自我をリセットする思考停止。

一刻も早く、それが欲しかった。

噛み砕けば強く作用する、という噂も聞くが……
まだ試したことはない。恐怖もあるが薬の服用に
おける決まりを破るのが後ろめたかったから。

違法な薬物に手を出しておきながら、その程度を
気にする自分は、相変わらず滑稽だと思う。

錠剤の表面は数秒と経たず唾液を吸って柔くなり、
後味の悪い粒子感を残して溶け去った。お世辞にも
美味しいとは思えない味が舌を痺れさせる。

薬が神経に、脳に作用するまで数分かかった。

疲労に似た重圧と倦怠感。全身から力が抜ける。
本能的に危険を察した心臓が暴れる感覚はあるが、
もう少し待てばそれも分からなくなると経験から
理解していた。

ご案内:「落第街 路地裏」に『虚無』さんが現れました。
黛 薫 >  
予期していた通り、胸の痛みも全身を蝕む怠さも
程なくして消え去った。感じられなくなった、と
表現する方が正確だろうか。思考を司る脳機能が
麻痺して、苦痛を感じる能力が失われていく。

この感覚が薬物の服用に伴う一時的なものであり、
悩みの解決に一切寄与しない錯覚であると理解して
いてなお、黛薫は深い安堵を覚えていた。

例え錯覚でも、出口のない憂慮の闇を泳ぎ続ける
苦しみが取り除かれる感覚は、擦り切れた心傷を
幾分慰めてくれる。癒えない傷の痛みから逃れる
方法は忘却しかないのだから。

微睡みのような心地良さが全身を包んでいく。

手足の末端が冷たくなり、感覚が消えていく。
死を想起させるこの感覚はいつも正気に返ってから
恐怖を伴って甦るが……薬の効果が持続して思考が
ぼやけている間は不思議と心地良い。

だらりと腕が垂れ下がり、痙攣を始める。

手の甲が地面に触れる感触も最早感じなかった。
目は開いているが、既に視界は機能していない。
耳を塞いでもいないのに、何の音も聞こえない。

感覚が蕩けた曖昧な世界の中では、肌を這い回り
時には突き刺してくる『視線』に悩まずに済む。

たったそれだけで、泣きたいほどに安心する。

黛 薫 >  
ダウナー系の薬物は微睡みの感覚を引き伸ばした
ような心地良さを提供してくれる。目が覚めれば
不快感に転化して、眠りに落ちれば消えてしまう
儚い心地良さ。そこに痺れるような甘さを加えた快感が引き伸ばされた時間感覚の中で頭を蕩かす。

この時間だけは、悩みも苦しみも感じなくて済む。
思考に必要な脳領域が働きを止めているのだから。
本能や身体からの警告も、もう届かない。

理由のない焦燥、逃げ場のない自己嫌悪、現実に
向き合う痛み、唐突に想起される失敗への恐怖、
自分なんかが生きて存在していることへの羞恥。
常に脳内を占領して自分を責め苛み続ける呵責を
この瞬間だけは忘れられる、感じずに済む。

口の端から垂れた唾液が首筋を伝い落ち、薄汚れた
インナーに小さなシミを作った。まるで深い眠りの
中にいるような、それでいて異様に不規則な呼吸が
繰り返される。

接続の切れた視界の片隅にふわふわと曖昧な色彩の
切れ端が浮いている。本質的には睡眠時に見る夢と
似たようなモノだ。異常を来した脳内で散る火花が
眼前にあるかのような錯覚。

ご案内:「落第街 路地裏」から『虚無』さんが去りました。
黛 薫 >  
接続の不良によって画面にグリッチが表示される
ように、正常な情報の伝達が出来なくなった脳が
存在しない感覚を勝手に作り始める。

まるで無垢な子供の瞳に世界が美しく映るように、
壊れかけの神経は存在しない世界を魅力的に捉えて
異常生成された快楽で脳内を満たし出した。

かくかくと身体が震え、意味のない喘ぎが漏れる。

感覚の受容体は許容量を超えた快感をなみなみと
注がれたまま蓋をされ、破裂しそうになっている。
正常な状態では感じ得ない異常な快楽が頭の中を
攪拌し、基準を狂わせる。

アタマが、溶けていく。

擦り潰された理性の欠片はどろどろになった感覚の
海に溶けて燃え尽きた。きらきらふわふわとした
非現実的な感覚はおかしくなった脳内で偶発的に
作り出されたモザイク。

全部が溶けて消え去って、不出来な自分は蕩けた
世界の中で押し流され、混ざって煮込まれていく。

黛 薫 >  
夢でも現でもない、幻覚の世界。

正常な状態なら感じた分だけの快感が流れ込む。
今は栓が壊れたように垂れ流される快感を無理に
受け入れている状態。許容量はとうに越えている。

そして、行き場を無くした快楽は唐突に限界を
迎えて──世界がトんだ。頭が弾けた。

「ぁ」

びくん、と大きく身体が跳ねる。

ゆっくりと弛緩していく身体はもう動かない。
瞳に理性の光は無く、意識は幸せな夢に囚われた。
薬の効果が切れるまで彼女の身体は人形のように
放置されている。

ご案内:「落第街 路地裏」から黛 薫さんが去りました。