2022/11/17 のログ
ご案内:「◆遺跡群「#607]」にミャゥさんが現れました。
ミャゥ >  
日も落ち、小雨が降りしきる荒野。
その中に#607と割り振られた遺跡があった。
宗教施設の聖堂と思われる場所を中心に構成されたその遺跡は現在立ち入り禁止とされている。
先の見分でめぼしいものは見当たらなかったこともあり他の遺跡群と比べて特に物珍しいものがあるとは言えないその場所に
こんな荒野を超えてまで興味を向けるものは少なくただ風の吹き抜ける音だけが響く。そんな寂しいけれどよくある場所の一つに今は場違いな人影があった。
小雨に肌寒さを覚える夜にも関わらず雨具もつけず、まるで温かい室内にいるかのような格好の少女が遺跡を行く。
使用者の趣味かもしれないが、体に似合わないほど大型で一言でいえばスチームパンクな見た目の車椅子の持ち手には古風なカンテラがかけられ周囲の建物に陰翳を投げかけている。
それに腰掛けた少女は雨に降られ、その髪と衣服をじっとりと薄く白い肌に張り付けながら同じくぐっしょりと濡れた花束を抱えカラカラと歯車の回る独特の音を響かせながらおくの大きな建物へと進んでいく。
そうしてその中にある大きな壁画の施された石造りの壁の前へとたどり着いた少女は、手袋に包まれた指先でどこか愛おし気に壁を撫でた。

『ここだった』

その少女は異邦人だった。
次元の壁を超えると思われる旅を超え、この特異の島へとたどり着いた。
そしてこの場所こそ彼女が唯一旅を共にしたと言える場所であり、この世界における始まりの場所。
この壁画に描かれているのは彼女の世界において信仰されている御使いの一人。
太陽の化身のしもべであり、険しい道を逝く旅人の行く末を案じる温かな風の化身は風化と焔の舌に嬲られ
既にその姿を知る者以外には想像するしかないほど欠けたものになってしまっている。
目に入る細雨を気にもかけずその絵をじっと見つめた後、少女は小さく頷く。

『うん、ここだった』

この島に流れ着いた時間もこれくらいだったはず。炎に照らされる壁画を見上げた時も雨が降っていた事をよく覚えている。
燃え盛る建物の光を偶然近くにいたこの島の治安維持組織が見つけたのは1時間にも満たない間。
彼らがたどり着いた時にはその場所には少女一人になっていたが……
保護された後、盗み見た報告書では死体を消した痕跡は幸いにも見つかっていなかった。
別の報告書ではそれに該当する内容があったかもしれないが、今の所それを見つけることは出来ていないし咎められても居ない。
いつ罪を問われ、追われる事になるかと考えるとここに近づくことが憚られたため随分と時間が経ってしまったけれど……

『これ、この世界の花だよ』

もうすぐ一年程という節目は少女の足をその場所へと向かわせる十分な動機になった。
車椅子をその場所に寄せ、すっかり雨に濡れどこか色あせたように見える花束をそっと置く。
一緒に来た彼らの為ではなく、少女がこの場所に来るために支えてくれた人々のために。
あの世界と繋がっていると思える場所は、この世界にはここにしかない。

『―――』

あの夜、姉と母が興した奇跡が少女をこの島へと送り届けた。
それからいくつ夜を超えた。たった独りで。
怯えていなかったと言えば嘘になる。こちらの世界でも人は人であることは確かだから。
けれどこの島での生活にやっと少し慣れてきたからだろうか。
この世界で誕生したと言える日を迎える前に来なければここにいけないと思った。
墓参りでもあり、僅かな繋がりを思い出すためにも。

『……ああ』

今日はもう日が沈んでしまい、あっという間に辺りは真っ暗だ。
けれどこの世界において闇は永遠に近く感じるほど長い物ではない。
こんなにも当たり前に朝日が昇り、そして沈む様を皆が見たらどう思うだろうか。
家族もきっと喜んだだろうと思う。
最初の家族はきっとその美しさに息をのみ、そして一緒に喜んでくれた。
最後の家族は未知の世界の鮮やかさに驚き、そして一緒に探求してくれた。
その様子がまるで目の前にいるかのように思い描ける。
愛おしい笑顔を私に向けてくれる。私はそう知っている。

『一緒に見たかった』

ミャゥ >  
家族もきっと喜んだだろう。
最初の家族はきっとその美しさに息をのみ、そして一緒に喜んでくれた。
最後の家族は未知の世界の鮮やかさに驚き、そして一緒に探求してくれた。
少女はその様子をまるで目の前にいるかのように思い描けた。
けれど、それは想像の中の姿。
実際にこの世界に辿り着いたのは少女と彼女の家族ではない数人だった。
こちらに殺意しか持たない、燃え盛る遺跡にも突っ込んでくるような思想に染まった狂戦士が数人。
だからこの島で初めての行為は”何かを殺す”為の物だった。

名前も知らない彼等へ向ける言葉はない。
異国の地で果てる事になりさぞかし無念ではあっただろうがああしなければこちらが殺されていた。
戦闘行為自体も別に初めてではなかった。
機能の確認の為でもあり、半分以上時計人(魔術的サイボーグ)である以上機能を把握しておかなければならなかったから。

けれど、”自分の為に誰かを殺す”と少女自ら決意し、その殺意を向け実行したのはあの時が初めてだった。

『……ぅ』

僅かに吐き気を覚えたのか少女は口元を抑える。
今でも夢に見る時があった。
空へと舞いあがった自分へ武器の照準を向けてくる何の感傷もない顔。
異端者を憎悪し、駆逐対象としか思っていない表情の彼等へと照準を向けた瞬間も
射出した弾丸が防御ごと頭を粉砕し、飛び散る肉や眼球、砕けた骨の欠片も
胸を貫いた際に刃を通して感じた肉の脈動と温かさも
全てが終わった後漂う、灰と熱に晒された無数の物体の蒸せるようなにおいも
高速戦闘に伴い認識速度や視力が増強された少女の目は、感触はその一つ一つを精細にとらえていた。
それは忘れる事の出来ない泥となって家族の記憶に赤い染みを残している。

『ごめんなさい』

壁に手をつき、項垂れながら少女の喉から絞り出すように零れた言葉は家族へ向けた言葉。
自らの手を血で汚すことを厭わず、少女を守ろうとしてくれた人々への謝罪は
しとしとと降り続く雨音にかき消され何処にも届かずに消えていく。

ミャゥ >  
『……ねぇ、この場所は良い所だよ。お父様』

どれ程時が経っただろうか。
じっとうつむいていた少女は顔を上げると小さく呟いた。
その瞳には小さな光が宿り、口元も強がるように弧を描いていた。
奇しくも二人の母が言っていた。
怯える少女を抱きしめながら、怒れる群衆から逃れながら
面識もないはずの二人が何度も何度も言い聞かせるようにやさしい声で。

『貴方が生きていける場所が、どこかに必ずあるから』

それはあの世界には見つけられなかった場所。
私以上にその場所を渇望していた人たちがいた楽園。
逃避と絶望の末に、”そんなもの”と言い捨ててしまえそうな場所。

『ちゃんとあったよ。お母様』

勿論少女は全てを開示している訳ではない。
隠し事は数多く、それらを打ち明けるのは少女は余りにも臆病になりすぎてしまった。
この世界における犯罪者の一線をすでに超えてしまっている事も少女はしっかりと自覚している。
少女の本当の姿を知った時、この島がどのような反応を見せるかはわからない。
排斥されるかもしれない。迫害されるかもしれない。
かつて見たような光を他人の瞳の中にまた見るかもしれない。

『ご飯がね、味がするよ。お兄ちゃん』

少なくとも今、この島で生きていく事を誰も咎めない。
元の世界であれば少女以上に迫害され、怖れられたであろう人々が当たり前に朝日を迎え、
暢気に将来の心配なんかしている様は余りにも奇跡のようで……。
仮に司法の手にかかったとしても理不尽に家族諸共縄に吊るされる事はないと思わせた。
それは少女にとっては手を伸ばした先にしかない小さな小さな星の様に手が届かないと思えていた小さな光。

『願い事叶ったよ。お姉ちゃん』

少女はそれだけを報告したかった。
誰にも届かない。誰にも会えない。
この声は誰にも届かない。それでも

『私は生きていけるよ。みんな』

ミャゥ >  
そうして少女は向きを変え家路につく。
この場所から住居までは遠く、暗い道のり。
今の所空を駆けることは難しい。
荒野を超え、人の居る場所までたどり着く頃には日が昇っているかもしれない。
申請が通ったという話も未だ届かない。
この島で身分を保障されるのがいつごろになるのか、彼女には想像もつかない。
手探りで荒野を往くような、不安定で不確かな日々はこれからも続く。

『じゃあみんな』

けれど、それでも少女にとっては終わりのある旅。
行先に奇跡の場所が存在すると確信できるなら

『いってきます』

寂しいけれど、辛くはない。

ご案内:「◆遺跡群「#607]」からミャゥさんが去りました。