2020/07/05 のログ
二級学生 >  
「俺からいわせりゃむしろ風紀委員様様だぜ。
 最近変な動きをしてくれる奴が多いお陰でこっちはやりやすい。」
「それはほんとにそうだな。
 自分たちで広告塔になってくれるんだから広告費が浮いて助かる。プレゼンもただじゃないからな。
 おお、マジでいい儲けだ。こりゃ来週には良い酒が飲める。」

ソファの男の体面に座った少し小太りの男はおどけたように言うと机の上にカードを拾い上げ、
端末に通すと小さく口笛を吹きウィンクをして見せる。
それを向けられた男は本気で嫌そうに眉を顰めしっしと手を振る。

「抜かせアル中。分け前ちょろまかすんじゃねぇぞ」
「やんねぇよ。ボスに殺されちまう。」
「どうだかねぇ。都合いい再就職先の話で今界隈が盛り上がってんだろ」
「……最近あった例の……会合とかいうやつか?」

部屋の端でむっつりと黙り込んでいた長身の男が口を開く。
ソファに座っていた男は対面に座り話していた男から視線を外しそちらを一瞥するとふっと鼻で笑った。

「そうそれ。あの勧誘の話だな。まぁ俺たちみたいなのには基本関係ない話だが」
「俺も人づてに聞いた程度だが……風紀委員には入れるとかいう話だったな」
「お前みたいな戦闘狂には良い話かもな。」
「……戦闘狂ではない」
「武器を抜いたらどっちかが死ぬまでーなんて常日頃言ってるやつを差し置いて他に誰のことを戦闘狂っていうんだよ。
 用心棒なんかしてるやつは大体戦闘狂だっつの」
「……」

黙り込んだ男を一瞥し、男は立て続けに酒を呷る。
彼はこの島が嫌いだ。取引がうまくいき、しばらくこの不快な島から離れられる。そう思うと酒が進む。

「そういやボスは?」
「……商品の味見中」
「またかよ。良い趣味してるぜ」
「お前それボスの前では絶対言うなよ。マジで不機嫌になるからな。」
「へぃへぃ会計士様。よーく理解しておりますとも」
「まぁこの島実際綺麗どころが異常に多いからなぁ。
 特に今回は品の半分が良いからだしてんだ。
 男ならボスでなくてもむらっときてもおかしくねーだろ」
「うるせぇホモ野郎。他人事みたいに言いやがって」
「隙あらば俺に属性増やすのやめろイ〇ポ野郎。俺は妻子持ちだって言ってんだろが」
「は?てめーより逞しいわ」

男達がそんな応酬を交わしていると奥の扉が開いた。
部屋に入ってくる筋肉質の男を見ると三人の男はそれぞれのやり方で礼をする。
筋肉質の男はゆっくりと着衣を直し終わると口を開いた。

「全員そろっているようだな」
「すいませんボス。お楽しみ中って話だったんで先にいただいてますよ」
「取引は?」
「極めて順調に終わりましたとも。
 バカ含めおつり込みで取引は終了。現物も先の便で今頃雲の上でさ」
「こっちも順調です。
 ボーナス込みで追加の最終便をいつも通り送れば
 荷物が先方に届くころには俺たちは南国でバカンスを楽しんでますよ。
 まぁボスが壊してなければですけれども」
「死んではおらんよ。心は折る位がちょうどいいがな」
「ノーコメント」
「そっちは?」
「……二人ほど掃除しておきました。」
「素性は?」
「……はしゃいだ異能使いと流れ者の情報屋を一人ずつ。こちらを探っているようだったので」
「ふむ。まぁいい。これだけ稼げばしばらくは潜伏できる。」

筋肉質の男は腕組みしながら満足げに顎を撫でた。

二級学生 >  
筋肉質の男は部屋を横切ると空いていた大き目の椅子に座り、反芻するかのように数秒目を閉じた。
満足げな雰囲気を漂わせるもわずかに身を起こし、思い思いに過ごす他の男を見渡し口を開く。

「これが終わればこのお勤めも終了だ。勤労の義務を果たすというのは素晴らしい。トラブルが起こらなければ特にな。
 一応確認しておくが各自契約内容に関してはしっかり覚えているな?」
「勿論。ここで見聞きしたことは忘れろ。他言するな。基本通りでそれだけ。楽な話だ」
「そうだな。だが今回の雇い主は色々と黒い噂も聞く。特に気をつけた方が良いぞ。」
「へぃへぃわかってますって。元々この件より前にあんたと会計士殿位しか付き合いがあった奴はいないだろ」
「そういう情報も含めで忘れろって言ってるんだよ」
「妻子共々腐り果てろ」
「あー……マジでこいつと一刻も早く別れられる瞬間が待ち遠しい」
「……あの鼾とももうお別れか。」
「うるせぇぞてめぇら。二度と誰とも会話できないように脳みそに口増やしてやろうか」
「燥ぐのはそれくらいにしろ。まだ終わってないんだぞ」

再び始まった軽口の応酬に筋肉質の男はこめかみをもむように抑えながら制止する。
やはり大金を前に気分が浮つくのは否めない。
今回でこの取引は終わりだが、これまでの取引で得た報酬はかなりのものだ。
当分遊んで暮らしてもお金に困らないほど。

「つってもボス、そろそろ時間だろうに。」
「この業界のやつはどうも時間にルーズな奴が多いのが困り者だな」
「その分ボスもゆっくりお楽しみだったでしょうに。
 確かに少しいつもより時間が遅いのが気になりますが……っと」

話題になるのを待っていたというように小太りの男の端末が震える。
手元の送信されたコードを解読すると男は筋肉質の男へと向き直った。

「一時間ほど遅れは出ていますが
 入港は問題ないそうです。
 どうやら悪天候の影響で電波が届かなかったようですね。」
「多少順番は狂ったがまぁ想定内ってところだな。
 さっさと終わらせようぜ」
 
男達はにわかに緊張を取り戻し、他の男達へ視線を走らせた。
これがこの島での最後の仕事になる。いつも通り、迅速にこなしてしまえば
しばらくはこの穴倉生活とおさらばできるのだ。自然と気合が入るというもの。

「OK、では紳士諸君。仕事の時間だ。
 手筈は覚えているな?」
「俺は転移陣の確認後カードの提出場所へ向かいそのまま潜伏します。」
「俺達二人は脱出路の確保だったな。空路海路でそれぞれ確保したらそのまま出航する。」
「……酒は大丈夫か」
「知ってんだろ。こんなもん飲んだうちに入らねーよ」
「俺は転移陣を起動させた後、部屋の廃棄を行う。
 部屋内に”忘れ物”はするなよ。
 部屋ごと消えることになるぞ。」
「商品の体の中は良いんで?」
「黙ってろ。タイムスケジュールは頭に叩き込んであるな?
 時間を合わせる。10,9,8,7,6,5,4,3,2,1……」
 ……各自問題はないようだな。
 念の為各自出発前に装備の確認をしておけ。
 道中で風紀に絡まれるような真似はするなよ。
 作戦開始。」
「「「了解」」」

他の男達が足早に部屋から出ていくのを見送ると
筋肉質の男は再び椅子に身を沈めた。
まだ船が来るまで時間がある。
それさえ済めばあとは悠々と脱出するだけだ。
仕事もなにも滞りなく進んでいる。このまま何もなく終わるだろう。
そう思うと男は鼻歌でも歌いたいような気分だった。

カナタ > 「……」

その隣の部屋で彼女はゆっくりと身を起こした。
周囲に横たわる複数の人影の啜り泣きやうめき声にぼんやりと目を向けると
立ち上がろうとし、繋がれた鎖に引き戻され頽れると受け身も取れずにしたたかに体を床に打ち付けた。

「ぁー……」

横になったまま手かせをはめられた両手で首元のチョーカーを撫でる。
風紀委員が観察対象や保護という名目で対象に着用を義務づけるそれは
多くの異能を抑え込む風紀委員自慢の装備の一つだ。
なぜそんなものがこんな場所の馬鹿共に使えるかといえば……まぁ”そういうこと”だ。

「……ぅ」

喉元が煩わしい上に声が出ない。
乱れた着衣をそのままにその下に出来ているであろう痣を撫でる。
あれだけ締められれば指の跡がしっかりとついていることだろう。
周りにいる数人も随分と乱雑に扱われていたところを見るに、そういう趣味。
どうも絶倫に自信を持っているタイプ。実に愚かしいとおもう。
接触した場所がひどく不快だ。特に下腹部が。

「ぁー……」

体が酷く、怠く重い。
周囲に転がっている数人の人影も身じろぐ程度で大きな動きを見せていない。
まぁ……嬲られているときには元気そうに声を上げていたが。
男に至っては殆どが昏睡状態でおそらくまともな思考はできていないだろう。
……指先が首元に小さな腫れを見つけ出す。案の定いくつかお薬を打たれているようだ。

カナタ >   
上体を起こし、転がっている女の一人の顔を覗き込む。
その顔は虚ろで視線も定まっていない。譫言の様に謝罪の言葉を繰り返しているところを見ると
恐らく正気とかそういったものに戻ることを想定した投薬量ではない。
事実、自分の体を顧みても……常人の致死量ぎりぎりといったところか。
体の感覚もかなりバグっている。平衡感覚はまるで酩酊しているかのようにかなり鈍くなっているが
反して体の感覚はひどく鋭敏になっている。
常人ならばこの状態で腹でも殴られれば絶叫して転げまわるだろう。
これを経験してしまうと元に戻らない可能性も大いにある。

「(……扱いが雑だなぁ)」

検体は健康であるほうが良いデータが取れて便利なのに勿体ない。
とはいえ外の、しかもこんな検体を利用するタイプの”顧客”からすればこれでも上玉な部類だ。
この島の状況は他と比べればあまりにも異常で、そして整いすぎている。
だからこそ、この島発の検体には”物以上の価値”がつく。
むしろ動きを封じるという点ではある意味正しい判断だ。
この島は伏魔殿とすら言われているのだから。
そういった意味では手練れの犯行といえるだろう。

「……」

瞳を閉じて耳を澄ませるように瞳を閉じる。
部屋の中に一人。近くに3人。
3人は移動中のようだが……
この体はいま”鼻が利かない。”

カナタ > 何もこの体で探る必要はないのだから。
それはあちらに任せればいい。
そんなことよりも今は自分の事を観測しようと
ペタンと床に座ると目をつむったまま首を傾げ、固まる。

挿入に伴う裂傷と擦過傷がいくつか。打撲婚
内臓も少々傷ついているが生存に支障がある程度ではない。
いくつかの骨折に内出血どちらも直ちに声明に支障をきたすレベルではない。
意識に障害を引き起こす程度の薬物中毒症状がみられる。
呼吸、心拍ともに乱れがみられるがこちらも投薬の影響と思われる。
意識レベルが低いにもかかわらず全身の感覚が鋭敏になっているのは興味深い。
お金持ちの遊び用にこのお薬をうまく応用したお薬が最近になって出回っている。
確か廃人になりそうになるほど気持ちがヨくなるとか。
自分で使ったことはなかったけれど良いサンプルになりそうだ。

風紀委員が利用している物は異能の抑制とともに使用しようとした場合
アラートを本部に送る機能を有していたはずだが
これはその機能は殺してあるようだ。
その代わり異能抑止機能にそのリソースを振り分けるチューンが行われている。
拘束具の影響により魔力回路の循環も最低限に留まっている。
魔法生物への配慮だろうか。さすが風紀委員由来の装備。

「……ぁー」

結論。最低限の活動は可能な範囲。
確保された際に負った傷以外はたいてい捕縛と遊戯の結果によるものであり
どれも致命傷たり得ない以上、”この体を動かす分には許容範囲”。

「ん。」

状態を自己分析し、どこか満足げな雰囲気すら漂わせる。
”異能を抑えられれば年相応程度の能力しか持たない少女”のようにデザインしたのだから
このように狂った、そして正常な反応を返しているというのは実に良い結果だ。
精神と痛み耐性に関しては目をつむる。なにせこの程度なら数えるのも飽きたくらい経験がある。

「……ぉし」

ここに連れてこられた目的も一つは果たした。
そろそろ他の目的も果たしに行こう。

筋肉質な男 >   
男は時計を眺める。
まだ時間はいくらかあるが、それでも今まで過ごした時間に比べればほんのわずかだ。
これさえ終われば忌々しい異人共をしばらく目にしないで済む。
……この仕事が終わったらどこに行こう。
今回は割と大きなヤマだったのでしばらくのんびりしたい。
ほとぼりが冷めれば知り合いの娼館を訪ねてみるのもいいだろう。
あの店は値段こそ高いが出来る事の幅が広い。
特に異邦人の種類が豊富なのが素晴らしい。

「ん?」

そこでのお楽しみを妄想していた男の耳に鎖を引きずるような音が聞こえる。
それを聞きつけた男はほぼ同時に椅子の下から銃を引き寄せ机の下に構えた。
聞こえてくる方向からして商品達がいるはずの場所。
転送陣の性質上、気が付かれることなくこのエリアに人が入ってくることは考えにくい。
だとすると商品が逃げ出したというのだろうか。
さっき味見した際にそれほど力が残っているようなものはいなかったはずだが。
じゃらじゃらと鎖を引きずる音は徐々に近づき、
ついには小さな軋みとともにゆっくりとそちらの扉が動き始める。
そこに変な動きをする奴がいたら即座に撃とうと撃鉄にわずかに力を籠め

「……なんだと」

思わず言葉が漏れた。
商品の中で一番小柄で非力な女がそこに立っていた。
確かこの辺りをうろついているとかいう話で
実際に見かけた際に不意打ちで確保した獲物。
力も弱く、大して抵抗もできないというのに怪我や損傷が全く無く、
その見た目からは信じられないほど”具合が良く”、そして良い声で啼く商品。
契約がなければ引き渡さなかっただろうというほど
実に具合のいい、まるでそういった目的のために作られたかのような……
風もないのに僅かに香る甘い香りにその時の事を思い出し背筋をくすぐられるような心地すらした。

「おい、どうやって出てきた。
 その場で止まれ。」

その経験が彼が引き金を引く判断を留まらせた。

カナタ >  
『おい、聞いているのか
 その場で止まり、頭の上に両手を載せて伏せろ』

ドアを開けると先ほど随分と”かわいがって”くれた男が座っていた。
執務机のようなものの奥に座っている男は低く、脅すような声色で警告しながら
こちらの様子をうかがっている。

「-……」

言語訛りからして……北欧のある国の出身かとあたりをつける。
そのまま喋ろうとして声を出し難かった事を思い出した。
このチョーカーをしていると身体能力そのものが抑えられて実に不便だ。
今もこうして言葉が出てこない。外の世界の技術が使われているらしいが……
最も、手かせを外す程度には力を出すことは可能だった。
初戦おもちゃの範疇だ。

「……」

言葉の代わりににこりと微笑み、左手に持った血の付いた手枷をのろのろと持ち上げる。
鎖が付き、両の手を拘束していたそれにはべったりと血が付き……
そしてだらんと下げた右手からはポタリ、ポタリと赤井雫が地面へと落ちていた。

筋肉質な男 >  
扉の位置に立つ女はそこでぴたりと止まり、動かなくなった。
そのまま持ち上げられた手の動きに一瞬攻撃かと思い警戒心を強くするが
それについた血と右手の様子にこれまでとは違った意味で彼は戦慄を覚える。

「(こいつ手枷を外すために右手を潰しやがった!?)」

打ち込んだ手前、その薬効については知っている。
苦痛を効果的に与えるために全身の感覚、特に痛覚を強化するものを投薬していたはずだ。
捕まった場所で抵抗を試みる商品の例は少なくない。
そういった輩の肉体に必要以上の傷をつけず、痛みの効果は数倍にする薬物は
ついでにあちらの感度も上がるため味見するには非常に便利なのだが
それはあくまで副作用に過ぎない。
いくら思考や意識をもうろうとさせる薬剤を同時に投入しているとはいえ

「(どれだけ痛みに耐性があるんだこの娘)」

自分の理性は今すぐ打ち殺すべきだと叫んでいるが
どうしても甘い香りが頭から離れない。
こんな上物を金にもできず殺してしまうなんてもったいない。
何を恐れる必要がある?今すぐ組み伏して思う存分自分の立場を分からせてやれ。
何なら後ろのほうも具合を確かめてやればいい。
そんな獣欲がふつふつと湧き出て引き金を引く決断を鈍らせる。

「それ以上前に出てみろ。
 生きていることを後悔する羽目になるぞ」

そうして知らず知らずのうちにその決断を先延ばしにしてしまっていて

カナタ >   
「……」

手枷を掲げてみても男は撃たなかった。
この場面、冷静に判断すれば扉が開いた時点で殺すべきなのに。
銃を机の下に隠していることも気になる。
てっきりこうやって威嚇すれば殺そうとしてくると期待していたのに。
動きから見て従軍経験がありそうだと思ったのだが……
平和ボケしているのかそれとも意志薄弱なのか
どちらにしろ少々期待外れだ。

「えぃ」

手枷を握る腕に力を込めて振りかぶった。
それと同時に揺れる体を一歩前に泳がせ、勢いをつける。
投げつける狙いは相手の頭。
撃てないというのなら、殺せないというのなら
その理由を作ってあげよう。

筋肉質な男 >  
なんにせよ、イレギュラーに分類される行動をこの女は起こしている。
確かに商品価値は高いがそれを理由に取引を失敗、ましてや自分が死ぬようなことがあれば元も子もない。
そう理性は理解しているのに何故か撃つ事が躊躇われる。
そう逡巡している間にこちらに微笑んだ女は手に持った手枷を振りかぶった。
その瞬間、男の脳裏に一つの疑問が走った。
手枷を外すまでは良い。だがこの女……

「(どうやって手枷の鎖を外した?)」

その瞬間男は躊躇いを断ち切り銃を構えると引き金を引いた。
魔術により強化され、大型の獣すら一瞬で無力化するその拳銃は
その豪咆をもって女の肩と腿を打ち抜き、壁に赤い雫を飛び散らせる。
一瞬の後、女が手に持っていた手枷が床に落ち、金属がけたたましく石畳を打つ音に遅れ
膝まづくように女の体が崩れ落ちる。
撃ちぬかれ、まるで理解が追い付いていないかのようにこちらを見上げる女の顔。
その額に照準を向けると

「弾けろ」

今度は躊躇わずに引き金を引く。
その弾丸は狙い違わず女の額に突き刺さり、一瞬後に爆発した。
血飛沫と閃光が女の姿を一瞬隠すが、その一瞬の跡……

「っち。糞が。」

そこには膝立ちの姿勢のまま、上顎から上がはじけ飛んだ女の死体があった。
周囲には肉片と血が飛び散り、人形のようだった顔は見る影もない。
その体も数秒後にどさりと後ろに倒れ、断末魔の痙攣でびくり、びくりと体を震わせる。
無残に、そして完璧に死んだであろうそれを見て男はため息をついた。

「一番金になりそうだったのに惜しいことをした。
 残念だ。」

異能に関しては確認出来ていなかったが、異能がなければ娼館にでもぶち込めば
その売り上げの一部だけでも随分儲けていたことだろう。
あれほど嗜虐欲がそそられるというのは記憶の限りなかった。
何なら自分が抱きに通ってもいいと思うほど欲が掻き立てられる躰だったというのに。

「……」

思考を切り替えるように頭を振ると机の上から通信端末を手に取る。
後悔に浸る前にするべきことがある。

「こちらフラット。聞こえるか。オーバー」

苛立ちと共に呼びかける。
一人商品が死んだことを仕事仲間に伝えなければトラブルの種になりかねない。
早く知らせて作戦を元に戻さなければと思い呼びかけたのだが
通信機器から返事は帰ってこなかった。

「どうした?なぜ誰も答えない」

返事が返ってこない事を訝しみ男は声を荒げながら再び呼び掛けた。

筋肉質な男 >  
「おいどうした。ふざけてるのか。返事をしろ」

展開後、全員全く違う方向に向かっている。
それらがこの短期間で全員反応ができなくなるというのは考えにくい。
であるならば、自分が電波妨害されていると考えたほうが妥当だ。

「糞!次から次へと!」

思わず悪態をつきながら踵を返す。
今までこのアジトが補足されたことは一度もなかった。
ゲートになる場所はいつも変え、一度たりとも同じ場所を使っていない。
仮にアジトに入っていく姿を誰かが見、つけたとしてもゲートを通った瞬間まったく別の場所に行くはずだ。
だというのに今になって何故。

「まさか誰かが裏切ったというのか?」

それしか考えにくいがそれにどれくらいの利益があるのだろう。
今回の取引で得る報酬金はかなり高い。
仮に誰かが裏切ってそれ以上の金額を得るとして、それだけの価値が自分の死にあるだろうか。
それは考えにくい。人一人の命なんてそれほど高くはないのだから。

「まず脱出だな」

考えていても埒が明かないと男は一旦思考を切り、机の引き出しへと手を伸ばす。
従軍時代に愛用していた術式スクロールがそこにあるはずだ。
短距離ながら瞬間的な移動をするこれはこういったときに非常に便利なものだ。
それだけでも回収してしばらく身を潜め、ほとぼりが冷めるのを待とう。
引き出しに手をかけ、

『ねぇ』

かけられた声に凍り付いた。

カナタ > 「ねぇ」

ソファに腰掛け、両手を膝の上にそろえて置きながら小さく首をかしげた。
反応を見るにこの男は従軍経験者であることは間違いないようだ。
だというのに

「なんですぐ撃たなかったのぉ?」

彼女はまるで好きな本を訪ねるようににこやかに笑みを浮かべながら
凍り付いたように動きを止めた男へと問いかける。
その視線はゆっくりと動き、扉の近くで肉片を飛び散らせている自身を眺めると

「手枷を外すのだって、すっごく痛かったんだよぉ?」

困ったように肩をすくめて視線を戻す。
死体から広がる赤い池は錆臭い香りをあたりに漂わせ始めている。
まったく不快な匂いだ。

筋肉質な男 > 確かに頭を吹き飛ばしたはずだ。
事実、死体は扉の近くでいまだ小さく痙攣を繰り返している。
幻影型の異能の持ち主ではない。確かに仕留めた。
だというのにソファに座っているのは先ほど味見したばかりのそれと全く同じ顔をして
自分に無邪気に問いかけてきている。

「(不死?いや違う。何らかの形で別の体を持っていやがった。
  危機感なくうろついていたのはこの能力のせいか)」

この状況的にこの女、こちらに攻撃を仕掛けてきている一団の関係者の可能性が極めて高い。
餌としてばら撒かれたものに自分たちはかみついてしまったのだろう。
視線を上げず、銃弾を手繰り寄せる。
まずは監視者を排除しなければならない。

「さぁてね」

男はそう答えると同時にソファに向かって発砲し
対象がのけ反るのを傍目で確認しつつ弾丸セットとスクロールを掴みサイドポーチへと入れた。
そのまま扉に手をかけるが

「糞っ」

転送陣を起動させるカードキーが反応しない。
ならばとスクロールを起動しようとするが……
それも起動せず思わず悪態を吐き出した。

カナタ >  
「うーん、綺麗に穴空いてるねぇ。
 貫通性加速弾なんてもしかして前の所属はUNF?
 対異能者用に調整された奴だよねぇこれぇ」

ソファにぐったりともたれかかるモノの頭を両手で抱え、その血にまみれながらも3人目の彼女は嗤う。
魔術を利用して遠くから出入りしているのであればそれが干渉されてしまえば密室と同じ。
最も閉鎖され隠れ潜むのに安全な場所は言い換えれば誰もたどり着けない棺桶そのものだ。

「あ、ボクがいるのに転移術式とか諦めたほうが良いよぉ?
 特に正規品なんか干渉する方法自体確立されてるから邪魔してくれっていうようなものだしぃ。」

くすくすと笑いながら手を離す。
支えを失った体はソファから崩れ落ち、粘着質な音を響かせながら床の血だまりへと落ちた。
ソファに張り付いた血と脳漿を手で払い、足元の残骸には目もくれず彼女はそれに座りなおす。

「招待してくれたのは君達なんだから。
 ねぇ、ボクとあそぼぉよ。時間はまだあるんでしょ?
 どうせボクがその気にならないと、ここから出られないんだから」

彼女は再び両膝を揃え、ドアの前で焦る男に微笑みを向け時計を指さす。
まるで撃たれたものなどいなかったかのように。

ご案内:「◆黄泉の穴付近、廃棄区域の一角(閲覧注意」からカナタさんが去りました。
ご案内:「◆黄泉の穴付近、廃棄区域の一角(閲覧注意」にカナタさんが現れました。
筋肉質な男 >   
男は想像していたよりもまずい状況であることを悟り
最後の最後で厄介なことにと内心歯噛みした。
目の前にいるこれは明らかに自分が死ぬことに恐怖心を持っていない。
魔術性反応が一切感じられないところから見て恐らく異能に分類される能力だろうと男は考える。
異能とはある意味この島を代表するブラックボックスであり、自分たちの最たる商品でもあった。
何が起きてもおかしくないという点はこの島に入った時点での基本的な事実。

「……物理法則を無視する異能だと?
 バカな。いくら何でもそんなものが存在してたまるか」

不死性の異能を持つのならば死体は増えず、撃たれた本人が再生するだけだ。
それであれば一時的にでも意識を完全に飛ばしてやればその空白期間に出来る対処はいくつかあるが
別の体が現れるとなると質量保存則を無視しており完全に話は別だ。
目の前の女は死体を残しているうえに閉鎖されているこの空間に最低でも二つの体を持ち込んでいる。
しかも二度とも男の視界範囲外に現れたことから出現した瞬間は観測できていない。
明らかに死に”慣れて”いる。

「……素晴らしい手品だ。ぜひとも我が部隊に迎え入れたいほどだよ。
 ご招待する方法を不幸にも我々は間違えてしまったようだが」

ただの異能者であればまだ何とでもしようがある。
男も魔術師として訓練を受けた経験があり、それなりに優秀であったと自負しているが
転送陣を見もせずにしかも範囲に干渉する方法など大掛かりな術式でも使用しない限り難しいというのが基本認識だ。
しかしこの女からは魔力を行使した残滓すら感じられない。
予め準備をするにしても、ここに来るまでのルートはランダム性を持たせているはず。
外部と連絡を取った?この閉鎖空間で?
魔術も異能も一種の現象である以上一定のルールに従う。
しかし男にはそのルールが皆目見当もつかなかった。
つまり何も相手について理解ができていない。魔術戦においてそれは極めて不利な状況だといえる。

「成程。」

ゆえに男は短く答えながらゆっくりと振り返る。
いま最も回避したいのは自分が始末されることだ。
ゆっくりと引き延ばし、時間を稼いで分析しつつ救援を待つ。
時間さえ稼げればこちらが有利だ。

「どうすれば開放してもらえるのか
 交渉の余地はあるかね?お嬢さん」

降参とでもいうように両手を掲げながら
そこに活路を見出そうとソファに座りにこにことほほ笑むそれを注視する。

カナタ >  
「交渉?
 んー、どだろぉ。
 ボクが欲しいモノを君たちが持っているかはわからないしぃ……」

こちらを注意深くうかがうような様子とは対照的に
彼女はケラケラと笑いながら机の上に置かれていた缶へと手を伸ばし、
プシュッという音ともに栓を開けると一口呷ると眉を顰める。
味覚に関しては殆ど無くなっているのだけれどやっぱりおいしくない。
これを好んで飲める感覚には共感できない。
どうせなら米が原料の奴のほうがまだいけると思う。

「……まっず。あまいジュースとかなぁぃ?
 そーだなぁ。ボクが満足したら、で良くない?
 こういうの楽しめたらまた話は別だったのかもしれないけどぉ……
 全然潤わないんだぁ。」

缶をそっと机の上に戻しながら膝を抱えソファの上で膝を抱え
退屈した子供の様にゆらゆらと体を揺らし、

「じゃまだなこれぇ」

足元の死体を邪魔そうに見るととんっとソファからはねるように立ち
両足を持って引きずり始めた。

「よいしょぉ」

うんうんと唸りながら部屋の隅に置かれていた長細い大きな袋の真横までもっていき
ポイっと手を離すと背面側から再びソファに飛び乗ろうとして

「わぷ」

飛び越えきれずに足が引っ掛かり顔面からダイブした。

筋肉質な男 >  
「……(何なんだこいつは)」

目の前で緊張感のかけらもない動きを見せる女に内心困惑する。
敵地で、しかも武器を持っている相手を前にする普通の感覚の持ち主がする動きではない。
不死性に近い習性を持っているからこそのこの緊張感のなさなのだろうが……
そもそもこれはいったい何に所属していて何が目的なのかさっぱりわからない。
風紀委員であれば取引の妨害と犯人の確保。同業者なら商品の横取りだろうか。
同業者ならさっさと仕事を終わらせて撤収しているはずだ。
しかしかといって風紀委員のようにも見えない。最初からずっと好き放題しているだけなのだ。
まるでこちらに危害を加える方法がないと確信しているような動きに
舐めやがってとふつふつと胸中が沸き立つような思いと同時にそこに活路も見出す。

「そこの棚に焼き菓子がある。
 好きに開けるといい。」

棚を指し示し、そこに向かう姿を観察する。
確かに何度か殺しても復活する上に魔術師として高い適正を持っている可能性が高いが……

「(任意に発動できるなら最初なぜ発動しなかった)」

目が覚めたと思われる先程までリアクションがなかった。
意識がもうろうとしていたとはいえ味見中も同様だ。
つまり対異能封具は有効であったということになる。
異能の詳細は不明だが服装等がそこまで戻っていないところを見ると
状態のロールバックに近いものだと考えられる。
復活した切欠はすべて死亡した後だったことから発動条件は自身の死亡と見てよいだろう。
恐らく戒めを断つためにわざと殺されたのだろうと推察。
裏を返せば再度拘束してしまえば魔術も異能も使えない。

「それこそ交渉次第だと思うが。
 我々は組織で動いている。多少なりとは望みの物を提供できると思うがね。

 (身体能力も並み、いやそれ以下。
  けがをしても平気な異能を所持しているせいで危機感がないのか。
  だとすれば異常なまでの痛みへの耐性も頷ける。
  隙さえあれば拘束可能であることはすでに証明済み。……所詮子供だな)」

この島の治安維持には子供が多くかかわる。
それ自体が非常に癪な制度だがそれによる恩恵もある。
専門の訓練を受けた警官や兵隊と違いとっさの判断や行動に甘えが多く残る。
特にこの島の子供たちにはその傾向が強い。
高い能力が、恵まれた環境が万能感を煽り、危機感を払拭する。
故にこうして簡単に隙を見せる。
それは戦場においては致命的だ。

「ふむ、であれば疲れたので腕をおろしていいかね。
 私としても君が満足するまでお話しするしか方法がないようだ。
 (殺しさえしなければいい。
  多少痛み耐性が高いとはいえそれだけだ。)」

ネタがわからなくとも起きる事さえ分かっていれば
対処できるのが大人だと表情を取り繕い隙を伺い続ける。

「(……大人を舐めるなよ糞餓鬼共が)」

そんな憎悪を内心に滾らせながら。

カナタ >   
「いたた……かっこ良い感じに飛び越えられたらよかったのになぁ。
 横着しちゃだめだね。というかお育ちが悪いって怒られちゃいそう。
 よかったー。怒る人が近くにいなくってぇ」

しばらくわちゃわちゃした後一度床に落ち、
起き上がってソファに座りなおす。
血とかついてないよねー?と自分の体を確認したあと
一つ残念そうにため息をつき……

「あ、どーぞどーぞ。別にボク手を上げてとか言ってないし。
 好きにすればいいと思うよぉ?
 ぉぉ……コペ〇ハーゲンのクッキーだぁ。
 こっちはF&〇の紅茶……え、良い趣味してない?
 おじちゃん珈琲派っぽいなぁって思ってたのにいがぁぃ」

とことこと棚に歩み寄り中身を探ると
思ったよりもいいものが常備されており上機嫌に机へと運びどさっと落とす。
そのままクッキーの缶を開けると一つぱくりと口にしその甘さに頬を緩めた。

「お話?良いよぉ。
 最近ね、少しは人の話も聞かないとだめだよって言われてね?
 聞くように心がけてるんだぁ。
 あ、おじさんもクッキーいる?」

若干名残惜しそうに缶を抱きしめたまま一つ差し出して首をかしげる。
この部屋に死体がいくつか転がっていることさえ除けばひどく穏やかな光景だったことだろう。

筋肉質な男 >   
「……いや、私は珈琲派でね。
 甘いものは苦手なんだ。遠慮しておこう。
 さて、交渉の余地ありということで感謝する。
 誠意というわけではないがこれはここに置いておこう」

差し出された甘味をやんわりと断ると女がすぐ届く場所に手にもっていた銃を置き机を挟んで斜めの位置に腰掛けた。
表向きは相手に武器を渡して危険性がないことのアピールと
相手に決定権があるというように誠意を見せたように見える形だが……

「それで何について話し合うかね?
 私としては開放してもらう条件を
 もう少し具体的に詰めたい処なんだが」

それに相手を殺しても無駄なのであればそもそも拳銃などには意味がない。
しかし拳銃を目に見える、手の届くところに置くことで
いざ何かあったらそれを取ればいいと多くの人は思い込みやすい。子供なら尚更だ。
それはつまり相手のリアクションが読みやすいということだ。
実際のところ撃ち慣れていない人間が銃になど頼ったところで
満足に撃てもしないし万が一当たったとしても中身はすでに弾が残っていない。

「条件は確か君を楽しませるということだったが……
 撃ち合いを楽しみたいわけではないのだろう?
 そうであれば今頃我々は互いに蜂の巣になっているはずだからね。」

言葉の端々に自身に有利な決定事項を織り交ぜていく。
有益な申し出があるのであれば実際に交渉してもよいが
それほど頭が良いようには見えない。
時間さえ稼げれば十分だ。

「先ほども言った通り我々は組織だ。
 あまり明るい稼業ではないがそれでもかなり大手だといえるだろう。
 取引先も多く日常にも浸透している。
 だからこそ君が普段手に入れられないものでも
 出来る限り入手できるよう取り計らうことが可能だ。」

暗に自分達に手を出すと根深いことを匂わせながら
さも揃えられないものはないと言わんばかりに胸を張り様子をうかがう。
この手の愉快犯からはまず言葉を引き出す必要がある。

「それこそ表の人間では決して手に入れられないようなものでもね。
 例えばそう……最高にハイになれる薬なんかも可能だ。
 如何かな。普通では知りえない世界の感覚が味わえる。
 それを格安で譲渡しても良い。なにせ君は私を追い詰めた特別な人間なのだからね」

実際のところはこの後島を離れるつもりなのだから
継続して取引するつもりなど更々ないのだが
自分は特別だと思わせることは交渉において非常に重要だ。

カナタ >   
「蜂の巣になったってなにも楽しくないしぃ……
 弾丸ってなんかこう、効率よすぎて一瞬で飛んじゃうからなぁ」

皮肉とも受け取れるような返しをしつつ
人形のように椅子に腰かけたまま俯き
その瞬間を思い出しているかのように
小刻みに震える体を抱きしめ

「最高に気持ちヨくなれる……」

続く言葉に上げられた顔では瞳が爛々と輝いていた。
確かに一時的な倒錯は一時暇を忘れさせてくれる。
それが可能であれば確かに魅力的かもしれないが……

「おじさんがさっきボクとか他の皆にシたよりもっと?」

濡れた瞳で笑い、じっとりとした毒を吐き出す。
少し前、ほぼ無抵抗だった荷物を思う存分嬲っていたのはこの男なのだ。
その自らの行為を忘れたの?と言わんばかりに。

筋肉質な男 >  
「そういじめないでくれたまえ。
 我々とて人の子。身の安全を守りたかっただけなんだ。
 勿論申し訳ないことをしたと思っているが、我々のような人は一度死んだらおしまいなんだよ。
 わかってくれるだろう?」

散々煽ってくるのは勝ちを確信しているからだろうか。
子供に限らずこの業界ではよくある例だ。
……認めよう。俺は確かに一杯食わされたさと男は
降参降参と手を振りながら苛立ちを飲み込み

「……ふむ」

その爛々と輝く濡れた瞳を見て確信する。
こいつは快楽至上(こっち側)の生き物だ。
何のことはない。不死という大罪を担うものの大半はこの病を患っている。
この娘も例にもれず、いや、今まで見た中でも相当深くその病に犯されている。

「ああ、あれよりはもっとトべるものを用意するとも。
 あんな粗悪品ではなく上流階級向けのものをね。
 自身であれを振り切れる程度の意思の持ち主である君には
 あんなものでは不十分だろうからな」

微塵も臆することなく嘯いて見せる。
快楽主義者で被虐願望を持っているとなれば欲しがるものなどわかりやすい。
自分がしたことへの釈明などよりも売り込むべき場所はそこだ。
多少自制が利く大人ならともかく年端もいかない子供ともなればこの誘惑には抗いがたいだろう。
事実風紀委員の中にも程度の違いこそあれ”利用者”は多くいたはずだ。
わざと押収させて回収するなどというケースもあった。
それらの欲求の前には倫理など儚いもの。

「あくまで我々の邪魔をしないという条件だが
 それでよければすぐに準備をしよう。如何かね?」

これは思っていたよりもうまく事が運びそうだなと内心胸をなでおろす。
まったくこの島は本当に罪深い場所だ。

カナタ >  
男は随分と熱心に売り込んでくる。邪魔されたくないというのは本心だろう。
随分と腹の中が煮えたぎっているようだが散歩の邪魔をされた事も事実なのだから
多少なりとも遊んで文句を言われる筋合いはない。
そもそもあのまま放置していれば売られる可能性が高かったわけで。
売られた先で自由の限りを尽くすというのも選択肢の一つなのでそれ自体はあまり問題視はしていないが
自分の目的に一致しないという一点においてそれは認められない。
 
「粗悪品を使っていたってわけぇ?
 元に戻る体じゃなかったら消えない傷になってた所なんだけどなぁ……
 まぁボクの場合は消えるからいいけどぉ……商品傷物になっちゃうよぉ?」

ぷぅと頬を膨らませ抗議しつつ
時計をちらと眺め、時間を確認する。
3人が出て行ってそれなりの時間がたったわけだが……

「……じゃぁそれでいいやぁ。
 受け取り方法とかはこっちで指定してもいーぃ?」

瞳をごしごしとこすると小さくあくびをして伸びをした。
ぷるぷると頭を振ると僅かにこめかみを抑え、立ち上がろうとして

「……ぁれ?」

視界がぐらりと揺れふらついた。

筋肉質な男 >   
女が立ち上がり、そして立ち眩みでも起こしたかのようにふらつく。
男は待ちに待ったその隙を見逃さなかった。

「馬鹿が。」

机を押し、足元を払いながら飛び掛かる。
そのまま絡めとるように地面へと押さえつける。
小柄な女は簡単に吹き飛ばされ、あっけなく地面に叩きつけられた。
そのまま間髪入れず首筋に圧力注射器を押し当てる。
カシュッという音と共に投薬された女の体が強く痙攣するのを確認しつつ
女の首元に封具をはめ、その起動を確かめ身を起こす。
手を放しても起き上がる様子はなく、喉から漏れるのは嬌声のような途切れた声ばかり。

「……ふぅ。はは、ははは……焦らせてくれたものだ」

男はどっと額に沸いた汗を服のすそでぬぐった。
女は床に倒れたまま、瞳孔を見開いて痙攣を繰り返している。
溢れ出る涙と涎が地面へ染みを作っている。それを見て自然と笑いが湧き出てくる。
この島の平和ボケして調子に乗った馬鹿共をを組み伏せ自由にする。
それは彼の征服欲を十分に満たしてくれる。
どこからか香る甘い香りが煩わしいが今はそれ以上に良い気分だ。

「そら、良くトぶお薬の供給だ。
 好きなだけ気持ちよくなればいい。
 嬉しいだろう?この淫売(ビッチ)が。
 大人を舐めてかかるからこうなる。」

この女が棚から取り出し食べていたのは"来客用”の物。
無味無臭の麻痺毒と意識レベルを低下させる薬剤が仕込んであった。
勿論その中身は異能者を想定したものだ。
そう。あの瞬間から男はただ待てばよかった。
拘束具さえつけてしまえばこんな小娘程度幾らでも対処できる。
生の危機から脱したという充足感とその反動だろうか
痙攣をくり返す女を見下ろすと男はひどく疼いた。

「丁度いい。時間はまだある。
 脳が焼けるまでもう一度立場ってやつを教え込んでやる。」

本当にちょうどいい。結果として待ち時間の良い余興になった。
連絡が来るまではまだ時間がある。それまでの暇つぶしにちょうどいい。
男は歪んだ笑みを浮かべ、ナイフで着衣を切り裂きながら覆いかぶさった。




「……全く抱かれる為に生まれたような体だな。
 拾い物としては最高だ。これで従順であれば良かったがまあ良い。
 不死者というのはかえって好都合だ。」

しばらく後、男は痙攣を繰り返す女の横で再び着衣を整えていた。
投薬してから今までずっとまともな言葉は発せずただ感覚の洪水に溺れている。
放っておくだけでも十分危険なものだがそれに加えて少々”仕込んで”やった。
態々購入する際に注意されるような代物だ。
死なない異能者はこれが一番だ。復活する。再生するというなら殺さずに破壊すればいい。
態々時間と手間をかけてある程度人格を保ったまま調教したがる者もいるがこちらのほうが確実だと男は思っている。
ごく稀に意識を取り戻す者もいるがこの薬とあの快楽の波は非常に高い中毒性を持つ。
仮に意識が戻っても再度あの薬を手に入れるためなら何でもするようになる。

「もう帰ってはこれんだろうな。」

こうなってしまえば異能には期待は持てないがコレクションにはちょうどいい。
飽きたら好き者にでも売りつければ良い金になる。
不死者はこう言った用途では非常に需要が高い。
放っておいても死なない事からコストパフォーマンスに優れかつ、乱暴に扱っても壊れない。
加えてこの容姿と抱き心地となれば買い手はいくらでもいる。

「雌犬は雌犬らしく一生腰を振り続けて媚びていれば良かったのだ。
 そうすればもう少しましな人生だっただろうよ。
 敵地で油断すればこの様だと最後に学べてよかったな。
 まったくこの島は稼ぎやすくて助かるよ。
 ……あとは関係者が時間を守ればさらに稼ぎやすいのだが。」

侮蔑を込めて吐き捨てながら時計を見る。
夢中になりすぎたのか針は連絡が来るはずの時間を過ぎて指していた。

筋肉質な男 >   
「全く本当に時間にルーズだな。
 緊張感というものはないのか」

能力者に関わる仕事は特に慎重に行動するべきだと彼は部隊時代に教え込まれた。
予想外の出来事など幾らでもある。だからこそ時間を守ることが大事だというのに……

「連絡はまだか。
 こちらも暇ではないのだぞ。」

せっかく上がっていた気分が見る間に落ち込むのを感じる。
時計を睨みつけている間に数分がたった。
これ以上は待てないと判断した男は
隣の部屋の転送陣を起動させる。
本来であれば廃棄もしくは撤収するべきかもしれないが
遅れたのはあちらの責任。自分達の不備ではないのだ。
仕事をさっさと終わらせて貰うものをもらうだけだ。

「低能どもが。平和ボケして脳まで腐ったか」

苛立ちを込めて足元の女を蹴りあげる。
つま先が柔らかい腹部にめり込み押し殺したような悲鳴が上がる。
ああ本当にこの女は良い声で啼く。まるで麻薬のようだ。
殺さない程度に痛めつけたなら部屋の中のブツを送った後、
潜伏する予定の場所に先に飛ばしてしまおう。

「……まぁ良い。」

苛立ちの最中ふと思い出す。
一つ積み荷が減ったことは共有しておくべきだろう。
妨害していた生意気な女は始末したのだから。
元凶のはずの女に背を向け部屋の奥の執務机に再び歩み寄り通信機器を持ち上げる。

「こちらフラット。聞こえるか。オーバー」

……返事はない。

筋肉質な男 >  
「……何なのだ。全く」

思わず声が漏れた。
通信を遮断していた筈の女はそこで倒れている。
まさか自分で解除しなければ継続するタイプのものだろうか。
いや、その場合は常に魔力供給が必要になる。
予め仕込んでおけば可能ではあるが……

「最初からバレていただと?
 そんな馬鹿な話があるか。」

頭に浮かんだ選択肢を打ち消す。
仮にそれができるのであればその背景にいる人物像があまりにも違いすぎる。
そんな準備ができる相手があんなあっさりと常套手段に引っかかるわけがない。

「……まさか本当に協力者がいるのか。まずいな。」

このままでは自分も袋の鼠だ。
この場所は物理的には出口がない。
脱出を禁じられてしまえば、やがて……

「荷物事潰す気か?
 しかし転送陣は起動……。
 いや、そうか」

思いついた対処法に思わず呆れて笑みがこぼれる。
そうだ。なぜこんな簡単なことを思いつかなかったのだろう。

「荷物と一緒に飛べばいいだけの話ではないか。
 まったく、穴だらけの警備だな」

そう考えると人物像が一致する。
あの三人があのわずかな時間で無力化されるなど考えにくい。
仮に実際に誰か団体が居て、この娘が交渉役だとしたらあまりにもお粗末すぎる。
既に交渉は失敗したと判断するにも十分な時間が経過している。
こちらを攻撃するほどの能力がそこにないとすればこの娘は既に見捨てられているといえるだろう。
つまり……

「頭を使ったつもりか?
 残念だったな糞餓鬼」

やはりこれは単独で特定の通信と転送を阻害するタイプの術式を
時限式で発動させたとみるべきだ。
意識が戻らない分解除させることは出来ないが……
転送陣で脱出するか、時間が過ぎて妨害が切れるか待てばいい。

「後でこの分も躾けてやろう。」

他の荷物も変わった様子はなかった。
そろそろ転送陣も十分温まったころだろう。
数分後には祝杯をあげているはずだ。

カナタ >   
上機嫌で男が部屋の外に出ていく。
罠を切り抜けたと確信し、安堵したその背中が扉の向こうへと消え
部屋の中にはか細い嗚咽のような声が響き続けている。
が、その嗚咽が急に途切れた。

「……がっ……げほ、ぅ」

地面でえづいていた女の動きが止まる。
さっきまで痙攣していたそれは小さく咳をした後ゆっくりと上体を起こした。
口の端からこぼれる血の混じった泡を吐き出し、かくんと人形のような動きで首を動かす。

「……ぁはー」

汗ばみ、顔に張り付く長髪が鬱陶しいが払うこともなく
それは小さな笑い声をあげた。
見上げた先には時計の針。

「あぁ」

両手を見下ろす。急性中毒によっていまだに震える腕と力の入らない下肢。
気を抜けば簡単に意識を手放せるような状態だが……
思っていたよりは”普通だった。”

「少し遊びすぎたなぁ」

これなら前に作ったお薬のほうがぶっ飛べたなぁ。
そう呟くと床に落ちていた拳銃へと手を伸ばし弾倉を確認。
オートマチック型の拳銃に入っているのは空砲のみ。

「……うん、見た目通り。」

弾の種類さえわかれば後はどうとでもなる。
撃ち込まれたものを再現すればいいだけのこと。
床に座ったままの影が泡立ち、そこから一発の弾丸を拾い上げる。
震える手ではなかなか装填できないが……

「えぃ」

部品に肉が食い込むほどの力をかけて無理やり押し込む。
拳銃の構造は覚えている。これで発射できるはずだ。
そのままゆっくりと銃を構える。

一瞬後、轟音とともに弾丸が発射された。

筋肉質な男 >   
昔から運と勘は良いほうだと男は自負している。
過去に戦場で何度もそれに救われたと言える出来事もある。
時に理論ではなくそれを信じることができたからこそ
男は今の仕事も続けてこられた。

「……」

あの女を転送陣まで一緒に運んだほうが良いと何か胸騒ぎがしたのだ。
あの状態では何もできないだろうが、それでも彼はその直感に従い踵を返した。
先程通り抜けた扉を開き、視線を部屋の中に向け

「何!?」

そこで正気を失っているはずの女が銃をくわえている姿を見た。
制止する暇もなくその細い指が引き金を引き轟音が響く。
空中を鮮血が舞い、耳が痛いような残響の中、遅れて重たい物が床に倒れる音が響く。

「……っ」

男はその場に制止したまま背中にじっとりと汗をかいていた。
到底動けるはずもないと思っていたものが動いていたことも含め
理解が及ばないことが多すぎた。
そして同時に戦慄し、視線を動かせずにいた。何故なら……

『やぁ』

視界外になっていた執務机から聞こえた声。
耳を擽るような、甘い甘い声とわずかに漂う甘い香り。

『お友達とは連絡取れたぁ?』

4人目の女がそこに座って焼き菓子を齧っていた。

カナタ >  
「ああごめんね。
 勝手に拳銃借りちゃったぁ」

口に含んでいたクッキーを飲み込むと床に倒れ伏す自分を指さし首をかしげる。
こぼれ出た血はゆっくりと地面を染めながら広がっていく。
その様子を琥珀色の瞳が興味なさげに見つめ、
興味を失ったかのように離れると机の下からポットとティーカップを取り出しお茶を注ぐ。
部屋の中に紅茶の香りが広がり、それを一口含むと眉を顰める。

「あーも、血の匂いで台無し。
 これでもこの茶葉結構いいお値段するんだよぉ。
 折角のいい匂いなのに勿体ない。きみもそう思わない?
 あ、キミは珈琲のほうが好きなんだっけ」

ごめんねーと謝る姿は呆けたようにこちらを眺める男とは対照的に
全く危機感を感じていないよう。
実際に彼女は危機感など感じていないのだから当然だが。

「ああそっか。君、子供が目の前で自殺するのトラウマなんだっけ。
 従軍時代異能者の子供、撃っちゃったんだっけ?ああ違う。その現場を見たのかぁ。
 気持ち悪かった?ごめんねぇ。そこまで配慮が行き届かなくって。」

そういえばそういう事情があるんだっけ。と
ティーカップを机の上に置き、にこりと微笑みながら目の前の男を観察する。

筋肉質な男 >   
先程まで完全に自分では動けなかったはずの女が動いていた。何故動けた。
それにあの拳銃には実弾が入っていなかったはずだ。何故撃てた。
何故この女は自分の過去をしている。……何故だ。
一度に意味不明なことが起こりすぎ、男の思考は凍り付いていた。
視線の先ではのんきにティータイムをしている女がいる。

「……っ」

現実味の薄いそれが男の思考を再び動かし始める。
そうだ。いくら復活する異能の所持者とはいえ相手は非力な女だ。
魔術戦になったとしてもこの場所はホームだ。
こちらに有効な手立てを持たない以上、今度こそちゃんと沈めれば良い。
それだけの事だと自分に言い聞かせ、後ろ手に扉を閉めながら部屋に入る。

「復活するためとはいえ自決を選ぶとはね。
 君は地獄が怖くないのかね」

尋ねるようにしながら一足飛びに飛び掛かれる距離までじりじりと近づく。
務めて冷静を装った男の声は辛うじて震えずに済んだ。
全く悪夢のような存在に絡まれたものだと内心吐き捨てる余裕ができたのは
恐らくその事実に気が付くことができたからだろう。

筋肉質な男 > 彼らの目の前には、神に対する恐れがない。
カナタ >  
「地獄……地獄ねぇ
 また随分抽象的なお話が出てきたねぇ。
 良いよ。ボクそういうの嫌いじゃないから」

ティーカップをぽいと投げ捨てる。
割れた音はせず、どこかにぶつかる音もしない。
それに必要性を感じないから、そんなものは消しておいた。

「”義人はいない。一人もいない。
 悟りのある人はいない。神を求める人はいない。
 すべての人が迷い出て、みな、ともに無益な者となった。
 善を行なう人はいない。一人もいない。
 彼らの喉は、開いた墓であり、彼らはその舌で欺く。
 彼らの唇の下には、蝮の毒があり、
 彼らの口は、呪いと苦さで満ちている。
 彼らの足は、血を流すのに速く、彼らの道には破壊と悲惨がある。
 また、彼らは平和の道を知らない。”」

歌うように諳んじる。
昔読んだ本の一説。それはとある手紙を文章にしたと言われるもの。

「人類なんかそもそも地獄に落ちるのが前提じゃなかったかなぁ。
 知らないこと、染まらないことが罪なら人類は生まれた瞬間から
 原罪の子であり、人類が出来る事は自らを罪を自覚し改心することだけ。
 そこに救済はないよ。」

ああ、嫌になるほど聞かされた。
この世界は狂っていると。正しい道筋に引き戻されなければならないと。

「つまりボクたちの行動、願い、それらの前提たる意思さして重要じゃないんだよぉ。
 まぁ世の宗教家はこぞって反対するだろうけどねぇ。
 でもきみもそう思うでしょ? キミだって楽しそうだったじゃない。
 ぼくで遊ぶことと、ボクが遊ぶこと。
 それにどんな違いがあるのかなぁ」

目の前の男もそう。罪を自覚し、そしてなおその中で生きている。
そしてそれはきっと、誰かの娯楽にしかなりえない。
……踊らされている。このヒトも。

「”肉の想いは神に対して反抗するものであり、それは神の律法に服従しない。”
 ……答えになったかな?それとも君はこういう話、興味ないかなぁ」

筋肉質な男 >   
「……彼らの目の前には、神に対する恐れがない」

目の前の女が諳んじた続きをぽつりと呟く。
それは自身に対する皮肉のつもりなのかそれとも特に意図などないのか
急に饒舌になるそれに判断がつかない。
けれど一つ分かることがある。

「どうやら今までのキミとは今のキミは違うようだな」

机に座り、寛いでいる姿は
一見隙だらけなのに飛び込む隙がない。
どこから飛び込んでも何か返されそうで男の足は止まってしまっていた。
非力な小娘相手だというのに、理解できない圧力にいざ飛び込むことを躊躇ってしまっている。

「(時間はこちらの味方だ。
  大丈夫、何を怯える必要があるんだ。)」

そう言い聞かせてもがんと足は動くことはなく

カナタ >  
「ボクはぼくだよ?
 確かに一緒じゃないけど全然違わない。
 ぜーんぶボク自身。そう、君に調教されたのも汚されたのも撃ち殺されたのも僕自身」

あんなに可愛がってくれたのにつれないねー。とおどけて肩をすくめる。
こちらを眺める男の目には困惑と恐怖の色しか見えない。
さっきまで肩をいからせていた彼の姿はいったいどこに行ってしまったのだろう。

「ある意味あの瞬間だけは君が神様だったのかもね。
 楽しかったでしょ?ボクを使うの。
 ああ、一応付け加えておくけどぉ
 ボクは無神論者じゃないよぉ?
 むしろ熱心に神の存在を信じてるよぅ」

夢見る乙女の様に胸の前で腕を組み、うっとりと瞳を閉じる。
痛いほどの静寂に満ちた部屋には男の荒い呼吸しか聞こえない。
その心境を想像してクスリと笑みがこぼれた。ああ本当に可愛そう。

「ボクはね、神様を信じてるよ。
 だってそうじゃなかったら、神様がいなかったら」

小さな悪戯を見つかった時の様にクスリとほほ笑み視線をめぐらす。
上顎から上ををなくした死体に、額を撃ち抜かれた死体に
喉から血を流し倒れ伏す死体に、そして男に。

「こんなに何もかもが連なる事がありうる?
 偶然君がボクを見つけ、見つけたボクが偶然切り離されてて
 偶然誘拐がうまくいって、そしてその組織が偶然あいつらに繋がりがあった。
 結果キミはこうして独り、ボクと対面することになった。
 おかしいと思わない?」

とんっと立ちあがるとゆっくりと歩きだす。
男の後ろにどけられたじっと男の瞳を見つめたまま、
一歩、また一歩と歩を進めて

「誰かが楽しむために悪意を持って仕組んだんじゃなかったら
 こんな世界になるはずがないじゃないか。
 そう。神様はいるんだよ。
 そしてボクたちはその娯楽の為だけに仕組まれ、切り取られた駒。
 だからね。」

見上げるほどの距離までたどり着き
彼女はにっこりと天使のような笑みでほほ笑み両手を広げこう告げた。

「ちゃんとその役目通り、
 ボ ク に 殺 さ れ て ね」

筋肉質な男 >  
「あいつらといったな。このまま私を消してもなにも残らんぞ。
 情報をみすみす失ってまで私を殺す必要があるかね?
 私を消しても何も変わらないぞ」

告げられた死刑宣告に
ひきつった笑みで見下ろしながら言葉を選ぶ。
この距離なら一瞬で首の骨を折れる。
はったりだ。元軍人の自分に対してこの小娘が何をやれるというのだろう。
何かやれたなら、その機会は今までもあったはずだ。

「言っておくが私とてただでは死なんよ。
 君の十人や二十人程度なら道連れに出来るだろう。
 私の体力が尽きるまで戦うつもりかね?
 そんな時間があるとでも思っているのかね」

連絡がないことをそろそろ他のメンバーが訝しがっているはずだ。
荷物も送られていない。取引先もこの場所を探るだろう。
4人も揃えば小娘一人、いくらでも嬲り殺せる。
そう、手足を切り落として箱詰めにでもしてしまえばいい。

「手を引きたまえ。
 君には大きすぎる相手だよ我々は。
 相手を誤らないことだ。
 今ならまだ命までは取らない。
 君が有能であることは認めよう。
 何なら仲間として迎え入れることを検討しても良い。」

おじけづく心を奮い立たせ、尊大な口調を維持する。
ここで舐められたらおしまいだ。自分の命も、プライドも。

カナタ >  
「うん、だから君を最後にしたんだよ?
 アルバート・モリス元少佐。
 君なら知ってるかなぁって思ったから、最後まで残したんだぁ。
 だってそうでしょ?最初に答えを知っちゃったら、他の候補は無駄死にじゃない。
 どうせ全員退場してもらうのに」

くすくすと笑う。
ああこのヒトはどこまで行っても道化だ。
まるで自分のようだ。

「いろいろ勘違いしてるみたいだけどね、
 もうこのお話は既に終わっているんだよぉ?
 駆け引きとかそういうのはボクの気が向いているからしているだけ。
 だって人の話を聞かなきゃって言ってたから。」

もっと裏があるかもしれない。
今まで隠密され続けた一端がこんなところで見つかるはずがない。
そう疑って今まで時間をかけ、念入りに確認をする時間を取った。
けれど……ああ、これはただの外注相手に過ぎない。
それが分かってしまえばもう、後片づけの時間。

「この物語の結末はもう変わらないんだよぉ」

そう、変わることを望んでも
彼女自身が変われないことを知ってしまったのだから。
それを惜しんでいるようにどこか寂しそうに今日初めてヒトらしい表情でそれは笑った。

筋肉質な男 >  
「勘違いしているのは君の方ではないかね。
 君は確かに死なないのだろう。
 何度死んでも生き返るのかもしれんな。
 だがそれは珍しいわけではない。
 君の専売特許というわけではないのだ。」

言い聞かせるようにゆっくりと言葉を選ぶ。
時間を稼ぐ事はもとより、変な気を起こして何か起こされれば
そこから増援が来るまでの間消耗戦になる。

「君ができることは同様に誰かができる。
 そして君に出来ないことも誰かができる。
 組織とはそういうもので個人が組織に勝とうなどというのは幻想だ。
 どれだけあがこうと個人では出来ることに限界がある。
 君がどれだけ奮闘しようと飲み込まれるだけだ。」

苦い思い出と共に目前の娘を見下ろす。
実際に組織の力を目の前のこの娘に教え込んでやりたい気持ちでいっぱいだ。
小さな肩に細い腕、太陽の下を歩いたことすらないような白い肌。
同じ年ごろの娘が他にいたとしても大抵はこの娘に勝てるような小柄で華奢な体つき。
落ち着いてくると同時になぜこんな小娘に怯えていたのかと数分前の自分を叱責したくなる。
こちらは戦場を切り抜けてきたのだ。
そして密閉されたこういった空間では個人の身体能力が物を言う。
そう。自分に負ける要素はない。そう男は自分に言い聞かせる。

「投降したまえ。君自身の為に。
 私はそこまで寛容では居続けられない。
 これでもだいぶ譲歩しているつもりなのだがね」

カナタ >  
「……それってボクに何か関係あるぅ?」

やっぱり人とは分かり合えないなぁと思う。
自分が出来ないことを人ができる。自分が出来ることは他人もできる。
それが何の理由になるのだろう。ああ、こうやって言い訳して生きてきたんだろうなぁ
そう思うだけ。

「……」

ああ、めんどくさいなぁと冷めた瞳で見上げる。
意地の張り合いとかそういう次元はすでに過ぎていると言っているのに
このヒトはそこから離れようとしない。
ここに至ってなお、まだこのヒトは理解していない。

「……仲間ってこれのこと?」

足元の影が泡立ち、その中から三つの塊を取り出すと
男の足元に無造作に投げる。
投げられたそれは一様に恐怖の表情を浮かべ
虚ろな瞳で男を見上げた。

筋肉質な男 > 「何を……!?」

足元に投げつけられたものを見て男は息をのむ。
転がっているのは見知った顔だった。
ここ数日間同じ仕事をしていた男達の悲壮な顔。
血の気のないその顔が恨めし気にこちらを見上げている事を認識すると
男は自らの勘違いを悟った。
三人が通信に出なかったのは通信を妨害されていたのではない。
そしてその原因とこの娘は関わっている。
ずっと目の前にいた筈のこの娘が。

「……っ」

そう、これをやったのがこの娘だという保証はない。
この娘も他の団体に所属していると考えるべきだろう
そもそもこれが本物という保証もない。
偽装する方法は幾らでも方法は考えられる。自分達も使ってきた手だ。
それでも……

「あ……ぁぁ……」

何故か転がっている顔を見たとき、理解してしまった。
この娘がこれをやったのだと。

カナタ >  
「どれがどれだっけ。
 なんか刀持ってたヒトはそこそこ強かったかも。
 6回くらい殺されたかなぁ……。
 洗練された技術ってすごいねぇ。
 わかっててもなかなか避けれないんだもん。凄くなーぃ?
 あ、そうそう、君の元部下さんねぇ
 一人だけ先に行くのは寂しいでしょ?
 最後に家族に会いたいって言ってたからちゃんとまとめて送っておいたよぅ」

けらけらと笑いながらつま先で指す。
どれがどれだかはわからないけれど、相手にわかればそれでいい。

「あ、安心して?
 電話がないのも予定調和だから。
 さっきも言ったように、残ってるのは君一人だけ。
 君だけ片付ければもう”終わり”なの。
 抵抗してみる?……良いよ?」

両手を広げ、慈母のような笑みを浮かべる。
彼もまた舞台で踊るお人形。なら平等に慈悲を持って

「死に方だけは選ばせてあげるよ。
 ボクが選んだみたいに。
 幸運でしょ?」

カナタ >  



「……あぁ、汚れちゃったなぁ。」

かつてヒトだったものを見下ろして頬についた血をぬぐう。
さっきまで自分を見下ろいていたそれは今は上半分を鋭利な刃物で切り取られたかのように
綺麗な断面を見せながら倒れている。
体組織の一部は採取できたので別に取り込む必要もなかったが
半狂乱になって殴りかかってきたのでその部分だけ”消えて”もらった。

「……」

モノになったそれを見てストンと表情を消すとふらふらと歩き、ペタンと床に腰かける。
酷く疲れきったような色を浮かべた瞳は空を仰いだ。

「……疲れた」

ここ最近、こう言った行動は控えていた。
理由は多分、その必要がないと思えていたから。
”モノガタリ”が進まないうちは、穏やかでいられた。
そう、そのままでいられた。けれど……

「めんどーなことしてくれるよねぇ。」

彼女はそう呟くと壁に触れる。
途端に部屋内が一瞬にして業火に包まれた。
転がるいくつもの死体もそして部屋の片隅の置かれた長細い袋もそれに包まれ燃えていく。
その袋から覗く顔に目を伏せる。顔は認識できないのだけれどそれでも彼女の事はよく知っている。

「……ずっと、友達だと思ってたんだけどなぁ」

それが入学後、ずっと自分の世話を焼いてくれた”オトモダチ”の一人であることを
彼女は気が付いてしまっていた。
どういった事情でそこにあるのかも、そしてそれが何を意味するのかも。
それを知るために彼女は全員を喰らったのだから。

「どうでも良いと思ってたのに、
 ……変われないね。ダメだったよ。せんせ。」

活発化した二級学生と風紀委員の争い。
その切欠の一端を担った場面の情報を思い出す。
そんな事どうでも良かったのに……こうして巻き込まれ、知ってしまった。
知らなければ変わらずにいられたというのに。
本当によく出来た、下らない筋書き。
様々な偶然が重なって、そして結局カナタのままでは居られなくなった。

「……神様ってやっぱりいるんだね」

燃え盛る業火の中、そう呟いて人喰らいの蛇は瞳を閉じるとゆっくりと横に倒れ……
その夜、人知れず多くの命と共にそのビルは土台ごと消失した。

ご案内:「◆黄泉の穴付近、廃棄区域の一角(閲覧注意」からカナタさんが去りました。