2020/07/22 のログ
ご案内:「ある少女の覚醒(前)」に   さんが現れました。
    >  
漆黒の闇の中に今にも落ちてきそうな月を見上げていた。

    その足元、冷ややかな、死んだ肉の感触。
 

    >  
            それは、人間の死体で。


   おびただしい数の死体で。



 

    >  
左胸が食いちぎられた死体。

                   繋がっているのが不思議なほど切り刻まれた死体。

    肋骨の下から切断され、傷口が焼き潰された死体。

              皮膚一枚の下から食い破られたかのような死体。

  顔半分をかろうじて残した殴打痕だらけの死体。

                            首から下を鶏肉のように照り焼かれた死体。

       無数の風穴が開けられた死体。

                     飴細工のように手足が捻り潰された死体。

             秘部から首の下まで引き裂かれた死体。
 

    >  
   死体。

                      死体。

         死体。

                              死体。
 

    >  


──それらは全て、私の死体だった。



 

    >  


  どの死に様も。
    甘美な香りのように私を誘惑し。


                           どの死に様も。
                  恐ろしい結末を私に見せつけ。


 

    >  


──そうして私は──


 

ご案内:「ある少女の覚醒(前)」から   さんが去りました。
ご案内:「ある少女の覚醒(前)」に雨見風菜さんが現れました。
ご案内:「ある少女の覚醒(前)」から雨見風菜さんが去りました。
ご案内:「ある少女の覚醒(後)」に雨見風菜さんが現れました。
女生徒 > 彼女は今日、実家に帰省する。
その前に時間があり、更に予定よりも早く目が冷めたため。

「風菜、起きてる?」

友人である雨見風菜の隔離部屋へと上がり込む。

雨見風菜 > 「おはようございます、──ちゃん」

風菜は、二つの触手を従え。
いま、朝食の調理を終えたかのように。
そしてこれから配膳をするところだったようだ。

女生徒 > 「──」

絶句。
普段の友人が、昨日と全く変わりないはずなのに。

雨見風菜 > 「どうしましたか、──ちゃん?」
女生徒 > 風菜の声に、我に返る。

「ごめん、なんかあんたが眩しく見えた。
 ……ってかその触手なんなのよ、ついにそういう魔術に手を出したの?」

言いながらローテーブルに着く。

「それに、あんたが朝食を作ってるなんて珍しい。
 どういう風の吹き回しよ?」

雨見風菜 > 風菜は、二つの触手とともに自分と友人、二人分の配膳をする。

「悪夢を見ました。
 その果てに、この子達が私の異能として発現しました」

触手はどうやら風菜の意のままらしい。

「それで早く目が覚めまして。
 ──ちゃんが来る気がしたのもあって、朝食を作ってみました」

雨見風菜 > 「「いただきます」」

二人の声が重なる。

女生徒 > 「悪夢を見た、って割にはさっぱりした顔ね」

味噌汁を啜る。
レシピ通りにしか作らない風菜の味は変わらない。

「てか、そもそもあんたの異能って『糸』じゃなかった?」

雨見風菜 > 「そうですね。
 死を恋い焦がれ、そして死に恐怖したからでしょうか」

キャベツの千切りを一口。
どうにも曖昧な言葉だ。

「ええ、『糸』も『触手』も、私の異能です」

卵焼きに醤油をかけ、一口。

「私の異能は、単なる『糸』ではありませんでした」

女生徒 > 「死を恋い焦がれ……?
 ちょっとあんた何言ってんの?」

焼き鮭を齧る。
そして白米を一口。
見事な炊きあがりだ。

「あんたの異能が、単なる『糸』じゃないっていうのもよくわからないわね」

雨見風菜 > 「悪夢の内容は、こうやって物を食べてるときにするものではないですね。
 食欲がなくなるんじゃないかなと思いますが」

焼き鮭の身を解し、白米に乗せて一口。

女生徒 > 「良いわよ、言ってみなさいよ」

卵焼きとキャベツの千切りを一緒に口に入れ、続きを促す。

雨見風菜 > 「今にも落ちてきそうな月の下。
 深い深い穴の中、夥しい数の死体の上に、立っていました」

焼き鮭の皮を剥がし、口に入れる。

「その死体はすべて私で。
 様々な死に方で、私を見つめていて」

茶を一口。

「私はそれを羨ましく思い。
 そうして……」

味噌汁を啜って。

「ここまでです。
 そこで目が覚めました」

女生徒 > 「女子高生の見る夢じゃないわね。
 カウンセリング受けたら?」

味噌汁を飲み干す。

「……なんて、そんなのが必要だったら、ああもさっぱりした顔にはならないか」

雨見風菜 > 「ええ。
 そのおかげで、私は私の異能と向き合えました」

キャベツに、卵焼きにかけて流れ落ちた醤油を絡ませる。

「私の異能は『生命をつなぎとめる異能』でした。
 『糸』は傷口をふさぎ、自己治癒を促す異能。
 そして『触手』は肉体と同化し、治療をする異能だったようです」

そのキャベツを口に入れる。

「まあ、『触手』は『生命をつなぎとめる』には乱暴なのですが」

女生徒 > 「ははあ、つまり」

卵焼きを食べ尽くした。
醤油との相性が絶妙で少し物足りない。

「ビッチだと思っていたら聖女でしたと。
 びっくりね」

雨見風菜 > 「いえ、いいえ。
 私は痴女のまま、変わるつもりはありませんよ」

焼き鮭を食べ尽くす。
塩加減が朝のおかずにちょうどよかった。

「私は私です」

女生徒 > 外から聞こえてくる蝉の鳴き声がうるさい。

「馬鹿だねぇあんたって」

ケラケラと笑う。

雨見風菜 > 網戸から、夏の暑い風が入り込む。
食事が終わったら、窓は閉めたほうが良いかもしれない。

「あらやだ、──ちゃんはご存知でしょうに」

クスクスと笑う。

女生徒 > 呆れたものだ。
目の前の友人は、己が死んでいる悪夢を見たにも関わらず。
異能が新たに生えたにも関わらず。
昨日までと同じように笑っている。
これが笑わずにいられようか。

雨見風菜 > ひとしきり笑い合って。

「さ、──ちゃん。
 帰省されるんでしょう?」

風菜が箸を置く。
ふたりとも、朝食を完食していた。

女生徒 > 「ええ、帰省前にあんたの顔が見たくなったの。
 来てよかったわ、ごちそうさま」

雨見風菜 > そうして、風菜は自室から友人を見送り。

新たな日々に思いを馳せつつ、朝食の片付けをしていくのだった。

ご案内:「ある少女の覚醒(後)」から雨見風菜さんが去りました。
ご案内:「◆特殊領域第一円」に水無月 沙羅さんが現れました。
ご案内:「◆特殊領域第一円」から水無月 沙羅さんが去りました。
ご案内:「◆特殊領域第二円」に水無月 沙羅さんが現れました。
水無月 沙羅 > 第一円と呼ばれる領域を抜け一度脱出を果たしたものの、沙羅はまだモノクロの世界を一人歩いていた。
伝え聞いた報告によれば、光の柱は円の形で内側に4つの段階に領域がわけられてるらしい。
領域に侵入する段階ごとに別の空間に転送され、それぞれの空間で体験する内容が決まっているのだとか。
条件を満たせば領域内に帰ってこれると聞いているが、裏を返せば条件を満たさなければ帰ってこれないという事になる。

少し前に侵入した第一円の世界では目的すら忘れてしまっていた。
その時点ですでにこの領域が危険なものだと物語っている。
あの理想の世界は確かに魅力的でもあったが、同時に残酷だった。
もう忘れることもできないだろう。

沙羅がこの円と呼ばれる領域に来たのには理由がある。
中心部に何があるのかを突き止める調査というのが表向きで、本当の目的は先に突入したとされている『神代理央』の捜索だった。
おそらく領域に捕らわれている間は合流できないかのだろうが、もしも彼が脱出した時に動けないような状況だとしたら。
自分が傍について居なくては、という実に利己的な目的。
そもそもついて来いと言われていなかったし、言われなかったという事はついてきてほしくないという事なのだろうが、知ったことではない。
私は私のやりたいようにやるだけだ。

モノクロの世界の先、また別の光の柱が見えた。
この先が第二円、待ち受ける苦難にそれでも挑むのは、きっと自分の為。

水無月 沙羅 > 光の柱を抜けた先、そこは白い、白い空間だった。

ふわふわとした何かに体が包まれている。暖かくて、包み込まれているような。
あぁ、いつの間にか自分はベッドの上で横になっていたようだ。
眩しい光にぼやけていた視界はゆっくりと戻りつつあり、見上げているのが白い天井だという事がわかる。

首を動かして周囲を見渡す。辺りにはいくつもの何かを計測するためであろう機械が並んでいて、ベッドに横になっている自分には機械とつなぐためのコードが多く取り付けられていた。
ベッドのある空間は他の場所とは隔離されていて、四方は全て壁になっている。
足元の方向にある壁だけがガラス張り(おそらくは強化ガラスだろう)で、白衣の大人たちがこちらを覗いているのが見えた。

普通に考えるなら病院の施設といえるのだろうが、生憎、沙羅にはこの光景に見覚えがあった。

「水無月の異能研究施設……。」

それは沙羅が産まれ、幼少のころに育った場所。
他の世界から隔離され、異能の力を研究するための鳥籠。
最強の異能を作り出すために生み出された一族の負の遺産。
沙羅は籠の中にいる小鳥とでもいうべきか。

もっとも、どちらかといえばモルモットという方が正しかったのかもしれないが。
沙羅はここで生まれたデザイナーベビーだ。
忘れていた記憶が掘り起こされる、封印されていた恐怖の記憶。

水無月 沙羅 > 今でこそ、沙羅は恐るべき速度で再生する不死といわれるほどの力を持つに至っているが、幼少期はそれほど強力なものではなかった。

沙羅の異能のうちの一つ、【不死なる者(アサナシオス)】は、正確に言うのなら再生能力ではない。
自身の肉体を無意識のうちにデータとして保存し、損傷するたびにそれ以前の肉体へロードする様に時間を逆行させ、結果的に損傷をなかったことにする。
いわば局所的なタイムリープ。それが彼女の能力の正体だった。
脳を摘出されようが強制的に発動されるそのデータが、いったいどこに保存されているのかは、今をもって不明であるため実質彼女を殺せる存在は無い、よって不死とされている。

どんなに損傷しても再生する肉体、という点でいえばそこまで変わりはしないが、幼少期の沙羅の回復速度はもっと緩やかなものだった。
静止した時間をゆっくりと逆廻ししていくような、映像記録をスローで逆再生するような緩慢さ。
無論、その間も痛みは続いている。

その能力を強化、及び解明することが、沙羅がこの研究所にいた理由。

水無月 沙羅 > 薬剤で筋肉が弛緩しているのか、体は動かない。
ガチャ……、という音と共に隔離されている部屋にひとつだけ存在している扉が開いた。

手術服を着ている何人もの人間が、騒々しい足音を立てて入ってくる。
何人かの人間が自分を取り囲むと、無理やりに抱え込まれた。
意識のあるままベッドから手術台に移動させられ、研究者たちは何かをいそいそと準備し始める。

真上にあった大きなライトが光って、自分を照らしている。
酷く眩しくて、熱い。

沙羅の真横に立った、おそらくは研究者の一人だろうか。
淡い緑色の手袋に、助手らしき男性が何かを手渡す。手渡されたそれは銀色に光っていて、ライトの光を反射するソレはひどく恐ろしいものに見えた。

動けないままに手足は固定され、自分が身にまとっていた衣服はハサミで切り裂かれた。
意識があり、感覚も残っているまま、彼はその凶器を、メスを彼女の体に突き立てる。

痛覚と意識のあるまま胎を切裂かれる壮絶な痛みに、声を張り上げようとするが、すぐに誰かに抑え込まれる。
口の中に何かを詰められ、歯を噛みしめることもできない。
周りの人間たちが何かを喋っている声が聞こえるが、そんなことは些細なことだ。
脳の中を痛みだけが支配していく。

胎の中を、内臓をメスやはさみで切り取られていく、何度も痛みで意識を失うが、そのたびに電気ショックによって意識を覚醒させられた。
目の前を、血だらけで取り出された自分の臓器が通り過ぎて行く。

生きたまま解剖されていく恐怖と痛みを、永遠とも思える時間の中、味わされ続けている。
まともな精神ではいられなかった。 気が狂いそうになる痛みの連鎖。
次第に思考は薄れて、感情すらも消えて行く。

時間をおかれ、再生される身体に沸き起こる感嘆の声に、しかし沙羅は何も感じなかった。

水無月 沙羅 > ふと、ガラス越しに、父と母の姿が見えた。
助けてくれと、手を伸ばそうとするも体は動かず、瞳で訴えかけようとして、目が合った。
しかし、両親は顔を背けてガラスの向こう側に見えなくなる。

「(どうして、なんで、お父さん、お母さん、たすけて!)」

そんな心の声は誰にも届かずに、無情にも痛みと恐怖による連鎖が再開される。
自分を助けてくれる存在は、ここにはいないのだ。
父も、母も、自分のことを研究材料としか見ていない。
だれも自分を愛してはくれない、あぁ、ならばきっと。
私は人間ではなくて、人形なんだろう。

沙羅は、ゆっくりと感情を手放してゆく。
期待することを、助けが来ることを、諦める。
ふと、この施設にあった花畑で一緒に遊んだ少年の事を思い出した。
彼が自分を撫でてくれる手は、暖かかったな。
彼なら助けてくれないだろうか、そんな淡い期待も、彼がこの施設からいなくなったことで水泡に帰したのだった。

なんて、救われない。

自分はひとりぼっちで、この痛みに永遠に苦しめられて生涯を終えるのだろう。

あぁ、もう、早く殺して。

水無月 沙羅 > 精神が死んでいくのがわかる。
極秘の任務の際に、感情を抑制する薬物を使用した感覚によく似ている。
痛みと恐怖の中で、不思議と冷静になりつつある思考に、記憶が呼び戻された。

「あぁ……そうか、これは過去の記憶なんだ……。」

これは、自分が忘れていた幼い頃の記憶。
自分を守るために消去していた過去。
何年も続いた痛みと恐怖の歴史、その断片。

この後にたしか、そう。

―――――研究施設は突如として炎に包まれた。

真っ赤に染まった白い服に、血にまみれた両手、何人も倒れている白衣の人々。
燃える、思い出の花畑。

あぁそうだ、私は。
この人たちを殺してこの島に来たんだった。

もう、痛みも恐怖も存在しない。
胸に到来するのは、虚無感といえるような、虚しさ。
こんなことをわざわざ追体験させるなんて、随分趣味が悪いな。心の中で悪態をつく。
怒りともいえない、静かになってしまった心には何も感じない。

これは通り過ぎてしまった過去、もう取り戻せない自分の罪。
決して失われる事は無い、痛みと死への恐怖。

それが今更なんだというのだ、思い出せ。私がここに来た理由を。

水無月 沙羅 > 「……。」

足元を濡らす血の池を踏み、死体を足場に前へ進んだ。
もう、この人たちに感傷する必要はない。

今はただ、あの人を助けるためだけに前に進もう。
心がそれの邪魔になるのなら、それすらも捨て去って。

―――――前に進む。

燃え盛っていた景色は、モノクロの世界へと還っていった。
もう、誰もいない。

今はただ、前へ。

次の光を目指さないと。

ご案内:「◆特殊領域第二円」から水無月 沙羅さんが去りました。
ご案内:「◆特殊領域第三円、及び四円」に水無月 沙羅さんが現れました。
水無月 沙羅 > 「……理央さん、どこにいるんだろう。」

自分の冷めきった声が聞こえる。
モノクロの世界が永遠に続いている中に、一人歩んでゆく。
居るか居ないかも分からない人のために、極限のストレスによって壊された感情を背負いながら、ただ歩いてゆく。

また、川に囲まれた光の柱が見えた。

「まるで三途の川みたい。」

これ以上先には死が待っているぞ、そんな警告にすら思えてくる。
死が存在しない自分に、そんな警告は意味をなさない。
脚が濡れることもかまわずに突き進んで、再び円の中に突入する。

確かこの先は。

水無月 沙羅 > 第二円を抜けた先、第三円。
そこは今までと変わって、鬱蒼と茂った森林地帯。
報告には聞いてはいたが、また随分と趣向が変わったものだ。
彼方此方から、『殺してくれ』だのなんだのと、随分と騒がしい。

『ミュータント』そう呼ぶに相応しい、おそらくは人間を素体にしたのであろう怪物があたりをうろつき、隙あらば襲ってくる。

「ここにきて実力行使ですか……?」

既に殺されている感情に、慈悲も同情もなく、殺してやる儀理もない。
異形たちの群れ、自分もひょっとしたらこういう形で生まれ落ちたのかもしれないと思考によぎったが、どうでもいいことだと切って捨てた。
これが幻覚なのか、作られた空間にだけ存在する仮想生命なのかも、今の自分には関係がない。
ただ只管に出口を目指して歩いていくだけ。

自分に肉体強化の魔術を施し、邪魔をする個体はねじ伏せ、殴り倒して。
襲ってくる敵には異能を使って痛みを返し、負傷を気にする事は無く。

唯、前へ、前へ、前へ!!

それは死の行軍と呼ぶにふさわしい、己を省みない強行策だった。
もはや策ともいえない、己の不死を盾にしたたった一人の強行軍。

声も痛みも、どこか遠くに置き去りにして、目の前の助けを求める、死を求める声を見捨てて、唯只管に進んでゆく。

いつの間にか、風紀委員の腕章も血に染まって。
一体そうして何時間歩いたのだろう。
何回死んだのかも分からないほどにボロボロになりながら、円を抜ける。

行軍の痕には、沙羅の流した血の道ができていた。

もう少し、もう少しで最後だ。

水無月 沙羅 > 第四円、最深部。

報告すら、まともにされていない、未知の空間。
沙羅は、様々なものを捨て去ってそこにたどり着いた。
何か、とても大切な、受け取ってきた大事なものを、置いてきてしまったかのような、そんな喪失感を感じている。
それでも、ここまでたどり着く必要があった。
あったはずなのだ。

「(あれ、何しにここまで来たんだっけ……)」

そんなことすら曖昧になりそうなほど、長い時間がたった気がする。

「あぁ、そうだ。 理央さんを探しに来たんだっけ……。」

音に出して、言葉にして忘れないように、自分に刻みながら、光の柱の中へ侵入した。

これが最後の突入になる。

水無月 沙羅 > 光のせいだろうか、くらくらと眩暈がする。
ずっとモノクロの世界を歩いていると、光があまりに眩しく感じるから、そのせいかもしれない。

眩しさと、立ちくらみに目を抑えながら進む、やがて光は消え失せて、再びモノクロの世界へ。
目の前に浮かび上がったものは、巨大な月だった。

「なに……これ……?」

星一つ無い、真っ黒と表現するに正しい空らしきものに、モノクロに描かれた、今にも真上に落ちてきそうなほど大きな月。
距離感がおかしくなって、手を伸ばせば届きそうにさえ感じてしまうそれは、一つの想いを思い出させた。

「ここなら、少しは軽くなるかな。」

これだけ月が近いのなら、重力が少しは軽くなっていないだろうか。
体重はともかく、あの人の背負っているものが、少しでも軽くなれば。
そんなことを思っていた。
しかしそれも、ある光景が目に過ったことで走馬灯のように消えてしまう。

光の膜が、筒のように空へ向かって伸びている。
あぁ、きっとこれはオーロラなんだろう。 よく見ると地面は凍っていて、薄く水が流れている。
スポーツ用のシューズを履いていた自分の脚は良く滑って、傾斜になっている道からは転げ落ちそうになる。
気が付くと、酷く寒気を感じた。

「そういえば、死ぬ時って妙に寒いんだよね。」

血の気が抜けると寒く感じる、沙羅は実体験としてよく知っていた。
死後の世界があればそれはきっとこんな風景なのだろうか、何処か幻想的で美しいとすら感じられたのに、それは裏切られることになるとも知らずに。

氷の地面、水の流れ出る先にある大きな縦穴に、何かが吸い込まれて墜ちていくのが見える。
あれは……なんだろう、人?
もう少し、近づかないと。

ゆっくりと慎重に、滑り落ちないように近づいてゆく。

水無月 沙羅 > 大きな縦穴、『立坑』に近づいてゆく。
それはもう目の前、一歩踏み出せば穴に落ちてしまいそうな位置。
此処が円の中心部、ようやく最深部までたどり着いた。
でも、ここには誰もいない。

「……無駄足だったかな。 理央さん、ここまで来てなければいいけど。」

危険すぎるし、何より精神的によろしくない。
力なく笑いそうになったその瞬間に、目の前の立坑に何かが落ちて行ったのが見えた。
墜ちていく物と目が合った。
合ってしまった。

「……え?」

見間違いでなければそれは、真紅の瞳をしていて、女子生徒の制服をしていて。
腕章を、つけていたような。
そして、嗤って……。

思わず、立坑に駆け寄る、落ちないように縁に指がめり込みそうなほど強く握りながら底を見下ろした。
ぎょろっと、こちらを見る無数の瞳。

「ひっ……!?」

思わず、悲鳴を上げる。
こちらを見ていたのは、落ちてきていたのは。
『水無月沙羅』だ。
一体幾つあるのかわからないほどの自分の死体が、立坑を埋め尽くすように積み重なっている。
それでも、底は遠く、深い。
墜ちたら無事では済まないであろうことがわかる程度には。

流れ落ちている水は、底にたまって血と混ざり、真っ赤な湖に成り下がって、たくさんの私は仰向けに浮かびながら、積み重なりながら、こちらを覗いている。

寒気が、また増した気がして、体が震える。
寒さに耐える様に這い上がって、両手を抱えて座り込んだ。

「なんなの、あれ……いったいここは何なの……っ」

吐きそうになる口を塞いで、何とか耐える。
自分が死ぬわけがないと思いながらも、その光景は強烈に『死』をイメージさせた。
いやがおうもなく、これまでの道筋を思い出させられる。
すべてが、走馬灯のように感じられる。
今さっき通り抜けてきた第三円を思いい出す。
あれは、自分になりそこなった失敗作だったのではないか。
そんな想像さえ過って。

壊れていた筈の恐怖の感情は再び黄泉がえり、沙羅を侵してゆく。

水無月 沙羅 > 辺りを見渡すも、出口は無い。
もう、光の柱もない、この場所が最後の最深部。
この先は無い、先がないのだとしたら、出る方法は?
それは一つしか思い浮かばない。

「私も、こうなれってこと?」

『死』への恐怖と、目の前の惨状に身が竦んで動けなくなる。
脚が震える、恐怖が舞い戻って、歯がカチカチを音を立てて何度もぶつかる。

ここを出たいのならここに来いと、底に沈む自分が誘っているようで、それは体験したことの無い恐怖だった。
痛みとも違う、殺されることとも違う、拳銃で自分を撃ち抜く事とも違う、まったく別種の恐怖が己の体を支配して行く。

もし、この空間で自分の異能が発動しなかったとして、ここで死んだらどうなるのだろう。
彼とは二度と会えなくなるのだろうか。
仲良くなった人たちとも、一度会話をしただけのあの人も。
死の恐ろしさを教えてくれたあの人とも、もう会えなくなる。

それが、本当の『死』への恐怖だと気が付くのには、そう時間はかからなかった。
自分は、本当の意味では理解していなかったのだ。

水無月 沙羅 > 「……。」

カタカタと震える自分の腕を掴みながら、腰につけていた護衛用の拳銃に手を伸ばす。
もし、この場所を出る事の条件が死ぬことなのだとしたら、自分の脳天を貫けばいい。
あの下に落ちることは、何かとても、怖いことなきがして。
あの中に自分に、全て溶けてしまいそうな、自分が自分ではなくなってしまう様な。
狂気そのものになってしまう様な予感がして。
其れだけは避けたかった。

だから、沙羅はまた此れに頼った。
もう使うつもりはなかったけれど、それに縋りたくなったのだ。

銃口を、自分の口の中に、なるべく脳に向くようにして。
確実に、一度は死を迎える様に。
震える両手でセーフティーを外した。

永く感じされる静寂に、恐怖はリミットを超えて。

パンッ―――

乾いた音が響くと、沙羅は立坑に落ちて行った。

水無月 沙羅 > ―――――
水無月 沙羅 > ――――
水無月 沙羅 > ―――
水無月 沙羅 > ――
水無月 沙羅 >
水無月 沙羅 > 目が覚める。 そこは、何処かのベッドの上。
たぶん、黄泉の穴近くの風紀委員が立てた簡易拠点、その医療テントの中。
中ではあわただしく、生徒たちが動いている。

あぁ……、帰ってきたんだ。
その事実に安堵して、胸を撫で下ろした。

未だに、あの光景が目に焼き付いている。
自分の死の光景が、一面に埋め尽くされるあの光景を。

あぁ、それでも、やらなくちゃいけない事があるのだった。

ベッドから起き上がる。周りの生徒に制止されるのを振り切って、再び円へ向かう。
あの人があそこにいるのなら、探さないと。

全てを乗り越えた私にしか、できないことだから。
身体に鞭を打って、再び歩き続けた。

もう一度立ち上がるために、感情を殺して、あの人を探す。
隣に立つと約束したあの人を、助けないと。

そうして何度か、円に突入して、生存者を運び出すことを繰り返した。

水無月 沙羅 > 最終報告
水無月 沙羅 > 水無月沙羅は円に突入後、合計48時間後に脱出を確認、救出される。
全ての領域を踏破したと思わしき彼女は中の様子を報告するも、精神に異常をきたしていると判断された。
上記の理由からしばらくの療養を宣告されるが、『あの人が待っているから』と、とある人物が目の前に現れるまでその場にとどまり続けた。
その後、気を失うように倒れたのが確認されている。

ご案内:「◆特殊領域第三円、及び四円」から水無月 沙羅さんが去りました。
ご案内:「◆特殊Free(過激描写注意)3」に水無月 沙羅さんが現れました。
ご案内:「◆特殊Free(過激描写注意)3」から水無月 沙羅さんが去りました。