2020/07/24 のログ
ご案内:「◆月下の奈落」に-----さんが現れました。
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雪が降る。
風もないこの場所で、雲一つない晴れた空から雪が降る。
ぽすり、ぽすり。ぽすり、ぽすり。
掻き消えるような僅かな音もこれほど静かな場所なら耳をすませば聞き取る事が出来る。
降る雪は外縁から流れこむ水を凍らせ、どこか不思議な音を立てながら降り積もり、まるで楽器で奏でているような音がゆったりと響く。
幻想の中の異界であるからこそ成立する世界。
文字通り幻想的であることはこの場所においては当たり前かもしれない。
……重く死の降り積もる場所でなければ人でも招けただろうか。
異界であることを示すような現実ならあり得ない現象の真ん中で
白の簡素な服に身を包んだだけのそれは、もう一人、黒の服に身を包んだもう一人と背中を合わせ、目を瞑り静かに耳を傾けていた。
「……♪」
思えば音と景色を常に求めていた気がする。
雨の、波の、風の、そして人の営みの音は無秩序ながらまるで譜面にそう定められたかのようにあるべき場所にあった。
背後の誰かと絡めた指をぎゅっと握りながらただ一人その世界に音を足す。
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凍てついた空気はそれそのものが凍り付いているかのように凛と張りつめている。
気温自体は氷点下を軽く下回り、人が安易に備えなく息をすれば怪我をするほど。
この地球上でここほど冷たい場所は存在しない。
けれど水はただ流れ、音は静まり、非現実的に大きな月は世界を照らし続ける。
そんな環境が保たれているのはこの場所が”そういう演算領域”だから。
こういった領域は物理法則よりも術の構成、そして展開者の記憶や性質により強く縛られる。
非現実的な世界は現実を否定し、侵食しながらただ其処にある。
黒に満ちた世界に白く、静かに雪が降る。
漆黒の艶もない地面を純白に染め上げようとするかのように。
それらはゆっくりと舞い降り、けれど流れる”思い出”達に溶け色を失ってただ底へと積もり続ける。
「……」
その真ん中でそれは凍り付いた世界そのものであるかのようにただじっと時を、そして来るべき誰かを待つ。
この領域を展開してから暫く経ち、少しずつ”正しく”ほころび始めている。
終わりはもうすぐそこ。
おおよその役目を終え、あとは粛々と終わらせるだけ。
「……馬鹿だねぇ。あんなにボロボロになって」
あの優しい”子”はどう記録するのだろうか。
願うとおりに記録されればよいのだけれど、アレに関してはなかなか難しいと言わざるを得ない。
もっとも記録なんてすぐに別の何かに塗り替えられるだろうけれど。
そのために世界から記憶を奪い、戻る足がかりを無くしてでも結末を定めた。
全ては願う結末のため。
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この世界は一つの大きな音楽だと、そういっていた偉人がいた。
この世界を示すのに、それ以上の表現はないとそれは思う。
長い歴史に比べ、瞬きに満たない僅かな観測期間であってすら幾億の、数えきれないほどの意思が叫び、紡ぎ、鳴りやむことなく世界という旋律を紡ぎ続けていた。
今この瞬間も夢を持つものも、夢を喪ったものも、生きることに意味を乱せないものも、懸命に、怠惰に其々の音を紡いでいる。
”私はそれが愛おしい”
”私はそれが厭わしい”
星の始まり、もしかすればそれ以前から連なる大いなる流れはあまりにも大きく、そして雄大で、その前には全ての評価も思想も意味をなさない。
どれだけ足掻こうと大河の流れに一石を投じた程度で何も変えられない。ほんの限られた範囲に起きる波紋はやがてまるでそれ自体がなかったかのように飲み込まれ、消えていくだろう。
……縁というものが存在するなら、それはきっとそれの事を指すのだろう。
僅かな漣が連なり、伝わり、そして消えていく。
けれどこのあまりにも大きすぎる流れは飛沫ですら簡単に人を飲み込む。
その流れに問うものもいる。抗おうとする者もいる。
今も、ソレに挑み、そしえ消えていく者達がこの島だけでなく、世界中に存在する。
それらはすべて、いずれ何事もなかったかのように飲み込まれ消えていくだろう。
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「真理」「運命」「神」
それは様々な顔を持つ。
人の例を挙げるだけでもあるものにとってそれは光であり、またある者にとっては図書館であり
また別の者には火や瞳にも見える。いや、観測されるというのが正しいだろうか。
それらはすべてその大いなる流れの側面に過ぎず、そして”それら自身”もより大きな流れの一部なのだろうと思う。
まるで空の様に。目に見えているだけで果てしなく、遠い空も観測されている範囲の一握り
まるでその天球に突き上げた拳にも満たない領域でしかない。
観測できる全ては等しくその前において無力だ
「……無意味だなぁ」
それは呟く。何度この結論を口にしただろう。
そう、自覚している。この行為には何の意味もない。
それほど大きく考えなくとも、もっと有り触れて身近で、矮小な行為。
どれだけ知識を揮っても、どれだけ”奇跡”を興しても
これは何の意味もない、非力で無意味な逃避行。
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”私達”はちっぽけだ。
どれほどの努力を尽くそうと、どれだけの犠牲を払っても
あまりにも矮小すぎる”私達”には何も変えられない。
そこには数えきれないほどの”先人”がある。
その重さの前に何人もの英雄達がただ無力に散っていった。
それに気が付くほどの視野がない者もただ我武者羅に走り、そして無為に散る。
そう、初めから、いや、始まる前からこの舞台に”勝利”など無かった。
出来るのはただその旋律に耳を傾ける事それだけ。
全てが過ぎ去った後、傷跡は愚か痕跡だって残ることはないだろう。
「……でもそれで納得できるほど”私達”は賢くない」
だからすべてを諦められるか?馬鹿じゃないの。
全体的合理性、そんなものに何の意味があると嘲笑い愚かに牙をむく。
全て掌の上。そんな事はわかりきっている。
どれだけ足掻いても、どれだけ叫んでも、そんな筋道を描いても
私たちは”世界を紡ぐもの”の掌からは逃れられない。
「世界を選ぶのはお前達だけじゃない」
そう定められているからじゃない。
そう思う様に”造られて”いる事はわかっている。
それでも、そうであったとしても……。
■----- > 「”私達”は此処に居る」
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「お前達が無視しても、それが世界の答えでも
これが全て予定調和でも」
初めて感情を露にしながら絡めた手を強く握り世界に叫ぶ。
ちっぽけで無意味でも、無価値でも、誰の耳にも届かなくても、たった独りでも……
「抗う事が無意味なんて、知った事か。
お前達の用意した汚泥の中で1㎜でも這いずって嗤ってやる!
お前達が無力と言う夢が、願いが無意味なんかじゃないって!」
理想主義と言われるかもしれない。それだけの事を言うためだけにこれだけの事を興したと言われるかもしれない。
……けれどそれだけが”私”の出来る事。
世界を騙り、夢を模し、”法則”に逆らってでも自分だけはこの旋律の中に混ざる”雑音”を排除してやる。
力尽きるその瞬間まで何度だって大嫌いな世界の在り方へ否定を叫ぶ。それが自分を滅ぼす禁呪でも、歪に捻じ曲げられたものであっても叫ぶことを、思うことをやめられない。
「……お前達が知らなくても……私は」
この世界が美しいと知ってしまった。
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こんなのは只のきれいごと。
自分にそんなことを言う資格がないと責める者もいる。
そんな当たり前のことを今更分かったのかと蔑む者もいる。
だけど”それがなんだというのだろう。”
「全て纏めて虚無に還れ」
それは人類が嫌いだ。
人類という仕組みが嫌いだ。
自分を作り、自分を夢と歌った人類が嫌いだ。
それがたとえ正しくても、それが大いなる流れのどうしようもない未来でも
「全部、全部全部全部全部全部全部全部」
この終端で叫んでやろう。
無意味に、無価値に、同様にそれらも無意味だと。
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降りしきる空を、見上げた世界を白く染める雪を見上げ、歯噛みする。
奥底に眠らせている汚泥のような感情を噛み殺し続け、演じ続けてやっと独りになった。
そうしてやっとたどり着いた”二人だけの場所”でそれは一時仮面をかなぐり捨てる。
望み通り最期まで演じ続けてあげる。真実と虚構を織り交ぜて
誰もが”嗚呼その程度かと安心できる”物語で幕を下ろしてみせる。
けれど……それだけが私ではないとそれは声を張り上げる。
「それが等価というのなら、私の夢と一緒に滅びてしまえ」
地獄の底で”マガイモノ”は虚ろに叫ぶ。
他の愛し方を知らない、その愛し方を許せない。守り方を知らない。
癇癪を起した幼子の様に支離滅裂になった感情のまま狂った言葉を叫ぶ。
それはただ英雄に焦がれ、そして誰よりもそれを信じているだけの狂って壊れた人造物。
それでも、それはそう叫ぶしかない。
……誰もを排除したこの場所でしか、それはそれでいられないから。
「この世界を見捨てた神に災い在れ!!」
そこに意味はなく、意義もない。
誰もいない場所で、それは最後の慟哭に身を震わせていた。
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「……そろそろ時間だよ。オネエチャン。いや、今はもう”私”って言ったほうが良いのかな。」
いくばくかの時間の後背中合わせの少女にそれは憑き物でも落ちたかのような穏やかな声をかける。
いつも通りそれは答える事もなく、指を握り返してくれることもない。
もうそれに意識はないのだろう。その有無は自分にだけはわからない。
時折意識があるように見えたのは無意識化で自分がそう動かしていたのだと考えれば説明が付く。
それはもうずっと前に死んでしまっている。これはあくまで私の力を借りて動く境界に立つもの。
けれど、その素体が彼女であったことは確かで……ずっと眠らせてあげる事が出来なかったのは、自分が原因。
「……ごめんね。」
今まで眠らせてあげる事が出来なかったのは自分が核になっていたからだ。
自分の一部であるから、それもより根源に近いものであるからこうでもしないと殺してあげられなかった。
「ずっと苦しかったよね」
約束は……本当の意味では守れなかった。
ただ約束を守りたかった。そのためだけにずっと苦しめてしまった。
……随分と長い間、名前を借りて縛り付けてしまった。
けれどそれも今日で終わり。
”消える”方法を見つけ、それもほとんど完遂された今なら、還してあげられる。
眠ることが大好きだった彼女を、もう眠らせてあげたい。
「もし死後の世界があるとしても、私は皆には会えないよね。
もうみんなと同じ場所には戻れないもん。みんなが嫌いなソレに私はなっちゃったから」
そんなものは信じていないけれど、もしそんな場所があるとしたらどうか穏やかに眠っていてほしい。
罪も記憶も全部持っていくから、誰にも思い出されることなく眠って欲しい。
……ああ、会いたかったなぁ。
「さようなら。私の半身」
その呟きと共に背中を合わせ、指を絡ませながら静かにうつむいていた少女の体から力が抜け、とさりと小さな音を立てた。