2020/07/25 のログ
----- >  
「これで後は”私”、だけ」

此処までずいぶんと時間がかかった。
この状況に至るまで、幾度も幾度も殺し、殺され、そして叶えてきた。
情報体というエネルギーの塊をベースに世界を騙る。
そしてその演算で自分を殺しながら情報を消費してきた。
そうして数えきれないほどの自分を文字通り使い尽くして……

「気は済んだかい?私。
 もう、叫ばなくても大丈夫かい?」

あとはそう、”私”の時間は終わり、演者として必要な数だけ此処に居る。
不死を殺すための世界はもうすぐ幕を下ろす。
筋書き通りにその役目を十全に終えて

「うん、大丈夫。
 だってほら、”皆綺麗な結末を望んでる。”
 なんだって叶う世界で、なんだって喪える世界で
 それでも星は空に還る事を選んでいる。
 みんな、私が願った通り」

あとは演目通り演じ切るだけ。
大丈夫。つまらない人形劇ももうすぐ終わる。

----- >   
「ああそうだ、あの子が来るはずだろうからその用意もしなくてはいけないね。
 まったく、死体を手紙代わりにするなんて皮肉が利いてるというか……」

あの樹は愉快な事をしてくれていた。
本当に、余計な真似を”友人”にしてくれたことだ。

「この世界に真実なんて存在しない。
 悪は過程であり、正義は観測。
 善悪の彼岸は遠く彼方にのみ存在する。」

ならば私は誰かの願いを叶える歌を、自分の願いを紡ぐ詩を唄いに行こう。
炭鉱で囀る金糸雀のように。
演じに行こう、滑稽で無様な一人劇を。

「故に真理など永遠に現在にはなく、許されざることもない。
 ここは私の世界。私が望まない結末なんてひっくり返してみせる。」

本当と嘘を織り交ぜて、その奥の願いに手を伸ばそう。
例え望まれなくとも、余計なお世話でも。
ああ、きっと凄く嫌そうな顔をするに違いない。
でも仕方がないでしょう?

「……出会ってしまったんだもの」

----- >  
「まぁ本当はこんな場所に来ないで済むに越したことはないんだけれど。
 本当にあの子は放っておけないよね。どこかの誰かさんもそう。全く」

態々記憶を消して、記録も消して、全て最初の筋書き通りに事が進めば……
”記録された私”も残ることなく綺麗に消えるはず。
それは自分の在り方を決める事と同じ。なのにまだ、覚えていてその手を差し伸べる誰かが居る。
まだ帰ってこられるとでもいう様に、自ら崖から身を乗り出しこちらに手を伸ばす。
共に奈落に落ちていくかもしれないというのに。

「……馬鹿だなぁ。
 本当に馬鹿だ。」

愛おし気にそれは呟く。
戻ることはないけれど、戻ることは出来ないけれど
それでもそのもしもを想像するだけで笑みが浮かぶことを止められない。

「誰かのために一生懸命になれるなんてね」

彼らは……そう、”信じて”いるのだろう。
諦めきれないのかもしれない。そうあって欲しいという自己満足かもしれない。
それでも彼らは世界を信じている。
……矛盾するけれど、その姿勢だけはどうしても嫌いになれない。

ご案内:「◆月下の奈落」に神樹椎苗さんが現れました。
神樹椎苗 >  
「――バカは、お互い様でしょう」

 すとん、と。
 奈落の底に、軽い音が落ちる。
 氷点下の中で吐息を凍らせながら。

 身体の内部を、活動を維持するために必要な部分をすべて神木と同一に変化させ、環境に適応する。
 人のカタチを保っているために皮膚は冷気に焼けるよう痛むが、その程度の痛みは無視できた。

 降り積もる死も、繰り返される死の記憶も、追体験も椎苗にとっては『意味がない』。
 どれだけ死を再現されたところで、それはとうに通り過ぎたモノ。
 死ねない恐怖に比べれば。
 死とは救いに他ならないのだから。

「ま、ロマンチストみたいですからね。
 別に必死になったつもりはねーですが――」

 皮膚の表面が凍りかけているのだろう。
 血液が全て不凍液に変わっているものの、それで体温を維持できるわけではない。
 だからか、少しばかり歩きづらそうにしながら、白い吐息交じりに『友人』へ歩み寄る。

「――お前の最後を見届けるなら、しいがいい。
 そう、思わせたお前が悪いのですよ」

 『友人』が選ぶ道を否定はしない。
 『友人』の望みを邪魔するつもりもない。
 ただ、『友人』の最後を看取るために。

「お前を終わらせるのなら、しいがいい。
 そう、思わせたお前が悪いのですよ」

 けれど少しだけ、『友人』としての我儘を口にしながら。
 神木の『端末』は呆れたように肩をすくめた。

----- >  
「いらっしゃい。そろそろ来る頃だと思ってたよ。
 こんな寒い場所にわざわざ来るなんて君本当に物好きだよ?
 温かい場所でのんびりしてても誰も責めないっていうのに。」

対してそれもまるで街角で出会ったかのように気軽に声をかけながら
ゆっくりと深淵の真ん中に浮かび上がる。
此処まで腕を萎びさせたり似合わない武器を使ったりしてこんな場所にたどり着いたのだ。
これくらいは歓迎してあげても構わないだろう。なんて思いながら空中に腰掛ける。

「ボクの最後……そう、そういえばそんなことを言っていたかなぁ。
 くふ、その樹はずいぶんと君をかっているようだね。
 ボクの事を覚えてるのも確かその子が原因だったっけ?
 ……酷い話だよねぇ。君にも、ボクにとっても」

ああ本当に、この子が忘れているままで居られたらよかった。
死なないだけでもなかなか”やってられない”というのに。

「くふ、ボクも結構愛されてる?
 やだてれるなぁ」

ケラケラと笑い声を響かせながら空中で降る雪を掴む。
掌に乗った雪は解けることなく、綺麗な結晶を維持していた。

神樹椎苗 >  
「物好きなのも、お互い様ですね。
 しいみたいなモノに、親しみを感じやがるんですから」

 いつものように、疲れたように気だるげに、ソレもまた腰を下ろす。
 下半身から『根』が生え、『幹』になり、『腰掛け』のように変化して。
 『友人』と同じ高さで、『端末』は左腕で頬杖をついた。

「『神』に使われるにも、器になるにも、素質ってのが必要みてーでしてね。
 しいの身体は、代替品が見つからないくらいに貴重だったんでしょうよ。
 買われているんじゃなくて、大事な『玩具』を手放したくないだけです」

 だからこそ、『玩具』の我儘も聞くのだろう。
 趣味も嗜好も行動も操っておきながら、ほんのわずかに『玩具』の意思を残させて。
 そうして自力では得られない情報を、感情を、経験を蓄積し続ける。

「まったくですね、迷惑な話です。
 死ねない上に、忘れられない。
 その上、しいには『自由』もない」

 ――そりゃあ、『生きている』だなんて言えるはずがない。

「うわ、気持ち悪い事言いますね。
 鳥肌が立ちましたよ。
 ――嫌いじゃないですけどね」

 笑い声を聞きながら、上を見上げる。
 静かに降る雪の向こうに、大きな月。
 あらゆる『死』に包まれた、穏やかな場所。

「――いい景色です」

 モノクロの世界に、居心地の良さを感じる。
 一つの終わりが始まるには、良い場所だと思わされた。

----- >  
「あはぁ。それに関しては否定できないかも。
 ボクも趣味が良いとは思ってないしぃ。
 今週だけで何度”趣味が悪い”って言われた事か」

それは肩をすくめる。
確かに趣味が良いとは言えない。
願いを無理やり引き出すなんて土足で踏み込むのと同じ。
けれど仕方がない。”必要”なのだから。

「ああ、そういうものだよね。
 素質やら適正やら、そういう本人にはどうにもできないバトンが
 生まれる前からボクたちには渡されてる。
 出来レースってこういうことを言うんだろうね」

空を仰ぐ。
この場所はとても静かだ。
眠りについたモノが安らかに眠れるように
ただ静かに在れるように。

「……君にとってはある意味夢に見た場所かもしれないね。
 良い場所でしょう?静かで、何もかもが止まっていて」

この嘆きの川の終端で、空を見上げてそこにある輝きに魅入られる。
届かなくて、それでもどうしようもなく惹かれてしまう。
そして同時に、そのままでいられる場所。

「あの日見た月は同じくらい綺麗だったなぁ……」

神樹椎苗 >  
「悪趣味なんでしょうね。
 しいも『黒き神』がいなけば、ここまでこれなかったですからね。
 心が壊れた人間も、沢山いるでしょうし」

 けれどそれを『趣味』でやるような――やれるような悪人ではない。
 わかっているからこそ、それを責めるつもりもなかった。

「ああでも、知り合いが一人壊れましたからね。
 おかげで面倒な思いをしましたよ。
 まあ――原因になった馬鹿野郎にも思い知らせてくれたみてーですし、いいんですが」

 自分を先輩と呼ぶ困った『娘』。
 自ら地獄へ飛び込んだ、自業自得としか言えない結果だったが。
 少なからず迷惑をこうむったのだから、文句の一つも言っていいだろう。

「しいはどちらかと言えば、産まれた後に作られた方ですかね。
 なんにしても、自分じゃどうにもできないのは同じですが」

 求める『結果』のために、生み出された、育てられた『モノ』。
 『友人』も『端末』も、そのなれの果てだ。

「――ナイル川にはさまれた、イグサの茂る小島。
 アアルの原野は、きっとこんな静かな場所なんでしょうね」

 そう、何時かたどり着ければと願う楽園を夢想する。
 その証拠に、『黒き神』はとても静かで、穏やかだ。
 この場所に『死』を冒涜するものが誰もいないのも理由だろうが、この場所が冥界に近いのも理由の一つだろう。

「月の綺麗さなんて知りませんが、この場所、この世界は。
 とてもきれいだと思いますよ」

 静寂に身をゆだねるように、頬杖を突いたまま瞳を閉じる。
 『友人』の言う通り、いつまでも居たいと思える、理想にとても近い場所。
 この場所で終われるのなら――それはなんて、幸福な事だろうか。

----- >  
「壊れることが”必要だった”から。
 時に目の前に突き付けてでも、頬を張ってでも目を向けなきゃいけない時がある。
 それにね、あの物語にはちゃんと続きがあるんだよ。
 ”幸せな結末”を望んだ子たちは皆、其々の星を見つけて帰っていったもの。
 そうでないのは”そう願わなかった者”だけ。」

今がその時だとそれは笑う。
その結果、壊れてしまうならそれはそういうモノだったのだと。
彼らがそれを望んでいなければ……誰も彼らを助けはしない。

「ボクは誰にでも優しいわけじゃないよ。
 特に……あの子は自らの願いを理解していなかったからね。
 遅かれ早かれ、彼女はああなっていた。
 そしてその時には今回程度では済まなかった。
 嗚呼、もちろん私情もあるけど……”これでも手加減した方”なんだよ?」

境遇が自分と似ている。自分と似ている能力がある。
理由はそれこそ幾らでも考えられるけれど……
あの子は”壊れなければ前に進めない子”だろうから。

「そこに意思は介在せず、ただ現象がそこにある。
 君はそんな場所があると信じる?迎え入れ、永遠に安らげる場所があると。
 ……ふふ、ボクは天秤では測ってもらえないだろうけど。
 ぱくっとされ続けた結果、こうして此処に居ると言っても過言ではないしね」

罪の重さで測るなら、自分は間違いなく大逆人だ。
人としての罪どころか、神という在り方にすら歯向かい、そして不遜にも自己の世界で神の如くふるまっている。
嗚呼、大いなる裁きとやらがあるのなら、真っ先に永遠の業苦へ向かうだろう。
……それからすれば、それは只”戻る”だけだけれど。

「嗚呼、ずっと此処で眠っていられたら楽でいいのになぁ」

そんなことを考えないで、永遠にとどまっていられたらどれほど楽だろう。
他愛のないことを友人と話しながら、いつまでもこの微睡の中に居られたら……。

神樹椎苗 >  
「まったく、物好きでお人よしじゃねえですか。
 お前のおかげで、多くの人間が壊れて――先に進む。
 終わって――始まる」

 それは生命の循環にも似た――神の如く振舞う『友人』からの祝福か。
 ――いや、置き土産のようなものだろうか。

「しいはそれを信じています――そうでなければ、あらゆるものに救いがない。
 これまで『死』に送られたモノにも、『死』を贈ったモノにも。
 罪の大きさなんて知ったことじゃないですが――」

 閉じていた目を開き『友人』を見つめる。

「――『死神』はお前を気に入っていますよ」

 薄く、陽炎に揺らぐように微笑んだ。

「そうですね。
 この場所で眠って、時に語らって――そんな永遠であれば、受け入れてもいい」

 心の底から、そう願う。
 『友人』とこのまま、この場所で。
 そして『友人』が終わるのなら――同じように終わりたいと。

----- >  
「巻き込まれる側からすれば良い迷惑であることに変わりはないよ。
 ……まぁ本当の意味で巻き込まれた”有象無象”は殆どが溺れてるしぃ。
 ボクの知った事ではないけれど。」

最初からこの辺りに居た違反部活群やその対処をしていた風紀委員。
彼らは選択の余地なくこの領域に取り込まれている。
その中で自我を保っているのは極めて少数。
特に”欲に溺れやすい”方々は皆微睡の中で延々と違う夢を見続けている。

「そっかぁ。
 ……そっか。」

在ればいいのになと思う。
けれどそれにとって”この世界そのものが地獄”だ。
だからこそ、こんなディーテの町を再現するような術式が成ったのだから。
それにとって”楽園”は最早存在しない。

「……当たり前。
 ボクはそういうモノ」

気に入っている、かと目を細める。
気に入って見過ごされているのであれば全く大した贈り物。
数ある中の一柱としてそれがあるというのは
……嗚呼、本当にいい”贈り物”だ。

「そうだね。
 ……ああ、そうあれたら本当に本当に幸せだったかもしれないね。」

彼女も分かっているとそれは知っている。
この場所は終端であり、彼女も、そしてそれ自身もこの場所に留まってはいられないと。

神樹椎苗 >  
「――あと、どれくらいですか」

 肌を焼く寒さに微睡みながら、静かにたずねた。
 『端末』で『演算装置』であるなら、解り切っていることを。
 あえて言葉にした、人間のように。

「しいは、あとどれくらい。
 お前と言葉を交わせますか」

 留まれないことを知っていて、永遠がない事もわかっていて。
 それでも、微かな願望を口にした。
 『普通』の友人どうしがするように、他愛のない言葉を交わしたいと。

「しいは、お前の事を。
 ――どれだけ覚えていられますか」

 神性の記憶装置も、完全ではない。
 同格か、同等の存在になら、それだけの世界になら。
 塗りつぶされても、おかしくなかった。

「しいは、もう少しだけ。
 ――お前と居たかった」

 引き留める事も、責める事もしない。
 ただ、わずかな時しか共に居られなかったことを惜しむように。
 ほんのささやかな――誰でも思うような『普通』の我儘を口にした。

----- > 「……この領域だけで言うとあと数日。
 君の記憶に関しては……そう、長く見積もっても三日ってとこかな。」

投げかけられた問いに静かに答える。
目の前にいるこの子は少しだけ他の事は事情が違う。
他よりより早く覚え、忘れにくい。
ある意味この領域のを作り上げた目的と最も反する能力の持ち主。
けれどそれをもってしても、この演算は役目を果たすはずだ。
そう、”私の事”は忘れられないと意味がないから。
けれど……ここまで惜しんでくれる友人というのはまさかいるとは思わなかった。
……そうならないために記憶を奪ったという側面もあるというのに。

「……本当にね。
 甘いものを食べて、服でも買いに行って……
 そんな約束も、もうすぐ消えてしまう。
 叶うならボク、もそんな普通な存在でありたかった」

けれど、始まりに終わりがあるように最期は必ずやってくる。
そう、選択するしかない私達だから。

「そうだね。
 ボクも叶うなら……もっと話していたかったよ。」

この子はいつも役割を与えられてばかりだから。
澱んだ目でその役割をこなしてしまうから……。

「放っておけないタイプだもん。
 ……いつの間にか君のそれがうつっちゃった」

神樹椎苗 >  
「しいのせいにするんじゃねーですよ。
 ――それは、お前がこの島で見つけたお前自身の心です」

 そして『友人』から視線を外し、再び空を見上げる。

「ほんの些細な約束も、ありふれた普通も。
 『しい達』には遠くて、眩しい、隣の世界。
 そんなもの、一度だって望んだことはないってのに」

 産まれてから一度も『神子』は選択を与えられなかった。
 作られてから一度も『端末』は在り方を選べなかった。
 選べたのは『器』となり、『信徒』となる、信仰だけ。
 それでもその一度だけの選択は、ただの『端末』に別の在り方を示してくれた。

「『しい達』に普通は選べない。
 それでも、お前は『終わり』を選択して、しいは『見届ける』ことを選んだのです」

 それがどこまでも狭い選択肢から生まれたモノだとしても。
 それでも、お互いに『選んだ』結果が、ここなのだ。

「それが与えられた役割の、『端末』としての動作だとしても。
 そんなのは、どうでもいい。
 しいは自分の意思でここにいると、信じています」

 そして小さく「三日ですか」と呟いた。

「だから、また一つ、選びます。
 定められた結果に、ほんの少しだけ抗う事」

 ゆっくりと『友人』へ顔を向け、まっすぐに瞳を合わせ。

「しいはきっと『お前』を忘れます。
 だけど『友人』がいたことはけして、忘れない。
 お前と関わったあらゆる人間の記憶にある『空白』から、お前を記したあらゆる記録にある『隙間』に、『友人』を想います」

 それは、この島のすべての情報が蓄積された『記録装置』だからできる事。
 それは、望まずに与えられた役割の『端末』であり『演算装置』だからできる事。

 三日で忘れるのなら、その三日で『友人』を想い、また一日『友人』であろう。
 そうして――『親愛なる友』が、この場所にいたという痕跡を『記録』し続けよう。
 そしていつしか、顔も名前も声すらもわからない『友人』と共に、夢に想う『楽園』へとたどり着く。

「本当なら――お前を正しく、死へ送り出してやりたいところですが。
 『死神』のほんの一片くらいでは、やってやれそうにないですからね」

 そうして目を細めて、寂しそうに微笑んだ。

----- >  
「あは、そうだといいなぁ。
 ボクにはもうどこまでが自分でどこまでがそうじゃないのかわからなくなっちゃった」

この感情も何もかも造られたものなのかもしれない。
この怒りも、苦しみも創造主の手の上なのだから。

「本当に勝手に役割を押し付けて、
 ボクたちから普通すら奪っていく。
 ……戦場で生まれるよりは良いでしょう?なんて言いながら」

何処までが自分の選択だというのか。それはどこまでいっても後の観測に依存する。
そして忘れられる自分にはその機会すらない。
……いや、厳密にいうとそれは正しくはないのだけれど。
この子の記憶がどれほどになるかはわからないけれど……情報は上書きされるもの。
それでも思い出してくれるとこの子は言う。
それをじっと見つめた後に小さく微笑む。

「……本当に、君は馬鹿だなぁ」

嗚呼、本当にこの子は優しいなと思う。
苦手でしょうがないことをするために
あんなに頑張ってこんな場所までやってきたというのだから。

「”君を死神なんかにさせると思う?”」

神樹椎苗 >  
「自分がそうだと思う限り――しいは、しいです。
 だから、お前がそうだと良いと思うのなら、それはお前の思いに他ならない。
 だって、それを決めるのは他人じゃなくて、『しい達』なんですから」

 『端末』だって、それが機能なのか、自我なのか、境界などわからない。
 けれどそもそも、自己と他人の境界などどこにあるのだろうか。
 個体として肉体があるからこそ隔てられているけれど――それがなければ、区別なんてつかないかもしれないのだ。

「だから、それはお互い様ですよ」

 こんな『端末』を『友人』だと思ってくれた――『仲間』。
 どこまでも似ていて――決定的に違う。
 けれどきっと、だからこそ――互いに優しくなれたのかもしれない。

「ほら、お前だって優しい」

 『死神』にさせないために、『殺されない』と言うのだから。
 口にして、思わず笑みがこぼれた。
 そして、気づけば――『普通』の子供のように笑っていた。

「ああ――本当に。
 これで終わりなんですね」

 産まれて初めて、心から笑った。
 その笑い方は不慣れで不器用だったが、それでも純粋に――嬉しさと、寂しさを湛えて。

「しいにとって――『友人』は永劫、お前一人でしょうね。
 あとはどれだけ親しくなっても――それはきっと別の関係性です。
 ほんの一部でも理解しあえて、解りあって――そのうえで笑いあえるのは、お前だけでしょう」

 この『友人』と出会ったときから。
 『端末』にとってその言葉は、この『友人』だけのものだった。
 どれだけ抗えるかわからない。
 いつしか『友人』がいたことすら、思い出せなくなるのかもしれない。
 ――けれど、確かに。
 心に刻まれ――失った空白に『友人』は居続ける。

「はあ――まったく、こんな美少女ロリにここまで想われるんですから、光栄に思いやがれですよ」

 可笑しそうに、楽しそうに。
 『普通』の子供が、『友人』と戯れるように笑う。

「だから、もう一つだけ我儘を言わせろです。
 ――この世界が、お前が終わりを迎えるまで。
 お前の隣に居させろ、です」

 最後の最後まで。
 最初で最後の『友人』のすべてを見届けたいと思ったから。

 人のカタチでは不可能だろう。
 現に、いい加減、この環境に耐えきれなくなりつつある。

 けれど、完全に木になってしまえば、言葉を交わす事は出来ずとも、見守る事はできる。
 そして、全ての終わりを見届けて、共に消滅する。
 代わりの肉体が何度でも作り直される『端末』だからこそ出来る、ささやかな我儘だ。

ご案内:「◆月下の奈落」に-----さんが現れました。
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----- >  
「本当にキミは他人とは思えないよね。
 酷く物分かりが良くって……本当に心配になる。
 そうやって抱え込んでばかりだと貧乏くじばかり引くよぅ?」

ずっと心配している。
”死神”として期待され、”姉”や時には”母”としての役割まで”押し付けられ”て。
この子の周りには酷く純粋な子が多いことは確かだ。

「オトモダチ、難しいもんね。
 ボクたちみたいな存在って。
 どうしても何か別のものになってしまう。」

その純粋さはとても残酷に彼女に”役”を押し付ける。
自分であれば笑ってその役をこなすだろう。
そう在れかしと望まれているのならそうふるまうだろう
……そしてこの子もきっとそれがこなせてしまう。

「……あは、それはすごく嬉しいなぁ。
 ボクもかわいい子は大好きだよ。
 本当に”キミ”は可愛いと思ってるもの。」

くすくすと気負わない笑い声を響かせて。
「普通」に過ごそう。
そんなかつての約束をまるでこの場所で果たしているかのように。
そして、いつか彼女自身を見てくれる、台頭に居てくれる誰かが現れる事を願う。

「……ああ、そうだなぁ。
 きみにはちゃんと伝えておいたほうが良いかなぁ。」

ひとしきり笑いあった後少しだけ寂しそうな笑みを向ける。

「……ボクはさいご、全てを失う。
 それもひどく無様に。
 この終わりはもう、決まっていること。」

これは酷く不本意な終わりに見えるかもしれない。
はた目から見ればきっと、つまらなく、そして無様に死んでいく。
そうでなければならないから。

「それでも、君は見ていたい?」

神樹椎苗 >  
「貧乏くじなんて、引き慣れてますよ。
 それでも、しいは、貧乏くじを引くことを選びます。
 ――だって、しいは一度、救われたから」

 終わるはずのない『研究』と『実験』の日々から。
 誰かに助けられた『端末』は、その分だけ、誰かを助ける。
 何時か本当に『死ねる』その時まで。
 それが、『神樹椎苗』の選んだ道なのだから。

「そうですね、ただのオトモダチ、とはいかないでしょうから。
 それでも、そう望まれるなら、そう在りますよ――嫌々ですけどね。
 お前がそうだったみたいに」

 その先に待つのは、もしかしたら『友人』と同じような結末かもしれないが。
 幸か不幸か、この『端末』には心から信じられる存在が寄り添っている。
 きっと、その終わりは、違った形になっていくことだろう。

「そうでしょう、しいは美少女ですからね」

 くだらないことを言って、笑う。
 それだけのことが、どうしようもなく――幸せだった。
 ほんの束の間だけれど、『普通』を感じられて。

「まったく、ちゃんと話は聞きやがるのですよ。
 しいは、見たいとか見たくないとかそんなじゃなくて――」

 少しずつ、人のカタチで耐えられなくなった部位を、末端から完全に植物へと変えながら。

「それがたとえどんなカタチで、どんな結末でも。
 最後の最後まで、『友達』と一緒に居たいって。
 そんな我儘を言っているだけなのですよ」

----- >  
めんどくさいからそうするか。
そんな感覚でこなせてしまう。
自分が自分でないことが当たり前だったから。
そしてだからこそ願ってしまう。
……目の前の小さな”命”が彼女自身であれることを。
けれど、そう。この子はこう答えてしまうだろう。

「……君がそれを選ぶなら、そして君がそれを望むなら
 ボクはそれを肯定するよ。」

ぐっと言葉を飲み込む。
今の自分なら、完全に記憶を消去することも難しくない。
そして同時に”彼女だって消して見せる。”
それは祝福でもあり、希望でもあった。
彼女がそれを願うなら、彼女の絶対すら否定して見せるつもりだった。
けれど、ああ、この子は本当に強くて脆い。
この子はそれを望んでいない。

「ボクと君は決して同じ道を歩むことはないよ。
 だってこれはボクの願いだから。
 キミにはきっと、ううん、もっと素敵な未来が舞っているはずだから」

だからこそ、置いていけばいいと思う。
そう。後世にはこう伝わるはずだ。
”力に酔った一人の異能者が、暴走した挙句自滅した”と。
”分かりやすい結末を用意しないと人は納得しないから”。
だから、疑問すらわかないように空白すらも埋める偽物語(カバーストーリー)を
悪役以外はすべて救われるありきたりな物語を演じる。

「知らないままで居れば、忘れていれば幸せになれるよ?
 分かっているよね。」

答えはわかっているけど、それでも確認してしまう。
けれど見届けるということはその物語に不安を生じる可能性があるということ。
それはいつか不安を呼ぶ。忘れていることとそうでないことに確証を持てなくなってしまうから。
だから……私なんか見捨てていけばいいのに。

「……本当に馬鹿だなぁ。
 ボクの友達は。」

務めて気丈に”普通”であり続けようとする友人に手を伸ばし、抱きしめる。
この体に熱は殆どない。なんの支えにもならないかもしれないけれど……
ああ、温かいなぁこの子は。

神樹椎苗 >  
 きっと、消してもらえるのなら――。
 『神樹椎苗』は喜んで受け入れただろう。
 ほかならぬ『友人』の手で消してもらえたのなら、それは、楽園に至るのと同じくらい幸せだろうから。

 けれど今は――その時ではないと答えるのだろう。
 『友人』の想いを、『友人』が見ている幸いを、『端末』は知らない。
 『友人』の発する言葉以上のものを、知ろうとはしなかったから。

「未来ですか。
 あるんですかね、そんなもの。
 『生きてすらいない』しいに」

 どれだけ、『神』に近い存在であっても、無限に蓄積される情報を操る『端末』であっても。
 たった三年なのだ。
 幼すぎる自我はまだ、『友人』の願う未来は見えず――想えない。

 それでも――それが欲しいと、あがき続けている。
 『死を想う』事で、『生きられる』と信じている。
 だからきっと、『友人』が願う未来は――何時か訪れるだろう。
 『神樹椎苗』が、『死』を諦めない限り。

「わかっていますよ――だからどうした、です」

 抱きしめられれば、その冷たさにどこか安心した。
 ゆっくりと、人の身体を置換していきながら――神木と同じものに変わりながら。
 凍りかけた皮膚をひび割れさせながら、左腕で抱き返す。

「バカバカ、言いすぎなのですよ、バカやろー。
 『友達』一人、見届けられないで、何が幸せですか、くそくらえってなもんです」

 それはこの束の間の幸福に比べたら――知らず、忘れて得る幸せなど。
 『友人』が望まなくても、それだけは譲りたくなかった。
 だってそうだろう。
 最後の瞬間が、本当に独りぼっちだなんて――『友人』として、許せるわけがないのだから。

「どんな最後だろうと、見届けてやります。
 だってしいはそのために、ここまで来たんですから。
 『友達』の最後を、『祝福』で見送るために」

----- >  
「あるよ。
 絶対に、そこにあるんだよ。
 君がそれを信じられなくても。」

この子は未来を信じていないけれど、その代わりに切望を持ち続けている。
その声は酷く小さくて、そして不器用過ぎるから今はほとんど誰にも伝わっていないけれど……
ああ、それを伝えられたなら。
私がそれを伝えられるヒトだったなら。
……何度だって抱きしめて、そう伝えたのに。

「君が君の形であることがこんなにも嬉しい。
 ……ああ、皮肉だね。
 永い永い時を生きるハズだった私達がこんなにも短い間しか言葉を交わせないなんて。
 本当に神様は意地悪だね。」

朽ちて樹へと変わっていく友人をかき抱いて小さく囁く。
この子はずっと、祝福するものだった。
そして……置いて行かれるものだった。
皆が皆、彼女を置いて逝く。
こうやって、それを見送るしかできなかった。
だから、そう在ろうとしている。それしか知らないから。
こんな悲しい連鎖が何時まで続くだろう。

「……わかった。分かったよ。
 君がそう願うなら。」

私は願いを叶えるもの。
だからせめて、その思いだけは持っていこう。
此処にそれを願った子がいたのだと。
私はこの子を”神として”ではなく、「悲しんでくれる神樹椎苗(友人)」として胸に留めたまま征こう。

「……見届けるなんて本当におバカだよ。
 それ以上に私は馬鹿なのだからしょうがないね。」

ああ、この腕の中で冷たくなっていくこの子を振り払い、放り出すだけの強さは
……私の中にはない。

神樹椎苗 >  
「そうですか――なら」

 『友達』を信じてみよう。
 あの日『黒き神』を信じたように。
 もう一度、掛け替えのない存在の言葉を――すぐに忘れてしまうとしても。

「神様なんて――そんなもんですよ」

 すぐ傍らで見ているだろう『黒き神』も含めて。
 健気に信仰しているくせに、神様が万能でないことを知っているから。

「ふふん、しいの勝ちですね。
 バカ同士、お似合いじゃねーですか」

 そして、宣言通り見届けるために。
 『端末』でも『器』でも『死神』でもなく――『神樹椎苗』として――ただ一人の『友人』のために。
 身体を木へと、変えていく。
 根を張り、枝葉を伸ばし、モノクロの世界に小さな足跡を残して。

「しいが最後まで、一緒にいますから。
 お前の終わりを、祈っていますから」

 そして、『友人』の『前途』を祝すように笑いながら、肌は樹皮へと変わっていく。

「――お前が望んだ最後を。
 お前がお前として、選んだ終わりを。
 思うように、叶えやがれ――」

----- > 「うん、信じて。君の未来を。」

この言葉も、この会話もすぐに忘れ去られてしまうけれど
……これを言うのは私以外居ないから。

「あはは、度し難い馬鹿じゃなかったらこんな事しないよ。
 普通に生きるってことも適応と進化の一環だもん。
 それが出来るほど賢くなかったボクが賢いわけないでしょ。」

せめて普通にしたまま最期まで見送ろう。
樹木へと変わっていく彼女を腕の中抱きしめたまま。

「ふふ、飛び切りツマラナイ最期を見せてあげる。
 死ねない事なんてこの程度だって笑えるような、そんな終わりを」

どこまで観測されるかもわからない。
いや、きっと彼女も私が不死であったことも忘れるだろう。
けれど忘れてし合っても、どこかに欠片は残る。
……そう信じようと思う。だってその奇跡はもう、一度起こっているのだから。

「君が望む未来と最期を、
 君の絶対を疑えるように」

神樹椎苗 >  
 その答えを嬉しそうに聞きながら。
 腕の中で静かに、幸せそうに笑ったまま一本の木へと姿を変えていくだろう。
 それは、名前の通りに幼い『椎』の若木のよう。

 言葉も発せず、手を伸ばす事も出来ないけれど。
 それでもこの場所で、『友人』を見送るために。

 再び人のカタチで作られたとき、全てを忘れていても。
 二人で信じたのだから、ほんの小さな奇跡はきっと起こる。
 起こして見せると――かけがえのない『友人』がいた事を忘れないと誓って。

 そんな二人を見守っていた『神』も、何処かへ気配を消した。
 無粋な真似はできないとでもいうように。
 大切な『信徒』のささやかな願いを叶えるように。

----- >  
この子のこの穏やかな表情がこれから先も続けばいいと思う。
今は孤独でしかその穴を埋められないけれど、
何時しか足元に咲く花を愛せるようになることを強く願う。
それは似ているからでも、置いて逝くからでもない。
名前すら失った”私”からの神樹椎苗への願い事。

「ああ、どうか幸あれ」

目を閉じ、腕の中で冷たくなっていく友人を想う。
この場所に来るまで、何度も辛い思いをして
……それも”自身の願い”ではなく、”私”に会いに来るなんて

「……本当に馬鹿だよ。こんな無茶して」

腕の中で冷たくなる友を想う。
嗚呼、本当にこの子は大馬鹿だ。

それは温もりが消え去った後も独り小さなその木を抱きしめ続ける。
無音のまま雪が降りしきる境界に、静かな嗚咽が響いていた。

ご案内:「◆月下の奈落」から神樹椎苗さんが去りました。
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ご案内:「◆特殊Free(過激描写注意)3」に神樹椎苗さんが現れました。
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