2020/09/01 のログ
月夜見 真琴 >  
「……………」

じっと枕のところから彼女の顔を見上げて。
訥々と語られる"アミィ"の輪郭をなぞりあげる。
銀色の瞳が、すぅ、と細められた。笑うように――
彼女の体をぎゅっと抱きしめた。語られる言葉は、少女のもの。

震えた吐息は――

レイチェル・ラムレイのその生い立ちに、強い同情心、庇護欲、母性。
そうしたものを感じて、守ってやりたいと思う傍らに、




そんな自分に……ひどく嫌気がさした。嗚咽を立てる。

「――よりにもよって、やつがれを騙してくれるとはな」

見上げた。笑って――頬に涙を流して。

「まるで強者であるかのように振る舞って、
 誰よりも前に出て、誰よりも傷ついていたのに。
 裏側では、そんな"傷"を抱えて、必死に。
 "レイチェル・ラムレイ"で、在ろうとしていたのか。
 ――うそつき」

かつて病室で、名もなき女生徒が、恨めしげに言った言葉だ。
背中に腕を回し。赤いドレスが皺になるほどにきつく。

「うそつき」

奥歯を噛み締めて、絞り出した――
騙されていた。違う。





「アミィ、アミィ。
 ありがとう。それを、ずっと聞きたかった」

さらりと言い放たれたその言葉を。
一年以上、ずっと求めていたような気がして。
顔をあげて、笑った。

「やつがれが守る。支えるから。許されるなら――だから。
 ――やつがれの秘密も、聞いてくれるかな?」

唇のまえに、ひとさし指をたてて。

レイチェル >  
「………………」

抱きしめられても、抵抗はしない。
これは、どうせ夢だから。


レイチェルは、目の前の真琴が自分の  に   を
抱いているなんて、知らない。
だから、ただ恥ずかしそうに、そして困ったように
笑うのみだ。

「うそつき、ね。言ってくれたな」

投げられた言葉を、噛みしめるように復唱する。
そして、小さくため息をつけば真琴の方を見やって。







             」

「……心強いこった。ありがとな。
 ああ……せっかくだ。秘密、聞くぜ」

夢の中の彼女の言葉。
それでもなぜかレイチェルは今、彼女の口から紡がれる言葉を
胸に刻みこむつもりで彼女の瞳を見つめ返すのだった。

月夜見 真琴 >  
「――――、……ああ、もう」

彼女の、その囁いた"意趣返し"に。
白い髪を、くしゃくしゃとかき撫ぜて、ばつが悪そうに。
でも薄っすらと唇には笑みが浮かぶ。
絶対にばれない嘘はつかない。気づいて欲しいのだ。
でも、せめての抵抗に、ちらりと意地悪な視線を向けて。



「おまえを騙すのは、むかしから至難だったな。
 なんで、《あの嘘》も、気づかれたんだろう」

拗ねたように唇を尖らせて。
面映そうに、過去を思い起こした。

「あのとき言ったな。 やつがれにとって。
 "すべてはとるにたらないもの"だ――と。
 "空"を視たときから、じぶんを含めて、なにもかもがちっぽけだった。
 だから愛しいとおもうし、この世界はたのしいと思ってる」



けれど、と。抱きしめたまま、彼女の顔を覗き込んだ。
片方だけのアメジスト。片方しかないから視えたのか。
両の眼が揃っていてもどこまでも見えないことがある。自分のように。
近づこうと思えばこんなにも近いことすら。

「そんな世界のなかで、おまえだけが特別に見えた。
 あの事件の折に――おまえも所詮、"ちっぽけなもの"なんだと。
 勝手に裏切られた気になっていた。"騙したな"と――でも」

枕をひっぺがした。




            。

レイチェル >  
「そいつは、オレもうそつきだからさ。
 だから、お前の《あの嘘》にだって、気づけたんだ」

それは過ぎ去った、もう二度とは戻らない過去の話。
目の前の真琴が唇を尖らせるのを見れば、
レイチェルは思わず吹き出してしまう。
しかしその仕草はどこか品があって、そして。



「ああ、そうだな。この世界は楽しいよ。
 どうしようもなくちっぽけで、くだらなくて、それでも。
 どうしようもなく愛してる。だから、守りたくなる」

この世界も、華霧も、そして。



「いつだって、人はすれ違う。
 相手の気持ちを誤って汲み取っちまったり、
 遠慮をしちまったり、色々だ。
 色々あって、ボタンを掛け違えちまう。
 だから、お前のそれだって、当たり前のことなんだ。
 オレだって――」

枕が、外される。
柔らかくて頼りにならない障壁は、簡単に取り外せてしまって。







それを、受け入れた。
だって、これは夢なのだから。
一夜限りの、幻なのだから。
夢であれば。幻であれば。
せめて。今だけは。

月夜見 真琴 >  
つよく、もとめた。ふかく。
かざらないものほど、うまくつたえるのはむずかしい。
つたなく、しかし、ひっしに。






……離れた。
それまでに、幾筋も涙を零して。

「          」

きっと、現実では、まだ。




「            」

どうしようもないほど。




「                   」



それがあるからこそ、どうにか今も立てているから。


自分を生かしている"苦しみ"が、泡沫と消えてしまわないように。

「ずっと…………」






刻が動き出したあなたに、置いていかれるのだとしても。
あんな絵を描いて――門出を祝おうとさえして。

「………だから……」

さきほどよりはすこし離れた距離から。
濡れた瞳で――物欲しげに。
求めてしまう、さもしい女であることも。
もう、隠せはしまい。 

レイチェル > つよくもとめられれば。ふかく、もとめられれば。
それをしっかりとうけとめる。
ひっしにつたえようとしているそれを、
そのすべてを、うけいれるように。
つたなく、しかし、ひっしに。
 
「……ごめん、真琴」

レイチェルは俯いて、真琴に静かに告げる。
まずは、どうしても言わなくてはいけないことだった。












                                」

そんな、『もしも』の話を紡いで、伝える。
いつしかレイチェルの瞳にも、うっすらとした輝きが湛えられていた。
それは贖罪の涙であったろうか。
決して、そうではない。そうでは、ないのだ。


「……ああ、わかってる。
 これは、夢だ。
 でも、お前がくれたその言葉は、
 しっかりとオレの胸に響いてる。
 泡沫の上にあったとしても。
 だから――」


物欲しげに涙を流すその女に。
大切な友人に。
レイチェルは、ゆっくりと近づいて。
強く、抱きしめた。相手の身体を気遣いながら、
痛い思いはしないように、それでも。
この胸の  を伝えるために。

「           」

一緒に夢を、見よう。
優しく、囁く。
レイチェルは真琴の華奢な身体をしっかりと抱きしめて、そして。

その首に――牙を突き立てた。





そして相手の深いところを貪りたい、そんな獣のような情欲が。
本能のままに相手のことを、求めてしまうような、
そんな途方も無い高揚と、快楽が。
レイチェルの牙を通して、真琴の身体にも伝わっていく。
それは、まるで毒のように。
それは、レイチェル自身も、蝕んで。

月夜見 真琴 >  
「ああ………」

"……ごめん、真琴"
それは、いちばんききたくなかった言葉のはずなのに。
色を違えているだけで、黒はたやすく白に塗り替わる。
眼を閉じて、涙を零す。
染み入るような言葉に、すくわれる。
こわばっていた体は脱力して、赤いドレスへしなだれかかる。

「              」

秘密を交換する。後悔を分け合う。かつて出来なかったこと。




『分け合え』――委員たちに口をすっぱく言っている言葉は。
ずっと自分が抱えていた後悔の発露だった。代償行為だった。

「ほん、とうに……、つごうのいい、ゆめ……。
 ……ほしいことば、ばっかり、いってくれる、なんて。
 いいんだよ、わたし……うそつきだから。
 きづかれないように、してた、いままでも――なのに、だいなし」

ばつの悪そうに苦笑して。
いっそなにも感じなければ、夢だと割り切れそうなものなのに。
どうしてここまで暖かく、泣けてくるのだろう。
他者の愛を覗き見て得られるものとしては、大きすぎる。
抱きしめてくれる。優しく囁いてくれる。


「……ごめんなさい、アミィ……
 信じて、あげられなかった……裏切ったのは、わたし……」

かき抱いたドレスの背を掴み。
喉をたて、白い首筋を晒す――そうするべきだということは自然とわかった。
つたない接吻と同じく。"そこ"が、"このため"にあるとわきまえている。







牙が食い込む。
傷を受けたことのないその膚へ。

「――――――」

悲鳴が上がる。
生地を裂くほど力を込めて、背につめをたててしまいながら。
あげたことのないような――

レイチェル >  
弱々しく身体を預ける真琴を、しっかりと受け止めて、抱きしめる。
流す涙も、レイチェルは身体と心で受け止める。
それは『しなくてはいけない義務』だったろうか。
相手の気持ちに『応えなくてはいけない』という気持ちだったろうか。
それは、違う。
応えたいと、心の底からそう思ったから。
だからこそレイチェルは、彼女を抱きしめたのだ。
そして胸の内の言葉を、彼女に贈ったのだ。


「本当にさ。真琴……すごいよ。
 ずっと、ずっと我慢してたんだから。
 本当に、私のことを気遣ってくれてたんだ。
 ……でも、そんなこと気にしなくていいんだ。
 頼ってくれればいいんだよ」

優しく彼女に語りかける。
彼女が泣き止んでくれれば、とても嬉しい。
でもそんな、簡単なことじゃないんだ。
それでも、手を伸ばす。彼女の目元へと。

そうして人差し指で、その涙を拭う。
そんなことで、彼女の辛さや痛みが消えてなくなる訳じゃない。
そんなことは、分かってる。分かってるけど、放ってなんか、おけない。
だから今、再び手を伸ばしている。

「……いいんだよ、そんなこと。気にしないで」

アミィと呼びかけたレイチェルの顔に、『彼女』の姿が重なる。
陽光の如き輝きを見せる、満面の笑みは、『彼女』のそれと全く同じで。
だけど、ああ。
目から零れ落ちる雫だけは、違った。

一度だけ牙を突き立てれば、少しだけ突き立てていたそれを、離す。
そうして、アミィは彼女に囁くのだ。

本能の世界に入る前に、しっかりと相手に伝えるために。
アミィにできる最大限のことを、相手に伝えるために。

「今夜だけは……私は、他の誰のものでもない――








そうして仕返しとばかりに、悪戯っぽく。アミィは、囁くのだ。



「――牙を突き立てたらもう、離さない……から」

いずれは消えゆくこの世界で。
儚く散っていくこの世界で。




いずれ覚める夢であっても。
夢幻のような恋であっても。

この二人だけの世界で、
今夜だけは。
この夢が終わるまでは。


――最高の、『恋人』で居よう。

月夜見 真琴 >  
「いつか……、いつか、あなたが。
 あの子にまっすぐむきあえたときに……。
 いろいろなことを、選べたときに。
 わたしも、あなたの……あなたたちのために。
 がんばるから、そのときまで……そのときは……」

頼ってくれていい、ということばを。
それでも素直には受け取らなかったけど、
手を振り払い、冷たい言葉をぶつけたあのときよりも、
まえむきに――そして、そのときは。
この、膿のように、マグマのように燃えたぎる気持ちを、

「                」

いつになるかもわからない不確かな祈りでも。
夢の中に希望を見出すような、あえかなことでも。
涙をぬぐってくれた指に、微笑んで、頬を寄せて。
みずから歩み寄らなければ、時は進まないことはわかっている。

僅かに牙が食い込んだだけでも、
こわれかけてしまった理性は、
濡れた瞳のなかで、それでも見失わないようにみつめて。


 
 
 

 
                   」

溶け落ちる糖蜜となって、どろどろと甘やかに。

「夜が明けても……離さないでいて……」

たとえ払暁に焼き払われても、構わない。

そのときまで。
鮮やかに、とけあう。
境界をうしなってまざりあう。
絵の具のように。

ご案内:「静止した城」からレイチェルさんが去りました。
ご案内:「静止した城」から月夜見 真琴さんが去りました。