2020/09/09 のログ
ご案内:「深淵の水底」に****さんが現れました。
ご案内:「深淵の水底」にマルレーネさんが現れました。
**** >  
はたしてそこは、何処だったのか、何時だったのか。
時間の流れさえわからない。そんな暗い空間だった。
宵闇に僅かに、光が差した。混濁するマルレーネの意識を
意識の表層へ引き上がれるには十分な眩しさだ。
彼女を取り囲むのは無数の人影。
但し、文字通り"影"しか見えない。認識阻害、と言う訳ではない。
如何やら、マルレーネ自身の視界がハッキリしていないようだ。
何かの薬の作用のようだ。囁くような声が、周囲の空気を揺らしている最中。

『────気分は如何かな、聖女殿』

低い、男の声だけが凛と響いた。
その手足には拘束具が付けられていた後が見えるが、今は拘束具は見えない。
……だが、全身に何時ものような力が入らない。魔術の類も使えないようだ。

『下手に暴れない方が良い。尤も、既に手は打ってある。
 そう言う"薬"だ。ある、怪力異能者を想定して疲れた弛緩剤……。
 ついでに、魔術阻害用の薬も盛り込んでいるがね』

マルレーネ >  
口は開かない。
言うまでもなく最悪の気分で、言うまでもなく相手に口をきいてやるつもりもない。
そして、口を開く力も出ない。

先日、ベッドからはい出した時よりも強い倦怠感。
体中が鉛に取り換えられてしまったかのように、重い。

薄く目を開いて、相手の顔を見ようとしても、ゆらゆらと揺らめく影しか確認できない。

「………。」

何も言わない。拳を握ろうとして、それも出来ないことに気が付けば、ゆっくりとため息をついて動こうとする意志をひとまず引っ込める。
瞳だけを向けて、話の続きを促すようにしながらも、何度目か分からない腹を括る。

**** >  
『ダンマリか。薬をありきにしても、随分と大人しいな。聖女殿』

抑揚を感じさせない、淡々とした声音だ。
事務的な男だ、と言う事は感じさせる。
彼等は被検体を"丁寧"に扱っている。
彼等は、実験の失敗を許さない。故に、そのボーダーは根絶丁寧だ。
自らがやる事を理解し、それ以上に"証拠"を残さないためでもあった。
現状、薬物実験を何度か行おうにも彼女に重度の後遺症を残さないのはその為だ。

『今日の分の実験だ。さて……早速始めようか』

からから、という音と共に何か運ばれてきた。
ふと気づけば、マルレーネの前には人影がいる。
声の主はかわからない。マルレーネの顔を覗き込む底無しの"黒"が目前にある。
人影が握るのは、何処にでも見かけるようなありきたりな注射器だ。

『覚悟は決まっているようだな。結構。君は、思ったより肝が据わっているようだ。
 わかるよ、聖女殿。長い付き合いでは無いが、"被検体"として見ていてわかる事もある』

『……君のとって、この数多の苦行は何と見ている?』

マルレーネ >  
実験という言葉に、身体が僅かに震える。
どれだけ腹を括っても、恐怖は拭い去れない。
それでも、薄く唇をゆがめて、ふ、と鼻から吐息を漏らした。

わかっている。
この後起こることが決してよくないことであること。
それは想像していても、想像しきれないこと。
耐えようと思って耐えられるものではないこと。

それでも、少しだけ笑って。

「苦行とは?」

言葉を漏らす。

「いつ、始まるんです?」

ころり、ころり、と。
弱々しく、それでも笑った。

**** >  
人影の表情はわからない。
そして彼等は躊躇もない、慈悲も無い。
だが、"興味を持つ"。

『すぐにでも始まる』

声は、そう答えたが僅かに小首を傾げた。

『成る程、今までの事は。君にとって苦行では無かった、と?聖女殿』

声が訪ねる。目の前の人影が、好奇心のままに訪ねてくる。
少なくとも、今までの行いを"苦行"と認識できる連中ではあるようだ。
それを躊躇なく実行できる連中。果たして、同じ人間がどうかさえ、怪しくなってくる。

マルレーネ >  
「………皮肉ですよ。
 ですが、このくらいは経験があるので?」

ふ、ふふ、と笑って目を閉じる。
危うく毒殺されかかった時。
疫病にかかって、結局自分だけ生き残ってしまった時。

のたうち回るような地獄を駆け抜けてきたから。
ひゅう、ひゅう、と弱い吐息を漏らしながらも、過去の経験を掘り起こしては、心を少しでも強く持とうとする。

「………今回の神の試練は、ちょっとだけ大変ですね。」

ゆっくり、ゆっくりと息を吐きだしながら、恐怖心をぎゅっと固めて、捨てる。

**** >  
『成る程、君も数奇な経験をしたこともあるようだ。
 さながら、冒険者と言うことかな?確かに、"検査結果"にはあった』

毒性の抗体反応。少なくとも、彼女の体は既に検査してある。
彼等にとって、肉体とは情報源だ。如何様にでも"調べる"事が出来れば
彼女が如何なる経験をしてきたかは、大よそ憶測が出来る様だ。
その聖女の姿の裏腹に、どれだけの地獄を体験して来たか……。

『……神の試練、か……』

故に人は、経験があるからこそ耐える事が出来る。
故に人は、縋るものがあるからこそ耐える事が出来る。
故に───────……。


言葉とは、言霊である。
注射器を持った人影がじ、とマルレーネの顔を覗き込んでいた。

『聖女殿、君にとって"神"とはなんだ?偶像か?それとも、形あるものか?』

人影の声音が、鼓膜を揺らす。
さながらそれは、『そう答えるよう』に命令されているかのような
抗いがたい声音だ。薬のせいか、或いは、そういう異能<チカラ>なのか。
定かではない。答える気がなければ、強い意志を以てすれば拒否できる質問だ。
だが、そうでなければその口は────……。

マルレーネ >  
「………。」

まさか、そこまで検査で分かるとは思わなかった。
この世界の技術に思わず口をつぐんで、目を見開く。
とんでもない世界に来てしまったものだ。
全てを見透かされているような気がして、唇を噛む。


「………神、とは。」

相手の言葉に耳が震え、脳が震える。
答えなければならない、と脳が告げる。
ただ、それでも言葉を探す。

まるで抵抗しているかのように見えるかもしれない。

「………生まれた、時から、ずっと、空から見てくれて、いて。」

「よく、分からないんですけど。」

「それが無ければ、私は、生きていない、ので。」

ふわり、ふわりと。
先ほどの皮肉とは違う、引きずり出されるような、か細い信仰の糸。

**** >  
『ああ、一つだけ付け加えるなら……君が我々と"似ている"からだ。
 異世界と言うのも興味深いが、"検査"でわかる事も少なくてな……。
 君たちの様に、"似ている異邦人"なら、ありがたい話だ』

大よそ体の構造が地球人側と同じ、或いは似ている。
それだけで大よその見当は付く。
彼女の場合は、それだ。

「…………」

言葉とは、言霊である。
それ自体が魔力を持っている。
即ち、人を"自在に操る力"。言葉の綾と、人は言う。
だが、使いこなせればそれは違う。言語とは、如何にして使うのか。
人影の指が、マルレーネの目前でゆったりと上がる。

「"この世界に神はいない"」

まずは、突きつける。
目を逸らしているもの。逸らさざるをえないもの。
或いは、受け入れようとしているものを。
冷たい現実が、冷淡な言葉を突きつける。
彼女の孤独を、縋ろうとしている砦に突き立てられた。

「ならば、これは試練ではない。ただの理不尽だ。
 聖女殿、君は"たまたま"選ばれて、此処にいる」

「試練でも何でもない、呪うべき不幸だろう」

「無論、今までの過去も、全て……」

畳みかけるように言葉を紡ぎ、彼女の"過去"さえ、そうだと突きつける。
全て決めつけも良い所だ。だが、まるで反論を許さないように
手に握られた注射器の先が、マルレーネの腕に突き立てられた。
痛みはない、最新技術の針だ。か細い針が、皮膚を突き破り
"中身"が注入される。途端、まずはその全身が、血管が焼けるような熱さを覚え始めるだろう。

マルレーネ >  
「………」

似ている、と言われれば、それは事実その通りだ。
だから上手くこちらの世界に溶け込めたのも、また事実だ。
だから、それを恨むことは何もないが。


ただ、その次の言葉は、彼女の弱いところに深々と突き刺さった。
もしも、ただ無邪気に信じ切っているだけであれば、弾き返せたかもしれない。

でも、彼女はずっと目を逸らしてきた。
分かっていて、それでもあきらめきれず。

「………や、め。」

視界がブレる。

怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。
元々壊れてしまいそうだった足場が崩れかけ。
それでも。

「………あの世界にはいました。」

泣きそうな、か細い声で抵抗する。
いたんだ。いたんです。必死にそれを訴えようとしたところで。

「っ、ぁ、あぁああああっ………!!」

叫ぶ。
針の痛みではなく、全身の血管にヒーターを刺し込まれたかのような熱。
身体が炙られるような痛みに、身体を反らせて声をあげ、動かないはずの身体が、暴れる。

**** >  
「"いないとも"」

か細い抵抗さえ、冷酷な声がそれを手折るようにかぶせられた。
そう、"いないとも"。無神論者よりも現実を見る"科学者"の言葉。

「それは飽く迄、君の世界にいた"偶像"だ。聖女殿
 誰もが必要とする偶像の支え、無いはずのものに責任を押し付けて
 今、自分が受けているものを押し付けようとする身代わりに過ぎない」

それらは飽く迄"偶像"だ。証明できないものだ。
自分たちの力不足やもしれない。神とはそう言うものかもしれない。
では、何故"そこ"にいないのか。奇跡と持て囃される存在は
何故、人々を助けないのか。徹底的に現実と戦い続けてきた科学者の言葉。
彼女が、彼女たちが縋るものなど、何処にもない。

「君が受ける不幸だ、聖女殿。君はただ、己を護るために"偶像"を盾にしてきた。
 ……だとすれば、これは今までの"ツケ"ともとれるだろう」

「自らの弱さを、責任を、不幸を、言い訳にしていたにすぎない。
 自分が負うべき"責務"を拾わず、聖女などと持て囃された君にとは、少しばかり同情するがね?」

悶え暴れるマルレーネをしり目に、人影は淡々と告げていく。
徹底的にその現実を、言葉が、言霊が、彼女の支えを奪っていく。
反抗の余地をなくすための薬の投与。
対異能者用に考案された劇薬だ。死にはしないが、苦痛を伴う。
燃え盛る血管の次は、呼吸が乱れ始める。過呼吸。
呼吸の乱れが、マルレーネの意識を混濁へと誘う。
意識の混濁こそ、更に此方の言葉を届けるための通路に過ぎない。

「だが、"君を見捨てた者"達も同じだ。聖女殿。
 誰も彼もが、負うはずの"責務"を君を"偶像"に押し付けた」

そこに、あるはずもない"虚偽"が投下された。

マルレーネ >  
「っ、が、あぁ、ぁ、っぐ、っ。 か、はっ、ひゅ、っ…………。」

呼吸ができない。たくさん息を吸い込んでいるはずなのに、全く楽にならない。
何度も、何度も息を吸い込んで。ベッドの上で溺れながら炙られる。

鉛のようだった手足が跳ねて、涙と涎が流れ落ち、絶叫すら押し出せない。

そこに、言葉がかけられる。

「ぅ、ぅう、ぅっ………」

そう、彼女はその言葉に弱かった。
だって、"知っていた"から。

神なんていない。
争いの中でたくさんの人が死に。
神の名をもとに金を集め、自分のために使い。
疫病で死に絶える人が溢れ。
それを訴えに行った彼女は、人として"殺された"

神などいない。

それを、いることにして。 自分の中にいると信じて。 自分をだまして。
自分の思い描く神へ、ただただ盲目的に仕えてきただけの。

「………それも、また。
 私の払う、ツケでしょう。」

か細い、消え入りそうな声。
虚偽を受け入れて尚、それも全て己のものとしようとする。

**** >  
「…………ほう」

それを認めて、受け入れようとする。
この状況で尚、体の痛みと一緒に、心の痛みでさえ受け止めて、ものにしようとする。
伊達に"聖女"と囃し立てられていないようだ。
此処に来て初めて、人影は関心の声を上げた。
さながらそれは、理外の喜び。"被検体の頑丈さ"に感心している。

「             」

**** >  
「…………」

ただ、人影は黙して経過を待つ。
最期の症状に、彼女は如何なる反応を見せるか。

マルレーネ > 「………。」

濁った眼で周囲を見回す。
正常であれば何も無い。笑いとばしてそれでおしまいだ。
どんなものが見えても、何が聞こえても、ころころと笑って暗闇の中を突き進むことくらいは当然のことだ。
そういう人間だ。

でも、現状はもう、抵抗する力は何も残っていない。
呼吸もままならぬ状況の中、全てを、その言葉を"受け入れた"

「………そっか。」

へへ、と少しだけ笑って。

「ごめんなさい。」

ごめんなさい。

「お邪魔を、しました、ね。」

涙はぽろりと流れ落ちて。

「わかりました。」

いろいろなものを、ぱ、っと手放した。
自分には過分な物だった。 うん、仕方ない。
怒りも、恨み言も、何も言わなかった。
ただ受け入れる言葉を吐いて。 ちょっとだけ笑った。

**** >  
人影は静かに、虚ろの顔を手で覆った。
自分の役目は済んだ。
人影は静かに、聖女"だった"ものから離れていく。
……全てを手放した結果なのか、彼女の気持ちの表れか……。
その視界が、赤く、赤く──────。

**** >  
無数の黒い人影へと戻る最中、ただ一言、この一言だけには込められていた感情。
それは────────……。

**** >  
 
       「  哀れな女だ  」
 
 

マルレーネ >  
「………いいえ。」

目から赤い涙を流しながらも、それでも、言葉を放つ。


身体はもう動かない。
心ももう動かない。
それでも、まだ彼女は動いた。

そりゃまあ、当然だ。
彼女の心はもう既に割れている。
それをぎゅっと抱えているだけなのだから。

また砕けても、拾い集めるだけ。

意識が混濁しながらも、相手の言葉にゆっくりと首を横に振る。

マルレーネ >  

「 幸せでした。 」

目を閉じたまま、笑った。
 

**** >  
"幸せでした"、と彼女は言う。
何もかも動かないのに、それでもと言わんばかりに
或いは、"言い聞かせるように"。
もう、誰も答えも返事も返さない。
砕けた心はまた散らばった。だが、かき集めて同じものが出来上がるのだろうか。
一度、割れた心を丹念に言霊が撫でまわした。それは、もう一度同じ心成り得るだろうか。
暗く、深い深淵の底。果たして、その答えは───────……。


後日、意識の無いマルレーネは人影へと運ばれていく。
深い深い、水底から引き上げられるように
この、幽世の何処かへと再び砕けた心のまま……───────。

**** >  
 
        『明けない夜は無い』と言う。
 
 

**** >  
 
          ───────……だが、深き海の底に、光など届くものか……───────。
 
 

ご案内:「深淵の水底」から****さんが去りました。
ご案内:「深淵の水底」からマルレーネさんが去りました。