2021/03/11 のログ
ご案内:「◆とある研究施設(過激描写注意」に藤白 真夜さんが現れました。
藤白 真夜 >  
はじめて錬金術を成功させたあの日。
実験サンプルとして提出しろと命令されて、施設に立ち寄ればそのまま、『献血』もしてほしいと頼まれて。
訳のないことでした。週イチでいつもやっていることですし、ね。

誰も居ない施設に、私がひとり。
静かにどこかで機械の駆動音がする以外に、物音はありませんでした。
ただ、マジックミラーで囲われたモニタリング用の窓と、実験用の椅子に何本もチューブが伸びた部屋があるだけ。

「今日も、よろしくお願い致します」

たとえ見えていなくても、必ずお辞儀を。
ひとの声で返事は無く、ただ機械音声で始めるように告げられる、だけ。

『カイシシテクダサイ』

「……はい」

もう一度、おじぎ。
心無いように思えて、私がこの施設で会話が成り立つのは、この声だけなのでした。
だから、私はこの声にもちゃんと、礼儀を尽くすのです。それが、寄る辺であるように。

椅子に腰掛け、チューブを手に取ります。
先端には、注射器のような太い針が、3本。

ぶすり。

首元に、一本。

ぶすり、ぶすり。

胸元に、脇腹に。

ぶすり、ぶすり、ぶすり。

わかりやすい動脈があるところに、適当に。
痛みはありません。
もう、感じていませんでした。

私の血液と、体は特別でした。
とても役に立つそれを、分けてほしいと。キミならできるはずだ、と。
人の役に立つのならば、私は力になりたかった。

「始めます。……、……っ……!」

別に、チューブに何か機械が繋がっているわけでも、動力があるわけでもありません。
これは血液を組み上げるチューブではあっても、ポンプは私自身でした。
異能を使えば、電気もいらずに、私の血液はチューブをカタカタと揺らして、血液を流しこみ始めました。

藤白 真夜 >  
なんてことは、ありません。
ただ、血液を自らの中で作り上げて、流し込むだけ。
ただそれだけです。

最初は、お医者さんが注射でやってくれました。
どきどきとしている私をよそ目に、お医者さんに研究者の皆さんは、大喜び。
ろくに笑ったところも見たことがなかった私は、ものすごく驚いて……同時に、ものすごく、嬉しかった。
何を考えてるのかわからず、難しい話ばかりで、……いつも、何かに苦悩するような顔の。
そんな人たちを笑顔に出来るのです、ならば嫌がることはなにもありませんでした。

徐々に、要求される量が増えて。
徐々に、私が慣れてしまって。
島の物資の動きが慌ただしくなるこんな時も、やっぱり要求される血液の量は増えていきました。
何故かは、わかりません。でも、それを気にする必要は、私にはありませんでした。
であるならば、血を捧げましょう。
でも、注射では足りません。
ならば、チューブで。
……もっと必要だ。
ならば、数を増やせば。

1年続いた『献血』にすっかり慣れた私の異能は、血液を作ることにおいては驚くほど上達しました。文字通り血の海を作れるのです。
……錬金術や治癒の試みとは、真逆なほどに。
それでも、気を抜けば失血死するような失血量と、それを補い続ける、異能の操作量。

実際のところ、本当にたいしたことは、ないのです。
ただ、疲れないのに全力疾走を、延々と続けるようなもの。
血小板を作るのをやめて、血を止まらなくして。
エンドルフィンを増やして、痛覚を誤魔化して。
ただひたすら、血を作り上げて流し込む、だけ。

監視カメラとモニターのついた、誰も居ない小さな部屋。

『ノコリ、ハンブンデス』

その部屋に響く機械音声だけが、私の共でした。

藤白 真夜 >  
「……、……ふ、ッ……!……、は、ぁ……っ、……っ!」

ぽたぽたと、汗がこぼれ落ちます。
……いえ、それは汗ではなく、血液でした。
もう、汗腺がどうなっているかもよくわからないのです。ただただ、血液を流せばいい、それだけ。

洗濯機が回るような音を立てて全身のチューブがゆらぎ、自分でもよくわからない量の血液が流れ込んでいきます。

……なぜ今、血液が必要なのか。
わかりませんでした。
色々使いみちがあると言っていた私の血液を、どうするのか。
わかりませんでした。
私に、この人たちのことは、きっと何もわかりません。
ただ、それでもよかったのです。

どうしようもない私を、拾い上げてくれた人たちに。
そしてこんな私を、役立つと言ってくれる人たちに。
命の恩人の役に立つのを、なぜためらう必要があったでしょうか。
私に何の意味も無いとわかっているからこそ、全力を尽くす意味がそこにあったのです。

ぴー。
ガラスのむこうで機械の音がしました。
それが、私のゴールサインでした。

「――くはッ!はッ、はッ……、ぜは、ぁ……」

たまらず、椅子の背もたれに倒れかかり、脱力。
びっちょりと全身に汗をかいたように感じるのも、全て錯覚。
ただ、異能のコントロールが出来ていない、だけ。

がたがた、と。
ガラスのむこうで、音がしました。
きっと、私の血液を回収してくれているのだと、思います。
最近はもう姿も見せてくれない、けれど。

「――、あ、……ありがとう、ござい、ました……っ、ぁ」

がたりと、椅子から転げ落ちながらも、頭を下げます。
――どうか、私が少しでも、役に立つように、と。

藤白 真夜 >  
「……はふー……」

数分もすれば、立ち上がって息を整えるくらいには、快復していました。
元より、体力だけはあるので。
毎週、延々とやっているうちに、異能の強度も高まっているような気もしますし。
……なにより、私が役に立てる『良いこと』に、忌避感はなく。

「……。……ちょっと、匂いがついちゃうんだね」

鏡を見て、いつものセーラー服に着替えながら、ぽつり。
全身の汗のような血も、私の異能なら一瞬で掻き消えて。
いつもの、澄ました暗い私の顔。
何一つ痕跡は残っていないのに、匂いだけは。
濃い血の匂いが、こびりつくのです。

(お風呂入らなきゃ……。あと、香水も、買ってみようかな)

近頃、臭くて猫さんをびっくりさせてしまったばかりですから。
ちゃんと ふつうのひと として、もう一度頑張ってみようと。

そんなことを考えながら着替え終われば、施設の扉を開けて。
振り返れば、そこには、今まで居たはずの施設は、掻き消えていました。

……どうしてこうなるのかは、わかりません。なんだか、そういう魔術なのだとか、結界なのだとか。
私も馬鹿ではありません。
きっと、重要な研究所だから。大切な所だから。
そう信じつつも、少しだけ、考えました。
もしかしたら、違反施設なんじゃ、私の血液は違法なのでは、と。
全く信じては、いませんけれど。

でも、それすら、どうでもよかったのです。
私は、私のやるべきことを為す。
全ての人間にとって『良いこと』だなんて、有り得ざるのならば。
私は、私を救ってくれた人たちのために、全てを尽くすのだと。

(……だから、献血は良いこと、なんですよね)

ぺこり、と。
掻き消えた施設へともう一度お辞儀をした私は、どこかすっきりした顔で、歩き出すのでした。

ご案内:「◆とある研究施設(過激描写注意」から藤白 真夜さんが去りました。