2022/02/02 のログ
ご案内:「◆落第街 封鎖区画(過激描写注意)3」に藤白 真夜さんが現れました。
ご案内:「◆落第街 封鎖区画(過激描写注意)3」に紅龍さんが現れました。
藤白 真夜 >  
 封鎖区画暴動鎮圧。
 表向きには“暴動”と呼ばれているそれがある種のバイオハザードであることは、死体に咲き乱れる赤黒い花を見ればすぐに解った。
 封鎖区画に満ちる死臭と、その不吉な赤黒い花に……しかし。

 私はむしろ勇気に奮い立つ思いでいた。
 これは間違いなく、危険な任務だ。
 この場に立ち入る前に書かされた誓約書のせいもあったかもしれない。
 それ以上に、私の“身体”がコレは危ないと訴えていた。
 そしてだからこそ、危険には私が先立つべきなのだと。
 多少の負傷をモノともしない私こそが、この役目には相応しい。
 そう奮い立ち封鎖区画に足を踏み入れ――しばらく経ったころ。


「は、っ……!」
 
 走る。
 ……いや、逃げる、と表現するべきだった。
 一体の感染者に追い掛けられる女が、独り。ツーマンセルを組んだ風紀委員の人をかばって囮になってから、逃げっぱなしだった。
 逃げることには慣れてはいたけれど、その脚力は平均的な女生徒と変わらない。つまりこの島においての平均以下。
 “何か”に身体を強化されたかのように動く感染者達には簡単に追いつかれ、背中に手が届く――その瞬間。

 私の身体から溢れ出たように見える赤い霧が、感染者の腕に絡みついた。
 見る間にそれは赤いイバラへと形を成し、感染者の動きを封じ込めた。

「動かない、でっ……!」

 私の異能は、あまり自由に形を“意識”出来ない。
 対象を取らない“壁”や“暴力のカタチ”なら簡単にできるけど、細かいのだと私にできるのはずっと練習していた薔薇の延長線が精一杯だった。
 つまり、感染者に絡みつけた薔薇も、鉄程度の強度はあるものの、自ら動かして更に拘束するようなコトは集中しないとうまくできない。
 感染者の、自らの身体がイバラで傷付くことも厭わず突進してくるような捨て身の前に、その拘束はあまりにもささやかだった。
 
 感染者が自らの腕をイバラに絡め取られながら、しかし。
 何かを引きちぎる嫌な音を立て、感染者の腕がイバラごと“ちぎれた”。
 その腕はすぐさま植物の根で再生され――薙ぎ払われたムチめいた腕が私の脇腹を捉えた。

「……ぐッ――!」

 横合いに吹き飛ぶほどの衝撃。焼けただれた何かの残る道路を吹き飛び、何度も転がりながら裏路地の壁に叩きつけられる。
 ……常人なら意識くらい飛んでもおかしくない衝撃に、しかし漏れ出る声に悲痛なものは無い。
 ――痛みは無い。ひしゃげた骨と内臓は、切断よりかは“リソース”を使うけどなんてことはない。
 有り得ない方向に曲がった右足も顧みぬままに上体を起こし、感染者を睨めつける。

(……“アレ”を傷付けないと、逃げられない……! でも――)

 私を殴り飛ばしただけでは満足しないのか、すぐさま感染者は駆け寄り……マウントポジションを取ろうとするかのように倒れた私に殴りかかる。

「く、ぅ……ッ!」

 その拳打のほとんどは、私に届かない。
 赤い霧――気体に近い私の血液。
 異能を以って動くそれは、赤い壁と姿を変えその拳を受け止めて、受け流し、防いでいた。
 勢い余って力任せに振り下ろされる拳は、標的を外れ道路に叩きつけられる。
 道路を殴った拳は割れて、血に溢れ、自ら傷を作り――なのに、止まらない。
 
 ……ときたま腹や胸を殴られ、それでも私は動じなかった。
 私の頭の中にあるのは、ひとつだけ。

(……殺さなきゃ……ッ。
 殺さなきゃ、……殺さないと、いけない……っ!
 “このひと”はもう、助からない。殺すことこそが、唯一の助ける選択肢……!)

 ばきばき、と凝固するような音を立てて感染者の頭の上に、赤い剣が浮かぶ。
 コレを振り下ろして、首を断つだけ。……なのに。

「く、うっ、あぐッ――!」

 出来ない。
 感染者に殴り倒されながら、でも。
 自らの暴力で自らの拳に血を流し、それでもなお暴力に取り憑かれたような、感染者に。
 赤い血の剣は、震えるだけ……振り下ろせない。

 ……私が、殺さなくちゃいけない。
 一度寄生されたものを救う試みは行われているものの、ある程度寄生が進んでしまうともう難しいらしい。
 ……殺すしか、無い。それは救いでもあるはずだ。
 誰かにやらせるくらいなら、私の手を汚すべきだ。
 そう理解していたのに。そう思っていたのに。

(出来、ない……っ! 殺すのが、救い? そんなことがある筈が無い……!
 私のとは違う……ただ一つの命が潰えることが。そんなことが――)

 私の手は、血に濡れることを拒絶していた。
 自らが、暴力に晒されたとしても。
 暴力に酔い痴れ歪な笑顔を浮かべる感染者の男の下で、ただ暴力に耐えていた。
 悲しさとすら言えない、涙を浮かべながら。
 身に受ける暴力などよりもよっぽど大きな何かを、納得できずに堪えていた。
 ――そこに意義も無く必要とされる、殺意。
 悪意に塗れながら、どうしても……それを呑み干せずにいた。

紅龍 >  
「――ふぅ、穏やかじゃねえなぁ」

 ドン、という重い衝撃が腕に伝わる。
 それと同時に『女生徒』を組み伏せていた『寄生体』の頭が吹き飛んだ。
 血と脳漿が飛び散って、組み伏せられていた方はたまったもんじゃないかもしれないが――。

「よう、お嬢ちゃん。
 随分なシャワーになっちまったが、生きてるか?」

 右手に拳銃を持ち、左で香草の匂いが漂うタバコを持ち、素知らぬ顔で声を掛ける。
 ――オレと『この娘』は初対面だ。
 もっと強引に世話を焼きたくなっちまうが、我慢だ我慢。
 

藤白 真夜 >  
「あ――」

 呆気ないほどに、私を襲う暴力は過ぎ去った。
 ……たぶん、救われた。きっと、そうなのに。
 私は、目を見開いた。
 ……その、死に様に。

 頬に飛び散る返り血を気にする様子も、無い。
 ただ、……にじみ出るような涙と共に、その血液は女に“吸い込まれる”ようにして消えていった。

「……あっ。あの、ありがとう、ございます……!」

 立ち上がろうとして、脚がもつれた。折れていたかもしれない。……でも、それはどうでもいい。
 破れたタイツごしに赤黒くあざになったふくらはぎから赤い煙が立ち上がると、すぐに何事もなかったかのように立ち上がった。
 ……すぐに男に頭を下げようとして、どうしても。
 ……頭の無い死体を、見つめた。今度こそ、本当の死を迎えたそれを。

「……助けてくださって、ありがとうございます。
 ……それと、……」

 きっちりと、頭を下げる。
 ……顔を上げて、はじめて男を見る瞳は、

「……すみません、でした……。
 ……私が、……“できて”いれば……」

 弱々しく、光無く……伏せられていた。
 
 振り下ろせば首でも断てたであろう血の剣は、解けてカタチを失って、私の中に戻っていた。
 かわりに漂うのは、赤い霧と、濃い血の臭い。

 ……このひとは、私の代わりに殺しをしてくれたのだから。 

紅龍 >  
「礼を言われるような事じゃねえよ。
 やったのはただの――殺しだしな」

 なんでもないように答える、が。
 まったく、見ているこっちが気になるような痛々しさだな。
 治るからいいってもんじゃねえだろうに――。

「なに謝ってんだ」

 『タバコ』を口に咥えて頭を掻きながら、『娘』に近づく。
 すっかり俯いた視線はどうにも居心地が悪い。
 だから、つい『マヤ』の時みてえに、その頭に手が伸びちまった。

「――殺しなんて、出来なくていいんだよ。
 特にお前みたいな子供はな。
 そういうのは――オレみたいなヤツの仕事だよ」

 そう静かに煙を吐きながら、一応それらしく笑いかける。
 

藤白 真夜 >  
(……あれ……?)

 頭に伸ばされる手を見て、……何かが胸の中を過ぎった気が、する。
 気の所為ですらない、別の場所にあるなにか。
 だから、ただその男を見つめていた。
 光の無い瞳で、静かに。


「……。
 ……この島には、この学校には。
 力を持った方が、沢山います。……多分、私も、そうであるはず」

 異能を、力と言っていいかは疑問だった。
 でも、この島にはそうして“力”を揮うひとが沢山いて。
 異能を持つ、ということはそういうことだと思っていた。

「だから、“こういうこと”が起きたとき。
 なんとかしなくてはいけないのは、大人であっても子供であっても……力を持つ人間の役目であるはずです。
 未だ子供である私に、責任の所在は問えないのかもしれませんが……」

 この島は、この学園は、私のような子供にも、可能性を見出すと同時に責任をも発生される場所であったはずだから。

「……だから、……だから。
 事実の上でだけでも、殺せないといけないはずなのです。
 ……だって……“アレ”は、そういうものでは……ないのですか」

 伏せられた瞳にはどこまでも光が無いのに、濡れて艶めいた。
 涙の雫。
 
「アレは……殺さないと救えない。
 だから、貴方がしてくれたことは、……殺しと言えるのしょうか。
 臆病な私には、出来なかったこと。
 ……貴方は、私よりも……あのひとを、救ってくれました」

 静かに頬を涙が伝う。
 悲しみのような何かに、感情を引き攣らせながら、それでも。
 小さく笑顔を浮かべた。

「……ありがとうございます」

 繰り返す言葉、けれどそれは、私のではなく。赤黒い花から解き放たれたモノのために。

紅龍 >  
「――はぁ、参ったねこいつは」

 まったく、泣きながら礼を言うヤツがあるか。
 ああ、こいつは。
 たしかに『マヤ』とはまったく別人だ。

「いいんだよ、どんな力があっても、子供は子供でいりゃあ。
 たしかに力にゃ責任が伴うが――それが殺しを背負っていい理由にはならねえ」

 ――そこまで言って、泣いてる『娘』の顔を隠すように、その頭をぐしゃぐしゃと撫でてわざと髪形を崩してやった。

「――ゆっくり話を聞いてやりてえ所だが、さっきの銃声ですぐに集まってくるな。
 一度そこのビルに隠れるぞ。
 屋内にはそう多くはいねえからな――ちゃんと着いて来いよ」

 そう言って、返事も待たずに近くにあるビルへと向かっていく。
 周囲からは銃声を聞きつけたらしい寄生体のうめき声が、じわじわと集まってくるのが聞こえて来た。
 

藤白 真夜 >  
「ひゃ……っ、……あ、あの……」

 男の大きな手に遮られて、涙の余韻も視線も振り払われた。
 ただちょっと、男の人と距離が近づくとどうしても、血の匂いが気にならないかそわそわしてしまう。
 今は“種”が怖いから異能を使えるようにしておかないとだし、そうすると血の臭いがするし。

「あっ、は、はいっ」

 遅れないよう、物音も必要以上に立てないように、男のあとについていく。
 ……少し乱れた髪を整えながら。


 ……男の後を追い、ビルの中へ立ち入る。
 ……こういう比較的安全な場所に、避難している生存者の人が居たりするのだろうか。
 そう思って何かを探すように……何かに追い立てられるかのように、辺りを見回す。
 ……けど、何も見つからない。人探しなんてしたことも無いし、……生存者が本当に居るのかも疑わしかった。

「あ。
 あ、あの、申し遅れました。
 祭祀局に所属している三年の藤白 真夜です」

 ほんの少し落ち着けたのか、……さっきよりかはまともな顔を浮かべて、ぺこり。

「差し支えなければ、お名前を聞かせていただけませんか?
 ……命の、恩人ですから」

 ……私の命の、ではなかったかもしれない。きっとその言葉に意味はあまり無いから。
 奪うだけの殺しではなく、きっと意味がある。……私は、そう思えたから。

紅龍 >  
「――残念だが、ここに『人間』は残ってねえよ」

 ビルに入り、視線を彷徨わせる『娘』にそう告げる。
 残酷だが、この場所はそういう場所になっちまった。

 『娘』を連れながらビルの中を移動する。
 時折現れる寄生体は、声を上げる前に迅速に。
 首を斬り、圧し折り、頭蓋を砕き――的確に殺しの技を見せて道を開ける。

「――紅龍。
 違反部活の用心棒だよ」

 律義に自己紹介か。
 本当に――真面目が過ぎるぜ。

 そのまま、時折寄生体を処理して――事前に調べておいた比較的安全な部屋まで誘導する。
 ビルの管理業者が使うような関係者専用の分厚い扉を開いて、待機室の中を確認。
 ちょっとしたソファとテーブル、後はロッカー程度の簡素な部屋だ。
 当然、事前に確認した通り寄生体は入り込んではいない。

「――この部屋なら、一先ず安全だ。
 入りな、少しは休めるだろ」

 そう言って、『真夜』に入るよう促す。
 『真夜』が部屋に入れば、オレも入って――念のため鍵をかけておくか。
 

藤白 真夜 >  
「――」

 今更、驚くつもりはなかった。
 明らかに戦闘用の装備に、殺しを割り切って考えられるその言葉。
 でも、やはり。目の前で鮮やかなまでに……“的確”なその技を見れば。
 小さく、目線を落とした。
 男の殺しから目をそむけるわけじゃない。私はそれに救われたのだから。
 ……ただ、どうしても……寄生体をちゃんと見ることが出来なかった。
 あるいは。
 ……生存者もなく、ただ赤黒い花の異形だけが満ちる場所から、目を逸したがっていたのかもしれない。


「……あ、ありがとうございます。……紅龍さん」

 部屋に通してくれたことに対してお礼を言うものの、内心はちょっと驚いていた。
 手際が良い。……でもそれは当たり前かもしれない。違反部活に居る人たちなら、落第街に精通しているのは当たり前のこと。セーフハウスというのかも。

 ……私は休む必要は――
 そう断ろうとしたけれど、……促されるままソファーに腰掛けると、何かが途切れてしまった。
 ……緊張が途切れたせいか、人の優しさに触れたせいか、……あまりにも当たり前の殺しを見たせいなのか、――そんなことをしなければいけない原因のせいなのか。

「……――どうして、こんなものを……作ろうと、したんでしょう」

 ぽつりと。
 ソファーに腰かけたまま、テーブルに目を落として呟いた。紅龍さんに向けるでもないまま。

「……命を、……なんだと、思っているんでしょう」

 ……そして、それは。
 知る由も無いことだけれど、とても珍しいことに。
 ……怒気を、孕んでいた。
 何に目を向けるでもなく、重ねた両手を、……静かに握りしめて。

「……あっ!ご、ごめんなさい。紅龍さんに、言ったわけではなくて。
 ……、……おっしゃったとおり、……あのひとたちは、もう『人間』ではないでしょうから」

 ずっと、考えていた。
 殺すのが正しいのか?
 救うのは傲慢なのか?
 ――何が悪なのか。

 感染者に容易く刃を向け命を的確に摘む男が悪なのか?
 感染者に襲われるだけで何も出来ず怯えるだけの私が悪なのか?
 ……答えは決まっていた。

「……どうして、こんなことに……」

 この状況が出来た原因にこそ、それがあるはずだったから。

紅龍 >  
「――だから礼を言われるような事じゃねえよ。
 これは、オレの勝手なお節介で――ちょっとした約束だからな」

 扉がロックされたのを確認してから、念のため通風孔がちゃんと塞がっているか確かめる。
 虫や小動物に寄生したヤツが入り込んでくると厄介だ。

 そんなうちにも、『真夜』からは抑えきれない気持ちが溢れ出していた。
 そりゃあそうだ――小さな娘の身体にこの現実は、背負うには重い。

「――人間は家畜だ」

 俯く『真夜』の横にドスン、と腰を下ろす。

「社会に、文明に消費される、ただの産業動物。
 消費者が違うだけで、牛や豚と何ら変わりやしねえ」

 隣で断りもせずに『タバコ』を取り出して火をつける。
 香草の匂いが、すぐに部屋に漂う。
 『真夜』の血の匂いと混ざり合うように。

「だが、オレ達は人間だ。
 恥を知っている。
 人殺しはクズだ。
 オレ達は自分がクズだってことを知っている。
 だから、殺すときは自分の意思で、情で殺す」

 『タバコ』を吸って、煙を吐く。
 隣に目を向けるでもなく、独り言みてえに。

「オレは元軍人でね。
 オレを叩きあげてくれた上官にそう教えられた。
 だから散々殺したな。
 ただの人間から、超常の本物のバケモノまで、色々とな」

 それで知ったのは――どれだけ殺しても、戦争なんざ無くなりやしねえ、って事実だ。
 人間が家畜である以上、戦争という消費活動は無くならない。

「命の価値ってのは、そういうもんだ。
 重くも軽くもねえ、ただそれだけのもんだ」

 子供に告げるような現実じゃねえとわかっちゃいるが――。

「どうして、なんざ、馬鹿どもがやらかしたからだ――なんて、んな事が聞きてえんじゃねえよな。
 どうしてこんなものを作ったのか、も、効率的に戦争がしたいからだ、なんて話じゃねえんだろうな」

 背もたれに寄りかかる。
 このあまりにも『真っ当』過ぎる娘に、オレが何を言ってやれるだろうか。
 ――まったく『マヤ』が気に掛けるのもよくわかる。