2022/02/03 のログ
■藤白 真夜 >
(……約束……)
それは私が知るはずもないことだった。
でも。
忘れ得ぬ約束の果て。
忘却に消えたはずのモノは、私の中にも残っていた。
だから、その言葉に……何かを思い出すようなことはなくとも。
約束のもたらす意味だけは、解るような気がした。
……それが、絶対に交じり合わぬものだとしても。
隣に座られるのは、ちょっとびっくりした。
というか、気を張って異能を“広げて”いたから、血の匂いも気になりますし……。
でも、そのタバコ――というより、ハーブ?のような香りで落ち着けた。
臭いの良し悪しも、好みも無い。
でも、香りは好き。
タバコであろうとも香草であろうとも、血の臭いを覆い隠すには都合が良いから。
紅龍さんの言葉は、少し野卑に聞こえた。……いや、言葉だけを取れば結構乱暴な気がする。
でも、私はまっすぐに見つめた。その眼差しが交わることがなくとも。独り言だったとしても、耳を傾けた。
私が子供で、紅龍さんが大人だからではなく。
それは、殺しの意味を知る人間の言葉であるはずだったから。
「……人と、動物を別つもの。
……意志と、……情」
聞きながら心の中で、紅龍さんに謝っていた。
ひどく、“手際よく”殺すのだと思っていた。
でも、その手際の良さと人の心の中は別だ。
殺しを佳く知り、だが恥を知ること。
それを作業にせず、自らの意志を宿すこと。
まるで命が軽いものかのように思ってしまいそうになるけど、私にはそう聞こえなかった。
そういうモノだからしょうがない、という有る種の諦観と――悟り。
「……人と人が殺し合うのならば、……私は、構わないと思うのです」
そして、その上で私は殺しを肯定した。……自分では、出来もしないのに。
「それだけの想いと、意志と、覚悟と、責任がそこにあるのであれば」
それはとても強い、人の想い。
たとえそれが悪だとしても。頭から否定するつもりはなかった。
……元から、私が自分以外を否定するのが下手な性根なのはあっただろうけど。
それでも、力を振るわなければいけないときというものは、存在する。
死ぬべくして、殺すべくして、そうなるものがある。
……人知れず忘れさられていく、仮面の奥の誰かが逝った時のように。
「……でも、これは違います。
これは、……戦争ですらない。戦争の種にも、なるはずがない。
……私が向き合った、……“犠牲者”は、……助けてくれと言っていました。
――あれには、心が、意志が伴わない」
……効率よく人間を戦争の道具に作り変える植物?
――いいえ。
あれは、私によく似た何かに見えた。
……“職業柄”、根の再生のプロセスに不死性を感じ取っただけかもしれなかったけれど。つまりは。
――命を弄ったそのついでのような、なにか。
「アレが、闘争になる筈が無いんです。
ひとは、……憎しみも、殺意も、心の中に宿して……はじめてそれは闘争であり、殺しになるはずなんです。
……奇しくも、貴方が言ったように。
何も想わぬまま殺し合う人は、家畜と変わらない。
――アレは、人を家畜に堕とすモノです」
私と似たような何かを、生み出させてはならない。
だから、こんなにも……この事件の根幹が気になるのかもしれない。
私は、風紀委員でも公安委員でも無い。感染者を殺せる度胸も意志も無い。
……でも、……この事件を、止めたかった。この現実を、なんとかしたかった。
それを、このひとに言ってもどうしようもないのはわかっていた。
……それでも、何かを吐露したく、なってしまった。
……それだけ、ここの景色は、私には……受け入れがたいモノだったから。
■紅龍 >
「――ああ、その通りだ。
アレは戦争をただの産業活動に変えちまう。
気分が悪ぃったらねえよな」
そこに――情は介在しない。
ただ、兵器が人を消費して、死体の山を築くだけだ。
「――そんなもんを造り出したヤツを知ってるって言ったらどうする?
オレがそんなもんを研究発展させたやつらの用心棒だって言ったら。
『真夜』、お前はどうするよ」
自然と、『真夜』が抱いた憤りを試すような言葉になっていた。
『真夜』の怒りは正しい。
あらゆる意味で――それは正当な憤りだ。
そしてその憤りは、正しくぶつける先がなくちゃならねえ。
一人で抱えるには暗い熱だ。
■藤白 真夜 >
「……え?」
今度は本当に驚いた。
……手際が良いと感じたのは、“知っていた”から?
この場所に導かれたのは――、
いや、違う。それは、関係が無い。
失われる命を、それはそういうものだ、と解する人間であること。
何より……私を助けてくれたこと。
それだけで、私はこの人にまっすぐに向き合う意味を信じられる。
それが、愚かさであっても構わない。
「……。
これを造り出した人には、……その意味を問い質したいのです。
この有様を、望むべくして造り出したというのなら、構いません。
それは……、――紅龍さんが知っている方にむかって、ごめんなさい――それは、ただの愚か者です。
私がどうこうしなくても……できるとはおもいませんが、……果てるべくして果てるでしょう」
……この島に、“常世学園”に害をもたらす。
その意味ぐらい、わかるはずだから。睨まれたくないであろう違反部活であるならなおさらに。
そもそも、この一連の事件自体、私には疑問だった。
本気で害を成そうとするなら、種をもっとばらまけばいい。あるいは、青垣山にでも放つか。大量の虫や小型生物こそ、最も恐ろしいキャリアーとなっているのだから。種をばらまくだけなら、もっと恐ろしく“手軽”に広められる。
……だからこれはきっと、意図的なものじゃない。そんな、愚か者じゃないはずだった。
実験か、……あるいは、事故。
私が、もっとも恐れているのは――
「もし、仮に。
この花が目的であるのではなくて。……命を弄んだ末であるというのならば。
これを造り出したのは何かのついでで、……人間の意志を。……命そのものを捻じ曲げようとしているのであれば」
……ずっと、感じていた。
再生する根。溢れる生命力。食い尽くすかのような繁殖力。
……血溜まりに蔓延る赤黒い花。
どこか致命的にズレた永遠性。
永遠に完成しない私たちの研究に似た何かがあるのだと。
「……私は、止めなくてはいけません。
二度と、私のような存在を増やさないよう。
――命の価値を貶めるものを、私は許せないのです」
まっすぐに、断言して、……男を見つめた。
それは怒りをぶつけるようなものでもなく、静かに……ただ誓うように。
“既に間違えた者”から、“これから間違える者”たちへ。
「――教えてください。
貴方は、それが正しいと解るはずです。
……こんな、こんな真似が正しいはずがないと、わかっているはずです……!」
彼らの用心棒だというのなら、それは彼自身への不都合を多分に孕むはず。
むしろ、私が殺される可能性のほうが大きい。そっちのほうが遥かにわかりやすい。
勘ぐったものを消すにはあまりに丁度いい場所だった。
だが二つの意味で、私はそんなものは恐れない。
――私は死なないし、このひとは殺さない。
情を以って人を殺すと言いきった人間が、こんな有様を看過できるはずがない。
……私は、……少なくとも私は。そう信じていた。
まっすぐに、光の無い瞳で男を見つめる。……人の心という光を、その瞳で信じられるように。
■紅龍 >
「――くくっ」
『真夜』の真っすぐすぎる視線に、気が付きゃ笑っていた。
自分が『消される』かもしれねえってのに、恐れを置き去りにした。
どっちも変わらねえ。
こいつ『ら』には、信念がある。
「教えてください、ねえ」
煙を細く、天井に向けて吐き出しながら、考える。
この娘はとても頭がいい――理解しすぎちまうくらいに。
「――植物には、光合成ってのがあるのは知ってるか?
水と酸素と太陽光さえありゃ、必要なもんを生み出して生存できる、まあある意味能力ってやつだな」
正確には植物に限らねえらしい。
なんつったか、葉緑体ってのがそういう能力を持ってるとかなんだとか。
「他にも接ぎ木ってあるだろ。
枝に別の木の枝を融合させて、一つの木にするやつ」
これも詳しくはねえが。
これが動物だったらそう簡単にはいかねえらしい。
「後は繁殖とかな、異種交配ってやつか。
種類が近けりゃ、別の植物とも交配して数を増やせる」
不思議なもんで、そうなってもちゃんと育つらしい。
難しい話だったもんで、オレもよく覚えちゃいねえが。
「今のご時世――いや、昔からそうだな。
人間社会ってのには、今日食べるもんにも困る奴がいる。
生まれつき、後天的に、体がどっか欠けちまってるヤツがいる。
遺伝子に欠陥があって、子供を作れねえ奴らがいる。
『アレ』はな、そういうもんなんだ」
そしてソレは兵器に転用された。
奇跡的な発見は、最悪の兵器の基幹になったわけだ。
人を生かすための研究は――効率よく人を死なすための研究にすり替えられた。
「そういう、もんなんだ」
命を弄んだ結果――そう言われれば、そうに違いない。
兵器に使われなくとも。
散々に人体実験は繰り返してきたんだからな。
■藤白 真夜 >
紅龍さんのこぼれるような笑いに、やっぱりどこか、……よくわからない何かを見た。
なんだろう。このひとに悪いものは感じないし、気分も悪くない。
でもなぜか。
自らの内側に、釈然としないものを感じた。
……私が端的に悪感情を吐き出せるのは、“自ら”の内に向けてだけなのだから。
紅龍さんの話は、最初はよくわからなかった。
科学というよりも理科だ。
植物。
生存。
動物。
交配。
接ぎ木。
……融合。
――その全てが繋がるまでは。
「人の身体を癒やす――人の身体の代替となる植物? 生命への接ぎ木……。そんなものが本当に、……。
仮にあの植物に意志が無かったのなら、確かにそれは命を補う生命の樹……。
……でも。
……だから、不死性を求めるのに外的アプローチは結実しないのだと……、絶対に、付け加えるモノのほうが生命として優位になるのだから……」
深刻な何かに思い至ったかのような表情で呟く。
いつかの勘違いを、それはなぞっていた。自分では知り得ないまま。
一人考えに溺れる私に。
“そういうものだ”と、声が聞こえた。
……どこか、諦めるような響きに聞こえたのは私の気の所為だろうか。
だから、顔を上げて紅龍さんを見つめる私の目には、先程までの熱意は無かった。
「……やっぱり。
研究というのは、ねじれるものなんでしょうね。
……私も。……とても、よく知っています」
まるで自己紹介をするかのように、自らの胸に手を当てた。
私よりも、よほど酷い。求めた意味がまるで逆転してしまっているのだから。
「どうにも、ならないのですか? ……ならないの、でしょうね」
悲しげに、……目を伏せた。
私には、特に力があるわけじゃない。風紀委員でも、公安委員でもない。
この人がどうにかならないか、足掻かなかったはずがない。その当人がそういうものだというのであれば。……そういう、ものなのかもしれない。
「……私も。
憧れて、いました。
誰かのために、誰かの怪我を、誰かの命を。
そのためなら、人体実験なんて、命を弄ることなんて、いくらでも出来ると。
……求める答えがあるのならば、自らを挺することなんて苦でもない、と」
……あの研究と実験の最中。……私はもうあまり思い出せないけれど。
――差し伸ばされた手があったはずだった。
「……私に、出来ることはありますか?」
それは、弱々しい……先程までの気弱な少女の瞳だった。
……それでも。
それこそ、私の持つモノであって。
「私は、良いことが好きです。
私の周りに辛いことでなく……嬉しいことが増えると良い。
……人を死なせるよりも、生かしたほうが良い。
私なんかに出来ることがあるなら、助けたい。
……無為に命が尽きるのは、……嫌なんです。どうしても、見過ごせない。
私はただ――」
幾度折れても立ち直る、意志と。
「自らに、自信を持って、想いたいだけなのです。
――生きていて、良かったと」
絶望の中に在っても希望を見つめる、魂に宿る信念。
何も出来なくても良い。
自分に出来るなんて思い上がりはしない。
あるいは、“うち”の研究結果だけ横流ししたら何かの手伝いになるかもしれない。
……その程度でしか、なかったけれど。
命のための研究を、死のためにすり替えられた無念を、知っているモノが居るんだと、少しでも……力になりたかった。
■紅龍 >
「研究は捻じれる物か――そうだな。
その研究自体は真っすぐなモノでも、そこに金が絡めば簡単に歪む。
利用しようとするやつがいれば、簡単に悪意に染まる」
それは、その研究の根底には純粋な想いがあるからだ。
研究にひたむき過ぎて、真摯に過ぎて、一途すぎるから――利用される。
どうにもならないのか、という問いに、どう答えた物か。
『そうだな』と、この歪んだ構造に諦観を示すしかない。
『真夜』が自らを実験に、理想に捧げたと聞いても『やっぱりな』と思う。
『マヤ』と数度触れて、オレの直感は『こいつら』がそういうモノだと告げていた。
「――良い事が好きだ。
――誰かを助けたい。
――力になりたいって思うなら、まず一つ、そうだな」
懐から新しい『タバコ』を取り出して、『真夜』に差し出す。
「まずは、『私なんか』って言うことをやめねえとな?」
正しくいようと真面目過ぎる『娘』に、おじさん渾身の茶目っ気を混ぜたウィンクをしてやった。
■藤白 真夜 >
「……えっ?」
……今度もやっぱり驚いたかもしれない。
……タバコ。
いや、なんだか前も誰かに勧められたような……た、確かにあの煙はそんなに嫌いではないというか、臭いが紛れるからむしろ安心してはいましたけれど、それは良いことというか不良なのでは――!?
目を白黒させながら差し出されたタバコを見つめるものの、……思えば、香草の香りがすごかった。
……タバコじゃないのかもしれない。たぶん。
恐る恐る、差し出されたタバコを受け取って、……なんだかちゃんと持つのも怒られそうで、指先でつまんだまま。
「あ、あはは……似たようなことを言われた覚えがあります……。
い、一応、頑張っては見ているつもりなのですが、道半ばというか、前途多難というか……」
おじさまのウィンクにも、やっぱり困ったように笑いながら。
「……あ、あのー……。
これ、……吸っても? 大丈夫なんでしょうか? わ、私悪い子になりませんか?」
なんか、勧められたのを断れない系に目がぐるぐるしていた。
■紅龍 >
「くくく、大丈夫大丈夫、『見た目だけ』だからよ」
そう笑いながら、安物のライターを取り出して火を差し出す。
「いい子なのはいいが、いい子であることを自分に強いるのは違ぇよ。
ほれ、着けてやっから、咥えて軽く吸ってみな」
そう勧めるのは悪いおじさんだ。
火をつけて吸ってみれば、実態は種々様々な薬草と香草を混ぜ合わせた吸入薬。
身体にも規則的にも悪い事なんてありゃしない。
まあ、見た目はタバコそのもんだし、最初は煙を吸って咽たりすんのもタバコと変わらねえけどな。
■藤白 真夜 >
「そ、そうですよね!
……ふぅ」
内心、ほっと一息。
違反部活と関わるとグレてないといけないのかもみたいな早とちりと心配がどこかに飛んでいった。実は本来、小心者。
「……自分に強いるのは――、……確かに、本当に良い人は自分を良い人とか思ってませんし――あ、は、はい、失礼します」
やっぱり、よくわからない手付きでそーっと火にタバコを伸ばす。
ぷかぷかと浮かぶ煙に、やっぱりあのタバコの臭いはしない。アロマ……というにはちょっと煙臭いけれど。
……見様見真似で、あの指のカタチでタバコを挟んでみる。
(……、……も、ものすごく悪いことをしている気分になっちゃうんですけど!)
カタチだけでも、タバコはタバコ。
それは、私の忌避していた“悪いこと”に似ていて、でも。違う。
だから……、
……そーっと、くちびるを付けた。
「――こほっ! けほ、こほっ! け、けむ、けむたいです……!」
そして、むせた。
それは本当に見た目だけで、でも、見た目だけでも良い子であることを強いるのを止められた、証。
……めちゃくちゃむせてそれどころではなかったかもしれない。
■紅龍 >
「――っだっはっは!」
案の定、盛大に咽た様子を見て、思い切り笑った。
いやあ、面白い――可愛いもんだ。
「どうよ、ちょっと『わるいこと』してみた感想は」
にぃっと笑いながら聞いてやる。
そして――『真夜』がどう答えても、続く言葉は変わらない。
「――どうにかしてえ、そう思ってる」
自分の『タバコ』をふかして、呟いた。
「そのための準備もしてるし、仕込みも進めてる。
かなりの賭けにはなるが、勝算は、ない訳じゃねえ」
これを、直接関係ないやつに話すのは初めてだ。
『研究室』の連中以外には、オレを慕う『部下』にしか伝えてねえ。
「違反部活『蟠桃会』。
それが、この『闘争の種』をこの島で完成させた組織だ。
そして『蟠桃会』の後ろにいるのは、本国――中国軍部だ」
表に出ない『蟠桃会』が、研究資金、人員、それらを潤沢に補えている理由。
戦争利用に活かせるかを実験するため、常世島という新社会のモデルケースに持ち込んだ――いや、『持ち込まされた』
「そして、幼少期にそんな『奇跡の植物』を見つけた元軍属の研究者。
家族を人質にされて、『闘争の種』の原型を作り、この島で完成させた研究者が――紅李華《リーフア》。
――オレの妹だよ」
そう『真夜』の疑問に答えるように。
■藤白 真夜 >
「……ひ、ひどい、きぶんです……けほっ」
……一体どうやってこれを吸ったら美味しいなんて感想が出てくるのか、むしろ謎が深まってしまいました……。
未だにちょっと涙ぐんだり、喉が変な気持ち。
確かにちょっと薬効効果っぽい清涼感のような全然違うような何かは微かにあるものの、やっぱりわからなかった。
……ただ、笑い転げる紅龍さんを見て、そんなに笑えるのなら悪くはなかったのかも……と、やっぱり困ったような笑みを浮かべた。
だから、続く言葉にも、どこか気が抜けたように……もくもくと煙を上げるタバコをただ持ったまま、耳を傾けた。
……最初に思ったのは、“遠い”だった。
軍、国……やっぱり、比べてみると私なんか――私では、どうにもならない問題だった気がする。
……そんなところに気炎を上げていたのはちょっと恥ずかしくもあるけど。
「……妹さん、だったんですね」
そして、その質問の答えは同じでも、それに抱くものはもう違う。
この赤黒い花の咲く地獄を作り上げたのは、彼女だが彼女ではない。
金や、権力や、力……。大きな流れに、自らの理想を汚されたのは。
……ではなおさらに、紅龍さんはこの在り様に、想うものがあるはずだった。私などより、よほど。
だから、……私の子供じみた行き場のない怒りの先は、見つかった。
「――『蟠桃会』。
ちゃんと、覚えておきます。私に、何が出来るわけでもないんですけど。
……ひ弱な、……でも諦めの悪い、『協力者』にでもなれれば、良いのですが」
妹の借りを返す兄。
それは、私の好きな綺麗な話そのものだったから。
何より、蟠桃会に一泡吹かせるのはこの人がやるのが相応しいと思ったから。
それでも、協力が出来るものならいつでもする。……私が知ることではないけど、鏡合わせのように。
「……さっきは、妹さんに酷いことを言ってしまったかもしれません、……すみません。
でも。
私は知っています。研究のため、……時にねじれさせられても、より良いものを目指す人たちの姿勢と、熱意を」
……タバコはふかせなかったけど、香草の煙が辺りを漂う。
……灰色の、くすんだ色の、優しい帳。
「……すごい妹さんですね。
今は素直に、そう思えます」
技術も、科学も。それを生み出すものの過程に、罪は無いはずだから。
煙の向こうで、小さく微笑んだ。
■紅龍 >
「協力者、ね」
子供の戯言、とは思わねえ。
子供でも大人でも、信念の有る人間の言葉だ。
それは信頼に足る――嬉しい言葉だ。
「はは、気にすんな。
オレも妹も、人殺しには変わらねえ。
オレ達は必要になれば、自分を愛するヤツすら殺せる、そんなクズには変わりねえんだ」
言いながら、これまで殺した奴らの事を思い出す。
オレを慕っていた花屋の娘を、街ごと焼いた。
永遠の伴侶にと、心を許してくれた吸血鬼を灰に還した。
互いに親友だと思い会ったやつを、背中から刺した。
あいつも、こいつも――次々と浮かぶ顔は、今も鮮明に思い出せる。
「――謝謝。
実際な、あいつはすげえんだ。
オレにはできない事を、殺ししか出来ねえオレよりよほどたくさんの事が出来る。
あいつは――このままでいて良いはずがねえんだ」
あいつは、李華は、表の世界に出られれば、多くの人間を救える。
あいつが大好きな植物で、花で、多くの誰かの助けになれるんだ。
だからこそ――オレは失敗できねえ。
「――しかし、協力――協力な。
『真夜』、お前、好きなヤツとかいるか?」
一見、脈絡のない事を不躾に聞いてみる。
思春期の娘だし、いねえ、って事はねえ――いや、あるのか?
■藤白 真夜 >
赤黒い花の咲く死地の中、束の間の安息所で。
香草が薫る紫煙の邂逅は続く――。
ご案内:「◆落第街 封鎖区画(過激描写注意)3」から藤白 真夜さんが去りました。
ご案内:「◆落第街 封鎖区画(過激描写注意)3」から紅龍さんが去りました。
ご案内:「◆落第街 閉鎖区画(過激描写注意)」に藤白 真夜さんが現れました。
ご案内:「◆落第街 閉鎖区画(過激描写注意)」に紅龍さんが現れました。
■藤白 真夜 >
「……人殺し……」
その言葉の意味を意識すると、表情が落ち窪んだ。
紅龍さん達に対してではなく……自らの為したことに対しての。
私は人殺しを忌避するけれど、他人のそれを否定しようとは思えなかった。
この人たちの殺しは、きっと意味があるものだ。殺すことの向こうに意味があるのならば、それで良いとさえ思える。
『自分を愛するヤツすら』
その言葉自体に、当たり前のようでいて殺しの意味を解っている、そんな気がしてならなかった。
本当の悪は、その愛の意味を知ることもなく殺すはずだから。
だとするなら、私は――
昏く思案に沈みゆく考えはしかし、それこそ考えもしなかった問い掛けに吹き飛んだ。
「……す、好きなひと、ですか?
う~ん……」
とはいえ、その問い掛けに頬を染めたりはしなかった。
むしろ、どこか申し訳無さそうな。
「そういうことは、私にはまだ考えられなくて。
私は……“私なんか”から抜け出すのに、まだ必死なんです。
私にはまだ早いというか……い、いえ、早くなくてもそう思える相手はいませんが」
困ったように笑いながら、応えた。
実際、そういう想いは私の中になかったし、私にその資格も無い。
自意識の低さと自由意志の否定は、根底にある罪科に起因していた。
罪の意識が薄れるまで、私は罰を求めなくてはいけない。
だからまだ……幸せな何かに耽けるわけには、いかなかった。
……愛する者を殺す。
その意味が、私に解るのだろうか。
■紅龍 >
「なるほどねえ――なら、まずはそうだな」
小さくなった『タバコ』を握りつぶして、灰皿――お、あるじゃねえか。
「まずは、好きになれる相手、好いてくれる相手を見つけな。
そりゃ別に、恋人を作れってわけじゃねえ。
片思いだってかまわねえし、友人でも、家族みたいなのでもいい。
大切に想って、失いたくない、離れたくないと思う相手をみつけな」
灰皿に灰を放り込み――なんだ、冷蔵庫もあるじゃねえか。
立ち上がって、部屋の隅にあったちんまりとした冷蔵庫を開けると、何本かの飲料。
酒ばっかかよ――お、あったあった。
「――そうすりゃ、それは未練になる。
未練がある奴は死のうとしない。
死に物狂いで生きようとする」
戻って、ノンアルのビールを『真夜』の前に置いた。
なお、オレは缶コーヒーだ。
悪いおじさんは子供に正しく悪い事を教えるのがお仕事なのよ、うん。
「死んでもいい、どうせ死なない――そんなふうに思ってるやつに、背中は預けられねえ。
ガキでも大人でも同じだ。
だからそうだな、『真夜』お前は未練を作れ。
それが、『協力者』になってもらうための第一歩だな」
会った時を思い出す。
殺せない――それはいい。
殺しなんて覚えない方がいいに決まってる。
だが――こいつはただただ暴力を受けるだけだった。
どうせ治るからって怪我に頓着しねえのも、自罰的すぎるっていうのかね。
自分に執着がなさすぎるように思えた
■藤白 真夜 >
「……大切な、相手……」
その言葉は、……とても綺麗に思えて。
しかしだからこそ、難しかった。
喪われてはならないもの。
それは、私にとって無数にあった。
学校が。祭祀局の同僚が。当たり前のクラスメイトが。
さっき死んだ感染者が。
目の前に居る親切な男が。
それら全てが、私には失いたくない大切なものに見えていた。
それは当たり前の命で、たった一つだけの命。
――私とは、違うもの。
机に置かれるなんちゃってビールに、あまり気にもせずタブを空けて抱え込んだ。口を付けぬまま、考えこむ。
……もちろん、そういう意味の言葉でないことぐらい、わかるはずだった。
一見脈絡の無く思えた質問の、意味。
「……未練――」
私にそれがあるとするなら、自らの意味を真っ当出来ないことに尽きる。
私には、償うべきものがある。罪と言っていいのかすらわからないものが。命に対する、責任のようなもの。
生きようとする意志ではなく、良く在ろうとする意志だけが私の中にあった。
……確かに、死にものぐるいで生きるのは、私には難しい。
死を恐れない人間に、絶対的な未練を作るのが難しいように。
だからこそ、この人は大事な何かを見つけろと言ってくれたのだろう。
「難しいことをおっしゃいますね。
……大人って、そういうものでしょうか」
ごまかすように笑おうとして、笑みにすらならなかった。
……どうせ死なない。それは事実。
……死んでもいい。どうせ戻ってくる。
ただ。
ただ、私は死にはしなくとも、生きていないのは嫌だった。
「その第一歩は、すごく難しいです。
……私、そもそもお友達もあまり居ないので……。
私は、……私は、自分の命に価値を見いだせるかわかりません。
“死んでもいい”、それは当たり前に思っています」
私は、あまりに死に近づきすぎた。
恐怖も、畏れも、忘れるほどに。
でも――
「――そう、在ろうと思っているんです。
友達を作って、大事な人が出来て、……未練と意志が、出来るような。
当たり前に、生きていてよかったと思えるように、頑張っているつもりなんです。
……私にそれは、出来ることでしょうか」
そう、……懸想するような意志だけは、あった。
自意識は低くて、いつも罪を背負うような気持ちで、幸せになどなる資格は無いと思っていても。
……いつかそう在りたい。
即答なんて無責任な、実現不可能に思えることは、応えられなかった。
だから、その意志だけはちゃんとあるのだと。
偽物の悪事に目を落としたまま、震えるようなか細い声で……願いを口にした。
未練があるとするなら、それはこのまま無意に消えゆくことだけだった。
■紅龍 >
「そうだよ?
大人ってのは、そういうもんだ」
子供たちに試練を与える――成長するためのハードルを用意してやるのも、先達の務めってやつだ。
まあ、たまに乗り越えられないような試練を出す勘違いしたオトナもいるが、これは違う。
「そうだな、お前には難しいだろうな。
事実として、簡単には死なない。
だから死ぬって感覚が麻痺してんだろう」
不死者にありがちな事だ。
「それでも、死なねえ『不死者』はいねえ。
オレはこの手で、そういう奴らを殺してきたんだからな。
だからお前も――いずれ死ぬ。
戦場に足を踏み入れれば――当たり前に、殺される」
今時、不死対策をしてない軍隊の方が珍しい。
特にこんな島じゃ――不死を殺す能力なんざいくらでもある事だろう。
「――出来るかどうかなんて、お前自身が決める事だよ」
コーヒーの苦さに眉を顰めながら、その俯いた頭に手を置いた。
「子供ってのは可能性の塊だ。
まずは信じてみな、自分の可能性ってもんをさ」
ぽんぽん、とあやすように撫でていた。
「ま、まずはそうだな。
最初のステップとしちゃ、親しくなりたいと思う相手を遊びに誘ってみるとかか。
親しくなりたい、感謝を伝えたい、そんな相手なら、一人くらいはいるだろう?」
■藤白 真夜 >
「……不死殺し……」
その話は聞いていた。
なんなら、神話にすらあるお話だ。
……私の不死性は、血液/■ に起因する。
そういう異能もあるのかもしれなかった。ついぞ殺されることはなく、自ら死を望むことも無くなったけれど。
――眼の前の男は、不死を殺せるという。
その言葉に、私は気づかずとも。
知らず、漂う血の臭いが濃くなった。何かに弾むように、赤色が瞬いて消える。
……私は、……仮に死ねるのならば、死を選ぶのだろうか。
いや、それだけは有り得ないことだった。
だから――
だからこれは、私が死の恐怖を――死を見る望み――を知っても変わることはない問題だ。
言われた通り、これは私自身の問題だった。
「私の、可能性……」
ようやく考えに耽ける以外の余裕が生まれてきたころ、撫でられる。
……その手の大きさにやっぱりちょっとそわそわしつつ、照れるように見上げながらも抵抗はしなかった。
誤魔化すようにノンアルコールのビールを口につければ、
「……にがくてしゅわしゅわ……」
味にはあんまり頓着しないものの、予想していたものとまるで違って、かすかに眉間に皺を寄せた。
……炭酸烏龍茶みたいな……。
「親しく、なりたい……。う、う~ん……。
……でも、感謝の気持ちなら……」
親しくといわれると、やっぱりよくわからなかった。
感謝を伝えたい相手なら、……解るような気がする。
というか、ここまで話を聞いてくれる紅龍さんにも感謝しなきゃいけないし、……私に、温かい大事なモノを伝えてくれたひとが。意味も知らず救ってくれた恩人が――、
「……あ、あそびに、さそう……!?」
その二つをつなげようとすると、顔が赤くなった。
……えっ? それは、私にとっては最初のステップにしては断崖絶壁なハードルなのですが!?
■紅龍 >
「――ぷっ、ハハハ!
今時珍しいくらいに初心だねえ」
遊びに誘うってだけで顔を赤くする様子がおかしい。
まったく、天然記念物みてえな娘だなあ?
「なぁにそんくらいでしり込みしてんだよ。
例えば食事に誘うとか、プレゼントするとか、感謝を伝えるにしたってわかりやすい方法だろうよ?」
一番手っ取り早い方法ってやつだ。
言葉だけでなく行動と形に表す。
率直で伝わりやすいやり方だろう。
「いいか?
軍人の恋愛なんてなぁ、即断即決が基本でよ。
あ、こいついいなと思ったら、その日には飯を食って、酒を飲んで、ベッドインだぜ?
しかも同時に二人三人と関わるなんてのもザラだかんな。
いつ死ぬかもわからねえんだ、刹那的でも衝動と感情を抑えてなんかいたらなんも出来ねえんだ」
くしゃくしゃ、と『真夜』の頭を撫でて、手を放す。
「つまり、そういう事なんだよ。
――いつでも、いつになっても伝えられるとは限らねえ。
伝えたい、繋がりたい、そう思ったら迷ってる暇なんかねえんだ。
この島は事件も多い。
うっかり、その相手が明日には死んでるなんて、あり得ない事じゃねえだろ。
――こんな場所が出来ちまうような島なんだからよ」
そう、この閉鎖区画でも。
当たり前に、明日も会えると思っていた連中が永別してる事だろう。
いつまでもチャンスがあるわけじゃない。
チャンスがあるなら――躊躇っていたら、もう二度と訪れないかもしれねえんだ。
■藤白 真夜 >
「そ、そう言われてもですねっ。
あんまり縁がありませんでしたし、……う、う~ん……」
確かに、自らそういうことを考えないようにしていたのはあるかもしれない。
……実際に縁が無かったのも厳然たるじじつ。
縮こまるようにビール(偽)を口にすれば、……弾ける苦々しい香り。
やっぱり微妙な顔になった。
「……プレゼント……確かに、ま、まだそっちのほうが……」
直接会わない分……いえこの考え方はものすごく後ろ向きな気が……いやでも私はそもそもそういうこと考えなかったし後ろ向きに前に歩いている可能性が……。
……確かに、サンタさんにプレゼントもらった時、うれしかったなあ……。
「……? ……?? “二人三人”……?」
……そのあとはなんだかもう、よくわからなかった。
言葉の意味はともかく、内容が。
赤い顔で目をぐるぐる回しているあたりちょっとはわかったのかもしれない。
……でも。
「……ふふっ。
刹那的というのはあんまり褒め言葉ではない気がしますけど、……私のようなへっぴりごしからすると、少しうらやましいくらいですね」
……堪えきれないように、笑みを。
深い場所で停滞しきっていた私からすると、その炎のような刹那の愛は、十二分に綺麗に見えたのです。
「――だから、未練なんですね」
“外”に意識を向ける。
今は……見た所安全なビルの中に居ても。
壁一枚隔てた外には、生きながら死んだような感染者がひしめいている、この場所で。
いつ消えてもおかしくない命と、失いがたき絆を結ぶこと。その意味を。
「……、……わ、わたしに出来る限りの速度で、頑張るつもりです……」
でもやっぱり、顔は赤かった。
酔うはずも無いノンアルコールのビールで酔ってるのか危ぶまれるくらいには。
■紅龍 >
「お、ちゃんと赤くなったな?
なんだよ、しっかり興味はあるんじゃねえかー、なぁー?」
言ってから思ったが、悪いセクハラおじさんだなこりゃ。
「ああ、だから未練がなくちゃいけねんだ。
死んでもいい、なんて思っちまえるようじゃ、本当に必要な時に戦えない――生き残らなくちゃいけない時に、生き残れねえんだ。
これは精神論かもしれねえけどよ――そこんところで負けてたら、勝てるもんにも勝てねえのさ」
戦場に置いて、諦めは、悪ければ悪いほどいい。
ひとりが必死にあがいて、結果、戦況が変わる事だってあり得るんだ。
そんな、ギリギリの世界で――心の持ちようってのは、なによりも強い支えになる。
「おう、それでいい。
ゆっくりでもいいさ、しっかり未練を作りな。
そうしたら――もしもん時には頼ってやるよ」
最初に比べて、少しはいい顔になった。
まったく、世話の焼けるガキどもが多い島だぜ。
■藤白 真夜 >
「え、えっ? い、いえ、興味というか、そういうわけではっ……。
……愛が多いというは、そう悪いことではないと思います、し……」
……という割には、やっぱり声が小さくてちぢこまりながら、もごもごと言い訳がましく。
事実として見たり認識したりする分には耐性があるつもりだったけれど、それを自分と繋げようとすると途端に耐性が無くなってしまうのに、きづく。
「……戦いに、勝つ……」
……それは、本当の意味での“闘争”だった。
私は多分、その闘いが下手だ。
生き残るだけならいくらでも出来る気がしていた。
そして、その余裕こそがその闘争において命取りなのだろう。
……不死をも殺せるものとまみえた時、私は何を見るのだろう。
願い続けた終わりか。
生きる意志の発露か。
……大切なモノへの未練か。
「……私、……まだ、あんまり自信はありません。
きちんと生きることより、死なないことのほうがよほど楽で。
大事なモノを作るというお話も、……すごく、時間がかかりそうですし」
……きっと。
私は“それ”を、一度失ったのだ。もう、覚えてすらいなくとも。
でも。
「でも。
……私、生き汚さには自信がありますから、……諦めません。
暗い場所にいればいるほど、綺麗なものはより輝いて見えるものですから」
ずっと、憧れていた。
“普通”の在り様に。
未だ、自分が暗い場所にいる感覚は拭えない。でも、それでいい。そのほうが、目指すべきものがはっきりと判る。
「こ、こちらこそ、……色々と、ありがとうございます。
命の恩人かつ恩師になってしまいそうなのですが……」
……改めて、紅龍さんに頭を下げた。大人に学ぶというのは、こういうことなのかもしれない。
「紅龍さんのほうこそ、……私には、想像も付きません。でも。
……どうか、妹さんを――妹さんの“奇跡”を救えますよう。祈っていますね」
私にできることがあるかもわからない。願わくば、そのもしもが間に合うように。……“協力者”が、間に合うように。
そして何よりも。
その役目を為すのは、兄の務めであるはずなのだ。
それこそ、この人の“未練”であるはずだったから。
「……、……あ、ちゃ、ちゃんと、頼ってくださるようにもがんばりますので!
……す、少しずつ……」
……私に未練が作れるかは、まだわからなかったけれど。