2022/04/01 のログ
■藤白 真夜 >
探偵の動機は、おじさんの妹──つまりは他人だった。
自らの知己につながりはあれど、それは他人と相違ない。
それを、こんないつ死ぬか、死より惨い目にあう場所へ踏み込む動機だという。
ただ気に食わないから蹴り込みに来たのだという。
自暴自棄にすら聞こえ、利他の精神に満ち、……ある種の狂気すら感じるほどの、感情。
嘲るのは簡単だ。死にたがりなの?
否定するのも容易い。文字通りに憐れみは死に繋がる。
でも──、
「……ふふっ、呆れた。
探偵サン、結構イカれてるのね? 私、そういうの好き」
嘲るような言葉とは裏腹に、爆発を背後に嬉しそうに微笑んだ。
こういう感情には、見覚えがある。
自らを省みず何かを助けようとするもの。
自分の命を秤に載せる分、真夜のものよりよっぽど高潔で、狂気に満ちたそれ。
自らの命をただ捨てようとするなら止めるつもりだったけれど、これならば良い。
もう容易く死ねない私たちにとって、死を恐れぬ振る舞いは、美しく映るのだ。
「実際、私もイカれてる気がしてたの。
いや、元からそうなんだけどね?
なーんか、ヤバいってわかってるのにここに来ちゃうの。
ついに頭までヤバくなったかなーって思ってたんだけどさー、」
探偵サンのおかげで解ったよ。
口にしながら、物陰から歩き出た。
ぱしゃり、と金と青で装飾された瓶の中身の液体を手にかけた。
すると瞬く間に、私の左手が青白い炎で燃え上がる。
呪わしき何かを罰するための聖なる火が、その血だけを燃やしていた。
そのまま、ばちばちと爆ぜる青白い炎が、血液ごと宙を舞う。
自らの血肉を燃やしながら操作するだけのそれが、炎を操っているように見えるかもしれなかった。
身を焼く煮えたぎる痛苦は、しかし容易く飲み干せる。
もっと熱い胸中の想いは、確かに私にも宿っていた。
痛みなどではない、もっとわかりやすいもの。
「私物覚えが悪いんだけどおかげで思い出せたよ、ありがとね探偵サン──ううん、ノア。
私も、ムカついてた。
花を使ってるクセにキモいしさー、割といっちょ前に不死を実現してるしさー。
一発ぶん殴ろうとは思ってたの。
……でも、私にはもっとわかりやすいヤツがあったんだった」
青白い炎を片手に、探偵のほうを振り向く。
炎の光と影に、明暗は別たれていた。
「妹さんのこと、頑張ってね。
私も、“そっち”じゃなくてヤることあるんだった。
……じゃあね、探偵サン」
炎を背後にした暗がりで、舌なめずりをして笑う。
かの義憤に燃える男とは、別れるべきだ。朧気な記憶の向こうに消えた名前ごと、視線を切って別れを告げる。
目的は似通っても、理念が違う。
……別行動したほうが、“取り分”も増えるわけだし。
──誰かを救うためという、善良な動機。
──その哀れな死ですら悼む神がいるという、罪悪感の置き場。
──死が救いになるという、“都合の良い”生き地獄。
そんな条件と場所でしか許されないコトが、私に与えられたのだ。
なんて、恵まれた幸運。
「私さー。貴方たちを見たときに、もう一度やりたいって思ってたんだ。
……皆殺しってヤツ♡」
もはや探偵を振り返ることもなく、走り出す。
さして早い速度でもなかったが、女を中心に駆け巡る紅い閃きは瞬く間に寄生体の首を、腕を、脚を切り落とした。
飛びちる種は、肌に植わる度に青白い炎を身に受け燃やす。
「──あっはははははははっ!
殺してあげる! 皆ね! 死ぬしかないんだから、殺すヤツが必要でしょ、ねえ!?」
血と炎と花を散らせながら、舞い踊るように走り出す。──その最奥へ向けて。
図らずも、その哄笑と舞で寄生体の目を惹きつけながら。
……私のやることは、決まっている。
その皆殺しが、偶さか……寄生体への陽動のようになるかもしれないけれど、それは私の知ったことじゃあないものね。
■ノア >
自分の為では無く他人の為。
死んだとて容易く死ねるとも言えぬ死地に身を投じるその狂気。
生きる意味を失った果てに落ち延びた己の在り方だった。
「俺も馬鹿みたいに仇追っかけて血眼になってた頃より今の自分の方が好きかも知れねぇや。
どのタイミングからイカれたのかはもう分かんねぇけどな」
家族の為に生きては両親は死に、妹の為に生きては妹を失い。
亡くして失くして、とうの昔に壊れていた。
善人でありたいと願いながら命を手にかけたあの日に、最後のタガも外れていた。
「気がするも何も、こんな所好き好んでくる奴なんてまともじゃねぇっての」
燃え上がる少女の肉体。左手から立ち昇る蒼白い火を操るその顔は、狂気に歪んでいるように見えた。
錯覚でも魔術による幻影でも無い。物理的に肉の、血の燃える匂いが隣でしていた。
燃え上がるそれはファンファーレだったのかも知れない。
小さくはあったが確かに響いた銃声。それにおびき寄せられるようにして実験体は集まってきていた。
炎の隔てるその先、殺到する実験体に囲まれながら少女はひたすらに良い笑顔をしていた。
「……まぁ、こんな状況だし振る舞いについては突っ込まねぇけどさ」
じゃあねと述べて先、最早こちらを気に留めるでも無く実験体と踊る少女に背を向ける。
斬っては燃やしを繰り返す血の宴。
喪服のような黒のセーラー服の少女の独り舞台だった。
あの少女が殺して死ぬような存在では無い事は嫌になるほど知っている。
とはいえ、普段であればその危うさに一声かけるくらいはしたかもしれない。
ただ、今ばかりは断末魔の声と破砕音を背中に受けながら進むべき場所へと足を向けよう。
妹の為に組織に立ち向かうおっさんも、そんな奴に命かけて冷やかしに来る俺も、死を与える事に恍惚としている真夜も。
狂ってしまっているのかもしれない。
「……食い残してんぞっと!」
少女の舞台から漏れ零れた実験体が飛び掛かってくるのを、ククリの抜き打ちで始末する。
頭蓋の破壊には結局これが手っ取り速くて静か。これも閉鎖区画の経験測って奴だ。
周囲の実験体が我も我もと舞台に上がって行く。己の行くべき場所への道は静かに開かれていった。
向かう先は研究区画、未だ電源が通っているのか開閉を独りでに繰り返す自動ドアを潜り振り返る。
「――死ぬなよ、真夜」
既に聞こえる距離では無い。それに殺して死ぬような者でも無いというのは知っている。
ただ、少女に"何か"が起きた時に胸糞悪い思いをするのは、俺と紅龍のおっさんだ。
心配しているようでいて、これも自分の為に願っているようなものだ。
一歩ずつ踏み込む研究区画。順調に紅龍の計画が実行されているのであればそこはもぬけの殻になっているべきであるが――
そこに何があるかは、また別の話。
ご案内:「◆『蟠桃会』拠点 居住区画(過激描写注意)3」から藤白 真夜さんが去りました。
ご案内:「◆『蟠桃会』拠点 居住区画(過激描写注意)3」からノアさんが去りました。