2022/04/09 のログ
神樹椎苗 >  
 
「ふむ、意外と我慢が出来るんですね。
 余程しいの事を殺したくて仕方ないでしょうに」

 皮肉るような笑みに対して、椎苗が浮かべたのは幼子を見るような穏やかな微笑みだ。
 とはいえ、ほんの少しのうっすらとした表情の変化だったが。

「特殊清掃みたいなもんですね。
 ここの掃除を命令されてますし――死んでるというよりは、『生きていない』と言うべきでしょうね、しいの事は」

 さて、と、椎苗は少女の視線を追う。
 どうやら少女には、■■■■■■の姿が見えているらしい。
 稀にある現象だった。
 死に限りなく近づいた者は、時折、その波長が重なる時がある。
 そもそも少女『達』は、使徒としての資格も持ち合わせているのだ。
 より、重なりやすくなっていてもおかしくないだろう。

「――いえ、『送る』つもりならもうやってます。
 しいはお前を生かして返すつもりで来たんですよ。
 ですから、血か力か、大人しく受け取ってもらえたらありがたいんですがね。
 抵抗する余力も然程なさそうですし、無理やりやってもかまわねーんですが。
 無理やりってのは、しいとしても不本意ですからね。
 どうせなら合意の上でのほうがいいでしょう?」

 触るなと言われたのを忘れたように、少女へと再び左手を伸ばした。
 

藤白 真夜 >  
「……」

 なんてことだ。このおチビにやせ我慢を見抜かれている。
 未だ寝たまま立ち上がる力もなく。頭の中でだけ殺意が渦巻いている。
 情けなく……は、無い。
 この状態はあの花との殺し合いの結果であって、恥じるものじゃない。
 このまま死ぬこともできず自我が潰えるのでさえ、正しいものだと思う。
 ……が。
 
 あの神の目は気に食わない。

 死をつかさどるもの。
 あれの前で消えて──死んでやるわけにはいかなかった。
 
「……はあ。そうね。こんな有り様じゃね。……あー。何にも聞かずに殺しとくんだったー」

 言い訳めいた言葉と共に、血の海から立ち上がる蛇たちが身悶えした。もうカタチすらコントロールできずに意思が表層に表れていた。
 その蛇は、殺意への誘惑の顕れだった。

「……、……う~」

 ……しかもその挙句、子供じみたうめきが漏れた。
 血か力を受け取る。
 情けをかけられるのは、良い。私だって消えたいわけじゃない。実際、困ってた。ただ、消滅──死を受け入れる準備があったというだけで。
 正直、めっちゃ血が欲しい。
 欲しい、が、受け取っても花が育つ分やり方が面倒臭くなる。……さっきはああ言ったけどこのチビの血はだいぶ気になる。しかしどうせなら憐れみなどでなく、もっと派手にブチまけたやつにしたい。
 一方で、こいつの力は、……嫌だ。あれは死だ。
 真夜なら喜んで受け取りに行くところだけれど、私は神より悪魔のほうが好きだった。
 ……が……。

「……解ったわ。
 血は要らない。
 “それ”の、力を貸して」

 少女に向けて、やはり畏れ知らずに言葉を告げる。
 触れられることを今度こそ咎めずに、言葉を切るとその影を見つめた。静かに、敬うように、瞳を閉じて。

「──死を指差す神よ。
 貴方の招きを断る無礼をお許しください。
 御身の前で不死を騙る不敬をお許しください。
 我が身は暗がりの贄。過てど死ねぬ身。
 ……せめて。
 せめて、私の冥府に宿るモノを、差し出しましょう」

 その口ぶりは、表の私にひどく似ただろう。しかし、違うもの。
 死を受け入れる性質ならこちらのほうが強いかもしれない。
 そして、……死を敬う心は、鏡のように同じだった。

 死後の眠りのように、瞳を閉じ、胸元で祈るように手を重ねる。胸の花へ、別れを告げるかのように。
 ……あとは、少女が力を注ぐのを待つだけだった。

神樹椎苗 >  
 
「――そうきましたか」

 くすくす、と思わず笑みが漏れる。
 少女の性格はやはり随分と、もう一人とは違っている。
 ただそれも――椎苗としてはどうにも愛らしく思えてしまった。

「だ、そうですよ。
 しいの事はおよびじゃねーみてーです」

 そうはっきりと笑みを浮かべながら、椎苗は振り向く。
 ■■■■は霧を纏うまま、滑る様にゆっくりと少女へと近づき、瞳を閉じたその顔を、真っすぐに見下ろした。

『――汝になんの無礼があろうか。
 吾はすでに神とは呼べぬ身よ。
 謝るのならば、汝らに正しき死を与えられぬ無力な吾の方であろう。
 汝の命を正せぬ無力を許せ』

 ■■■■■■はそのフードを外す。
 霧の中に浮かぶ白骨は、虚ろな眼下に黒い炎を揺らめかせ、少女を見つめる。

『汝らからはすでに、大きなモノを受け取っている。
 吾の枯れ果てた力の一滴なりと、汝らへの礼となるのなら、喜んで手を貸そう』

 黒い霧の中から、白骨の左手と、肉の有る右手が少女の頬を挟むように顕れる。
 ■■■■が少女に触れると――■■■■■■に残された僅かな神性が、雫を溢すようにゆっくりと、譲渡されていくだろう。
 

藤白 真夜 >  
 女はやはり、目を閉じたままだった。
 棺の中で死を迎えたかのように。
 神の前に傅く巫女のように。
 
 だからそのかんばせを見ることは無い。
 直視しないことで敬うように、あるいは──死を覗き込まぬように。

「……ふふ、ありがと。
 正しく死のうと、頑張ってるやつがいるの。
 だから、貴方の無力も私には幸運だったわ」

 しかし、口を開くとやっぱりまた畏れを知らぬ口ぶりだった。
 目を開いていれば、その顔めっちゃロックじゃない? くらいには喜んでいたはずなのだけれど、……今は。
 確かに、……その一滴を、受け取った。

 それは、重い。
 自称枯れてるとはいえ、ただでさえ死にかけの身に死そのものを凝縮したようなその概念は、あまりに重かった。
 それこそ──地の底まで堕ちていけそうなほどに。

 死は深まる。
 もはや死に体であり。
 この血肉と魂には死が刻まれた。
 そして、死の神性──苦手な私でも十分に、出来る。

 横たわり、死に逝くように祈ったまま──そう、以前もやっていたことだった。
 強く……“死を想う”。

 あの時見たものは、……“平和”だった。
 真夜なら確かに、あれに近しいかもしれない。
 でも私はそもそも、“そっち”は担当していないのだ。
 私に相応しいのは、そう。
 “炎”の揺らめく、あの場所のほうだろうから。
 

 赤黒い花の咲いた血の海に、真紅の輝きが閃く。それは、魔法陣だった。
 死体めいた祈り子の真下から、赤い燐光が揺らめいた。
 それは、凝縮された魔力の光。
 魔術にだと一切使えない蓄えられた魔力が、血の池すべてから濃密に立ち上がる。
 それらすべてを捧ぐ、……儀式。

「冥き底」

「三つ首の門」

「燃ゆる罪の火よ」

「赤き石は、ここに。
 見よ、聞け。死したる者よ。
 あれなる底に流る血の河こそ、我が身なり。
 あれなる底に蟠る冥き魂こそ、我が身なり。
 あれなる底に在る赤き愛こそ、我が身なり──

 ──開け!
 我が胸中にこそ死の光は輝かん──!」

 何処か……地の底から、重い何かが動く音が聞こえた……気がした。
 その一瞬の静寂の、後。

 真紅の柱が立ち上った。
 
 赤い光のように見えたそれは、炎だった。
 自らの胸を貫いた赤い光は、黒い炎となって消え失せていく。
 それと同時に、立ち上っていた赤い魔力は、きらきらと蒸発するかのように散っていった。

 ──そして、当然のごとく。
 私の胸には黒い穴がぽっかりと空き、焼け焦げていた。胸に根付いた花を、根こそぎ焼き尽くすほどの。
 一瞬の、“地獄”との接続。その門を開くための力と、儀式だった。

「……おチビちゃん。アンタに礼は言ってあげない。なんか負けた気がするからね」

 一瞬とはいえ紛れもない大儀式と、神に触れる行い。
 力を借りたとはいえ、ぼろぼろのカラダに耐えられるはずもなく、そのカラダは崩れていく。
 赤い砂に還るかのように、さらさらと四肢の先から解けていた。
 もう目も開いていなかったが、顔だけでも……確かに影のほうを向く。

「貴方には、感謝を。
 ……全然無力じゃないと思うから、あんまりほいほい神性垂れ流しちゃ駄目だよ?
 下手に受け取ったらそれこそ死ぬんだからさー」

 相変わらず、ぶしつけな口をたたく。
 そして──

「あー……。生き残っちゃったかー。
 ま、いいよね。実質、私の勝ちみたいなもんだったしねー。
 あーあ、やっぱり、」

 力を貸してくれた神に、感謝を。
 そして……もはや燃え果てた花に向けて、餞を。
 こんなこと増えるだけの花にはできないでしょ?
 そんな意趣返しも込めた、ささやかな自慢を兼ねて。
 
 黒い少女が赤く溶け、解けていくのと引き換えに、辺りに消えた魔力が集ってくる。
 それは、血のように艶めく赤い一輪の薔薇になった。
 その姿は、ある架空の供物を実在にしたものであったけれど、それは重要じゃない。それにはたった今使われた儀式の属性がこめられている。
 それは、紛れもない冥界の薔薇だった。
 死の神ならば、失った力のかわりとはいかなくとも、糧に出来る程度の……神代の魔力。

「……生きてるって、良い、よね……」

 もはや脈打たぬ空洞の胸に、確かな喜びが宿っていた。
 ……一時、生きてるか死んでるかわからないヤツらのことを考えた。でも、それはいい。
 私がやったことが、寄生体の数を減らせたのか……ただの意味の無い殺し合いだったのかは。
 
 ただ満足気に微笑みながら……黒い女はついに、赤い霧となって消え去った。

 その島の情報を識る“何か”なら、解るだろう。
 それが死でなく……その魂が、別の場所へ移動しただけであることは。

 それでも、……花と私の殺し合いは、ここで幕を閉じる。
 本当の意味であの花を殺すものは、花そのものという種を根絶できるものであるはずだから。
 例えばそう、……どこかの研究者とか、ね。

神樹椎苗 >  
 少女の行いを、■■■■は静かに見守っていた。
 それは■■■■■■の世界観において、とても誇り高い行いであった。

『――気高く強き娘よ。
 自らの意志で安息でなく、そちらを選ぶか』

 確かな儀式を見届け、■■■■は少女に敬意を抱いた。
 それは、誰もが選べることではない。
 それは紛れもなく、自ら試練の道へと進む、信念の――人の――命の気高さだった。
 
「――要りませんよ、今回、しいは何もしてませんしね。
 どうせお前とはなんだかんだと付き合う事になるでしょうし――今は貸し借り無しとしましょう、『強情娘』」

 くすくすと楽しそうに微笑みながら、椎苗は少女が崩れていく様子を見守る。
 焦る様子もなく、優しさを浮かべて。

『吾もまた、礼を受け取るには及ばぬ。
 汝の気高き生に触れられた事、感謝せねばならん。
 ――贈物は対価として受け取ろう。
 いずれまた、言葉を交わせる時を待っている』

 フードを被り直し、■■■■は再び黒い霧の中に沈む。
 少女の強い意志に触れ、■■■■■■はかつての時を思い出していた。

 生き残った少女は、どこかへと去っていく。
 残された赤い霧と、赤い薔薇は、黒い霧と混ざって溶けあい、混ざりあう。

「――ええ、お前は確かに、『生きて』います。
 羨ましいほどに――愛おしいほどに」

 少女の魂が確かに去っていったのを感じながら、椎苗は自分の右手に違和感を覚えた。

「――どういうつもりですか?
 これは、対価として捧げたはずの物でしょう」

 右手が動く。
 そのあまりに奇妙で、久しぶりの感覚は、椎苗の眉を顰めさせた。

『元より、吾には過ぎた対価であったのだ。
 それにお前も、十分に省みただろう。
 あの娘の贈物で、吾の損耗は補なって余りある』

「――むう」

 まるで親に叱られた子のように、椎苗はむすっとした表情を浮かべた。
 『黒き神』の慈悲による返還なのは理解しているが、それがあの『強情娘』の手土産のおかげというのが納得いかないのだ。
 少々――かなり、子供っぽい理由である。

「――ええい、さっさと他に行きますよ。
 どうせ他にも死に損なってるやつがいるでしょうから」

 そして、その不満――あるいは照れか――を隠すように、再び『種』を走らせる。
 そそくさと立ち上がり、また小さな足音を立てながら歩き出す。
 短くも、尊い命との邂逅――それは、一人と一柱にまた一つ大きな意味をもたらしたのだった。
 
 

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