2024/10/30 のログ
■リリィ >
いそいそと背を丸めて似たような姿に。
並ぶ少女――の姿をしたものがふたつ。一方は悪魔めいて。一方は修道女めいて。
しかし実情は見た目ほどに差がないのかもしれない。
語る少女から視線を外して、正面へ。
耳を澄ませて漸く聞こえる程に細かなくせに、止みそうにもない雨に濡れた無人の屋上。此処も普段は賑わっているのだろうか、なんて新参者のポンコツは頭の片隅で思った。
「ケイトちゃん、は……抗っているんですね。それはどうして?
変わってしまうのがおそろしい?それとも、その果てにあるものが、嫌?」
近付いていく、というならば。元は人に違いないだろう。
変異の結果に伴う行為、それ自体を厭うているというには、此方の事情に関しての嫌悪は窺えないようにおもう。
不思議に思って訊ねる声色に、少女の明け透けな話題を嫌がる気配はない。
より丸に近付いたシルエットを横目にくすと笑った。
「具体的にどうして、って言われると……なんでなんでしょう。自分でもよくわからなくて。
ただ、“それはよくないことだ”って主張するだれかが自分の中にいるんです。
まあ、その、お察しの通り……いえ、ずばりそのものの行為は避けようと思えば避けられるんですが、それでも見ず知らずの人にお願いするには憚られる手段が必要でして……。」
気まずげに笑みが歪んだ。その後で。
「でも、お腹はすくし、ひとの近くにいるとおいしそうだな、って思っちゃうんですよねぇ。わたし、淫魔ですし。
きっとそっちの方が正常なんだろうなぁって。」
嘆息を含んだ吐息が零れた。
■汐路ケイト >
「いや」
突っ伏したまま、問われた言葉に浮かぶものは。
「……では、ないと思います。
あたしを呪った存在と、同じ存在になることは……、
……おおむかしと違って……社会的に、ふつうにいていい、わけですし……」
忌み嫌われる怪物だったのは、大昔の話。
近代、数多くの娯楽作品にもあるように、善しと悪しがいるだけで。
それでも、呪わしい存在のことを口にした瞬間、すこしの郷愁のように遠く、雨に烟る空のむこうをみつめた。
「ただ。三年前に……
はじめて……したとき、ほんとに、むちゅうで。
おいしかったかどうかもわからないまま、そうなったことで、大事なひとと……
離れたまんまで。そのひとは、どっちのあたしがすきだったんだろうって……
だから、あたし、どっちつかずのまんま……時間稼いでるだけ……」
倫理的なものは、よくわかるんだけど。
なんで耐えて、抗ってるのかといえば、大切な人に嫌われたくないというような。
へへ、と力なく笑うのは、なんともその場しのぎの日々を送ってる事実だけ。
高潔な理性も、崇高な倫理も、なかった。
そのまま、くるり、と隣人をみた。
「……なんかその。いいな、って思うのと、似たようなものなんじゃないかなぁって」
異性に、あるいは同性に。性的な魅力を感じてしまうような。
相手を捕食対象と考えるのがよくないのであって。
害するわけでもないのなら、そう考えればいいのでは。
思わず、思わず。誘惑するような、物言いは。
「がまんして、がまんするよりは、その……。
いや、ううん、……よくないこと、なのかも……そうですね……」
――がまんしなくて、よくない?
そう、言いかけて、口を噤んだ。そのまま、すっと立ち上がって。
「だめですねー!しっかりしてるリリィちゃんの横で、弱気になっちゃって!」
にこ、と笑った。うん、明らかな嘘。
薬の効きが弱まっているのか、抗おうとする彼女に、抗ってしまいそうになった。
自分の性を否定しきれず、むしろ大きくなっているのは、そうだ。
このひとがとてもおいしそうにみえるからだ
「――じゃ!あたし、人探しに戻るんで!へんなおはなししちゃって、ごめんなさい!
パニーニの美味しい屋台を知ってるので……こんど!ごちそうさせてくださいっ!それじゃあ!」
そして、そう。
なにかをごまかすように、逃げるように。
雨など降っていないのだと思いこむように、扉をくぐり――閉ざした。
ご案内:「第一教室棟 屋上」から汐路ケイトさんが去りました。
■リリィ >
ぽつりぽつりと零れ落ちる言葉を聞きながら、水溜まりに描かれる波紋を眺める。
先程の握手の際に少女の手は冷たかっただろうか。それとも、温かかっただろうか。今、凍えてやいないだろうか。
平時は降りしきる雨の如くつめたい体温のポンコツには、何かを失った記憶はない。
だから、温めてあげることは出来ねども。
唯々傍らでその言葉をきいている。
不意に此方を向く視線に気付けば、きょとんとした瞳を向ける。
レンズ越しに視線が絡んだ。
「ケイトちゃんは、そうやってがんばって……耐えてきたんですね。」
そうして過ごしてきた彼女に対して、ならば自分はなんて酷なことを言ってしまったのだろう。
反省と後悔が胸の内で頭を擡げるから、微笑んだ心算が眉を下げた力ないものになってしまった。
「そんな、わたし、ぜんぜんしっかりなんて、」
逆に少女は強がって笑う。
何を言えばいいのだろう。どんな言葉を吐いても、上滑りするだけな気がして口を噤む。
その間に少女はさっと立ち上がって屋上から去っていってしまった。
辛うじてその背中に「また!」と、叫ぶように張り上げた声は届いただろうか。
■リリィ >
息を吐いて、後ろ頭を壁へ懐かせる。軒先の向こうに見える色のない空は、まだまだ泣き止みそうにない。
「……自分の食欲を否定することが、だれかを否定することになるなんて……思わなかったなぁ。わたしのばか。」
深々とした溜息が零れた。
目を瞑ると浮かぶのは人懐っこい笑顔と、
「……おなかすいた。」
ご案内:「第一教室棟 屋上」からリリィさんが去りました。