2024/07/16 のログ
八坂 命 >  
「ッ、は、ァ゛……ッッ!」

脚を抑える機械のような前腕だけのそれは、見た目よりだいぶ軽いだろう。
彼の腕で払えば、軽い音を立ててあっさりと転がっていく。

「わが、――ッ、だ……!
 おね、がぃ゛、しま――あ゛ぁ゛ぅ゛っ、ぐ――!!」

とりあえず彼が助けてくれようとしているのはわかった。
だから腕とのリンクを切り、顔を動かして着物の衿を噛みしめる。
そうでもしていないと、何時までも叫んでしまいそうだったから。

史乃上空真咬八 > ――からりと手応えは軽い、一つ緊張の要因がなくなる。

「……必ず助ける、安心しろ。アンタは数十分後には、絶対部屋に帰れる。いいな」

どうやら目の前の泣きわめく少女も、ちゃんと意識が向けられる程度の冷静が戻ってきているらしい。
それなら結構。
――紐を断つ、革と金具をばらし、怪我を負った脚から靴を外して、靴下があればそれも仕方ないが千切って外す。
素足になってから、刀の柄を犬歯荒々しい口腔に咥えると、ガチリと噛みこみながら脱ぎ捨てた黒衣を迷いなく刃に当てて――滑らせて細い布に変えていく。
"こんなもの"とばかりに余り布は捨てると、後は所持品からスプレー式の消毒液がからりと転がる。
患部一か所一回きり、代わりに携帯性は抜群。顔の傷のほうは我慢してもらうしかない。


ふほひひみふ(少し沁みる)

いいふぁ(いいか)いふぃ()ふぃふぉ(2の)ふぁん()

――シュゥッと、一瞬吹きかかる消毒液の冷たさと、傷口への薬液の浸透による痛み。
暴れないかの懸念は消えてない、足首に添えた手。
消毒してからは、素早く迅速に作った即席の黒包帯で患部を巻き、少しキツく締めて塞ぎきる。

八坂 命 >  
靴下は履いていないが、タイツは履いている。
手で簡単に破けるだろう。

「ァ゛ッ!!
 ガァ゛ァ゛ァ゛ッッッ!!!」

消毒液を吹きかけられ、悲鳴を上げる。
脚もビクンビクンと何度か跳ねるが、しかし出来る限り抑えているようだ。
彼の力なら十分押さえつけることが出来るだろう。

「ッひ、ひ゜ギーー
 ィ゛あ゛、っは、あ゛ァ゛う゛、う゛う゛ぅ゛……」

ぎゅ、と包帯を締められて悲鳴を上げるが、それで治療は終わり。
痛みは全然引かないし、相変わらず脚の中でトゲトゲの鉄球が暴れているような感覚はある。
それでも助かったと言う安堵からか、声を上げて泣き出してしまった。
ぼろぼろと大粒の涙がこぼれて来て、視界がぐちゃぐちゃ。

史乃上空真咬八 > からんっと、口に咥えた刀を傍に吐き落とした。
呻く聲と共に暴れる足を少しだけ集中しておさえる、それだけ。

「……ッ」

――出血はこれでとりあえずなんとかなる。
本格的な治療は……此処で行うのは無理。

「一先ず応急手当は終わった。よし、よし、よくやった。頑張った、頑張ったな……っ」


悲鳴も悶絶も良い、最後まで耐えた。
包帯を結び終えれば、励ますように背を軽く叩いて声を掛ける。
怪我は浅くないが、致命傷という程ではない、これである程度時間は出来ているはずだ。
痛みに泣きじゃくってもいい、構いやしない。

「……後は帰り道だけだ、最後まで護り通す。
大丈夫だ、病院にいけば今の治療は一瞬で終わる、
その後は……部屋に帰って休める、大丈夫だ」

努めて優しい声、最初に吠えるような声だったのと比べれば幾分。
泣きじゃくる相手の頭に乗せた掌と、不器用な引き攣り笑顔。

「よく頑張った、頑張ったな。……大丈夫」

差し出した、一枚の黒布、というかさっきの余り。後はどうしたっていい。
それで涙と鼻水、血を押さえればいい、と。

八坂 命 >  
「ぅ゛ぅ゛ぅ゛……。
 ごわがっだぁ……。
 いだがっだよぉ゛……」

えぐえぐと泣きじゃくる。
本当に死ぬかと思った。

「――ぐすっ。
 ごめんやけど、腕――いちばんおっきいやつ。
 取ってもろて、いい……?」

布を差し出されても受け取る腕がない。
インナーの肩から先は何も入っていなくてペラペラなのがわかるだろう。
腕とのリンクをさっき切ってしまったので、再接続しなければならないのだが、どれも距離が遠すぎてリンクできないのだ。

史乃上空真咬八 > 「ああ、痛いし怖かっただろ。……もう大丈夫、
後は全部こっちで何でもどうにかしてやる、アンタは休んでいい、
気を抜いてもいいし、明日のこと考えてくれたっていい」

泣きじゃくる声に、努めて返し続ける。
兎に角相手が落ち着き、心拍も落ち着けばそれだけでも幾らか時間は伸びる。
……此処に駆けつけるまでにも"ひと悶着"があったとか、
今はそれで"損耗してる"だとか。

全力で運べば、近くの緊急病院までなら何とか。

「……腕……?あ、あァこれか、これだな」

ころころ。あちらこちらに散らばってはないだろう。
大きな腕が落ちている。それで漸く理解する。
腕が――――成る程。
ひとつ持ってきては、後他の小さな手も一つずつ持ってくる。
合計いくつだ、何個でもいい、とりあえず全部。

掴んで持ってきて差し出すと、顔を窺った。
……見間違いでなければ、顔の傷もそれなりに見えた。
視線を合わせ、左右均衡の崩れ等から内部の骨折が起きてないかまでは診断もできる。
紅い瞳が、なんとか力を抜いて優しい目を。

八坂 命 >  
「ありがと」

短く礼を言い、近くに置かれたそれと再接続。
すぐに腕は動くようになり、上体を起こせるようになった。
とりあえずさっき差し出された布で顔の汚れを拭う。
鼻は痛いが、多分折れては無いと思う。
たぶん。

「――あんま女の子の顔、見るもんやないよ。
 特に今ぶさいくやし」

顔を覗き込まれている。
ぷい、と顔を逸らした。
怪我の具合を見ているのはわかるのだけれど、ぶちゃいくな顔を見られたくはない。
とりあえず治療したとはいえ右脚がクソほど痛い。
「腕」を右脚にかざし、異能を発動。
膝から下を封印してしまった。
これでとりあえず痛くはない。

「さっきのは多分もうおらんと思う。
 占いでは一匹しか見付からんかったし。
 ――あ、さっき女の子ひとり逃がしたんやけど、見てへん?」

首をかしげて聞いてみる。

史乃上空真咬八 > 「あ?……あァ、悪ィ」

――少し視た限りで、問題もなさそうだ。
顎部、鼻骨近辺等も含めて兆候はない。

顔から視線を外したところで――異能を使うのが見えた。

……便利な異能だと、目を眇めると、落ち着きが見えてきた辺りで質問された。

「……あんたが逃した方角に因るが、一人、此処に来る少し前にすれ違った。女生徒だったが――会話するより先にとんずらコいて逃げていった。出口のすぐ近くだ、幸い人通りが近い。アレは大丈夫だろォよ」

……散らかった道具をまとめていく。黒布の残りはなし。使い切った消毒スプレーをキャップを外してポッケに突っ込み、
転がしていた二刀二振りは――腰の後ろに差しておいた。


「……他にもアレに襲われた奴がいるかどうかだが、俺が認識する"要救助者"は、アンタだけだ」

そこで漸く、はっきりと横顔が見える。

褐色肌と紅眼の男子生徒。狼のような獰猛さを感じさせる顔つき。
……遠くを睨むような視線は。

「……だから、俺はアンタが"無事に帰れる"まで同行する。いいな」

八坂 命 >  
「そっか。
 よかった」

女の子は逃げられたらしい。
身体を張って逃がした甲斐があったと言うもの。
封印したことで痛みは消えたが、封印を解けばまた痛くなる。
封印している限りずっと怪我は治らないし、そもそも脚が片っぽないのだから不便でしょうがない。
そもそも両腕がないのが異能のせいなのだから、言うほど便利ではないのだ。
言わないけど。

「ええも何も、僕今右脚ないし。
 同行どころかだっこぐらいしてくれんと、帰れへんよ」

ちょうど杖になりそうなものでもあれば話は別だけど。
にま、と笑いながら宙に浮いた腕を突き出してだっこをせがむ。

史乃上空真咬八 > 「……無茶しやがッたな、随分と」

本来、そういう正面きって戦闘を行えるようなタイプ――には見えない。
さっきの戦い方といい、負傷していた時の状態といい。
その中にあって他の生徒のために命を張ったと見える。

「……、……肩貸すンじゃ歩けねェか」

……笑っている。嗚呼成る程、そういう質。
途端にさっきまでの優しく努めた顔も声もどこへやら。

――宙に浮いた腕から、仕方なくしゃがみ込んで合わせ、
……その細身に合わない力を以て、ぐっと抱きあげる。


「……前だけ見る、余裕が出来たンなら、後ろ位は見てろ」

――顔をそちらに向けないようにする。密着も状況が状況、緊急事態による臨時対応。
安全確保と救助者の帰還までの……暫時の対応。

「……」



早鐘の音。

八坂 命 >  
「いやぁ、思ったより厄介な相手やったみたいで」

本来自分ひとりでどうにかなるような相手ではなかった。
討伐出来て生きのこったのは運が良かったのだ。

「怪我した女の子歩かせるん?」

歩けないのか、と言う問いにはむすっとして見せる。
そうして彼が渋々と言う様に抱き上げれば、

「おー、細く見えるのに力あるんやねぇ。
 おっとこのこぉ」

満足そうな声。
とは言え腕がないのでしがみ付けない。
どでかい機械の腕(タケミナカタ改)も自身に追従しているだけで、自分を引き寄せたり踏ん張ったりは出来ない。
つまり、

「ちょっとぉ。
 僕腕ないんやからもっとちゃんと支えてや」

自然と身体を密着させることになる。

史乃上空真咬八 > 「なら次は全力でとんずらコくンだな、穴空けられるより、大声で泣きながら助けを求める方が"マシ"だ」

――生き残った後、一人だったら。

この傷のまま、朝まで校内で血を流して悶え泣き叫んでいたのだろうか。


…………。

「少し黙れ」


――密着して、「ぐ」と小さく声と息。
……立ち上がって"運搬"を始める。

「……休んでていい、もう傷つけられやしねェ。
俺が代わる。だから……いい、支えるから」

――男子なりの励ましとともに、背中を優しく叩く。

「…………アンタの無茶が人一人の命を救った。
その行いには、素直に敬意を示す。
……そして、そのアンタの無事を俺が護る」




「……よく頑張ったな」


……本音では、ある。
彼の思う"■■"を、この少女は成している。
ならば、それは彼が尊敬し、同時に護らねばならないものだ。


校舎をまずは脱出する所まで、まずはそこまで向かえばいい。






――――――――――――――――



――――――――――――



――――――――




「…………ッ、はぁ」


――夜の校舎から出てきたのは、最初に伝えた数十分を使い切ってしまった後のこと。
すっかり密着したまま此処まできて、重さは兎に角、張りつめていた神経が緩んで息を吐く。

八坂 命 >  
「ハァイ、気を付けまァす」

いつもはチームで動いているのだが、今日は仲間を呼んでいる暇がなかった。
彼にはそれは言えないけれど。
とは言え確かに戦うのが得意じゃない自分が盾になるのはもうやめよう。
痛いのは嫌だ。

「えー、お話しようよぉ。
 僕、八坂命言うんやけど、お兄さんお名前は?」

けらけらと笑いながら喋る。
明らかに「慣れていない」のがわかるからだ。
どうやってからかって遊ぼうかな、と考えていたら。

「っ、んふ。
 んっふふふ」

よくやったな、と言う言葉に思わず笑みが漏れる。
褒められるようなことではない。
むしろ人に隠れて危ないことをやって、どちらかと言えば叱られるようなことだ。
それでも、そうやって言ってもらえると、嬉しい。



「そとーっ」

なんやかんやで外まで出てきた。
すっかり暗くなってしまっている。
同部屋の二人――部長は帰っていないかもしれないけれど――に随分心配をかけているだろうなぁ、なんて考えて。

「ほらほら、まだ病院までしばらくあるんやから。
 疲れた声出してる暇ないよ。
 両腕無い分そんな重ないやろ」

ぺしぺしと機械の腕(タケミナカタ改)で彼の背中を叩きながら。

史乃上空真咬八 > 「――――……」


息を吐いてくるまで、ずっと返事もなし。
出てきて周りが夜景の学校と、遠くには下校路先の灯り。

……もう、大丈夫か。



「カミヤ。……史乃上(しのがみ)空真(そらざね)咬八(かみや)」

名前を返しながら、一度抱えなおすように腕を回し直す。
ゆらりと揺らしてしっかり抱えなおした。
手の位置に終始悩み続けている。今は臀部よりやや上辺りと、
太腿の裏辺りとの二か所保持。

「……近くの病院までまだ掛かるが、アンタ、随分余裕そうだ」

名前は絶対言わない、言ってやらないつもりで。

「もう少しの間乗り心地が悪いのが続く、必要なら休憩でもするかよ」

ぎろり。休憩を提案する顔じゃあない。
周囲を警戒しながら、とことこと歩き続ける。
……密着する場所が蒸れる、季節もあり、非常に蒸れる。
こんな状況でもなきゃ一分一秒でも早く手放しているところだ。

「……治療後も送る必要、あるか?ねェだろ。
帰り迄抱いて持っていったら、……まずいだろ」

絵面とか。
女の子を抱え続けて、多分そこまで見られるとか。
或いは先が女子寮とかだったら。

八坂 命 >  
「カミヤくんやね。
 よろしゅうー」

むすっとしている彼が面白くてついからかってしまう。
彼の腕の位置が落ち着かないのは抱えられている自分が一番わかっている。
おもしろい。

「んー、休憩してもいいけど、遅なると一緒に住んでる子ぉが心配するから」

からかうのは楽しいけれど、それで心配をかけるのも良くない。
睨まれても大して気にしていなさそう。

「うん、怪我したとこは封印しとるしね。
 時間止まったみたいな感じになるから、不便な事以外は今はへーきよ。
 カミヤくんって言う便利な乗り物もあるし」

えへへ、と楽しそうに笑う。
密着していて暑いは暑いけれど、元々厚さには強い方。
がんばれーなんて声を掛けつつ。

「流石に病院着いたら大丈夫よ。
 歩けるようなれば自分で帰れるし」

そうして病院までひたすら一方的なお喋りをしながら送ってもらって。
病院で彼と別れ、本格的な治療を受けた。
その時はまた泣きじゃくっていたけれど、それは彼は知らないはずだ――

史乃上空真咬八 > ――――なんとまぁ、振り回している事を自覚している。
鼻孔で感じ取る"笑い"の気配に、皺を寄せて唸る犬のよう。

「……ンじゃァ、とっとと運ぶから、とっとと戻れ」


――少し気合を入れ直して、再び運搬再開、気持ちペースを上げて。
御蔭で汗はかくし、相手との温度の共有も長引いて尚のこと早鐘は早鐘を重ねていくし、散々。

楽しそうに笑ってる傍、人の事を、人の事を。

「……乗り物じゃねェ」

――悪態一つくらいは許されるだろうと呟いた。


病院までの、さっきまでが嘘のような元気な八坂の会話に振り回されながら。
到着し、治療を終えた後のこと――彼はとっくに居なくなっていた。

……送り狼、とはならなかったらしい。

ご案内:「第二教室棟 廊下」から史乃上空真咬八さんが去りました。
ご案内:「第二教室棟 廊下」から八坂 命さんが去りました。