2024/12/29 のログ
ご案内:「小講堂」にネームレスさんが現れました。
ネームレス >  
狭い講堂で一対一ともなると、それは『式典』の体裁を取っているとも言えなかった。
いざや授与されようとしている生徒も、片手をポケットに突っ込んで手を差し伸べている始末。
教壇を挟んで対面している教員は、わかりやすくため息をついてから、手渡した。
日がな『来島者』が絶えないこの島は、年の瀬であっても完全に眠りにつくことはないのだ。

「…………」

生徒――正規の学籍を取得したばかりのそれは、あらためて確かめる。
表に裏にためつしかめつ、その一枚の紙には、しかし重厚な証明が丁寧に刻印されている。

これは未だに紙なんだな」

静寂を乱す声に、教員は静かに『デジタルの証明も同時に発行されている』と。
日本語で記されている実媒体と違い、多国向けの言語と様式を選択して表示できる。
希望すれば、希望された様式のものも新たに発行できるという。

「いまはこれでだいじょうぶ。"次"のほうが本命だしな」

同時に渡された証書入れにしまいこむ。
深い青色で、すべすべしていた。立派なものだ。

ネームレス >  
「でもこんな簡単でイイの~?
 ふつうは四年かかるモンだったろ。ボクのときの基準で、だケド」

――学力及び、魔術師としての能力は、逮捕後暫く受けていた"試験"によって実証済み。
いわゆる飛び級が認められたのは、長期の在島を望まないという姿勢もあってか、
あるいは、研究員を求める協会側の意向か――いずれにせよ。
高い社会性と諸々の適正によって、希望した課程への就学が認められた形になる。

……とはいえ、事前に論文まで用意していた周到ぶりである。
ある程度予期していたというのは言うまでもなかった。

「まァ、そもそも魔術を学府で研究する……
 そういうコト自体が、ボクにとっちゃ冗談みたいな話だケドな。
 地下でひっそりとやるのが、その界隈のマナーだった」

新世界基準(ニューワールドスタンダード)――時代は変わったのだ。
思うところはあれど、やりたいこともある。この課程は、卒業までの単位も少なくて済む。

「なんにせよ、お休みの時期にどうもアリガトウ。
 研究室も用意してもらえるってんだから、至れり尽くせりだね」

ネームレス >  
――芸術を専攻するかと思っていた。
ふとそんな話題を向けられると、不思議そうに見返してから。

合衆国(あっち)にはさ、二百年の歴史のある音楽院があるんだ。
 ちいさいころから、ずっと憧れてた。まだ残ってるハズだろ。
 この島を出て、あらためて理論を学びたくなったらそこで学べると思うし」

独学で十二分ではあるけれど――と、補足はしつつも。
証書入れに視線を向けてから、それを取り上げてひらひらと。

「国によるって話だケド、合衆国の大学は、未だに点数だけじゃ入れないからね。
 ボクには積み重ねてきた学歴も信用もないから。
 数値と実績で色々と融通が効く常世学園(ここ)でやれることをやりたい」

実際、この証書を手に入れるのに、本土では何年かかることやら。
世界に対する適応力の証明――存分にこの学園のシステムと方針を利用させてもらおう。
その分、こちらもまたある程度の利益を供与することが、社会との関わり方と考える。

ネームレス >  
「それじゃァボクはこれで。
 さっそく研究区のほうをみてくる――あそこも年がら年中休まず動いてんだろ。
 しばらく世話になる場所だ。いままで以上に歩き慣れておいたほうがイイと思うし」

挨拶もそこそこに踵を返した背中に、

――十分な能力をもっていても、基礎課程を受講する生徒は珍しくない。

そんな言葉がかけられた。

ネームレス >  
「……………」

肩越しに振り向いて……、
鼻を鳴らして、肩をすくめた。
ああ、気を遣ってくれているわけ。

「本業が最優先で、委員会もやらなきゃいけないみたいだから。
 道楽をやるヒマは、いまのとこないかな。
 真面目に受講してるヒトたちの邪魔もしたくないしね」

へらへら笑って、教員を残して講堂を辞する。

ネームレス >   
廊下を歩く。年末、夜間ともなればひどく静かだ。
そんな調子の教室棟しか知らない新参者でもある。
とはいえ、基本は研究区をホームとするから、今後も頻繁によりつくことはなさそうだが――
それでも講堂や準備室の類に気配はするから、この島は眠らないまま。

「…………」

ふと立ち止まって、窓の外を眺めた。
よく磨かれている硝子の向こうに、校内の敷地が伺えた。
ひとつの都市として栄える学府。教育機関であり、研究機関。

「時代が違ったら……常世学園(ここ)の先生を目指してた?」

ひとりごとだ。
その問いを向けたいひとは、ここにはいない。
もう、どこにもいない。

「どうして、教育者になろうとしてたの」

ひみつ、と返された気がする。
お洒落で、友達も多かったあなたが、あえてその道を選んだ理由。
生まれた土地でも花形だったから、順当な選択ではあったと思うけれど。
それでも推測ではなく、事実を知りたかった。
あなたの口から、教えて欲しかった。

少しずつ、少しずつ、手に入れていくたびに、浮き彫りになっていく欠落と空洞。
取り戻すことはできないという事実もまた、はっきりと像を結んでいく。

ネームレス >   
学校に通いたい、と思ったことはなかった。
青春したいとか、友達がほしいとか、考えたこともない。
自分が求めるものは幼い頃から明確で、ブレていなかった。
……しかし、通えるようになる必要はあると考えていた。

学位は称号であり、能力の証明だ。
歩もうとしている道においては、現代の社会においては、
個人の武力というものはあまりあてにできないカードであって、
世界に漕ぎ出すには、まだもう少し、手札を集める必要があった。

踵を返し、"次"へ向かう。
魔術における修士課程。保護観察中の年限で号の獲得を狙う。
魔術師として実証したいこともある。そのためのフィールドは用意される。

社会にとって如何なる存在であるか。
この島は、常にそんなことを問いかけてくる場所だと感じている。

ご案内:「小講堂」からネームレスさんが去りました。