2025/01/15 のログ
ご案内:「第二教室棟 ロビー」に小鳥遊日和さんが現れました。
■小鳥遊日和 > 人気のないロビーにある自販機。
その隣に、車椅子に乗った人魚の少女が鎮座していた。
ほんの少し前まで人間の男性だった小鳥遊である。
「…」
手元の資料を眺めながら、先ほどまで行っていた検査を思い出す。
『肉体的には完全に女性と思わしき状態です。
通常の変化魔法や異能の類であれば、こういった”変化”は対象の上から粘土を乗せて形作るようなもの。
粘土に相当する”変化”の力を取り除けば、元通りの対象が出てくるはずです。
小鳥遊先生の場合は、その”変化”が、半ば同化するような形になっています。
取り除くには時間がかかりますよ。 しかし、よっぽど長く”変化”させる力に触れ続けたんですか?』
「おあー…」
情けないため息…これすらも、甘く耳をくすぐるソプラノの声だ。
多感な男子が聞いたらドキドキしてしまうぐらいの。
変化が長引く原因は、おそらく検討がついている。
転移荒野で出会った人魚…ルメルさんに、荒野から都市部まで抱っこして運んでもらったからだ。
彼女の濃密な魔力に触れ続けたせいなのだろう。 緊急対応だったとはいえ、自分がすっかり…
生徒と同じ位の外見の、しかも人魚の少女になってしまったことには、それなりにショックがあった。
いままでに変化したことはあっても一時的であったものだが、今回は重症というわけである。
自販機で買ったスポーツドリンクを一口やる。
資料をめくり、調査結果に目を通す。
■小鳥遊日和 > 『下半身については人魚相当のそれですが、水泳能力は著しく低いです。
つまり、水中でも陸上でも、いわんや空中にも移動適正がない状態です。
生活するには車椅子の使用が適切でしょう。』
しばらくは戻れないということは、しばらく車椅子である。視線を下にやる。
保湿用シートに覆われた下半身は、今や車椅子に収まっている。
シートから伸びるエメラルドグリーンの鰭は鮮やかにきらめき、
”もうお前は人魚でしかないのだ”と訴えかけてくるかのようだった。
さらにその後の顛末は混沌を極めていた。
『あと…これはちょっと申し上げにくいのですが、小鳥遊先生と今の状態との相性が良いんです。
先生の人懐こさと今の声と合わせると、とても…その…請求力が高い。
普通に会話しているだけでも、相手に思わぬ反応を取らせてしまう可能性があります。
例えば、好意を持たれていると勘違いされてしまうとか…ありますよ。』
「そんな…別にわたしはその、誰かに媚びたりしてるわけでも…」
『はいそれ!!その声と姿、それに潤んだ目を伏せて、すこし斜めがちにうつむく所作!
多感な男子生徒が見たら、もうすごい…すごいですよ!! ウウーッ!エキサイティングだ!!!!
あっちょっと、君なに、緊急ボタン…いや、やめろ!わたしは魅了状態にない!!
魅了と恐怖に抵抗があるんだ!種族特性で!!データシートに書いてあるんです! あっ、ワーッ…!!』
「あわわ」
突如として検査員は混乱をきたした…いや、もしかしたら自分と対話しているときからデバフが蓄積していたのかもしれない。
緊急対応ボタンに呼応して現れた武装検査員に鎮圧されて室外に引きずり出されていく研究員…
その一部始終を眺めながらぶるぶるしていたのを思い出す。
ようするに、今の自分は車椅子が必須で、人魚で、女の子で、会話ひとつにも通常よりも気を使わないといけない状態なのだ。
「…デバフがすごいぃ…」
呻くしかなかった。資料を鞄にしまってから、スポーツドリンクを一口。 保水・保湿は大事だ。
■小鳥遊日和 > 「ルメルさん、元気にしているかな…。」
おそらく人間の社会と隔絶して生きてきたのであろう彼女を思う。
転移荒野で出会った彼女を助けようとしたからこうなったというのは、事実の一つではあるのだろう。
けれど、見ず知らずの人が倒れていたのを助けずにいることなんてできはしない。
そして、彼女も…突如として押し付けられる人間社会のルールに悩んだり辟易しているかもしれない。
「よし…!」
緑の瞳に情熱が灯る。 もし出会うことができれば、より良い生活ができるように手助けをしよう。
そうと決まれば、人魚が暮らす上でどういった問題があるかを見定める必要がある。
幸い、自分も彼女に近い状態になっている。もっけの幸いだ!
スポーツドリンクを飲み干して、空のボトルをゴミ箱にそっと入れる。
「ふふっ…♡」
嬉しそうにあどけない笑みを浮かべる様は、まさしく年頃の少女のよう。
元気よく車椅子の車輪に手をやって、ロビーを後にするのであった。
ご案内:「第二教室棟 ロビー」から小鳥遊日和さんが去りました。