2024/06/15 のログ
ご案内:「第三視聴覚室」に如月 槐徒さんが現れました。
如月 槐徒 > 「さて、それでは霊薬学のチュートリアルを開始しようか」

薄暗い視聴覚室。モニターがよく見えるように低めに配置された教壇に立ち、手元のリモコンを操作する。
今日は霊薬学について興味を持ってくれた生徒達の為の入門講座のようなものを行う。
飛び入り参加OK、飽きたら途中退室も一応OKで気軽に参加できるようにしてある。
それでも生徒数は数えられる程度。
とはいえ、既に大抵の生徒はカリキュラムを選び終えているこの時期に、今から新しい科目に手を出そうとしてくれているだけでも喜ばしい事だ。
全力で応じよう。

「まずは霊薬とは何かだけど、かつては不老不死の薬を霊薬と呼ぶのが一般的だった。
神話や錬金術で登場するものが殆どで、一般的に普及しているものは殆ど無かった。」

リモコンを操作し、古くから知られる霊薬のいくつかを表示する。
エリクサー、賢者の石、仙丹。生徒らが数人が頷いたり関心している。
創作物やゲームでも時折出てくる名前だ。賢者の石なんかは、金色の精錬術師とかでも登場していた筈だ。
…今の生徒たちは知らないかもしれないが。

如月 槐徒 > 「だけど、大変容でそれがひっくり返った。
魔法も異能も神話も当たり前になったことで、数多の常識がひっくり返った。。
勿論、薬についての常識も覆った。」

モニターを切り替える。
そこには、現代で有名な霊薬が表示される。
異能抑制薬、魔力増強剤、錬成薬。
どれも異能や魔法、錬金術といったかつて存在しないとされていた物に作用するもの。
現代においては一般的に普及しているもの。

「現代においては大変容以前の薬と異なり、科学的に説明できない作用を及ぼす物全般を霊薬と呼ぶことがある。
第4類医薬品と呼んだり、普通に薬と呼ぶ場合もあるが、如月製薬を筆頭に複数の製薬企業が普通の薬と区別するために霊薬と呼称している。」

霊薬と普通の薬の区別は、その作用が科学的に説明できるか否かに違いがあるとされるが、公式のものではない。

「霊薬学ではこの基準を用い、科学的に説明できない作用を及ぼす薬や薬品を霊薬としている。
だから、普通の薬学と違って最初のうちはそう難しい話は多くない。
薬学自体が難しいものではあるが、正直霊薬学は座学だけなら薬学より簡単な方だ。
ただし、実技や才能による部分は薬学とは比にならない」

魔力を特定の材料に込めるだけで作れる霊薬なんてものも一応存在する。
ただし、知識としては単純であるのと対照的に製造に関しては高い技術力を要求されることが多い。
現代では自動化されている場合も多いが、自動化できない過程が存在する霊薬は多いのだ。
モニターに座学と実技の比率を比較したグラフが表示される。
分かりやすいようにあえて大差をつけて置いた。

如月 槐徒 > 「霊薬の製造には人の手が欠かせない。
それも、高い技術力を持った技術者の手が欠かせない。
これが異能抑制薬が高額な主な理由で、普通の薬と霊薬が区別される理由の一つでもある」

普通の薬が大雑把に研究、臨床、製造なのに対し、霊薬はそれに加え技術者が欠かせない。
魔法使いも異能者も、才能や生得による部分がどうしても絡んでくる。
それが要求される霊薬は製造方法が確立出来たとしても、製造に非常に手間がかかるものだ。
それに、高度な技術者がわざわざ霊薬の製造に志願することはメジャーではない。

モニターには霊薬の中でも代表的な異能抑制薬の製造過程を示してある。
機械化された工程と、人間の手が加えられている工程がそれぞれ含まれている事がよく分かる。

「霊薬学を学ぶ気が出そうな話をするなら、霊薬製造の技術者の手取りはかなり高額だという話がある。
座学、実技共に難易度の高い試験を突破した者しかなれないとはいえ、安定した生涯が約束されると言われている。
ただ、かなりブラックだし作業内容は単純作業のライン工とあまり変わりないからよく考えるように」

自分も魔法の才能があれば、そうなっていたかもしれないと考えると少しゾッとする。
この辺は適正もあるだろう。生徒たちが自分に合うと思うなら、ぜひ目指して欲しい所だ。

如月 槐徒 > 「ちなみに、最初に話したように本来霊薬とは不老不死の薬を指すものだ。
だけど、不老不死の薬は現代でも秘術かそれ以上のものだしなんなら存在しないとまで言われている」

神も異能も魔法も異世界もある世界だが、それでも不老不死が人類の夢であることには変わりがない。
不老不死が存在する現代でも、有限の存在(人間)無限(不老不死)に成るに要する代償はあまりにも大きい。
それを単なる”薬”として製造するのは正直、不可能の領域だと思っている。

「だけど、今でも一部の霊薬学者は今でも不老不死の薬を作ろうと躍起になっている。
個人的には実現しないほうがいいと思うのだけどね」

そんなものが実現した日には、血みどろの奪い合いが発生するに違いない。
それぐらい、不老不死とは魅力的なものだ。だからこそ、数多の神話や創作で題材となったわけだし、歴史にもその残滓が残っている。
だから、そんなものが生まれてしまう事は個人的には望ましくない。

如月 槐徒 > 「さて、授業の内容にも少し踏み込もうか。」

リモコンを操作し、モニターを操作する。
モニターに表示されたのは、授業の進行方法を示したもの。

「最初に説明したように、霊薬は科学的に説明できない作用を及ぼす。
だけど、科学的に作用する部分が全くないという訳ではない。
だから最初のうちは生物学と化学についてしっかり学んでもらう」

再びモニターを切り替え、人体の構造が表示される。
一例としてα型異能障害を緩和する霊薬が人体のそれぞれの箇所に何がどのように作用するかが示されている。
異能障害という複雑な症状に作用する薬ではあるとはいえ、複数の効果が複雑に作用しあっている事がとてもよく分かる。こういった部分は普通の薬と同じだ。

「ここに記されている作用がどうしてそう作用するかが理解出来るようになってからが霊薬学の始まりになる。何事も基礎が大切だからそれは絶対に覚えてもらう」

数人の生徒が嫌そうな顔をする。気持ちは分かるが、ここは欠かせない部分だ。
霊薬の素材は高価なものが多い。それに、霊薬という響きに釣られる者も多いが、霊薬学は地道なものだ。それを楽しめる者や受け入れられる者以外に教えられるものではないのだ。

如月 槐徒 > 「だが、基礎の部分を越えれば霊薬らしい話になってくる。
だがその前に霊薬製造に関する現時点での技術を測る事になる。
さっきも言ったように霊薬製造の技術者には高度な技術が要求される。
霊薬製造において要求される技術の高度さや緻密さを実体験を通してわかってもらう」

ここで脱落してしまう生徒も少なくないが、別にふるいにかける訳ではない。
ただ単に、実際の工程を知ってもらい理解を深めるだけの段階だ。

「ここでうまくいかなくても不安がることは無い。
霊薬製造に高度な技術が欠かせないという話はしたが、研究を専門にする霊薬学者もいる。
それに、最初からそつなくこなせる人はいない。この辺りの実技については時間をかけて身に着けてもらえるようにしている。」

どうしてもできない者もいるが、それは霊薬学の道をあきらめる理由にはならない。
とはいえ厳しい業界であることには間違いない。その辺りの厳しさは技術同様みっちりと教え込む。
生半可な気持ちで続けさせるような事はしない。

如月 槐徒 > 「さて、次に霊薬の素材や製法について学んでもらう。
ここで一つお知らせなのだが、霊薬の製造には通常の薬と違う資格が必要になる。
霊薬、もとい第4類医薬品は大変容以前の薬とは大きく異なる為に取得すべき資格も全くの別物となっている。」

基礎の部分は同じだが、それ以外は全く持って違う資格。
そうなっている理由は複数あるが、古来より受け継がれてきた秘術や伝承を殺さない為というのが理由や見えない部分が関与してくる部分が多い為と言われている。
代わりに、霊薬の製造に必要な認可は通常の薬よりも厳しい審査となっている。

「俺が教える内容を十全で理解出来れば合格出来る資格ではあるが、かなり根気のいる話になる。
普通の薬程ではないが、霊薬の素材ち製法は多岐に渡るからな。」

正直な話、自分でも全て把握しているかと言われれば確信出来ない。
非常にマイナーな素材や製法だって存在するし、異邦人が持ち込んだ新素材が発見されることもある。
そういったものまで全て把握するのは正直無理だ。秘術だってある訳だし。

如月 槐徒 > 「素材と製法をある程度把握してもらう頃には技術の方も備わっている筈だ。
霊薬についての基礎知識が十分だと判断したら、実際に霊薬を作ってもらう事になる」

ここからが霊薬学の本番である。
モニターを切り替え、初心者にも作れる霊薬のレシピを表示する。

「これは魔力増強剤の製造過程だ。効果はそれなりだが、比較的容易に作れる
ただし、素材が軍需品だ。」

レシピを公開した理由にはこれがある。
それに、このレシピより強く効率のいい魔力増強剤は多数ある。
端的に言うと型落ちのレシピだ。

「初心者にはもってこいの霊薬だ。これが完璧に作れれば、霊薬製造の技術者になれると言われている。
ここが霊薬学者の分水嶺になる。」

最前列の真面目に話を聞いていた生徒が唾を飲み込む。
いい覚悟だ。

「この後はそれぞれの目指す道に応じて指導の内容が変わってくる。
何れにしても素材と製法はほぼすべて教えるし実技も何度もやってもらう」

この後は変わり映えのしない繰り返し。憶えて作る、覚えて作るの繰り返し。
退屈しないとは思うが、苦痛にはなるだろう。

如月 槐徒 > 「あとは試験に合格し、資格を得れば晴れて霊薬学者、もしくは霊薬製造技術者になれる。
ここまで来れるなら試験に合格するだけなら容易な筈だ」

正直な事を言うと、ここまでしなくても試験に合格は出来る。
霊薬製造の資格はかなり基礎的な試験であって、専門家の試験ではない。
だが、資格を持っているだけでは霊薬製造には携われない。
厳しい業界だ。甘い認識では弾かれる。

だが、俺の授業に最後まで着いてこれるなら、きっと大丈夫。
そんな自信がある。これでも如月製薬の教育を受けているし、霊薬製造者のノウハウだって持っている。

「以上が霊薬学についてのチュートリアルだ。
だけど、霊薬学の道は果てしない。授業だけでは学べないことは沢山あるし、終わりなき探求に身を投じる業界でもある」

チュートリアルというには少々厳しい話をした気がする。ただ、繰り返しになるが甘い認識で立ち入って欲しくないのだ。
この道を選んだら人生の多くをささげる事になる。だからこそ、しっかりと考えて欲しい。

「だからこそ、霊薬学を学ぶなら、覚悟して挑んでほしい…

さて、何か質問があれば時間いっぱい答えるよ。」

複数人の生徒が手を挙げる。その様子につい笑みがこぼれる。
嗚呼、自ら道を選ぼうとする生徒らについ微笑みが零れる。
良いことだ、とても良い事だ。少し羨ましいようにも感じるが…何よりも応援してあげたい。
そんな思いと共に、最前列の彼に質問するように促す。

授業は時間いっぱいまで続いた。これだから、教師はいい。

ご案内:「第三視聴覚室」から如月 槐徒さんが去りました。