2024/06/11 のログ
ご案内:「図書館 閲覧室」にイヴマリーさんが現れました。
イヴマリー > 「ご案内いただきありがとうございます」

案内を買って出てくれた図書委員の男子生徒に深々と一礼。
丁寧に両手を前で揃え、柔らかく口元を緩めて。
僅かに目元を細めて作る笑顔は、我がことながら良くできていたのだと、
ホンモノの笑顔を携えて去り行く少年の姿が教えてくれた。

姿勢を戻して整然と居並ぶ背表紙の壁を見上げれば、蒼銀のナノファイバーが大きく揺れる。
滑らかに。僅かな時間だけアイカメラの前を流れて既定通りの見かけに落ち着いていく。
レファレンスサービスに管理された人類の知の結晶、アナログデータの海。
そのような場所に、ノイド(人型AI)がひとり。
手に取った書物を開くでも、取り留めも無くタイトルの羅列を追うでもなく。
待機状態のまま、エラーの消化(整合性の確認)中。

(……私の取った行動は正しかったのでしょうか)

人間であったならば、溜息という物をついていたのかも知れない。

イヴマリー > 『何かお困りですか』

4分と25秒前、そう声をかけられ私は適当な書物への案内を求めました。
既にデータ化も済んだ誰もが知るような名著への道筋。
書籍自体は分かりやすい目印(アイコン)であれば、何でも良かったのです。 
私はただ、名も知らない図書委員の”親切”な行動を完遂させる為に案内を求めたのだから。

結果として、2分17秒という時間でかの人の親切心を成就させて、
プログラムされた笑顔は年頃の少年の体温の向上させ━━事前契約事項に抵触。
ログデータの一部の参照を停止します。
━━心をくすぐる程度の結果を得るに至りました。

実際には要らぬ手間をかけさせただけなのですが。
彼は些細な事ですが事を為した実感と受けた感謝のキモチというものを携えて過ごすのでしょう。
統計によればおおよそ10数分から最大でも5時間弱ほど。
持続性は場合により変動するものとされますが、それでも無為な事では無かったかと。

それを、です。
小規模で極めて個人単位とはいえ、人類の幸せに繋がる行いを為した事をわたしは正しかったと認識して良いのでしょうか。
正しかったのか、不要な対応だったのか。
アイカメラの映す色彩を評価する人も、此処には居ません。

私の思考(演算)結果に自身で正常性を見出す事は、想定されていた以上に難しい事のよう。

ご案内:「図書館 閲覧室」にマトさんが現れました。
イヴマリー > 役割、仕事、存在意義。
私たちノイド(AI)は、設計時に与えられたそれらの為に稼働します。
危険地帯や毒性のガス内の鉱物探索、緻密に設計された料理の複製、高齢者の介助。
単純で明快な特定の使命に準じる事で余計な思考(演算)とエラーを避ける。
それが自律式人型AIの原則。
だというのに━━

『人のようにあれ』

それが、私に与えられた使命。
不明瞭で、定義が実施しかねる、それ。

「人のように……とは」

誰に、というでもなく発声。
出力する事でなにか変化が得られる事を、私は祈ったのかも知れません。

マト >   
「―― おや」
「こんにちは、ええと、こういう時は……」

「あぁそうだ、『何かお悩みですか?』」

先ほどイヴマリーが聞いた言葉と全く同じ言葉が投げかけられる
そちらを見るならば、ワンピース姿のあなたよりも少し小柄な人物を見るだろう

「邪魔でなかったら、話を聞かせて貰えないかな」
「僕はマト、図書委員さ、といっても数日前になったばかりだけど」

ゆっくりと近づきながら、手に持っているだろう本にちらりと視線が行き
ふむ、と小さく声を漏らす

「よさそうに見える本だけど、之から読むところなのかな?」
「それなら邪魔をしてしまったかもしれないけれど」

続くあなたの返答を待っているのか、少し小首を傾げる仕草を見せながら微笑みを浮かべる
その微笑みにこそ違和感はないが、もしあなたが音や動きに敏感なのならば
その歩みや地面を踏みしめる音が不自然なほど軽く体重を殆ど感じさせないことに気づくだろうか

イヴマリー > 音声認識。対外対応へとパターンを切り替えます。

「━━はじめまして、マト様。私はイヴマリーと申します」

微笑みには微笑みを。
呟く声を聴いたのか、あるいは図書委員の方々が精力的に活動しているからか。
一周り小柄な声の主へと視線を移す。

(いえ、悩みという程の事はございません)
自動生成された発話メッセージが出かかった所で、停止。
この方、視覚情報と音声情報を統合して得られるデータが、実像と合致しません。
それが、出力を停止させた。
ヒトはこれを、興味を持ったというのでしょうか。

「邪魔などという事はございません。
 悩み、といって良いのか判断しかねるのですが……」

「本を手に取り、頁をめくり、内容を学び取る」
「ヒトには当たり前のようにできる行為が、私には難しくて━━途中で分からなくなったのです」

独立して動かす事の出来る二本の腕部と、
頁を一枚ずつめくる事ができるように柔らかな材質で生成された肌。
文字情報を読み取り、データとして認識する事のできる処理性能。
形として真似る事こそできても、本質的に私の行うソレは似て非なる物になってしまう。

「私はイヴマリー。リベルダージ社の製造した、自律式人型AI搭載ユニットです」
「形を似せて作られた、ヒトの紛い物」
「ヒトに似ていなければいけないのに、ヒトの行いが理解できない。それが━━」

苦しい? 辛い? 腹立たしい?
このノイズのようなものは、いったいなんなのでしょうか。
瞬き一つ行わないスカイブルーのアイカメラの真ん中で、暗く光る赤が光っていた。

マト >   
「イヴマリー、うん、よろしくね?」

喉からでかかった言葉を飲みこんだように見える彼女に一瞬不思議そうにしながらも
続く言葉を一つ頷くようにしながらマトは聞いている
青色の瞳が僅かに瞬き、唇に指をあてて思案する様子を見せながら

「ははぁ、成程、難しい……か」
「うん、じゃあ僕も名乗ろう、といっても隠すようなものでもないけど」
「僕は人造生命体(ゴーレム)、広義でいえば、僕も君と同じ人に造られた存在……のはずだ」

ゴーレム、自動人形、生きた土塊、それらのイメージと目の前の存在は一致しているだろうか
目の前のマトは華奢な手足、何処か中性的な顔立ちと整ってはいるが
外見上は人外としての要素を持ち合わせてはいない
先ほどのイヴマリーがしたように外見以外での判断条件が無ければ人との違いを見分けるのは難しいかもしれない

そうして自身の素性を語るマトは最後の言葉を少し濁す
それに少し違和感を覚えるかもしれないが、その答えは続く彼の言葉に氷塊するだろうか

「といっても、僕は大部分の記憶を失っている身でね、元々どんな存在だったかは曖昧な状態なんだ」
「その上で一つ質問なのだけれど……」
「その悩みは君の持つ使命(オーダー)に関わるもの、という認識で構わないかな?」
「人らしきあれ、と君は命じられ、そうあろうと努力していると」

自身は被造物であり、同時に記憶を失った身であると明かしながら顎に手を当てる
そのままあなたの瞳をじっと見つめて返答を待っているだろう

イヴマリー > 「ゴーレムですか」

アーカイブを参照、該当件数多数。
ですが、詳細な情報で絞っていくと、該当データが0になる。
前提情報無し。
それでも、この方も私と同様に被造物。
断言こそしなかったとしても、確信をもってマトさんは"生きて"いるのでしょう。

「記憶を……?」

記憶、ログ、過去データ。
それを失った場合、自我という物は地続きの物として存続できるのでしょうか。
バックアップの存在しない、私には無い過去(経験)を持つその言葉。

「はい、私に与えられた使命は、『人のようにあれ』」
「命じられ、その為に生まれ(作られ)た、はずなのです」

オーダー、とマトさんは申されました。
注文、指示、命令。複数の意味を持つはずの言葉のはずなのに、
不思議な事に処理系統はそれを正しく使命と結び付けていました。
文脈の整合性などでは無く、もっと根本的な部分で。
同じなのだと、指し示すように。

「努力……不完全なままにある状態を肯定しない為の自己改変の自助努力が該当します」
「あるべき状態に足りていないと、そうあるべきなのだと」

ありたいのだと、願望に類する言葉を私の思考回路は出力できない。
しかし眼前の方であれば、どうだろう。
流暢に話をし、振る舞い、感情表現もプログラムされたものとは違う自然さが認められる。
そんな貴方は……?

「マト様、不躾を承知でお伺いします」
「貴方の使命(オーダー)は、どのような物なのですか」
「あるいはどのような物だと、思われますか」

配慮という事を正しく知らない。記憶の欠損に理解が及ばない。
だからこそ、デリケートな可能性を秘めた事を、問う。
自分自身が、仮に使命を忘却していた場合の事を僅かにでもシミュレートした恐ろしさが、そうさせた。

マト >   
「うん、とはいえ、之ばかりは僕が僕自身の残った知識を元に言っているにすぎないけどね」

実際、ゴーレムと言っているのはマト自身であり、それを証明する術は今の所存在しないのも事実である

「ああ、発見された時に僕が持っていたのはボロ布だけ、他に残っていたのは……しいて言えばこの姿そのものかな?」
「何か元となるものがあったのか、それとも意味は無いのかの知識も無いけれどね」

ちなみに髪からは桜っぽい匂いがするらしいよ、とくすりと笑みを浮かべて

「人の様にあれ、か……」
「そして、そうありたい、努力し続けたいと思っている」

もう一歩だけイヴマリーに近づき、瞬きもしないはずの彼女の瞳をじっと見つめている

「―― 記憶に無いんだ、それもね」
「どんなものだったか、の想像もつかないが、今の僕は凡そ人の役に立つという行為を求めている」
「恐らくそれに関するものだったのではないか、とは考えているよ」
「そうか、しかしその使命(オーダー)をくれた人はとても優しい、或いは君を大事にしているんだね」

イヴマリーの使命(オーダー)を聞き、マトは一つ感嘆したかのように声を漏らす
その瞳には何処か羨望の輝きというべきものが宿っているように思えるかもしれない

「正直とても羨ましいよ、だって」
「人のようにある事、それを目指す為には常に人の傍にいて、それを学び続ける必要がある」
「そうすれば自然に人にとって有益、つまり、使われる機会も増える事だろう」
人に使われるなら持ってこいの使命(オーダー)だよね」

「それに、正直僕にその『人のようになる』という行為に終わりを見出すことは出来ない」
「なぜなら、人は生きている限り人だからだ、つまり、なって終わりではないんだよ」
「……分かるかなイヴマリー」
「それは、君が永遠に悩み続けられるという事であり、永遠に使命(オーダー)が終わらない事を指す」
「ずっと使い続けて貰えることが保証されてるのは、とても安心する事じゃないかな?」

勿論、君が悩んでいる事自体は解決してほしいと思うし、協力できるならしたいけどね、といいながら笑う
使命について悩み続けられる事が羨ましい、と語るマトの瞳に嘘は見えない
それはきっと、マト自身が使命(オーダー)を失ったからこその意見でもあるのだろう