2024/09/11 のログ
■蒼き春雪の治癒姫 > 沈黙。
少女の話を黙って聞く姿は、
悲痛を極めていた。
のに。
彼女が、
研究の話を口に出した途端、
………暗い顔が一気に
嬉しそうに綻んでしまった。
「そんな、バカな…………。」
「そんな、都合の良い、話が、あるわけが…………」
ダメだこれ以上聞いていたら。
それに、
縋ってしまうじゃないか。
どうしてくれる。
そんなものが。
あっていいのか。
望んでいいのか。
ありえない………
ありえない、はずなのに。
雫を、零しながら、
一度融けた雪が
再び凍って、
戻るように。
■蒼き春雪の治癒姫 >
「………ん。」
掴もうとしてくれた両手を、此方から握った。
■蒼き春雪の治癒姫 >
(ああ)
(だめだなあ)
(終わらせようって思ってたのに)
(目の前に蜘蛛の糸を垂らされると)
(不甲斐なく手を伸ばしてしまう、なんて)
■Dr.イーリス > ちゆきさんの暗い表情が明るくなれば、イーリスも安堵するように微笑んだ。
「都合が良い……。そんなわけがないです。私が紅き屍骸の完全感染の治療法をどれだけ苦しんで、苦労して研究したと思っているのですか。ようやく、研究の成果でお役に立てます」
イーリスの考える完全感染の治療法。それは、自身が紅き屍骸化する事が前提となっている。
屍骸化とはそもそも、王熊の呪いの研究により得た知識と技術を扱ったものだ。
自身に呪いをかける事での屍骸化、つまり呪いが体を蝕みとてつもなく苦しい。
そんな状態で完全感染の治療法を研究を続けたものだから、イーリスは随分と自らがかけた呪いで苦しみ、しかも全然成果をあげられなかった。
苦労の末に、なんとか“成功するかもしれない”という段階までこぎつけた研究。
それも、普通の紅き屍骸を治療するのは無理……。
「あなたが殺害欲に抵抗してくれているから、治療の可能性がぐんと広がります」
両手を握ってくださり、イーリスはにこっと笑顔になる。
「今までよく、頑張りましたね……。もう大丈夫でございますよ。あとはDrである私が頑張ります。あなたが緋月さんと、また笑ってすごせるように。そう願って──」
涙を流すちゆきさんを安心させるようにそう告げる。
ちゆきさんはとても頑張った……。凄く立派だった……。
だから──。
(──あとは、私が……なんとかします)
ちゆきさんが殺害欲に耐えてくれているだけあって、イーリスが考える成功の可能性自体はそう低くない。ちゃんとちゆきさんを元気づけられるだけの自信自体はある。
しかしである。失敗の可能性、それも低くない……。なにせ初めての治療法を試みるのだ。
「精一杯頑張りはしますが、失敗の可能性も……告げなければいけません。治療する者の義務ですからね。あなたの言う通り、都合の良い方法ではありません。もし失敗すればあなたが殺害欲の飲まれる運命は変わらないかもしれません。それに、これは私も出来る限りどうにかしますが、治療中は決して楽ではありません……。危険な治療法です……」
ちゃんとリスクを述べるのは医者の矜持。
安心できる言葉だけを述べる事はできない。成功の可能性だけを述べたりはできない。
(大丈夫です……。私なら、やれます……。必ず、ちゆきさんを救ってみせます……)
そう自身を鼓舞する。
リスクも承諾をしていただけたなら、イーリスはソファから立ち上がりつつ、両手を握ってくださるちゆきさんをそのまま立ち上がらせようとする。
「とは言え、このような場所では設備も整っていませんからね。私のラボに移動しますね。風紀委員のお仕事終わらせてしまうので、少し待っていてください」
ちゆきさんからちょっと離れて、スマホを取り出す。
「蒼先生、その……申し訳ございません! どうしても救いたい人ができてしまうという急用が降りかかりまして、自らが信じる正義に基づいて唐突ながらあがります! 突然、ごめんなさい! 偵察用見回りメカは何機か残しておきますので……!」
蒼先生なら多分、『いいよいいよサボれサボれ』とか言ってくださるのだろうか。もしお説教されるのなら甘んじて受け入れよう。
イーリスは法より人情で風紀を正す、そう決めて風紀委員になった。ルールに則るのも大事だけど、本当に辛いと思っている人を救う方がもっと大切。
お返事はどうかはともかく、イーリスは蒼先生がどのようなお返事でもこれからやる事は変わらない。
「それでは行きましょう、ちゆきさん」
ちゆきさんの元に戻り、手を繋ごうと、手を差しのべた。
手を掴んでくださったなら、そのまま二人で図書館を後にする事だろう。
■蒼き春雪の治癒姫 > この人は。
全く………。
だから"最優先撃破目標"なんて言われるんだろう。
紅き屍骸の研究を、今までしてきた?
何処までもあきらめずに真っ直ぐと向かうその眩さ。
王にすらも立ち向かっていったその不屈の精神。
これがどこの誰ともわからぬ者の言葉なら、信じられなかった。
紅き屍骸の最優先撃破目標だからこそ。信じられる。
私の為にと、
初めて会ったばかりの私のためにと…
緋月様の為に、と。
―――もし。
何のことはない、普通のアンデッドになり果てて。
一切の害無き屍骸になれたなら?
緋月様は笑ってくれるだろうか?
喜んでまた迎えてくれるだろうか?
学園の生徒として。
―――私という個になれるだろうか?
―――その時は、
―――緋月様の隣に立てる程の者になれているだろうか?
「―――もう、限界が近いんだ。」
「今日で終わりだと思っていたんだ」
「確実に成功するなんて」
「思っていない」
「けれど」
「私は貴女にかけてみようと思う」
「1%でも可能性があるのに」
「それを投げ捨てて諦めるなんて」
「貴女にも、何より…緋月様にも失礼だから」
手を握る。
さしづめ、
これは蜘蛛の糸なんだろう。
か細い
いつ切れるか分からないような糸
立ちあがって、彼女に案内されるがままについていく。
■蒼き春雪の治癒姫 >
少しだけ、都合の良い夢を見ても良いじゃないか。
――――贋作の青春ごっこが、本当の蒼春になる。
ご案内:「図書館 閲覧室」からDr.イーリスさんが去りました。
ご案内:「図書館 閲覧室」から蒼き春雪の治癒姫さんが去りました。