2024/08/28 のログ
橘壱 >  
何だか含みのある言い方だが、多分彼女的に言葉以上の意図はない。
少し前までなら嫌な顔の一つもしただろう。
だが、少年も捻くれ者から少しは変わるもの。
そうだよ、と、頷けばちらりと横目で見やった。

「都会育ち……と言っても、引きこもりだけどね。
 ネットの世界とかじゃそれなりに有名だった時期もあったよ。
 確かに山で暮らすなら……って言うけど、そんなに劣悪な環境だったのかい?」

「いや、僕が知らないのを承知で言うけど、珍しいなって。」

無論、高度な文明進化した今の時代。
残された数少ない所謂田舎は存在するだろう。
だが、彼女の場合は時計塔位登れなければ話にならないとくる
それほどまでに文明とは乖離した、秘境めいた雰囲気を感じる。
興味が出てきた。気づけば視線は景色より少女へと向いた。
碧と黒、互いの視線が交差する。

「……え?な、何が……?」

が、思わず面を食らった。
それくらい、少年にとっては突拍子の無い言葉だった。
よもや、自らの心底が滲み出ていたとは思うまい。

「やっぱり目もいいんだ。まぁ、そういう場所で暮らしてるから、かな。
 ……そういう座り方が初めてとは言うけど、鍛えたりとかはしてたりするんじゃないのかい?」

「ほら、山育ちって言うからさ。
 体くらい鍛えないと、なまったら怪我どころじゃ済まないだろうし。
 なんというか、初めての割には随分と手慣れた座り方してるしさ。」

環境適応だ。
それほど過酷な環境なら、人間でも鍛えたり、自然とそうなる。
遥か昔の部族には、当たり前のように裸眼で100メートル先を見通す視力があったらしい。
それを考えれば彼女の事も、存外不思議ではない。
寧ろ、今の世界に当てはめれば当たり前なのかも知れない。

非異能者(もたざるもの)であり、超人でもない自分には、ほんの少し羨ましいけど。

「……要するに悪いことしてなきゃ何もしないよ。
 キミは、意味もなく物を壊したり、人を傷つけたりするのかい?」

シア > 「引きこもり? 有名? ……冬眠中の熊?」

少女は首を傾げた。"世間知らず"には高度な言葉だったらしい。
妙な理解の仕方をする。 籠もりきりの最強、という意味では正しいのかも知れない。

「劣悪……は、わからないけど。
 だいぶ違うよ、こことは。青垣山かな、あえて近いのを選ぶなら。
 いっぱいだよ、崖も獣も。」

劣悪な環境、というのがそもそも少女には理解できない。
それしかしらない相手に、いくらその劣悪さを語っても理解されることはない。
それが当然なのだから。

「顔。してたよ、変な顔。
 だから思った、いやなのかなって」

なんと表現していいかわからないので、シンプルで直接的な説明となる。
少女の語彙ではそれしかいいようがないのだから。

「鍛える……うん。
 修行してた、毎日。してはいるよ、今も。
 しないの、普通は?」

一日で劇的に変わることはないが、鍛えることを継続すれば少しは何らかの成果が出る。
たとえ、それが微々たるものであっても。
そういうことは普通ではないのか、と首を傾げる。

「……」

説明を真面目な顔で聞く。
そして、出される問いかけ

「しないよ、意味もなく殺したりとか」

橘壱 >  
意味もなくしたりはしない。
本当に世間知らずなだけで、きっといい子に違いない。
純粋なんだ、物を知らないだけの、今まで出会ってきた人たちと変わらない。
うん、と静かに頷いた。

「じゃあ大丈夫。逮捕したりはしない。
 だから、安心してほしいな。これからもする予定、ないだろ?」

それだけははっきりと言える。
何かがまかり間違わない限りは。

広い世界だ。そういう場所もあるのかも知れない。
"あえて"で選ばれた場所が青垣山(アソコ)なら、相当劣悪なようだ。
あそこよりも獣も立地も悪いとくれば、それくらいないと生きていけない。
自然は過酷だ。強く無ければ生き残れない。
それを機械で克服する人々もいるが、彼女たちの場合は違う。
カチャリ、と眼鏡を軽くあげると肩を竦める。

「人によるかな。シアみたいな人もいれば、強く成りたい人もいるし。
 普通に、なんだろう。今は後者の理由で鍛える人は多いかも?僕もそう。」

「少なくとも……うーん、そうだね。
 先ず前提として、大抵の人は山の中に住まない。」

一つ一つ、整理して話を進めよう。
懐から取り出した新しめのタブレットを開いて、少女に見せた。
最新の液晶画面に映し出されるのは、所謂都会の町並み。田舎、片田舎の町並み。

「大体の人はこういう街、大きな集落……って言えばいいかな。
 そういう所に住んでる。そこでは無理に体を鍛えなくても、機械とかで"代用"出来るんだ。」

「こういった大多数を"普通"って言うなら、普通はしない。する必要がない
 だから、基本的には体を鍛えるっていうのは、強くなる目的とか、健康目的が強いかな。」

「僕も頑張って鍛えてはいるけど、キミのように時計台を生身で登れる人のが少ない……と、思うよ。」

今や若者を主軸に異能に目覚めるようなファンタジーな世の中だ。
とは言え、単純(シンプル)な肉体能力のみでというと存外少ないとは思っている。
そういう意味では、彼女は天然の超人(スーパーマン)だ。
丁寧に説明しながら、なんとも言えない苦い笑みを浮かべつつタブレットを動かす。
そこに表示されるのは、暗い明かりのない部屋。
寮に住んでいるのなら、どんな飾りっ気をしているかわからないけど殺風景な景色だ。

「引きこもりっていうのは、そういう皆のいる場所とは離れて部屋に籠もってる。
 えっと、社会性を捨ててずーっと自分の世界に籠もってる感じ、かな……。」

「……そして、そんな僕が変な顔したのは、ちょっとキミが羨ましいと思ったから、かな?」

シア > 「予定はないね、今のところは」

何かがあれば、その限りではないかも知れない。
その何かがない、とは言い切れない。未来のことなどわからないから、と少女は思う。
だから、今のところ。

「人による……強くなりたい……」

取り出されたタブレットを見ながら、男の話をじっと聞く。
流石に、板に映像が映ったことに原始人のような驚きを見せたりはしない。しかし、物珍しくはあるようで、タブレットも興味深げにみている。

「なんとなくわかってる、それは……あんまりいない、山の中には。」

おそらくはこれまでの経験でなんとなく学んだのであろう。
山育ちのほうがとても珍しいのだという厳然たる事実を。

「……なるほど。」

丁寧な説明もあって、だいたい理解は及んだ。
この世は、大体において鍛えてない人が多い。その分、機械やら異能やらといったもので補助や強化されている人がいる。
それで十分なのだと

「……? 自分の世界に……どうして?
 有名だったんだよね、それに? 籠もりながら?」

社会を捨てて籠もるのであれば、有名になれる道理はないのでは?
そうして、首を傾げるのであった。

「羨ましい? ボクが?
 なくなりたいの、普通じゃ? 必要もないのに?」

自分が普通ではないらしい、ということを学んだ。よりによってそれを教えた相手が羨ましい、という。
それの意味するところを考えると、そういうことだろうか、と少女は考えた。
でも、なんとなく説明と矛盾する。普通は必要ない、ようなものが羨ましいのだろうか。

橘壱 >  
「それでいいよ。未来のことまではわからないだろうし。
 願うなら、そういう事をせずにキミには平和に過ごしてほしいけど。」

特に此の世界は、きっと昔に比べてその辺りが"緩い"。
若者を中心に誰もが異能という凶器を、幻想という凶刃が傍にある。
ちょっとしたきっかけで命が失われる。そのきっかけが多くなりすぎた。
こんな場所を登ってこれるような子だ。人を縊り殺すだけなら造作もないはず。
だからこそ、そうなって欲しくはない。細やかな願いだ。

「何処に住んでるかは知らないけど、今は大体人の手が加わってる。
 此の島だってそうさ。寧ろ、そういう自然体な場所で暮らす人のが少ないよ。」

「……此れは、キミが暮らしていた場所を貶す意図はない。
 キミ達が鍛える以上に、それを補填するものが"便利"だから、"不便"をしたくないんだ。」

歩く代わりに自動車を使う。
食材を氷の代わりに冷蔵庫を使って保管する。
時間を潰すためにテレビゲームをする。
あらゆる人の生活には多くの利便性、文明が挟まってきた。
だったら、敢えてそこに暮らす理由はそこにはない
誰もが便利な暮らしに流れていくのは、人として、生物として自明の理だった。
世界はとても、広いのだ。

そして、その広さに見合わないほどに急成長している。
苦い笑みを浮かべて、タブレットの液晶画面を操作すると
そこに表示されるのは円グラフ。年代や数値が多く書かれている。
異能者への覚醒、それをわかりやすく表したもののようだ。

「……此れは、とある時期に統計された数値だ。
 ある時期から、所謂"若者"を中心に多くの人間が異能に覚醒した。」

「生憎と、僕は異能に目覚めなかった
 それだけじゃない。魔術も、特殊な力も、体を鍛え始めたのも此処数年から。」

「キミみたいに、時計塔を登れるような筋力はない。
 たった数年で超人(スーパーマン)に成れるような天才でもなかった。」

じ、と碧の瞳は黒を見る。

非異能者(なにもない)僕が、そういった神秘性を羨ましいと思うのは、おかしな話かい?」

シア > 「"便利"だから……それに、"不便"をしたくない……」

少し、考えるような仕草。
今、この場ではなく、どこか遠いところを想うように。

「……なるほど。そういうこと、じいさまの言ったのは。
 捨てられたのだ、我らは……」

一人、頷いた。

「ん……」

おかしなことか、と問われてまた考える。

「わからないな、ボクは。産まれたよ、お山で。育ったよ、お山で。
 死んじゃうんだ、なにかを身に着けないと。
 羨ましがってる間に、ないものを。」

ないものを嘆いても、ないものをねだっても、現実は変わらない。
変わらなければ死が待っている。羨む前に、何かを為さなければならなかった。
だから、羨む気持ちを理解できる素養がない。冷たいほどに現実的な感覚。

「でも。思わないな、おかしいとも。
 ほしいんだろうし、欲しいものは。」

何かを求める気持ちは理解できる。だから、妙だとも思わない。
ハンパと言えばハンパな認識なのかも知れない。

「でも。あったんだよね、有名になった時が。
 あったんじゃないの、なにかは?」

首を傾げた。

橘壱 >  
そう、彼女の言うように確かにその瞬間はあったんだ。
なんとも言えないはにまみ笑顔のまま、頬を掻いてタブレット操作。
そこに映し出されたのは、無数の人型のロボット。
それが地上で、宇宙で、水中で暴れまわるパワフルな動画。

「……メタリック・ガーディアン。
 仮想現実。んー、と……インターネットってわかる?
 とりあえず、そういうゲーム。世間的にはまぁまぁ流行ってたりするんだけどね。」

「僕はそのゲームでも、誰よりも強かった。言葉通りね。
 世界王者。元、だけどね。けど、今でも誰よりも強い自身と自負はある。」

現実ではないゲームの、バーチャルの世界。
そこでは確実に王者だった。その道の人間なら誰もが知るゲームチャンプ。
玉座に居座る間、誰一人その頂点に寄せ付けなかった。
確かな実力も、名声もそこにはあった。閉じた世界の引きこもり。
それでも尚、その玉座を飛び出してまで社会に、世界へと飛び立った。
ちらりと見やったのは、自身の足元に置かれた重厚なトランク。

「……まぁ、良くは言っても世間知らずの引きこもりさ。
 色々あってね、大企業が目をつけてくれて、そこで広告塔とかはしてるんだ。
 ゲームじゃない現実にも、ロボットがあってね。"操縦する才能だけはあったよ"。
 今はこうして話してるけど、此の学園に入学した僕はそれは結構酷いものだったよ。」

黒歴史と言って差し支えない。
悪童である自覚があるのか、僅かに口元が引きつる。

「力を手にして、それに増長して、他人をないがしろにしてた。
 世界で一番強い存在になるために、ね。けど、それじゃダメだって気付かされてね。
 恥ずかしい話だし、手前味噌になるけど、結構丸くなって今に至る……って、感じかな。」

「それでもまだ、世界で一番は諦めてない
 僕なりの力で何時か、世界で一番には成って見せるさ。」

それこそ長い長い話にはなる。
非異能者(もたざるもの)が手にした強大な力は、増長させるには充分だった。
そして、それを咎めてくれる周りの人々に救われた。
少年は人に恵まれ、自らが受け取った優しさをこうして誰かに分け与える余裕が出来た。
少なくとも、学園に入学した意味を見出したようだ。

「まぁ、それはそれとしてやっぱり羨ましいと思うよ。
 妬ましいとは思う。どうしようもないもの、だけどね。
 ……どうやって折り合いをつけるかは、これから考えてる最中さ。」

それこそ当初は想像もつかないほど大きくて黒い感情だ。
今ではこうして笑い話に出来る位には言える。
液晶画面を一度閉じればさて、と息を整えた。

「そういうキミは……"捨てられた"っていうのは?
 掻い摘んだ情報だけ聞くと、こう、言い方は悪いかも知れないけど田舎育ちだ。
 それも、今じゃ珍しいってレベルの本当に何もなさそうな場所。」

「自然と共に生きるというより、自然と一体化するような環境なんだろ?
 正直、今となっては逆に天然記念物級かもしれないね。」

「……身の上話をした対価、ってわけじゃないけどさ。
 教えてくれないかな?キミの事を。」

シア > 「機械人形……」

動画をじっと見つめる。人には不可能な動き、人ではありえない場所での戦い。
明らかに巨大なそれが、縦横無尽に動き回る姿。
それらが少女に与えた衝撃はいかばかりか。

「あったんだね、才能が。
 ……すごいと想うよ、誰よりも強いなんて」

ゲームのことなどわからない。ロボットのこともよく知らない。
バーチャルなど、わかるほうが奇跡的である。
そんな少女でも"誰よりも強い"。そういうシンプルな文言は即座に理解できる。
その頂にたどり着くための労力や、必要な実力なども推し量ることはできる。

「ひどい? 一つのやり方、手段を選ばないのも。」

首を傾げる。
どんなに性格が悪かろうと、成したものこそが全てだ。

「羨ましいと思えば良い。ただだもん、思うだけなら」

それで満足できるなら、それでもいいのはそう思った少女は、そういった。


「……ボク? ん……」

しばらく考えた。どう話せば良いのか。

「多くないよ、ボクの知ってること。
 修行だったし、ずっと。習ってないし、じいさまから。」

自分が教えられることは少ない。
なにしろ、知っていることが少ないのだから。

「言ってるけど、さっきから。お山だよ、生まれも育ちも。
 育てられたんだ、じいさまに。でも知らないよ、細かいことは。」

改めて、満足するほど伝えられるかはわからない、と伝える

「そうだな……生活は……
 崖を登ったり、動物を倒して食事にしたり……かな」

考えながら、話を進める。
あらためて、自分の知っていることなど少ないのだなと思う

「で、死んだんだ、じいさまは。やられたんだって、異能使う人に。
 じいさまが死ぬ時いったんだ、"捨てられた"って。
 わからないけれど、正しいことは。」

小さく首を傾げた

橘壱 >  
そう言われると照れくさいところもある。
ただ、今となっては何ともいい難い所だ。

「強いのはゲームだけさ。
 今は現実(リアル)でも強くなるために修行はしてる。
 憧れや妬み嫉みだけじゃ、強くなれないからね。いいバネ位にはしてる。……つもり。」

勿論、ただそんな仄暗さを持っているわけじゃない。
そんな事したって何も変わらない。彼女の言うように、思うだけならただだ。
そこまで少年は愚かではない。強さには飢えている。
例え空想の世界でも、玉座に座っている以上、弛まぬ鍛錬は怠っていない。
ハッタリだけじゃないんだ。その言葉は。
それとはまた別に、バッサリとした少女の言葉に思わず肩を竦めた。

「シビアな考え方。
 僕は嫌いじゃないけど、自然と社会は違う。
 それだけじゃダメだってのは、思い知らされた後だよ。」

まさにその考えがかつての自分だ。
今での根底自体は変わっていない。
それで強く成れるなら、目指せるならどんな手も使えばいい。
そのために自分だって訓練している。
タブレットを懐にしまい、彼女の話に耳を傾けた。

「……聞けば聞くほど、今じゃ考えられないな。
 そういう場所が残っているのは知ってるけどさ。
 ……成る程。それで、巡り巡って此の学園に?」

同じ地球人のはずなのに、不思議な話だ。
小さな世界に住んでいたという意味では、ある意味同じなのかも知れない。
それにしても、と顎に指を添えて神妙な顔つき。

「当事者が知らないってなると、何とも言えないけど
 きな臭い話だな……お爺さんは気の毒だけど……。」

なんだか妙な話だ。
死の間際に捨てられた山の世界。
或いは、敢えて目的があって暮らして、暮らさせていたのだろうか
謎は尽きないが、どれも憶測を超えなく成ってしまう。
それにこれは、島の外の話。何を言っても、考えても空想の域だ。

「そう言えば、自己紹介してなかったね。ごめん。
 僕は壱。橘壱(たちばないち)。ご覧通り、風紀委員さ。キミは?」

シア > 「そう。現実でも……頑張ってるんだ?」

理解できないでもない。力そのものはあって困るものでもないだろう。
特に、能動的に手に入れることができるものであるならば。

「難しいね、社会って」

そういうものらしい。人が多いせいだろうか。
人が少なければ、そんなことにもならないのだろうけれど。

「うん。いけといってたし、じいさまが。
 だからきたんだ、ボクは。

 しょうがないよ。負けちゃったんだし、じいさまは。」

気の毒、なのかもしれない。
けれど、力がなければ死ぬ山の中で、敗北をしたのだから死ぬのも仕方ない。
それが摂理というものだ。

「ボク? シアだよ、ボクは。」

橘壱 >  
「世界で一番に成りたいって思うんだ。
 結局、努力しないと強くなれないからね。」

確かに世の中ドーピングだってあるし、今や移植異能なんてものもあるらしい。
体の機械化に強くなる手段を選ばないのであれば幾らでも転がっている。
だが、敢えて非異能者(なまみ)のまま強くなる道を選んだ。
鋼の鎧に身を包んでも、操縦士(パイロット)は生身のまま。
それは、今社会に多数いる者たちへの意趣返しの意図もあるかも知れない。
淡々とそう喋る彼女を見据えながら、軽く肩を竦める。

「そう、だね。自然の摂理っていうならそうかも知れない。
 弱肉強食。弱い奴は食われてしまうから仕方ない。自然の中なら、そうだ。」

「でも、人間はそうならないように社会を作った。
 弱い人間でも生きられるように便利な世の中にしたんだよ
 自然のままに任せるっていうには、人間はか弱すぎるってね。」

弱きが淘汰される自然の摂理。
全てに当てはめてしまえば人間なんて弱いものだ。
だから弱いものは知恵を使い、文明を築き上げ自らを守った。
それは、生命(いのち)に平等にかくあるべきだと思ったからだ。
育った場所の考えを否定するつもりはない。
じ、と碧の双眸は彼女の黒を覗き込んだ。

「生きるために仕方ないのはある。
 今でも人間は、動物だって食べるしね。
 けど、僕にはどうにも摂理で死んだようには見えないな。
 もっとなにか……こう、"理不尽"のようなものを感じるんだ。」

それこそ人のネジ曲がった何かが介入している気もする。
飽くまで、憶測の範疇を過ぎないが。

「シア。その、こういうのを聞くのは変な事かもしれない。
 気を悪くしたんなら謝るよ。その……お爺さんが死んで、悲しいとかは思わなかったのか?」

シア > 「そうだね、それは。大変そうだ、ずいぶんと」

世界で一番。それはつまり、あらゆるものの頂点に立たなければならない。
それを成すためには、それ相応の力が求められる。
世界で一番……あまりにも途方もなく、少女にもどの程度のものか、想像もつかなかった。

「また、便利……そうだね。」

ぽつり、と確認するように口にする。

「どうだろうと。
 戦って負けたんだ、じいさまは。
 弱かったのか、じいさまが。強かったのか、相手が。
 それはわからないけれど、ボクにも。

 でも。変わらないね、結果は。
 死んだ、負けて。及ばなかったってことだよね。
 だから、悲しくないよ。そういうものだから」

ドライと言うには冷たすぎるほどに、平静に彼女は言った。
当然に事実をただ語るように

橘壱 >  
「そうかも知れない。けど、やり甲斐はある。
 目標が大きいほど、挑戦したくもなるのさ。」

それこそ夢物語と笑われても気にしない。
その程度で諦めるほど安い夢じゃない。
そう語る少年の表情は何処か清々しかった。
反面、少女の言動は冷たいもの。
育った環境の中で育った価値観はそう変わらない。
そういうものだ。ほんの少し、口元も引きつった。

「……そっか。変な話聞いてごめん。
 まぁ、弱いほうが悪いと言えばそれまでだけど……
 死ぬっていうのは、身勝手だけど他人が聞いていても余り気分がいいことじゃないからさ。
 自然的に言えば、同族意識って奴なのかもしれないけど……。」

「食物連鎖とか、そういうのを除けば誰が死ぬのも気分がいい話じゃないけどね。」

それこそ身勝手な感覚なのかもしれない。
俯瞰的に見れば、自然の摂理に従えば無意味な感情かもしれない。
けど、それは美徳だと思っている。此の感情だけは忘れたくない。
自然と右手に力が入り、握り拳になっていた。

「……"便利"って言葉、シアは嫌い?」

シア > 「そうなんだ。
 ……聞いてていやだった、壱は?」

気分がいいことではない、らしい。
それはつまり、聞いてて嫌な気持ちになった、ということだ。
自分の感覚を直しはできないが、それくらいは把握しておいてもいいだろう。
ここは山ではなく、社会なのだから。

「ん。嫌い、じゃないよ。ただ。
 もし、捨てられたんだったら、便利じゃないじいさまが。
 便利と闘うことになるのかな、ボクも。
 そう思っただけ。」

その先に、未熟な自分の死もあるかも知れない、とは言わなかった。
壱がそういう言葉を嫌がりそうだったし。

「正しいかもわからないしね、そもそも」

自分にはわからない。そんな難しいことは、なにも。

「ん。だいぶ良い時間。
 いいの、仕事は?」

ふと気づけば太陽の位置がだいぶ変わっていた。
自分はともかく、風紀委員な相手は大丈夫なのだろうか。

橘壱 >  
「……嫌な話ではあったよ。気分も沈んだ。
 けど、聞いたのは僕だし、シアの事を知りたいから悪いことではなかったと思う。
 社会的に……というよりは、大多数の人はそうかもしれないね。」

何にせよ、誰かが死ぬなんて話は剣呑な話だ。
そんなにべらべら話すような子では無いと思うし
自分の反応からそうではないと思っているから大丈夫だとは思う。
軽く右手をぐ、ぱ、と繰り返しながら静かに首を振った。

「そうならないために、此処にいるんじゃないかな。
 どういう道を行くかを決めるのはシア次第だろうけど
 此処は"学園"なんだ。学ぶ場所。シアがどうしたいかを決める場所。」

「……に、成れるかも知れない、とは思っている。
 授業とかちゃんと出てる?わからないことがあれば、気軽に言ってよ。
 教えれる事は教える、助けれる事には手を貸す。頼りないかも知れないけれどさ。」

「此処は社会なんだし、手を取りあって生きれる場所でもある。
 僕もそう学んだ。シアが良ければだけど、何時でも頼ってくれていいからね。」

それこそ放っておけない気持ちもあった。優しさだ。
その野性的な部分は彼女の魅力なのかも知れない。
だが、どんな理由であれ彼女は此処へやってきた。
ならせめて、順応すべきだ。
どのような道を選ぶかは彼女次第だが、その花添えくらいは出来るはず。
トランクを手に持ち、軽く伸びるように立ち上がった。

「確かに。そろそろ戻らないと……シアもそろそろ帰る?
 帰るなら、途中まで一緒に行こう。一応、こう、ね。」

「"立入禁止"場所だからさ。形だけの補導ってことで。」

なんて少しいたずらっぽく笑えばそ、と右手を差し出した。

シア > 「そうかな? そうかも」

結局、じいさまがなぜ此処に寄越したのかは未だにわからない。

「……ボクが? 決める?」

それは難題だ。方針もなにもないのだし。
曰く、そうなれるかも知れない、なので、そのとおりにならなくてもいいのかもしれない。

「でてるよ、授業。
 ……頼らせたいの、風紀委員って? 二人目」

一人目は凛霞。二人目は壱。
風紀委員というのはそういう集団だったのだろうか。
それならだいぶイメージが違った。

「ん、わかった。帰る」

差し出された手を軍手のまま掴んで、下に降りていくだろう

橘壱 >  
「今すぐって話じゃないよ。
 そのままになるかもしれないし、何か変わるかも知れない。
 初対面の人間の未来をどうのこうの言える程、僕は無責任なれない。」

「けど、シアが決めたことは尊重するし
 悪いことじゃなければ手だって貸すさ。
 大事なのは、シアが決めたことだから。」

そう、まだ彼女は此処に来たばかりできっと右も左もわからない。
自然の摂理から、人の社会の最先端な小さな島へ送られてきた。
寂しい…かはわからないけれど、気持ち位は慮る事はできる。
軍手越しに手をつかめば、優しく握り返した。
力強さはない。本当に素朴な、少年の手だ。

「風紀委員が……って言うよりは個人だよ。
 橘壱個人が、キミの力に成りたいってだけさ。
 因みに勉強も教えられる。天才に比べれば、頭はいい方だからね。」

そこに所属は関係ない。
橘壱という個人が、シアという少女に真っ直ぐ向き合った結果に過ぎない。
……なんとなく脳裏に浮かんだ一人目は、あの先輩。
多分間違いじゃないんだろう。相変わらず、お人好しなんだな。

そのまま彼女の手を取り、古ぼけた螺旋階段を降りていった。
何事もなく、形だけの補導を終えて分かれる形となるだろう。
今日の日報も異常なし。常世学園の日常の一幕を終えていくのであった。

ご案内:「大時計塔」から橘壱さんが去りました。
ご案内:「大時計塔」からシアさんが去りました。