2024/07/05 のログ
ご案内:「常世博物館-中央館-古代エジプト文化展示」に神樹椎苗さんが現れました。
神樹椎苗 >  
 常世の世界規模の大型博物館。
 その中央館で開かれている展示の一つに、椎苗はやってきていた。

『――――――――――――――――――』

「しいが来るなり、不必要なくらいに長文で饒舌になるのやめやがれってんですよ。
 このクソ古本野郎」

 ――などと、一人で展示物の一つのケースを蹴りつけており、めちゃくちゃ目立っていた。

「ていうかこの導入二回目じゃねーですか。
 マジで燃やしてやりましょーかこいつ。
 ――ええい、うるせーんですよ」

 一人でキレてる、和ロリのお子様が博物館に降臨していた――
 

ご案内:「常世博物館-中央館-古代エジプト文化展示」に緋月さんが現れました。
緋月 > 「うーむ…。」

連日の勘と腕を取り戻す稽古の中、今日は身体の休養日。
焦って鍛錬を重ねても、疲労が溜まったままでは後々の負債が怖くなる。

という事で、本日は休養の為に散歩をしていた書生服姿の少女。
博物館を選んだのは、本当にただの気まぐれであった。
異国の文化というものを見るのも、良い休暇になるかも知れない、程度の動機であった、のだが。

「……何と書いてあるのか、さっぱり分かりませんね。
解説がついているのが救いでしょうか。」

何分外国に対する学が乏しい人物。
展示物の使い道やら書いてある文字やらは全く分からない。
最も、彼女に限らず大抵の人はそんなものであると思うが。

そんな折、何者かの喋る声が聞こえる。
元々の耳の良さに加え、比較的静かな博物館という環境だったので、尚更良く聞こえた。

「誰かいるのでしょうか?」

ちょっと行ってみる事にした。
博物館ではお静かに、と言われたので、声が気になったともいう。

とりあえずブーツの足音を鳴らしながら、声の方向を探して足を向ける――。

神樹椎苗 >  
『――槭≧縺励g縺ッ縺励g縺ッ縺昴s縺!?』

「――ええいっ、お前はなんでそうこりねーんですか。
 その人格いい加減、叩きなおしてやりましょうか」

 がんごん、がんごん。

 ガラスケースの下の丈夫な台座が、完全にキレている、和ロリの少女の下駄によって高い音を鳴らしていた。
 その様子を見ていれば、周囲に人はいないはずなのに、なぜか少女の他に、奇妙な声が聞こえてくるだろう。
 

緋月 > 「………。」

なんだ、この……なんだろう、何と言えば良いのか。
傍から見ると、何処か和服っぽい、でも何か違う服を着たちっさな少女がガラスケースの台座を蹴っ飛ばしている。

明らかに迷惑行為ではないだろうか。
ちょっと考え込んで止めようとした時。

「――??」

何か、こう、今まで聞いた言葉で表現できない、奇妙な声が聞こえた気がする。
何だろう、此処にはあの少女の他には自分しかいない筈なのに。

まあ、でもとりあえず、

「――あの~、何をしておいでで? 博物館の迷惑になりますよ?」

ちっさな少女の暴挙をやんわりと止める事にした。

神樹椎苗 >  
「――むっ」

 声を掛けられると、怒りのままに振り回されていた脚が止まった。

「これはまた、こんなドがつくマイナーな展示に人が来るとは思わなかったですね。
 古代文明にでも、興味があるタイプですか?」

 そんな事を言いながら、ひらりと振り返る。
 広い袖口から見える手には包帯、短い裾から見える両脚には、包帯にパッチ、首にも包帯が巻かれており、見るからに全身傷だらけの子供だった。
 見た目で言えば、まだ十も超えていないのは明らかだろう。

「残念ですが、ここの展示はあんまりおもしろくねーですよ。
 もう少し向こうに、世界最古のボードゲームが置いてあったりします。
 そっちの方が多少、楽しめるとは思いますが」

 などと、律義に案内するが――。

 書生服の少女がこの一画に足を踏み入れた途端。
 様々なおぼろげな声が、まるで少女を呼ぶように聞こえてくるだろう。
 

緋月 > 「あ、いえ、興味があるかと言われると…。
今日はちょっと体を休めるための日で、休養がてらに何か見ていて面白そうなものでもないかと…。」

と言いつつ、先程までエキサイトしていた少女を眺める。
やたらと包帯に…あれは絆創膏の類だろうか。兎に角傷を覆う為の医療品の類が目立つ体に見える。
怪我でもしているのだろうか。その割に随分元気そうにしていたが。

(――もしや当世風のファッションでしょうか?)

などと盛大な勘違いに思考が向かいつつある。
ともあれ、別の展示を紹介されれば、書生服姿の少女は示された方向に軽く目をやりつつ。

「ぼーどげーむ…将棋の類か何かでしょうか。
ご丁寧にありがとうございます――」

と礼を言いかけた所に、

(――――え。)

反射的に、刀袋を持っていない方の手を耳に押し当ててしまう。
なんだ、何か――誰かの声が、何か、ざわついている。
おかしい、誰もいない筈なのに、声が聞こえる。

そういえば、あの少女がエキサイトしていた時も、何か、奇妙な声が聞こえた気がする。

「あの――――」

恐る恐る、訊ねてみる。

「もしかして、此処、他に誰かいるのですか?
何か先程、言い合いもしていましたし……さっきから、声が…。」

神樹椎苗 >  
「休養日でしたか。
 休養日に歴史に触れようとは、とても感心な心掛けですね」

 なぜか偉そうな幼女である。

「分類的には将棋や囲碁の祖先にな――?」

 声が途切れた様子に目を細め。
 少女の様子を睨むように見つめた。

「――お前」

 そして、一歩近づき。

「――聞こえるのですか?」

 どこか、戸惑いの混じる声で、しかし詰問するような口調で訊ねた。
 

緋月 > 「えっ…。」

突然、目の前の少女の雰囲気が変化したような気がする。
何か、言ってはいけないことを言っただろうか。
でも聞こえるものは聞こえるのだ、仕方がない。

(……何か、嘘は許して貰えなさそうな気がしますし…。)

そもそも書生服姿の少女自身、嘘があまり得意でないので、正直に吐く事にした。

「えと…さっき、言い争いをしていた時に、奇妙な、聞いた事のない言葉が…。
それに、今も――」

もう一度、少し注意して耳を傾ける。
やはり、明確な形には遠いが、何かがざわざわと…敢えて形容するなら、

「曖昧な、朧気で、何と言っているか分かりませんけど…呼んでいるような、雰囲気の声が…聞こえます…。」

神樹椎苗 >  
「――ふむ」

 顎に手を当てて、椎苗は考える。
 偶然か、それとも『本物』か――。

「お前、『死』という概念について、どう思っていますか?」

 などと言いながら、展示品の間を小娘は歩き出す。
 ついてこい、とでもいうような調子で。
 そして周囲の展示品が並ぶ中央付近に来れば――曖昧だった声はより強く、頭の中に響くようなものに変わってくるだろう。

「答え次第ではありますが――この朽ち果てた展示品。
 その中で、お前を最も強く呼ぶものを見つけやがれです。
 ああ――これは完全にこっちの事情ですから、お前は巻き込まれたと思って諦めて従うのがいいです。
 そうでないと、しぃの機嫌がすこぶる悪くなりますので」

 などとのたまう小娘。
 『しぃ』というのが名前である事はなんとなく察せるだろう。
 そして、この小娘のご機嫌が悪くなると、また博物館にご迷惑が掛かりそうな事も想像に難くない、残念ながら。
 

緋月 > 「『死』――ですか?」

唐突な問い掛け。しかも、受け取り方次第だが随分哲学的にも思える問い。
無言で同行を促すような態度に、書生服姿の少女は慌ててその後を追いかけながら、言葉を紡ぐ。

「……私にとっての『死』は、道行の果てに待ち構える二つの結末のうちの片方です。
詳細は省きますが、私は「あるもの」を見出すまで、故郷に帰る事を許されない旅の最中なのです。

恐らく、里の方々は私が事を成し遂げられず死ぬ事も承知の上で決定を出したのでしょう。確信がある訳ないですが。
――旅路の中で死を迎える事になっても、私にとっては、それが『天命』です。
それを否定する事も、逃避する事も必要ありません。」

諦観、と呼ぶには、死という結末を受け入れ過ぎている。
本人がそれを察しているかは分からないが、少女にとって「死」とは、
最期に己を受け容れる存在、と言っていいのかもしれない。

緋月 > そんな事を話す間に、頭の中に届く声がどんどん強くなっていく。
正常な人間では頭痛か、恐怖を覚えるのではないか、という感想を、書生服姿の少女は少しだけ感じた。

「ええと、その、私も聞きたい事があるのですが……。
最も強く呼ぶもの、ですか…?」

相手方の有無を言わさぬ態度に、やむなく少女は展示物をそれぞれ見て回る。
相変わらず、頭の中に声が響き続けるが、兎に角今は深く気にしない事にした。

「――――あ。」

ひとつの展示品の前に立った時。
それが、かたり、と音を立てて、少しだけ動いたような気がした。

少女の視線の先にあったのは――――

砕けていて良く分からないが、獣のような形の、仮面の残骸。

神樹椎苗 >  
「――なるほど」

 少女の答えに、納得した様子で短く。

「ええ、そうですね、資格はあるのでしょう」

 まるで誰かと言葉を交わしているかのような独り言をしたのち。

「『天命』という答えは悪くねーです。
 とはいえ、少しばかり美化しているようで、危なっかしく感じますが」

 言うなれば、『死』という結果にも意味を見出してしまっている。
 『死』自体に意味を見出してしまいかねない、危うい一線の上に居るようにも受け取れてしまう。

「ん、お前の質問には、この後で応えてやります。
 余計な先入観は持たれたくねーですからね」

 そう言いながら、少女が歩いていく様子を眺め――

「――ふむ。
 『そいつ』ですか」

 少女の隣に立ち、仮面の残骸を眺める。
 それは、地球に於いて『アヌビス』と呼称される神格と、ほぼ同じ性質を持った、聖遺物の残骸だ。

「一つ。
 この場所に展示されている遺物は、言うなれば古代の『聖遺物』と言った所です。
 こんな朽ち果てては居ますが、ある特定の『素質』を持ったモノに呼びかけ、未だに役目を果たそうと相応しい持ち主をさがしてるのですよ」

 そう言いながら、仮面の残骸が置かれたガラスケースに手を載せた。
 すると、周囲から聞こえていたいくつもの声は静かになり、目の前の仮面からのみ、厳かな思念が伝わってくるだろう。
 その思念は、とても強く『死』という概念を意識させるもの。
 『死』に忌避間を持っていれば、それはおぞましいささやきにすら聞こえるほどの、強く誘う声だ。
 

緋月 > 「資格……ですか?」

小さく首を傾げる。
とりあえず背の低い少女の言葉に無言で耳を傾けながら、その所作を目で追う。

「聖遺物、というのですか?
生憎、寡聞にしてどういったものかは分からないのですが、つまり、この――仮面、でしょうか?
これや、他の物が、持ち主を探していると?」

持ち主を選ぶ刀という話は、まだ里に居た頃に何かの本で読んだ覚えがある。
御伽噺の類と思っていたが、似たようなものが本当にあるとは思わなかった。
と、少女がガラスケースに手を置いた途端、頭に響く声がひとつだけになる。

すぐに分かった。この声は、この「仮面だったもの」の声だ。
厳かな、思念。死んだことが無いので確信は持てないが、敢えて死をひとつの形にするなら、
こんな形になるのだろうか、という、気持ち。

「――何か、近寄り難い、雰囲気が。
神前の、御神刀を前にした、ような、気持ちです。」

強く誘う声に、おぞましさは感じない。
逆に、侵すべからざる厳かさ――神域を前にしたような気持ちを感じて、僅かに気後れしてしまう。

神樹椎苗 >  
「――資格です。
 まあ、素質と言い換えてもいいでしょう」

 聖遺物という言葉が通じなかった事に、少し考えつつ。

「簡単に言えば、少しばかり意思を持った骨とう品です。
 ええ、ここに展示されている九つの展示品は、いずれもそういうものです」

 そう、非常に乱暴な、しかし明快とも言える説明を加えつつ。
 少女が仮面と対峙して、口にした言葉に、椎苗の表情はわずかに緩んだ。

「――とてもいい感性をしてやがりますね。
 ええ、お前の感じた通り、この『骨董品』どもは、どれも。
 かつて、『異界の神』が人々を冥界に導くために使われた、正真正銘、神の祭器ですよ」

 そう言って、まるで自分のもののように、あっさりと。
 仮面のガラスケースを開けてしまう。

「直接、触れてみると良いでしょう。
 ただし、呼びかけには絶対に応えない事です。
 それがどんな誘惑をしてきても、絶対に――うっかり答えた場合、いくらしぃでも責任は取らねーですからね」

 そう言って、ガラスケースの中の残骸を示しながら言った。
 

緋月 > 「つ、つまりこれは、その「異界の神」の御神器のような…!?」

お話を聞いて、ちょっと顔が青くなった。
何故かというと、

「――そ、そんな恐れ多いものがなんでこんな所に!
然るべき社に納められていなくてはならないのでは!!」

てんで見当違いの方向に、本人は至って真剣に心配をしていたのである。
此処って異国の品の展示を行う場所ですよね?
全然神社に見えないけど、こんな所に置いてていいの?

ガラスケースを開けられ、触れるように促されれば、ちょっと震える手を恐る恐る伸ばす。

「――えと、呼びかけには絶対に答えるな、と。
それを守れば、良いのですね…?」

そうっと、触れてはならぬ神の品に触れるような心持ちで。
書生服姿の少女は、仮面の残骸にそっと手を伸ばし、触れる――。

神樹椎苗 >  
「ええ、まさに神器ですよ。
 まあ――今はとうに、その『神』の手を離れてしまったものですが」

 然るべきところに納められるべきでは、との少女の言葉に、椎苗は、自嘲するように小さく吐息を漏らす。

「信じる者のいなくなった神は、もう神ではない、そうですよ」

 だから、この祭具たちにも、少し変わった道具、という以上の意味はないのだ、と。
 『この世界唯一の信者』は、そう神に言われていた。

「ええ。
 まあ、身を任せても構わねーですけど、ね――

 少女に椎苗の言葉がどこまで聞こえただろうか。
 椎苗の知る限り、この仮面は気位が高く――その上、性格も悪いのだった――
 

■■■■■ >  
 ――少女の目の前には、豊かな草原が広がっていた。

 巨大な河に囲まれたイグサの生い茂る丘では、様々な小動物や、草食動物がゆったりと草を食んでいる。
 少女の立つ丘――島の中央にはささやかな神殿があり、そこがどこか特別な場所であると、直感的に伝えてくるだろう。

『――我らが主の治める、黄金のアアル。
 悠久の時を自由に、穏やかに暮らす事が出来る、真の楽園』

 その声は、いつの間にか少女の手の中にある、獣の仮面から響いていた。

『汝は、命の在り方を知る者。
 死は全ての命に在り、その死は、安らかであり、穏やかな眠り。
 我らが主の与える、とこしえなる祝福』

 威厳すらある、しかしどこか無機質な声は、少女の頭の中に沁みこんでいくように響く。

『死を知る者よ。
 我と共に在れ。
 さすれば、汝の望む、理想へと至れるであろう』

 少女の脳裏には、鮮明に、少女が目指す理想の一太刀が浮かぶ。
 そして、確信出来るだろう。
 この仮面を手にすれば、その一太刀は遠い未来ではなく――間違いなく、己の意思で踏み出す一歩によって得られるのだと。
 

緋月 > 「身を任せても…?
それは、どういう――――」

最後の問い掛けを発するよりも早く。
少女の目の前は、いつの間にか全く別のものになっていた。

――――静かな、とても穏やかな草原。
ささやかな神殿を中心に広がる、牧歌的な光景。
どこか、現実離れしたばしょ。

(ここは――――)

疑問を抱いた直後、響いてくる声。
目を向けると、その手に在るのは――残骸ではなくなった、獣の仮面。

(これが…あの仮面の、本当の姿…?)

その疑問に答える者はなく。
仮面は、まるで視座の違う者のような声で、少女に語り掛ける。
その言葉はまるで真理のように、頭の中に沁み込んでくる。

(――ああ、それは――)

死は安らかであれ。
死は穏やかであれ。
それは、誰しもが、最期の瞬間に願ってやまない祈り。

(――――――)

思わず声を出そうとして、

緋月 > 《楽なほうには流れるなよ》
緋月 > (――――――!!!)

ほんの暫く、過去の事。

心に打ち込まれた、言葉の楔が、ずきりとその存在を訴える。

(――そうだ、この言葉が本当だとしても、

「これ」を選ぶことは、

楽な方向に流されてしまう――――!!)

皮肉な事に、「理想の一太刀」を仮面が見せた事で、少女の心に打ち込まれた楔が、少女の思考を現実に揺り戻した。

ぐ、と力を籠めて。

先程まで見えていた筈の、仮面の残骸が置かれていた台座のあった場所に、手にした仮面を戻そうとする。

■■■■■ >  
『――なぜ拒む』

 仮面は当然の疑問の様に、少女へ問いかける。

『汝が我を手にすれば、より多くの命を正しく導く事が出来る。
 あってはならぬ死を退け、訪れるべき死を安らかな眠りへと変えられる。
 汝の手で、確かな楽園へと、魂を導く事が出来るのだ』

 それは、生死のやり取りを知る者ならば、甘美とも言える誘いだろう。
 少女の一刀が、生きるべきものを生かし、死へ向かうものを安らかな楽園へと送る事が出来るようになるのだ。
 生と死を同等に、尊きものとして、与える事が出来るのだ。

『我と共に在れば、汝は望むものを護り、仇なすものを違わず討てるだろう。
 汝は、その一刀を持って、斬るモノを違わない確信があるのか。
 我であれば、汝の迷いを導き、より相応しき道を示す事が出来る』

 理解しがたいと、仮面は問いかけ続ける。

『それでも我を拒むか。
 この先、汝が、数多の命を誤った道へ送る事へなろうとも』

 それは僅かな怒りの混ざった、使命に燃える炎のようであり。
 少女の心に燃え移らんと、少女の奥深くまで入り込んでいく。
 

緋月 > 『――確かに、あなた様の言葉は真実かも知れない。』

心の中で、それだけは肯定する。
だが、同時に理想の己が叫びを上げている。

『あなた様の力は、今の私には手に余るものだ。
分不相応な力(奇跡)を得た者は、どれだけそれが正しい道であっても、いつかきっと、精神を腐らせてしまう

堕ちれば――行き付く先は、破滅でしかない。』

脳裏に、心に打ち込まれた(言葉)が響き渡る。

《ひとつの成功から始まった無数の挫折の茨道に、膝を屈さずにいられるか?

自分の内側にあふれる負の感情に、溺れずにいられるか?

胸の扉を叩く狂気という逃げ道に、甘えずにいられるか?》

打ち込まれた楔の痛みが、少女の精神を安易な誘いから退かせていく。

『――私は所詮、人間です。
神ならぬ身で、救えるモノは限られている。
そのことに後悔もするだろう。己に怒りもするだろう。

それでも――』


もしもあなた様の力を求める時があってもそれはきっと今ではない。』

緋月 > ――かけまくも 畏き 伊弉冉の大神――
――畏み 畏みも 白す――

心の中で、祈りを捧げる。己にとって、最も身近な死の神に。
願いは、理想の成就に非ず。

――願わくば 我に 人たるが故の 試練を――
――七難八苦を 与え給え……!!――

緋月 > そして――

決意を以て、仮面を、在るべき場所に戻そうと手を伸ばす。

■■■■■■ >  
『困難と知りつつ。
 苦難と知りつつ。
 試練の道を征くと云うか』

 仮面の声が止まる。
 同時に、少女を暖かな風が撫でる。
 イグサの香りを運ぶ、穏やかで安らかな風。

『――汝は死を識るに相応しい。
 汝よ、その目でしかと見つめ、見極めるがいい。
 生と死の、その境界を。
 そして、何故、命に死という安らぎが必要であるかを』

 そう仮面が少女に語り掛け――
 

神樹椎苗 >  
「――戻ってきましたか」

 幼い声が聞こえた時には、少女の手元には、ボロボロに朽ちた仮面の残骸だけが乗っていた。
 

緋月 > 「――――!!」

幼い少女の声。
気が付けば、其処は博物館の中。

「い、今のは――――あ。」

手元を見れば、其処にあるのは仮面の残骸のみ。
あの風景の中で見えた、傷一つない姿ではなかった。

「……夢、にしてはひどく、現実感が強かった、ような…。」

最後に聞こえた声。
あの声は――あの仮面が己に残した、課題なのだろうか。

「……応えなかった、という事で、いいんでしょうか、これ。」

ちょっと自信がなかった。
声に返答を返したと言えば返したようなものだったので。

神樹椎苗 >  
「――夢、とはちがいますね。
 お前が見た光景こそ、異界の神が治めていた、本物の『冥界』です」

 少女の精神は、一時の間だったが、仮面を通して確かに『冥界』と繋がっていたのだ。

「お前がどう答えたか、は知りませんが。
 ――そいつに見初められるとは、運が無いとしかいえねーですね」

 くすくすと、意地の悪い顔で小娘は笑う。
 そして、呆然としている少女から、残骸を受け取り、乱雑にガラスケースの中へと戻してしまった。

「こいつらに、所有する事を認められるケースは、多くはありませんが前例があります。
 既に二つは、新たな所有者を見つけて、そいつらの手元にありますからね」

 そう言いながら、周囲の九つを見回して、再び仮面を見る。

「ですが――『継承者となる資格(黒き神に仕える資格)』を認められるものは、滅多にいません。
 なにせ、その『神』自身が、使徒を求めていませんからね」

 そう言って、小娘は肩を竦めた。
 

神樹椎苗 >  
 そして瞳を閉じ一度咳払いし――開いた瞳には、うっすらと紫炎が灯っていた。

『――娘よ、お前が道に迷う事があれば、再びここを訪れるがよい。
 その時は、吾が力を貸すと約束しよう。
 その仮面は――正しく受け継がれる者を見つけたようだ』

 穏やかで静かな、それでも厳かな声は小娘のものではなく。
 しかし、それは優しく、紫炎の瞳で少女を見つめ、わずかな喜びの色をにじませていただろう。

 ――そして、小娘は再び目を閉じる。

 開いた瞳には、もう紫炎は消えていた。

「――神様に見初められた気分はどうですか?
 まあ、すでに力のほとんどを失った、成れの果て、ではありますけどね」

 小娘は、椎苗は面白そうに、口元を抑えて笑っている。
 恐らくは置いてけぼりにされている少女の反応を見て、愉快そうに、しかしどこかやはり、嬉しそうに。
 

緋月 > 「冥界……あれが、根の国、ですか…。
いえ、もしかしたら違うのかも知れませんが、思っていたより、ずっと、こう、穏やかな光景で…。」

残骸を取り上げられ、ケースに戻されるのを呆然と眺めながら、思わずそう呟く。
空になった手を握り、開く。しっかりと感覚がある。

「既に持ち主がいる御神器が、あるんですか…。
では、もしあそこで私があの声に肯定をしていたら――。」

恐らく、その時は自分があの仮面の「所有者」になっていたのだろうか。
しかし、小さな少女の言葉の具合では、ただ所有者になるのと、「資格」があるのは、どうも別の話らしい。
もう少し話を聞こうと思った直後、

緋月 > 「……っ!?」

小さな少女が語る声が、別のものに聞こえる。
否、事実別のものだ。どこかあの仮面の声に似た…否、それよりも「高み」にあるもののような声――!

「――――は、はい…。」

少し掠れた声で、そう返事をする事が精一杯。
小さな少女が目を閉じた直後、思わず大きく息を吐く。

「あれ、が…神様、ですか。
何か――威圧…いえ、違う…感じた事のない、気を、感じて…すみません、圧倒されてしまった、みたいです…。」

口元を押さえて笑う小柄な少女に、何とかそう返答する。
――何か、とても畏れ多い存在に、気に入られてしまったらしい。

(私、そんな大した人間ではないと思うんですが…。)

と、困惑顔。

神樹椎苗 >  
「そう畏まるようなもんでもねーですよ。
 『この世界で唯一の信者』がこんなんですしね」

 そう言いながら、んべ、と舌をだす。

「まあ――『黒き神』は約束は必ず守ります。
 いずれ、お前に必要な時が来たら、また来ると良いでしょう」

 からん、と下駄の足音を立てて、椎苗は少女へ向き、手を。

「『黒き神の使徒候補生』に、名前くらいは聞いといてやりましょう。
 しいは、神樹椎苗。
 『黒き神』の使徒にして、最も楽園に遠い者です」

 そう自身を紹介しながら、傷だらけの右手を差し出した。
 

緋月 > 「私に、必要な時が、来たら……。」

そんな時が、果たして訪れるのか。
そう思った時、下駄の音と共に差し出される手。

「ぁ――失礼しました。
緋月…緋色の月と書いて、緋月と申します。
えと、よろしくお願いします、椎苗さん。」

自身も名乗りを返し、傷だらけの右手をそっと取り、握手を交わす。

神樹椎苗 >  
「ふむ、先輩に『さん』付けとは殊勝でよろしーですね。
 神なる樹に、椎の苗で、『しいな』です。
 まあ精々、堕ちないよう心掛ける事ですね、『月色の後輩』」

 しっかりと交わした握手。
 右手に少し力を籠めると、指先の包帯から勢いよく血が染み出して、滴った。

「あー。
 傷が開いたみてーです。
 ふむ――後輩、初仕事です。
 このとてもありがたーい先輩を、医務室に連れていきやがれ」

 ん、と。
 少女に向けて両手を広げる。
 ――抱き上げて連れていけ、と、当然の権利の様に訴えている!
 

緋月 > 「は、はい、精進します…!」

堕ちないように、という言葉が気にかかったが、それを訊ねるより早く、握った右手の指先から血が染み出す。

「うわっ、血、血が! 大丈夫ですか!?」

――最初に会った時の印象を修正する必要がある。
この包帯は御洒落の類ではない、本当に傷を塞いでいるものだ…!

「わ、わかりました! では失礼します!
なるべく急いで、あ、でも安全にお連れしますので!」

完全に慌てている書生服姿の少女。
言われるままに小柄な少女を抱き上げると、急ぎ足で博物館から医務室に向かって走り出す。

結局、疑問を問うことは出来なかった。そんな余裕がなかったためである。

ご案内:「常世博物館-中央館-古代エジプト文化展示」から緋月さんが去りました。
ご案内:「常世博物館-中央館-古代エジプト文化展示」から神樹椎苗さんが去りました。