2024/08/23 のログ
神樹椎苗 >  
「――良い答えです」

 ふ、と椎苗もまた、柔らかく笑う。
 そして椎苗は、姿勢を正し、祈るように静かに両手を組む。

「神器を所有するだけでなく、さらに深く踏み入るというのなら、それは『死を想う』事に他なりません。
 『死を想い、安寧を願う』それが、彼の神の、唯一の教えです」

 そう語る椎苗は、装いもあり、本当の修道女の様にも見えるだろうか。
 黒き神に仕える、ただ唯一の使徒である椎苗は、静かにその教えを伝える。

「『死を想う』事。
 それは、いずれ訪れる死があるからこそ、今ある生を大切に出来るというものです。
 そして『安寧を願う』事。
 それは、多くの試練を伴う生を真っ当した者に与えられる祝福。
 安らかな眠りと、冥界での穏やかな幸福を願うもの」

 そう静かに語り、少女に問いかける。

「これは、いわゆる『死神信仰』です。
 様々な宗教観に存在する、輪廻や転生などは存在しません。
 『死』は終わりであり――永遠の安らぎ。
 お前は、こうして『死を想う』事を受け入れられますか?」

 それは、最期の問いであり、少女が『死』にその信心を捧げられるのかという問いであった。
 

緋月 >  
「『死を想う』――。」

死の神への信奉。それは輪廻や転生の否定。
死は唯一にして無二。
だからこそ、生とは輝かしく、またかけがえのないもの。
例えそれが厳しく、困難な道行であったとしても。

「――だからこそ、生きている事は、素晴らしい。」

例えどれ程辛く、苦しい環境であったとしても。
生きる事は、素晴らしい事。
その試練の果てにある死は、安らげるものだという事。

「例え輪廻や転生などなくとも――死せる者が後の世に…生ける者に残せるものはあります。
例えば、己の人生の記録。例えば、己が築き上げたもの。
例えば――共に過ごし、思い交わした時間の思い出…。」

死は終わりだ。だが、それは死した者の足跡を、創ったものを、残した思いを否定はしない。
なれば、

「――――」
 

緋月 >  

「――私は、『死を想う』事を、受け入れます。」

 

神樹椎苗 >  
 ――少女がそう答えた時、ソレは前触れもなく少女の前に姿を現した。

 ぼろきれのような黒い布を纏った、白骨。
 黒い霧を伴い、その空洞の眼窩には、黒い炎が揺らめいている。

『――しかと。
 汝の誓い、いつ滅びる身とも知れぬが――聞き届けた。
 ■■■■■■■――汝の名、吾が使徒として、しかと刻もう』

 そして、白骨は少女の額へ、その骨だけの指、人差し指を額へ。
 触れた瞬間、少女の脳裏に、あの豊かなイグサの丘の光景が広がるだろう。

『汝が与える安寧は、常に吾が祝福と共に。
 安寧の揺り籠を、汝の心象に刻み、正しき眠りを与える者として――死を想う事を忘れるなかれ』

 そして、黒き白骨は、黒い霧となって。
 少女の手の上に、一つの仮面を残した。

「――まったく、簡素にもほどがあるんじゃねーですかね」

 そんな、信ずる神の顕現を見て、椎苗は苦笑を浮かべた。
 しかしこれで、確かに継承はなされた。

「これでお前は、黒き神の使徒――しいと同じ、『黒き神』を信仰する者です。
 正しき死を守り、安寧の祝福を与える者です」

 そう言って、椎苗は少女に優しく穏やかな視線を向ける。

「その仮面は、お前に正しく継承されました。
 お前が正しく『死を想う』限り――そいつは必ずお前の想いに応えるでしょう」

 そう言って、ゆっくりと椎苗は立ち上がり。
 左手を振るうと、残りの神器は静かにその姿を消した。

「――ただし、一つ。
 『死を想う』者として、使徒の先達として、お前に禁忌を課さねばならねーですね」

 そう言いながら、椎苗は少女の目の前で膝をついた。
 

緋月 >  
「――――。」

黒い霧と布を纏った、黒い炎を瞳に宿す白骨。
だが、不思議とその声に恐ろしさは感じない。
額に指を伸ばされれば、それを自然と受け入れ――

「――――ぁ。」

ほんの一瞬、以前に見た、安らげる景色。
イグサの広がる、穏やかな丘。
黒い霧となって、かの御方が消えた後には、己の手にあの仮面が乗っている。

「……かしこまりました。ゆめ、忘れぬように。」

小さく仮面を掻き抱き、瞑目しながら己を戒めるように、姿を消したかの御方に誓う。
そして、小さな少女には改めて一礼。

「――はい、確かに。
確と、胸に刻みます。」

そう言葉を返しながらも、自身の前で膝を付く少女に小さく首を傾げる。

「…禁忌、ですか。それは一体…?」

思わず身構える。
――「死を想う」事に繋がる事だろうか、と、小さく思案。

神樹椎苗 >  
「なに、大したことではねーです。
 そんなに身構えなくてもかまわねーですよ」

 そう言って、身構える少女に、可笑しそうに笑う。

「いいですか『後輩』。
 しいたち、『使徒』の役目は、黒き神の教えを守り、伝え、『死』という安寧を守る事です。
 ですから、必ず――たとえ一つの例外もなく、『使徒』の与えるものは『祝福』でなければなりません」

 それは、ごく単純であり、『使徒』としては当たり前の心構えでもある。
 だからこそ。
 椎苗は少女の頬に右手を伸ばす。

「――お前はこれから先。
 私怨や怒り、憎しみ、あらゆる私心で、死を与える事は許されません。
 お前がこの禁忌を守れなければ――それは誓いを破った事と同義です」

 じっと、その瞳をのぞき込む。

「どれだけ相手を憎もうと、怒りを覚えようとも。
 お前が与える『死』は祝福であり、慈悲でなければなりません。
 ――ゆめゆめ、忘れるんじゃねーですよ」

 そう、静かな声で、忠告――いや、まさに禁忌(タブー)を伝えるのだった。
 

緋月 >  
「『使徒』の与える死は、『祝福』――。」

その言葉と、告げられた禁忌に、思い返すは先日の落第街での出来事。

(ああ――。)

確かに、今ならば分かる。
あの時の己は、あの紅い蟻のような人のような何かへの「義憤」に駆られていた。
生き物の振りをした何かが、理不尽に死を撒く事に…それ以上に、あのような「何か」が
生き物の振りをしていた事に。

確かに、それは――安らぎから遠のく、死の与え方だ。
死は祝福であれ、安らぎであれ。
その思いからは、最も遠い在り方だ。

「――分かりました、『先輩』。
例えどれ程怒ろうと、憎もうと――その心の儘に、死を与える事は、決して行いません。

……それが許されるものなのか、私にはまだ理解の外ですが、如何に非道な存在であろうと、」


『死は、生という幸福と、苦難の果てに待つ、最期の友。』


「――で、いいんですよね?」

覗き込む瞳に対し、添えられた右手に己の手を軽く伸ばしつつ、微笑みで、そう答える。

神樹椎苗 >  
「――ふふ、いい顔になったじゃねえですか」

 少女の微笑みを見て、椎苗もまた、表情を崩した。

「ええ、あのお人好しが行き過ぎてる神の、ほぼ唯一と言っていい禁忌ですからね。
 歪な命を屠る事も使命の一つではありますが――それもまた、本来あるべき形に導く行いです。
 『死』を正しき形に、『安寧』という穏やかな眠りを与えるために。
 しいたち『使徒』は、真摯に生きる者たちに寄り添い、歪んだ命を眠らせ、安寧の揺り籠へ導く者」

 そう言ってから、軽く少女の頬をつまんで。

「もし忘れそうになったら、祝詞を唱え、思い出すがいいです」

 そのまま静かに目を閉じ。
 柔らかな声音で、慣れ親しんだ祈りを口にする。

「――死を想え。
 ――安寧をその身に宿せ。
 ――吾は黒き神の使徒」

 その祝詞は、黒き神の力を借りるための物でもあり、神器の力を解放するための物でもあり――己の使命を正しく心に命じるものでもある。

「――なんて、決まった祝詞はねーですけどね。
 これもしいが一番、力を扱えるための自己暗示でしかねーですし。
 一人一人、祈りの言葉は違っていいのです。
 お前もまた、お前のための祈りと、あのお人好しのための祈りを込めた言の葉を編むと良いでしょう」

 そう言って、椎苗が左手を軽く振ると――無限に連なる書庫は姿を消し。
 二人はそのままの姿勢で、博物館の展示場へと戻っていた。
 そして、少女の手には仮面はなく――しかし、確かに少女の中に宿っている事を感じ取れるだろう。
 

緋月 >  
「うにゅ。」

頬を摘まれて、思わず変な声を出してしまった。
だが、『先輩』の言葉は何と言うか…とても、「分かり易い」。
あるいは、まだまだ嘴が黄色くて頼りない『後輩』に、気を回してくれたのかも知れないが。

「祝詞…ですか。」

頬を摘まれたまま、小さな少女の諳んじる言葉に静かに耳を傾ける。
何故だろうか、不思議と耳に入ると気持ちのブレが少なくなっていく気がする。

「成程…でも、何故だか不思議と心のゆらぎが少なくなるお言葉です。
私なりの…そしてあの御方の為の、善い祝詞が思いつくまで、少しの間、お借りします。
なるべく早い内に頑張って決めますので…!」

と、少々方向がズレた決意を固めていると、気が付いた時には既に其処はあの博物館。
そして、手にしていた筈の仮面が、いつの間にか姿を消している。

「あ…仮面が…。
あれ、でも、何でしょう――すぐ近く…身の内に、あるような感覚…。」

思わず、胸元に手を当てる。
手が当たった箇所が、僅かに熱を持ったような感覚を覚えた。
 

神樹椎苗 >  
「微妙にズレてやがんですよねえ。
 どいつもこいつも、個性がつえーったらねえです」

 と、間違いなく個性の塊である所の椎苗が云うのだから。
 どうやら『神器』の所有者は、誰もかれも、クセが強いのだろう事が伺える。

「ん、神器は普段は所有者の魂に溶け込んでますからね。
 まあ、まずは神器の存在をしっかり感じ取れるようになることです。
 そいつらも、なんだかんだとうるせえ自我がありますからね」

 とはいえ、それは所有者の意思を乗っ取れるほど強い物ではなく、精々が多少の使命感を植え付ける程度の物。
 
「慣れれば対話くらいはできるようになります。
 まあ、そんなに強い自我じゃねーですから、なんとなく意思疎通できる、くらいのもんですが。
 そのうち、他の神器の意思も感じ取れるようになりますよ」

 ゆっくりと立ち上がると椅子に戻ろうとするが。
 あ、と何かを忘れていたかのように間の抜けた声が漏れた。

「うっかりしていましたが。
 神器の力を扱うには、多くの場合代償が伴います。
 その代償は、所有者によって千差万別、だそうです。
 例えば命そのものだったり、記憶であったり。
 代償なく使える力には制限がありますからね。
 自分が何を代償にしているかわかるまでは、無暗に乱用するんじゃねーですよ」

 そう、口うるさく忠告してから、最初に座っていた椅子に、どっかりと腰を下ろす。
 そしてまた、すぐ隣の展示ケースをついでとばかりに蹴り飛ばすのだった。

「あと、コイツには基本的に関わらねー事を推奨しときますよ。
 おしゃべりでうるせー上に、ゴミのように性格が悪いですからね」

 椎苗に蹴り飛ばされたからか、黙ってはいるものの。
 展示ケースの中の古文書の一片からは、使途になりたての少女にもわかるほど、遺憾の念が放出されてるのだった。
 

緋月 >  
「魂に溶け込んでる、ですか…。」

確かに、そう形容するのが最も腑に落ちる感触だった。
形がなくても、常にすぐ其処にある、そんな感じ

「むむ…御神器を得たからといって、やはり手にしただけで即座に加護が得られるような都合のいい話は
ないのですね…分かりました、当面の目標は御神器の存在を感じ取れるように、ですね。」

修練なしに得られるほど、安易な力ではない。
鍛錬の項目がひとつ増えるという所だろうが、幸い「楽な方に流される」事はなさそうだ。
鍛錬上等、望む所である。

「代償、ですか…って、命に、記憶…!?
そ、それは、大事なのでは…!?」

何気なく言われたが大変だ。気付かぬ内に重大な代償を払っていた、なんて事になったら笑い話にもならない。

「わ、わかりました!
当面、力を借りる時は、制限が付く段階…代償のない範囲で、ですね!
あまりに強力な力は、求めないように気を付けます…!」

注意項目が一つ増えた。
代償を払う境界というか、これ以上を使うなら代償を要求する、といった意志が感じ取れるようになれればいいが。

「……何だか、凄く無念というか、悲し気な気配がしてるのは私にも分かります。」

新米の自分にすら分かるレベルで念が駄々洩れ。
可哀想な気がしたが、敢えて口に出さない事にした。

「――ともあれ、我侭を聞いて貰ったり、色々と教えて頂いたり、本当にありがとうございます。
時間がどれだけ残されてるかは分かりませんが……なるべく、早い内に、あの仮面と、椎苗さんやあの御方に
恥ずかしくない実力をつけられるよう、精進します。」

そう言いながら一礼。
床に置いた刀袋を拾い上げ、今日はそろそろ此処を辞するつもりのようだ。
 

神樹椎苗 >  
「重いところでは、ですよ。
 しいの神器は強力すぎますから、その分、支払うものも多いだけです。
 あとはまあ――神器の性格と、所有者との相性に依りますね」

 性格こそ悪いが、あの仮面であれば然程大きな代償を支払う事はないだろう。
 少なくとも、取り返しのつかない事にはならないはずだ。

「ん、いい心がけです。
 そいつと心を通わせられれば、一先ずは困る事はないでしょう」

 神器の中でも、人を試すのが好きな性格の悪い仮面ではあるが。
 認めた相手には従順かつ、誠実だ。
 きっと、この『後輩』ともうまくやっていけるだろう。

「同情とかしたら付け込んできやがりますから。
 もし話しかけられても無視する事です」

 どうやら本当に厄介な神器らしい。
 とはいえ、少女も見た通り、空間すら操る神器であるのだから、相応の性格はしているのかもしれない。
 そのせいで、椎苗は普段から辟易としているのだが。

「ん。
 お前ならすぐに、扱えるようになるでしょう。
 一つの精神修行とでも思う事ですね」

 そう言いながら律義に一礼する後輩に苦笑し。

「――お前の目的が叶う事を。
 せめて、安らかな結末に向かう事を祈っています」

 そう言って、目を細め静かに微笑んだ。
 

緋月 >  
「な、なるほど…安心しました…。
いえ、安心してはいけないのでしょうが、いきなり命を取られるという事でないのは…はい…。

兎も角、今は鍛錬あるのみ、という事ですね…!」

流石に代償で共倒れ、だけは避けたかった。
――自分がいなくなったら、あのひとの事を覚えてくれている人が、どれだけ残るのか。
誰も残らないのは――少し、悲しすぎる。

「は、はぁ…椎苗さんも苦労されているのですね…。」

同情かどうかは兎も角、気の毒だなぁ、とは思った。
普段の行いの所為なら仕方ないと言ってしまえるが、其処まで知っている訳ではないので。

最後に、微笑みと背を押す様な言葉を貰えれば、こちらも軽く微笑み、一礼。

「――どれだけ出来るかは、まだ分かりませんが。
悔いのない、終わり方が出来れば、と思っています。

では、私はこれで。もし何かあれば、またこちらに失礼します。」

折り目正しく一礼し、書生服姿の少女はこつこつと足音を立ててこの場を去っていく。
――最初に来た時より、随分と顔色は良くなっていた。
 

神樹椎苗 >  
「いい報告を楽しみにしていますよ」

 そう言って、椎苗は後輩を見送る。
 そして。

「――わかってますよ」

 一人になって、椎苗は苦虫を噛んだような顔をしていた。

「もし、その時は――」

 椎苗の手に、紅の剣が現れる。

「たとえ恨まれようと、しいが責任を取ります」

 それは何に対しての責任か。
 椎苗は一人、剣を掲げ、静かに祈りを捧げるのだった。
 

ご案内:「常世博物館-中央館-古代エジプト文化展示」から緋月さんが去りました。
ご案内:「常世博物館-中央館-古代エジプト文化展示」から神樹椎苗さんが去りました。