2024/10/04 のログ
ご案内:「常世博物館-中央館-古代エジプト文化展示」に神樹椎苗さんが現れました。
ご案内:「常世博物館-中央館-古代エジプト文化展示」にノーフェイスさんが現れました。
ノーフェイス >  
「たしか、大昔に演奏が放送されてたって……」

触れられぬよう厳戒態勢が敷かれているのは、
同型の楽器が演奏された際に粉々に砕け散ったという話もあるのだろうか。
古代から人間を鼓舞し、恐怖を取り除き、戦に駆り立てた喇叭の原型。
音楽は、言語よりも古くから人間に寄り添っていたという。
前に進む人間はしかし、そうして脈々と続く歴史を興味深くみつめた。

「――"お前に向けた我が言葉に耳をかたむけろ"」

エジプト文学の展示コーナーへ。
教育倫理文学(セバイェト)――これは実物だろうか。
さすがに原文(ヒエログリフ)の読解はできないが、訳文が併載されているので問題はない。

「…………で、此処か」

そして、踵を返す。

「"宗教"」

――アヌビス。死神。亡骸を守るもの。
私心で死を与えぬ禁忌を教義とする使徒。
正直、不信感しかない――が、そこにいるのが知り合いであるという一点で、
足運びはずいぶんと軽かった。

Hello(やっほ)~♪」

にこやかに手を振りながら、もっとも奥深い(ディープな)コーナーへ。

神樹椎苗 >  
 ――この日、椎苗はとても善い予感と、最悪と言ってもいい直感を同時に味わっていた。

 奇しくも、博物館で待機する日でもある。
 先日、神器の所有者が問題を起こした――椎苗からすれば些細な問題だが――事で、管理者として駆り出される日が増えたのだった。

「――青ざめた馬を見よ――
 ――そこには『死』が跨っていた――」

 古代エジプト展の片隅。
 古代遺物の展示区画の椅子に、椎苗は座っていた。

 蒼白のドレスに、騎士風の装飾が施された、普段と異なる衣装。
 これは、椎苗にとって正装であり、戦装束でもある。
 これを身に纏うという事は――それだけの相手を出迎える予感と敵意を、椎苗が明確に持っているという事でもあり。

『吾が娘よ――それほど気構える事なのか?』

 椎苗を娘のように想っている、白骨の神性もまた、椎苗の肩に手を置きながら、どことなく戸惑っていた。

「――クッッッソ、不愉快な予感がするんですよ。
 全身にこう、虫唾が奔るような」

 そんな事を言っている間に。
 現れるのは、象徴的な紅――

「――チッ、予感は当たるもんですね」

 にこやかな挨拶には、心底不愉快そうな顔での舌打ちで出迎えた。
 

ノーフェイス >  
「『見るがいい。其々に応報せんがため因果を携えて来たる我を。
  我は始まり(アルファ)であり終焉(オメガ)である』――?」

首を傾いで、余裕顔。
蒼白の騎士に相対すには、既に遠い――遠い未来の話。
なんで臨戦態勢なのかさっぱりわからないが、なるほど。

「正装で出迎えてくれるなんて嬉しいな。ひさしぶりだね、しいちゃん。
 以前はろくに歓迎もできなかったからね――どぉ?マリーとは仲良くしてる?」

そうして笑いながら、相対する――さて。
背後(そこ)に在る神性を、炎の瞳は捉えられるのか否か。

神樹椎苗 >  
「相変わらず腹立たしいほど教養がある女ですね。
 世界の変容前でなら――それなりに敬意を払われてもいい姿だと思うんですがね」

 ふん、と鼻を鳴らしつつ、ドレスの裾を翻すように足を組む。
 普段のロリータ装束と違い、外見の幼さとのアンバランスさと、真横に侍らせた紅の剣が見る物によっては重圧すら感じさせるものではあるはずで――特に、クリスチャンであったなら、無視できない組み合わせだろう。

「よけーなお世話ですよ――あまり会えてねーから不満で破裂しそうです。
 お姉ちゃん恋しさで、うっかり目の前の赤いヤツに切りかかっちまいそうです」

 はあ、とため息。
 実際、姉と慕う相手との時間をあまりすごせていないのは、椎苗としては素直に寂しいところだ。

『――なるほど。
 吾が娘よ、お前が苦手そうな相手ではあるな』

 背後の白骨は、信徒と共に訪問者を見つめた。
 その姿は、訪問者たる、『信仰を知る者』にもはっきりと見え、聞こえただろう。
 

ノーフェイス >  
世界一のベストセラー、だろう?
 いまなお……なにせあのとき遅れに遅れて、ラリったヨハネの夢が現実になったんだ。
 むこう千年の安寧が確約されたともいえるね。長期的に見て、人類が勝つ」

Vサインを細顎にそえてにっこりと笑う。
いささか寓意の効きすぎた言葉にも――彼女の背景を思えば、なるほど通っているのが自然。
だから恐れない。紅の剣……よりも晏るるべきは、その衣の色だ。
……サイズが足りてないな、と肩をすくめる。見応えには欠ける。

「今生においても敬意を集めるスーパースターであるボクに傷をつけようとするなよ。
 キミにいじめられたら、マリーによしよししてもらわないとならなくなっちゃう」

きゃらきゃらと笑う姿は、どちらが子供かという具合。
しかし、そこですう、と顔から笑みが失せて、獣のように瞬きが少なくなる。

「――で」

す、と白い手が持ち上がった。
背後に立つは、青白き馬に跨るべく象徴のような有り様を指す。

それ、何?」

神樹椎苗 >  
「世界一の燃えるゴミの間違いじゃねーですか?
 ほんとに確約されてりゃあいいんですがね。
 そう思えねーから、どこかのハコブネみてーなもんが出てくるんでしょう」

 どうしても見ごたえに欠けるのは、身体の幼さからどうすることもできない、悲しい現実だった。
 恐らく、この装束に見合う貫禄を身に着けるには、あと数百年必要だろう。
 悲しいかな、そんな程度の成長速度なのである。

「スーパースター――まあ、否定はしませんが。
 あぁん?
 お前が今ヨシヨシしてもらうべきは別の女でしょう」

 べ、と舌を出して子供同士のじゃれ合い――それも長々続けるわけではない。

「――御神ですよ」

 端的に答えると、その白骨は静かに赤い女を見下ろした。
 ただ、それは『見下す』のではなく、立場を意識した姿勢に過ぎないが。

『こうして会うのは初になるな、客人よ。
 しかし――当たり前のように吾を認識できるとは、随分と祝福された瞳を持っているようだ』

 そう、落ち着いた静かな声で、白骨は応えた。
 

ノーフェイス >  
「人間は間違えるものだと、彼の御方はしつこいくらいに口にしているのにね」

意固地になった使徒は、再三、諌められているものであるから。
どこまで事情に通じているのやら――別の女、という言葉には目を細めるに至った。

「……ああよかった。ボクにしか視えてない何かかと思った。
 失礼しました。お初にお目にかかります、名も知らぬ神様(ミスター)
 さいきんよく幻覚(いろんなもの)が視えるもので」

恭しく、あるいは芝居がかった慇懃無礼さで礼(ボウ・アンド・スクレープ)をして。
……言葉を受ける。自分の目元に指先をふれた。
魔力の乗った黄金瞳。本来は碧眼だ。魔眼――というほどの権能はない。魔力視はできるが。
精度の深さ浅さこそあれ、この御神とやらが視えてしまうのは……そういう話ではあるまい。

「なにに祝福されているかは、あえて聞かないことにしますケド。
 ……そう、なんとなく気づいてると思うけど、夏の盛りに死神の面をつけてたやつに、
 熱心に布教されてここに来てる。えらく叱ったんだって?何やらかしたんだ」

腕を組み組み、椎苗のほうに視線を向けて。

神樹椎苗 >  
「人間は間違えるもの――お前の言葉を借りるなら」

 はあ、と息をつきながら。
 月を冠する少女が行った重罪を、端的に口にする。

「黒き神の信徒に伝えられる、ただ唯一の教義を、教えを破ったのですよ」

 そう、隠すことなく伝え。

「ですから、徹底的に罰を与えた上で、資格をはく奪しました。
 とはいえ――あの『後輩』がまた必要とすれば、そこの仮面は助力しやがるとは思いますがね」

 そう、展示ケースの中の狼の仮面を一瞥した。
 その仮面は朽ちておらず、レプリカと思われてもおかしくない芸術としての美しさを保っていた。

「吾は黒き神の使徒。
 『死』をもって祝福と安寧をもたらすものです。
 まあ、あの後輩はまだまだ、こちらの道を歩むには早すぎましたね」

 そう言いつつも、悪感情はなく、うっすらと微笑んでいる辺り。
 椎苗自身、その後輩の『背信』を認めてしまっているのだろう。

『すまないな客人よ。
 吾にはもう名乗るべき名がないのだ。
 既に神としては滅んだと変わらぬ。
 この娘が、この世界で唯一の信者であり、成れ果てのごとき吾を繋ぎとめてくれているのだ』

 御神と呼ばれた白骨は、そう答える。
 確かに保有する神性と言う意味では――吹けば消えそうな物だろう。
 

ノーフェイス >  
「真面目にいまアイツが生きてるのが不思議なくらいなことしてるな……
 密教の破戒なんて往々にして極刑ものだろう。
 最低八つ裂きか生き埋め、拷問とコークのLサイズもセットでいかがですかってのが相場だ」

視線を移す。ほとんどが朽ち果てた展示品であるのに。
生命に満ちたその面を――覗き込むように顔を寄せた。
仮面(つくりもの)のような精巧な顔が、まじまじと見つめていた。

「名なしの身にはつまされる話ですね。
 どうかお気になさらないでください。同様の無礼はこちらも働いておりますから。
 ではこの機において、斯く御前様(ミスター)と呼ばわらせて頂きます」

礼は払う。神に対して――であろうか。否、単に目上の大人に対しての。

「…………」

少女の微笑みに、珍しく。ひどく冷えた一瞥を向けてから、瞬きののちに平素の微笑みを取り戻し。

「では敬虔なる信徒であり、報われぬ愛を注ぐしいちゃんに質問がふたつ。
 ひとつ、仮面に意思があるような物言いだけど、その仮面はいつからあいつの手にあったのか」

白い手が、指をひとつ、ふたつと立てて。

「もうひとつ。唯一の教義とは?ボクみたいな門外に伝えられるモノ?」

神樹椎苗 >  
「死ぬより恐ろしい目に合わせるつもりでしたし、相応の想いはさせましたよ。
 ただまあ――無二の友のために、と知ってしまえば。
 しいも、御神も、非情になり切れなかった――馬鹿な話です。
 御神が背信を許してしまったら、信徒でしかない、しいが勝手に罰を与えるわけにはいかないでしょう。
 まあそれでも――二回目はありませんが」

 その一度があまりに例外であっただけだ。
 二度目はいかなる理由であっても認めるわけにはいかない。
 それをしてしまえば、すでに残滓でしかない『黒き神』の存在すら危うくなる。

『無礼などと――客人、お前の態度は、吾は嫌いではない。
 まあ――娘の方はそうではなさそうだが』

「――ふん」

 椎苗は、鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「――あからさまに皮肉を投げてくるんじゃねーですよ」

 そう言いつつ、面倒そうな顔をした。

「いつからと言うと、八月の末の頃ですかね。
 元々以前から、神器に選ばれる資格こそありましたが、実際に手にしたのはその頃です」

 信仰を捧げると言った後輩の姿を思い出し、苦笑が漏れてしまう。

「教義に関しては、そうですね。
 本当に、大仰な物でもないのですよ、誰であっても一度は考えるような、些細な物です」

 そう言ってから――

「ただ唯一――『死を想う』こと。
 本当にだたそれだけの事です」

 それをどのように解釈するか、それだけがこの『黒き神』の定めたただ一つの教義だった。
 

ノーフェイス >  
「なるほどね……」

彼女のプライバシーを覗いているようで、若干の罪悪感はあるが。
それを自分に伝えたということに、何らかの意思があるのだろうとは思った。
ある意味の信任でもあるのか、向けられて困るような意図ではないとは思いたいが。
――ただ、そう。

「信仰、否、……信用と友の命を天秤にかけ、」

来たる望まぬ別れに臨んでいた彼の少女はしかし、

「結果として、あいつはなにも喪わずに済んだわけか」

冷たい声が落ちる。
ただ静かに、物事を俯瞰した。
おどろおどろしくもある様の神の慈しみは、蒼白の衣を纏う少女の優しさは。
……視線を向けた、艶めく黒の仮面の意思は。なにひとつ少女のもとから去っていなかった。
―――――……。

「八月の末…………」

視線が天井に向いた。
……そして少し遅れてため息を吐いた。何かに安堵した。
八月の上旬とか言われたら死ぬところだった。

「……………」

死を想う。
そう言われると、確かに。ひとつの主想(テーマ)ではあるだろう。
しかし奇怪な話である。破りようがない。
死を前にしたとき、それを反故にして助命に走るのが背信になるのか。

「……………?」

唇を手で覆い、思索に耽ろうとしたところで、不意に頭の上に疑問符が浮かんだ。
これはこちらに問うべきだろう。

御前様(ミスター)。よろしいですか」

組んだ手の姿勢はそのままに、ひょいと片手を挙手した。

「……教えは。 それだけ、ですか?」

妙だな、と言いたげに、珍しい困惑の表情が麗貌に乗っていた。

神樹椎苗 >  
「ま、結果的には、ですね。
 運がよかっただけですよ、うちのカミサマが度の過ぎたお人好しだっただけですから」

 そうでなければ、椎苗は躊躇いなく、後輩を再起不能にしていただろう。
 それこそ徹底的に、心を砕き、全てを奪って。

「――――まあ、好き好んで覗きはしねーですよ」

 女のため息に、なにかを察する。
 こういうところを察する辺りが、かわいげのない子供だ。

 しかしその後の質問には、椎苗も、問われた神もまた意図を測り損ねた。

『ふむ――その通りだが。
 吾が教えそのものは、その一つに集約される。
 だが、それに伴う役目の一つとして、歪な命をあるべき形に戻すというものもある。
 不死者や、生死者、彷徨える魂、それらを安寧に導く事が、吾が使徒に与えられる使命だ』

 そう、白骨の指が下顎骨を撫でながら答える。
 客人が困惑したように、黒き神もまた、意図を測れず困惑を見せていた。
 

ノーフェイス >  
「怒りや憎しみ――あらゆる私心にて『死』を与えるべからず。
 使徒でなくなっても、それが己に架している禁忌であるとボクは伝え聞いています」

使命、役割。要するに、それを成すに至っても私心が混ざってはならないと。

「じゃあ天命ならいいのか。神命ならばいかようにも?
 ……そこに若干ヤバい連中の気配を感じてはいたのですが。
 歪なる命というものが、どういった基準であるかはさておいて――
 どうやらそういうワケでもないみたいですね。安心――」

疑問のひとつは氷解した。
知り合いが会わないうちに宗教に染まっていたことには困惑を消化しきれてはいないけども、
どうにも危険な連中だという疑問は杞憂であったらしい。

「……いや、やっぱり何かおかしくない……?
 アナタやしいちゃんの御言葉やその教義ではなくて、あいつのほう……」

何か妙な方向に、思考が向いているような。
言い知れぬ違和感が拭えない。死を想う――思いつくだけで、大きく二つの解答が浮かぶ。
浮かぶが、果たして彼女はそれを如何様に考えているのか。

神樹椎苗 >  
『――む、そういう事か。
 うむ、死を司るのが吾が使徒であるゆえに。
 私心で『死』を操る事は、あってはならぬ事。
 ゆえに、吾はそれを禁忌とした』

 あくまで生命の在り方に、『生』の隣人として寄り添うのが役割であり。
 そこに私心による私刑があってはならないのだった。

「まあ、死神信仰事態、ヤベー連中と大差ねエとは思いますが。
 天命であれば、見守り。
 神命であれば、己が目で見定め、使命を全うする。
 まあ、回りくどい言い方してますが、要するに『生』に仇なすリビングデッドやゴーストを討ち、望まぬ不死者を眠らせる。
 その基準は、『死を想う』事をどう解釈するか――いわば使徒の判断であり、その判断をする事が試練でもある。
 教義が一つな故に、使徒の数だけ基準と正解があります」

 そして、だからこそ、使徒が誤った時に罰を与える役目が存在するのだった。
 とはいえ、その処刑人が下す判断もまた、試練の内であるのだが。
 罰を与えるものが間違っていない保証などないのだ。

 ――さて。

「――ああ、お前も気づきましたか。
 ゆえに、あの後輩はまだまだ、使徒の道に入るには早すぎたのですよ」

 友人を救う手段として、利用されるのは構わない。
 もちろん罰は与えるし、実際に与えたが、それ自体を咎める事は、黒き神にはできなかったのだから。
 ただ、彼の娘が教義を咀嚼出来ていたかとなると、些か怪しいところがあったことには違いない。
 

ノーフェイス >  
「……………………」

筋は、通っている。
思索の表情はむしろ、新たな疑問が湧いてきた顔だった。
視線を背けたまま、訥々と独白のような確認が続く。

「たったひとりの敬虔なる信徒に支えられた神の一柱。
 その使徒が負う役割が、要するところは生者と死者の尊厳の守護
 ……ただこの時代、この島において、それは必要に迫られたことではないハズ」

その役割は、島内であれば祭祀局が負う。

「……アナタは何時の、何処の神なのですか、御前様(ミスター)
 その理屈で行くなら古くより冥界神(オシリス)を奉じ、
 (ファラオ)の復活と不生不滅を願った者たちと真っ向から対立するでしょう」

識られているなら、識る権利もあろう。
誰何は簡潔なものだった。腹芸は無意味だ。情報の強度でいえば自分は少女にも遥かに劣る。

「――……。 あいつは、死者を狩ることを責任だと言ってたよ。
 きっとやらなきゃいけないって思ったんだ。なにかに報いるために。
 キミたちにか。きっと嬉しかったんじゃないか。信じられて、頼られたと」

――自分は伝え聞いている。彼女の生い立ち。恐れられた箱詰めの令嬢。
それが役割を得た。信用を得た。何者かになれる、希望の光のような。
踵を返して、仮面のほうへと再び向き直った。

良き信徒である以前に良き使徒であろうとしてしまっているんじゃないか。
 八百万信仰で育ったお嬢には、すこし難解すぎる試練だろう。
 ……だって、取り戻す路が示されている。だったら、取り戻そうとしてしまうだろう」

鼻先がふれるほど、ケースに近づいた。
まっすぐ見つめる。感情の宿らぬ瞳。人間の成長を求めたる炎の色。

「だから――キミは永遠に喪われなければならなかった。
 いろんなことに縛られ続けているあいだに、あいつの切れ味はどんどん鈍っていっている」

恨み言を吐くわけではない。
むしろ――むしろ、祝福すべきことでも、あるように思う。
無垢な子供が力を求めたのが誤りだったのか、無垢な子供に力を与えたことが誤りだったのか。
判断がつきかねるところだった。自分が是非をくだせる問題でもない。

「……"死を想え"、か」

神樹椎苗 >  
「――お前は」

『椎苗』

 思わず、剣の柄を握った椎苗に、白骨が諫めるような静かな声を発した。
 椎苗はそれに、むすっと、子供らしい顔をして、白骨からも客人からもそっぽを向くのだった。

『客人よ、その問いの答えは至って単純だ。
 吾はこの世界の神ではない――いわば異邦人となろう。
 この世界の、様々な近しい伝承に、僅かずつよりどころを得て、辛うじて存在している。
 それでも――この娘が心から吾を信奉していなければ、とうに消えていた、そのような物だ。

 そして、吾にも椎苗も、教義を、信仰を広める目的は無いと言っていい。
 こうして神器を展示し、扱えるものを探しているのは――以前は代価であり――今は、恩に報いているにすぎぬ』

 白骨は客人の言葉に、そう答えた。
 明確に、己が異邦人であり、似通った伝承によって繋ぎ止められているにすぎないと。

 そして。

「――鈍っていますか」

 ぽつりと、椎苗がつぶやく。

「うちの『連中』(神器ども)の中でもとびっきり性格の悪いやつが、後輩に色々と問いを投げたもんですが」

 ちら、と、今にも笑いだしそうなのを堪えて居そうな、古文書の方を見やる。
 あの時の問いもまた、必要ではあったのかもしれないが――無垢な少女を迷わせるには十分だったかもしれない。

「ふむ――『赤いの』。
 お前、随分と信仰というものに造詣が深く、一過言あるようですね」

 そう仮面と睨み合う姿を見つつ、ふと思いついた事を口にした。

「――どうせなら、お前も一度、持ってみますか。
 不愉快ではありますが――お前は『不必要なほどに』資格がありますからね」

 そう言ってから。

「死を想う――お前がこの教えをどう解釈するか。
 個人的にも気になる所ですしね」

 そう、単純な興味である事を伝えながら。
 

ノーフェイス >  
ボクが……
 異世界人や人外(よそもの)に思うところがあるのは、キミならわかるだろ。椎苗

無礼は許せよ、と視線を向けておく。
他の誰かと違い、単なる地球人類至上主義(レイシズム)以上の感情を持ち得る身の上。
まして――()を名乗るものとなれば。

「御身にも、ご無礼を深くお詫び申し上げます。
 ですが識った以上は、その来歴も突き止めねばならない。
 ……テスカトリポカであり、ハーデスであり、チェルノボグであり、プルートであり。
 その何れもない御身に、しかし誰何をするにはこれしかなかった。
 識らずに敬うのは、それこそは不信心ではありませんか――
 愛するために……識ろうとしたはずだ。彼の御方も、悟りに至った者も」

……きっと、誰かも。
窮状、成れの果てともいえる有り様の告白に、再び恭しく頭を垂れた。
この存在は敬いの言葉は口にしていても、どこまでも相手を上とは見ない。
――対等に接するべくして、距離を測っていた。
神樹椎苗とも、髑髏面の神とも。

「鈍っているくらいが生きやすいんじゃないか。
 この時代は平和だし、この島には優しいヒトが多いもん。
 ……なあ?しいちゃん」

お優しい"先輩"に、流し目で笑った。
――だから。間違っているだとか、そんなことが言えるわけもなかった。
魂がそちらに惹かれ、心が平穏を望むなら。
きっと、手を離さなければならないのは自分のほう。

「いちおうクリスチャンとしての知識はあるってくらいだよ。
 ……まともな宗教者であったかどうかは、自信がないかな」

なりたかったわけでもないし、とケースから体を離して伸びをして。
そちらへ戻った。

「ボクの顔が隠れたら世界の損失だぜ。
 ……なにがあるんだ。それで、どれがボクを選ぶのか。
 引く手あまただったら、ボクが自分で選んでいいの?」

問い返す顔には、自信だ。自信しかない。
あるいは、資格なしでも構わないという態度の現れだ。
シンプルな言葉遊びとして、戯れるのも悪くはない。
いまは神事でなく、たまたま行きあった知人と語らっているに過ぎないのだ。 

ノーフェイス >  
通説として解釈はふたつ。
 まずひとつは、ひとを律するための教え――死の受容を謳うものでしたね。
 青ざめた馬が大地を駆け抜けた時代、踊り狂う死に人々が抱いた恐怖のまえに、
 ただ清貧と自律を訴えたその言葉は無力だった」

死を想え(メメント・モリ)
現業の無意味さを説き、来世に希望を抱く、戒律のような諦め。

「――もうひとつは、もっと古い使い方。
 明日死ぬのかもしれないのだから、飲んで歌って騒ごうぜ。
 ずいぶんと陽気な時代だったのかなぁ。
 それとも、その逆か。そうでなければやってられなかったのかも」

死を想え(カルペ・ディエム)
今日を何よりも想う、ある意味では命の刹那の輝きを奉ずる讃歌。

「……このふたつは、あくまで知識であり、ボク自身の思想とは言い難いものです。
 あいつは、『死を想え』の一言だけで深く解釈を行ったのですか?
 ――同じ条件でこたえてみたい」

伏せるつもりはない、と。
堂々と立って、死と正対した。

神樹椎苗 >  
「――むう」

 椎苗もまた、この『客人』を不快に思えど無下にするつもりはない。
 わかるだろ、と言われてしまえば、唸らざるを得なかった。

『無礼など――敬われるだけの格も、今の吾にはないのだ。
 気楽に話してくれ。
 吾もその方が、心地が良い』

 遠慮も敬いも不要であると、神の残滓は言う。
 その言葉で、客人ほどの識者であれば、それだけ近い距離で人々に寄り添っていたのだろうと察せられるだろう。
 そう、崇められるのではなく、神であっても、隣人としてそこにいたのだ。
 しかし、いつからか『死』は隣人として不要とされたのである。

「ただ生きるなら――ナマクラなくらいがちょうどいいでしょうね。
 しいもいつの間にか随分と、トゲを落とされてしまいましたから」

 痛みや死でしか、生を感じられなかった頃は随分と荒れていたと言っていいが。
 今の椎苗は、『友人』の遺言を心に刻み、胸を張って生きていると言うことだろう。
 そうして生きるのなら――厳しさよりも優しさと慈悲をもって生きる方が、幾分、生きやすい。

「まともであるかどうかは、あまり関係ねーんですよ。
 本当に、残念ながら」

 ふう、とため息を吐き。

「お前の器ならどの神器だろうと、扱えますよ。
 好きな物を持っていけ――とまでは言えませんが。
 好きな物を選べばいいんじゃねーですか」

 そう言いつつ、自分の紅い剣はひっこめてしまう。
 椎苗にとって、『彼女』は無二の相棒である。
 よこせと言われたら、堪ったものではないのだった。

 

神樹椎苗 >  
 ――客人の答えは、後者こそが最も近い。
 言うなれば死神信仰であり、楽園信仰。
 精一杯にその日を生きたからこそ、『死後の安寧』が約束されるという、とても原始的な信仰の形だった。

『ふむ――同じ条件で、か』

 白骨は顎を撫で、少し考える。
 とすれば――。

『――客人よ、汝にとって、死とはなにか』

 虚ろな眼窩が紅い客人と向かい合う。

『――汝にとって、信仰における正しさとは何か』

 そう静かに問い。

『――そして『死を想う』事とは汝にとってどのような意味を持つか』

 そんな、三つの問いを掛けた。
 

ノーフェイス >  
紅い剣(それ)がいいなァ、と明らかに目が語っていた。
なぜかといえば、色合い的にも、剣という形質的にも、ふるいやすそうだったから。
引っ込められると唇を尖らせてしまう。まあ、もとより武器は選ばぬ性質である。
そも、なにも持たないほうが強い

「……………」

三つの問いを受ける。
おそらく、正答のないもの。
適性を測るものと考えればあるのだろうが、自分はそれを使うことを目的には、

(――――――落とし穴(ひっかけ)

結果的にそうなる。若干恨めしい表情を神に向けてしまう。
祭の夜の涙を思えば、追い詰められている人間に向けていい問いではない。
冷静に考えることができる自分とでは、そもそもが公平(イーブン)にならない。
幾分、複雑な感情を抱えることにはなったが。

「ひとつ。"死"そのものを問われるのなら。
 それは苦痛の終わり。いつか誰かにきかせた言葉であれば、"痛みのないばしょ"。
 転じて、生は苦痛であり、すなわち快楽だ」

逆説的に行き着いた話である、と補足したうえで。

「しかし、死することとなったら、話は変わってくる。
 動的な生から死への移り変わりは、すべての総決算であり、画狼点睛となる」

()でしかない。
過日演じた、偽りの死の一幕。
――確かに幻視した、闇に向かうあの背中に、劇場を満たす大いなる(つばさ)を。

「ふたつ――ボクは信仰に正しさを求めない。
 ボクの信仰(カミ)は、理想の自分だ。ゆえに、すべての価値は自分で定義する。
 神には委ねない。社会にも委ねない。この虚無(せかい)に、みずからの意志で立つ。
 そう生きると自分で決めた。あえて言うなら、これが解答」

神の愛を拒み、ただひたすらに善き人間としてあろうとしたがゆえの。
クリスチャンの行き着く先は、虚無の世界を歩む意志。
神秘的合一(ウニオ・ミスティカ)。究極の人間となることを目指す、内在に神を描く精神活動。

「みっつ――いちいち死は想わない
 人生において不可分の要素だと了解すれば、それ以上はない。
 どうせいつか死ぬ。そういう前提で、全力で生きる。死のためには生きない。
 もしかしたら明日にもボクの頭に穴があいているかもしれない。
 ……ずっとつきまとってくるんだ。
 自分を赦せない心が。自分を赦せなくなる未来が。いろんな死の(かたち)で」

顔を、大きい手が覆う。
息を吸って――吐いた。
ああ、だめだ。
が、ちぎれる。

ノーフェイス >   
「きっといつでも選べる。苦しみから解き放たれる道を。
 (キミ)を否定はしない。きっと優しいんだ。毛布のなかで眠るみたいに。
 それはわかるんだ――だから行けない。肌を切る痛みが、胸を焦がす苦しみが。
 狂うほどの快楽(きもちいい)が、生きるってコトだ。そうだろう。
 こんな生き方してたら、じきにそっち行くだろう(It's better to burn out than to fade away.)
 手ぐすね引いて待ってろ。でもその未来に、決して"死"などという言葉は使わせない」

ふりはらって、一歩を前に。
その胸ぐらを掴むように乗り出して、暗い眼窩を覗き込む。

「それがどんな(おわり)だとしたって……、
 ボクは生きたんだって、この世界に刻みつけてやる」

如何に生きるか。
そこに、死を想うという動的な意思は、なかった。
生きる上での覚悟として、望まぬ死につきまとわれ、挫折の未来に怯えながらも、
前に前に足を出す以上になにを求めるというのか。
――人間は、死のために生きるべきではない。生きた結果として、死があるのだ。
 
全力で生きるだけだ。

神樹椎苗 >  
「――わーお」

 客人――否、『死を想わぬ者』の答えに、その燃えるような情熱に、苛烈な感情に、椎苗は感嘆の声を漏らした。
 叩きつけられた三つの答え、そして一つの生きざま。
 その血の通った紅い答えに――黒き神が喜ばないはずがない。

『紅き者よ、其の答え――六千年前に聞きたかった。
 ――そうげんなりするな。
 その血の滲むような答え、散々向き合ってきたからこその物だろう。
 汝は飽き飽きしているかもしれんが――それは誇るべき汝の信念に他ならん』

 そう、黒き神は満足そうに言うと、その姿を霧へと変えて姿を消してしまう。
 形を得ているのにも消耗がある。
 十分な問答が出来たと、黒き神は判断したのだろう。

「――で、どうしやがります?
 お前の叫び、どうやら気に入られたみたいですが」

 そして紅い女が気づけば、周囲に展示されたあらゆる神器に、細い糸のような繋がりを感覚的に覚えるだろう。
 あとは、それを手繰り寄せるだけ。
 そうすれば、神器は、その手の中に所有されることになるだろう。
 

ノーフェイス >  
うるせーッ(B a c k O f f)!!
 ……ああ、ごめん……クソ……」

ビリビリとケースが振動する、ともあれば美術館中に響くほどの声。
辛うじて神の言葉はすべて聞けたが、少女のトーンが混ざってきて許容量を超えた。
ぐしゃぐしゃと紅い髪をかき乱す。元来、すさまじい激情を秘めた人間だ。
幾重にも冷たい鎖でみずからを戒めなければ、日常生活や人付き合いなどできぬほど。

「……さいきん公演(ライヴ)してないし……山で歌ったけど足りないし……
 幻覚(へんなの)視えるわ誰かさんのことで悩むわでぐちゃぐちゃなんだよ……」

肩で息をしながら、離れる。
醜態を見せた――よりにもよって椎苗と、それこそ敬意を払わなければならない相手に対して。
白い顔は赤くなるとわかりやすい。羞恥に上気させながら、溜息。

「……………」

やがては、それを感じた。感じていた。
つながり。認められたということなのだろう。
それらがどんなもので、いかなる権能を持っているのかさえわかる。

「……なに応えてもこうなった気がするんだケド?
 もうちょい間口、キツく締めといたほうがイイんじゃないの、って。
 しいちゃんから言っとけよ……それと!」

白い指をつきつけた。黒い仮面に。……自分に糸を伸ばす、その意図は測りかねながらも。

「二割くらいはキミのせいだからな!……ったく」

ごほん、とわざとらしい咳払いをしてから。

「……失礼しました。ええと。
 どうにも最近抑えが効かなくって……舞台以外だと、どんなときでも冷静なんですが。
 若干、ヒトを見る目に疑いはありながらも、評価を頂けたことは有り難く存じます。
 ええ、と。……あらためて、神器を借り受けるにあたって、ひとつ確認しておきたいのですが」

――すでに、髑髏の姿はなかった。
なので、少女に正対する。襟を正して。
これは、大事なことだ。扱うということは、縁が生まれる。
だから明確にしておかなければならないことがある。契約は大事だ。

神樹椎苗 >  
「ま、あんな『方舟(フネ)』に乗ればそうもなるでしょう。
 それに、情で悩むなんて人間らしくていいじゃねーですか」

 羞恥のため息を吐く相手に、椎苗は楽し気な笑みを浮かべる。
 自分の前で激情を爆発させたことに、随分と悔しい気分だろうなと、思えば思うほど愉快である。
 嫌なガキだった。

「――実際、お前なら何を答えてもそうなりましたよ。
 間口は狭いはずなんですがね、面白い人間が多いもんですから、こいつら(神器たち)も刺激されるんでしょう」

 仮面に向けて文句を言う姿に、ケタケタと笑って。
 ――静かに席から立つと、ドレスの裾をもって頭を下げよう。
 それこそ、世界を震わせるほどの熱を持った血に。

「――黒き神の名代として、『紅き使徒』が礼を尽くしましょう。
 まあ御神の人間好きは今に始まった事じゃありませんから、置いておくとして。
 確かめたい事とは、如何なるものでしょう」

 長身の女と相対するは、幼き娘の姿。
 しかし、名代と口にしたその姿は、十分な礼節と威厳を持っていた。
 ――ただまあ、少しばかり風格が足りないのは、幼過ぎるゆえに仕方ない。
 

ノーフェイス >  
「ボクは、使徒にはなりません」

――前提から破壊しにいった。
しかしそれは、本心からのことであった。
面従腹背は、本人とて望むところではない。

「《紅き使徒》よ。
 ボクが神器を使うにあたり、アナタがたと結ぶ契約は」

そう、掌を差し出す。

業務提携(ビジネスパートナーシップ)
 上下関係ではなく、アナタとも、御前様(ミスター)とも。
 対等な信頼と契約を結びたい」

受け取られなければ、それでいい。
しかし、神への信仰は捨てた身であり、そしてついには、件の存在を神とは認識できなかった。
だから、差し出される契約はすべて社会人(ビジネスパーソン)としてのもの。

「ボクはただ生きて歌う。極星(スーパスター)として、結末まで。
 それが多くのものに、生きる希望を与えるだろう。
 生も、死も、歌っていくつもりだ。それが死を想うことに、僅かでも……いや。
 人間と御身のつながりが生まれていくのなら、その報酬として神器を借り受けたい」

神を成り立たせるのは、果たして信仰だけなのか。
物質的な隣人として成り立つなら、信頼は?友誼は?愛情は?
視線は見下ろす形となるものの、差し出されたる手は平等で対等なもの。
(カミ)(カミ)たることを赦さず、この時代らしい関わり方を望んだ。

「無私の奉仕も、無償の厚意も、ボクには合わない」

互いに利益がある。利害一致の付き合い方。
それしか、繋がり方を知らない。
――そうやって、生きてきた。
自分なりの、社会との折り合い方であり、目の前の少女も神をも、社会の一員として認識するがゆえの、である。

神樹椎苗 >  
「――でしょうね」

 ふ、と椎苗の口元が緩む。
 神とその使徒。
 それは、互いに望む関係性とは、まるで異なる。

「ビジネスパートナー。
 とても分かりやすく、私たちに最も適した形でしょう。
 すでに、そう言った形で契約をしている、神器の所有者も居ます。
 前例もある以上、断る理由もありません」

 そして、恭しく、その手に傷だらけの小さな手を載せる。

「行為の報酬――血の通ったあなたに相応しい。
 となれば、最もその熱量に相応しい物を」

 椎苗は、パートナーとなる女と重ねた手を返し、その手のひらの上に、黄金の小さな立方体を喚び出す。
 それは、4万の古代文献を蔵し、さらに幾千幾万の蔵書を貯蔵し、また呼び出す、無限の図書館。
 その、書庫としての機能だけを複製した、疑似神器だ。

「残念ながら、オリジナルは誰の手にも委ねるわけにはいかないものです。
 彼の書庫は、原初の神器であり、永劫無窮の我を持つ、不滅の書。
 あらゆる神器を複製し、あらゆる権能を模倣し、あらゆる知識を編纂します。
 『紅の使徒』、また、使徒と神器の処刑人――私が真に管理するものこそ、この無限書庫に他なりません」

 そう、神の名代は告げる。
 しかしその一部を、複製とは言え授けるという事は、椎苗と黒き神の名を以て、最大級の敬意と信頼であった。

「――もちろん、他の物がよいのであれば、どうぞそちらを。
 ただ、すでに所有者のいる物にはご容赦を。
 この場にこそありませんが――特に槍などは、あなたと同じビジネスパートナーの物ですので」

 くす、と。
 心の内を見抜くように笑む姿は、幼い娘に不相応な艶やかさを持っていた。
 

ノーフェイス >  
「そりゃ助かった。キミと上下関係が出来たら何されるかわかったもんじゃないしな」

相好を崩して、肩を竦めた。
言質を取ったらあとは神の沙汰。
 
――目を伏せた。実利を度外視して興味が惹かれるものはふたつ。

ひとつは、彼の少女が使っていた死神(アヌビス)の面。
所有するか否かではない。彼女が分けたものだから、惹かれるのだろう。
色々理由があるが、手に取らない第一の理由は顔が隠れるからだ。世界中が損をする。

……自分の意識が強くその槍に向いているのは――

突くのは得意だからね」

槍。得物としてよく用いている。
そういうことにしておいた。その槍の権能に惹かれはしても――もう使い道がない。

「あんまり便利な機能がついてると、いくらでも悪用できちゃうからな。
 いや、すでにこれだけでもいろいろ使い道が思いついちゃっていけない。
 ……制約の不自由のなかのほうが、悪さのしがいもあるってもんだ」

使う、という意味ならこれだろうとは腹が最初から決まっている。
わかっていて差し出してきたのだろう。

『其はまさに人と神がともに歩んだ事実に他ならない。
 勢い、こうならざるを得なかったとして……あらためてこちらから呼ばわろう』

ノーフェイス >  
そっと掌を握り込む。黄金に閉じられた書庫に、その熱をうつした。
 
『紅き使徒。不滅の書の鍵のうちひとつを、確かに借り受ける。
 約するならば新しき名を授け、契約は古き名でこう記そう。
 "虚空蔵書(ビブリオテカ・アルカナム)"よ――』

その書庫に踏み入ることを許された証のひとつ。
それでよい。扱うならば本だけだ。かつて入り浸った公共図書館のように。

『この輝きの御子(フィーリウス・アウレア)が、汝が担い手と罷り成る。
 現世に輝きを示す偶像(あらひとがみ)として、如何様にも我を写すがいい』

皮肉の寓意でもって、謳うその身は手を翳し――

瞬間、無数の頁が空間を満たした。
轟と風が巻き起こり、舞踏する妖精がごとく。
それがやがて、トランプのシャッフルトリックのように、
胸前に翳した両手の間に吸い込まれ――重厚な革張りの表紙に綴じられた。

ぽすん、と手に落ちる。
みずからの知識と記憶の編纂――"書に綴じる"権能。

「ひゅう~!こりゃあイイ。図説も綴じれるのか。
 異能を使う――ってのは、本来はこういう感覚か?便利便利。
 ……ところでよく知らないようで知ってる感触なんだけど、これなんの革?」

神樹椎苗 >  
「――はあ、まったくですよ。
 お前は下にも上にもぜってーほしくねーですからね」

 そして名代もまた、肩をすくめて笑った。

「なるほど」

 そして、いつもの調子に戻る。

「そうやって得意な槍使いで、あの『後輩』を鳴かせてるわけですね」

 ド下ネタをぶちまけるクソガキ使徒である。

「まあ、悪用したらどこかから処刑人がすっ飛んでいく事になりますから。
 せいぜい、バレない程度に上手く使ってください。
 ――正直、その疑似神器すら、渡した事がバレると面倒くせーくらいなんで」

 そんな事を言いつつ眺めていれば――

「ほんっとに、お前は――嫌味なくらい才能の塊ですね。
 普通は使いこなすのに、そこそこかかるもんですが」

 特に、自身の中の知識を書として編纂するとなると、自他境界の不明瞭化が起きかねないリスクすらある。
 それをさらっとやってのけるのだから、どれだけ嫌いでも、認めざるを得ない。

「ええまあ、便利ですよ、かなり。
 オリジナルはクソみてーな人格がくっついてくるんで、便利以上に、邪魔ですが」

 そう言ってから、ふぅ、と疲れ切ったように椅子に座り直し。

「そりゃあよく知ってるでしょう。
 それ、お前の皮の複製ですし。
 人革製品ですよ、ブラックマーケットでも高級品です」

 そして肘置きに肘をついて、ふあ、と小さく欠伸をした。

「ま、複製と言うのもありますが、都合が悪くなったら壊してしまって構わねーですよ。
 持っててやべーって事も、まあ、そう無いとは思いますが。
 あと、普段は自分の心象空間に収納しとくように――とだけ言えば、お前には十分ですね?」

 そう言ってから再び、眠気に耐え切れないとばかりに大きな欠伸が出る。
 ――能動的に活動できる時間が日に日に減っている。
 とは言え、まだ致命的ではないが。

「――まったく、お前くらい逞しいやつがいれば、後に困らねえんですがね」

 そう言って、ため息を吐きながら肩をすくめるのだった。
 

ノーフェイス >   
「しいちゃんにセクハラされたってマリーに言いつけておきまーす」

人の上に立つことも、人の下に立つことも不得手だ。
しかして手にした力は、他の神器に比べればどこか地味なものであるかもしれない。
――だが十二分だ。幾らでも利用法は思いつく。
書物。人間の叡智。記録と伝承の歴史のかたち。

「本はちいさいころからスキだし――書物の使い手が身近にいるもんでね。
 愛でて親しむコト。それに対するイメージが頭のなかで出来上がってんだよ。
 これが巻き物とかパピルス……石板とかだったらだいぶ時間かかってたと思うし」

あとは、強靭なる自我によるものか。
武器の形をしたものより、よほど親しみがある。
弦楽器の類があればそれに手を伸ばしていただろうが、遠い古代には未だ存在しないのだ。

「はいはい。謹んでお借り受け致しますよ――――えっ」

えっ。
やけにすべすべしてると思ったが、そっか。
なんか持ってたくなくなったのもあり、そもそもそういうつもりだ。
分厚い革で、寝ぼけた頭にぽすんと表紙を乗せた。
本体たる立方体は、胸のなかへ――問題ない。

「あげる。最近のは収録してないけどボクの楽譜(スコア)。一点物の稀覯本だぜ。
 御前様ともども、公演に来るまでに予習しておいてくださーい」

全力で生きると宣言したのなら、当然観に来るのだろう。
少なくとも二人分、お子様と神性も料金は変わらない。

「たまには元気な姿、じぶんからマリーに見せてやんなよ。
 ボクも近々お邪魔するつもりだし?」

辛気臭いことを、なぜだか言われた気がしたので。
それならそのとき。その日を摘むように、逢いたい人には逢っておくべきだ。

あいつがしょげてやってきたら、その時はよろしく。
 ご健勝お祈り申し上げますよ、《紅き使徒(ビジネスパートナー)》どの」

帰りがて、足を進めながら――さて、想像以上に近しい関係になって困った。
業務提携となれば、おいそれと裏切れも誂えもしない。
それだけの見返りが虚空蔵書(これ)にあるか否か、さっそく試さねばなるまい。

神樹椎苗 >  
「ならしぃは、紅いやつに意地悪されたって泣きつきます」

 そんな事すれば、あの優しいがパワータイプの修道女は、喧嘩両成敗でゲンコツが二発飛んでくる気がするが。

「好きこそものの上手なれ、なんて言いますけど――んぇ」

 頭の上に何かが乗った。
 あまり重くはなく、感触は少し柔らかい。

「ん――いいですね。
 お前は嫌いですが、お前の曲は嫌いじゃねーですし。
 精々楽しませてもらいます」

 そう言って、頭の上から腕の中へスコアを抱え直し。

「言われなくともその心算ですよ――いつ動けなくなるかももう、わからねーですしね」

 後半は苦笑交じりに冗談めいていたが。
 それが気にならない程度には不愉快で――痛快な時間だった。

「そもそもショゲさすんじゃねーですよ、『黄金の紅』(クソ女)
 まあ――互いに有益な関係で居られるよう、楽しみにしてますよ」

 去る姿を見送り、心地よく背凭れに体を任せる。
 本当に痛快な――気分のいい時間だった。
 想像以上に面白い関係を築けてしまった以上、組んでよかったと思わせねばならないだろう。

「まったく、面倒くせえですねえ」

 そう口悪く言いながらも、椎苗の表情は笑っていた。
 

ご案内:「常世博物館-中央館-古代エジプト文化展示」から神樹椎苗さんが去りました。
ご案内:「常世博物館-中央館-古代エジプト文化展示」からノーフェイスさんが去りました。