2024/10/15 のログ
「死」 >  
誰の言葉であったのか。
眠りとは、短き死であり、また死とは、永遠の眠りである。

「死」に触れ、「死」に落ちた少女は、様々な死を巡っていた。

ある時は安らかなる死。己が人生を全うした末の、永遠の眠りを。
ある時は突然の死。事故・事件・不注意・不運…様々な形で襲い来る、不意の死を。
ある時は悪意ある死。時には直接、時には間接。悪意持って齎される、理不尽なる死を。
ある時は死を理解出来ぬ死。生を知るよりも早く訪れる死によって、生まれ来る前に伸びる死の手を。

安らかなる死であった。苦痛に満ちた死であった。認識できぬ突然の死であった。生まれる前から死んでいた。

老いた心臓が拍動を止めた。
刃物で斬り裂かれ、抉られて死んだ。
突然の落石に、頭を叩き潰された。
足を滑らせ、高所から墜ち、身体中の骨がバラバラになって死んだ。
圧し潰されて、見るも堪えない肉塊に成り果てて死んだ。
喉を切り裂かれ、己の血で溺れて死んだ。
生まれてくる前に流れ落ちて、死んだ。


幾百の 幾千の 幾億の死を 体験した。

安らぎある死の、如何に少なき事よ。
突如襲い来る死の、如何に恐ろしき事よ。
生まれる事すら出来なかった事の、如何に哀しき事よ。

ただひたすらに、死に続け――


辿り着いた果ては、藺草の香りが鼻を通り抜ける、
あの平野だった。

果たして、死を迎えた者のうち、どれ程が此処に辿り着けるのだろうか、と。

幾多の死に見舞われ、働きが鈍った頭で、ぼんやりと考える。
 

緋月 >  
――書生服姿の少女の顔に、表情はない。
ただ、焦点の合わない瞳が、小さいが忙しなく動き続けている。
 

神樹椎苗 >  
「――死に惹かれる。
 それは誰もが陥る可能性のある、落とし穴」

 相棒の刀身を優しく撫でながら。

「けれど死は寄り添うもの。
 後輩、お前の死は――何によりそっているんでしょうね」

 椎苗はただ静かに、少女が自ら戻ってくる事を待つ。
 もし、死に惹かれ戻れないようなら――その時は介錯を務めよう。
 

「死」 >  
――考える。
死んだ者に、「次」はない。
死は終わりであり、永遠の安らぎなのだ。

ならば、己は何を以て刃を振るうのか。
何を以て、死を与えるのか。

……考える。

かつては考えもしなかった事だった。
ただ、学び、鍛えるが儘に、刃を振るって来た。
実際に命を奪った事は――決して多くはないが、なかった訳ではない。

今は、どうだろう。

己が犯した過ちを忘れぬ為に、敢えて守る必要のなくなった禁忌を守る?
それもある。己は罪咎を犯した事。それを忘れたら、もっと大切なことを忘れてしまう。

死に切れぬ者への憐み?
それもある。歪んだ生死に囚われ、死に切れぬ事は…きっと、とても恐ろしくて、苦しい事だ。

――だが、それは突き詰めると「後から知った事」。

ならば……己が命を奪う刃を振るう理由は――――



………生きている、「今」を、守りたい、から。


――紅い髪のひとは言っていた。
人として生きる為に「いらなくなった」部分。

出会った頃に比べ、自分はなまくらになった、と。

そうかも、知れない。
確かに、里に居た頃や旅をしていた頃に比べ、自分は随分と人らしくなって(鈍って)しまった、と思う。

――だが、それが悪い事、なのだろうか。

剥き身の刃は、近づく者総てを容赦なく斬り裂く。
好んだ者も、嫌う者も、偶然出会った者さえ。

そうならない為に、「鞘」がある。

――きっと、この街で出会った様々な物事が、
自分にとっては「人である時()」なのだろう。

それをくれた人たちを、傷つけたくないから。
生きている事を――守りたいから。

その為に、「刃」は「鞘」から抜かれるのだ。


「――――かえらないと。」

安らぎの地に背を向け、少女は遅い足取りで、歩き始める。

まだ、本当に此処に来るのは、早すぎる――。
 

緋月 >  
――どれだけの時間が経ったのか。
あるいは、ほんの5、6分も経っていないのかも知れない。

兎も角。

ぼやけていた焦点が、次第に合ってくる。

動かなかった体が、小さく動く。

「…………――。」

何かを喋ろうとして、口を動かすが、声にするのにも、力がかかる。

――形はどうあれ。
少女は「死」から、戻って来た。
 

神樹椎苗 >  
「――ま、及第点ですかね」

 ゆっくりと立ち上がって、徐に仮面を封じている展示ケースに近づき。
 紅が一閃。

「ほら、友人のところに行ってくりゃぁいいです。
 お前は少しばかり、ここにいるには人間味を持ち過ぎました」

 たとえ核爆発でも壊れない展示ケースを、バターを斬るよりも軽々と『塵』に変えて。
 椎苗は仮面を解放する。
 仮面の自我は少しばかり育ち過ぎた。
 ただの展示品に戻るには、難しいほどに。
 なら――『死にばかり気を取られてしまう』困った友人の傍に居させてやるほうが、いくらか、マシな結果になるだろう。
 

緋月 >  
「ぁ――ぅ…………。」

酷い空腹感と脱力で、声が碌に出てこない。
腕を持ち上げるのも、一苦労する有り様だ。

何とか、視界に入る少女に手を伸ばそうと、声を届けようとしたかったのだが、
どうにも上手く行かない。

その手に、何かが飛び込んでくる。
かたん、と音を立てて収まったのは――ひどく懐かしいと思える感触。

――もう、戻って来る事はないかも知れないと思った、「友達」の感触だった。

その感触が手の中に溶けるように消えて、自分の中に宿るのを感じる。


――どうしてか、分からなかったが、涙がひとしずく、こぼれた。
戻って来た事に引け目を感じたのか、それ以上に嬉しかったのか。
力が抜けて分からない頭では、結論が出せなかった。
 

神樹椎苗 >  
「はあ――まったく」

 自分用のとっておきだったが。
 ドレスに合わせた小さな鞄から、小さな缶を一つ。
 倒れた少女の目の前に、トン、と置いて。

「――ほら、これでも飲んでシャキッとするがいーです」

 カシュ、とプルタブを開ければ。
 濃厚な甘い香り。
 ――超絶濃縮しるこドリンク。
 それは凄まじい甘さとカロリーを誇る、そのくせ後味がなぜかすっきりする謎の、女子の敵ドリンクだった。
 

緋月 >  
「ん…ぅ……。」

置かれた缶に何とか手を伸ばし、口に運んで、飲み込む。
もの凄い甘さだったが、お陰で力が出て来た。
一気に飲むと大変なので、少しずつ、口を湿らす様に。

そうして、半分ほどを、時間をかけて飲み干し、息を吐く。
何とか、身体を動かしてしっかり喋る力が出て来た。

「………死を、」

何とか、それを口に出す。

「たくさんの、死を……見ました。
かぞえきれない、くらい、たくさんの――。

世界は……やさしくは、ない、ですね…。」

そう、何とか伝える。
もう一口、渡されたドリンクを口に含む。

もしかしたら、自分が見たモノを…「先輩」は知っているのかも知れない、と思いながら。
 

神樹椎苗 >  
「だからこそ」

 愛おしそうに、紅い刃に指先を滑らせながら。
 慈しむように、己が伴侶と戯れる。

「寄り添うもの、なんですよ」

 この世界には、死が溢れすぎている。
 いや、どんな世界であってもそうだろう。
 どんな理想郷(アルカディア)でも、死を逃れる事は叶わない。

「お前は少しばかり、惹かれ過ぎです。
 もっとよく、お前が何に寄り添っているか。
 ――なにに寄り添わせてくれているのか、紅い女(クソ女)にしっかり叩きこまれてくると良いですよ」

 どれだけ美化したところで、死は一つの終わり。
 だからこそ、安らかであれ、祝福であれ、と願われるのだ。
 けれど終わりは、それだけでは成立しない。
 何と寄り添うかで、死の形は如何様にでも変わるのだ。
 

緋月 >  
「…………はい…はい……!」

先輩の、教え諭す言葉に、子供のように、そう繰り返す。
――あたたかい。

例え、世界が理不尽な死で溢れていても、
だからこそ…生きている事は素晴らしい。

望んだ事とは言え、文字通り、死にかけるような目に遭って、
そこから数多の死を体験して、
改めて…その尊さを、当たり前過ぎて忘れそうになってしまう事を、
身体と心に、これでもかと刻み付ける事が出来た。

勿論、こうして話してくれる少女にも、感謝は尽きない。
それを伝えたいが、出て来るのは涙ばかり。


――ともあれ。
貰った激甘のドリンクを何とか時間をかけて飲み干し。
立って歩く事が出来るようになれば、改めて感謝を伝え、この場を後にする。

最後の言葉は、「さようなら」、ではなく、


「――いってきます。」
 

ご案内:「常世博物館-中央館-古代エジプト文化展示」から神樹椎苗さんが去りました。
ご案内:「常世博物館-中央館-古代エジプト文化展示」から緋月さんが去りました。