2024/11/27 のログ
神樹椎苗 >  
「馬鹿な子ですね、本当に」

 怒りを言葉にして、叫んで、放出すれば。
 残るのは後悔と悲しみだろう。
 怒りの感情は、どれほど強くても、そう長くはもたない。
 人間は心を守るために、そう出来ているのだ。

「『継ぎ接ぎ先生』が受け入れたのは、お前が居たからでしょう。
 お前なら、かつての『家族』を止めてくれると、信頼した証拠でしょう。
 だからこそ、お前を巻き込まないようにした。
 それが先生の出来る、唯一の事だったんでしょう」

 それだけ、彼女にとってかつての『家族』は大切なものなのだろう。
 けれど彼女に出来る事はなかった、だから自身の信頼できる生徒に託したのだ。

「――さて、尊いかどうかは知りませんが」

 椎苗は、片手を軽く振って、少女の目の前に一冊の本を出現させる。
 そこには、椎苗がかつて、人によって祀られた神であった記録が絵本のように描かれている。

「人間に都合のいい神を作る、なんてさして珍しい事でもねーんですよ。
 規模や程度の違いはありますがね。
 それに、道具扱いされている人間未満だって、いくらでもいますよ」

 それが許されるかどうかは問題ではないのだ。
 現実として、事実として、過去から未来に至るまで。
 神を作る行いも、道具扱いされる人間も、存在し続ける。
 人間が人間である以上、それは避けられない事だろう。

「頭を冷やしてよく考える事です。
 お前のするべき事は、善悪を判断する事ですか?
 断罪の刃で復讐する事ですか?
 お前は、最期に先生に会って、なにを託されたんですか」

 そう問いただすように。
 椎苗は悲しさに溺れる後輩に、厳しく問う。
 今は優しさを見せる時ではない。
 少女がすべきことを、自身の頭で考えさせる時だ。
 

緋月 >  
「――――――」

促されるように絵本を取り、血の涙を流すままに、その内容に目を通す。
1ページを捲る手が、とても重い。

何と言えばいいのか。
安い同情も、共感も、思い浮かばない。
厳しい言葉と共に突き付けられた事――頭を冷やして、考えて、出て来た言葉は、

「………現実(世界)は、優しくはないですね…。」

大声を出したせいか、少し掠れた声だった。
現実は、世界は、決して優しいものではないと、ただそれだけを何とか認めた言葉。

「先生に、最後に、何を――――」

ぱたり、と、やはり重い手で何とか絵本を閉じ、考える。
――皮肉だが、散々叫んだせいで、多少なり冷静さは戻って来ていた。

そして、それが以前の自分の言葉を思い出させる。

「――――「失われた」現実は……戻る事は、ない。
絶対に……ない。それは、もう……失われた、ものだから…。」
 

かつての記憶の言葉 >  

        -キミは、それにけじめをつけられてないだけだ-


神樹椎苗 >  
「――まあ、そんなもんですよ」

 世界なんてものは。

「だからこそ、本気で抗いたいのなら、揺らぐ様な覚悟ではならねーんです。
 この思い通りにならない物語(世界)を、お前の望む姿に変えて見せろ――抗いたいなら、それくらいの事をして見せる強さを持つことです」

 いつか聞いた、誰の物かも知れない言葉。

『君の世界を愛してあげて。
 どうか君の未来が色鮮やかな願いで溢れていますように。
 そして願わくば、その中に君の夢がありますように』


 今、ただの道具に過ぎなかった幼子が、人間らしく生きようとしているのは。
 椎苗がただ一人、『友人』と呼んだ、消え去った誰かの言葉があったからだ。

「しぃには、未だに法的な人権(・・・・・)が存在しません。
 理由はいくつかありますが、一番大きい物は、しぃが今も道具として扱われているからです。
 ただ、それでもしぃを人間扱いしてくれる人たちのお陰で、しぃは人間らしく、人間のフリをしていられるのですよ」

 そんな事実(現実)を語る椎苗は、自嘲じみた表情を浮かべているが。
 それでも、そうやって人間らしく足掻く事だけが、『友人』の願いに応えられる事。
 死を失った事で生を奪われた椎苗が、生きているふり(・・・・・・・)をし続け、世界に抗う――未来を鮮やかにするための方法だったのだ。

 少女が絵本を閉じるのを眺め、苦し気に言葉を零す姿を見守った。

「――――さて、そろそろ見せてもいいですかね」

 そう言って、椎苗がまた手を振ると、図書館に大きなスクリーンが現れた。
 そしてそこには、研究室めいた場所が映し出されている。

 中央に立って声を張り上げる小柄な女医。
 その指示に従って走り回る医師や看護師。
 そして培養槽の中に浮かぶ、穏やかで静かな顔。

 それは、『先生』がまだ生きている証であり、そして生かそうと戦っている人間たちの姿。
 そう誰も諦めていない。
 誰も、怒りや憎しみでなく――己のすべき事、出来る事を尽くして不条理に抗っているのだ。

「中央の女医が『鳳凰』。
 つまり『めーちゃん』とやらです。
 お前よりよほど、激情家で短気な女ですが、怒りや憎しみに囚われているように見えますか?」

 培養槽の前で指示を飛ばす女は、真剣な表情であっても、怒りに染まってはいない。
 手遅れであっても、自分のすべきことに全力で向き合っている。

「もう一度訊きましょう。
 ――お前は何を託されたのですか」

 静かに、淡々とした言葉で改めて、少女に問い直した。
 

緋月 >  
「椎苗さんに、人権が……。」

その言葉や意味するモノは、幸いにも学園で学んでいた。
――だが、それを「可哀想」とは、思わない。
今、目の前にいる彼女は、とても人間らしくて……書生服姿の少女も、彼女が「人間」だと、思っている。
それでも、法で「人として認められていない」事には…胸がざわつくような、苦しいものは感じる。

そうして、見せられたのは、「先生」を「生かす」為に抗っている人たちの姿。
顔を見るのは…これが初めてだったが、既に先生からも、そして「あのひと」からも、話は聞いている。

「……あのひとが、先生の言ってた…。」

その姿に、赤の中に少しだけ、透明な涙が混じる。
声を張り上げる姿に…今の自分の有様が、ひどく小さなもののような気持ちが感じられて。

「――戦ってる、んですね。
自分も、大変な筈だと…「あのひと」に、聞かされてると、思ったんですけど…。」

血の色の髪の麗人の姿を思い出す。
あのひとから聞いていた話は、恐らくあの女医にも届いている筈。
自身にいつ、何事が起こるのかも分からないのに…今、ああして、必死に「戦っている」。

「わたしが…託された、もの――――。」

ごし、と袖で血の涙を拭い取り、そのまま右の手の人差し指と中指を刀のように構え――斬の念と共に、振るう。
その斬閃の軌跡には…星空が、宿る。

形として、託されたもの。
「大元」を持っているのは別だが、試練を共に乗り越えた事で、己も扱う事を許されたもの。

「――――――私が、」
 

緋月 >  
『私が、承服できないんです。
顔も知らない誰かの都合で、知人や友人や大事な人…それに大事な先生を、
ただの道具か何かのように扱われて終わるのは。』

思いとして、託されたもの。
きっとそれでいい、と、認められた言葉。
自分の大事なモノを守る為の――エゴを超える為のエゴ。

――その目からは、憤怒の炎も血の悲しみも、既に失われていた。
 

神樹椎苗 >  
 ――少女の答えに、苦笑を浮かべながら、ゆっくりと頷いた。
 なんて、立派そうな事をやっていても、着ているネコマニャンのきぐるみで、威厳も何もありはしないのだが。

「いいじゃねーですか。
 自分が納得いかねーから叩き斬る。
 わかりやすくて、お前にちょうどいい」

 は、と、欠伸が出そうになって、止まってしまう。
 少しだけむず痒いような、珍妙な表情。

「目には目を、歯には歯を。
 なら、クソみてーなエゴには、エゴで殴り込むのがお似合いでしょう」

 そう言って肩を竦めると、へ、と気力なく笑う。

「そろそろ落ち着いたみてーですね。
 なら、今お前がしなくちゃいけねー事も分かってくるんじゃねーんですか?
 ま、少なくとも血気にはやって暴れるのは違う、って理解できたでしょうが」
 

緋月 >  
「――はい、ようやく思い出しました。」

それを思い出すのに回り道をし過ぎた、と自嘲するように。
書生服姿の少女は、軽く苦笑を浮かべる。

「今は――「契約」を、しっかりと護る事を。
それだけを、考える事にします。

これを知られたら、またあのひとに怒られるかも知れませんが。」

その言葉で、「契約」の相手は想像がつく所だろう。
あるいは既にそれも察しているのか。
いずれにしても不思議はない気がする。

「……朔も、ごめんなさい。それと、ありがとう。
私が、間違った方向に向かわないように…今まで、眠らせてくれてたんですよね…。」

軽く胸に手を当て、共にある友人に謝罪と感謝を。
眠っているのか、反応はごく小さなものだった。
人間で言うなら、寝言か寝返り程度のもの。
 

神樹椎苗 >  
「ん、いいでしょう。
 まぁ――ふふんっ、さっきのままだったら、あの紅い女(クソ女)に捨てられてたかもしれませんね。
 そしたら、こんどは後輩から、捨て犬にランクアップしちまいますね」

 くくっとおかしそうに笑っている。
 いくらクソ女でも少女を捨てるとは思えないが。
 それでも、あの女は少なからず失望したかもしれない。

「ああ、その駄犬ですが、あんまり寝かせっぱなしも、起こしっぱなしも良くねーですよ。
 神器としての力は無くなってますが、それでもマジックアイテムに変わりはありません。
 寝かせといたら宝の持ち腐れでしかねーです」

 そう言って、椎苗は指を一本立てた。

「二人同時に起きて、意識を同調させる。
 最初はバランスが難しいでしょうが、上手くいけば、脳のリソースを最大限に使って、あらゆるパフォーマンスを上げられる――かもしれません。
 前例が無いから推測ですけどね。

 駄犬の力を発揮しつつ、お前の意識で体をコントロールして、二人で頭を使う。
 駄犬ほどに自我が育っていれば、不可能な技でねーでしょう。
 まあ、訓練次第ですが、上手くいけば比較的負担の軽い手札になるでしょうね」

 いわゆる、意識の同期と、並列思考だ。
 脳の処理速度を上げ、肉体に最大のパフォーマンスを発揮させる。
 それが出来れば、思考に反射、適応力を大幅に押し上げる事が出来るだろう。

「――まあ、今のは余談です。
 すぐに出来るもんでもないでしょうし、駄犬との付き合い方の一つくらいに思っておきゃいいです」

 そう言いながら、片手を振ると、幻のように図書館は消えて、元の博物館に戻る。
 椎苗はまた、長椅子の上で猫のようにだらけていた。

「はあ。
 まったく、お前らはまだまだ、二人して半人前ですね。
 さっさと駄犬と力を合わせて、一人前になりやがれ、です――んぁぁ、んが」

 そう言うと、大きな大きな欠伸がでた。
 うっかり顎が外れそうだった。
 

緋月 >
「す、捨て犬……。」

思わずショックを受けた表情。
どう考えてもランクアップどころか下がっている。

と、そこで先輩からの有難いアドバイス。

「同時に起きて、意識を同調……。
……前に、怒られる事になった、あの時みたいな感じでしょうか。」

かつて、大目玉を喰らって友人を一時返却する事になったあの事件。
その原因となった事を起こした時、確かにあの時は明確にふたつの意識が起きていて、会話をしていた。
ちょっと気まずい気持ちになるが……あの時の出来事の応用、と考えれば飲み込みも早い。

「分かりました。ご教授、助かります。
……今は、私を眠らせてる間、「代わり」をしてくれてた為か…随分寝てますから。
起き出した時に、少し話をして、練習してみます。」

思わぬ所で新しい手札の手掛かりが見つかった。
手札は多いほどいい。多すぎて困る事はそうそうないが、逆の事で困るのはよくある事だ。

「あ……もしかして、お休み中でしたか。
それは…色々と、すみませんでした。」

妙な格好だな、とは思っていたけど、まさか就寝中とは思わなかった。間が悪い。
兎も角、有難いアドバイスも貰ってしまったので、頭が下がりっぱなしである。

「……今日は、本当にありがとうございました。
朔が起きたら、お話の事、伝えておきます。

――では、私はそろそろ暇乞いを。
今度は、もっと平和的な話題を持って来られるようにします。」

元の博物館の風景へと戻れば、一つ頭を下げて暇乞いの挨拶。
そうして、書生服姿の少女は改めて往くべき場所へ帰っていく。

とりあえずは、自身が寝ていた間の事の把握と諸々の対応。
それに頭を悩ます事になるのは、また別のお話だろう。

神樹椎苗 >  
「別に、ちょっとした昼寝です。
 気にする事でもねーですよ。
 もともと、しいは、寝なくても本来は問題ねーですし」

 寝るのは純粋に心地がいいからである。
 とはいえ、最近は体が自由にならないことも多く、休む事もかなり増えはしたが。

「ん、駄犬にはまあ、お前にしては上手くやった、とでも言っといてやればいいですよ。
 別に話題なんてなんでもかまわねーです。
 ただ、こんどは手土産の一つでも持ってこねーと蹴り出してやりますが」

 ぷすー、と鼻息を吐いて。
 少女に向けて、人差し指と親指を立てた。

「精々、抗って、お前のエゴを叩きつけて。
 この不条理だらけの物語(世界)を、お前の望む姿に変えてきやがれ。
 結局たかが家族喧嘩。
 ちゃぶ台を蹴り飛ばして笑ってくる事ですね」

 そんなふうに、『先輩』なりの激励を送り。
 椎苗はまた長椅子の上で丸くなるのだろう。
 夜の面倒な仕事に引っ張り出されるまで。
 

ご案内:「常世博物館-中央館-古代エジプト文化展示」から緋月さんが去りました。
ご案内:「常世博物館-中央館-古代エジプト文化展示」から神樹椎苗さんが去りました。