2024/06/20 のログ
黒條 紬 >  
「……ごめんなさい。
 自分の異能の欠点なんて、いくら身内(風紀)でも伝えるのは快いことじゃないでしょうに」

改めて、頭を下げる。

――凛霞さん、本当に優秀で、人が出来てる人なんでしょうねぇ。

今までの言動を見て、聞いて、紬はそれを、心から感じていた。
ならば。改めて正面から向き直って、座った。


――
―――

私の中で、心に常に引っかかるものがあった。
こんなに真っ直ぐな人だったんだ。
いつもなら、どうしようもない風紀のぽんこつとして、私が軽くできてしまう演技も、
何処かぎこちなくなっているように感じる。

「それでは、失礼します」

ファイルを捲る。捲る。捲り続ける。

正直、驚いた。
ここまで事細かに情報が記されているとは。

「……助かります。ここまでの情報は、私だけでは手に入れられませんでした。
 貴重な情報、間違いなく精度は上がる筈――いや、弾丸にだってなりますよ」

私はそう口にして、生活委員のデータを読んでいく。
有り難い。本当に一生活委員の情報収集能力だろうか。疑わしいところではあるけれど。

「……凛霞さん、ファイルの末尾、開いていただけますか。
 私のプロファイリングの結果、これはと感じた3名です。」

そう口にして、ファイルの方を指さす。

そこに示されているデータは、次の通りだ。

黒條 紬 >  
田島 京(たじま けい)
三年生。委員会所属なし。
よく問題行動を起こしており、風紀と揉めたことがある。
機械を弄る技術に優れており、自作のメカコンテストで優勝した経験がある。

黒沼 大智(くろぬま だいち)
四年生。風紀委員所属歴あり。
先輩と揉めて喧嘩をし、暴力事件に発展。
喧嘩相手を骨折させ、風紀を離脱した経歴あり。
常日頃から友人達に風紀への恨み言を吐いているとの情報あり。

藤井輝(ふじい ひかる)
四年生。風紀委員所属歴あり。
風紀委員として斬奪怪盗ダスクスレイの捕縛を試みた際に斬られ、脊椎を損傷。
半身不随の車椅子生活となっている。
 
 

黒條 紬 >  
 
大まかに見れば、そのような内容の3枚のカード(3つのデータ)だ。

 
――さあ、このデータ。どう見ますか、凛霞さん。 
 

伊都波 凛霞 >  
少しだけ感じた、彼女の"揺らぎ"のようなもの。
人が色々な面を持っている…それは別に珍しいことじゃない。
それに今は、話に横槍をいれるタイミングでもない。
まだ知らないことのほうが多いだろう彼女であるのだから、尚更だ。
そう思い、その場で感じたことは一度、記憶の匣に納めよう。

膨大とも思えるデータ、資料を眺めていた彼女が、口を開く。
こくりと頷いて、言われれるがまま…手渡されたファイルの…指示通りその末尾を開く。

そこに挙げられていたのは3人の名前。

それを目にして、凛霞は僅か視線に影を落とす。

『風紀委員の仲間のことなら、名簿に書かれてる人の名前と顔は大体覚えてるから』

あの日に橘壱へと語った言葉の通り。
凛霞はその常人離れした記憶領域にそれらの名前と顔を認める。
心当たりがあってほしくなかった、名前と顔だ。

「……───」

伊都波 凛霞 >  
口を開く。
そして言葉を紡げば、おそらくもう戻れない。
明言するに等しい行為だ。

「黒沼 大智」

フェイルに細く白い指を滑らせながら、口にする。

「黒沼先輩は、荒井先輩と喧嘩…といっても異能まで使って怪我させちゃった事件を覚えてる。
 それから荒れて、風紀委員を敵視してる…骨折、なんていうのも"(テンタクロウ)"を思い起こさせる…けど」

「常日頃からそういうことを吐露している人の感情は…あそこまでドス黒く溜まった泥みたいにはならない…と思う」

自分がサイコメトリーで感じた、残留思念についての知見も補足として報告書には付け加えておいた。
気安く友人に吐露できるような…生ぬるいものじゃなかった。

「田島くんは、私が一度指導したことがある。
 彼は手先も器用だし、機械技術にも精通してるけど。
 橘くんのAFの件で情報をまとめてる時に、割と最近も話して──」

あの時、対峙した(テンタクロウ)は、自分を知っていたけれど…。
浸透剄で感じた背後(本体)への手応えは──"(田島)との体格とは、異なる"

……目を細める。

指をすべらせた先

『藤井 輝』

「……───、藤井くんが…?」

……思わず、頭を抱えた。

黒條 紬 >  
「なるほど、ありがとうございます」

ファイルを見つめる凛霞を、私は真剣な眼差しで見ていた。
彼女が時折溢す言葉も、一言漏らさず耳に入れて。

「なるほど、私はら彼とは接点がありませんでしたからね……。
 あくまでプロファイリングの上で、記録されたデータの上でのみ
 浮かび上がってきたものではありますから……いやはや、面目ないです……」

黒沼、そして田島についての凛霞さんの言及を受けて、流石、そうでなくては、と心の内で呟く。
風紀の人々との繋がりの多い彼女からすれば、
これは考慮に値しない屑札(ダミー)でしかなかったわけだ。

「……3人目のデータ。藤井さんですね。
 彼も、凛霞さんとは関わりがありますよね。
 彼に関してもまた、凛霞さんは否定材料をお持ちで……?」

言葉を待つ。
私は、この瞬間のために、ここに来たと言っても良い。

情報交換で協力関係を結ぶことは勿論だ。本心から、協力できればと考えている。

しかし、もう一つの本命は、彼女に藤井の情報を渡すこと。

きっかけは、私の異能だった。
そこから疑念を抱き、プロファイリングを重ね、至った藤井という男。その情報。

手に入れられるのならば、あともう一ピースだけでも。

彼についての情報を手に入れたかった。

或いは、このまま――

伊都波 凛霞 >  
…頭を抱えたままではいられない。
少し深く息を吐いてから、真剣な顔の黒條柚へと、視線を向ける。

「…私が機界魔人(テンタクロウ)に一撃を加えた時──」

「……彼は、すぐには立ち上がらなかった」

新たなマシンアームを形成し、リフトアップするまで。

「……───立ち上がれなかったんだ」

もう、そうだったのかも…という言葉ですらない。

視線は深く落ちる。
無機質に記された彼の名へ。

「彼の持っていた異能は…」

机に並べられた紙面のうち、一枚を手にとって、並べる。
それは異能者とその異能のリスト。
生活委員の先生から提供された紙束の中の一枚。

身体加速α型類似異能(アクセラレイター)……。
 斬奪怪盗(ダスクスレイ)との交戦での怪我が元で下肢麻痺を含む半身不随……」

「彼は、風紀委員としても…異能者としても──」

淡々と言葉を紡ぐ。つもりが、どうしよう。言葉が、震える。

「……このプロファイリングの結果を、…否定は出来ない」

理解ってる。
そういう覚悟をしなさい、と。
内側の自分が言っている。
…少しくらい時間くれても、という気持ちは…その間にも増えるかもしれない被害者のことを考えれば自然と駆逐された。

黒條 紬 >  
「立ち上がれなかった……ですか?
 しかし、そんな情報は報告書には――」

そんなことを口走りながら、記憶を手繰る。
望んでいたピースの1つは、確かに彼女が握っていた。

「――いえ、ごめんなさい。そんな細かな情報なんて、普通は書きませんよね……。
 報告書は、台本(スクリプト)とは違いますし……」

当然だ。誰が彼女を責められるのか。
報告書は、情感たっぷりに記す創作(ストーリー)などではない。
加えて、この情報のピースがなければ、わざわざ立ち上がらなかったこと程度
気に留める者などそう居はしない。

寧ろ、そのような情報をしっかりと覚えてくれて、ここで提示してくれた彼女に感謝だ。
いや、そんな優秀な彼女だからこそ、見込んで、私は選んだのだが。

彼女こそが、彼を捜査線上に浮き上がらせてくれる、鍵――


―――
――


「ありがとうございます、その……ごめんなさい。
 でも、これが私の至った仮定で……その……」

紬は髪の隙間から、ちら、と凛霞の様子を覗った。
先までの真剣な表情、というよりは、単純に眼の前の相手を心配するように、
柳眉を下げて、ただただ視線を凛霞の方へ向けたり、逸らしたり。

「どう、しましょうか……」

一室には、時計の針の音が響いていた。

伊都波 凛霞 >  
そう、新たなマシンアームが形成され、立ち上がったと私は記した。
しかし彼が"表の人間"であるとアタリをつけていた時点で、本来ならば生物本能的に自らの足で立ち上がるものだ。
一撃を受け昏倒し、わざわざ戦闘態勢を整えてから立ち上がる者など普通はいないだろう。

「今思えば…、だけれど、ね……」

視線は、沈んだまま。
ファイルに記された彼の名から…視線を外すことができなかった。

「………」

沈黙が流れる。

"どうしましょうか"

結論に至った以上、何も動かないことは…できない。
それは職務怠慢でもあるし、何よりも自分自身が許さない。

「…捜査本部は動かせない。…と、思う。
 プロファイリングも、私の異能(サイコメトリー)も、物的証拠にはなり得ないから──、でも」

「…協力を仰いで、出来ることはあると思う」

そうして、漸く視線を上げる。
視線の先には、こちらを心配するような顔。
現実は非情だし、凹ませてくるし、時に余りにも冷たい風を吹かせてくれる。

でも、非情に怯え、凹んで落ち込んで、冷風に縮こまっていても何も変わらないことも知っている。

黒條 紬 >  
その言葉を受けて。目線を受けて。
紬は、もう一度、きちんと向き直った。


――
―――

このまま、風紀顔して、一緒に頑張りましょう、お願いします、なんて。
言って帰るつもりだった。他にも事件は沢山あるし、公安としても動かなくてはいけないし。

それでも、そんな顔されたら、ぶつかるしかないじゃないですか。

貴女自身にも――そして、彼にも。
私(つむぎ)自身が。

「ありがとうございます。
 確かに凛霞さんの仰る通り、今の私達の仮定は、物的証拠がないです。
 
 そして、私には人望もありません。正直……。
 
 ですから、凛霞さんのお力を、貸していただけませんでしょうか」

ここまでは、想定通り
こういう流れになれば、伝えるべき内容だった。

それでも私の口は、こんなことを言っていたんだ。

「凛霞さんは、協力いただける、信頼の置ける方を募ってください。
 こんな物的証拠(確証)のない説でも、動いてくれるそんな方を。 
 
 私が、藤井さんに探りを入れます!」

そう、口にしていた。

「生活委員のデータ、預かっても良いですか?
 まずはアリバイ、私が洗ってきます

こんなこと、言うつもりなかったのに。

「だから凛霞さんは、休んでいてください。
 少しだけでも……私には、これくらいしかできませんが……。
 もし彼が犯人ではなかったとしても、きっと……辛いだろうから」

これ以上首を突っ込むつもり、なかったのに。

黒條 紬 >  
 
 
演技(うそ)だらけの風紀委員(わたし)だけど、それでも。

自然と口から出たその言葉(エラー)は、胸がきゅっと締め付けられつつも。

何処か、何故か。

少しだけ、心地が良かったんだ。 
 
 
 

伊都波 凛霞 >  
「もちろん。落ち込んでても仕方がないしね。前向きに行こう」

「確定的な証拠がないってことは、取り越し苦労の可能性もあるけど、
 むしろ取り越し苦労であってくれたほうが、私としては嬉しいんだけど」

自分がごめんなさい早とちりでした、と協力してくれた皆に頭を下げて責任をとれば済むことだから。

「うん。刑事課で既にある程度共有してる知見もあるし。
 協力してくれる人足は大丈夫───、だからそこまで気を使ってもらわなくてもいいよ」

辛いといえば辛いけど。
だから余計に、動かないと落ち着かない。

「だから気持ちだけもらっておく。ありがとう、黒條さん」

そう言うと立ち上がって、ぱっと笑顔を見せる。
それは無理に作った笑顔なんかじゃなくて、彼女の言葉を嬉しく思っての素直なもの。

「おかげでやれることも増えそう。
 手詰まり…って程でもなかったけど、手を焼いていたのは事実だから…」

よろしくお願いね、と微笑んで、これからの協力を誓うためにも、片手を差し出した。

黒條 紬 >  
「強いですね、凛霞さんは。
 私が思っていたよりも、ずっと。
 これは調べ物だけは得意な私でも、データ不足でした」

ふっ、と。思わず自然な笑いがこちらも溢れて。

「分かりました。
 それじゃ明日、一緒に藤井さんの所に行きましょう。
 
 どちらにせよ資料は、一旦渋谷分署の方へ持ち帰っておいても良いですか?
 こちらもきちんと、目を通しておきたいので」

そう言って、資料を手に取り。

私は、差し出された彼女の手を――

―――
――


紬は、目を細める。
その差し出された手を一瞬だけ、見つめる。

そうして、導かれるようにその手を、握ったのだった。

伊都波 凛霞 >  
「強い?そうかな。でも強くはありたいかも」

守らなきゃいけない大事なものもある。
そのためだったら無敵にだってなれる。そんなつもりでいるから。

「へこたれてられないよね。
 ──うん。よろこんで協力する」

交わされる、握手。
良かった。こうやって手をとってくれる人がいるのだから、今もこれからも頑張れる。

「それじゃ、一端はこんなところかな?
 あ。連絡先もちゃんと交換しとこっか。何か不都合が起きないとも限らないし」

ポケットから端末を取り出して、そういえば通知をオフにしておいたっけ、と。
ひとまず重要な話は終わったことだし──と、連絡先を交換するために操作する。

───その手が、止まった。

「───……ぇ」

聞き逃す程の小さな声を漏らした凛霞の表情から笑みが消える。
…だけではなく、端末を覗く瞳が揺れ、その手は震えていた。

        ─────────風紀委員─────
─────伊都波悠薇───      ────妹さんが──
           ────機界魔人─────    ─────接触────
      ───────病院──     ──意識不明────

見る見るうちに青褪めてゆくその様子は、目の前の彼女でなくとも"異常"であると気づく程で。
手だけでなく、肩も、その背までが小刻みに震え、口元からは浅い呼気だけが漏れる───。

黒條 紬 >  
「ええ、ぜひ。
 私が凛霞さんと連絡先交換したなんて知ったら、うちの山川、嫉妬しまくりですよ」

なんて。
冗談っぽく笑いながら、端末を取り出した、その直後だった。

凛霞さんの様子が急変する。

「凛霞さん……!?
 どうしたんですか、凛霞さん……!」

思わず駆け寄って、震える凛霞さんの肩を抱いていた。

「一体、何が――」

私の視線も、そちらに向いた。

私だって、知っている。
簡単な、二人の関係性くらいは。

起きてしまった、最悪の事態。

「凛霞さん、お、落ち着いて……!」

落ち着いてなど、いられる訳がない。
分かっている。それでも、そんな言葉しか出せなかった。

「凛霞さん……ッ!」

このままでは凛霞さんが飛び出していってしまいそうで、
私は彼女の身体を押さえた。

けれど。

伊都波 凛霞 >  
「───ぁ…、…は…悠……」

声をかけられても、肩を抱かれても。
その震えは収まることはなかった。

常日頃から宇宙一可愛い妹だと吹聴する様子はある種語り草。
妹の話を始めると止まらない。迂闊につつけば数十分コース。
そんな話まである程の妹好きと評判ですらあった。

名前を呼ばれても。
落ち着いて、なんて言われたって───。

声なんて、もう耳に入らなかった。

「───ぁ、ぁ…ああ…っ…!!!」

弾かれるように、黒條紬を突き飛ばして───ドアのロックを素早く解除し、駆け出していた。
その背にかかる声すらも、その一切を聞かず───

ご案内:「風紀委員本庁-刑事課オフィスの一室」から伊都波 凛霞さんが去りました。
黒條 紬 >  
「ちょ、ちょっと! 待ってくださ……」

マズい。
情報(よそく)通りの――

「きゃっ……」

――衝撃。

突き飛ばされ、背中をデスクに打ち付けた。
鈍い、音がした。

走り去る先輩は、すぐに視界から消えてしまった。

「これは流石に……想定外ですねぇ」

藤井を、仮の捜査線上に浮き上がらせる。
その上で、そうして頼れる協力者、伊都波 凛霞との関係性構築もできた。

私としては、最も望ましい展開ではあった。
それが、この瞬間に砕け散ってしまった。


それでも、確かに情報だけは手に入った。
つまり、前身ではある。停滞は免れないが、
増えていく被害者を思えば、待っている時間もなかった。

立ち上がり、ケーキを冷蔵庫に入れてから、資料を鞄へ。

そうだ、ここまで来たら。

ぶつかるしかない、ですからね……」

私には珍しく、怒りも心の内に在った。

立ち上がった凛霞さんの顔が、突き落とされた凛霞さんの顔が、忘れられない。

「やって見せますよ、私だって……風紀委員として……」

そうして、私もまた一室を後にしたのだった。