2024/09/13 のログ
レイチェル >  
「傷は――もう大丈夫なのか?」

重体の遠藤 秋穂に比べれば、軽傷なのであろうが。
それでも、傷は傷だ。

胸の下で腕を組みながら、静かにそう聞いた。
普段と変わりなく、元気に笑う少女を、
レイチェルの瞳は静かに映していた。

その瞳が細められる。

「凛霞」

多くは語らないし、問いかけなかった。

ただ、一言。

何年も仕事を共にしてきた中で、何度も呼んだその名前。
ただただ自然に――完璧に普段の自分として振る舞う彼女の名を
レイチェルは静かに呼んだ。
その名を呼ぶ声色は、
もう長らく少女の耳に届いていなかった、
穏やかでありつつも険しい音だった。

伊都波 凛霞 >  
「はい、少し深めに掠めた程度だったので。
 傷は残るかもですけど、それも魔術治療で消えるって」

ニーハイソックスで隠れているが治療痕に薄く包帯は巻かれている。
怪我は隠れ、笑顔も普段通り。
顔に出る疲労なんかは、メイクで綺麗にごまかしてある。
いつも通りに見える筈だ。

「───……」

一言だけ、投げかけられた言葉。
その声色を聞くのはいつ以来だろう。
頑張って作っていた笑顔が消えて、…視線が沈む。

別に騙そうとか、そういうんじゃなくて。
ただ、周りに気を使って欲しくなかったのだけれど。

「……、何、ですか…?」

彼女に返されたのは、そんな…覇気の感じられない声だった。

レイチェル >  
「――――………」

腕を組んだまま、目を閉じる。
凛霞の作る沈黙を受け入れているようであった。

「……辛ぇよな、そりゃ辛ぇよ。
 オレも、銃の訓練をずっと付き合ってやってた、大事な後輩だ。
 身内を撃つ為に、殺しの為に射撃を教えたつもりはねぇ。
 
 だからさ、辛ぇよ。
 
 技は伝わっても、心までは伝わってなかった。
 そいつが、一番な……」

先輩風を吹かすつもりはない。
此度の相手は、己自身が銃の手解きをした相手であり、
大切な後輩でもあったのだ。

凛霞とはまた少し関係性も距離感も異なるが、
それでも胸が切り裂かれる思いなのは、やはり同じだろうと。
だからこそ、こうして隣に座っている。

そうして自らの気持ちを吐き出した後に、
横に座っている凛霞へ向けて、視線を注いだ。

「……凛霞は、何が一番辛ぇんだ?」

無理に言わなくても良いがな、と逃げ道を添えながら。
レイチェルはそのように問いかけた。

伊都波 凛霞 >  
そうだ、私と同期の彼女はレイチェル・ラムレイの後輩だった。
彼女はその射撃の腕もあり、訓練を共にしてもいた。
あの精密な射撃術を鍛えたのは、目の前の先輩に他ならない。
…その銃弾が、いくら元がつくとはいえ風紀委員の手から放たれ、仲間を傷つけた。

誰よりも情に厚い彼女のこと。辛くないわけがない。

「皆、口にしないだけです」

刑事課の誰もが、事件の発覚まで彼女のことを信頼していた筈だ。
だから誰もが口を紡ぐ。自分だけが辛いわけでないことを理解しているからだ。

「私は…」

「彼女の口から聞いてもまだ、信じたくない…。
 現実に犠牲者が出て、目の前で後輩を撃たれているのに。
 一緒に過ごした日々の全てが偽りだったとは思えない…でも」

「───でも」

言葉に詰まる。
それは恐らく、彼女を知る人物全てが思うこと。
どうして彼女がそんなことを。
その理由を聞いたとしても…誰もが、そんなバカなと。憤る筈。
腕に通した腕章(使命感)に突き動かされて、あの場を毅然に振る舞おうとした。
けれど結局脆い部分を打ち砕かれ、この結果だ。

「………」

「誰も私を責めない……それが、何よりも辛い……」

俯き、涙声に絞り出すような小声は、近くにいるレイチェルにしか聞こえはしなかっただろう。

レイチェル >  
「そいつが、お前の傷か」

常世学園の医療技術は世界有数。
それに、戦闘経験豊富な彼女のことだ。
ちょっとした銃創くらい、なんてことはないだろう。
問題なのは当然、もっと深いところにある傷。

「お前の言う通りだ。誰も、口にしない。
 辛いのは皆同じ、だから、ってな。
 
 でもオレは、そいつが気に食わねぇ
 
 言葉ってのは意思疎通に便利だが、
 時に真実を型にはめて、覆い隠しちまう。
 
 辛さの大小も、その種類も、抱いている感情も。
 本当は皆、違う筈なんだけどな。
 それでも皆ただただ、辛いの一言で片付けちまう」

型を同じくすることは、時に同調の上で救いにもなるが、
解決には至らない道を歩むこととなる。
そこまで口にして、ほんの少しだけ椅子を近づける。
凛霞の隣の机に己の肘を預ける。
せめて今だけは、窓の外から、彼女の姿が見えないように。

「それがどれだけ一緒に居た相手でもな。
 ……分かったつもりになっちまうほど、怖ぇもんはねぇ。
 だからオレは、お前の気持ちを聞きに来た」

その瞳は、いつかの灯を宿しているように見えるだろうか。

「……弱みを突かれて。事実として、あいつを取り逃がした。
 だから、自分は責められて当然。
 お前は、そう思ってるってことか?」

伊都波 凛霞 >  
「………」

誰も、心の内はわからない。
自分よりも傷ついている人もいるかもしれない。
他人の傷口に触れるのは…誰だって怖い。
悪戯に拡げてしまわないか、より痛みを与えてしまわないか…。
それが優しさになることもあれば…そうでない、時もある。
気に食わない
顔をあげ、そう口にした彼女ともう一度向き合う。

「…人質に対する犯人への対応」

「犯人が人質を撃った時点で。犯人の無力化・確保を優先するのが本来です」

「それが出来なかったことは…責められるべきです」

ぽつり、ぽつり。
零すように呟くのは、風紀委員としての失態。

「───…でも」

「それだけじゃない…」

「私はまだ、夏輝のことを───」

諦めきれない。
たとえ凶悪な連続殺人に手を染めていたとしても。
死なせず、連れ戻して……罪を償って欲しい。
…考えが甘い。そう断じられることは明らかだ。

「…彼女が逃げる間際、言われました」

「"大好きだった"。"一緒にいたかった"。って…」

彼女のことは信じたい。
でも彼女の言葉を信じたくない。
どうすれば、いいのかわからない──。
辛い。
一人の風紀委員として叱責を受けたほうが、余程…迷わずにいられる。

レイチェル >  
「確かに、文面(しょるい)だけ見りゃ失態だろうな。
 世間様の考える風紀委員としての在り方としても、
 褒められるべきものじゃねぇんだろうよ」

彼女が続ける告白を、受け入れられるだけは受け入れる。
否定することは幾らでもできた。
『相手が相手だから仕方がない』『お前は悪くない』
『誰でもそうなった』
しかしその一つひとつが今の彼女の胸を抉るナイフ足り得ることは、
先に凛霞が伝えた通りだ。

だからそういった優しさは、
限定的に相手の反省を受け取ることで言外にのみ置いて。
彼女の話を聞き続けることとした。

続く告白に、レイチェルは唇を軽く噛む。
彼女が受け取っていたその言葉は、あまりに残酷だった。
彼女と直接対峙した凛霞の痛みが、改めて胸にナイフを突き刺して、
肉も骨も抉って入ってくるように、感じられた。

だからこそレイチェルも、一呼吸を置いた。

レイチェル >  
「そりゃあまりに残酷な言葉だぜ。
 そんな言葉受けて、よくここまであんな顔で過ごしてきたもんだ」

改めて、彼女の今までの所作を賞賛する。
その身に刻まれた痛みは、この短い言葉だけでは、計り知れない。

「……凛霞。
 事が起きた後のフォローも、立派な風紀の仕事だぜ。
 お前なら、よく知ってるだろ?」

テンタクロウ事件の際も、彼女は渋谷分署の黒條と共に、
事後フォローに回っていた筈だ。

「その言葉の意味、あいつの気持ち。
 確かめてぇんなら、もう一度ぶつかってみんのも……
 まぁ、一つの手だろうぜ。
 今度こそとっ捕まえて、今度こそしっかり話聞くんだよ。
 お前の思うことも、気持ちも、伝えんだよ。
 
 ……こいつぁ、あくまで、オレの考えだがな」

そこまで口にして、レイチェルは口を閉ざした。
腕を組んだまま、沈黙を保つ。

伊都波 凛霞 >  
「……夏輝のことを信じたいです。言葉も、嘘じゃないって思いたい。
 でも、夏輝がしたことも…受け入れなきゃいけない……」

自分に銃口を向けたこと…、そして目の前で後輩を撃ったこと。…七人もの人間を殺したこと。
そして…異能を覚醒してしまうほどに、逃避したがっている、こと。
だから、信じたいのに、信じたくない…。
自分の都合の良いことだけを信じるなんてことは出来ないのだから。

「……夏輝は、自分のしてしまったことと、向き合えていない…。
 逃げたくて、逃げたくて…きっと、私に向けて実弾を撃ったことさえも。
 迂闊に踏み込んでしまった自分の血塗られた道から…逃げたくて仕方がないんです…でも」

「現行犯で、彼女は風紀委員を傷つけてしまった。
 ……もう、風紀委員側も威信をかけて彼女を追う……逃げ切れるとは、思えない……」

感情の吐露と共に溢れた涙を拭う。
…みっともない。自分の感情の昂ぶりだけで溢れてしまうんだから。

「……私もそう思ってます、でも」

「彼女の事件への捜査に加わることは、きっと許してもらえないですよ」

それこそ、文面上の失態が裏付けになっている。
親しすぎる間柄、私情と感情の暴走は…厳禁なことは理解している。
それが出来ないだろうと、断じられている現実がある。

レイチェル >  
「……風紀委員としてなら、そうだろうな。
 許されることじゃねぇ。
 今回のことも含めて、まぁ……外されんだろうな――」

身内、親しい者。そういったものは捜査の上で、
障害となってしまう可能性が高い。

事実として。
彼女は隙を突かれて失態を犯してしまった訳だ。
次は、ない。彼女には。ならば。

「――なら、オレがお前と一緒に出る。
 そう、上へそう掛け合ってみることもできるぜ」

一つひとつの事件にはあらゆる事情やケースがあり、
全てを型にはめてしまうほど、風紀も愚かではない。
少なくともレイチェルは、そう信じている。

かつてのレイチェルであれば、『風紀なんざ関係ねぇ』で
飛び出したところだろうが、ここが今の彼女の塩梅(ライン)
らしい。レイチェルとて、彼女のことを放っておきたくない
気持ちもあるのだろうが。

「さあ、どうする? 
 一人で悩むも良し。
 今走り回ってる風紀委員に委ねるも良し。
 背中をオレに委ねるも良し。
 ……全部忘れて逃げちまうのも、まぁ一つの考え方だろう。
 
 選ぶのはお前だぜ、凛霞。

 ……なぁに、どの道を選ぼうが、できる範囲でフォローはするさ。
 オレも。きっと、周りの奴らも。だから安心して、選びな。

 急ぐ必要はあるかもしれねぇが、焦る必要はねぇ。
 別に選ぶのは、この場じゃなくても良いからよ」

腕を組んだまま、レイチェルは天井を見上げた。
そのまま、沈黙を放つ。

伊都波 凛霞 >  
「………」

「もしかして、見抜いてましたか?」

今日の自分は、腕章を腕に通していない。
組織が柵となって彼女を追うことが出来ないのであれば──、
風紀委員であることをかなぐり捨ててでも、実行しようとしていたことを。
迷い悩み、どうすればいいかの果てに、感情を優先するならばそうなっただろう、在り得た選択。

「…でも、それはお断りさせてください」

そう呟く凛霞は、顔をはっきりとあげて、自分の背後を振り返る。
そこには二人を遠巻きに、強い視線で見守る刑事課の面々が在った。
弟切夏輝の起こした連続殺人事件、その捜査から外されたのは何も凛霞だけじゃない。
刑事課の仲間…彼女に信頼を置いていた何人もの生徒達が、そうだ。

「彼女を放っておけない気持ちは、レイチェルさんだけじゃなくて、皆同じみたいです」

"わたしのことは忘れて、そっとしておいて"

「忘れることなんてできないですよね。
 皆、好きだった…双炎舞踏(フラッシュバラージ)、弟切夏輝のことが」

「───力を貸して下さい、お願いします!」

椅子から立ち上がり、深く頭を下げる。
レイチェルに…そして、刑事課の仲間達へ。

傷は深く深く…癒えはしない。
傷ついた自分だけでは抱えきれない、決断できない。
彼女(レイチェル)の…皆の力を借りれば、あと一度くらいなら機会に巡り会えるかもしれない。

レイチェル >  
「さぁ、どうだろうな?」

視線は彼女の腕へ送られた後に、
再び天井へと向けられた。

「何だ、せっかく先輩(オレ)が一肌脱いでやろうってのに――」

ふっと笑うレイチェル。
口から牙が覗く。
そうしてデスクに手をかけて、ぐっと押せば、
同時にレイチェルの座っていた椅子が転がっていく。
そうして見えた、彼女の後ろ側――
窓の向こう側にも、やはり何人かの人影があった。
全て、弟切 夏輝(彼女)を見知った人間だった。
誰もが、伊都波 凛霞(彼女)を心配していた人間だった。

「――冗談だよ。
 モノを見ようとせず型にはめる言葉は嫌いだ。
 でも、同じもんを見て、皆で向かおうとしてる今、
 放っておけねぇって言葉は――」

凛霞の方に向けて、目をぱちりと閉じて見せる。
ウィンクの形だ。

「――悪くねぇ。」

彼女とレイチェル、そして彼らの間にあった壁。
今一つ、砕けたように感じる。
彼女の選んだ選択肢。
風紀を辞めるのではないか、とまで言われた彼女が選んだ――

――風紀として、風紀と共に立ち向かう道

この道の選択を祝福せずして、何を祝福しようか。
レイチェルは満足気に微笑むと、椅子から立ち上がった。

「じゃ、早速行動開始だな――
 改めて皆で、上に掛け合ってみようじゃねぇか。
 オレ達を差し置いて、
 弟切 夏輝(あいつ)の手を掴もうとしてんじゃねぇぞ、ってな」

最後に大きく伸びをして。
凛霞の方を振り返ると、レイチェルはクロークを翻して
外へと向かっていったのだった。

伊都波 凛霞 >  
彼女の一言に、刑事課のオフィスの一部屋は湧いた。
口々に紡ぐ言葉は、強い意思と覚悟を感じさせるものだ。

捜査の角度を上げるたためにこそ、省かれた面々。
レイチェルの口にする"オレ達を差し置いて──"その言葉こそが、
組織に在りし者が、本当に言いたくとも言えなかった言葉だろう。

伊都波凛霞は、これまで何度か彼女の事件の捜査チームに掛け合ってきた。
もちろんそれは突っぱねられ、その理由も納得の行くものだった。
この局面になって…今回の事件を経て、大きく"戦況"は動いたのかもしれない。

「私も───」

レイチェルの後を追おうとした凛霞を、刑事課の女性が静止する。

『まずは任せてみて』、と笑って。
『俺達もできる限り陳情してみるからさ』、と奮起して。

次々に、彼女の後についてゆく。

「……、…うん……!」

深く頷いた凛霞の頬から零れ落ちる雫。
小さく肩を震わせる、少女の肩を左右に並ぶ、刑事課の仲間が抱く。

──もう一度、機会(チャンス)を。 
努めて忘れるべきである──"さよなら"と告げられた筈の物語の続きが、動き出した。

ご案内:「委員会街 風紀委員会本庁」からレイチェルさんが去りました。
ご案内:「委員会街 風紀委員会本庁」から伊都波 凛霞さんが去りました。