2024/12/12 のログ
ネームレス >  
「……なに?プライベートでも会ってくれるのかよ。
 そういうロケーションに持ってくには、骨が折れそうだと思ってたケド」

せいぜい取調室や現場くらいしか縁がない相手。
そう笑うのは、少なくとも未だ、被疑者という立場に在るからだ。
これからどうなるかは未知数の話。可能性は見えていても。

「警察機構としては危うい実力主義(メリトクラシー)が、キミの入口になったワケか。
 ……そうやって、キミやボクのような立場が島内社会に参画しやすく作られてるのかな。
 確か故郷にも退役軍人雇用制度なんてのがあった気がする」

警察の事情には、何やら妙に造詣が深い。
考えながら、興味深そうに成る程、とうなずく。
よくねぇ目、と言われるたところでぎくりと視線がずれた。
ちょうど胸を見ていたところだった。

「んははは。格好悪い、なんて言っちゃダメだぜ。
 転がり込んだ揉め事(チャンス)でしくじってたら、それでおしまい。
 キミは持てる手札で勝負して、掴み取ってみせたワケだろ。
 
 ……まあ。腕っぷしの話しかできないヤツとは。
 ちょおっとだけ、違う世界で生きてんな、と思うトコはあるケド。
 それしかなかった自分(キミ)は、理想の自分(キミ)とは食い違っていたのかな?」

戦いは、避けていた。
追いかけ回されることを楽しむことはありながら、武力の解決を望まない人間は。
当時のレイチェル・ラムレイであれば、こうは話せなかったろう。

「社会に生きるというコトは、己の価値を証明するコトだと思っている。
 そして学校とは、その価値を磨き上げるための環境だと。
 落第街(あのばしょ)で、自分がどれだけ、どこまで届き得るのかを試した。
 能力、評価、人気――商品価値。芽が出ないならボクはそれまでのゴミだと覚悟して」

掴み取ったがゆえの、社会復帰の意思でもある。
島外に届くと判断したがゆえの出頭だ。意地を張ってまで、成したもの。
炎のように燃える瞳はしかし、続いた言葉には少しだけ気勢が緩んだ。

「ああ」

何のことを言ってるのかは、すぐにわかったらしい。

「うん」

そのあと、少し難しい顔をして。

「千秋楽だよな、確認するケド……演劇の?」

それまではライヴハウスとしての色を持っていた劇場が、色を変えた最後の日。
そこが、本来の用途として使われた、たった一度の夜。

「しょうじき、役者は本分じゃないんだよ。
 できればボクの公演を観に来てほしかったケド……なにが聴きたいの?」

レイチェル >  
その手の軽口については、大概にしときな。
 大目に見ねぇ奴らも居るかもしれねぇぜ。
 それこそ、お前がさっき言った通り、な?」

目を閉じ、声色は穏やかなままに答える。
無論、そこに隙は一切挟まないままに。

「さてな? だがまぁ一つ答えるなら……手札は多いに越したこたねえだろ?
 一枚の引き(ドロー)でも可能性は広がるぜ。
 カードは配られるもんだが、自分から引きにも行けるからな」

黙秘権を行使するのは被疑者のみではない。
何から何まで話す気はなかった。

とはいえ、相手の話には、答えられる範囲で答える。
それは、当然この後に来る質問(ほんだい)への備えである。
とはいえ、軽口については戒めるのであった。

職務は全うするし、立場とその位置関係も違える気はないのだ。
此度の対話はあくまで、その前提の上に立つものでしかないのだから。

「陽が射さねぇ場所(トコ)じゃ、向日葵は咲けねぇってだけの話さ。
 
 咲こうとする気概自体は、悪くねぇ。
 悪くねぇんだが、手段を違えたんじゃねぇか、と。
 そいつがお前に今問われてる間違い(つみ)ってやつだろうよ。
 だが、咲く為の新しいやり方を探すってんなら、
 上も手助けを考えるかもしれねぇな」

犯罪を抑止し、犯罪者を捕らえるのも風紀であれば、
更生するつもりがあるのなら、その手を取るのも風紀であると。
静かに付け加えて、レイチェルは改めて腕を組んだ。

「聞きたいことは単純明快――」

レイチェル >  
「――一つ目。
 あの演目、フェニーチェに縁のある奴。
 あるいは、そのものが絡んでるんじゃねぇか?」

組織自体が復活した、となればもっと大きな動きがあって然るべきだ。
ならば、考えられるのは、フェニーチェに関与していた者か、その残党による催し。
その点を特定する材料はないが、あるとすれば今、眼の前に居る人物の頭の中だろう。

「二つ目。
 オレはあの場に招待された訳だが、その目的
 お前は知ってるんじゃねぇのか?
 
 ま、善意じゃねぇのは見りゃ分かるがよ」

幾らか予想は立てられるが、
正答があるならば、今後の為にも掴んでおきたいところだった。


レイチェルの目だけが、鋭さを増す。
口元は、緩めたまま。柔らかく、問いかけた。

時計の針は、粛々と進んでいる――。

ネームレス >   
「なりたい(もの)は向日葵じゃないからね」

言葉で遊ぶようにして、眉をぴょんと跳ね上げた。
省みているのかといえばそういった調子ではなかった。
悔い改め、悄然としている様子は微塵にも見せていない。
風紀委員会に臆するようでも、軽視する様子もなく。

芸術家(ボク)は、正解の道をさがすことはしない。
 近道も、利口なやり方も、見えてなかったワケじゃない。
 "こうするしかなかった"なんて、言うつもりはないぜ」

取り調べ(さっき)にも言った通りだ。
自分で選択して、罪と分かって選んだことだ。

「いまここにいるボクという存在は、こうして歩まなければ磨かれ得なかった。
 場当たり主義の非効率と笑うか?新しい自分として生きれば良かったのにって?
 そういうワケには、いかなかった。いかなかったんだ。
 正解がどうかは関係なく、だけど自分でこの道を選んだ

放言である。
相手が相手なら、それこそ取り押さえられていてもおかしくないのかもしれないが。

「そのうえで、ボクは。
 己の能力で掴んだ切符を手に、前に進むことを選んだ。
 てコトは、報いも前向きに受けとめるつもりだというコトだ。
 そのうえで、社会がボクを一員として認めるというのなら、
 ボクは社会に損をさせないように、価値を証明し続けるつもりだ」

罪と罰を享受することもまた――正当な権利だと。
期待と信頼に自分なりに応えることが、自分という存在の社会への折り合い方だ、と。

ネームレス >   
「ああうん、らしいね?」

質問のひとつめには、あっさりとこたえた。
らしい――というのは、少なくともこの被疑者(ネームレス)にとって。
そいつが劇団フェニーチェの関係者である、ということは主想(メインテーマ)ではなかったからだ。

「まず劇を褒めてよ」

あーやだやだ、と肩を大仰に竦めて、ふてくされたようにどっかりと座り直して。

「ボクは、うだうだ燻ってた友達の尻を蹴っ飛ばしただけさ。
 血を吐いて、燃え尽きようとするようなあのコッペリアのために。
 多くの私財と、ひと夏を投じたんだ。その甲斐はあったと思ってる」

あくまで、あの演目のプロデューサー兼助演でしかない、と。
少しばかり申し訳無さそうに眉を寄せるのだ。

「だから、こたえようとするならボクから見た推測になる。
 だけど――そのまえに、なんだケドさ」

そして、小さい机の中程に肘をつくと、ずいと乗り出した。

「むかしのキミといまのボクって、どれくらい似てる?」

すこしだけ、奇妙な問いかけを投げる。

レイチェル >  
「笑いやしねぇさ。自分にとっての道を選ぶこと自体は、否定しねぇぜ。
 表現者(アーティスト)なら、尚更だろう。
 
 だがまぁ……今居る社会との擦り合わせも大切だからな」

実際のところ、そこのところも分かった上での出頭なのだろう。
共感の言葉を投げかけ、続く言葉には大きく頷く。

『ボクは社会に損をさせないように、価値を証明し続けるつもりだ』

一風紀委員としてこの対話に大きな意味があるとすれば、
まさしくこういった瞬間にこそあるだろう。
彼が語りだした言葉を、視覚的に分かりやすいように、
しかし抜け落ちがないように、慣れた手つきで要約してドキュメントにまとめていく。
職務の遂行に抜かりはない。

「価値の証明、か」

此度の出頭。
名も、データも、その歴史に何の確証もない。
そんな彼が、社会に向けて叫び放っている存在証明の嚆矢であり――前進の形なのだろう。

罪の如何を判断するのは上の仕事だが、償うべきものは当然生じるだろう。
それを受け止めて、社会の為に価値を示すというのなら、
一担当委員としても、レイチェル・ラムレイとしても、
肯定的に受け止められるというものだ。

価値の証明。
それは、かつてこの世界において何者でもなかった(ネームレスだった)筈の、
己の示してきた一つの道でもある為に。

ただ、それでも彼の恣意は、涼しげな顔で受け止めていた。
受け入れることはせず。ただ、受け止めている
それもまた一つの尊重であるが故に。

レイチェル >  
「……やはりか」

ただでさえ低音の声が、更に低く、静かに放たれた。
相手が、この場で無駄に嘘をつくタイプではないことは、既に理解している。
必要があれば、賢く黙秘権を行使するタイプであろう。
彼は今、権利を手に入れているのだ。
それは

魂を燃やすような、情熱的な劇だったが、それ以上に。
 オレにとっては意味のある演目だったからな」

軽く要求には応えつつ、己の考えを述べて語を継いでいく。

むかしいまってのはハッキリしねぇ物言いだな。
 
 だが、まぁ……そのむかしってのが、
 この世界に来たばかりのオレのことを指してるとすれば。
 そいつは案外、全く似てねぇって訳でもないかもしれねぇな。
 ただ、今後の行い次第だろうよ」

社会に向けての、己の価値の証明。
この地を前に降り立った一異邦人なりの、一つの生き抜き方だ。
それをいかにして実現するか、つまりは辿る道程が肝要である。

ネームレス >  
「かつてのキミといまのボクが、その程度しか重なっていないなら。
 ラケルとレイチェルはふたりまとめて、手の込んだ嫌がらせを喰らったんだよ」

レイチェルに、舞台の上で己の似姿と交わる姿を見せつけたのも。
悪童が、自分の本質から遥かに遠い英雄の似姿を演じさせられたのも。

「あいつ、性格が絶滅してるからね」

肩を震わせて、笑った。
それを確かめたくて、話に乗ったところはある。
ラケルは、必ずしもレイチェル・ラムレイではなかった。
名無しの歌手に、レイチェルに――そしておそらく、また別の誰かに。
なにかを訴えるために用意された、主演(コッペリア)が理想とする、
都合の良い男性像を宿す女主人公(ヒロイン)

「だからさ」

眼を伏せて、息を吐いた。

「うっかりでも、踏み荒らすなよ?」

ある意味では終わった話。
劇団フェニーチェとレイチェル・ラムレイの相関図。
そこに加われなかった――、

遠巻きに眺める、理想像だけを切り取った、恋物語の行き着く果て。
甘酸っぱい恋愛感情でなくても――その執着は、そう呼ぶしかなかった。
聖域だった。だから、自分に先んじて問うたのだろうとも。

「あとは御本人にどうぞ――って感じだ。
 あいつにも、またスポットライトを浴びせてやりたいケド……ぁ」

喉に手をあてて、ごく、と嚥下する。
少し渇きを訴えたあと、顔を時計のほうにむけて。

「そろそろだっけね。あとはなにかある?
 ボクには山ほどあるケド、まァ、つぎはお茶が手元にある時にかな」

いまでなければいけないことは、あるのかどうか。
黄金の視線だけが、レイチェルのほうに流れる。

レイチェル >  
「そいつは――相手次第だぜ」

踏み荒らすなという言葉には、特に感情(いろ)を乗せずにそう返す。
被疑者の言葉だからと軽視するのでもなく、共感して受け入れるでもない。
低く芯のある、しかし何処か透き通った、その声色だけがあった。
立場も関係性も、崩さずに話は進めていった。

「その御本人とやらのことは、知ってることを教えて貰うぜ。
 
 ……既に調書は埋まってんだ。
 今後のことは、上が決めるだろうよ」

脳内で立てていた予想の内、幾つかが倒れて幾つかは残った。
そうして当然、仕掛け人の情報を伝えるように要求する。
踏み荒らすな、などとと先手を打ってくる相手だ。
黙秘権の行使を行う可能性もあるが、この質問なしにこの場は終われなかった。

端末を閉じて立ち上がれば、外に待機していた風紀委員達が忙しなく入ってくる。
彼らを背にして、レイチェルの瞳は、視線を返す形で僅かに細められた。

ネームレス >  
「黙秘しまーす」

想定のひとつ通りに、美しい声はそう愉快げに謳った。
コッペリアの姿は彼女には知れている。
……そもそも、知ってることなんて名前と住居くらいだし。
辿り着くのは時間の問題であろう。墓を暴くことそのものを、止めはしなかった。

「―――――」

秘したゆえ。
応えを期したものではなく。

「…………居場所

ただ聞いておきたいことがあるとすれば。

「居場所があるって、どんな気分なの」

感情のない声が、静かに。
独り言のようなちいさな声も、いやにはっきりと聴こえるのは、
声を武器として世界と戦おうとしている者の業。
それも直ぐに複数の足音に。厳格な風紀委員会の手続きに紛れる。
去りゆく背を見送ったかどうかさえも、判然とさせぬように。

レイチェル >  
「ま、そう来るだろうと思ったぜ」

そう。権利を行使すればいい。
それは表の世界に顔を出すならば、一定以上認められるものだ。
被疑者であろうと何だろうと、それは守られるべきものだ。

立ち去りながら、忙しない後輩の風紀委員達越しに、
背中で返した。

「……落ち着ける場所。
 何処かでも、誰かでも良い。きっと悪い気分にはならねぇだろうぜ」

自らが深く関わる人間達の顔を思い浮かべる。
そこは、あたたかい場所で、守るべき日常だ。
戦場が変わっても、それだけは変わらない。

そうして最後に振り返れば。

「――そいつは、もし償う日が来たなら、しっかり償って。
 その時に改めて探せばいいだろうさ」

そうしてこの部屋に来てから初めて、静かに微笑むと。
部屋を出ていくのだった。

ご案内:「風紀委員会本庁 取調室」からレイチェルさんが去りました。
ネームレス >  
「そか」

ごく自然な微笑みで見送った。
なにか言葉を返すには、すでに立ち上がった相手だ。

「――はい、はい、はい!
 わかってるって。はやく済ませてよ。ノド渇いてるんだってば」

いつもどおりの調子で、囚人はその気勢を失うことはない。
へらへら笑って、沙汰を待つための房に戻される。
世界に、社会に寄り添いながらも――
そこにいるようで、そこにいないような。

ご案内:「風紀委員会本庁 取調室」からネームレスさんが去りました。