2025/02/03 のログ
ご案内:「委員会総合庁舎 生活委員会窓口」に夢野盧生さんが現れました。
■夢野盧生 >
『ううん……変わった人ですねえ。
お探しの物件はここです。ここです、があ……』
委員会街、委員会総合庁舎。
生活委員会の窓口に座る生活委員の少女は、困ったような、呆れたような様子で言った。
頭を軽く振って赤毛の髪を揺らし、可愛らしい眉を八の字に歪め、思案顔のまま小さく唸っている。
傍目にはごく普通の少女にしか見えないが、彼女もまた異能や魔術を使う者なのだろうか。
あるいはこの地球の人間ではないのかもしれない。
尋ねてみたい衝動に駆られたが、非礼に過ぎるだろう。無用な詮索の言葉を堪えることとした。
机の上に広げられているのは常世学園の地図だ。それも紙の。
学生手帳から浮き上がるホログラムでもなければ、魔術による映像の投影でもない。
頭の中に直接情報が送り込まれることもなかった。そういったものを期待してはいたために、少し残念だ。
昔ながらの紙の地図は、大変容を経た今の時代にも残っているらしい。
自分の境遇を斟酌した上で、きっと気を使ってくれているのだろうが、自分がどれだけ「過去」の人間なのかということを突きつけられているような気持ちになり、浦島太郎の気分を味わう。
しかし、今はそんな感傷に浸るつもりはなかった。そんなことで気疲れしていれば、今後身がもたないだろう。
僕は生活委員の少女とともに、地図上のとあるエリアに目を向ける。
異邦人街と記された区域の端、境界線の辺り。
そこに赤いマーカーで印がつけられていた。
その場所こそ、自分がまさに探していた場所にほかならない。
万妖邸だ。
■夢野盧生 >
『あなたの境遇なら色々な社会復帰支援プログラムの対象になるはずです。
たくさんサポートを受けられますし、寮や他の住まいの提供もできますよ。
……なのにわざわざあのアパートに住もうと?』
少女は生活支援のパンフレットをいくつかカウンターに並べてくれる。
「地球」の歴史から各国の文化について、常世島と常世学園について、「地球」の人類の歴史、「地球」での生活支援団体の案内……。
どうも「異法人向け」が多いのは、致し方のないことだろう。
今の自分は「異邦人」と言っても差し支えない存在だからだ。
『おすすめはしませんよ。
理由は良く知らないんですけど……委員会の手があまり入らない場所ですから。
もし何かあっても完全に自己責任になってしまうかもしれません。自治性の高いエリアですし。
わたしは……その、気を悪くさせてしまうかもしれませんが……
あなたのような境遇の方が住むべきところとは思えません。
さっきもお伝えしましたけれど、寮などにご案内できますから、そちらで——』
彼女が本当に自分のことを心配してくれているのがわかった。
生活委員となれば、いろいろな境遇の人間を相手にしてきたのだろう。
実際、僕のような人間には常世島でさえ劇薬のようなものだ。
いわんや万妖邸をや、ということだ。
「いえ。常世島に来る前から楽しみにしていたんです。僕はあのアパートで構いません。」
僕は頭を振り、彼女の心からの申し出を拒絶した。
そう、自分の目的はそれなのだ。
自分にとっては世界のすべて、何もかもが異なるものに見える。
たとえこれが夢——そうであってほしいと思っている——であったとしても。
慣れるというのなら、その極北へと行くべきだ。
■夢野盧生 >
『そうですか……警告はしましたからね』
生活委員の少女はため息を吐いて、机に並べていたパンフレットを一つにまとめて立て、とんとんと指で揃えていく。
手提げ袋にそれらのパンフレットをしまうと、それを僕に差し出した。
完全に諦めたわけではないらしい。
僕はそれをありがたく受け取っておくとした。
『それでは、こちらが学生手帳です。
無料配布モデルの「タジマモリ」です。
おせっかいかもしれませんけど、生活委員の相談アドレスを学生手帳に登録させてもらいました。
もし何か困ったことがあれば連絡してくださいね。
役立つアプリとかも色々と設定しておきましたから』
少女は机の上に一つの端末を置いた。
噂に聞く学生手帳だ。
かつての携帯電話の進化系……ということらしい。
僕が高校や大学時代に持っていた生徒手帳・学生証とは大きく異なっている。
色々とソフトウェアを入れてくれたらしいが、まずは使い方を覚えるのが大変だろう。
「オモイカネ」というモデルもあるらしいが、それは有償らしい。
今の僕にはまだ必要のないものだ。多機能もきっと使いこなせまい。
とはいえ、大変容で変わったものに比べれば、これぐらいはなんでもないことだ。
僕は学生手帳を受け取ると、使い方の記載された冊子も受け取った。
本来ならこれらの説明パンフレットも電子化や魔術化されているのだろうが、きっと僕に配慮したのだ。
「まあ、それはおいおい。
まずは自分の目で見てみようと思います。
僕にとっては、何もかもが真新しいというか、夢のようなので」
本心だ。
僕にとっては、一つの眠りから覚めた瞬間に、世界のすべてが変わっていた。
ならばそれは、きっと夢なのだ。夢であってほしい。
それを確認するために僕はここに来た。
あるいは、絶望を正しく認識するために。
曖昧な笑みで僕は彼女の言葉を牽制する。
助けを求めているわけではない。
きっと、この世界に馴染みたいわけでもない。
仮初の客でありたいのだ。
荘子の胡蝶之夢のように、現実の荘周と夢の中の胡蝶、そのどちらであっても良いとは思うことはできない。
■夢野盧生 >
彼女もまた、僕の言葉に対して曖昧な笑みを返した。
僕の境遇を考えれば、軽く言葉を差し挟めるようなことではないと思ったのかもしれない。
その後、生活面に関するいろいろな説明を受けた。
異邦人相手のフローなども十分用意されているのだろう。
淀みなく説明は行われ、僕はこの島のこと、学園での生活のことを理解することができた。
事前の調査ではわからなかったことも、この説明で知ることができた。
そうして実感した。僕が知っている世界はやはり、既に死んだのだ。
あるいは、ここはやはり夢なのだ、と。
何にせよ、僕は異邦人のようなものだ。その実感を新たにした。
説明を聞きながら、この地球の歴史に関する説明を読む。
大変容以前の世界にも、異能や魔術は存在していたという。
だが、僕はそんなものを見たことはなかったし、それらは幻想のものだった。
実際には存在していたなどと言われても納得するのは難しい。
僕は、大変容を経験していないのだから。
大変容ですべてが移り変わっていくさまを、実感として得たわけではないのだ。
現実に現れたそれを、僕は果たして飲み込むことができるだろうか。
飲み込みたいと、思っているのだろうか。
きっと思ってはいない。
目覚めたときのために、この神怪な世界のことを物語として書き留めておこうと決めているのだから。
■夢野盧生 >
あらかた説明は終わった。
知るべきことはまだまだ多いのだろうが、一回の説明でそれを受け止めきれるはずもない。
それができるなら、このような学園も作られることはなかっただろう。
生活委員の少女は、今回の面談の締めくくりにかかった。
『それでは吉野さん……』
僕はその言葉を遮った。
「失礼、これからはこう名乗ろうと思っているんです」
この世界が夢なのであれば。
あるいは、僕が属していた世界が死んだのならば。
名は新たにすべきだ。
僕の家族も友人も、この世にはもういない。
かつての名前に未練もない。
「夢野盧生、と」
夢野盧生。そう名乗った。
大学時代、筆名として使おうとしていた名前だ。
安直に過ぎる名前かもしれないが、今の僕にはちょうどいい。
「ああ、それと。まだ聞きたいことがあったんです」
そして、今回の面談のもう一つの目的を果たさなければならない。
「同好会やサークルの設立申請はどこに出せば?」
■夢野盧生 >
……それが少し前のことで。
僕は今、願ったとおりに「万妖邸」に住んでいる。
文芸サークル『常世志異文会』を主催し、怪異なる世界を物語として書き留めようとしている。
物語として編めるのであれば。
きっと僕も、この世界を愛することができるだろう。
そして、盧生のように夢から目覚め、何かの教訓を得て、生きていくのだ。
そうあって、ほしい。
ご案内:「委員会総合庁舎 生活委員会窓口」から夢野盧生さんが去りました。
ご案内:「委員会総合庁舎 生活委員会窓口」に夢野盧生さんが現れました。
ご案内:「委員会総合庁舎 生活委員会窓口」から夢野盧生さんが去りました。