2024/05/31 のログ
神代理央 >
「ん。軽食は頼むか?育ち盛りなんだ、遠慮する事は無い」
これはまあ、小柄な──それでも理央よりは少し背が高いが──葉薊に対する気遣いであり、自身に対して言い聞かせている様なものでもある。
そのうち…そのうち背は伸びる筈だから、と。
「葉薊君、か。此方こそ宜しく頼むよ。風紀委員会にも様々な役職や仕事がある。まだ入ったばかりで色々と悩む事もあるとは思うが、君が君の望む役割を果たす事を期待しているよ」
と、偉そうに先輩面していた迄は良かったが…真正面から投げかけられる賞賛の声には、少しばかり複雑な表情。
「私の様な活躍…と言ってもな。自分で言うのも何だが、違反部活と戦い続ける事は華々しい活躍では無いよ」
と、小さく溜息一つ吐き出して。
「私は確かに風紀委員会の中では強硬派に位置するし、違反部活に対して苛烈な手段を取る事を辞さない。そしてそれを間違えている、とも思わない」
「けれど、それを志し、目指す事は非常に困難な道程だ。少なくとも、君にとって平穏な学園生活を約束出来るものではない」
糖分で満たされたカップを手に取り、唇へ。
甘ったるい液体が、喉奥へ絡みつく様に落ちていく。
「誰かを助け、悪を挫き、正義を為す光り輝く存在になりたいと言うのなら」
「私以外の人間に、師事を仰ぐ事を進めるよ」
それは諦めろという訳でも無く、否定する訳でも無く。
自らと同じ道を進む事は、その手を血で染め────尚且つ、その武勲は決して賞賛されるばかりのものではないのだ、と。
葉薊 証 > 「お気遣いありがとうございます。でもこの後また走ろうと思うのでやめておきます」
食後に運動すると腹が痛くなる現象には小中悩まされたものだ。
食後の体育の授業ほど疎ましいものは無い。
成長期については、あまり期待していないし、特に望んでもいない。
…とはいえ、体力をつけようと思ったら必然的に大きくなっていくのだろうか…
「そんなことはないですよ。先輩はとても目立つ活躍をされていると思います」
目立つ=華々しい。そんな認識の少年にとって目の前の先輩の活躍は華々しい活躍なのだ。
「それに、先輩のような方がいるから常世島は平和なのだと僕は思います!
それに、私は自分の身など案じるつもりはありません!」
少々興奮気味に続ける。誰かを救っていると実感出来るのであれば、その為の労力など安いものだ。
「それに、僕は何もそれだけがしたい訳ではありません。
先輩のような活躍も、人を救うような活躍もどれもしたいと思っています!」
あまりにも欲張りな宣言をぶつける。
若気の至り…というより無知故の妄言。
そもそも人を殺したことすらない少年が違反部活と戦えるのか甚だ疑問である。
それに気づいてすらいない少年は歴戦の風紀委員の目にはどのように映るのだろうか
神代理央 >
「まだ走るのか…元気だな、君は。私もまだ若いつもりだが…基礎体力の違いが?」
くすり、と可笑しそうに笑う。それは嘲笑ではなく好意的なもの。
自らを高めようとするその姿勢は、とても好ましいものだ。
「……まあ、熱意は買うが…。それに、否定する訳でも無いから、その熱意は素直に嬉しく思うよ」
という言葉とは裏腹に、浮かべる表情は困った様なもの。
理想に燃える少年が、果たして実際に『誰か』を殺す事に────耐えられるのだろうか、と。
「…どうしても、と言うのなら。一度私か…或いは、対違反部活の任務に従事する風紀委員に付き添うと良い。
最前線を知る、と言うのも大事な事だ。勿論、無理にとは言わないが…」
違反部活と戦っているのは自分だけではない。
自分の様に苛烈な方法で対峙するものも居れば、命を奪うという行為は最後の手段とする者達も居る。
『最前線』を一度その身で味わう事も大事だろう、と。
「…ふふ、そうか。そうだな。その精神性こそが、風紀委員にとって一番大事な事だからな…」
そんな、欲張りな宣言を。
若気の至りとも取れる宣言を。
神代理央は、素直に羨ましいと思った。讃えるべきものだと思った。
正しい理想を追い求める事は。其処に手を伸ばす事は、決して愚かな事では無いのだ。自分には…自分には、それが出来ているだろうか?
「だから…うん。だから、応援しているよ。葉薊」
だから、穏やかに微笑むのだ。
目の前の、光り輝く少年に祝福あれ、と。
葉薊 証 > 「ありがとうございます!先輩!」
鉄火の支配者ともあろう人に応援していると言われれば、その裏にある意図など考えもせずに素直に喜ぶだろう。
自分ならやれると思ってもらったとでも、熱意を買ってもらえたとでも思ったのだろう。
心に根差す欲求は仄暗いかもしれないが、基本的にはポジティブな方なのだ。
「あの、それで。もしよろしければ、なのですが。
先輩の任務についていかせてもらえないですか?」
少々控えめな言葉遣いとは裏腹に、内心かなり前向きに。
先ほどの先輩の提案をなぞり、尋ねる。
武闘派の風紀委員と言えば他にも数名知っているが、せっかくの機会なのだ。
この機を逃す手は無いとばかりに食らいつく。
「僕の異能はそれなりに使えるものだと思いますし。魔法だってある程度使えます!
足を引っ張るような事は無いようにしますので!
…どうでしょうか?」
アピールポイントが少ない事に少々焦りを感じるが、あとは先輩に委ねるしかない。
神代理央 >
「…私の任務、かね?」
僅かに視線を落とす。
決して自分の任務を卑下する訳では無い。寧ろ、誰に反対されてもそれを貫くだけの意志と自負はあるつもりだ。
しかし…眩く輝く理想を掲げる少年に、それを話しても良いものだろうか、と。だが……。
「…良いだろう。だが、あまり"こういう場所"で聞かせる様なものでも無い」
足元の鞄から取り出したのは、少し大きめのタブレット。
指先で軽く操作した後、少年の方に画面を向けてみせる。
「────見たまえ。これが私の任務だ。それが、私の仕事だ」
映し出されるのは落第街と呼称される区域での映像。
時刻は真夜中だろうか。空は暗く…されど、廃屋の様なビルが立ち並ぶ通りは、昼間の様に眩い。投光器と…燃え盛る火焔によって。
「その様な任務でも、君が力を振るえると言うのなら」
映し出されるのは殺戮。装甲服の兵士達が、掲げた自動小銃で敵を薙ぎ払い、薙ぎ払われる。
異能や魔術で応戦する違反部活の構成員。そしてそこに降り注ぐ、砲弾の雨。
「歓迎するよ、葉薊。賞賛され得ぬ戦場へ」
音声に音は無い。しかし無音の映像からは────悲鳴と爆音が、響き渡るかの如く。
荒れ果てた大通りを埋め尽くす金属の異形が、吹き飛ばされた人間を踏み潰している。戦意を失った構成員を、兵士達が銃床で殴りつけて拘束している。
そしてその様を睥睨している神代理央にカメラが向けられたところで…映像は、ぷつん、と途切れた。
葉薊 証 > 「ありがとうございます!」
首を僅かに傾げながらも、感謝の言葉を告げる。
望んだ形とはまた少し違った形ではあるが、希望を叶えてもらえるとなれば素直に喜び…たいのだが。
先輩の表情が僅かに曇ったような気がして、それに少々不穏な気配を感じ取った。
言葉では言い表せない、なんというか自分の知らない何か恐ろしいものを先輩の様子から感じ取った。
そして、その感覚はおおよそ間違っていなかったと理解したのは、そのすぐあとであった。
「――」
動画の冒頭。まだそれほど過激でもないシーンが映し出されている辺りで、少年は言葉を失った。
動画の残虐性とはまた別の部分…燃え盛る炎と強い光に何かとっかかりを覚えた。
先ほどまでの歓喜や興奮はどこへやら、神妙な面持ちで動画へと視線を向ける。
覚えのない記憶があるようで、ない。そんな違和感を覚え気味の悪さを覚える…
しかし、そんな事を考える余裕は即座に消滅した。
カメラが映し出すシーンが変遷し、”本題”へと移る。
それを見た瞬間、余計な事を考える余裕は消失した。
「ぇ?」
銃器と、砲弾と、廃ビルと、火と、煙と…
「ぅっ」
見たくないもの以外全てへの逃避を終え、"現実"に目を向けた瞬間限界を迎える。
絶望と言うにふさわしい表情をし、小さなうめき声と共に口元を抑え、視線を逸らす。
何も入っていない胃袋が何かを吐き出そうとしている気配を感じ取ったのだ。
こんなものは見たことがない。怪異の討伐される様子は故郷でも見た事があるが、ここまで凄惨ではなかった。
映画で人が死んでいるシーンを見た事はあるが、ここまで冷たくは無かった。
歴史の授業でこのような状況を聞いた事はあるが、こんなに酷いなんて聞いていない。
それは、形容することすら悍ましい地獄。
動画に映る先輩にとっては、そうではないかもしれないが…
今までおおよそ平和しか知らなかった少年には、まごうこと無き地獄が、タブレットの中にはあった。
なんとか胃の中に全てを押し戻し、再びタブレットの中へ視線を戻す覚悟が出来たころには、動画は既に終了していた。
…結局、動画の冒頭の10秒程度しか見れていない。
これが…
「………
すぐには、無理かもしれません」
あの動画を再び見ようという覚悟が出来ていたのに、あの戦場へ飛び込む覚悟はできなかった。
更に、少年は未だ他人事であった。あの動画は、あくまでも動画。
まさか自分があのようにして人命を奪うなどと考えられていない。
のにもかかわらず、この体たらくである。
だが、覚悟を決める覚悟は出来ていた。
少年の表情には絶望よりも強い意思があった。
誰かを救うための意思。認められるための覚悟。
誰かを殺すという事を分っていないながらも、殺しと向き合う意思と覚悟があった。
「でも、いつか先輩のようになります…!」
いつかは分からないが…そう言ってのけた。
不安定な足場の上で踏ん張るような、震えた言葉ではあるが。
確かな想いが通じるだろうか。
神代理央 >
「…繰り返すが、この様な仕事が風紀委員会の全てでは無い。
寧ろ特異な方だ。本来、此処まで苛烈にする必要は無い」
しかし、異能を操り、魔術を行使し、生徒達の安全を脅かす彼等に対して────振るうべき鉄槌は無ければならない。
自らの持論を行動で示し続ける少年は、視線を逸らした葉薊に、穏やかに言葉を紡ぐ。
動画に映し出される戦場と、投げかけられる声のミスマッチ。
葉薊に対し、理解のある先輩であるように振舞う金髪の風紀委員は…間違い無く、多くの人間を殺しているのだ。
しかして。
動画を、戦場を見ても尚、何時か自分の様になりたいという言葉を翻さない葉薊に。
じっ、とその真偽を確かめる様にその瞳を見つめていた少年は…ふ、と。微笑んだ。
「私はあくまで一例だ。もっと色んな風紀委員と時間を過ごし、語り合い、知見を得ると良い。その上で、私の様な風紀委員を目指すと言うのなら、それを止めはしない」
かたりと、小さな音。それはタブレットを仕舞い込んだ少年が立ち上がる音。
「だが、一つ覚えておくと良い」
伸ばした腕が、葉薊の目の前を横切り…テーブルに置かれた伝票を、取り上げる。
「君が本当に誰かを救う為の何かを目指すなら、私の様な存在は────」
笑う。穏やかに。優雅に。尊大に。されど、自虐的に。
「────許しては、いけないよ。証」
其の儘伝票と共に、少年は立ち去るのだろう。
理想に燃えた後輩が、どの様な道を選ぶのか。かつての己なら、有無を言わさずに自らの子飼いへと勧誘したのだろうが…。
「……そんな事をしたら、怒られそうだからな」
誰に、とは明言しない。それはきっと、今まで出会った多くの者達。
生き方は急には変えられない。されど、僅かな変化を許容し、受け入れるくらいなら。それを是とする事が出来るように、神代理央という少年は、一つ年齢を進めたのだから。
葉薊 証 > 混乱のような状態にある少年の耳に、先輩の声が届く。
目にした映像の内容と聞こえてくる言葉のギャップに火傷を飛ばして焼け爛れそうな心象を感じる。
そう語るのであれば、一体どういう心情でこれだけの地獄の中に居るのか。
全く分からない。自分を殺しているのか、それとももともと冷徹な人間なのか。
それとも別の理由があるのか…
「…」
立ち上がる先輩の顔へと視線を向ける。
穏やかだ。あの地獄を見せてくれた先輩とは同一人物とは思えなかった。
それと同時に、これが『鉄火の支配者』であると、少しだけ理解した気がした。
更に言うならば…神代理央という人間への理解が遠ざかった。
「…」
言葉が出ない。
許してはいけない。許す、許さないなど考えてもいなかった。
先ほどの己の言葉、先輩の様な役割を果たす人間は必要だという考えは変わらない。
だから、許すか許さないかであれば許すべきだと思っている。
なぜ、先輩があのような事を言うのか…分らない。
彼だって、許されるべきだと思っているのではないか。
それとも、許してはいけない理由があるのか…
「…とりあえず…」
分らない問を投げかけ続けても仕方がないと、一度思考をなんとか抑え込む。
今、一つだけ前に進む為に出来る事がある。
この数分で抱いた心象は、”武器”になる。
文字通りの武器だ。
自分の心臓に手を当て、異能を発動する。
イデア干渉。己の記憶を具現化する―
地獄を見た時の、あの心象風景を保存する。
あれほどの荒々しい感情は、武器になる。
いつか覚悟が出来たとき、この感情は確かな武器となるだろう。
その時の為に、この記憶は残して置ける。
「真っ黒だ…」
具現化したのは、漆黒の拳銃。
シンプルで、重たくて、確かな実用性を持った…人殺しの道具。
人が死ぬ映像を見た記憶としては、妥当な形状だ。
…本当は、このまま記憶まで消してしまいたいが…
それでは、己の為にならないだろう。ここは耐える時だ。
「うぉえ…」
あの映像がフラッシュバックし、再び嘔吐感に襲われる。
…今回もなんとか耐えたが、このまま耐え続けられる気がしない。
「紛らわさなきゃ…」
既に先輩の姿は店内に無い。
伝票も無い。奢ってもらった事に何も感謝を伝えられていない。
「また今度会った時に、ありがとうございました、って言わないと…」
気を紛らわせる為に思考を言葉にする。
病人のような表情と、気を抜けばコケてしまいそうな小鹿のような足取りで立ち上がる。
そのまま店外へと出れば、走っていると言えるのか微妙なランニングを開始する。
…その日は、どうやって帰ったか覚えていない。
結局レモネードも飲んでいない。
散々な一日だったとか、ひどい目に遭っただとか…そんなことは全く思わなかったが。
少しだけ、今後が不安になった。
ご案内:「学生通り」から葉薊 証さんが去りました。
ご案内:「学生通り」から神代理央さんが去りました。
ご案内:「学生通り」に桜 緋彩さんが現れました。
桜 緋彩 >
風紀委員の制服に身を包み、学生通りを歩く。
何か起きた時に対処するのが風紀委員の仕事、と言う印象は強いかもしれないが、こうして何かが起きないように見回りするのも風紀委員の立派な仕事だ。
なんならそう言う仕事の方が多いくらい。
「――あ、お気をつけてお帰り下さいねー」
なんて見知った顔と出会い、ひら、と手を振ったり声を掛けたり。
今日もまた学園都市は平和なり――少なくとも、この学生通りに関しては。
ご案内:「学生通り」に橘壱さんが現れました。
橘壱 >
ひらりと風に白衣が靡く。今日の風は少し冷たい。
そろそろ暑くなるというのに、どうにも今日は少し冷え込むらしい。
真面目に見回りなんてする連中もいるが、同じ風紀委員の少年は少し違う。
絶賛風紀委員の腕章を付けて見回り中…だが、視線は手元の液晶画面。
タブレット端末に映るのは立体的なマシンの映像。自らのマシンの情報だ。
次なる戦いへのチューンナップ。或いは試したいカスタマイズに余念はない。
「…………。」
そう、余念がないが歩きながらやるのは実際マナーが悪い。
何時の時代も、携帯端末にかじりつきながら歩くのは非常に危ない。
それが一般的な学生ならともかく、風紀委員の腕章を付けているのだから尚タチが悪い。
そんな少年の視界は狭い。よもや、同じ風紀員の隣を通ることになるとは思わないだろう。
多少の正義感、ましてや同僚だとわかるなら尚の事注意されて然るべき姿である。
桜 緋彩 >
前方からやってくるのは同じ風紀委員の腕章を付けた白衣の少年。
挨拶しようと片手を上げるが、そこで彼が歩きスマホ――どころか歩きタブレットをしているのに気付いた。
「……」
敢えて声はかけず、進行方向をふさぐように立ち止まる。
直前で気付けば良し。
気付かないのであればぶつかる直前、彼の胸板に軽く掌を押し付けて止める。
「――失礼、少しお話を伺っても?」
どちらにせよ、にっこりと笑みを顔に張り付けて。
橘壱 >
歩いている最中、胸板に変な感触がして足を止めた。
衣服の奥の胸板は固く、その手の道の理解があるなら常人にしては鍛えているのがわかる。
何だと思い、少年も視線を落とせば誰かの手。レンズの奥の視線を上げれば、知らない少女。
なんだか見覚えのあるような無いような顔に制服。
興味がないことはとことん記憶にない。風紀委員用の制服だとは思い当たらなかったらしい。
「誰だお前?いきなり人の道を塞ぐなんて、何か用か?
それに、許可もなく人に触れるなんて、男女といえどセクハラ問題になるぞ。」
訝しげに眉を顰めて言い放ったのはこの言葉。
自分が悪いことをしているとは微塵も思っていない事がありありと見える。
おまけに言うに事欠いては相手の行いが悪いことを指摘する始末。
慇懃無礼が、白衣を着て歩いている。歩きタブレットするには充分な精神性である。最悪。
桜 緋彩 >
「なるほど。それについては失礼いたしました。貴方が私にぶつかる前に、と思っての行動でしたが、余計なお世話だったようですね」
彼の胸板を抑えている腕とは反対の手を自身の顎に当てる。
感触から、そこそこ鍛えてはいるようだが、その精神までは鍛えていないらしい。
「しかしながら、このように人通りの多い道で前方不注意なのは如何なものかと思われます。歩きながらタブレットを操作すること自体は規則違反ではありませんが、それに伴う周囲の迷惑に考えが及ばないと言うのは、風紀委員として相応しい行動ではありませんね」
顎に当てていた手を彼の顔の前に持っていき、人差し指を立てる。
続いて中指も伸ばす。
「続いてその言動。さほど知った仲ではないからこそ、ある程度の経緯を持って接することは人として当然のことかと私は考えます。敬語を使え、とまで言うつもりもありませんが、ぶつかりそうになった相手に対してその物言いは、同僚としては流石に見過ごせません」
更に一歩、歩を進める。
身長こそ彼より頭一つ以上低いこちらだが、身体の鍛え方は負けてはいない。
下から手を伸ばしているにもかかわらず、彼の胸を上から抑えつける様に力を込めて間合いを詰める。
間にかざした、指を三本目まで立てた手と、お互いの鼻先がぶつかりそうになるぐらいまで距離を詰め、
「何よりもそのどちらに対しても一切悪びれた様子がないその態度。風紀委員であることに誇りを持つ必要はないとは思いますが、そうでないのならせめて他の風紀委員の邪魔をなさらない努力ぐらいはして頂きたく思いますが」
目に力を籠め、
「以上三点。何か反論がございましたら遠慮なく仰って頂けますか」
至近距離からまっすぐに睨み付ける。
橘壱 >
少なくとも彼女が手を出さなければぶつかっていたのは事実だ。
言動も全て、彼女のほうが正しい。ただただ少年が無礼なだけだ。
凛然とした態度のまま、自分より一回りも小さいのに更に歩を詰めてくる。
その丁寧な言葉とは裏腹に力む力が、胸板から伝わってくる。
決して押し込まれまい、倒れまいと自然と体に力も入った。
「(……力があるな。異能者か武芸者か。成る程な……。)」
ハッキリ言ってしまえば、少女がつらつらと述べる正論は両耳を通り過ぎていくばかりだ。
だが、その力強さで興味を持った。
白けていた表情は自然と目を見開き、薄っすら浮かべる笑みは獣じみた愉悦。
彼女に睨みつけられても怯むどころか、興味深そうにその全身をまじまじと眺めているほどだ。
タブレットを白衣の裏側にしまえば、ああ、と頷く。
「そうだな、悪かった。まさか、同じ風紀委員もいたとはね。
仕事の邪魔なんてとんでもない。僕だって邪魔する気はないし、"されたくない"。」
「見回りというのは退屈でね、ついつい趣味に走ってしまった。」
なんて、適当に肩を竦めて謝った。
仕事の邪魔になるという観点についてはその通りだ。
そこに関しては謝罪する意思は一応あるらしい。
だが、ご覧の通り本心から悪びれるつもりはない。
自身の言動も、歩きタブレット自体も悪いとは思っていないからだ。
「にしても、そうか。何処かで見たことある制服かと思ったけど、そういうのもあったな。
服装どころか、人種まで自由な学園だからすっかり忘れていたよ。風紀委員用の制服。」
「アンタは、この辺で見回りでもしてるのか?」
桜 緋彩 >
「――なるほど、退屈で。なるほど」
目を細める。
明らかに、舐めた態度を取られている。
しかしまぁ、良い。
「今日の見回りの担当エリアは業務前に確認出来るはずですが――まぁ、いいでしょう」
一歩離れ、ふうとため息を吐く。
やる気がないのはまぁ構わない。
自分から志願して風紀委員になるものばかりでもないし、人間やる気がない時もあるだろう。
「しかし、奇遇ですね。私も人の仕事の邪魔はしたくないし、されたくもないのですよ」
にっこり、と彼に笑顔を向ける。
外面だけが良い、見ていて一切安心感を与えない威圧のような笑顔。
片手を腰の後ろに回し、
「同じ考えの者同士、お散歩でもいかがですか?」
取り出した手錠を彼の腕に。
見事ガシャンと掛かったなら、自分の腕にも同じように装着。
橘壱 >
「現場での仕事以外、"興味がなくてね"。
最低限の業務連絡は確認していたつもりだが、悪いね。」
このタブレット端末が一応仕事用だ。
組織に所属する以上は、最低限の事はしているが失念していたようだ。
それでも必要以上に悪びれることはなく、薄ら笑みを消すことはない。
舐めているかはともかく、彼女に"興味"を持っているのは確かだ。
…とまぁ、ご覧の通り協調性を薄い。風紀を守る組織の人間には、余りにも相応しくない人材だ。
「そう、退屈。"現場"での仕事以外は退屈だ。
学園生活は自体は悪いとは思わないし、平和が嫌いなわけじゃないが……、……ん。」
ガシャン。
腕に引っかかる手錠。鉄の輪っかが互いの腕を捉えた。
突然のことにやや目を見開いたが、それこそすぐに嬉しそうに笑みを浮かべる。
「……成る程な。こんなに"情熱的な"お誘いは初めてだな。
そうだな、ちょうど退屈していたところだ。アンタに付き合ったほうが、面白そうだ。」
抵抗もしない。
寧ろ、彼女に興味があるからこそ乗った。
それこそキザっぽく、わざとらしく、仰々しく腕を広げてお辞儀。
「だが、生憎女性のエスコートの仕方は知らないんだ。
非礼を働くかもしれないが、許してくれるよな?」
桜 緋彩 >
「興味はなくても最低限仕事に必要な情報は確認していただきたいですね。――あなた、名前は?」
自分の端末を取り出し、風紀の業務アプリを呼びだす。
風紀委員の名簿を開いて検索画面にして、彼の名を尋ねた。
「現場以外の仕事をしたくないのであれば、そう上に掛け合っては如何ですか?」
対するこちらは一切興味を示した様子はない。
彼のペースに付き合わず、名簿検索の裏で報告書を作成し始める。
一応道の端の方に寄って邪魔にならないようにしながら。
「えぇ、構いませんよ。もう既に相当の失礼無礼を働かれておりますから、これ以上多少の失礼が増えたところで今更です。ですがまぁ、少しでも心証を良くしたいと言うことであれば努力なさってはいかがですか?」
橘壱 >
「常世学園一年生、橘壱。」
何事もなしに名乗ってみせた。
アプリで検索すればしっかりと名簿に顔写真と一緒に名前が出てくる。
橘壱。とある大企業の推薦で入学した"非異能者"。
魔術的適性も無し、特殊能力の才能も無し。何も持ち得てはいない者。
風紀委員の入会理由も企業の推薦のようだ。これだけ見ればまさしく"コネ学生"と言わざるを得ない。
「どうせ、ろくでもないことしか書いてないだろ?ソレ。
俺は別にどうでもいいんだけど、見ての通り此れ以上の特別扱いは出来ないらしくてね。」
「退屈な業務でも必要最低限、それらしく振る舞ってるつもりなんだ。」
彼女の端末を見ているわけではない。
だが、何をしているかは大方予想はつく。
自身の情報がどう書かれているかなんて興味はない。
どう思われているかもどうでもいい。何処吹く風と少年は答える。
「それは悪かった。生憎、礼儀ってものを習って来なかったからね。
僕がどう思われるかハッキリ言ってどうでもいいんが、迷惑を掛けたのは事実だ。」
「次からは控えるよするよ。」
それこそわざとらしく肩を竦めて答えた。
他人にどう思われようが、どうでもいいらしい。
報告書でも始末書でも、掛けと言われれば形式上書いて終わりだ。
ただ、一応最低限の筋と反省はあるようだ。事実、彼女に迷惑を掛けた。
飄々とした態度ではあるが、言動に表裏はなく、嘘はない。ただ……。
「"それよりも"、アンタは何か武芸でも嗜んでるのか?それとも異能者?」
……そう、どうしようもなく"興味があることが優先されてしまうようだ"。
それこそ悪意なく、無邪気で、表裏もなく、嬉々とした笑顔で聞いてくる。
桜 緋彩 >
「橘……なるほど。私は三年の桜緋彩です」
名簿を見れば、要注意人物との記載。
勿論風紀委員的な意味ではなく、単純に素行が悪いと言うだけ。
確かにろくでもないことしか書いていない。
「それらしく? 冗談だとしても面白くないですね。行きますよ」
それらしくなど、振舞えてもすらいない。
ただ他の風紀委員に迷惑をかけているだけ。
自身にはどうしてもそうとしか思えない。
名前と状況だけどメモアプリでメモって、スマホをポケットに入れて歩き出す。
行先は近くの詰め所。
「謝るのならば私ではなく他の委員に謝って頂きたいですし、控えて欲しいのは失礼な行いではなくそもそもの態度なのですが……」
はぁ、とため息。
反省する気はなくはないらしいが、多分こちらの意図と微妙にズレている。
どうしたものか、と考えながら。
「今あなたに気にしていただきたいのは、私のことではなく先ほどの言葉なのですがね……一応、剣術を嗜んでおりますが」
橘壱 >
「三年生。なんだ、先輩か。てっきり小さいからタメだと思ったけど……。」
どうにも出会う奴出会う奴目上の人間ばかりだ。
意外と同年代、一年生ってのは少ないんだろうか。
ちょっと残念。思わず溜息まで漏れてしまった。
「冗談のつもりはないんですけどねぇ。」
少なくとも1から100まで守っているとはいい難い。
だから"それらしく"程度だ。要注意人物扱いされていようが、何処吹く風。
一応目上の人間とわかれば、口調も飽くまで"それらしく"成り始めた。
自分なりの礼節は弁えてはいるようだが、非常識さは拭えない。
やれ困った、方を竦めつつも抵抗もせず素直に歩いていく。
「……?他の連中に迷惑をかけた覚えはないっすけどね。
まぁ、アンタがそう言うなら今後は気をつけます。すみません。」
それこそ本当に心当たりがなさそうにきょとんとした。
まさしく、"今回のことだけ"を考えているのだから、そういう反応にもなる。
彼女の考え通り、この慇懃無礼な態度はどこでも変わらない。
そういう意味では、他の委員に迷惑を掛けているのは"ズバリ"である。
とは言え、少年自身が自分から他に関わってくることは無い為、何か大事になることもなかっただけだ。
"腫れ物扱い"と言われてもいいし、別に少年は何も気にしない。
この風紀委員に、学園にいる理由は一つしか無いのだから。
「へぇ、剣術。見た目の割に力強いのは通りで。
……"面白そう"だ。今度訓練に付き合ってもらえないっすか?」
成る程と合点が行く。こんな状況でさえ、自分の興味で動いている。そういう人間なのだ。
桜 緋彩 >
「女性であれば大体これぐらいが平均ですよ」
小さい、と言われてちょっとむっとする。
確かに背は高くはないが言うほど低いと言うほどでもないはずだ。
そりゃ彼に比べれば低いけども。
「はぁ……あのですね、先ほどの歩きながらタブレットを操作する行為。あれは先ほども言った通り、明確な規則違反ではありませんが、迷惑行為の一つです。ましてあなたは今風紀委員の腕章を付けている。それを他の生徒に見られ、その生徒が同じことをして風紀委員に注意をされたとしましょう。その時に「風紀委員も同じことをしていたぞ」と言われれば何も言い返せなくなるんです」
立ち止まり、彼の方に向き直って人差し指を突き付ける。
「あなたはそれを「人がやったからと言って自分もやっていいわけではない」「その風紀委員はやっていないのだから何も言う必要はない」と言う考えなのかもしれません。ですが人は人を個人ではなく組織で判断することがあります。そう言う時に風紀委員であるあなたが迷惑行為を行っていると、風紀委員全体がそう言う目で見られることが多々あります。そう言う意味で迷惑をかけている、と言いました。風紀委員たる自覚を持てとか、生徒の規範たれとか、そう言う偉そうなことを言うつもりはありませんが、せめてその腕章を付けている時ぐらいは、他の風紀委員の邪魔をするような行動は慎んでいただきたい」
理解はされないかもしれない。
けれどせめて納得はして欲しいし、そのように行動してほしい。
突き付けた人差し指を引っ込めて、その手を腰に。
「それを約束すると言うのなら、訓練でもなんでも付き合って差し上げます」
出来ますか?と念を押すように。
橘壱 >
「そうですか?余り女性の身長とかも気にしないもので。
……でもまぁ、大きい所は大きいから身長と等価交換じゃないっすか?」
何処がとは言わない。他人に興味はない。
が、デリカシーもないし17歳。思春期真っ只中。
ちゃんとそういう所は"見てる"ようだ。眼鏡のブリッジを軽く上げる。
「…………。」
突きつけられた人差し指に、足を止める。
その正しい言葉を聞いている最中は、流石に真面目な顔をしていた。
ただ黙って、その正論を聞き終えて数刻。顎に指を添えて思考を巡らす。
数刻立って漸く、少年は口を開いた。
「────そうですね。アンタの言う通りだ。」
少年は小さく頷いた。
「僕は別に、明確な禁止行為でなければするのは自由と思うけどね。
ただ、度が過ぎる奴とはつるめないな。少し僕は軽視していた。申し訳ない。」
ルールは守るがルールの穴は突いてはいく。
だが、やりすぎるのはご法度だ。この"腕章"は自分が思うよりも重いものらしい。
ルールよりもモラルの話。そもそも、モラル自体を重視するような少年ではないのはご覧の通り。
だが、道理を理解しないほどの無法者ではない。
自分ばかりがモラルを欠如するだけならまだしも、その結果が周囲に掛かるのは宜しくはない。
先程の浮ついた雰囲気はなく、真剣な青緑の視線は真っ直ぐに彼女を見返す。
「……自分の興味があること以外はからっきしなもので。
至らない点はきっとまだあると思うっす。ただ、人に迷惑を掛けるのは違うと思うんで。」
「ただ、そういう点ではきっと僕はまた"先輩"に迷惑を掛けるでしょう。
無論、自分なりに注意はしてみますが……それでも良ければ約束します。」
どうか、とそのまま頭を下げた。
桜 緋彩 >
「――そう言われることを嫌う女性もいるので気を付けた方が良いですよ」
ジトッ。
自分は気にしない方ではあるが、流石にデリカシーなく言われるとちょっと嫌だ。
そして彼が黙ればじっとそのまま待ち、開いた口から紡がれる言葉をじっと聞く。
「人は間違うものですし、私も全部完璧に出来ているとは言えません。が、私が今言ったことをちゃんと考え、間違っていたと改めることが出来る人を悪く言う人は、そんなにいないと思います」
制服のポケットから鍵を取り出し、二人を繋いでいる手錠を外す。
くるりと手の中で回し、それをしまって。
「それを続けていれば、邪魔されるどころか協力してくれる人も増えるんじゃないでしょうか」
そう言って向きを変え、今まで歩いてきた道を逆方向に歩き出す。
「それでは訓練施設へ向かいましょうか、壱どの?」
ぼさっとしていると置いていきますよ、なんて笑いながら。
橘壱 >
どうやらそれもいけないことらしい。
身体的特徴、どうしようもない事実なのに何故?と思ったが口を閉じた。
同時に、恐らくこの学園に来て初めてであろう。少したじろいだ。
「……心当たりがある。認識は改めておきます。」
もしかしてあの時、本庁であった先輩に言ったのも不味かったようだ。
成る程、怒りの理由はそういうことらしい。漸く理解した。
今度あったら、ちゃんと謝っておこう。
「僕が悪く言われるのは別にいいけど、巡り巡って他人に迷惑かけるのは違うってだけっす。」
相対的に何方の評価でも気にもとめはしない。
他人は他人、自分は自分。だが、それで迷惑まで掛けるのは違う。
自らの付けている腕章を一瞥すれば、なんとも言えない表情。
そんな中、カチャリとハズレた手錠をみればきょとりと目を丸くした。
「……協力者はともかく、手錠はいいんですか?」
要するに問題児を止めておくためのものだろうし、今外すのは早いだろう。
自分に問題があることは自覚している部分がある。だからこそ、訪ねた。
それに協力者よりは、AFを試せる相手がほしい……とまでは、言わないでおこう。
少なくとも、それが今言うことではないことくらいは学んだ。
「……そういう誘い方をされたら、断れないな。
いいんですか?別に僕は今日でなくてもいいんすけど。」
ふ、と表情を笑みで崩しながら、ついていくのであった。
桜 緋彩 >
「それをお説教するために詰め所に行こうとしておりましたから、わかってもらえたのならば必要ありません」
改めた方が良い、と言い、彼は改める、と言った。
ならばそれで終わりだ。
繋ぎ留めておく必要はもうない。
「どちらにせよもうそろそろ交代の時間ですからね。訓練施設の方へ歩いて行けば交代の人員とも会えるでしょう」
どうせその後は鍛錬をしようと思っていたのだ。
それならば一人でやるより二人でやった方がいい。
とか言っている間に前方から風紀委員が掛けてくる。
挨拶を交わし、引継ぎをすれば、自分の仕事はこれでおしまい。
「ところで壱どのもだいぶ鍛えてる様子ではありましたが、何か武道等の心得が?」
さっき彼の歩みを止めた時、見た目の割に体幹がしっかりしていた。
鍛えているのか、と歩きながら尋ねてみる。
橘壱 >
「……説教、ね。初めて受けたかも。けど、ちゃんと響いた。……と、思う。」
それこそ17年という短い歳月の中、奔放に生きてきた。
架空の世界ではあるが、頂点にたった事もある。
こうして、面と向かって何かを言われた経験なんて記憶にはあまりない。
皆、自分の実力しかみないし、少年自身もそれを良しとしているからだ。
正直気分ばかりはなんとも言えないが、浮かべる表情はスッキリしていた。
「問題がないなら良いですけど。…………。」
そういうなら問題ないだろう。
少年は無礼であり、挨拶など自分からはしない。
ただ、流石にそう言葉を受けた後だ。前方の風紀委員にぺこりと頭だけ下げておいた。
彼がどういう人間か知っていたのだろう、風紀委員はその瞬間目を丸くしたのは言うまでもない。
「生憎と武道を会得する機会もなかったっす。
ただ、玩具が結構じゃじゃ馬なもので、鍛えておかないと使いこなせないってだけです。」
手に携えてたトランクを軽く叩いてコレだと示してみせた。
此れはただ来て強くなるだけの機械ではない。その負荷に耐える身体が必要だ。
そのトランクを見せつける少年は非常に自慢げであり、此れが彼の何かしらの大事なものなようだ。
無論、それは一見ただの金属製のトランクにしか見えない。
桜 緋彩 >
「おや、お説教を受けたことがない?」
大抵子供のころに一度や二度ぐらいは受けているものと思っていたが。
自分など、何度お説教されたかわからないぐらいだ。
家庭環境とか複雑なのかな、と考えたり。
彼から頭を下げられ、目を丸くしている同僚を見て苦笑。
その反応だけで彼がどういう行動を取っていたかわかってしまうし、信じられないものを見たと言う顔をしている同僚がなかなか面白かった。
「これ……トランク、に見えますが……?」
一見すると、と言うかどう見てもトランクケースにしか見えない。
これの中に武器が入っているのだろうか。
それともこれが武器になるのか。
まさかそれがパワードスーツの類とは思いもよらず、不思議そうにケースを見つめる。
橘壱 >
「……"自由な家庭"だったのでね。おかげで此処までこれたのかもしれないですけど。」
いやいや、と首を振った後に答えた。
何処か濁したような言い方になってしまったが、余り家庭事情を今は話す気がない現れだ。
そう、本当に自由な家庭だったのは違いない。
それこそ縛ることも、説かれることもない。本当に自由だった。
そう、今は"そんな事"よりももっと大事な事がある。
軽く持ち上げたトランクをとんとん、と叩けばニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「訓練場に付いたら教えてあげますよ。
学生街で使うようなものではないものです。」
「それより、"何処まで"付き合ってくれますか?
実戦形式の訓練なのか、それとも基礎トレーニング程度なのか。」
「僕としては、実戦形式で"本気"でやってほしいんですけどね。ダメですか?」
それこそ、それを語る少年はとても生き生きとしていただろう。
戦うことの執着、というよりはAFを使うことを楽しみにしているのだ。
新しく与えられた玩具を何度も使い倒す子どもと変わらない無邪気さ。
さて、彼女が何処まで付き合ってくれたかは本当に彼女次第だ。
本当に実戦方式まで付き合ってくれるのであれば、そのトランクの真の姿を知ることが出来ただろう。
……同時に、それこそ歯止めが効かない後輩のお守りに骨が折れることになるかもしれないが……それはまた、別の話だ。
ご案内:「学生通り」から橘壱さんが去りました。
桜 緋彩 >
自由な家庭。
はぐらかされたような気もしたが、無理には聞くまい。
はぐらかしたのならばはぐらかすだけの理由があるのだ。
それに、
「なるほど、それは楽しみでありますな。望むのならばどこまでもお付き合いいたしましょう」
本気の仕合を望むとあらば、勿論本気で応えよう。
訓練施設で目の当たりにしたそのスーツの性能。
流石に驚くだろうが、それは恐らく彼も同じだろう。
刀と言う武器一本で、剣術と言う技術一本で、彼のようなアーマー無しに、怪異や能力者を叩き伏せる剣術家。
彼とは違い、戦うことそのものに対する貪欲な拘り。
獣のような勢いと表情で仕合に挑んだだろう。
何度も何度も、彼が根を上げるか時間が来るまでただひたすらに。
ご案内:「学生通り」から桜 緋彩さんが去りました。