2024/08/29 のログ
ご案内:「商店街」に里中いのはちさんが現れました。
里中いのはち >  
暴力、事件、怪異――とは無縁の、大半の人間が平和で平凡な日々を過ごす商店街。
云わば日常の象徴たる此の区画に、しれっと紛れ込む異物、もとい、忍者・里中いのはち。此の男。
商店街の隅の方、栄えても寂れてもいないうどん屋に、極々普通に入っていく。

「御免、うどんを一杯頂きたく。」

少し古めかしい店内は、昼下がりということでぽつりぽつりと席が埋まっている程度。
店主と客のぎょっとした視線を堂々と受け止めながら、左右が空いたカウンター席にお行儀よく着席するのである。

里中いのはち >  
ぽかんとしている店主にもう一度「うどんを一杯。」と端的に注文した後は、ハッとして麵の用意を始める様子を眺めている。

さて、何故商店街のうどん屋に訪れたのか。
今後の事である程度目途が立ったので、そろそろ此方の普通の生活とやらの――先ずは飲食、外での食事という忍びからすればあり得ざる体験を選んだ次第。
最初は目立たぬよう歓楽街や落第街での店選びも視野にいれてはいたものの、違法ほにゃららが蔓延る分、其方は何が雑ざっていてもおかしくはない。
その点此方、商店街。安心安全一般人の領域。しかもこの店はカウンター席から調理工程がよく見える。時間帯を選べば人目も少ない。忍者、はじめての外食には打ってつけというわけだ。
目立ちたくないなら忍び装束をなんとかしろ?……ニンニン!


懐の中には手持ちのものを換金した紙幣も硬貨も忍ばせている。
店主の手付きにも怪しいところはない。
素うどんなので、待ち時間も殆どない。

律儀に「お待ちどおさま。」と杯を寄越す店主へ目礼をした後で、割り箸を手に取り、パキッと小気味よい音を響かせん。
口布を下げたらば、手を合わせ、感謝を込めて、

「頂きます。」

――完璧でござる。いま拙者、すんごい馴染んでる。なんかチラチラ視線感じるけど。

里中いのはち >  
さて、お行儀よく手を合わせたものの、いざ口に含もうとすると些かの躊躇いが生まれる。
調理の最中に不審な動きはなかったが、そもそも用意されていた麺を湯がくだけ――茹でる前の麺に細工されている可能性は十二分にあるわけで。否、当然此の店がそんなことをする理由もないので、そもそも疑う必要もないのだが。なくても疑うのが忍びの性。他人が作ったものを食べるの?まじで?という気持ちは拭いきらん。
拭いきらん……が、手持ちの兵糧丸も無限ではない。狩りで済ませるのも限度がある。此の世界に生きる以上、否やを唱えてばかりはいられないのだ。

――故に。いざ!……いざ!…………いざッ!!







「……。」

ちゅる……、

里中いのはち >  
暫く口に含んで痺れ等の異常がないことを確認した後に咀嚼開始。
不審な苦味等はナシ。素朴なうどんは小麦と出汁の味がよく分かる。粗食に慣れた忍びの舌にも優しい。恐らくは、化学調味料だのの添加物も殆ど使われていないのだろう。立地が良ければもっと流行っていたかもしれない。

つまりはそう、

「うむ、美味でござる。」

麺一本分をじっくり時間をかけて吟味し、精査し、臓腑へ落とす。
その後はまた暫く静観。忍びの世にはない、無味無臭の遅効性の毒の可能性を排する為だ。
石橋を材質から調べ尽くした上で構造をも理解し、叩いて叩いて叩き割った後に水面歩行の術で川を渡るが忍び故。

麺がノビてしまうのは、やむを得ない犠牲なのである。

里中いのはち >  
当然の事ながら待てど暮らせど異常ナシ。
すっかり冷めた出汁を吸いに吸った柔らかな麺を啜り、よく噛み、平らげる。

「ご馳走さまでござる。」

最初と同じく、感謝を込めて手を合わせる。完璧でござる。

口布を上げ、さてお勘定となった段階で【現金でのお支払いをお願いします】と書かれた札を見つけた。
懐を漁り銭を取り出そうとしていた忍びの手が止まる。

「ほう、現金……つまりはこういう事でござるな!」

掌サイズの巾着から取り出すは砂金。こんなこともあろうかと、全てを換金はしておらなんだ。
さすニン、備えはばっちり!誰も褒めてくれないから自分で褒める!無論、脳内でのみだが。

「申し訳ござらん店主殿。拙者未だ此方の世の金銭に疎く、如何程でうどん一杯分になるのでござろうか。
 大変美味であった故なぁ……これくらい?もっとでござるか?これくらい?もっと?」

会計トレーの上に雑にコロコロ転がり出る、摘まめるほど大粒の砂金。現物の金。其即ち、現金也。

里中いのはち >  
慌てた店主が現金についての正しい知識を忍びに授けると、解せぬとばかりに眉根が寄った。

「ふむ? わざわざ現金でと書いてある故、ズバリそのもの金でなければならないのかと思ったのでござるが。」

電子まねぇやかぁど決済を知らぬが故に起きた悲劇であった。砂金を仕舞って、かわりに硬貨を幾つか取り出す。
確かこれがごひゃくえんで、これがひゃくえんで、これがごじゅうえんで……と、はじめてのおつかい幼児ばりに拙い手付きにて、うどん一杯の代金をきっちりと支払う。

「ご迷惑をお掛けしたでござる。これは迷惑りょ……え、要らない? なんと心清き御仁か!」

小判を押し付けようとしたら辞退された。
感動しながら諸々を懐に仕舞い、「また来るでござる!」とニッコリ笑顔で退店する忍びと、それを見送る店主の、「(もう来ないでくれ…。)」とばかりのゲンナリ顔。
その対比が此度の見所さんでござった。ニン。

ご案内:「商店街」から里中いのはちさんが去りました。