2025/11/08 のログ
ご案内:「商店街」にアーテルさんが現れました。
■アーテル > 一般に、ヒト個人の権利が及ぶ範囲は明確に権利が与えられた場所だ。
それは土地であったり、家であったり、賃貸アパートの一室であったり、
それ以外は公のものとして扱われるのが慣例だろう。
だからと傍若無人に振る舞ってよいというものでなく、
法やら何やらマナーやら、様々なものには縛られる。
だが、公の場所ならただ通りすがるくらいなら大よそ自由だ。
猫の世界は少し違う。
従うべき法や律が最初からあるわけではなく、
個々の主張する縄張りという形でテリトリーが決められる。
人の作った建造物など特に意に介さず、屋内屋外関わらずどこからどこまでを、個々が自由に決めている。
屋外だからとそこを気軽に通りすがると、当然縄張り主の尾を踏むことになる。
人が人の領域を侵そうものなら話し合いや法や権力で解決するのが正攻法だが、
猫の世界でのそれは、どちらかが退くまで生傷絶えない争いを意味する。
「……いってぇ……」
黒猫が一匹、商店街でもさびれた雰囲気の通りで横たわっている。
乱雑に荒らされた毛並みといい、一戦やりすごしてきたといったところか。
■アーテル > 商店街にはその人の営みに乗じる猫が多い。
食事の機会も、隠れる場所も豊富で、明確な外敵の少なさなどの利点があるからだ。
グループを作り、序列を決め、集会につどう彼らは、
この通り同じ猫じゃあねぇかようなどと言いたげにやってきた、
見た目は似ているがにおいがどうにもそれっぽくない妙なイキモノを、
同胞として向かい入れることを躊躇した挙句、排除に動いた。
まあ、見ないツラのよくわからない何者かが、仲間面して肩組んでこようものなら普通に怖いだろう。
ちょっとした非日常が軽いノリで彼らをつついてしまったわけだ。
この身に秘めた猫ならざる力を振るえば、この程度の畜生が幾ら束になろうと劣る理屈は欠片もない。
だが、この人の往来がある場所でそれはもっと大きな諍いの元だ。
例え無血でここを乗り切ったとて、猫ならざる己を見た同胞予定達が尻尾巻いて雲散霧消なんかしたりして、
元々ここにいた猫の集会が一晩で神隠しなんて話題になれば、
それだけ居づらくなる理由を作ってしまうことになる。万が一だろうとそれは望まない。
故に、ここは戦略的撤退を余儀なくしたというわけだ。元々の秩序は貴ばねばならない。
「しっかし、ほんっとしつっこく追い回してくれやってからに……」
改めて自分の乱された毛並みを見回した。
路地を駆け抜ける際に木の枝やら石壁の角やらで擦ったりした名残だろう。
糸くずや埃に塗れてなんともみすぼらしい姿だが、怪我の類は幸いしていない。
あちらさんもにおいの妙なイキモノに触れることに躊躇したのやもしれない。
堂々と人の言葉を扱うが、周りに人がいないのは足音やら何やらで分かる。
本来であればもっと周囲に気を配るべきだが、
その身で全力疾走かました後はどうにも疲労困憊になってしまうものだ。
今はまだ、粗いアスファルトの上で寝そべっていたかった。
■アーテル > くぅ、と腹の音がなった気がした。
何のために彼らに近づいたのか、これが理由だ。
まずはフレンドリーに近づいて、あわよくばおこぼれかなにかをとの狙いだったが、
当たり前だがどうにも交流のお作法が人と違うらしく、
不審猫さながらの振る舞いで以て近づいたのがよろしくなかった。
においがそもそも違うという所には気づけないものの、
それだけは寝そべりながらも反省するところであった。
「うまくいってりゃ、猫の姿で飯の出るところを知れたのかねえ……」
怪異であるがため、本来であれば食事など不要である。
しかし、猫の姿を模倣する以上、その性質に沿った生き方をしなくてはならない。
この姿である以上は腹が減るし、眠くもなる。
そういう過ごし方を選んだのだから、その作法に従っているのだ。
正直このままでも死ぬことはないが、ひたすらイライラするし食欲が治まることもない。
大人しくなんでもいいから食べられるものを腹に入れた方がいいのだ。
この島で過ごす上で、人の姿では大よそ不自由ないのだが、
猫の社会はまだまだ不慣れだと苦笑した。
■アーテル > 人の姿で衣食住を満たそうと思えば、
学園に所属するという立場を得たうえであれば、この島なら大体は保証されるだろう。
そこからあぶれた者たちもいるわけなので、気軽にとはいえない。
どちらかといえば今の自分の立場はそこに与れない側に近いので、
大手を振って人の姿で学内をうろちょろするのはリスクだろう。
元々人の営みには慣れたクチだが、学園から首輪をつけられて過ごすのも性に合わない。
かといって怪異らしく過ごそうものなら無為な争いになってしまうので、
この島に害のない、単なる旅行客くらいの立ち位置にいるつもりなのだろう。
元々そこの環境にいる生き物の一種に、姿形を似せることにして、
キジも鳴かずば何とやら、目立たず過ごすことこそ肝要なのである。
「いつまでも山で寝泊まりってのも、考えもんだしなぁ……」
とはいえ、これも人との関りを求めたがる怪異なれば。
寝起きを山のふもとで過ごしていれば、どうしても人との距離は縮まりにくい。
衣はともかく食住の問題の先に、そういった懸念も考えていかねばならない。
そういう意味での猫でもある。人の善き隣人だからだ。
体をゆっくりと起こし、振るう。
辺りに埃やらが舞い散るが、誰もいないところなので遠慮がない。
「表通りはちょいと避けて、日陰からじっくり攻めていきますかねぇ。
まあ、じっくりやろうじゃあないの」
猫たちがたむろしていそうなところはまず避けつつ、
その姿は空腹を満たしに路地裏の闇へ溶けていく。
これはまだ、猫社会というものを諦めてはいなかったようだ。
ご案内:「商店街」からアーテルさんが去りました。