2024/10/20 のログ
ご案内:「扶桑百貨店 展望台(20F)」に黛 薫さんが現れました。
黛 薫 >  
扶桑百貨店ビル、展望台。

常世島屈指の高層建造物の最上階にして、
プラネタリウムを囲う形で360°を見渡せる
人気のスポット。

(あーしにゃ向ぃてねー場所だったな……)

下調べもせず訪れた少女……黛薫は人の多さに
閉口する。屋内だというのにパーカーのフードを
目深に被り、陰気な長い前髪で視線を隠す姿は
見るからに賑わいを好まざる日陰者のそれ。

そんな彼女がわざわざこんなところにまで
足を伸ばしたのには、当然理由がある。

隠れ気味な眼の見る先は、売店。
景色と共に楽しむためのスイーツやドリンクを
提供するお店のメニューを遠目に観察している。

「……この距離で、もー見ぇねーな」

お目当てはお店の品ではない。
適度な距離にある看板の文字と、眼下の景色。

黛 薫 >  
きっかけは数日前の『検査』。

異能、体質、通学事情に人間関係。
何かと不都合を抱え込んでいる彼女は定期的に
医療機関、研究機関に通っては検査を受けている。

問題が発覚したのは、つい先日の検査でのこと。
いや、問題というほど深刻ではないのだが……。

『……うーん、黛さん。目が悪いねぇ』
「え。……それは、あの。病気、とか……?」
『いや、違うよ。単に視力が低いねって。
 目に悪い生活してない? ずっと画面見てるとか、
 暗いところで細かい文字を読んだりとか』

心当たりしかない。

『この視力なら、もう眼鏡かけても良いかもね』

正直、不自由を感じたことはなかったのだが、
一般的な基準で言うと自分の視力は悪いらしい。

此処で『じゃあ眼鏡を買おう』とならないのが彼女。
神秘と超常が跋扈する島に慣らされた魔術師の思考。

黛 薫 >  
今の視力だと、およそ5m離れた辺りで
売店のメニュー程度の大きさの文字がぼやける。
文字の形から推測しているだけで読めてはいない。

あと2歩くらいなら下がっても推測の精度が
下がるだけだが、3歩4歩下がれば完全に識別
不可能と思って良いだろう。

旧時代の、或いは常世島外の学校教室を
基準にすると、最後列の席からは黒板の文字が
上手く読めないくらいの視力だろうか。

当然、常世学園の大講義室くらいの広さになれば
中列の席からでも文字が読めなくなる見込み。

(つまりこの程度は読めなきゃ『普通の学生』らしい
生活する上で不自由が生じる、っつーワケで)

指先に極小の水滴が浮かぶ。
水と同等の透明度を持つ、黛薫の使い魔。
髪の下に指を差し入れ、右の瞳を覆うように。

黛 薫 >  
「よし、読めるな」

何てことはない。眼鏡もコンタクトレンズも、
眼球の水晶体だって『レンズ』なのだから。
水に近しい性質を持つ使い魔で代用すれば良い。

周囲の人混みにぶつからないように気を付けつつ、
覚束ない足取りで下がりながらピント調整の感覚を
理解していく。

此処までは良し。問題は次のステップ。

そもそも、この程度の練習なら何方を向いても
店の看板がある常世渋谷や学生街でやれば良い。

こんな向いていない場所を選定した理由は1つ。
此処からなら、常世島全体を見渡せるからだ。

黛 薫 >  
(座れる場所は……ねーな。そりゃそーだ)

椅子自体はいくつもあるが、何せ人気スポット。
どこもかしこも先客がいて座れそうもないので、
立ったまま景色が見られる位置を探して確保。

まずは右眼の『レンズ』の焦点を調節して
どの程度遠くまで見えるかを確認する。

「……まー、限度はあるよな」

原理的には、遠くを見るためにコンタクトレンズの
度数を上げているのと同じ。焦点を遠ざけ過ぎると
目に負担がかかってしまう。

黛 薫 >  
「じゃあ、次」

今度は親指と人差し指で輪っかを作り、
その空間内に水を張ってレンズを形成する。

2枚のレンズを用いた屈折による望遠。
原理はプリミティブな望遠鏡の物へと移り変わる。

「精度はともかく見えるにゃ見える、と」

20階建てのビルの上から地上が見える……と
表現すれば高性能に思えるが、欠点も明確。

まず、遠くに焦点を合わせるほど視野が狭くなる。
その上、可視光が2枚のレンズを通過する過程で
屈折率の差が助長され、遠景に色の収差が発生する。

黛 薫 >  
ではそれらの欠点を解消するためにはどうすべきか。
答えは単純で、望遠鏡の進化の歴史を辿れば良い。

対物レンズ、接眼レンズの凹凸の組み合わせ。
屈折率の異なる2層からなるレンズの形成。
屈折ではなく反射を用いた焦点距離の調節。

素より一度の試行で上手くいくとは考えていない。
けれど、複数試していけばどれかは上手くいくはず。

と、思っていたのだけれど。

「……だーめだ、これじゃ」

幾つか試したところで見込みの薄さを感じてきた。
何故か。高性能化は即ち複雑化と不可分だから。

黛 薫 >  
構造が複雑になれば魔力の消費も増える。
レンズや鏡の2枚や3枚、並程度の魔術師なら
大した負担でもないが、魔力量が乏しい上に
身体操作を魔力で賄う彼女には軽視出来ない。

つまり、魔力消費を抑えつつ──言い換えるなら
構造を複雑化させずに性能を上げられれば理想的。

複雑化を厭うなら、最も平易な手段は妥協の許容。

例えば、望遠が難しいなら距離を妥協する。
見えさえすれば良いなら多少のぼやけは許容する。
それらを妥協したくないなら、多少魔力の消費が
多くても我慢するしかない。

どこまで許容出来るかの線の引き方。
もっと単純に、必要な性能を必要なだけ、と
考えることも出来よう。性能を上げる必要が
あるときだけ多めのリソースを割いても良い。

黛 薫 >  
ただ、それを言うなら『実現可能性の検討』も
妥協と許容の議論の内に含めるべきものだ。

簡単に思い付く方法、容易に試せる方法で
良しとするか、時間を掛けて頭を絞ってでも
あるか分からない解決方法を探すべきなのか。

「……んん」

考える。望遠鏡の性質を考えるなら、屈折より
反射を用いた方が高性能。しかし媒体が『水』で
あるから、性質的に実現が容易なのは屈折の方。

何より反射を用いる場合、鏡面にレンズにと
性質の異なる複数の部品が必要になるから
複雑化による消費の増加と不可分なのが痛い。

そうなると、消費を抑えるには屈折式が良い。
しかしその場合、狭くなりがちな視野や色収差の
解消法が必要になる。

黛 薫 >  
例えば対物、接眼レンズを両方凸レンズにすれば
視野の問題は多少軽減される。しかしその場合、
風景が倒立像になってしまうため、解消のために
プリズムを形成する必要がある。

出来ないことはないが、わざわざそんなものを
作ったら屈折式のメリットである構造の単純さ、
魔力消費の少なさが活かせない。

「流石に逆さまの景色じゃぁな……」

一応試してみたが、当然問題外。

ただのレンズだけで組めれば理想的。
屈折率を変えるくらいなら許容範囲内。
鏡面やプリズムの形成は出来れば避けたい。
それぞれの部品も出来れば片手の数に抑えたい。

大真面目に考えているが、こんなことで悩むのは
単に魔術の素養が乏しいから。一般の魔術師なら
ここまで極端に消費を切り詰める必要自体無い。

黛 薫 >  
「……あ?」

そして、気付いた。

(何であーしはバカ正直に全部再現しよーとしてんだ)

最低限の目標は近視の対策。
必要だからというのもあるが、試してみようと
考えた大元の理由は『水』を扱う自身の魔術と
相性が良さそうだったから。

派生して、実現出来そうだから試しているのが望遠。
同じようにレンズを用いて実現出来そうだったから
望遠鏡のメカニズムを再現して試行している。

だが、考えてみれば目的ありきの試行だから
わざわざ忠実に再現する必要なんて無い。

黛 薫 >  
術式の作成は『実現への経路』そのもの。

風の魔術が加速に使えるなら、流体である水にも
同じことが出来ない道理はなく、水をベースに
加速が実現出来るなら、流動を停止させる冷気は
速度を削ぐのに使える。

再現は目標ではなく手段に過ぎない。
別の経路で実現出来るならそれで良い。

術式を編んでいく。水は霧となり、屈折は蜃気楼
──即ち幻影を作る。消費に見合ったごく微弱な
幻惑。効果は精々、水を通して見た景色の歪みを
助長する程度の極めて微かなもの。

その『幻惑』を用いて、景色の上下を反転させる。
凸レンズ2枚を通した望遠の倒立像は正立像に。

「ん、イィ感じ」

幻惑の術式を組み込んだ対物レンズを1枚。
近視の改善を兼ねた接眼レンズと併せるだけで
望遠を実現する低コストな魔術が出来上がった。

黛 薫 >  
成果は上々。
あとは目を逸らしていた問題と向き合うだけ。

(魔力使い過ぎた……)

本来、魔術の素養に乏しい彼女。
洗練前の試作魔術を幾つも試していたら
魔力なんてあっという間に底を突く。

(ストックに手ぇ付けるか……)

身体操作にも魔力を使わねばならない身だから、
念のため魔力の外部供給手段の備えはしてある。

とはいえ予算の都合上、急速回復出来るような
高価な手段は用意できないので……回復までの間、
苦手な『人の多い空間』で過ごさねばならない。

「……次から気ぃ付けねーとなぁ」

ご案内:「扶桑百貨店 展望台(20F)」から黛 薫さんが去りました。